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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


学園生活をエンジョイできるのか?


 ――プロローグ

 実はこの学校には、ラジオ体操同好会というものがある。
 今年できたばかりの同好会で、会長は赤毛の少年がやっている。彼は一年生だった。
 表向きは圭という名前を名乗っているが、彼には違う名前がある。そう、怪盗ダウトだ。彼が活躍する場所は学園ではない。が――何の因果か学校へ通っているわけだから、そこで悪さをしない彼でもない。
 そういうわけで、ラジオ体操同好会とは世を忍ぶ仮の姿。その全貌は怪盗トリッキーズのアジトなのである。

 「トリッキーズって知ってるか」
 生徒指導の教師が、二人の男子生徒に話しをしている。一人は金髪を立てた単ランの草間・武彦。もう一人は職員室に来てまでやる気のなさそうな深町・加門だ。
「はあ?」
「知りません」
 草間が驚いた顔で加門を見る。加門はその顔に、驚いたような顔をする。
「知らねえの?」
「へ? なに有名なのか、それ」
 続けて「美味いのか」と言い出しそうな加門を放り出して、草間は生徒指導の教師へ視線を戻した。
「実はうちの学校でも犯行声明が出てなあ、モニュメントの腕がもがれたりしただろう。あれがそうだったって言うんだ」
「それで、俺達に何の用っすか」
「また次の予告が出てるんだ。まさか教師がイタズラに付き合うわけにもいかない。お前等ともかく運動神経だけはいいんだ。どうにかできるだろう」
 草間は眉を上げた。
「そんな無茶苦茶な」
「明日から購買の三十個限定のヤキソバパン、二つ融通してやるからな」
 そんな無茶……と草間が言いかけたとき、深町・加門が言った。
「先生、四つ」
「乗るな、お前も」
 加門につい手をあげて突っ込もうとすると、彼はひょいとそれを避けた。
「寝太郎……」
 加門は教師の手元から予告状を取り上げて読んでいる。

 『リコーダー、学校で一番偉いもの いただきに参上します 怪盗トリッキーズ』

「トリッキーズもよっぽど暇なんだな」
 草間と加門の声がはもった。

「俺達も大概暇だな」
「暇なんだからしょーがねえだろうが」
 ラジオ体操同好会の部室にて、ダウトとベーがこんな会話をしたのも無理はない。
 何が悲しくて学校からアホなものを盗んでいるやら、本人達にも自覚がないのだ。人生は一応お約束の為にある筈だ。とダウトは疑わない。 
 
 ――エピソード
 
 
 登校するときはいたって涼しい顔で、がダウトこと圭の鉄則である。
 まだ生徒の集まっていない少し早い時間に出て、風紀委員に良い印象を与えておくのも彼の役目だ。全ては日頃の行い云々なのだ。そういうわけで、圭はトボトボと通学路を歩き、秋の日差しと風を感じながら、校門をくぐった。
「おはようございます、神宮寺さん」
 なるべく爽やかな笑顔を装って、風紀委員の神宮寺・夕日に挨拶をする。彼女は髪を後ろで結っていて、勝気な顔をしていた。
「おはよう、圭くん」
「おはようございます、CASLL先輩」
 CASLLは相変わらずの強面でなぜか校門から五メートルほど離れて立っていた。
「おはようございます、圭さん」
「朝からご苦労様です」
「いえ、私の仕事ですから」
 CASLLは恐ろしいまでの顔を屈託なく笑わせる。が、それを見たものが屈託ないと取るかどうかは人それぞれだ。圭の場合、恐ろしい顔と恐ろしいバカを見慣れているので、CASLLが怖いとかいう感情はない。
「毎朝どうして五メートル離れているんですか」
 圭が訊くと、CASLLが困った笑顔を作った。
「登校する生徒が怖くて入って来られないので、見えないところにとのことです」
「……それは、ご愁傷様です」
 言葉に詰まってそう言うと、CASLLはいえいえと頭を振った。
 校舎の方を見るとなにやら騒がしい。圭は夕日へ訊ねた。
「なにかあったのですか」
「えー……、地上絵とか言ってたわ」
「地上絵?」
「私達動いてないからわからないんだけど。野球部員が騒いでいるのを聞いただけ」
「なんでしょうね」
 考え込むように顎に手を当てて、それでもわからないという顔をして、圭はそのまま校舎へ向かおうとした。
「おはよーうございまーす」
 間延びした眠そうな声が後ろから聞こえる。嫌な予感がして振り返ると、満身創痍のシオン・レ・ハイが立っていた。ヘナヘナと倒れこむように校門にもたれかかり、それからシオンは目をシパシパしばたかせて、圭を見た。
「ダウトさーん、おはよう……」
 圭は無視をしてカツカツ歩き出した。シオンが大慌てで圭を追いかける。
 シオンが追いついたところで、圭はがっとシオンの肩を掴み、木の茂みにシオンを引きずり込んで低い声で小さく怒鳴った。
「俺の名前は圭だ、な? 覚えたな? 覚えなかったら今度のテストの点数全部0点にすり替えてやる。もしくは今後この先お前の昼飯は手に入らないと思え」
「あう、それは困ります」
 そこへシオンと同じくフラフラの三春・風太が通りかかった。茂みに気が付いて覗いてきて、彼もまた同じように
「おはよーございます、ダ」
 そう言ったところで後ろからガクラン姿のリオン・ベルティーニに口を塞がれる。
「圭さん、おはよう」
「よお……」
「ダウト……あわ、圭さん、今日のヤキソバパンは変更しませんよね」
 シオンがおずおずと訊く。圭はシオンから手を離しながら、ニヤリと笑った。
「今日はトリッキーズデイズだ、悪いが今日から俺達の話題で学園は持ち切りだぜ」
 四人の男がブツブツ言っているところへ、久良木・アゲハが笑顔で顔を出した。トリッキーズ仲間に早くも遭遇して、少し嬉しそうである。
「おはようございます、圭さん」
「うっし、今日はばっちし働くからな」
 圭が外面の顔を作って道へ戻る。
「つか、もうばっちし働いたし」
 リオンは眠たそうにふわぁと大きな欠伸をした。
 トリッキーズが全員フラフラなのにはわけがあるのだ。それは今日の早朝に行われていた。
 
 
 早朝の学校に集まったトリッキーズは、あるイタズラを決行していた。
 もう予告状は出したあとだったので、何をやってもいいわけである。それを利用しないダウトではなかった。
「まず、ナスカの地上絵フェアーだ」
 早朝の屋上は少し肌寒い。しかもシオンと風太とベーは半分寝ている。お目めをぱっちり開けて
「絵?」
「絵ー!」
 疑問符を漢字に変えてお決まりのギャグをしているアゲハとリオンを放っておいて、ダウトは目の前で眠っている三人に片っ端からチョップした。シオンと風太はイタタと頭を抱えてうずくまったが、ベーはまったく動じていない。
 ダウトはイライラと眉を上げて、とうっと踵落としをベーの頭に食らわせた。
 ようやくベーは頭に衝撃を受けて、目を開ける。ダウトは肩で息をしながら、また説明へ戻って行った。
「そもそもフェアーって意味不明ですよ、圭さん」
「うるさい、ざっくり石灰使って絵を描くんだよ」
 するとシオンが目をきらきらさせながら、ぱしっとダウトの腕にしがみついた。なにやらとても嬉しそうである。
「もしかして、もしかすると、校庭にお絵描きですかー!」
「なに喜んでんだ、お前」
「うわーい、それは私にお任せくださーい」
 シオンが親指を立ててオッケイバッチ任せて! と主張している。ダウトは頬をかいて、困ったようにうなってから、即諦めたのかポケットからトランシーバーを三つ取り出した。
「アゲハとベーは絵を描く側、シオンが指示だ」
「了解」
 ベーは頭をさすりながら、トランシーバーを受け取る。
「必ずでっかくトリッキーズって入れろよ」
「わかりました」
 シオンがうんうんと頭をうなずかせる。アゲハはトランシーバーを持って、金網に寄りかかり校庭を見た。校庭は思っている以上に大きいような気がする。
「それで、ダウトさん達は何をするんです?」
 アゲハが振り返ると、ダウトはイタズラっぽくニヤリと笑って
「体育館生タマゴ作戦だ」
「はい?」
「まあ、できたら見ればいい」
「ダウトさん、僕は? 僕はなにをやればいいのー」
 風太が眠たい目をこすりながら、言った。ダウトはベーの持っている大量のタッパーを指差して言う。
「この中身と全学年のリコーダーをすり替えろ」
「リコーダーはどうすればいいんですか」
「……そうだな、校長室のクローゼットの中にでも入れておくか」
 
 
 今朝は忙しくて地上絵をチェックする暇がなかったので、圭は校庭へ出て一応満足の笑みを浮かべた。そして騒がしい屋上を見上げ、玄関口へ入り上履きに履き替える。同じクラスの三春・風太が嬉しそうに笑いながら言った。
「わあーどんな絵なのかなあ、どんな絵なんですかあ?」
 と上履きを履きながら訊いてきたので、圭は少し考えてから
「ナスカの地上絵と同じ……筈だ」
「茄子科の植物と同じですかあ」
「……違うわ、このボケ」
 低く誰にも聞こえないような声で、風太に突っ込む。
 それからトリッキーズ面々はそれぞれ欠伸をしながら、屋上へ上がって行った。
 屋上から大きな絵を見下ろすと……――、大きなドラえもん(リアルバージョン)が描いてあった。シオンに渡した資料は地上絵のままだった筈である。
「シーオーンー」
「よく描けました」
「誰が落書きしろつった、このボケ。せっかくの華麗な登場が……」
 圭はクラリと頭痛をもよおしてトリッキーズと一応描かれている、間抜けではあるがヘタクソとは言い難い落書きを見つめていた。
 軽くめまいに襲われたところを、がっちりとベーがフォローする。
「ともかくウケはとれたんだからいいじゃないですか」
 能天気にリオンが言った。たしかに、ウケはとれたような気がする。
 そのとき、屋上の入り口で声がした。
「おい、体育館が大変だぞ」
 反応して全員が屋上の出入り口に殺到する。圭は満足気に微笑んで、それから不満気にドラえもんの地上絵を金網越しに見ていた。
「俺達も体育館行こうぜ」
 ベーが圭を誘う。圭はうなずいてベーに従い、アゲハは不思議そうな顔でベーを見上げた。
「体育館にはなにがあるんです?」
「知らん。なにがあるんだ?」
 ベーが圭に訊くと、圭は意味ありげな笑顔を作って
「見ればわかるさ」
 言って連中の最後を歩いていた。
 げんなりとした顔で、体育館を手伝っていたリオンが言う。
「あれはある意味地獄だと思いますよ」
「まさかワニの赤ちゃんで埋め尽くしてあるとかですか」
 ひい、と喉を鳴らしてアゲハが言う。リオンがそれを手で制して苦笑混じりに否定した。
「そういう意味ではなくて」
「じゃあ、たこの赤ちゃん」
 シオンは言い出すと、いきなり力説をし出した。
「しらすっていうのはいっぱい目があるので、いっぱい目が合ってかわいそうで食べられなくなるのです」
「そうかあ?」
 気に止めたこともないであろう、ベーは頭をかいた。
 圭は無言である。
「あんまりアホなこと言うと、またカルシウム不足の圭さんに叱られるよ」
 リオンがシオンとアゲハをなだめていると、圭が静かな声で言った。
「じゃあ、カルシウムくれよ」
「え?」
「くれよ、カルシウム!」
「あんたも、その貰えるもんは全部貰っとけって性格どうにかした方がいいよ」
「うるせえ」
 そうこうしている間に渡り廊下を渡って体育館についた。
 体育館の出入り口は野次馬でふさがっていたが、背の高い連中へ平気で覗き込めた。ベーがアゲハを持ち上げ、リオンが風太を持ち上げる。中は一面タマゴだらけである。
「……どうやったんですか、あれ」
 びっくりした顔でアゲハが聞いたので、圭は顎に手を当てながら答えた。
「地道に」
「接着剤で一個一個くっつけたんです」
 リオンが遠い目をしながら言う。風太を下ろして、ついつい肩を自分でもんだ。
「すごいや、タマゴの海だね」
 風太が笑った。
「とにかく、俺達が本気だってぇことは、学校側に伝わっただろうからな」
 全員は目を合わせてうなずいて、チャイムの音に慌てて体育館を離れながら
「休み時間は部室で打ち合わせだ」
 まだまだ、トリッキーズの活躍は始まったばかりなのである。
 
 
 一時限目、一年C組、音楽。
 ざわり、と教室がざわめいている。圭も驚いたような顔をして、自分のリコーダーの袋の中から、ちくわを取り出した。
「リコーダーが、ちくわになっている!」
 これはもう大騒ぎである。誰かはちくわを吹いてみていて、誰かはちくわを食べてしまっていた。響・カスミ教師は真っ青な顔で、小さな声でつぶやいた。
「トリッキーズの予告状通り?」
 全員のリコーダーが消えているのである。
 風太がちくわの先を圭の耳元に近づけてきた。
「圭さん圭さん、聞こえますかー」
「素で聞こえてるわ、ボケ」
 圭は風太の足をむんずと踏んづけて、涼しい顔でまたリコーダーの袋とちくわを見比べていた。女子になにかを振られたら、なんとなく寂しげな微笑を浮かべておくだけにする。
 全校生徒のリコーダーが消えた! この事件はあっという間に校内を駆け巡り、トリッキーズの噂や情報があちらこちらでささやかれることになった。
 アゲハが真面目な顔でやってきて
「洗ったら食べられるでしょうか」
 そう聞くので、圭はちくわの賞味期限がギリギリだったことを思い起こし、平気だろうと平然と答えた。


 休み時間、ラジオ体操同好会部室。
「ちくわ代もバカになんねえんだよ」
 赤毛の怪盗ダウトこと圭が現実的につぶやいた。
 圭の後ろでは、ラジオ体操カードを首にぶらさげたシオンが、腕を大きく振って背伸びの運動から動いている。風太はそのカードを羨ましそうに見ており、気が付いたシオンは、ふっふっふと笑ってみせて、全員分のラジオ体操カードを取り出した。
「じゃーん、作ってあるのでーす」
「おおお」
「ぉぉぉ、じゃない!」
 圭が振り返ると、アゲハと風太はちゃっかり自分の首からラジオ体操カードを下げている。
「圭さん、ハンコください、ハンコ」
「お前らなあ……お前らなあ……」
 圭もだんだん怒るのがバカらしくなってきた様子である。
 リオンがふうと溜め息をついて一言。
「ちくわ代だって俺の貸しじゃないですか」
「うるさい、ちくわぐらいでゴタゴタ抜かすな。男だろうが」
「セークーハーラー」
「殺すぞ、お前」
 ベーはその中呑気に眠っている。
 圭は全ての話題を無視して、シオンへ訊いた。
「合ナリくん持ってきたか?」
「はい! MASA特製の合ナリくん、持ってきましたよ〜」
 シオンは大きな鞄からソフトケースを取り出し、薄型のスキャナーとパソコンを机に置いた。嬉しそうに圭が机に近付く。操作をしているシオンを押し退けて勝手にパソコンを叩き始めた。デジカメでリオンの横顔を撮ってスキャンしてから、付属でついていたサルの画像と合成してみる。
 やけに野生染みたリオンの登場に一同大爆笑。もちろん、リオン一人プリプリ怒っている。
 それからあらかじめ撮っておいた校長の写真と、ぱくってきていたバッハの写真を巧く切り取って、校長の頭にバッハの髪型を合成した。
「パソコン室で印刷して、次の休み時間に校長の写真とすり替えに行くぜ」
 寝ているベーと怒っているリオン以外のアホ三人が、嬉しそうに親指を立てた。
「オッケイです、ボス」
 なんだか先が思いやられる気がするのは、気のせいだろうか。
 
 
 二時限目、三年C組、数学。
 シオンはふにゃあと悲鳴をあげていた。
「眠たいです、ベーさん」
「……そういうときはだ、鼻の両穴に鉛筆を突っ込んでおくといい」
 シオンは言われたとおりにしてみた。しかし、眠気が遠のく気配はない。後ろのCASLLに声をかけられたので、そのまま振り向くと、CASLLは真顔で言った。
「大丈夫か」
「ねむたいのれーす」
「そういうときは」
 CASLLが鞄を明後日メンタムを取り出した。鼻の鉛筆に突っ込むことなく、手渡して力強く言う。
「瞼に塗るといい」
「ありがとうございます」
 シオンはCASLLから受け取ったメンタムを瞼の上に嫌というほど塗りつけた。やがてそこはひりひりと冷たくなる……そして、目を開けていられなくなった。
「ひぃ、無茶苦茶です」
 眠れないが起きていられている状態でもない。
 鼻に鉛筆を挿しているのを忘れてうつ伏せたら、ガツンと鉛筆と机が当たって鼻の奥へ鉛筆が入った。激痛が走って慌てて鉛筆をとると、ダバーっと鼻血が流れてくる。
「はなぢですよー!」
 前の席のベーが空の弁当箱をシオンの机に置いた後、目を瞬かせてのんびり言う。
「お前大丈夫か」
「はなぢ……」
 後ろの席のCASLLが気付いてティッシュペーパーをくれたので、大惨事は食い止められた。とはいえ、シオンの机の上はすっかり血びたしだったが。
「ああ、血が出すぎて私の命はもう長くはないかもしれません」
 まっ白に燃え尽きてシオンが言うと、CASLLが大丈夫か! と身体を揺すった。近くで見る相変わらず怖い形相に、一瞬昇天しそうになってしまう。
「死ぬ前に、デコレーションポッキーが食べたか……」
 がくっと身体の力を抜いて、机に伏せると数学の教師がやってきて、ベーとシオンとCASLLの頭をパンパンパンと叩き、「廊下に立ってろ」と非情な言葉を言った。


 休み時間、校長室。
 昼間から制服を脱いで何かをするのはバカのやることだ。
 トリシキーズと書かれた謎の装束を着てゆずらない風太からそれを引っぺがして、トリッキーズは校長室へ入った。廊下にはベーとシオンが立っている。背ばかりが高いリオンが椅子を使って歴代校長の現在の写真を下ろし、枠から外して持ってきたバッハの髪形になった校長の写真を取りつけた。
「ねえねえ、ダウトさん。一番偉いものってなにを盗むの?」
 風太がリオンに校長の写真を手渡しながら、校長室の椅子に座っているダウトへ訊く。
 ダウトは校長机の万年筆をクルクル回しながら、風太を見た。
「なんだとおもう?」
「やっぱり校長先生かなあ」
「もうちょっと面白みがないとな」
 ダウトは立ち上がって風太の肩を叩いた。
 そのとき、校長室のドアがノックされた。
「おい、追っ手が来てるぜ」
 ベーの声だった。ダウトは誰もいない校庭を見渡してから、上を見上げた。上から縄梯子がかかっている。彼はそれに手をかけてのぼりはじめたが、後ろから誰も続かなかった。
「圭さん……、ここ一階ですから」
 ダウトは黙って上へのぼっていく。
 上からはアゲハが顔を出していた。風太が人差し指をくわえて縄梯子を見ている。
「僕ものぼりたいなあ」
「ダメダメ、見つかるだけなんだから」
 ダウトはそんな会話を聞きながら、なぜか縄梯子で屋上まであがりきった。怪盗たるもの危険に身をさらさずしていいわけがない。本人がそう思っていたかどうかは、定かではない。実際、ただ単に「失敗したっ」と思っている方が本当だろう。


 三時限目、一年C組、日本史。
 圭は一応病弱で褐色の髪の美少年で通っているので、彼はいつものように保健室にお世話になると授業をふけていた。
「ダウトさん平気かなあ」
 風太が訊くと、アゲハはにっこりと微笑んだ。
「ああ見えて、ダウトさん頑丈だから」
 他の女子には聞かせられない真実である。圭は普段伊達メガネをかけている上、運動がまるでだめな、病弱な優等生で生活をしている。中性くさい容姿からか女子にも人気があり、バレンタインデーは大盛況の様子だ。
 そんな圭が立ち上げたからこそ、ラジオ体操同好会は企画が通ったのかもしれない。
「それにしても私も眠ぃ」
「僕も僕も」
 早朝からの作業は二人に猛烈な眠気を与えていた。
 次の瞬間、授業を全く無視してすやすやと小さな寝息が立てられた。
 
 
 休み時間、ラジオ体操同好会部室。
 今度の獲物は限定三十食のヤキソバパンである。シオンと風太がいつものように
「怪盗、トリッキーズ! シオン」
「風太」
「参上!」
 と意味のないキメポーズを取っている間に、ベーとアゲハは呆気にとられて二人を見ている購買部のおばちゃんをいいことに、三十個分のヤキソバパンを持って逃走した。シオン制作の紙でできたヤキソバパン(三十個も作れなかったので十三個)を置き去りにして、ヤキソバパンは至急ラジオ体操同好会へ持ち帰られ、全員がもの凄いスピードで胃袋の中へ突っ込んだ。因みに内訳は、ベー十個シオン七個風太七個ダウト四個、アゲハ一個リオン一個の順である。六人は膨れた腹をさすりながら口許を拭った。
「証拠隠滅です」
 シオンは満足気に笑顔を作る。
「あー、のど渇いた、リオンお茶買ってきて」
 ダウトが当然のように言う。リオンは立ち上がることもせず、肩をすくめてみせる。
「自分で買ってきたらどうです?」
「じゃあ、ベーに行ってもらうから金出して」
「……」
 しばらくダウトとリオンが睨み合ったが、こういった勝負でリオンがダウトに勝つことはまずない。結局何故か全員分のお茶代を出しており、リオンは一人しくしくと泣いていた。
「別に金が惜しいんじゃない、この状況が悔しいだけだ」
 リオンはぶつぶつとつぶやいている。
 全員腹はいっぱいだわ、寝不足だわ、お茶も一杯飲んだわ、というところで、ラジオ体操同好会の連中は全員部室でお昼寝タイムをすることになった。リオン以外は、健やかな顔でズーズー眠りこけている。
 このまま四時限目は全員ふけてしまう様子だった。
 
 
 お昼休み、学食。
「カレーライスと、ラーメンと、チャーハン」
「カレーライスとプリンとおしんこ」
 ベーとシオンが注文する。その後ろから伊達メガネをかけたダウトが涼しい顔で
「オムライス」
「たぬきうどんおねがいします」
「きつねそばです、あとプリンも」
 アゲハはちょっと考えてそう言い、風太は嬉しそうに笑いながら言った。
 リオンはなんとなく自分の財布を見つつ、さっきのヤキソバパンがすでに胃にもたれているような気がして、フライドポテトを一個買ってすませることにした。
 因みに今までの全ての注文はリオンのおごりである。
「皆、さっきのヤキソバパンはどこへ行ったの……」
「消化しました」
 アゲハがくるりんと笑顔で答える。リオンは「へー、そうなんだー」とまるで棒読みで言った。
 胃にもたれてる自分って歳なのだろうかと考えてから、ガツガツラーメンを食べ終わってカレーにかかっている三年生のベーを見て考え直す。歳とかそういう問題ではなさそうだ。
「それで、次の話ですけど」
「ああ」
 オムライスを一口分すくってダウトは相づちを打つ。
「屋上から購買部にワイヤーって本気ですか」
「お前だろう、その誰だっけ草間と寝太郎が追ってきてるつってるのは」
「そうですけど、ワイヤーもちますかね……」
「平気平気、そういう小説だから」
「その手の開き直りが一番性質悪いぞ、あんた」
 ダウトは少し大きな声で
「全員頭寄せろ」
 とテーブルに座っているトリッキーズに声をかけた。食べていた手を止めて、全員顔を寄せる。
「五時限目がフィナーレってやつだ。気合入れていくぞ」
 風太がズルズルときつねソバをすすって、ごくんと飲み込んだ。
「ゆーかいだね」
「違うつってるだろうが」
 ガツンと風太の頭をダウトが殴る。
 五時限目は折りしも学校集会、全校生徒が校庭に集まるのだった。
「あ、あとこの支払いはリオンで」
 結局こうなる。
 
 
 五時限目、学校集会、屋上。
 屋上には誰もいない。点呼をかける先生の声がする。前の生徒の背に小さな機械を取り付けておいて、彼彼女が返事をすると次に返事をする都合のいい装置をダウトが作っていたので、一応誰がふけたわけではない……ように見えている。
 トリッキーズの面々は、顔に忍者のような覆面をしてそれぞれ黒装束を着ていた。風太は自前のトリシキーズと書いてある衣装で、シオンも家庭科室で作ってきた特攻服の出来損ないのような衣装を着ている。他の面々が着ているのは、前々日にダウトが夜なべして作った割りとカッコイイ怪盗服である。
 全員そこそこ運動神経がよかったので、屋上の金網の上に立っていた。シオンだけ、フラフラと覚束ない様子である。
「それでは、校長先生のお話です」
 そうマイクが言って、校長先生が壇を登ったとき、ダウトは片手に持っていた釣竿を振った。釣竿がしなり、シュルルルルルルと釣り糸が伸びていく。そしてその釣り針は、見事に校長の頭を捕らえた。
 全校生徒はまだ何にも気付いていない。
 ダウトはニヤリと笑って、リールを巻き上げた。
 するとそこには、狙ったかのように校長の禿頭が出現したのだ。
 ざわ、ざわざわとざわめく学生達。そして誰かが上を見て、ようやくトリッキーズに気が付いた。
「トリッキーズだ」
「偉いものって校長のヅラだったのか」
 またいつもに増してくだらないオチである。
 トリッキーズは衣装をはためかせて、開いた屋上のドアに振り返った。そこには全速力で賭けてきた草間・武彦と深町・加門が肩を上下させて立っている。
「てめえ、人のヤキソバパン盗りやがって」
 まず加門が人差し指を突き出して言う。
「俺にいらぬ恥をかかせやがって」
 草間も言う。しかし、トリッキーズにはまるで存ぜぬ話だ。
 二人は声を揃えて言った。
「ともかく、捕まってもらうぜ」
 とう、っとトリッキーズは屋上の金網の上から降り、用意しておいた垂れ幕を固定している紐を解いた。
『トリッキーズ見参』と書かれた垂れ幕が校舎にかかる。
「おおー」と生徒達の歓声。
 購買部の方角にあるワイヤーへ移動しているところへ、草間が殴りかかってくる。ダウトはこういった行為はもっぱら避けるで回避することにしていた。ベーがワイヤーの用意をしていたので、加門の相手はアゲハがしている。彼女の動きはほぼ常人のものではない。加門がどこから攻撃を繰り出しても、余裕で避けている。
 屋上の出入り口から、神宮寺・夕日とシュライン・エマ、CASLL・TOが顔を出した。
 シオンがえいとヨーヨーを投げる。中にはニンニクエキスたっぷりの液体が入っていたので、嫌な匂いが広がった。
 そうかと思えば、風太がネバネバな水を草間に向かって放出する。それは見事に草間とダウトに当たり、ダウトが切れて叫んだ。
「アホ、俺にまで当たるわ!」
「うわあ、ごめんなさーい」
「いいぞ」
 ベーが叫んだので、ダウトは釣竿を草間に向かって投げ捨て、ヅラを片手にワイヤーに繋いだレールの先を持ち、トリッキーズ面々は購買部の下へと逃亡を図る。
「ぎゃあ、怖いです」
 シオンがキャアキャア言いながら降りて行き、やがて途中で落っこち、風太も見事にシオンの上に落ちた。アゲハはきちんと購買部の屋根に飛び降りてスルスルと壁を伝って下へ降りている。リオンとベーは途中で飛び降りて見事に着地した。
 ダウトが降りている際、ペンチを持ってきた草間・武彦がワイヤーを切った。
 哀れダウトは随分高いところで落下することになる。
 
  学校集会は大変な騒ぎだった。トリッキーズを見に行くという好奇心に駆られて、何人もの生徒が購買部へ向かって駆け出している。
 トリッキーズは早々に装束を解いて茂みに隠し、やってきた生徒達に混じってトリッキーズ探索をしているフリをしつつ、ダウトは女神の像と称された銅像の上に校長のヅラを被せておいた。
 校庭に戻ると、校舎の中央に大きな垂れ幕がかかっている。
 
 
 ――エピローグ
 
「学校で温泉つーのも悪くねえなあ」
 水着姿のラジオ体操同好会の面々は、頭にタオルを載せて反省会としゃれ込んでいる。
 温泉で反省会なのにはわけがある。高いところから落ちたダウトに腰痛が発生していたからだった。一応学園では病弱な美少年で通っているわけだから、これはダウトにとって由々しき問題なのだった。
「今回の失敗点」
 ダウトがお湯をかき混ぜながら言う。
「ヤキソバパンが胃にもたれた」
 リオンが深々と言った。ベーがからから笑って、お湯をリオンへかけて言う。
「そりゃ、お前だけだって」
 アゲハが真剣な顔で言った。
「校長先生のヅラを教頭先生に被せたらよかったんじゃないでしょうか」
「真面目な顔してアホなことを言うな」
 ダウトがぶくぶくと顔半分をお湯に浸からせる。
「僕は、クリームパンの方がよかったなあ……」
「そういえば、ダウトさんの作った黒装束がかっこよかったです! 私も欲しいです!」
 シオンがザバッとプールで立ち上がる。
「だって、お前自分で自分が作ったのがいいつったんじゃねえか」
「いい、いい、うらやましーい!」
 ジリジリとダウトにシオンがにじり寄るので、ダウトは後退しながら、わかったわかったと手で制した。
「作ってやるから、止まれ、わかったから」
「僕もダウトさんの作った黒装束が欲しいー」
 同じように風太もダウトへにじり寄ったので、ダウトは腰痛のある腰を引かせて
「うるせえ、わかったから静かにしてろ」
 学園での彼とは思えない口調で、キレていた。

 
 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女子/2−A】
【2164/三春・風太(みはる・ふうた)/男子/1−C】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンフェ)/女子/1−A】
【3356/シオン・レ・ハイ/男子/3−C】
【3359/リオン・ベルティーニ/2−C】
【3453/CASLL・TO(キャッスル・テイオウ)/男子/3−C】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女子/2−A】
【3806/久良木・アゲハ(くらき・あげは)女子/1−C】

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■         ライター通信          ■
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「学園生活をエンジョイできるのか?」にご参加くださいまして、ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
今回はトリッキーズでの参加ありがとうございます。普段とは打って変わって、イタズラに主軸を置いたトリッキーズいかがでしたでしょうか。探偵さん達はそちらのバージョンでお楽しみください。プレイング軽視(私ではお約束のようになってしまっていて申し訳ありません)がありましたことを深くお詫びいたします。
少しでもお気に召せば幸いです。
またお会いできることを祈っております。

文ふやか