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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


冥土の熱血接客講座!

―――本日は大正浪漫喫茶『浪漫亭』開店前日である。

慌しく明日使う机や椅子、材料などが揃えられていく中。
…とある教室の一室を借りて、朝早くから一部の人間がそこに集められていた。

メンバーは桜木・愛華、橘・沙羅、花瀬・祀、彩峰・みどり、笹原・みさきの2−C五人組と、唯一の一年生である橘・都連の6人。
しかし何故か愛華以外の5人はそこに横一列に立つように言われ、戸惑い気味に立っていた。
愛華は愛用のメイド服を着、並んだ5人の前で腰に手を当てて仁王立ちしている。


「…と、ゆーわけで」


「何が『とゆーわけ』よ」
愛華の前置きすっ飛ばして本題に入るコメントに、都連から痛烈なツッコミが入った。
しかし愛華はにっこり微笑んでそれを黙殺すると、こほん、と可愛らしく、且つわざとらしく咳をして口を開く。

「…愛華達は今回ウェイトレスとして頑張ることになってるわけだけど」

「まぁ、確かにそうやけどなぁ…」
みどりの隣で不思議そうに小首を傾げつつ、美咲が不思議そうに呟いた。
一部巻き込まれるような形で入った都連が不満そうに眉を顰めたが、本音としては嫌がっているわけではないので口は挟まない。
そんな五人の様子を見ながら、愛華は話を続ける。

「愛華はおうちのお手伝いしてるから接客も慣れてるけど、皆はそうでもないでしょ?
 それでミスしちゃったら恥ずかしいだろうし、今日のうちにきっちり予行練習しておきたいと思うの!」

ぐっ、と両手で拳を握っての妙な力説。
は?と言いたげな他の面々放り出し、愛華はにっこり微笑んだ。


「…だから、今日は皆で当日の衣装に着替えて練習しようねv」


――――――拒否権無視の問答無用。
         そんな言葉が頭に浮かびつつも、愛華の言は確かに合っていたので、異論を唱える者はその場にはいなかった。


***


―――と言うワケで、お色直…ではなく、衣装チェンジ完了。


「なんてゆーか…こういう格好してると、本当に大正時代に来ちゃったみたいだよね」
ふふ、と照れくさそうに笑う沙羅は、女学生スタイル。
俗に言う『はいからさん』と言うヤツだろうか。
その袖を掴んで口元に当てながらはにかむその姿は、確かに大正時代にいる女学生そのものだ。

「…もー沙羅ったらカワイイッ!」
「ひゃっ!?」
その沙羅に後ろからがばっと抱きついたのは祀。
とはいえ彼女の場合、学ラン+学生帽の男子学生スタイルだ。
沙羅と並ぶと、中々いい感じ。
最初はメイド服を進められたのだが、『あたしにメイドはキツイって!!』と顔面蒼白で必死に断られたため、今の格好となった。
…ただ、サラシを巻かずとも平気そうな自分の胸を見てひそかに涙を流したのは祀だけの秘密だ。

心のときめきに任せるように沙羅にぐりぐりと頬ずりする祀。
沙羅も『ま、祀ちゃんくすぐったいよ〜』と言ってるだけで嫌がってないあたりなんともはや。

「でも、本当になんかこういう格好すると本格的って感じするよね♪」
「ホンマやなぁ。
 こういうカッコはやっぱ気合入るわ」
メイド服に身を包んでやる気満々のみどりが楽しそうに笑い、着物の上にエプロンをつけた美咲が笑いながら同意した。
みどりは頑張ってやろうと意気込んでいるのだが、美咲の場合は『なんか面白そうやな♪』と言う理由で参加していたりする。
「…ところで、美咲ちゃんってこういうバイト経験、ある?」
「いや、全然あらへんけど。みどりちゃんは」
「私も本当にはやったことないけど…ドラマでそういう役をやったことはあるかな」
「そうなんや。えぇなぁ…」
「大丈夫だよ、愛華ちゃんだって初心者にいきなり厳しいわけじゃないだろうし」
「せ、せやなっ!
 うしっ、頑張るでぇ♪」
若干不安な気持ちになりかけた美咲だったが、みどりのフォローであっさりと気を取り直して握りこぶしを作った。
…結構単純かもしれない。

そんなほのぼのしたメンバーの中で一人だけ、都連がむくれて立っていた。
彼女の衣装は、美咲と同じ着物の上にエプロンの和風メイドスタイル。
ただ美咲と違うところを上げるなら、都連の場合は髪を結い上げて簪でしっかりと纏めている所。
不満そうな態度とは裏腹に、実は結構やる気満々らしい。
しかし都連は、沙羅とじゃれる祀を見ながら不満そうに声を上げる。

「ったく、祀の奴なぁにが『都連ちゃん人手が足りないから手伝ってーv』よ!
 親父みたいな手揉みまでつけちゃって!!」

都連のその言葉に、なんとなく商人っぽく手揉みをしつつ頼み込む祀の姿が目に浮かぶ。

「そりゃ可愛い都連を戦力に引き込みたいのは分かるけど、人の予定も聞かないでっ…」

ぐちぐちと続く文句。
そんな都連に祀は苦笑しつつ、口を開く。

「別にいいじゃん。結果的に手伝えたんだし」
「そういう問題じゃないのっ!」
「え?そういう問題じゃないの?」
「…あんたはぁ…」

祀の素ボケに、都連はがくりと肩を落とした。なんだか同時に怒りも抜け落ちたような気がする。
これ以上問答してても時間の無駄だわ、と言うと、都連はぷりぷりしながら歩いていった。
本当は誘って貰えて嬉しかったのに、まったう素直じゃない子である。


「みんな、着替え終わったー?」


着替え終わったタイミングを見計らったのか、丁度良く覗き防止と外に出て男が来ないように見張っていた愛華が、ひょこりと顔を出す。
全員が着替え終わってるのを見て満足そうに頷くと、なんだか楽しそうに中に入ってくる。

「それじゃあ、レッスン開始だね!」

がんばろっ!と両腕を曲げて握り拳を作りながら笑う愛華は、なんだかちょっとN●Kの歌のお姉さんのようだ。
また整列させられた全員が戸惑った視線を向けるのを見てにこりと微笑むと、愛華はレッスン1!と声を上げた。


「――――まずは『笑顔』の練習!!」


「「「はぁ?」」」
「「え?」」
愛華の脈絡のない言葉に、五人は同時に間抜けな声を発してしまう。
しかし愛華はにこにこと微笑んだままで、人差し指を立てた腕を顔の前でチッチッチ、と指を振る。


「接客の基本は笑顔だよぉvv
 どんな時でもどんな状態でも常に笑顔をすぐに浮かべられ、且つ保てるように。
 これは接客の上で一番必要なことなんだから♪」


「…でも、別に笑顔じゃなくたってやろうと思えば出来るじゃない」

あまり自分の可愛い笑顔を安売りしたくない都連が不満そうに声をあげる。
しかし愛華は甘い甘い、と言うと都連を真剣な顔で見つめる。
うっと思わず後ずさった都連を見ながら、愛華は真剣そのもので口を開く。

「例えば都連ちゃんがお客様でレストランとかに来たとするよ?
 もし、その時に『いらっしゃいませー』って声だけで言うウェイターやウェイトレスがいたらどう思う?
 不機嫌丸出しな顔でお水の入ったコップを机の上に叩きつけるウェイターやウェイトレスがいたらどう?」

「……すっごいムカつく」
「でしょぉ?
 だから、愛華たちは自分達がやられたら嫌なことはやらないように、って笑顔の練習をするの」
確かに、笑顔で『いらっしゃいませ』と迎えてくれた方が客としても不快な気分にならないし、仏頂面でオーダー取られるよりも笑顔で注文聞いてくれる方がいい。
理にかなってはいるが…ちょっと深読みするとそれは『不自然じゃない造り笑顔をマスターしましょう』と言うことなのでは…げふんげふん。

「…やっぱりイヤ…かな?」
「……」
ことりと首を傾げる愛華の困ったような顔を暫くじっと見ていた都連だったが…唐突にふいっと顔を逸らす。
「…わかったわよ。仕方ないから、都連もやってあげるわ」
「有難う、都連ちゃん!」
都連の言葉に、愛華は嬉しそうに手を打って笑顔を浮かべる。
心なしか都連の頬が赤いような…いや、此処は彼女のためにも言わない方がいいのだろう。


「―――よし、それじゃあ皆、愛華が合図したら一斉に『いらっしゃいませー』って言って笑顔ね!」


「「「「「うん」」」」」
愛華の言葉に全員が頷く。
それを見た愛華は、少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。

「――――――はい!」


「「「「「いらっしゃいませー!」」」」」


愛華が手をぱん、と叩きながら合図をすると、全員が一斉に笑顔を浮かべる。
……が。

「うーん…みどりちゃんはオッケーだね。流石女優さん。
 美咲ちゃんも人懐っこくていい感じだよ。
 祀ちゃんもお店番とかしてただけあって、上手だよ」

困ったような笑顔を浮かべた愛華の言葉にみどり・美咲・祀がほっと安堵の息を吐く。
しかし、愛華は残りの二人を見て、困ったように口を引き攣らせた。

「沙羅ちゃんはちょっと恥ずかしがり過ぎかな?
 恥ずかしがってるとお客さんにからかわれちゃうよ?」
「あぅ…」
作り笑いに慣れていない上、こういう行動をしっかりと意識してやったことがない沙羅には中々難しかったらしい。
頬が朱に染まり、客を迎えると言うよりも、はにかんで恋人を送り出す笑み、といった感じだ。

「都連ちゃんは…『笑顔』ってくくるなら完璧なんだけど…」
「…なによ…」
「なんていうか…『接客用の笑顔』…では、ないかな?
 どっちかって言うと『女王様の笑み』って感じで…ちょっと威圧感が…」
「それじゃダメなの?」
「さすがに女王様はちょっと…」
上から見下ろす感じの笑顔は、さすがに接客には向かないだろう。
…●●(精神衛生上よろしくないので強制的に伏字)クラブ辺りでならかなり受けるだろうが。

どちらの笑顔もある意味一部の客には思い切りウケるだろうが、万人向けではないのは確か。
下手をすればどっかに連れ込まれて大変なことに…!なんてなりかねない。…まぁ、その心配は必要ないとは思うのだが、念のため。
それに愛華が希望するのは『万人向けの接客用の笑顔』である。
ならば、この二人は徹底的に指導しなければ…!!

「…よし、二人とも、接客用の笑顔を浮かべられるようになるまで、練習だよ!」
「えぇっ!?」
「は…はいっ!」
愛華の言葉に不満の声を上げる都連と、頷く沙羅。この辺りに性格の違いがよく出ている。


――――そんな感じで、レッスン1の『どんな時でも素早く万人向けの笑顔を浮かべられるように!』は二人に的を絞り、みっちり一時間ほど続けられたのだった。


***

「―――はい!」
「「いらっしゃいませー!」」

何十度目の正直。
愛華のきびきびとした合図に、沙羅と都連は完璧な接客用の笑顔を浮かべて見せた。

「うん、オッケー!
 二人ともすっごく上手になったね!!」

これなら本番でも大丈夫だよ!とにこにこ微笑む愛華に対し、沙羅と都連は早くもぐったり気味だ。
「沙羅、都連ちゃん、平気?」
「…だ、だいじょーぶ…」
「平気だったらこんな格好してないわよ…」
心配そうな祀の声に、沙羅と都連から力ない返事が返る。

「…和やかムードやけど…初っ端からキッツイなぁ…」
「……そ、そうだね…」
…でも被害にあったのが自分達じゃなくてよかった。
なんてちょっと友達甲斐のない心情のみどりと美咲。

そんなメンバーを知ってか知らずか、愛華はにっこりと微笑む。


「―――じゃあ、次はレッスンその2だよ!」


そう言った愛華が背中の後ろから取り出したのは――――メニュー表。
「「「「「メニュー表?」」」」」


「そう、今度はしっかりとメニューを覚えること!
 商品の名前と値段、ぜーんぶ覚えてね!!」


「「「「「全部!?」」」」」

愛華のえらい発言に、全員が目を見開く。
しかし愛華は胸を張ると、大きな声で話し出した。

「勿論!
 メニューを覚えるのは基本中の基本!!
 注文をすぐに書き取り、値段も把握しておく!
 それによって注文作業はより一層スムーズになるんだから!!」

「…だ、だからっていくらなんでも全部は…」
「半分じゃあんまり意味がないからダーメv」
沙羅の意見、笑顔で却下。


「―――それじゃ、覚えたら愛華の所に来てね♪確認するからv」


そう言って半ば強引に渡されたメニュー表をつき返せたらどんなによかったことか。
五人はげんなりしつつも、大人しく暗記に入るのだった。

**

――――暗記タイムが始まってから早三十分。

「…うぅ…頭がパンクしそうや…」
「ふぇ…私こんなにいっぱい覚えるの初めてだよぅ…」
「愛華ちゃんこれ量多すぎだよ〜〜」

こう言う仕事に慣れていない美咲・沙羅・祀の三人は早くも半泣きだ。
実際メニューの数は十やそこらじゃない。
約三十に至る商品の名前と値段を、たった一日…いや、半日以内で覚えなければいけないと言うことなのだ。
人間やろうと思えば大抵のことはできるが…これは結構キツイだろう。

しかし愛華は首を振ると、ビシィッ!と三人を指差す。

「愛華はこれよりもっと多いメニューを半日で覚えたことがあるんだから、泣き言は聞きません!
 大丈夫、貴方達なら出来るはずよ!!」

…少しづつキャラが変わってきてるような気がするのは気のせいだろうか。いや、そうだと思いたい、果てしなく。
「…愛華ちゃんの背中に炎が見える…」
「こりゃもう反論受け付けてくれそうにないわ…」
優しい愛華ちゃんカムバーック、とぼやく美咲も何のその、愛華は笑顔で『ほらほら、早く覚えなきゃv』と促すのだった。

「…ふんっ。都連にとってはこれくらいどーってことないわ」

「あ、都連ちゃんもう覚えられた?」
「当然よ。都連みたいに頭がいい子はちょっと真剣にやればすぐに覚えられるんだから」
愛華の言葉にふふんっ、と自慢げに答える都連。
すると愛華はにっこりと微笑み―――メニュー表を取り上げた。
「それじゃあ、覚えてるかどうか確認しなくちゃね」
「望むところよ」
都連は妙に自信満々だ。
これならもしかして本当に覚えているのかも…。
そんな考えが一同によぎった時―――。


「―――それじゃあ、メニューの一番下から上に向かって順番に名前とお値段言ってみて?」


「…え?」
愛華の発言に、都連の顔が強張る。
「ど、どうして上からじゃないの…?」
「丸暗記防止のためv
 丸暗記って忘れやすいし、実際に覚えてる順番と違うところを言われると、混乱して結局ダメだったりするからねv」
にっこり笑顔の愛華に、都連の口が引き攣った。
まさかそう来るとは…予想してなかった都連の負けだ。
「ほら、下から順番に言ってみて?」
「…あ、ぅ…」

――――――結局、都連はダメでした。

**

…そして更に三十分が経ち、合計一時間後。

「…よし、覚えたよ!」

―――今度は、みどりが声を上げて立ち上がった。

女優は台本を覚えることが多い。
しかもどんな状況でも対応できるよう、完全に覚えなければならないのだ。
それ故記憶力には結構自信があるみどりは、にっこり笑って愛華にメニュー表を手渡した。


「…えと、それじゃあメニューの真ん中から下に向かって、最後までいったらまた上に戻って全部言ってみてくれる?」


先ほどとは違う指示を出す愛華。
それにこくりと頷いたみどりは、すっと口を開いた。

「―――抹茶白玉パフェが…」

**

「…白玉パフェが□☆△円、でおしまいだよね?」

すらすらと覚えたことをまるで流れるように口にしていくみどり。
ぽかんとした愛華と他の四人が見守る中、みどりはにこりと微笑んで終わりを告げた。


「……せ、正解…みどりちゃん、暗記、完璧だよ…」


「やったぁ♪」
「すっごーい!」
「さっすがみどりちゃんやな!」
「いいなぁ…沙羅も早く覚えなくちゃ…!」
「ふんっ、あれくらい都連にだって出来るんだから」
五者五様の反応、と言ったところか。
そんな呑気な五人組を見ながら、愛華はこっそり胸を押さえる。

「(…なんだろうこの感情…悔しいような、羨ましいような…なんだか、胸の中がチクチクする…)」

――――それは嫉妬、ジェラスィーですよ。と言ってくれる人は残念ながらこの場にはいない。
愛華は自分の胸に湧き上がる不可解な感情に戸惑いつつも、残りのメンバーに暗記を続けるように促すのだった。


――――――――結局、半日で完全に暗記するのは無理だということで、途中で上から全部丸暗記でもオッケーと言うことに変更になったとさ。


***

「…が、230円、だったよね?」
「うん、オッケー!祀ちゃんも全部暗記成功だよ♪」

暗記が始まってから早二時間。日が空高く上がった頃に、祀を最後に、ようやく全員の暗記が終わった。
「…祀ちゃん、お疲れ様…」
「け、けっこー辛い…」
ぐったりする祀に優しく声をかける沙羅。
慰めてー、と沙羅に抱きつく祀は…本当に疲れてます?貴方。


「よーし、それじゃあ次はレッスンその3だよ!!」


「「「えーっ!」」」
「「ま、まだ続くの…?」」
「続くの!」
五人からのブーイング(?)をものともせず、愛華はきっぱり切り捨てる。
するとタイミングよくガラッと扉が開けられ、準備班のまとめ役だった生徒が顔を出す。

「桜木さん、準備終わったけど?」
「あ、うん。ありがとー♪」

「「「「「準備???」」」」」

その生徒と愛華の会話に、全員が揃って首を傾げる。

「それじゃ、お昼ご飯を食べた後に移動しようね♪」

そう言う愛華に促され、全員は昼食の後、不思議そうな表情のまま愛華に連れられて廊下を移動するのだった。
…途中で衣装のまま移動したことで廊下にいた他の生徒にからかわれるという一幕もあったが、それはそれである。

***

そして移動した一行がたどり着いたのは―――。

「…お、お店…?」


―――そう。
     何を隠そう、ここは明日彼女等が働く場所。
     『喫茶浪漫亭』だったのだ。


「―――最後のレッスン3!!
 今度は今日の残りの時間全部を使って、商品を持ったまま軽やかに移動できる技術を習得して貰います!!」


「「「はぁ?」」」
「「えぇっ!?」」
愛華のやる気満々な声に、全員が間抜けな声を上げた。
しかし愛華はしっかりと陳列されているテーブルの一つにバン!!と手を当てると、ぐっと握り拳を作る。

「接客の上でもかなり重要なことなんだよ!
 折角の商品ももたもた運んでたら質が悪くなるし、お客様を待たせることになっちゃうんだから!!
 それによってブーイングとかお客様が減っちゃうとかになったら最低だよ!?
 そんなこと、お天道様が許しても愛華が許しません!!!」

いや、君に許されなくても何とかなるような…。
「で、でもほら、お客様も材料もないし…」
みどりがしどろもどろ言うと、愛華はあまーい!と言いながら口を開く。

「材料は匿名希望のさるお人より沢山提供して貰いました!!
 ついでに愛華達がレッスン1・2をやっている間にプラスチック製だけど重さは本物と同じ見本を沢山持ってきて貰ったから商品はバッチリ!!
 お皿は落ちても割れないようにプラスチック製の物を借りてきたからね!!!」

すっげー準備万端。
唖然とするみどりを他所に、愛華は更に声を上げる。

「さらに、お客様の代わりにコレを全部の席に置きます!!」

愛華が指をパチンッ、と鳴らすと、ざっ、と黒子が現れる。…何時の間に仕込んでたんですか、お嬢さん。
その黒子の腕の中には―――マネキン。
大体170pくらいだろうか。横幅も普通の人らしく太すぎず細すぎず、腕や腰なども可動式の妙にハイテクな立体マネキン。

「体重もこの身長の平均男性と同じ重さにしてあるから、簡単には倒れません!!
 これをお客様の席に置いて、擬似お客様の完成!!」

そう言うと同時に、どこからともなく大量の黒子が発生してマネキンを一斉に設置。
しっかり座っているそれを見ていると、なんだか変なCMの舞台にされてるみたいで妙に気味が悪いような…。
――――いや、それよりもむしろ…。

「…ね、ねぇ愛華ちゃん…この黒子、一体どこから出てきたの…?っていうか誰…?」
「それに、このマネキンの費用とか材料費とか出した人、ホントに誰なのよ…?」


「…………気にしたら負けだよ!!」


ファイト!みたいなポーズでにっこり笑顔浮かべられても…。しかもすっごい間が空いてたし。
結局はあれですよ、きっとお手伝いしたいけどお手伝いできなかった可哀想な無駄な金持ちのお陰ですよ、きっと。


「さ、それじゃあ早速始めるよ!!
 ただし、幾らニセモノとは言え商品は商品、本物だと思って落とさないように気をつけるように!!!」


これ以上の質問は受け付けません!といわんばかりの愛華の掛け声に、全員は微妙な表情で仕方なく頷くのだった。
…どうせ逆らったってやらされるに決まってるしネ。

**

「はわわわわっ!?」
ガッシャァンッ!!!
ピーッ!!
「沙羅ちゃん、もっと軽やかに、すれ違う時はお盆の角度を変えないで体だけ上手く翻さなきゃ!!」
お盆ごとずっこけた沙羅に、どこから出したのかホイッスル片手の愛華が叫んだ。

先ほどから五人でバラバラに一斉に動き周り、注文テーブルまで行って置いてから戻り、愛華の指示を受けた人がそれを取りに行って片付ける。
かれこれ始めてから一時間ほど、ずっとそれを続けていた。

「何よ沙羅ったらだらしないわねぇ。都連だったらもっと上手に…きゃっ!?」
ガシャァンッ!!
ピーッ!!!
「都連ちゃん失敗!振り返るのはいいけど周りの状況を把握しておかないと机やお客様にぶつかっちゃうよ!!」
「わ、わかってるわよ!」
自分が注意されて悔しいのか、都連は愛華をきっと睨みつけて怒鳴ってから落とした物を拾っておぼんに乗せ直し、歩き出す。

「…愛華ちゃん、すっかりスパルタモードやな…」
「あたし、今お稽古しててよかったって心の底から思ったかも…」
「あはは、私も少しやったことあって助かったかな…?」
今のところほとんどミスなしの祀とみどりに、ミスが多くて怒られまくりの美咲。
美咲はそんな二人を羨ましげに見つつ、気をつけて歩く。

「えぇなぁみどりちゃんも祀ちゃんも上手で…うわはっ!?」

つるっ、と何時の間にか机の下に落ちていたおしぼり(どうやら何度か机に衝突を繰り返されているうちに落ちてしまっていたらしい)の上に足を乗せてしまった美咲が見事に滑る。
「美咲ちゃん!」
「危ないっ!!」
驚いて声を上げるみどりと、咄嗟に手を伸ばす祀。

しかし彼女がキャッチしたのは―――美咲が持っていた、お盆。

落ちかけて傾いていたお盆を片手でひょいっと上手く掬い上げて持ち上げる。
元々祀が持っていたお盆に乗っていた商品は幅広のお皿入りの商品一つだけだったので、片手でも支えられたのが助かったのだろう。

べしゃっ!!

―――――ただし、お盆と違って助けられなかった美咲は見事に顔面から倒れる羽目になったが。

「ふー…なんとか無事だったね。『商品は』」
「…あ、いや…美咲ちゃんが無事じゃないんだけど…」
祀はキャッチしたお盆を近くの机にすとんと置くと、空いた手を使って爽やかな笑顔で額を拭う。
それに引き攣った笑顔を浮かべたみどりがおそるおそるツッコミを入れるが、爽やかに流された。

ピーッ!!
「美咲ちゃん、周りに気を配ることも大事だけど足元に気を配るのも忘れちゃダメっ!!
 床が濡れてても同じように滑っちゃうんだから!!!」

愛華は助ける気なし。むしろ注意モード。
沙羅は必死で頑張っているせいでそれどころじゃないし、都連は端から助ける気ナシ。
そんな感じだからほとんど放置状態。
唯一心から心配しているみどりも愛華に指示されて渋々移動を始めている。

「……ウチ、へこたれそうやー…」

しくしく、と涙を流す美咲に気づいたのは…果たしていたかどうか。

**

「もう駄目ですっ!」
そして更に数十分ほど経過した頃、沙羅がぺたんとその場に座り込んだ。
「沙羅!?」

「沙羅には最初から無理だったんです!
 ドジばっかりして、愛華ちゃんに注意されてばっかりで…っ!!
 沙羅は、ウェイトレスさんなんてやらなかった方が…」
「馬鹿ァッ!!」

パァンッ!!!
「「「「「!!」」」」」
沙羅が項垂れて涙目で叫んでいると、何時の間にか近寄っていたらしい愛華がパァンッ!と沙羅の頬を張る…ように見せかけて手を勢い良く叩き合わせて音を鳴らす。
ある意味どこぞのコントの常套手段だ。
しかし沙羅はノリなのか頬を手で押さえて驚いた顔で愛華を見ている。
すると愛華は沙羅の前にしゃがみ込み、そっと手を握った。
そして、ふわりと微笑む。

「…愛華は、できないと思う人にはやってもらったりしないわ」
「……愛華ちゃん…」
微笑む愛華に、沙羅は目を潤ませる。
…なんだかおかしな方向にずれてきてるような…。


「沙羅ちゃんはやれば出来る子なの!
 大丈夫、貴方はやれば出来るわ!!!」

「―――――先生ッ!!!」


先生ってナンデスカ。
しかも何故か二人の目が妙に燃え盛り、背後に夕日の幻覚が見えるような…。

「さぁっ、沙羅ちゃん!頑張って続けるんだよ!!」
「はいっ!!」

……まぁ、やる気を取り戻したんだし、いいとするか。
そんな感じで、他のメンバーは今の無駄に熱いやりとりを見なかったことにするのだった。

**

「よっ…はい、お待たせしましたー」

先ほどの熱血やりとりからほんの十分ほど経った頃。
みどりはやっぱり女優業故か動きを覚えやすく、すっかり板についている。
人とぶつからないように素早く動き、流れるような動作でお盆に載った商品をテーブルに置く。
回収の動きも慣れたものだ。

「うわ、すっごいなぁみどりちゃん!
 ウチなんてまだ上手く出来へんのに…」
「えへへ、一つ乗ってるだけならもう出来るようになっちゃったみたい」
まだ愛華に注意されてばかりの美咲の憧れのまなざしに照れてはにかむみどり。

「………」

しかしそれを見ている愛華は面白くない。
何でだか分からないけど無性に面白くない。
思いっきりそりゃもう地の底から天上に向かって叫んじゃうくらい面白くない。

「…みどりちゃん」
「え?何?」

声をかけられて振り返ったみどりが見たもの。
―――にっこり微笑む可愛らしい笑顔の愛華の片手に乗ったお盆。その上には重そうなパフェと白玉餡蜜が三つほど。


「―――――大分慣れてきたみたいだから、これ、追加ねv」


―――――――硬直。

「ほら、実際問題二つ以上持つことにもなるだろうし、きちんと練習しなくっちゃvv」

にっこり笑ってそういう愛華。
メッチャ笑顔だよ。そりゃもうこれ以上ないってくらい笑顔だよ。

「…あ、う…うん…」
「さ、頑張ってvこれも出来るようになったらどんどん追加していくよっvv」
「…う…うん…」


―――鬼だ。此処に鬼がいる…!!―――

にっこり笑顔でみどりに沢山商品が乗ったお盆を渡す愛華を見ながら、全員は思わず身を震わせる。

「――――あ、他の皆も慣れてきたら追加するからね☆」

…地獄…。
この言葉を呟いたのは、果たして誰だっただろうか。

**

「うっ…うぅぅうう…」
「みどり…あんた本当に平気…?」
うめき声を上げながらお盆with商品を一生懸命運ぶみどりを見て、都連は顔色を悪くして問いかけた。

「…だ、大丈夫…多分…」
そう引き攣った笑顔で答えるみどりの手には、お盆四つ+商品八つ。かなりの重量&バランス感覚が必要な状態だ。
ちょっとでも気を抜けば落としてしまいそうな…。
と言うか愛華、結構有限実行タイプらしい。

「…む、無理はしないようにね…?」
なんとかおぼつかない手つきで一つのお盆に二つの商品乗せて運べるようになった沙羅が問いかける。

――――と。


「……無論、この私にそのような心配は要らぬわ」

「…え?」
今、みどりの口調がふてぶてしかったような…。

「愛華ちゃん、みどりちゃん、話してないできちっとやるっ!!」

「は、はいっ!」
「そんなこと分かっている!この私に出来ないことなどないっ!!」

愛華から飛ぶ檄にビクッと肩を竦めて歩き出す沙羅と、なにやら挑戦的な台詞を吐いて歩き出すみどり。
若干ふらつきながらも、その動きはきびきびとしたもので。

――――しかし。
      沙羅も他の者も、別のことに集中していて残念ながら気づいていなかった。

翻るみどりの髪の色が―――銀色に変化していたことを。


***


そんなこんなで数時間後。

「―――はい、今日の練習はこれでおしまい!」

パンパン!と愛華が手を叩く。
その音に、全員がはぁー、と力を抜いて座り込んだ。

「皆ご苦労様vこれで明日はだいじょーぶだね☆」

すっかりゴキゲンな愛華に対して、全員はすっかり疲れ気味だ。
何とか体を起こして椅子に座るが、その後はもうぐったりと机に伏すのみ。

「…あ、愛華ちゃん…予想以上にスパルタだよ…」
「あたし…もう駄目かも…」
「ウチももうへとへとや…」
「もーっ!祀が都連を呼ばなきゃこんなことにならなかったんだからぁ!!」
「ぐぅ…これで私の勝ちだな…。
 …もう、疲れたよぉ…」
みどりも芝居がかった口調から普段の口調に戻ったが、ぐったり机に伏している点には変わりない。

全員がけだるげにちらりと視線を横に向けると、既に日はほとんど沈んでいる。
この時期から考えると、まだ夕方の四時〜五時と言ったところだろうが…。


「―――それじゃ、明日も頑張ろうねっ!!」


楽しそうに笑いながら後片付けをする愛華を見ながら、全員は疲れたように溜息を吐くのだった。

――――明日、無事に動けるかな…とか、取り留めのないことを考えながら。


…結局翌日の彼女達が上手く動けたかどうかは…神のみぞ知る。


終。

●●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●●

【3202/橘・都連/女/1−C】
【2155/桜木・愛華/女/2−C】
【2489/橘・沙羅/女/2−C】
【2575/花瀬・祀/女/2−C】
【3057/彩峰・みどり/女/2−C】
【3315/笹原・美咲/女/2−C】

○○ライター通信○○
大変お待たせいたしまして申し訳御座いません(汗)
なにはともあれ、ご発注、どうも有難う御座いました。
無駄にテンション高い変ノベルですが、如何でしたでしょうか?
皆様のプレイングを見て、とりあえずレッスンを3つに分けて書いてみました。
愛華様大暴走、沙羅様もつられて大暴走。
祀様はそれなりに上手くいくも苦戦したり、美咲様はドジ連発、都連様は注意しつつも失敗。
みどり様は全体的に上手くこなしてしまうので、愛華様からジェラシーされて大あらわ。
……個人的には書いてて楽しかったです。すっごく(笑)
都連様は初めましてですが、口調等如何でしたでしょうか?上手く出来ているといいのですが…(汗)
可愛い女の子の掛け合いと言うのは書いてて楽しいもので、書きながらにやけてました(待て変態)
結局練習のために出資してくれた人とか黒子の正体とか、一体誰だったんでしょうね?私にもわかりません(をい)
色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。