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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


薬指下さい



オープニング


Side A 黒須誠


「田舎の…ヤンキー…ねぇ?」
 別に怪奇絡みという訳ではないのに、どうしても気乗りしないのは、目の前に座る男が胡散臭いという言葉を人の形にしたらこうなっちゃいました的な男だからなのだろうか。
 万年貧乏の分際ながらも武彦は、客相手とは思えない程に声に覇気がなかった。
「ああ。 如何にも!って、感じの女だ。 もう、『THE・ヤンキー! 目標は、北関東のお姫様!』みたいな…」
「はぁ…」
「好きな男のタイプは、勿論永ちゃんって感じの…」
「勿論…なんだ…」
「バイクの改造が趣味で、普段着は勿論ジャージ。 でも、キめる時は特攻服みたいな…」
「……今時、そんな娘本当にいるんですか?」
 まるで、昔のヤンキー漫画にでも出てきそうな、形容詞の数々に何故だかうっすらと頭痛を覚えつつも問い返せば、男は自信たっぷりに頷いた。
「一人称が、『あたい』だぞ? 凄いだろ」
そう言われて、思わず頷き返す。
今時、『あたい』。
もう、何がどう、凄いのか分からないが、とにかく凄い。
「で、年は幾つ位なんです」
そう言われて男は何故か、眉根を寄せると渋るような声で「聞いても、役に立たんというか、むしろ混乱するだけだと思うんだがな」と言いつつも、「確か、今年で18になったはずだ」と答えた。
18。
まだ、未成年だ。
そんな年若い娘を、どうして、自分よりも10は上だろうと思える年嵩の男が、探偵まで雇って捜そうとしているのか分からない。
(痴情の縺れか?)
年は、かなり離れているが、今の時代さして珍しい話でもない。
きな臭いとは感じるが、怪奇絡みでもなく、さして面倒そうでもない依頼だし、何より金欠男に断るという選択肢もなく(ま、いらぬ詮索は、止しとこうかね)と武彦は胸中で呟いた。
男が、首を傾げ「どうだ? 引き受けてくれるか?」と問うてくる。
 背中まである、女性ならば羨まずにはおれない程の綺麗な黒髪がシャラリと揺れるのを、何となく気持ちが悪いような視線で武彦は眺めた。
 例えば、この鴉の濡れ羽色ともいうべき見事な黒髪の持ち主が年頃の女性、それも妙齢の美女なんかであれば、武彦はもっと愛想が良くなったかもしれない。
 いや、妙齢でなくとも、美少女なりなんなり、持ち主として相応しい容姿をしていたならば違和感はそれ程感じなかっただろう。
 だが、応接間のソファーにどっしりと腰を下ろしているのは、間違いなく男性。
 それもいい年をぶっこいた、おっさんと呼ぶに差し支えない年齢の男性だったりする。
 差し出された名刺に書かれていた名は黒須誠。
 スッとナイフで切り裂いたような大きめの薄い唇を皮肉気に、人を小馬鹿にするかのように片頬だけ釣り上げた笑い方をする男で、喋りも達者ながらも、どこか口調が信用ならない。
オーソドックスなダークスーツ姿と、丸い小さな遮光眼鏡を掛けているのが尚、胡散臭さを増させており、何よりその眼鏡から覗く、蛇のようなとも言うべき、細く、どれほど口元は笑みを浮かべようとも決して緩む事のないつり上がった目つきが気に入らなかった。
 尖った顎と、痩けた頬が笑顔ですら大して良いとは言えない人相が、真顔になればどれ程嫌な顔つきになるのだろうと思わせる険しさを有しており、折角の美しい黒髪も、彼の胡散臭い空気を助長しているだけだった。
 雰囲気自体がどことなく、は虫類系の生き物を感じさせる湿った空気を発していて、ヒョロリとした細い体型も、軟体動物のような骨の無さを思わせる。
 クタリと首を傾げたまま、黒須は「とにかく、目立つ女だ。 すぐ見つかるだろうとは思う。 報酬はちゃんと支払うし、何なら前金として、半額今から渡したって良い。 とにかく、急いでるんだ。 今日中に動き始めて欲しい」と別段焦りのない声で言う。
武彦は、「分かりました。 お引き受け致します」と答えると、それからずっと疑問に思っていた問いを口にした。
「それにしても、興信所の職員まで雇って捜そうとするだなんて、その子何したんです?」
武彦の問いに、黒須は唯でさえ細い目を、底光りするような剣呑な光を宿してさらに細め、低い声で囁いた。
「その女が、大事なモンをかっぱらって逃げやがってな。 どうしても、モノを取り返さなきゃならねぇんだ。 どうしても…な」
その、ゾッとする程に不気味な表情に、何故か妙な吸引力を感じ、魅入られるような心地になりながら武彦は問いを重ねる。
「何を、盗まれたんです?」 
すると、黒須はぬめるようなニタリとした笑みを浮かべて、歌うように答えた。


「薬指さ」



本編


「お嬢さん、じゃあ、今日はこの英語のテキストの、38〜46ページまで済ませたら、遊びに出かけていいですよ」
そう笑顔で、鬼家庭教師こと、魏封禍に笑顔で告げられた瞬間、鵺は、韋駄天の面を装着して走り出していた。
冗談じゃない。
何故に、こんな天気の良い休日(と、いうより、鵺は毎日が休日)にお勉強なぞに、勤しまなければならないのか。
まさに、神の如き速度で走り去りながら「夜ご飯までには帰りまーーーーす!」とドップラー効果を引き起こしつつ、玄関先でそう叫ぶ。
後ろの方で「いってらっしゃーい」という父の声と「逃―――げぇーーーるぅぅぅなぁぁぁ!」という封禍の声が聞こえた気がするが、勿論足を止める事無く、激しく左右の足を交互に投げ出し「とりあえず、オヤビンとこでも、遊びに行こうかな〜」と、体の速度とは相反したのんびりした口調で呟く。
街中を走る鵺は、歩いている人々には自分の存在が突風としか判断されていない事を知る由もなく、鵺は凄まじいスピードで、興信所へと向かった。





面を外すと、ドッと体に疲れが、足に痛みがのしかかってくる。
「あー。 忘れてたけど、アレだよね。 本来の肉体の限界を超えたスピードで走ってんだもん。 疲れるに決まってるよねぇ…」
そう調子に乗って走り続けた自分を後悔しつつ、ノタノタと興信所の階段を鵺は登る。
とりあえず、零にお茶でも淹れて貰って、ソファーで午睡でもさせて貰おうなんて、興信所における己の立場は何だ!と問い質されそうな事を考えつつ、扉を開ける鵺。
「遊びに来たよーん」
と、思いっきり扉を開けた鵺は、ガツンとその、扉が誰かにぶつかる衝撃を手に感じた。
「っつう!!」
そう叫び、額を押さえてしゃがみ込む人在り。
見下ろしてみれば、美しくも長い黒髪が床へと流れ落ちている様が眼に映る。
(ほえ〜。 シャンプー何使ってんだろ?)
そう、ぼんやり見下ろしていると、グイと、まぁ、これ以上胡散臭く、人相を悪くする事なんて出来ないんじゃなかろうか?と思われるおっさんが見上げてくる。
その瞬間、美しい黒髪は、おっさんの怪しい雰囲気を助長させるだけのアイテムと成り果てた。
「いってぇなぁ…。 ったく、ドア開ける前に、ノックの一つでもしてくれよ」
そう言いながら立ち上がるおっさんを見上げ、「ゾクゾクゾク」と訳の分からない冷たい感触が背中を駆け上がった事に、首を傾げる鵺。


暴きたい。


いつもの癖が出て、じぃっと覗き込むように顔を見つめれば、そういう視線が苦手なのだろう「おい! ガキが何か、遊びに来てんぞぉ?」と、掠れ気味で少し高いという特徴的な声で、興信所の奥に声を掛ける。
そんなおっさんの足を爪先でツンとつついて、鵺は「ガキじゃないよ? 鵺は、鵺だよ? おっちゃん、お客さん? おっちゃんの名前は?」と問いかけた。
訝しげな視線で見下ろしつつ「ん? 俺の名前? 黒須誠ってぇんだが…、お嬢ちゃんも、客か?」と言われ首を振り、「鵺は、バイト〜。 まこっちゃん、何か困ってんだったら、助けてあげるよ」と言いながらスタスタと奥へ進む。
「は? お嬢ちゃん、此処で働いてる人なわけ?」
そう不審げに問われたので、「お嬢ちゃん」という呼び方含めてむっとした鵺は「鵺、かなり、ゆーしゅうだし! お嬢ちゃんやめてよね!」と言いながら、黒須を振り返り、鵺はピッと人指し指を立てた。






(けっこ〜、面白げな感じじゃな〜〜い?)
黒須の依頼の話を聞きながら、鵺は心の奥底がワクワクと跳ね始めるのを感じる。
そんな鵺を、こまっしゃくれた小学生な友人いずみが「まぁた、悪い癖が始まったわね?」と少し唇の端を挙げて揶揄した。
「悪い癖?」
話の途中なので、小声で問い返せば、いずみも、依頼内容を話す黒須から目を逸らさぬまま「依頼の話そっちのけで、黒須さんの事観察してるでしょ?」と、小声で返してくる。
「ギクギクゥ!」
わざとらしくそう呟いてみせれば、「あの男、あんまり、深く突っ込まない方が良さそうよ? これ、勘だけどね」といずみはクールな声で、鵺に言った。
鵺は、あんなに駄菓子にてこずってる姿は可愛かったのにーー、と夏を思い出しながらも、「まこっちゃん、結構、突っ込むと、面白い事が分かるような気がするよ? これ、勘だけどね」と返しておいた。
いずみは、チラリと此方を見上げ、「可愛くないわね」と苦笑する。
可愛くなさなら、折り紙つきはいずみの方だ、なんて思い「お互い様っしょー?」と言い、それから顔を合わせて微笑みあった。
興信所には鵺やいずみ以外に、シュライン・エマ、飛鷹いずみ、モーリス・ラジアル、それに今回、初めての参加だという、久我高季という男性が集まった。
年の頃は三十代前半といったところだろうか?
久我は瞳の色が、左右違うオッドアイで右目が青みがかった濃い灰色。 左目は朱金色した目をしている。
その色の美しさと、珍しさに、「目玉」に対する異常な執着も相まって、先ほどまで纏わり付くように、覗き込んでいる間は、とても迷惑そうな表情をされてしまっていたが、武彦や依頼人が依頼の説明を始めると、どうも興味を惹かれだしたらしい。
帰りたそうな素振りが一変して、真面目な表情で話を聞いている。
「薬指を盗まれた…とは、どういう事なのかな?」
そう久我に問われ、黒須は肩を竦めると、「どういう事も何も、言葉通りさ」と答える。
そんな黒須に、更に久我は突っ込んだ。
「その薬指と言うのは貴方のものかな、それとも?」
黒須は面食らったような、キョトンとした顔をし、見渡せば同じように真剣な表情で皆から眺められている事に気付いたのだろう。 一気に破顔する。
「悪ぃ。 言い方が分かりにくかったな。 指は、俺のじゃない」
それからひらひらと自分の両手をかざしてみせると、「有難ぇ事に、俺の指は全部無事だよ」と、笑みを含んだ声で答えた。
骨ばった、長い指が並ぶ、大きめの手。
少し長めに伸びた爪は、先が綺麗に尖っている。
その掌に並ぶ指は、一本たりとも欠けてはいなかった。
その瞬間、思わずがっかりして「なーんだ。 ヤクザさんの、エンコ詰めした指見れると思ったのにぃ〜」と心から呟く。
何故に、女子中学生が、そんな専門用語を?!と、皆が強張るが、いずみなど小学生の身でありながら動じた様子なく、「じゃ、どなたの指だったんです? それとも、それは比喩なんですか?」と、黒須に問うていた。
「比喩? いや、本当に薬指だよ」
そう面倒くさそうに答え、それからキロリと音がしそうな眼球の動きで、舐めるように集まっている面々を見回す。
「ま、変な依頼だと思われんのは、しょうがねぇけど、俺としてはだ、女さえ捕まえてくれりゃあ良いんだよ。 俺が、取り返したい代物が、どういう由来のものかなんて、知らねぇでもよ、ド派手な金髪ヤンキー女なんざ、すぐに見つけだせるだろうが」
そう、何処か嫌気のさしているような声で言われ「確かにそうですけど…でも、貴方が盗まれたというものがものですから、ほら、危ない仕事じゃないのかしら?なんて、ちょっと気になっちゃって…」と、エマが慌てて口を挟む。
黒須の言葉に、(ま、確かに、そう言われりゃ、そうだけどさ、気になるのが人情じゃないの)と、鵺は思いつつ、じっとまた、黒須を観察すれば、長い髪をうっとうしげにかき上げながら、「フン」と鼻を鳴らし、彼はヌルリと音がしそうな流し目でエマを射た。
「危ねぇ仕事や、怪しい仕事も、ビビんねぇで引き受けてくれる人材が揃ってるっつうから、ここ頼ったんだが、見込み違いか?」
そう言われ、興信所スタッフとして働いている身故か、むっとした声で「いえいえ。 ただ、そう…ね、左指を取り返したいだなんて依頼に好奇心を刺激されてしまっているだけですよ? 私も、みんなもね? その、女の子だって、すぐ、見つけ出してみせますよ。 もう、アレよね? 三秒? うん、三秒位で!」と、言う。
思わず、(いや、三秒て、無理やし)と、胸の前で黒須に向かって手を振る鵺。
皆も同じように無理無理と手を胸の前で振っている。
「もう、かなり、凄いですよ? ていうか、有り得ない位凄い! 情報収集能力だって、ウチの職員は高いんです!」
そうエマが言えば、物凄く疑わしげな視線で、黒須が鵺達に視線を送ってきた。
女子小学生一人。
女子中学生一人。
明らかに、浮世離れした風体の美青年が一人。
久我はまだ、頼りになりそうな空気は醸し出しているが、しかし、探偵をするには背が高く、変わった瞳の色と良い外見も少々派手だ。
とにかく、「え? マジで、興信所職員?」的なメンツを前に、改めて不安に陥ったのだろう。
「ほんっとーに、大丈夫なのか?」
と黒須が武彦に問えば、なぜか武彦は、疑わしい事この上ない自信満々な笑みを浮かべながら親指を立て、続いて視線を送られたエマも、武彦と同じような笑みを浮かべながら「グッジョブしますよ? うちは」と、親指を立てる。
(信用できないね! これは!)と明るく胸のうちで、鵺は断言するものの、モーリスが、のほほんとした口調で「かなり、頼りになる面々ですよ。 我々は」と言えば、こんな面白そうな仕事と観察対象を逃すのもなんだしと、コクコクと頷いて見せた。
黒須は、そんな様子に色々諦めたのか肩を落とし、適当な感じの声音で「あ、うん、期待してます」と、あっさり引き下がると、いずみがいつもの冷静な声音で「では、まず、どうします?」と、皆に問いかける。
「黒須さんの仰るとおりの外見をしていらっしゃる方なら、聞き込み等従来の手段でもすぐ発見出来そうな気がしますが、東京は広いですし、やはり、場所は絞った方が良いかと思われるんです。 黒須さんは、その方が何処へ行かれたか全く心当たりはないんですか?」
その的確な問いかけに、「うわ。 俺、小学生だと知りつつも、凄い今、このおチビちゃんの事を頼もしく思ってるよ…」と、黒須は顔を覆って呻き、「心当たりね…。 いや、ねぇこともねぇんだが…」と呟く。
いずみは明らかに気分を害した声で「私の名前は、『おチビちゃん』じゃなくて『いずみ』です」と訂正し、「心当たりがあるのなら、話は早いじゃないですか。 それは、何処です」と聞けば「アテになんねぇぞ? あいつは、史上稀に見るっていうか、最早、それわざと? ね、わざとなんだろ?的方向音痴だからな。 自分が行きたい方向の逆へ、逆へと見事に選ぶ判断力からいっても、目的地に無事着けている可能性など、ゼロだな。 ゼロ」と、断言する。 
この言葉に「すんごい、言われようだね」なんて鵺は思いつつも、「方向音痴の逃亡者」なんていう、ちょっと面白い今回の対象者にも、興味を抱き始めた。
「この前なんざ、自分の住んでるアパートの部屋を見つけ出せなくなったつってたらかな、天才だな。 うん、天才」と黒須が言うに至って、先の行動を、全く読む事が出来ないという事においては、結構厄介かもしれないと、鵺は楽しい気分になる。
いずみも、鵺と同じように考えたのか、困ったように眉根を寄せ、「困りましたね。 それじゃあ、場所は絞り込めない」と、呟いた。
すると、久我が黒須に向かって「貴方は、その薬指の持ち主の髪の毛か、もしくは、現在追っている女性の髪や持ち物をお持ちではないか?」と問いかける。
どうして、そのような事を問われるのか分からないのだろう。
「指の持ち主の髪を持ってるっちゃあ、持ってるが…」と、不思議そうに問い返せば、「では、その髪拝借させてもらいたい」と久我は手を出した。
鵺も、久我が何をしようとしているのか見当つかず、首を傾げる。
「俺は、陰陽師を生業としている。 媒体となるものさえあれば、それを元に式神を作り、対象者の気配を追う事が出来る」
そういう久我の言葉を、立場柄不思議な能力を持つ人達を大勢見てきたエマが「へぇ、久我さんって陰陽師の方だったんだ」と自然に受け止め、鵺も自分自身尋常ではない能力を持っているので、全く不思議に思う事無く、その言葉を聞いていたが、黒須はそうはいかない。
「陰陽師ぃ〜〜?」と、あからさまに信用していないような声をあげ、疑いのまなざしで久我を見る。
そんな黒須の様子に、モーリスが面白そうに「陰陽師の方に対してそんな風に驚かれるという事は、この興信所がなんて呼ばれているかって事もご存知ないんですか?」と問いかけた。
「は? 草間興信所だろ? ここは」と黒須が当然の事のように言いながら武彦を見れば「その通り」といった調子で武彦は頷き、「おい、余計な事言うんじゃねぇよ」とモーリスに釘を刺す。
だが、モーリスにささる釘などぬかに負けぬ程ある筈もなく、「怪奇事件専門の興信所。 あちらにおわす草間さんは、怪奇探偵の呼び声も高いんですよ?」と笑顔で答えた。
何故か、ぎくっとしたような声音で「か…怪奇?」と呟く黒須。
モーリスは頷き「この興信所は、この世ならざる者たちの起こす事件の解決率の高さは凄いんですよ? ゆえに、集まってくるスタッフも、皆それぞれに特殊な能力を持っている方が多く、陰陽師さんの他にも、西洋魔術を使われる方もいますし、所謂超能力って言うんですか? オカルトの分野で語られているような能力の持ち主の方もいらっしゃいます」と、何でもない事のように言う。
黒須は、その全てが初耳なのだろう。
細い目を精一杯見開き、不信感を滲ませた表情を見せ暫く黙って、皆を見回すと、何かを決心したかのようにぱっと立ち上がり「ハイ、お疲れ様でしたぁ!」と、唐突に手を叩きながら声を張り上げた。
「えーと、折角集まって頂きまして、まっこと恐縮なのですが、今日は、これにて解散!っていうか、永遠に解散!って事で…」とそこまで言った所で、この客逃がすか!とばかりに、黒須に取りすがり、「いやいやいや、解散しちゃ困るから!」と叫ぶエマ。
「黒須サン! ソンナコト言ワナイデ、チョット、マカセテミナサイヨ! サービススルカラ! ネッ、シャッチョサン、シャッチョサンッテバ!」と、何故かエマが出稼ぎ外人な口調で黒須の袖を引けば、「えー? なんで、いきなりフィリピンガール?」と後ずさりする、そんな黒須の耳元で武彦が「や、こうみえても、あいつら、かなり良い仕事しますよ? それにね、ほら、考えてみて下さいよ。 そういう能力がある奴らの方が、こういう、所謂『人捜し』なんていう、一般的な仕事に対しても常人では有り得ない早さで成果をあげられたりするもんなんです。 別に他に何か不便なところがある訳でもなし、任せてくださいよ」と唆すように囁く。
その二人の見事なコンビネーションに、流石恋人同士と、鵺が小声でいずみに「凄いね。 連携プレーだよ。 息ぴったりだよ」と言えば、いずみが頷きながら「最早熟年夫婦の域に達してるわね」なんて答えてきた。
黒須は、前後をエマと武彦に挟まれ完全に困惑していたが、久我に顔を向けると「あんた、あー、アレだ。 本当に、陰陽師で、式神?なんてもん、作れんのか?」と問えば、久我は静かに頷き再度手を出す。
その掌の上に、黒須は「自分の」髪の毛を一本抜いて差し出した。
眉を潜める久我。
「…貴方自身の髪では、対象者を追う式神は作れない」
そう言えば、黒須はぽりぽりと頬を書きながら「その髪は確かに、薬指の持ち主の髪だよ」と訳の分からない事を言った。
訝しげな表情をしながら、それでも目を閉じ、呼吸を整えるかのように、久我は一旦静止する。
その後、スルリと指先で髪をなぞり、その後、目を開くと「…確かに…この気配は、貴方のものではない」と不思議そうに呟く。
他人の髪が生えてる男。
ゾクゾクゾクッ!と、背筋を駆け上がったものは、恐怖ではない。
何だ、コイツ?
何だ、コイツ?
唇が自然に吊りあがる。
唯の人相が悪い男じゃない。
何か、ある。
暴きたい。
全部、暴きたい。
鵺ほど、顕著ではないものの、そんな不可思議を前に、皆が自分を注視している事に気付いているのだろう。
だが、何も言わずに、ただ、久我が「自分の頭皮から抜かれた髪が、自分自身の髪ではない」という非現実的な事実を、一撫でしただけで認めた事を少し驚いたように黒須は眼を見開いている。
久我は、懐から出した紙の人形を髪の上に置き、鋭く息を吸うと、腹の奥底から出ているような微かで、地を這うように低い声で、短く呪を唱え、片手で素早く印を結んだ。
その瞬間、紙の人形がフワリフワリと浮き上がり、興信所の扉の近くまで浮いていく。
黒須は、固まったまま、その一連の行為を眺めた後、式神の姿を目で追いながら掠れた声で言った。
「おいおいおい。 マジかよ? マジで、ああいう事ができちゃう訳?」
そう呟き、久我を信じられないものを見るような目で見る。
「何? ここにいる奴ら、みんなそーいう事出来ちゃう訳? うあ、俺はてっきり、どっかの新興宗教団体が関わってるカルトな、場所に足を踏み入れちまったって思ってたのに、フカシじゃなかったのかよ…。 こういうおかしな話は、俺の周りだけじゃねぇのか…」
そこまでブツブツと呟くのを聞いて、最後の一文に引っかかりを覚えた鵺は、(…俺の周りだけ?)と胸中で首を傾げる。
モーリスが、微笑を浮かべたまま「御自分の周辺で、『怪奇』なんて呼ばれる出来事に遭遇なされた事があるのですか?」と問いかければ、黒須は、一瞬にして無表情になり、それから「ま、とにかく、あいつ捕まえてくれるなら、なんだっていいやな。 さ、案内してくれ」と、久我に声を掛けた。


興信所を出る前に、モーリスとに何やら言われ、自分は別口から調べてみると言っていた武彦の袖をそっと引く。
他の者には聞こえないように、「オヤビンこりゃ不味いよ極道絡みだよ、鵺あのおっちゃん大阪の総会で見た事あるもん」と、真っ赤な嘘を吐き、少し脅しを掛けて見た。
鵺の義父が、どういう家の者か知っている武彦は、効果覿面というか、余りにも、黒須の外見がヤクザだったからか、「ほ、ほんとうか?」と、少し青ざめた顔で問うてくる。
こくんと、大きくうなずく鵺。
「確かどっかの組の若頭だよ。 どうすんのー? 見つけて引き渡した女の子がある日突然水死体になってテレビで出てましたーとかなってたら!」と、物騒な事を、明るい声で言ってみれば、「おっまえ、目覚めの悪ぃ事を、明るい声で言うんじゃねぇよ」と疲れた声で言い返してきた。
その慌てぶりをおかしく思いながらも、あながち自分の言ってる事は間違いじゃないかもー?と暢気に考えてみる。
「ま、それはそれで面白いけどね」なんて、考えている鵺の心中など知らぬげに、武彦は頭を抱え込み、何やら算段をし始めていた。







(あからさまに、何かを隠しているんだよねぇ)



横を歩く男を見上げながら、ぼんやりとそう考えた。
キラキラと日光を弾き輝く髪が、不相応に見えるみっともない猫背の細い背中。
丸まった背中と、がに股の組み合わせは,THE中年!という感じで、どうも哀愁すら感じてしまう。
鵺は、とりあえず確信部分から離れた所から、質問を重ねてみようと基本的な戦略を立てると、黒須を見上げ、出来るだけ無邪気な声で問いかけた。
「ねー、ねー、まこっちゃんは、その髪の手入れ大変じゃないのー?」
「んー? や、洗うのは大変だけどな」
そう、黒須も何にも考えてないような声で返答してくる。
「きれーな髪だけど、まこっちゃんの髪じゃないんだよねぇ?」
「えー…なんで? 俺の髪だぜ? え? まさか、かつらだと思われてる? この髪は、地毛ではないと? そんな、失礼な!」
そうわざとらしい怒り声で言われ、「あははー」と軽い笑い声をあげる鵺。
「だってさぁ、まこっちゃんの髪の毛は、あの薬指の持ち主の髪の毛なんでしょ? でも、まこっちゃんの薬指は欠けてない。 だったら、まこっちゃんの、その不自然に綺麗な髪は、まこっちゃんのものじゃないって事になるじゃん」
そう事実を並べて問えど、ニヤニヤと笑みを浮かべながら「こぉれぇはぁ、カツラじゃなくてぇ、地毛ですぅ」と、ものっそいムカムカする口調で言い返され、話は進まない。
そして、話を打ち切るかのように、ひょいと前を歩く久我に声を掛けた。
「なぁ。 その、紙っきれの言うとおり行きゃあ本当に、あいつんとこ辿り着けんのかよ」
フワフワと浮遊する式神を指差し発せられる、未だ疑わしげな黒須の言葉に久我は、涼しげな目元を瞬かせながら振り返り「信じがたいものかも知れないけどね、下手なガイドよりは信用の出来る代物だよ?」と答える。
医者だという久我の、繊細そうな指が、ひらひらと閃いて式神を操るのを、まるで手品の種を見抜こうかとするような、真剣な視線で眺め「ふうん」と小さく呟いた。
目の前で繰り広げられている光景すら、ここまで信用しない男なのだから、世の中のものすべて斜めの目線で見てるのだろう。
つまらない男だ。
鵺は、そう感じ、それでも、こうまで興味を掻き立てられるのは、抱え込んでいる秘密の匂いが余りにも甘く芳しいからだと確信する。
暴きたい。
何度も何度も心のうちで呟く。
暴きたい。
鵺が、そんな欲求の声を聞いていると、久我が、そういえばと言った感じで黒須に「ただ、この式神では、ある程度の場所は特定出来るが、人通りが多い場所などでは、気が分散して分からなくなってしまうんだ」と告げる。
(よぉく言うよ〜。 あんだけの腕前して、人通りがどんだけ多かろうが、対象者が何処にいるかだなんて事、絶対に確定してる筈なのに)と、シレっと嘘を吐いた久我を、横目で見る。
何を企んでいるのだろう?
そう、考えてみれば、自ずと答えは出た。
黒須はその言葉に「へぇ、そういうもんなのかねぇ」と、納得したんだか、してないんだか分からない声を出すと「じゃあ、その『ある程度』の場所まで行ったら、二手にでも分かれて捜すか」と鵺が予想した通りの事を提案し、鵺は「そうだね。 6人で、一緒に行動する事もないしね」と久我を助ける意味も込めて同意した。
黒須が、エマに先の行動について相談している間、チョイと久我の腕を引く。
「うちらの事二手に分かれさせて、まこっちゃんより先に、対象者見つけようって訳?」
鵺の問いに、黙ったまま微かに頷く久我。
「確かに、まこっちゃんってばあ〜やしいよねぇ…。 そのまま引き渡せば対象者の女の子、どんな目に合うかも、分かんないしね。 でも、依頼人出し抜こうだなんて案、みんな乗ってくれるかなぁ?」と、首を傾げれば、久我は低く笑って「大丈夫だ。 皆、何かしらこの件には疑問を抱いているようだし、俺の策に乗ってくれるだろう。 勿論、貴方もね」と、視線を送ってくる。
確かに、対象者の無事にはさして興味はないが、黒須を出し抜くという事自体は楽しそうだ。
それに、黒須が話したがらない情報を、その対象者から入手できるかもしれない。
そう考え、何も答えず、少し笑って見せれば「いずみさんといい、この頃の年若い人というのは、怖くなったものだ」と久我は、年齢に似合わないしみじみとした声で呟く。
その声を聞いて、何故だろう(この人、本当に外見どおりの年齢かしら?)と、また、別の好奇心を書き立てられる鵺がいたのだが、しかし、今は、黒須からと、何やらいずみに邪険に振り払われている彼の側に再び走り寄り、「で、まこっちゃんはさ、アレでしょ? ヤクザさんな訳?」と聞いてみる。
黒須は、「ヤクザ? そんな風に見える?」とまた、答えになってない答えを返した。
鵺は、(いいもーん。 今に、ぜーんぶ、見抜いてやるんだから!)と、そんな黒須に妙な闘志を燃やし始めていた。


場所は原宿、竹下通り。
久我の式神が此処で、浮遊を止めた。
古着屋の店先に飾ってある、蝶のプリントが可愛いTシャツに思わず心奪われる鵺。
「ムキャー! あのTシャツ可愛いーー! いいなー。 鵺、欲しいなー」
そう鵺が騒げば、「暫く来てないうちに、色んな店が出来てますね…。 とりあえず、クレープでも頂きませんか? あ、あの雑貨屋さんに並んでる、ティーカップの良いですねー」
と、明らかに脱線した事を言っているモーリスがいた。
先ほど、聞いた話では「モーリス・鵺・黒須」グループと、「いずみ・エマ・久我」のグループの二手に分かれるらしい。
(つまり、鵺とモーリスさんは、まこっちゃんを振り回す、時間稼ぎ役を任命された訳ね)と、自分の役割を的確に理解すると、振り回すって事は、好き勝手して良いって事よね?と、自分の最も得意な分野であるこの勤めを、満足感を持って受け入れた。
「えーと、じゃあ、黒須さん、ここらで分かれますか!」とシュパッと片手を上げたエマの言葉を合図に、ガシリとその腕を掴む。
モーリスももう一方の腕を掴んだのを見て「チョコバナナクレープが、食べたいなー」と提案してみる。
黒須が、「っ! おい! え? こいつらと一緒で大丈夫なのかよ? 何か、チョコバナナクレープとか、明らかに人捜しをしている人間が口にすべき単語が聞こえてくるんだけど!」と叫ぶ声を完璧に無視し、「あの角のお店が、クリームたっぷりでうんまいんだよーv」と鵺がはしゃげば、「あ、その後、古着屋めぐりしましょうね?」とモーリスがニコニコと嬉しげに言った。
「いやいや! 違うから! 此処へ来た目的、違うから!」
黒須の言ってる事は正しい。
とても正しい。
しかし、鵺もモーリスも、正しい事より面白いこと優先なのだ。
ズルズルと、別段力がある二人でもないのに引きずっていける、軽い体をドナドナ状態で引きながら、どんどん竹下通りを歩く。
美少女と、美青年と、ヤクザ風のおっさんの組み合わせは大層珍しいのだろう。
何だか、微妙に注目を集めているような気がするが、そんなの全く気にしない。
鵺は、スキップすらしそうな足取りで、自分がお勧めの屋台まで連れてくると「な〜んにするぅ?」と二人に問いかけた。
女子中高生達から熱い視線を送られまくっている事も慣れっこなのか、涼しい顔で受け流し、真剣な表情でメニューを選ぶモーリスは、「んー、このイチゴクリームも宜しいのですが、個人的には、クランベリークリームも美味しそうなんですよねぇ」と呟く。
「いやいや、違うから。 そこで、真剣な顔見せて欲しくないから」と肩を揺すられつつも「どう思います?」と聞いてくるモーリスに、鵺も真剣な表情で「うん、分かる。 私も、そのクランベリークリーム美味しそうとは思んだよねぇ。 でも、ほら、チョコバナナを当初の目的で来た訳だし、そう思うと初志貫徹?が必要かなって思うの」と返す。
その遣り取りに、「もー、どうだっていいよっ!」と投げやりに叫ぶ黒須に、これ幸いと「じゃ、まこっちゃんが、イチゴクリーム決定で」と鵺は告げた。
「は?」
そう問い返され鵺が「だって、鵺が食べたいのは、チョコバナナとクランベリー、モーリスさんが食べたいのはイチゴクリームと、クランベリー。 だったら、鵺が、チョコバナナ、モーリスさんがクランベリー、まこっちゃんがイチゴクリームを注文すれば、全ての味が楽しめるよね?」と言えばモーリスが、満面の笑みを浮かべて「わぁ。 鵺さん、賢い!」と手を叩いた。
その一連の遣り取り全てに、気力を吸い尽くされたかの如き表情を浮かべ、「へぇ…、…賢いんだぁ…。 ふぅん…」と呟く黒須は、「もう、何でも良いから、俺にあいつを捜させて下さい」と懇願する。
「大丈夫ですよー? クレープ食べて、めぼしいお店を見たら、捜しに行きますからねー?」と子供に言い聞かせるかの如き口調で、モーリスがそう言いながら、クレープ売りの女の子に、蕩けるような笑みを浮かべて、注文をした。




クレープ売りの女の子が、モーリスに見惚れ、少々生地を焦がしながらも、大サービスのフルーツと生クリーム大盛りで作ってくれたクレープにパクつきつつ歩く鵺。
「うー、あの鞄も可愛いよねぇ」と言えば、モーリスも「あー、あのブーツ。 ボタンのつき方が凄い可愛いですねぇ」と浮かれた声を上げながら店先を指差す。
不機嫌真っ盛りな表情で、クレープを口にし、「むぅぅ」と顔を顰める黒須は「甘い」と一言ぶすくれた声で呟いた。
「アレ? 甘いの、駄目なんです?」
モーリスの問いに、こくんと頷く黒須。
「じゃあ、ツナマヨとか、ハムサラダとかにすれば良かったのに〜」という鵺を睨み、「選択肢の自由がなかったじゃねぇか!」と怒鳴ると、「やる」とモーリスにクレープを押し付ける。
「わぁv ありがとうございますv」と、その細い体の何処に入るのやら。
嬉しげに受け取ったモーリスを横目に溜息を吐いた後、ハタと黒須は何かに気付いたかのように顔をあげ「ていうか! 普通に、お前ら仕事してくれよ!」と怒鳴った。


その後、モーリスの希望で、古着屋を覗いている時である。
店先で苛立たしげに、煙草をふかしていた黒須を放置し「このベルト良いよね?」なんて言い合っていると、突然モーリスの携帯がブルブルと震えた。
モーリスが、ふと真面目な顔つきで、携帯のプレビュー画面に眼を通す。
メールが来たらしい。
(どっかで、引っ掛けた女の子からかな〜?)
そんな想像をしつつ、目の前にある帽子を被って、鏡を覗いてみる鵺の前に、モーリスが携帯を突き出した。
「う?」
そう言いながらモーリスを見れば小声で「草間さんに、個人的に頼んでたんです。 黒須さんの事を、調べてみてくれないか?って。 あと、貴方へのメッセージもありますよ」と言ってくる。
つまり、武彦が「別口から調べてみる」と言っていたのは、依頼者自身を調べてみるという事だったのかと納得しつつ、武彦からモーリスに送られたメールに素早く目を通す。
箇条書きにされた、その文章は黒須は昔は、平凡な会社員であった事。
霧華という名の妻がいた事。
今は、会社を辞めていて、何をしているのかは不明であることが書かれていた。
(な〜んだ、ヤクザさんじゃなかったのねん)と思いつつも、しかし、現在の職は不明である訳だし、その可能性も捨てきれないかと思い直す。
なんにしろ、一般人と思うには、凄みも、謎も有り過ぎて、この程度の調査報告では益々、興味を描き立てられるだけだった。
メールの最後に「鵺に、大嘘吐きって言っておけ!」と書いてある。
そういえば、武彦は、黒須は「ヤクザの若頭」だなんて、脅してきた事を思い出した。
(でも、今、ヤクザかもしんないじゃ〜ん?)
そう、思いながら、鵺はモーリスに携帯を返す。
「昔は、会社員だったなんて、ちょっと信じ難いな」
そうモーリスが苦笑を浮かべ、店先にいる筈の黒須へと目を向け、そして、軽く目を見開いて「あれ?」と、呟いた。
「どしたの?」と問いながら、鵺も店先へと視線を向ければ、そこにはいる筈の黒須がいない。
「ちょっと、やばくない?」
と、言いながら、顔を見合わせる二人。
モーリスも、自分の役目が「黒須を引っ張りまわして時間稼ぎすること」であった事には気付いていたのだろう。
同じタイミングで、店先を飛び出すと、前を走る黒須の長い髪が揺れる背中を見つけ、全力で追いかけた。
漸く追いつき、並走しながら「ど、ど、どうしたのよぉ〜!」と問いかけると、ギラリと光る目で睨み下ろされ「草間興信所は、依頼人出し抜くのが仕事なのか?」と問いかけてくる。
モーリスが、天使の微笑を浮かべながら「何のお話です?」と問えば「ここに、あいつはいねぇ。 そんで、お前らのお仲間もいなくなった」と簡潔に答えた。
動揺を抑え「そんな事、何で分かるの?」と問う鵺に黙ったまま正面に顔を向ける黒須。
だが、一瞬。
そう、ほんの一瞬、黒須が薄い唇を微かに開けて、何かを確認するかのように血のように赤い舌先を閃かせた。
その舌先を目にし、息を呑む鵺。
モーリスも同じように、驚いた表情を見せている。
そして、二人視線を交わし、先ほど目撃したものが、幻でもなんでもない事を確認しあった。


蛇の舌。


細い、二股に分かれた舌先をしていた。


蛇。


鵺は、静かに、胸のうちで呟く。



そうか、この男は蛇なんだ。








夕闇迫る、駅のホーム。




黒須が、やっと立ち止まり、そして、振り返り、何かを待つかのように仁王立ちになる。
「間に合ったみてぇだな…」
その呟きを聞いて、黒須の視線の先に目を向ければ、こちらにやってくるエマ、いずみ、久我の姿が見えた。
(そうか。 久我さんってば、竹下通りに対象者がいるって事自体真っ赤な嘘をついていたんだ。 黒須さんを、竹下通りに留めておいて、自分達は全く別の、本当に対象者がいる場所に、先に行くつもりだったのね)と理解する鵺だが、こうやって黒須に気付かれてしまえば、全て台無し。
その計画も丸潰れである。
「っっっっつたく! ほんっと、ロクでもねぇ!!!!!」
そう人ごみの中叫び、つかつかとエマ達に向かって青筋を立てて歩いていく黒須。
いずみとエマを庇うかのように、一歩久我が前に出た。
「舐めた真似してくれんじゃねぇか? え?」
そう低い声で問いかける黒須に、「貴方を騙そうとした事は、本当に悪かった」と久我が詫びる。
「しかし、あまりにも貴方が情報を明かして下さらないから、どうしても、こういう行動をとらざる得なかった。 対象者は、未成年であるし、我々、社会に生きる者は、未成年者を守る義務がある」
「だったらよぉ? 社会に生きるモンは、仕事も誠実にこなす義務っつうもんが、あるんじゃねぇの? な? 姐さんよぉ」
久我の言葉を受けて、思いっきりチンピラの口調でエマを問い質す黒須の姿は、矢張り、どうやっても元会社員の姿には見えない。
「式神、だっけか。 アレが、本物だって認めてやるよ。 目の前でフワフワ浮いたんだしな。 つまり、あんたの力も本物だって、認めてやろうじゃねぇか。 だがな、だからこそ、ムカつくんだよ。 陰陽師さん。 あんた、ちゃぁんと、あいつの居場所は分かってたんだよな? なのに、俺を騙して、此処まで連れてきた。 そこの姐ちゃんも、おチビちゃんも、ぐるだ。 俺を、此処で泳がせといて、あいつを逃がしてやろうってか? っていうか、っていうか、あいつらはなんだ!」
そう言いながら、ズビシ!と、背後で立っていたモーリスと鵺を黒須は指差し、「もう! すっげぇ、プロ! ムカつかせるプロ! ムカプロ! よくもまぁ、滅茶苦茶に振り回してくれたもんだ! 俺は! 甘いもんは嫌いだ!」と、未だにクレープの事を恨んでいるのか、大人気なく喚く。
「はぁ…」と、エマが戸惑ったように相槌を打てば「なのに、何故か、俺の手に握られていた、イチゴクリームクレープ! 甘い! そして、くどい! なのに、なんか…!」と、そこまで言って言葉に詰まる。
その言葉を受けて、「だって、三種類の味食べたかったんだもん!」
「そうですよ! 黒須さんだけ、食べないなんて、ノリ悪いです!」と、不満げに言う鵺とモーリスに「アホかぁぁ! こちとら、どんだけ急いでると思ってるんだよ! あいつ、怒ると、うぜぇし、しつけぇし、蹴り飛ばされるしで、ロクな事ぁねぇんだ! ていうか、お前ら、分かってて、俺のこと振り回してただろ?」と、半眼になる黒須。
「え? あいつって誰ですか?」
と、いずみが耳聡く聞きとがめた疑問を口にするも、あっさり聞こえなかった振りをして、モーリスと鵺に向き直ってくる。
「なぁ、おい? お前ら、分かってて、俺の事をあっちの店やら、こっちの店やらひっぱり回して、こいつらに協力してたんだろ!」
「こいつら」の部分で、エマ達を指差した黒須に、二人揃って「テヘv」と笑いかければ、黒須は深いため息を吐くと「お前んトコの興信所、最悪だな」とエマに告げた。
「今回の仕事は、ナシだって、言いたいトコだが、マジで時間がねぇ。 その上、そっちの陰陽師さんは、あいつの居場所を確実に掴んでいる。 だったら、案内して貰うぜ? それが、あんたらの仕事のはずだ」
絡みつくような視線に睨み上げられ、動じた様子なく「…断れば?」と問い掛けた久我に、黒須は穏やか故に、凄みのある笑みを浮かべて「ま、しょうがねぇから、ありとあらゆる手段をつかって、『草間興信所』の評判を下げさせて貰おうかね」と答える。
その言葉に青ざめたエマの顔をクタリと特徴的な首の傾げ方を見せて、視線を送りニタリと黒須が嗤った。




電車の中、平静を装いながらも、相当に悔しかったのだろう。
エマが、睨むような視線で黒須に問いかけている。
「どうして…分かったんです? 私たちが、貴方を出し抜こうとした事」
すると黒須は「竹下通りから、あんた達が遠ざかるのが、匂い…っと、見えてたんだよ」と、何か言い掛けたのを慌てて留めて、違う言葉に言い直した。
TVで見たような記憶がある。
蛇は、舌で匂いを嗅ぐそうだ。
その嗅覚は、人間の嗅覚を遥かに凌ぐ鋭いものであるらしい。
あの時、何か確かめるかのように閃かせた舌は、本当にエマ達が竹下通りから消えたのか確かめる為に、匂いを嗅いでいたのだろう。
つまり、店先に立っていた黒須がエマ達が自分を出し抜き駅へ向かおうとしていた事を悟ったのも、あの舌の能力だという事になる。
(まこっちゃんってば、式神にあんなに驚いたり、陰陽師という職業を認めようとしなかったり、何だか現実的な人だと思ってたのに、自分自身はとーんでもない生き物だったりしたわけね)
そう考えながら、それでも「髪の毛」や説明されなかった「あいつ」という自分より立場が上らしい人間の存在については何も分かってはいない。
(観察は、もーちょっと続けないといけなさそうね)と、鵺は楽しみはまだまだ、残っている事に喜びを感じていると、いずみが何気ない口調を装って肝心なともいうべき事を黒須に尋ねた。
「黒須さんは、その対象者の方、捕まえたらどうなさるおつもりなんです?」
(あー、そーいえば、それを心配して、みんなまこっちゃんを騙そうとしてたのよねぇ)と、自分は、自分が楽しみたいが故に、黒須を振り回していた鵺は、小さくポンと手を叩いく。
だが、皆は、見た事もない対象者を、心から心配しているのだろう。
神妙な表情で、黒須を見つめ、深い沈黙が落ちる。
それを知ってか知らずか、わざとらしいまでの愉悦を含んだ声で「まぁ…、落とし前つけてもらわなきゃならないだろうな。 さて、どんなお仕置きをしてやろうかねぇ」と、黒須は囁いた。
その声が、内容が、なんだかとても楽しくて、鵺は、はしゃいだ声で「お仕置き〜? うわ! なんか、結構、楽しげな響き?」と、黒須に言う。
そんな鵺を、自分で言った言葉の癖に、何だか恐ろしげに黒須が見下ろした。




改札口を出た瞬間、エマが力の限り絶叫した。
「って、馬鹿かぁぁぁぁっぁぁあぁあああ!!!!」
ただでさえ、目立つ集団なのに、会社帰りの人々からの視線が一気に集中し、流石に鵺もたじろぐ。
そして、エマの視線先に目を向けて色んな意味を込めて「うあ、ヤバ!」と叫んだ。


まず、封禍がいた。


昼頃、授業を逃げ出してきた身としては、この時点で帰りたいっていうか、この黒須の事件に乗ったのも封禍から逃げようとしての事だったので、これじゃ意味無いっていうか、何より視線が怖い。
鵺の義父もビビらせる、殺人光線で凝視され、居心地悪くとりあえず、毛先なんぞを弄くってしまう鵺は、いつもならば、どうやって言い訳しようかと目まぐるしく考えるはずの思考が、ある一点に視線が集中してるが故に、一向に働いてくれないのを感じていた。
封禍と、何故かシオン・レ・ハイの間に挟まれた人物っちゅうか、物体。
うん、物体で良い。
明らかに不自然な栗色の髪。
それ、何処で見つけたの?と、震える指で指したい、物凄いレースが沢山あしらわれたブリブリの服。
頬にピンクのチークを塗りたくられ、唇も、ショッキングピンクの口紅をつけた、ファンデの厚塗りのし過ぎで、物凄く気持ちの悪い顔色になっている女。
そんな女が、目を見開き、大げさな位強張った顔で黒須を見つめている。
(わぁ、この人が、まこっちゃんの捜し人か〜)
三秒で分かった。
ていうか、こういう格好をすれど、ヤンキーな雰囲気が伝わってくるというか、もっと引き立てられているというか、とにかく酷い!
黒須の言っていた、特攻服やらが目立つと思い変装したのかもしれないが、全然駄目である。
変装じゃない、これは仮装だ。


最早、怖い。


そんな女を間に挟んで立っている男性が、片やモデルのほうな整った容貌とスタイルを有している封禍と、黙っていればと前置きせねばならないものの、紳士的な容貌をした渋い魅力を持つシオンだったりするものだから、余計になんか、凄い。
その上、その女と何の経緯か手を繋いで歩いている零は、美少女と呼ぶに差し支えない容姿だったりするもんだから、何の罰ゲームそれ?って位悪目立ちしている。
そんな対象者から色んな意味で目を離せない鵺の耳に、地を這うような声が聞こえてきた。
「お嬢さん〜〜? 俺の授業抜け出して、こんな所で何してらっしゃるんです?」
腰に手を当てて睨みを効かしてくる封禍に(対象者と、封禍君が何で一緒にいる訳〜〜?! そんな偶然あって良いのー??)と胸中で喚き、「あ、あれぇ〜? 封禍君、こんなトコで会うなんて奇遇じゃん!」と、鵺はとりあえず片手を上げる。
「奇遇? あはははー。 物は言いようですねぇ? 全く、お竜さんの手助けをしていてこんな場所で、お嬢さんに会えるとは思ってもみませんでした。 言っておきますけど、帰ったら、英語+数学のテキストを、みっっっっちりやって頂きますからね!」
そんな封禍の、死刑宣告に等しい言葉に、ガクリと項垂れ「マジ? うあ、サイアク」と呻いている間、エマが「もう、何というか、愚か! 愚か者よ!」なんて、叫びながら錯乱している。
この様子を鑑みるに、エマは鵺とモーリスで黒須を振り回していた間に、何らかの方法で対象者である「お竜さん」という女性と連絡を取れていたらしい。
その際に、きっと、「お竜」には変装をするように薦め、何処かで落ち合う約束をしたのだろう。
だが、封禍達は、何故か自分達が来る駅前で間抜け面を晒して立ち尽くしていた訳で、その原因は、黒須が力を込めて話してくれた「お竜」の方向音痴辺りに理由があるに違いない。
黒須はと言えば、「お竜」の余りの姿に一瞬硬直したものの、竹下通りで見せた時と同様、血のように真っ赤な舌先を少し唇から覗かせ、チロリと閃かせると、確信したかのように「竜子! てめぇ、自分が何したのか分かってんのか!」と叫びながら、正式な名前は竜子というらしい女性へと詰め寄ろうとする。
その瞬間、「逃げて! 竜子さんっ!」とエマが叫んだ。
戸惑ったように黒須を見つめ、エマを見つめる竜子。
黒須はその戸惑いに付け込むように、「逃げたら、お前の事を助けようとしていた奴らが手伝ってる『草間興信所』に迷惑が掛かんぜ? 分かってんだろ? あいつが、ちょっとばかし、手段を選ばない人間って事はよ」と、脅し文句を口にする。
(また、あいつ。 あいつ、あいつ…誰の事?)
思考を抉らせながらも、その遣り取りからは目を離すまいとする鵺。
「恩義受けた人間に、迷惑掛けて平気なのかよ? えぇ?」
その、イイ感じに卑怯極まりない言葉に、唇を噛み締め竜子は俯く。
「イイ子だから、アレ返せよ。 な?」
唆すような口調でそう囁き、黒須は竜子へと近付いて行く。
(さて、どうしよう…)
このまま、竜子が黒須に「薬指」を返せば、何も分からず仕舞いで終わるだろう。
封禍にでも頼んで、ちょっと黒須をボコって貰おうか。
そうすれば、「蛇」の正体なんかも見せて貰えるかもしれない。
興信所が無くなるのは寂しいが、まぁ、知ったこっちゃないと言えば、知ったこっちゃないのだ。
鵺が、そうやって悩んでいる間に、黒須は厭らしい笑みを浮かべながら竜子へと近付いて行く。
竜子は、ポケットに手を入れて、俯いていた。
「……ちゃんと、渡したら、零達に迷惑かけねぇですむのか?」
掠れた声。


こうやって見るとさ、絶対まこっちゃんのが、悪者よね。
そう思い、封禍に黒須の足止めを命じようとした瞬間だった。


「行こう!」と零が一声叫び、握ったままの竜子の手を強くひいた。
「っ! でも、あたい、零達に迷惑掛けたくないよ……」
「そんな事ね、気にしないでよ! 馬鹿! 友達でしょ? 私、友達なんだよね? 潰れない! 私のお兄ちゃんの興信所はね、汚い手、どれだけ使われても潰れないよ! そうだよね!」
零の言葉に、少しばかり驚かされる。
そして、愉快な事になったと、満面の笑みを浮かべそうになる自分を必死で抑えた。
零に対し、シオンが感銘を受けたように何度も頷き「そうですよ! 大体、私は、女の子の味方なんです! 竜子さんのしたいように、なさって下さい。 大丈夫です、草間さんトコは万年潰れそうだけど、絶対になんでか潰れないんです! しつこいんです!」と、微妙にずれた事を言い、いずみも「零さんがそう言っているんです。 とりあえずは、お行きなさいな。 今、ここで、こんな風な言葉に、貴女が屈する事はない」と強く言う。
エマは、いつもの冷静さからは想像できないような、形相で大きく口を開くと「竜子さん! 興信所、私が守るから、貴女は行って!」と叫び、それから「こんな、糞野郎に負けるなんて、悔しくてやぁってらんないのよ、畜生! 私たちの為にも、逃げなさい!」と、無茶苦茶な事を喚けば、竜子は一気に破顔し、「あんたら、すげぇ、格好いいな!」と叫び、そして、零に手を引かれ駆け出した。
「っ! 逃がすか!」
そう声を上げ、竜子を追おうとする黒須の前に立ちふさがるシオン。
「あんまり、暴力は好きじゃないんですが…仕方ないです!」
と言いながら、グイと手を伸ばし、その胸倉を掴もうとする。
だが、黒須は驚異的な体の柔らかさを見せ、のけぞる様にして、その手を避けると、そのままバックテンをし、つま先でシオンの顎先を蹴り上げようとする。
咄嗟に後方に、頭をずらし、その攻撃を避けたシオンは、如何にも運動しなさそうな外見の黒須の予想に反した動きに目を見張り、油断ない構えを取る。
長い髪が、その髪の持ち主の外見に反して優雅に舞い、黒い軌跡を作った。
その動きに、(やるぅ!)と驚かされる鵺。
益々、元会社員だったなんて、信じがたい。
黒須は、綺麗な回転を見せた後、苛立たしげに表情を歪め「足止めくってる暇はねぇんだよ!」と吐き捨てた。
そんな黒須に、モーリスが笑顔で告げる。
「助けてあげましょうか?」
目を見開き、モーリスを見つめる一同。
鵺は、モーリスが何をしようとしているのかは分からないながらも、もっと、もっと事態を面白くしてくれるのでは?と期待の眼差しで見つめる。
モーリスと鵺の共通の欲求は、唯一つ。
黒須の正体「蛇」の姿が見たいという事だけ。
それを暴けるような布石を、今から打ってくれるのだろうか?と、ワクワクしながらモーリスの美貌を注視した。
黒須が、少し笑みを唇に刷き「イイのかよ? 現時点では、俺の味方なんてしようもんなら、大顰蹙ものだぜ?」と問いかければ、モーリスは笑顔のまま「クレープ。 貴方のもの、殆ど頂いちゃいましたから、そのお礼という事で一つ。 それに、このまま、竜子さんに逃げられちゃうと、大層つまらないでしょ?」と答え、それから、シオンに視線を据える。
「と、いう事で、すいません。 少々の間、窮屈な思いをして頂きます」
そう微笑みながら言われたモーリスの言葉に、困ったような顔で「窮屈ですか? 私、常時空の下で過ごしている人間なもので、どうも、窮屈は嫌いです」と答え、「だから、ヤです」と困ったような顔のまま、きっぱりと答えた。
その言葉を微笑みながら聞き、モーリスが両手を組み合わせ、薄く白い瞼を閉じる。
形の良い唇を組み合わせた両手に寄せると、淡い光が両手に宿り、ゆっくりと蕾が開くかのように、その美しい手を広げれば、手の内に小さな正方形の檻が出来ていた。


「これは、貴方の鳥篭」


柔らかく微笑んでモーリスは、シオンに向かって、両手を差し出す。
その瞬間、シオンの周りに、淡く光る檻が構築されようとした。
咄嗟の判断で、前に転がるようにして飛ぶ、シオン。
あの夏休み。
一緒に手伝いに言っていた際にもいつも嵌めていた、左手の黒い皮手袋を脱ぐと、殆ど出来上がりつつあった光の檻に、その左手に刻まれている鮫のタトゥーを押し当てる。
一瞬、ほんの一瞬、何の魔法を使ったのか。
まるで、溶けるかのように歪む檻。
その歪みによって、大きくなった隙間から身を滑らせるようにして抜け出したシオンは、「っつううううう!」と叫び、左手を押さえた。
何やら無茶をしたらしい。
その隙に、一気に走り出した黒須は「助かった!」とモーリスに叫ぶと、シオンの横を抜け、零と竜子の後を追う。
その瞬間、久我が物言わず、黒須の後を追いかけ、「あ! 駄目です! 待ってください!」と、何処か間抜けな事を言いながら、自分も黒須の後を追おうとしたシオンは、はた、とモーリスを振り返り「ね! 捕まらなかったでしょ?」と笑顔で告げる。
モーリスも笑顔で「でも、ほら、私の目的は、黒須さんに竜子さんを追わせてあげる事でしたから…」と告げると、「あ! そうか!」と今更ながら気付いたかのように、手を叩き、そして、今度こそ、竜子達を追って走り始めた。
そこまでを眺め、鵺は笑顔で「よし! 行こうか、封禍君。 結構面白いもの見れそうだよ? まこっちゃんの、『正体』とかね?」と封禍に告げれば、封禍は「ねぇ? お嬢さん、ちょっとだけ黒須さんと遊んじゃ駄目ですか?」と、先ほどのシオンと黒須の一瞬の戦闘に触発されたらしい封禍が、ねだるような視線で言ってくる。
一緒に走り出しながら、鵺は「別に良いけど、その時は、課題は免除ね?」と言うと「うぅうぅぅ〜」と封禍は獣のようなうなり声をあげた。







そこは、高架線の下にある、人通りの全くない、薄暗い広場だった。
竜子の「ヤメだ、やめだぁ! こう、逃げ回ってんのは、あたいの性に合わないよ! 誠! タイマンで、勝負決めようじゃないか!」という、怒鳴り声が聞こえてきて、慌てて足を速める。
「アタイが負けたら、大人しく薬指は渡すよ。 そんかし、アタイが勝ったら、興信所の人達には手を出すな。 薬指も、返さねぇ!」
そう言いながら、竜子がピンクハウスのボリュームのある服を脱ぎ捨て、下に着込んでいた赤いニッカポッカの上に白い晒しを巻いた姿に、零が抱えていた特攻服を受け取ってはおっていた。
黒須が、ポリポリと頭を掻きながら、そんな竜子の様子を呆れたように眺めている。
先に到着していたシオンはハラハラと心配そうな表情で、久我は険しい、何かを思案するような表情で、そんな二人を見守っていた。
その後、エマや、いずみも追いついてくる。
シオンから、黒須と竜子がタイマンで勝負をするなんていう、前時代な展開になっている事を聞いたエマは「タ…タイマン? 黒須と? 嘘、無理よ!」と、不安げに言った。
そんなエマに、零から借りたらしい、拭くだけで化粧を落とせるコットンで、顔面に塗りたくられている化粧を拭いつつ、「んな事ぁねぇよ。 あたいだって、修羅場幾つも潜ってんだ。 あんな、蛇野郎に負けやしねぇ」と言う。
そして、全て化粧を拭い、顔を上げた竜子の顔を見て、モーリスやシオン、零といった、変装の際に素顔を見たらしい人間以外は、皆例外無く息を呑んだ。


長い睫と、真っ白な肌。
大きな目は、黒曜石のような光を放ち、薄ピンク色の艶やかな唇が、ニカッと、その整った容貌に似合わない笑みを浮かべている。
眉毛は全て剃ってしまっている為、少々不気味には見えたが、逆にそれが精巧な人形の如き印象を人々に与えいた。
これで、金髪に染めてたっていうんだから、化粧してなきゃ、本当に西洋人形だ。
あんなへんてこりんな化粧の下に、こんな素顔があろうとはと感じ、まじまじと凝視する鵺。
その視線をものともせず、「零、悪ぃけど、あたいのポーチから、口紅だけ頂戴」と告げ、零から真っ赤な口紅を受け取ると、竜子はグイと自分の唇に紅をひく。
途端に完璧なバランスが一気に崩れ、下品な印象になる竜子の顔。
だが、一気に力強さを得た顔立ちを凶悪に歪ませると「待たせたな! 準備は出来たよ! あたいが勝ったら、薬指は諦めるし、この人たちにも迷惑掛けないっていう約束、守れよ?!」と勝手に定めた約束を前提として叫び、特攻服の内側に仕込んでいたらしい、鎖をジャラリと取り出して、ブンブン振り回し始めた。
(なぁつかしぃーーー…)と、13歳の鵺ですら郷愁を覚えてしまいそうな、竜子の喧嘩スタイルに、思わず遠い目になる。
だが、至って本気の竜子は、ビュッと音を立てて鎖を放つと、狙い過たず、面倒くさそうに立ち尽くしていた黒須の右腕に何重にも巻きついた。
「よっしゃ! これで、あんたの利き手は封じたよ!」と叫ぶ竜子に、心底うざったそうに「竜子、お前、もう、ほら、諦めろ? 俺が追ってる内に、折れるのが得策だぜ? いい加減、薬指返してくれ。 あれが鍵だって事、お前も知ってるだろ」と言い聞かせる。
だが、竜子はブンブンと首を振り「あたい知ってんだよ! あんたに、薬指返したら、どんだけ取り返しのつかないことになるか! だから、絶対に渡せないっ!」と叫び、ぐいと鎖を引く。
竜子が女性にしては怪力なのか。
単に黒須が非力なのか、黒須がずるずると引き寄せられる姿に「頑張って! 竜子ちゃん!」と、嬉しげに零が叫んでいた。
こりゃ、ますます、悪者だわと、ちょっとばっかし同情しながら黒須を見やれば、そう思われる事に対しては、慣れっこなのか、全く気にしてない様子で、彼は、ふぅと小さくため息を吐くと、体の力を抜き、トンと地面を蹴って、引き寄せられる力にバランスを崩されぬように注意深い足運びで一気に前に走り寄る。
当然、力いっぱい後方に引っ張っていた鎖が緩んだせいで、後ろにすっころんでしまう竜子。
(あーあー)と、そのみっともない姿に、呆れれば、黒須がそんな竜子の緩んだ鎖を一気に振りほどくと、そのまま竜子を押さえ込みに掛かろうとする。
封禍が、お預けを食らっている犬のような視線で鵺を見つめてきた。
確かに、ここで終わって貰っちゃ困る。
そう思い、しょうがないなぁと感じながらも、鵺は「封禍君! ちょっとばっかり、遊んじゃってもいいよ? あ、でも、銃は使用禁止〜〜」と、気軽な声で鵺は、我慢していた犬に「ヨシ」を出した。
その瞬間、全開の笑顔で二人の間に封禍が飛び込み、踊るような手つきで、黒須の喉元まで手を突きつけ、その喉を押さえるようにして、後方へと倒す。
封禍は殆ど、力を入れてないように見えたのに、なす術もなく倒れ付した黒須は、うずくまり「ゲホッ! ェホッ!」と唾液を垂れ流しながら咳き込むと、掌で口元を拭いながら起き上がった。
先程の衝撃で、遮光眼鏡が飛んでいた。
ゆっくりと、舐めるような目で封禍を見据える目は「黄色い目」。
爬虫類の特徴である、縦に虹彩が入ったその目に、鵺は心の中で快哉をあげる。
黄色い目!
なんて、不気味で、気味が悪い!
自らの紅い目が、興奮で潤んでくるのを感じた。
「…くっそっ! タイマン…じゃねぇのかよ」
息荒くそう吐き捨てる黒須に、封禍が「タイマンですよ? 一対一でしょ? 俺と、貴方の」とわくわくした声で言い、それから容赦なく、黒須の腹を蹴り飛ばす。
後方へ吹っ飛んだ黒須は、仰向けに倒れた体を、何とか起こすと、「あー、もうっ! サイアク!」と苛立ったように呟き、そして懐から一本の短い刀を取り出した。
短刀と呼ぶには長く、しかし刀と呼ぶには短すぎる。
黒塗りの鞘に収まっている、中途半端な長さの刀を握り、「お兄さん強いし、一応二戦目って事で、ハンデ貰うぜ?」と囁くと、黒須は一気に刀を抜く。
それは不思議な光景だった。
久我が静かに呟く声が聞こえる。
「妖刀。 それも、かなり邪悪な代物」
その言葉に、刀に関してはズブの素人である鵺も頷いてしまうほど、その刀は禍々しかった。
ズルズルと、鞘から引き出された刀は、刀ではなく、黒く滑り光る艶を有している。
明らかに刃物ではない。
ズルズルズルズルと鞘の長さを超えて、抜き出されたその姿は、鞭。
鋭どくも薄い刃のような鱗をびっしりと身に纏わせた、長い長い、鞭だった。
何やら複雑な文様が描かれた皮手袋を手に嵌めて、柄の部分と、鞭の部分を両手で掴み、黒須はビンッ!と音を立てて、目の前で引っ張って見せる。
そして、真っ赤な、細長い、二股に分かれた舌を唇から這い出させると、ベロリと鞭を舐めあげた。
「キャ!」
恐怖のせいか、零が短い悲鳴をあげる声が耳に入る。
その異形極まりない光景に、魅入られ、息が荒くなる鵺。
やっぱりね。
アレは、人間じゃない。
人間じゃないどころか、アレは間違いなく、化け物。
それも、とびきり醜悪な化け物だ。
ゴクリと、喉が鳴る。
好奇心の余り、瞬きすら忘れて黒須の姿を凝視しながら、一瞬、ほんの一瞬だが、封禍の事が心配になった。



あんな化け物相手、大丈夫なのだろうかと。



そんな鵺を他所に、エマは恐怖と、嫌悪と、心配の入り混じった真っ青な顔で立ち尽くし、シオンは零を背後に庇いながら、ギッと音がしそうな視線で黒須を睨み、久我は何も言わず腕組をして二人を見守っていた。
モーリスはといえば、まるで、全てを予想していたかのような余裕ある表情で佇んでいる。
「お兄さん、名前は?」
黒須の、掠れて、何処かに引っかき傷を残すような、少し高い声が封禍の名を問う。
封禍は、明らかな異形を目の前にしていても、楽しげな様子を崩す事無く、「魏幇禍と申します。 以後お見知りおきを」と答えた。
「へえ? 大陸の人かい?」
黒須も何処か楽しげな声で言いながら、ヒュンと音を鳴らして、鞭を地面に打ちつける。
「OK、OK。 じゃ、ちょっとばっかり、遊んで貰うかな? 痛い、痛い、思いをさせてやろう。 許して欲しくなったなら……」
愉悦の炎を点らせて、黒須の黄色い目がゆっくりと細められ、赤く長い舌が舌なめずりをし、囁いた。




「跪いて、足を噛んで」




ヒュン!と、音を立てて、一直線に鞭が飛ぶ。
その攻撃をバックステップでかわした、封禍の背後に回りこむように、鞭が踊り、そのわき腹を擦るようにして跳ね上がった。
「ヒュゥ♪」
予測不能な動きを見せる鞭に、思わず口笛を吹く。
「っ!」
小さく呻いた封禍の、仕立ての良いスーツは無残に裂け、わき腹には薄く血が滲んでいた。
「妖刀邪蛇丸。 俺の意思を汲んで動く刀。 とっても、痛くしてやるよ。 許しを乞うなら、今のうちだぜ?」
そう言う黒須に笑顔を浮かべ「おっもしろい武器だなぁ!」と封禍は嬉しげに言い、舞うかのような優雅な動きで鞭をよけながら距離をつめ、鞭が全く効果を発揮しなくなる、得意の接近戦へと持ち込もうとする。
(封禍君、楽しそうで良いなぁ…。 鵺が行けばよかった)
子供のような表情に戻っている封禍を見て、心から羨ましくなる鵺。
先ほど、心を掠めた心配の影は、跡形も無く消えている。
接近戦でカタを付けようとする封禍の、そんな意図など見通してるとばかりに、後方へバッグステップを踏みながら鞭を操り、黒須はぐいと容赦ない一撃を、先ほどと同じように人全ての死角となる背中に浴びせかけようとしていた。
「ひぇー! 本気で、蛇みたいな鞭だねっ!」
珍しい武器に心踊り明るい声で、鵺ははしゃぐ。
結構、ピンチっぽくはあるが、封禍が地面に這い蹲ってる姿は想像できない。
大丈夫。
封禍は負けない。
だから、鵺は笑う。
もっと、面白いもの見せてよ!と、封禍に対する言外の欲求を含ませた声音で。


まるで、背中に目があるかのように、四方から襲いくる鞭を逃れる封禍ではあったが、あと少しで、黒須を射程距離に捉えるという瞬間、首筋を鞭先が掠め、ひるんだ瞬間、背中に鞭が振り下ろされた。
「危ない!」と、誰かが叫ぶ声がする。
それでも、鵺は動じない。
信じているとか、そういうのじゃなくて、多分、鵺は、最早封禍を疑う事はないからだ。
だから、封禍が、ぐいと、倒れるように体を捻り、長い足を高々と上げると、


ダンッ!


と、強い音を立てて、手で掴むにはあまりにも危なすぎる鞭を、足で踏み押さえ込む姿を見ても、別段安堵は覚えなかった。
ただ、格好良いなと感じただけだった。
「お見事!」
と、楽しげに拍手するモーリスにチラリと視線を送り、会釈までする余裕を見せた封禍は、鞭を踏んだ足はそのままに、大きく一歩踏み込み、そのまま鳩尾辺りに体当たりをかまそうとしてか、体を低く屈め、全身で突っ込もうとする。
だが、その瞬間、黒須の握っていた鞭が一瞬にして縮み、そして、見る間に、あの黒い鞘に丁度収まる位の黒刀へと変貌した。
鱗の文様が刻まれた、艶々と黒光りする刀。
(ひえ! 鞭が刀に大変身? アレ、面白いよ! 欲しいっ!)
下手に突っ込めば、串刺しになる封禍のピンチにもそんな事を考えてしまった鵺は、たたらを踏んで、封禍が自分に急ブレーキを掛けたのを見て、(刺さっても、どーせ死なないしね)と、流石に婚約者に悪いと思い、心の中で薄情な自分に言い訳する。
すると、先ほどまで尻餅をつき、自分に絡まった鎖をわたわたとほどいていた竜子が立ち上がり、黒須に走り寄った。
そのまま、漫画みたいなとび蹴りを黒須に喰らわせる竜子。
為す術もなく、蹴り飛ばされる黒須を見送りながら、黒須の腹の辺りに足を蹴りだす前の形のまま固まる封禍と、固唾を呑んで見守っていた面々は硬直する。
鵺も目をまん丸に見開き、竜子を見つめた。
「アレ…だよな? しょうが…ないよな?」
何事がブツブツと呟く竜子と、そんな竜子に突然、黒須は怯えた表情を見せる。
「だって…さ、みっともねぇとか、卑怯だとか、こんだけの人に助けて貰っておいて、言ってる場合じゃ…ねぇしな…」
黒須が青ざめたまま、「っ! り、竜子? お竜? やめろよ? っていうか、約束したよな? しないって、後で、どんだけお互い落ち込むか分かんねぇから、しねぇって」と、何事かを諭しだす。
(何が、始まる訳?)
鵺が、事態についていけずに首を捻れば、竜子はペコリと皆に向かって頭を下げて「皆さん、ご迷惑おかけしやした。 これから、ちっとばっかし、みっともないトコお見せ致しやすが、どうぞ、忘れてやって下さい」と告げると、強い瞳で黒須に向き直った。
「覚悟しろよ?」
そう言われ、後ずさりし、その上逃げ出そうと身を翻しかける黒須。
いきなりのこの立場の変化に、ついていけない一同だったが、竜子が手を伸ばし、ぐいと、黒須の長い髪を引っ掴んだ瞬間、全てが判明した。



「あらあらあら? お逃げあそばすの? 本当に、イケナイ小蛇ちゃんだこと。 よくってよ! よくってよ! わたくしが、躾けてあげる! 跪きなさい! 」



竜子は、「おーほっほっほっ!」と、高笑いして、傲慢な視線で黒須を見下ろしカン高い声で告げた。
「愛してあげる!」



「ひぃっ!」と、情けない声をあげて足掻く、黒須の背をゲシゲシと強く蹴り、堪らず彼が体制を変えた所で、その頬を容赦なく張り飛ばし、細く尖った顎を掴む。
「ま・こ・と? あぁた、下僕の分際で、このあたくしに、逆らうつもりですの?」
顔を近づけ、そう囁かれ、「す、すまん。 なんか、わからんが、本当に、すまん! だから、ちょっ! やめっ!」と、呻く黒須の頬を、また容赦なく張り飛ばす竜子。
「…その言葉遣いは何? 許して下さいでしょ?」
竜子の言葉に、抗おうとしているのだろうが、何だか陶酔を滲ませた声で黒須が答える。
「ゆ…るして下さい」

「それだけ?」
「許してください、りゅ……竜子様」
「違うわぁ? もう、本当に物覚えの悪い坊やねぇ」
うっとりとそう言いながら、竜子が真っ赤な唇をキュゥッと吊り上げた。
「あたくしのことは、女王様とお呼びっ!」



そこまで見た所で急に封禍の大きな手で、視界を覆われた。
未成年には、あまりにも、ちょっとアレな様子故の封禍の配慮だったが、冗談じゃない。
音声のみなんて、気になりすぎる。
「封禍君、放してよーー! 何が、どうなってるのよぉ!」と、不満げに喚けど、家庭教師としても、婚約者としても絶対に見せたくない光景なのだろう。
「もうちょっと、大人になってからにしましょーねぇ?」と、上擦った声で言われてしまった。
「ほら、ほら、ほらぁ! 痛い? 気持ち良いんでしょー?」
と、恍惚とした竜子の声が聞こえてきて、黒須が何をされているのか気になる余り、封禍の手に噛み付いてやろうかと思い始めた時である。
真っ暗な視界の中、「俺から、離れろ!」と叫ぶ黒須の声が聞こえてきた。


ゾワゾワゾワ!!


唐突に氷のように冷たい気配が、「空」から降ってくるのを感じ、鵺は全身の鳥肌を立たせる。
その瞬間、動物的勘の鋭さを持つ封禍が鵺の体を抱え上げ、全力で走り始めていた。
「なぁんか、やっばい気配しますよ〜?」
そうなんだか期待に満ちた声で叫ぶ封禍。
「とうとう、『あいつ』のおでましかしら?」と、鵺は期待に胸膨らませる。
黒須のような化け物の上司なのだ。
どんな異形が現れるのか、楽しみで仕方ない。
そう考えた刹那、真っ白な光が物凄い勢いで落ち、鼓膜を揺さぶる轟音と共に地面が揺れた。




いらっしゃった、いらっしゃった。



漸く、真実を見せてくれるのだろうか。




一番知りたい事は、薬指。


全ての中心にある、薬指。



薬指は、誰の薬指?




白い強烈な光が消え、眩しさに眇めていた目を見開く。
その瞬間、劈くような叫び声を竜子はあげた。



黒須が、大剣に貫かれていた。



銀色の刃が、間違いなく黒須の胸の真ん中から突き出されている。
物凄い勢いで剣を伝って流れ出る血が、地面に血溜まりを作っていた。
鉄の匂いが鼻の奥に突き刺さる。
一瞬、展開についていけない自分を見つける。

串刺しだ。
蛇の串刺しだ。

ぼんやりと、そんな言葉が頭に浮かんだ。

長い黒髪が、その衝撃に舞い、そしてぐたりと俯く黒須の顔を覆い隠している。
その首に背後から腕を回し、抱え込みながら刺した剣をこれみよがしにゆっくりと引き抜く男がいた。
「……何を……している? 待ちくたびれた……。 と、いうか、ちょっと寝てた。 貴様は、とんだ能無しだ。 頼んだ仕事もろくにこなせん。 その上、下らん事にてまどりおって……」
嫌味ったらしく、ブツブツと呟きながら、男が顔を上げる。
竜子が憎しみの篭った声で、その男の名を呼んだ。
「リリパット・ベイブ! 呪われた王宮の王様が、わざわざ此処にお出ましとは、どういう了見だい?! とにかく、誠から、離れろ! そいつの鍵はあたいが持ってる! 返して欲しくば、まず、あたいとナシ付けるんだねっ!」
そう啖呵をきられ、ギリギリと黒須の喉を締め上げるように腕に力を込めていた腕をフト緩めた男は虚ろな表情で竜子の顔を見、そして鵺達の顔を見回した。
「…どういう、騒ぎになっているんだ」
呆れたように呟くその声は低く、深く、洞穴を思わせる空虚さにみち、冬の空のような灰色の瞳が、暫し瞬く。
肌の色も、白を通り越して、白灰色にそまり、色のない乾いた唇は真一文字に引き結ばれていた。
眉根は深く寄せられ、その下にある目は隈が目立っており、焦燥が濃く滲む、生真面目そうでありながらも、酷く疲れを感じさせる顔立ちをしていて、艶のない白髪は広い肩まで伸び、厳しい、とても厳しい表情のまま、深いため息を吐く。
体つきはがっしりとしており、背も高い。
虚ろで、陰気さが色濃く滲んだ顔立ちではあるが、狂気的とすらまで感じられる、ピンと伸ばされた背筋や、頑健そうな体つきは、本人自身のポテンシャルの高さを伺わせる。
何処の国の服ともつかない、だが、上着の丈の長さや、紋章などのあしらわれた作りからいっても、軍服か、それに類する正装なのだろうと思われる真っ白な格好をしていて、それが、唐突に「空から」現れたという事を含め、彼の非現実的な存在感を増していた。
黒須が、限りなく嫌悪感を相手に抱かせる容姿をしているとしたら、リリパット・ベイブ(小人の国の赤ん坊)という、その本名とは絶対に思われぬふざけた呼び名が似合わぬ男は、何処か後ずさりしたくなるような、黒須とは違う意味で人とは相容れない厳しさがある。


ゴボリ


黒須の喉が、生々しい動きを見せ、大量の血を吐き出した。



黒須の事を嫌悪する態度を隠さなかったエマが、それでもそんな姿を見過ごせなかったのだろう。
「く…黒須さん?! 黒須さんっ!」
そう叫び、黒須に走り寄る。
ズルリと、わざと嬲るような陰惨な速度で剣が引き脱がれ、倒れ伏す黒須にエマが駆け寄り、その体を揺すった。
「ちょっと! ちょっと、なんなよ! わけわかんないわよ! 黒須さん! やだ! ちょっと!」
そう叫び、慌てて「れ、零ちゃん! 救急車! 救急車を、早く!」と叫ぶエマに、リリパット・ベイブが穏やかに言った。
「心配には、及ばない。 コレは、必要な儀式だから」
儀式?
どういう意味?
空から降ってきたリリパット・ベイブなる男への興味もあるが、これからどうなるのかにも興味が募る。
しかし、虚ろだ。
あの、リリパット・ベイブから感じる気配は、余りにも希薄だ。
影のようだ。
そう感じた鵺の感想を裏付けるかのように、久我が目をすがめ、「貴方は、何処から来たのだ? 体は、どちらに置いてきた」とベイブに問うた。
その質問に、「私の体は、『千年王宮』にある」と、ベイブは答える。
(そうか。 あれは、精神体。 体は別に置いておいてあるのね? へぇ。 面白いじゃない!)
そう胸中で呟く鵺の気持ちなど、勿論知らぬ気に、ベイブはピクリと黒須が震えるのをつまらなそうに見下ろした。
「勿体ぶらずに、とっとと暴かれろ」
そう言いながら爪先で、黒須の体を引っくり返す。
いつの間にか、日は沈み、暗闇が辺りを満たしていた。
切れ掛かった電灯が明滅を繰り返している。
高架の隙間から見える月が、魂の奥底まで冷やしてしまいそうな光を放っていた。
血で、口元を汚した黒須が凄絶な笑みを浮かべると「てっめぇ、時と場所を考えて…行動しろ…よ…」と呻き、それから黄色い目をいずみに向ける。
腹に大穴を明けた男の視線に、思わずといった感じで後ずさりをするいずみに「いずみ…、おっちゃん、あんま、気持ちの、良い、格好に…なんねぇ…から、目、チョットの間、塞いどけや…」と呟き、それから側にうずくまっていたエマに「お姐さんも、ちょっと、離れた方が、良いな…」と、言って、彼女がその場から少し離れた瞬間黒須の体が、勢い良く跳ね上がった。
見る間に、その姿が変化を遂げる。
「…ラミア」
鵺の呟きに、「ギリシャ神話の、リビアの女王でしたっけ?」と、封禍がぼんやりした声で答えた。
だが、目の前で繰り広げられる光景は、神話なんかじゃない。
間違いなく現実だ。



ズルリ。
身をくねらせて、黒須が体を起こす。
着ていたスーツが跡形もなく溶けさっていた。
長く黒い、美しい髪が滝のように流れ落ち、裸の肩を覆う。
ぼんやりと、ああ、黒須が美女だったならば、これは、これで、見惚れられた光景だったのかもしれないと思い、女の身でありながらがっかりする気持ちを覚えないではなかった。
髪を舞わせて、顔を上げる。
黒須の、今日一日で、いやいやながらも、見慣れてしまった顔だ。
あばらの浮いた、貧弱な体だって、黒須のものに間違いないだろう。
だが、腰から下が違った。


ズルリ。


腹に開いた大穴は、いつの間にか塞がっていた。
黒須が滑る音を立てて、ベイブの元へと這い進む。
竜子が悔しげに呻いた。
「無理矢理条件整えやがって。 これで、あたいの鍵さえあれば、全てが思い通りってわけか」


いずみが、引き攣った声で「ひっ! ひっ! なっ、い、いやぁ…!」と珍しくも取り乱した声で、断続的に悲鳴をあげている声に、側に駆け寄って抱きしめてあげたい気持ちになった。
これは、流石にきつい。
想像を超えている。
虫が苦手だったいずみにしてみれば、こんな生き物嫌悪の対象でしかないだろう。
「お姐さん」
黒須が、エマに視線を送った。
慌ててシオンの背後に隠れるように動くエマ。
だが、それでも「な、なんでしょう?」と、きちんと問い返してしまう辺り、エマさんの性格だなぁと、鵺はちょっと感心する。
そんなエマを苦笑して眺め「あんた、知りたいって言ってたな。 こんな姿まで、見られちゃあ、全部一緒だ。 昔話でも、聞くか?」と、問いかけ、エマは否応もないといった様子でブンブンと頷いた。




「ありがちな話だ。 昔、惚れ合っていた男と女がいた。 女は、人とは違う種族の生き物だった。 だが、男はそれでも構わなかった。 女は夜以外は人間の姿でいれていたし、人間としての普通の生活を送っていた女だから、世間がそうであるように、二人の仲が深まれば、自然に結婚に行き着いた。 二人は平凡で、まぁ幸せな日々を送っていたのだが、ある日、女がある理由で殺されてしまった。 男は、自らの命を絶とうと心に決めるほど、絶望したが、女は死に際に男に言った。 生きて欲しいと。 そして、自分の全てを、貴方のものにして欲しいと。 男は、女の言葉通りにした。 それが、この結果だ」
黒須が自分の姿を指し示す。
「女はな、世にも珍しい、下半身が蛇っつう種族だったんだよ」





月明かりに照らされ、濡れた輝きを見せる黒い鱗に覆われた大蛇の尻尾がのたくっている。
6.7メートルはあるだろうか?
その長く、丸太のように太い下半身をくねらせながら、明滅する明かりの中薄笑いを浮かべて立つ黒須の姿は、化け物以外のどんな呼び名も思いつかない。
だが、何故だろう、目を逸らせない。
あまりにも醜悪が過ぎるからこそ、引き寄せられるという人間心理の不思議さに、鵺は首を傾げながらも、じっと黒須の姿を見つめ続ける。
「全て、自分のものに…とは、如何様な手段で?」
久我が静かに問うた。
「貴方の目は、蛇の目だった。 舌だって、先が割れた、蛇の舌だ。 それに、あの時、俺たちが、あなたを出し抜こうとした時、いち早くそれを察したのも、その力のおかげなのでしょう? 蛇は、嗅覚鋭い生き物だ。 舌で、匂いを嗅ぎ分け、獲物の位置を探り当てるという。 貴方は、我々が立ち去るのを見たわけではない。 貴方は、我々の匂いが、竹下通り内から消えていた事に気付いて、駅へと先回りしたんだ。 そこまで、その亡くなられた女性と融合なされているという事は…」
そこまで、言って、久我は一瞬口を噤む。
何かの可能性に思い至ったのか、少し顔を歪めその表情を見て、黒須は嗤った。
「想像通りさ」
鵺も、自分が思い至った可能性に、ある種の納得を覚える。


昔、愛しい男の子供が欲しい余り、本当にその子供を「食べて」体内に納めた女がいた。
愛する事が過ぎる余り、人は狂気に滑り落ちる。



間違いない。



自分の全てを、貴方のものにして欲しい。



文字通りしたのだ。


食べたのだ。 全て。



「その結果、こういう生き物になった。 目や、舌、嗅覚こそは少々変化しちまったが、普段は、まぁ、そう人間とは代わりのない姿だ。 能力だって、体が柔らかくなった以外は、そんなに変化はねぇ。 あとは、まぁ、この髪かな」
そう言いながら不釣合いに美しい髪をつまみあげる。
「こいつは、元は俺の髪じゃない。 霧華の…俺が惚れてた女の髪だ。 切っても、切っても伸びてきて、キリがねぇんだよ」
「じゃあ、盗まれた薬指は…」
エマが、そう呟けば「そう、霧華のものだ」と、黒須が答える。
何故、そんなものを、竜子は盗んだのだろう…?と、新たな疑問を抱きはしたが、しかし、これで髪の謎は解けた。
あと、知りたいのは、黙って絶っている、ベイブの素性だ。
黒須との関係だって気になる。
「普段はこうやって人間の姿ではいられる。 だが、夜限定だけどな、命を落としかけて、本来の俺の生命力が失われそうになった瞬間、こいつが出てくるんだ」と、言って自分の腰から下で蠢く蛇の下半身を愛しげに触れる。
そんな黒須に、漸くちょっと落ち着き始めたらしいエマが、いつもの冷静な声で「…自分が、そうなる事を予想して、黒須さんは、その、霧華さんを…?」と問いかけ、思いっきり素の顔で、下半身蛇の男に素の顔をしているという凄まじいシュールな状況ながらも、素の顔で「知ってたら、やってねぇよ」と黒須は返し、思わず納得させられた。
「もう、大変だぞ? 生活無茶苦茶だぞ? 霧華、何してくれるんだと、お前、何考えてたんだ、俺のそんなに、駄目な恋人だったか? 何か恨みのでもあったのですか? と問いかけたい位、アレだぞ? しんどいぞ? 齢38にもなって、髪はこんなだし、雰囲気は蛇って事で、とっても悪いし、子供には泣かれるし、爬虫類苦手な人には敬遠されるし、視力は落ちるし、昼日中はサングラスかけねぇと殆ど物見えねぇし、あと、あとなぁ! あとなぁ!」
手をわななかせながら、堪りに堪っていた鬱憤をぶちまけるように喋り続ける。
何度も聞かされているのか、物凄くうんざりした顔で、腕組をしているベイブは「適当に聞き流すか、打ち切るかしないと、ずーーっと、愚痴り続けるぞ?」と言っているのだが、蛇男にこんなに真剣に訴えられて、そんな話を打ち切る勇気を持っている奴がいるなら、是非お目に掛かりたい。
鵺としては、長い胴体の部分に締め上げられている己の姿を思い浮かべてしまい、静観することに決め込んでしまった。
「しかも、だ! しかも、霧華がなぁ…! 霧華はなぁ…!」
黒須がそこまで言った所で、「クッ…」と呻き、いきなし、暗い声で、聞き覚えのあるナレーションを始める。
「…奥様の名前は霧華。 そして、だんな様の名前は誠。 ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。 でも、ただひとつ違っていたのは、奥様はマゾだったのです」


「は?」
脱力した声で問い返す、エマ。
鵺の体からも、何だか気力という名の大事な力が抜けたような気がする。
いやいや、そんな「奥様は魔女」のナレーションされても、っていうか、えー? 最後の変え方とかほんとベタ。 頭痛がする位、ベタ、と思わず評価してみるも、至って真剣な暗い目のまま黒須が、力なく言う。
「だからな、霧華は、恋人の俺が知らなかったと言う事実にも、絶望したんだが、極度のマゾだったんだよ。 で、分かるだろ? あいつの色んな性質を、受け継いでしまった俺は……」
ああ、だから、竜子の暴力や、あの口調に抵抗できなかったわけだ…と、納得するものの、余りにアホくさい不幸に、もう、どうでもいいじゃん…という、鵺は凄くグダグダな気分に陥る。
エマが投げ槍というか、最早槍投げレベルの物凄くやる気のない声で、
「馬鹿じゃないの?」
と、言った。
「俺だって、馬鹿だと思うさ! ていうか、もう、俺の人生全部馬鹿だよ! 基本的に、馬鹿だよ!」
「夫婦だったんでしょ? そういう性癖、把握しときなさいよ…」
「知るか! ていうか、それ、一番の傷口だから、抉るな! 凄く痛いから! それに、あれだろ? まさか、あいつの性質を受け継いでしまうだなんて、予想してなかった訳だし」
黒須の言葉に「まぁ、人魚の肉を食らって不老不死になったという伝説があり、人外のものを食って、身体に影響が出るという事はあるだろうが、その性質を受け継いだというのは、確かに、珍しいといえば、珍しいかもしれないね」と口を開く久我。
「それまで、そりゃ、恋人は、変わった種族ではあった訳だし、怪異な出来事への理解っつうのは、人よりもあるつもりだったが、それにしたって、自分自身はごく平凡な人間でしかなかったんだぜ? まさか、自分がこんな風になるだなんて、誰が予想する?」
黒須の言葉に鵺は、そもそも「死んでしまった妻の肉を食らう」という狂気的な行動を平凡な人間はしないと心の中で突っ込む。
だが、そういう狂気的なことをしでかした、男は、圧倒的なまでの卑小な事を、卑小な表情で訴えていた。
「もう、凄い大変なんだぞ? 強い口調で命令されたら、全然逆らえないし、蹴られたり、殴られたりしても、抵抗できないし、蔑まれたときに、うっすら嬉しい自分を発見した時の絶望感というのはだなぁ…」
黒須の言葉に、嫌悪の顔をあらわに、エマは罵倒の言葉を浴びせかけていた。
「ていうか、気持ち悪っ! ただの変態じゃない、それ! うわ! 38歳、気味の悪いおっさんの、マゾって需要全くないね!」
「ないね! 有難くないね!」
そう言い合う、二人に「いや、あっても、困るでしょ、それ」と弱弱しい合いの手をいれるシオン。
「「うん、そうね!!」」と黒須とエマが何故か揃って頷いた後、「でな、でな! そこに付け込まれれば、幾らでもいう事を聞かせられちゃう訳だからって事で極力、人に知られぬよう行動してのに! あいつが! あの、アホ竜子が、また、事あるごとに、切り札っつって、俺の事をイヂメやがって!」と叫べば、「うん、見てた。 凄かった。 竜子ちゃん、堂に入ってた。 十分、プロとしてやってけそうな貫禄があった」と、そう褒める(?)エマの言葉に、何故か照れたように頭を掻く竜子。
そんな彼女を指差し「そこ! いい気にならない! ってか、やめろ! プロとか、恐ろしい事を言うな!」と、本気の声でエマに黒須は訴え、「ていうか…コレ、何の話だっけ? 何で、こんなトコまで脱線してんの?」「さぁ?」と言い合う二人に「「「「いやいや、貴方たちのせいだから」」」」と各々が一斉に突っ込んだ。
黒須もそうだが、エマも怒涛の勢いというか、あんなに黒須の姿に怯えていたくせに、今や丁々発止のやりとりをしていて、結局肝が据わってんだから……と、鵺は呆れてしまう。
「何か、予想外の盛り上がりを見せていて、腰を折ってしまうのが恐縮なのですが、そろそろ、次へ進めないと、黒須さんそのような格好のままでは、お風邪を召されますよ?」
と、笑顔で間に入るモーリスに、思わず感謝の念を捧げた。
黒須は、乱れた黒髪をうっとうしげにかき上げ、「あーっと、とにかくだ、そんなこんなで、俺はこんな需要のない生き物になった訳だ」と言葉を切ると、今までじっと辛抱強く待っていたベイブが、「で? 鍵は、取り返したんだろうな」と黒須に問う。
竜子が「まだだ! 誰が、返してやるもんか!」と、ギッとベイブを睨んでいたが、黒須は肩を竦め、そしてベイブの前に掌を突き出した。




銀色の指輪がはまった、真っ白な、美しい指が一本転がっている。




唐突に、鵺は、まだ自分が封禍から婚約指輪を受け取っていない事を思い出した。







「いつのまに!」
と叫ぶ竜子に「悪ぃな、お前の、女王様がご光臨されていらっしゃる時に、スらせて貰った」とふざけた口調で答え、そして、「ていうか、お前、マジで、時と場合と、場所を考えて降りてきてくんないかなぁ…」と言いつつ、その指をベイブに渡す。
「鍵穴は、何処が良い?」
ベイブにそう問われ、ズルリと細長い舌を出して閃かせると、その中ほどを指差し、「おおらえん、おおしおうあい?」と、口を開いたまま意味の分からない事を言う。
「舌をしまえ。 何言ってるか分からんていうか、ここまでのページ数凄まじい事になってるから、どんどん話を早く進めたいという、気持ちを察して欲しい」
そう真面目な声で、誰の気持ちに即した言葉なのか分からない事を言うベイブに頷き、ズルンと舌をしまった後「舌に作ると、目立たねぇし、面白くないか?」と、まるで、凄く良いアイデアを思いついたかのように提案する黒須。
「鍵穴って何よ? そもそも、その霧華さんの薬指は、なんなの?」
エマが、最早ためらうそぶりもなく問えば、ベイブが重々しい声で告げた。
「私の王宮の鍵だ」
「王宮の…鍵? 貴方の体があるっていう、『千年王宮』とやらの?」
「ああ。 私はそこに幽閉されている。 余り長い時間、外に存在する事は赦されず、また、外に出ても、体を置いてではないと動けない。 精神体とはいえ、辛うじて、物に触れる等の行為は可能なのだが、疲弊してしょうがない。 なので、私の目の代わりとなって、この世の事を見聞きしてくれる物が必要になった」
「で、その白羽の矢が俺に当たったわけ。 俺としても、こいつの持っている力を利用させて貰いたかったし、その契約の証として、俺はこいつから、『千年王宮の鍵』を預けられる事になった」
「それが、その薬指だ」
竜子が、苦々しげに、黒須の手の中にある、薬指を見つめる。
「復讐の為に、誠は力が欲しいんだ。 霧華姐ぇを殺した奴に、復讐する為に、あんたは向こう側に行っちまうんだ! 下らないっ! 分かってんのかよ。 そんなの、霧華姐ぇは望んじゃいねぇ! 望んじゃいねぇのに…」
「霧華さんという方と、竜子さんは知り合いだったの?」
黒須の妻と、竜子の関係が気になり鵺が問えばコクンと子供の仕草で頷いて「あたいにバイクの楽しさを教えてくれたのも、任義や仲間の大事さを教えてくれたのも、霧華姐ぇだった。 あたい、尊敬してた、霧華姐ぇの事。 18になったら、一緒にツーリングしようって言ってたのに、あたいが18になるのを待たずに、霧華姐ぇは死んじまった。 その時、あたい、決めたんだ。 霧華姐ぇが、一番大事にしていた誠は、あたいが守るって。 何があっても、あたいが守って見せるって」と、熱っぽい口調で言い募る。
「なのに…なのに、誠ときたら、何処で、どうなったのか、おっさんなのは、前からだけど、やさぐれるし、ヤクザそのもののような生き様を見せるし、うっかり変態にまでなって、しかも、何処で知り合ったんだか、変な飼い主見つけてくるし…」
くぅぅぅ…と、うずくまり地面を叩きながらそう呻く竜子に「いやいや、それ、とても誤解を招く発言だから」「飼うなら、もっと可愛いものが良い」とベイブと黒須が一緒に突っ込むものの地面にうずくまったまま、「ある日突然、今まで、ずっと大事にしてきた男に『じゃ、今日から、ちょっとばっかし、こいつんトコ世話になるから』って、素っ頓狂な格好した男を紹介されたあたいの気持ち分かるか? 『一応、千年王宮で暮らさなきゃなんねぇから、あんまり会えなくなるかもしんねぇ』って言われて『え? 千年王宮って……何処のテーマパーク? テーマパークの住人って…、アトラクション案内でもすんの? それとも、着ぐるみでも着るのか?』ってなったあたいの気持ち分かるだろ?」と鵺に訴える竜子。
鵺は面白がって、「そうだよね。 そうだよね。 ビビるよね!」と同意を示してみる。
すると勢い込んだように、竜子は声を大きくした。
「だろ? で、話聞いてみたら、契約を結んで、誠がベイブに仕え、同じように『千年王宮』に繋がれる代わりに、何か、力を貸して貰うだとか、何とか言ってて、マジで意味わかんないんだけど、でも、ヤベェって、それって、ヤベェって思って…」
「それで、鍵を盗んだ…。 でも、どうして、霧華さんの指が、鍵なの?」
鵺が不思議そうに首を傾げれば、竜子ではなく黒須が答える。
「『千年王宮』の鍵はな、鍵の持ち主となる、人間の体の一部であれば、何でも良いって言うもんだから、霧華の指を鍵にしたんだ。 その鍵さえあれば、いつでもこっちと『千年王宮』を行き来できる。 使う際は、いちいち蛇の姿に戻りらなきゃならねぇのは面倒臭ぇが、この姿になれば、霧華と同化した存在になり、薬指が、俺の体の一部だと認められて、鍵が使えるようになる。 指だろうが耳たぶだろうが、切り落とされたりするのは御免こうむりたかったからな。 薬指だけは、指輪が嵌っちまってたから、大事にとっておいたのが功を奏したと思ったのに、まさか、こんな風に盗まれちまうとは思わなかったぜ。 しかもベイブは早く持って来ねぇと、俺の指を使うとか脅してきやがって、マジで焦ったっつうの」 
 そう言う黒須の口に物言わず、自分の指を突っ込むベイブ。
「…お喋りが過ぎる。 とっとと、済ませるぞ」
そう言われ、ベイブの指を咥えたまま、モガモガと何か言いかけて、それから諦めたように黒須は黙る。
「お前っ! マジで、自分がどうなるのか、分かってんのかよ!」
そう、叫ぶ竜子にチラリと視線を送り、何とも言えない笑みを浮かべると、黒須はゆっくりと眼を閉じた。
「…我に仕えよ。 我に繋がれよ。 我の忠実な僕となれ。」
そう言いベイブが、黒須の髪を梳く。
「……此処へ、おいで」



その瞬間、黒須がガクン!と仰け反り、喉に真っ黒な皮のような物で出来た輪っかが巻かれた。
暫く小さな痙攣をした後、首を何度か横に振りながら、顔を起こし、探るように自分の口の中に指を突っ込む。
そして、ニタリと笑うと、ベイブの前の地面に這い蹲る。
長い髪が、地面に流れ落ち、月明かりを受けて、黒い海のように見えた。
竜子が見たくないという風に、視線を逸らす。
地面に口付け、黒須が宣誓した。
「身命を賭して、貴方にお仕え申し上げます」
ベイブが、ブーツの足を持ち上げ、黒須の頭を踏む。
「我、そなたを『千年王宮』の住人と認めよう」
そのまま何を考えたか、物言わぬまま、ベイブはぐっと足に力を込め、当然のように自然の摂理に従って、ガチンと、明らかに痛そうな音を立てて、黒須は額を地面に打ち付けた。
「ってぇ!」
そう叫び、ベイブの足を振り払うと額を押さえて、のたうつ黒須。
そのまま、ガバっと身を起こし、「いった! すっごい痛い! っていうか、何さっきの? 何の意味が?!」とベイブに怒鳴る。
赤く腫れている額を指し示し睨み据える黒須に、無表情のまま「いや、何か、こう、このまま、足に力を入れたら、どうなるのかな?っていう、極自然の好奇心が…」というベイブ。
その身も蓋も無い答えに、「死んでしまえ!! 好奇心も何も、踏めば、おデコぶつかるでしょ! ぶつかったら痛いでしょ! 分かる? 俺の言ってる事、分かりますか?! 分かりませんか?!」と黒須が叫ぶ。
間近で怒鳴られ、如何にもうざそうに顔を顰めてそむけるベイブに「何? その態度! うあ! ねぇ! このオデコ、見て! ほら、痛そう!」と、やっぱりうざく言い募った後、「あー、もう既に、こんな上司に仕えなきゃならん事態に、後悔の波が…」と、黒須は暗い声で嘆く。
黒い首輪は、どうも、ベイブに仕える者の証らしい。
溜息混じりに黒須は口を開いた。
「ま、とにかく、ゴタゴタしたが、目的は達せられた。 ごくろーさん。 全くもって、邪魔ばっかりしてくれたが、あんた達がいなきゃ、竜子捕まえられなかったのも事実だからな、一応料金は振り込んでおく」
そう告げた黒須に、久我が「契約とやらは、済んだということかな?」と問う。
黒須は、頷くと、ズルリと舌を見せる。
その下の中程に、丁度薬指が嵌る位の小さな穴が開いていた。
「こいつが、王宮の鍵穴」
そう黒須が、言った時、「きゃぁぁぁ!」と零の悲鳴が、その場に響いた。
慌てて零に視線を送れば、零は、後方を指差している。
零の指の方向を見れば、シオンが飛びつくように、竜子の体を抑え込んでいた。
「っ! 止めるな! やらせてくれよ!」
そう叫ぶ竜子。
その手には、小さなナイフが握られている。
黒須の後を追おうとしたのか。
鵺は、そう理解する。
エマが、竜子に走り寄り、「馬鹿! 何をしようとしてるの! 馬鹿、馬鹿!」と怒鳴りながら、何とか竜子の腕を捕まえる。
「痛いのよ?! やった事ないけど、指を切るって、絶対痛いの!」
そうエマが言うのに同調して、「俺もVシネで見たけど、大層痛そうでしたよ?」とのんびりとした声で、封禍が言った。
「自分で言ってたじゃない! 取り返しがつかないって! 貴方まで、あっち側に行くことないでしょう? せめて、もっと、大人になって、色んな判断が出来るようになってから!」
そう言われ、悔しげに、身を捩るように、唇を噛みしめ、涙を零す竜子の姿を見て、ああ、惚れてるんだ、と思った。
この人、まこっちゃんに惚れてるんだ、と。
大事で、大事で、どうしたって離れたくなくて、そんな恋は、大人も子供も関係ないんだと。


女だから、恋に堕ちる。


「イイんじゃない? 好きにさせれば」と鵺は、気のない口調で言ってしまっていた。
エマが勢い良く振り返り、キッと鵺を睨み据えてくる。
「何が良いの! こんな、未成年者が、そんな!」
鵺は、そんなエマから視線を外し、竜子に向かって問いかけるた。
「覚悟、決めてんでしょ? 女なんでしょ? まこっちゃんの事守りたいんでしょ?」
竜子が、コクリと頷いた。
黒須が険しい声で「変な事けしかけんじゃねぇぞ? お嬢ちゃん。 そいつは、カッとしやすい性格なんだ。 しかも、18の小娘が、指を落とすなって、これからの将来に影響するような事をやんのを、俺は許すつもりはねぇよ。 霧華にも、竜子の事はくれぐれもって頼まれてるし、俺ぁ、兄貴代わりとしても、そいつが真っ当な人生送るのを見届けてやんなきゃなんねぇ。 こっち側になんか、来させやしねぇよ」と、言う。
ベイブも、厳しく凍りついた声で「娘は来るな。 お前は、まだ年若い。 そんなお前を、呪われた王宮に繋ぐ事など、出来はしない」と言い、鵺に「馬鹿な事を申すな」と言って睨み据えた。



馬鹿だ。
馬鹿だなぁ。
知らないんだ。
皆、子供だからと、若いからと侮るけど、人間とは年を喰えば喰う程、馬鹿になる生き物だというのに。
今、こんなに純粋に、貴方を乞うこの子の声は届かないのか。


黒須に視線を送って、鵺は溜息を吐く。


届かないのか。


「若いとかさ、女だからとか、関係ないよね。 人生の決断の時なんざ、訪れるタイミングを選ぶ事は、誰にも出来ない。 鵺は、まだ13だけど、色んな事を選んできた。 竜子さんが、今、此処で、大事なものを守りたいと決断したのなら、それが絶対に揺るがないのなら、追えばいいじゃん。 行っちゃえばいいじゃん。 他人の道行きを、邪魔する事なんて誰にも出来ない。 竜子さんの自由だ。 捕まえて、離したくないものがあるのなら、それ捕まえとく為に、人生も、命も賭けちゃった方が、後悔しないよ」
鵺は、自分自身に言い聞かせるようにして言った。
竜子は、その言葉に頷き、黒須に視線を向けると「あたい、そっちに行くよ? 許して貰わなくたって構わない。 あんたの事逃がすもんか。 あたいの、知らない場所へ行かないで。 寂しい事をされる位なら、あたいは全部を賭けて追ってやる。 このお竜さんの覚悟はね、霧華さんが死んだ時から、ずっと決まっていたんだ。 舐めんじゃないよ!」と、啖呵を切り、それから鵺にニカッと笑いかけた。
「あんがとな。 お前、結構格好良いぞ」
(あんたもね。 ちょっと、いや、かなりダサいけど)
と、鵺も、そんな気持ちを込めて笑い返した。
そして、竜子はシオンとエマに交互に視線を向け、「ごめんよ。 ヤらせてくれよ。 心配してくれんの嬉しいよ。 すっげぇ嬉しいけど、でもさ、大丈夫だよ。 たかが、指なんだ。 あたいの大事な物は、何にも欠けやしないんだ。 お願いだよ」と訴えてくる。
黒須が「早く、そいつから、その物騒な物取り上げろ!」と怒鳴り、ベイブが「馬鹿な言い分を聞く必要はない! そんな娘に指を断たせるなど、してはならない!」と叫ぶ声が聞こえる。
エマが、シオンが眉根を下げ、此方を見回してきた。
鵺は、「…ね? 行かせてあげようよ」と囁く。
その言葉を合図に、二人は顔を見合わせ、泣きそうに眉根を下げながら、ふっと腕を掴む手を緩めた。



例えば、自分は、こんな風に封禍の事を追いかけられるだろうか?と、鵺は自分の身に置き換えて強い決意を秘めた竜子の横顔を見つめていた。



竜子が「ありがとうござんした」と、いつの時代の言葉か分からない御礼の言葉を口にすると、躊躇いなくナイフを振り上げ、自分の指に振り下ろす。
肉と、骨の立たれる嫌な音と共に、「ぐぅっ!」という竜子の叫び声を堪えた呻き声が聞こえてきた。
じっと、その様子を凝視した鵺は、「ヤクザのエンコ詰めもこんな感じなのね?」と目の前で見れた事を単純に喜ぶ。
竜子は今にも気絶しそうなほど青ざめ、脂汗を浮かべていた。
「馬鹿が!!」
そう怒鳴り、竜子の側へと這ってくる黒須。
「馬鹿が! 馬鹿が! この、馬鹿女が!」
そう罵り、竜子の左手を持ち上げ、なんとか止血しようとする。
だが、そんな黒須をスッと制止し、微笑を浮かべたまま、モーリスが「貴女に触れても宜しいですか?」と竜子に聞いた。
痛みに涙を流し、呻きながらも、コクリと頷く竜子。
すると、モーリスが両手を合わせて唇を寄せ、淡い光を宿し、そっと、指を切り落とした後の、竜子の傷口に触れる。
すると、見る間に、竜子の傷口は塞がり、そこから新たな指が生えた。
「っ! え? な! えええ?!」
竜子が驚いて叫び声をあげ、黒須も目を見開きモーリスの秀麗な顔を凝視する。
「…あ、あんた、手品師かなんかかい?」
竜子の、ズレまくった質問に、モーリスが笑顔で頷くと「そうなんです。 それも、かなり腕利きのね」と、シレっと答えた。
そうか。
そういえば、モーリスの能力は、「全ての物を、あるべき姿に戻す」というものだった。
自分とて、阿呆な出来事によって這えた猫耳を戻してもらった記憶がある。
つまり、切り落とした指を、元の姿に戻す事など、造作もない事に違いないっていうか、そういう事が出来ると、最初に言ってくれ。
まあ、モーリスが、「本当に指を無くしても、黒須を追いたいのか。 その覚悟があるのか」確かめたのだろうと思い、それにしたって黙ってじっと見ていた辺り食えない男だ、と改めて確信する。
黒須の姿には、未だ視線を合わせられないものの、いずみが小学生とは思えない強い声音で黒須に言った。
「竜子さんが、ここまでの覚悟見せて、まさか、連れて行けないなんて、言えませんよね?」
その言葉に、顔を見合わせる黒須とベイブ。
ベイブは眉間の深い、深い皺を刻み、色のない唇を気に入らなさそうに歪めると、「…仕方ないな」と呟く。
「ハァ?! お前、正気かよ!!」と叫ぶ黒須に冷たい一瞥を送り「お前が、この娘を此処まで追い込んだのだ。 自業自得だろう」と、ベイブがにべもなくあしらうと、黒須は、目の前に差し出されている真っ赤な血に染まった指を見下ろし、頭を抱えて「もー、知らねぇ。 もう、どーなっても知るもんか!」と呻いた。




靴を脱ぎ、優しく、そっと平伏す竜子の頭の上にベイブの足が置かれる。
「俺への態度と、随分違うじゃねぇか…」
黒須が苦々しげに呟くので、思わず苦笑を浮かべてしまった。
「あー、あのー、えっと…し…しんめぇを…、えーと…」
「身命を賭して、貴方にお仕え申し上げます」
いずみが、冷静な声で、竜子に言う。
「あ! そう、それ! それなんでよろしく!」
そう言う竜子に深々とため息を吐き、「ちゃんと、宣誓だけはしてくれ」とベイブが言った。
「うー、身命を賭して、貴方に…お仕え…もうしあげます」
「我、そなたを『千年王宮』の住人と認めよう」
ベイブが哀しい目で、憐れむように竜子を見下ろして囁き、足を退けるとその髪をサッと払ってやる。
竜子の喉には、赤い首輪が巻かれている。
彼女はそれを嬉しげに触り、それから自分の胸の真ん中、晒しで隠れるギリギリ辺りに空けて貰った鍵穴にも手を置いた。
ベイブは、クルリと背を向けると「私は疲れた。 先に、戻る。 貴様ら二人も、適当に準備を済ませて、後から来い」と告げ、瞬きする間もなく消える。
脱力したように、へタンとしゃがみこんだままの竜子はまず鵺に「あんがとな。 背中押してくれて」と笑いかけてきた。
そして、いずみにも「お前、よく一遍聞いただけで、あんなの覚えられたな。 天才だな」と笑いながら言った。
時間が経ち、元の姿に戻った黒須は、シオンから借りた上着を羽織って、うずくまったまま、「てめぇが、アホなんだ。 アホ!」と、怒りの篭った声で言うと「こいつが、あんなあほな事しでかしたのには、お前らのせいでもあるんだからな」と恨みがましい目で見回してくる。
まぁ、確かに、そう言われればそうだし、黒須は秘密主義が過ぎた事と、外見の悪さのせいで誤解され、今回随分損な目にあっている。
何度か、興信所の手伝いをしたが、ここまで依頼人に対し不利益な結果に終わった仕事も珍しい。
ただ、当人の依頼である「薬指を返してもらいたい」という目的は達せられている訳だし、ま、いっかぁなんて、気楽に考える事にして、鵺は封禍の隣に立つ。
「なーんか、面白そうだから、私もベイブに頼んで、王宮の住人にして貰おっかなぁ」
そう冗談交じりに呟けば、封禍は何でもないような声で「やめて下さいね? 俺も、指切って追わなきゃいけなくなる」と答えた。
鵺は、封禍を見上げ「追ってきてくれる?」と問う。
封禍は「当然」という風に頷いて、それから、「だから、何処にも行かないでくださいね」と言った。
鵺は、何だか照れくさいような気持ちになって、「エイ」と指を封禍に突き出し「何処にも行ってほしくなかったら、証を頂戴したいな!」と言う。
「証?」
首を傾げる封禍。
「うん! うーんと、高くて可愛いのね? 赤い石がついてる奴がいいな」と、そこまで言えばやっと気付いたらしい。
弱った顔をして、「通販、何ヶ月我慢だろ…」と、封禍は呻いた。
 







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2414/ 鬼丸・鵺  / 女性 / 13歳 / 中学生】
【3342/ 魏・幇禍  / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【2318/ モーリス・ラジアル  / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【3356/ シオン・レ・ハイ  / 男性 / 42歳 / びんぼーにん 今日も元気?】
【1271/ 飛鷹・いずみ  / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3880/ 久我・高季  / 男性 / 63歳 / 医師】


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■         ライター通信          ■
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最早、遅れるのがデフォルトになってしまっていて申し訳ありません。
初めましての方も、そうでない方も等しくごめんなさい。
駄目人間駄目ライターmomiziで御座います。(土下座)
今回こそはと、願っていた個別通信もやっぱり出来そうになく、歯噛みしております。
締め切り延ばしても、遅れるというのは、最早、私自身そういう病気なのかもしれません(開き直り)
なので、暫く山辺りに篭って療養生活をすべきかと!

うー、そんな優雅な人生を送ってみたい。

さて、今回はNPCとして、妙な三人を出してみました。
この二人は、この後異界に登録予定。
また、遊んでやって下されば幸いです。
しっかし、こう、今回は私の趣味が如実ににじみ出たお話になっていて、なんとも気恥ずかしいです。
NPCの登場といい、世界設定といい、今まで以上に、楽しませて頂きました。
この長さも、そのせいです!

本当に、長々とした物語にご参加有難う御座いました。
尚、momiziのウェブゲームは、登場人物全ての方、それぞれの視点に即した物語となっております。
お暇なときにでも、他のウェブゲームにもお目通し頂けると新たな真実や、自分のPCが他PCにどう思われていたのかを、知る事が出来るかと思います。

ではでは、またお会い出来る事を、心よりお祈り申し上げております。

momizi拝