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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


正しい同人誌の選び方

 学園祭の3日目がやってきた。
 演劇や音楽イベント、スポーツ競技に模擬店……そういった催し物は、規模の違いは別として、他の学校の学園祭でも普通に見られるものだ。だが、この日の中心となっている同人誌即売会だけは……神聖都学園ならではの出し物ではないだろうか。
 学生の中にも、こういった“同人文化”には馴れ親しんでいるものとそうでないものがいる。強者は、早朝から行列して目当ての本の確保に奔走し、そうでないものは、とんでもない混雑と、そこに展開される、ある種独特な空間に圧倒されて言葉を失う。
 たとえば、3年C組・雪森スイは、後者であった。

「なんなんだ、これは……」
 空気が淀んでいる。会場に割り当てられたサークル棟の廊下は、びっしりと人で埋まっていた。ただあてもなく、流されるままに歩いていただけのスイは、気がつくと進退きわまる人ごみの中に閉じ込められていたのだった。
「こ、こら、押すな。押さないでくれ」
 濁流のような人の列に、自分の意思とは関係なく押し流されていくスイ。これはたまらん、と、手近な部屋に飛び込んだ。
 部屋の中には――、長机が並べられ、そこに、冊子の山が積まれていた。机のあいだを、生徒たちが三々五々、歩き回っては、冊子を手に取ったり、机の向こう側に坐っている生徒と談笑したりしているのだ。
(そうか、これが同人誌とかいうものだな)
 要するに、生徒たちの手づくりのマンガ本や小説本――その程度の認識しか、スイにはない。それでさえ、どうにか、理解できたかどうかというところだったのだが。
「ほう」
 いくつかの机(それぞれをスペースというのだそうである)をのぞいてみて、スイの目に飛び込んできたのは、表紙を飾るなかなか達者なイラストの類。しかも、描かれているのは、箱の中(これはスイと付き合いのないものには意味不明だが、要するに、テレビのことをそう呼んでいるらしいのだった。何故そんなことになっているのかはわからない)でときおり見かける、古い時代の戦士たちや、この国の伝統的な民族衣裳を着た女性たちなのであった。
 すなわち、武士や着物姿の人物が描かれたイラストを配した同人誌――ここが、『歴史ジャンル』の部屋であることをスイは知らなかったが、スイの、同人誌初体験が、このジャンルであったことは、幸運というべきだったろうか。

「おや、エマさん」
 掛けられた声に振り向いたシュライン・エマが見たのは、やさしい微笑でたたずむモーリス・ラジアルの姿だった。
「歴史ジャンルとはエマさんらしいですね。お目当ての本でも?」
「んー、そういうわけでもないんですけど」
 シュラインは笑って答えた。
「こういうのって初めてで。ゲームとかアニメのことはよくわからないからここに来てみたんです」
 苦笑まじりに肩をすくめる。……と、モーリスの手元をみれば、彼は重そうな紙袋を提げているのだ。
「それ全部、買われたんですか!? モーリスさんて意外と……」
 意外と何だというのか、上級生を前に遠慮したか、シュラインは口を濁した。
「いやいや、私もあまり興味はなかったのですが、手にとってみると、なかなか面白いものもあるようだったので。ついついこの有様です」
 二人は連れ立ってスペースのあいだを歩き始めた。
 歴史ジャンルの同人誌といっても実に種々雑多なものである。まず取扱う対象が幅広い。日本史、東洋史、西洋史の違いだけで、それはまったく違うジャンルといってもいいし、一口に日本史といっても、古代、平安時代から、戦国、江戸、幕末、明治・大正、戦間期、と、無数に細分化してゆくのだ。
 内容で見ても、それぞれの時代について、独自に調べたことをまとめあげたレポート調のものから、エッセイ、時代・歴史小説、マンガ……と、まさに百般。
 一応、近いテーマのものが、続き合ったスペースに配置されているようだが、それでも、一通りを眺めるだけで、世界一週・時間旅行をするような気分なのである。
 だが、そんな中でもやはり流行りすたり、人気のかたよりというものがあるようなのを、当ジャンルに不案内なふたりでもすぐに気づくことができた。
「やっぱり、幕末が人気なのね」
「……ああ、大河ドラマですね」
 もともと人気があったところへ、テレビドラマの題材に取り上げられているせいでかなり過熱している様子なのが、新撰組、そして維新の志士たちをテーマとしたものだった。手づくりとおぼしき、あさぎ色の羽織を着てスペースについている気合いの入った作者さえいた。
 日本史関連だと、あとは戦国の武将に関するものが多いだろうか。平安時代に関連したものは陰陽道がらみで取扱われているのが多い。そうした日本史のマイナー分野よりは、むしろ、中国史関連に勢いがあり、その中心は三国志ものであった。西洋史は意外に多くないようだ。
「そうだ。年表を探してみようかしら」
「年表ですって?」
 シュラインの唐突な思いつきに、モーリスは首を傾げた。
「ええ。年表って好きなんです。淡々と事実だけが並んでいるんだけど、見ているだけで、いろんなことが想像できるでしょう? 行間にドラマがあるっていうか」
「……そうですか。それはまたなんとも目のつけどころが……」
 さすがのモーリスも唸らせる、独創的といえば独創的、マニアックといえばマニアックな着眼であった。
「どうせなら思いきりマイナーなのがいいわ。アフリカ史とか、オセアニアの海上民族史とか、ローマ以前のブリティン島史とかないかしら」
「……そんなもの図書館にもあるかどうか。……マニアックな本を猟歩するは同人誌即売会の醍醐味とはいえ……同じマニアックでも、私なら――」
 ……と、モーリスは、そのとき、群集の向こうに見知った顔をみとめた。

「草間クン!」
 天から降ってきた声にびくりとして顔をあげると、眼帯をしたこわもてが見下ろしている。草間武彦は、口にくわえたシガレットチョコを落としそうになった。
「CASLL先輩?」
 長身の風紀委員の出現に、武彦はなんとなく不穏なものを感じた。
 CASLL・TOは、にっこり笑うと(気の弱い者ならそれだけで腰を抜かしそうな笑みだった)、部屋の隅にしゃがみこんで休憩していたらしい武彦を立たせ、ぽん、とその肩に手を置いていった。
「ちょっと手伝ってくれないかい?」
「嫌です」
 即答だった。
 武彦も、同人誌にはさして興味はなかったが、人ごみに押し流されるようにして会場に迷い込んでしまい、とりあえず、比較的空き気味のこのブース(賑わってはいるが、それでも歴史ジャンルの区域は、『創作男性』『創作女性』『ゲーム』といった区域にくらべるとまだ空いているほうだった)に逃げ込んできたところだったのだ。
「一緒にこのへんを担当するはずだった委員がいないんだよ。壁サークルに行列してくるとかなんとか、わけのわからないこと言っちゃってさ。壁サークルって何だろうね。壁をどうするのかな」
「さあ知りません。ということで、じゃ」
「待ちなって」
 逃げ出す武彦をがっしりとCASLLの怪力がとらえた。
「だから草間クンが手伝ってくれると嬉しいんだ・け・ど・なァ〜」
「わ、わかりました、わかりましたから!」
 ずい、と迫る、半ば笑い・半ば呪いじみたCASLLのアップに耐え切れず思わず頷いてしまう武彦だった。

 そして。
「あっ、あそこ混雑してるね。草間クン、列にして整理してあげて!」
「は、はい」
「この荷物運んであげてよ。『ぬ−23a』に持ってってくれればいいから」
「はい」
「ねえ、彼女を案内してあげて。『は−15b』ってどこかなあ?」
「はい……」
「これ落とし物なんだ。総合受付に持っていって、放送室に届け出をして」
「は…………」
 CASLLの采配は、的確と言えば的確だが、そのぶん、業務は多忙をきわめた。文字通り歴史ブースの司令塔と化したCASLLの長身から次々繰り出される指示に、ふりまわされ、武彦がへとへとになっていると……
「おっ、草間じゃないか」
「あ……雪森先輩」
 スイだった。
 はじめての同人誌即売会だったが、いつのまにかスイの手の中にはイラストにひかれて買い求めた冊子がいくつか、ある。いずれも武士の暮らしや剣技について扱ったもので、中身も、丹念に調べものをして書かれた様子のものだったから、いろいろと参考(何の?)になりそうだと思い購入したのだ。
「おやぁ、スイさん。お買い物ですか?」
 CASLLがのんびりと、愛想のいい声を出したのを聞いて、武彦はこの3年生同士がクラスメートなのを思い出す。
「雪森先輩! CASLL先輩のお手伝いをされたらどうです? 先輩、ひとりで大変そうだし――」
「どうして」
「え。どうしてって……」
「君がいるじゃないか。下級生は上級生の手伝いをするもんだろう。ほら、この本にだって――」
 スイは買ったばかりの本の頁を開いて、
「侍はそれぞれの藩主に仕えた、とある」
「はァ?」
「……おい、見ろ、あそこに重そうな荷物を持っている生徒たちがいる。荷物持ちでもしてやったらどうだ。そら」
 どん、とスイの手が無情に、武彦の背中を押した。
「そ、そんな……」
「草間くん?」
 モーリスだ。スイが示したのはモーリスたちに他ならなかった。
「チョコったら何してるの?」
「何でもねェよ」
 クラスメイトのシュラインにあだ名で呼ばれて、武彦は格好悪い場面を見られたとでも思ったか、憮然とした様子で応えた。
「草間くん。クラスメイトにそれはないんじゃないですか。エマさんの荷物でも持ってあげたら?」
「なんで俺が」
「ちょうどよかったわ、お願いしようかしら」
 笑いながらシュラインが手荷物を差し出す。
「あー、もー、チクショウ。わかったよ!」
 もうやけくそといった感じの武彦を見て、シュラインがくすくすと笑った。

「おや」
 そのとき、モーリスは、不審な女子生徒の行動を目にした。
 周囲の目を忍ぶようにして、ひとつのスペースにかけよると、小声で売り子に声をかけ、売り子は机の下からなにやら本を取り出して渡しているのだ。
「ははあ、あれは……」
 噂に聞く“密売”だ。巷間の即売会とは違って、学校内で行われるがゆえに、神聖都学園の即売会では取り締られている――「18禁本」の頻布に違いなかった。
 滑るように、スペースに近寄ると、モーリスは悪魔の囁きのごとくに訊ねた。
「“女性向け”はありますか?」(モーリスがどこでそんな「専門用語」を覚えたのかはさだかではない)
「な、なんですか!?」
 売り子の女生徒はあからさまに狼狽えているようだった。
「あ、別に、私は風紀委員の回し者とかではないですからご安心を、ただちょっと興味があって」
 そう言われても、男性であるモーリスを前に、女生徒たちは顔を見合わせて躊躇しているようだったが、それでも最後はモーリスの微笑みの力に負けたようだった。
「……土方×沖田ですけどいいですか?」
「非常に結構」

 荷物持ちの武彦をしたがえたシュラインは、今度はスイと連れ立ってスペースを検分して回っていた。
「んー、日本史と中国史がほとんどなのね。こうなると逆に西洋史を探したくなっちゃう」
 首を傾げて視線をさまよわせるシュラインの目に、ふととびこんできたのは。
「あら、これは……」
 そのスペースに坐っていたのは、いかにも文学少女然とした、地味で大人しそうな女子生徒二人組だった。スペースの名札には、西洋史研究同好会、とあった。さすがマンモス学園、マニアックなクラブもあったものである。
「へえ、『薔薇戦争』? やっとみつけたわ、ヨーロッパの本」
「……世界史、お好きですか?」
 女生徒が、にっこり微笑んで、シュラインに訊ねた。
「歴史ものはわりとなんでも好きよ。……細かく調べてあるのね」
 その本は表題のとおり、薔薇戦争時代のイギリスの、歴史の流れをまとめた上で(シュラインお目当ての年表付きだ)、王家や貴族の家系図、騎士たちの装備や紋章、当時の城砦についての図説などが、丹念に描きこまれたイラストとともに紹介されているのだった。
「私が文章を書いて、彼女にイラストを描いてもらってるんです」
「面白いわ。……あら、でも――」
 シュラインがなにか言いかけたとき、スイが突然、割って入ってきた。
「き、きみたち!」
「ハイ!?」
 その剣幕に圧倒される少女たち。
「きみたちももしかして! ……そうか、いや、まさかこんなところで出会えるとは!」
「え、えっと……」
 いつもクールなスイを、涙ぐまんばかりに激昂させているのは、当の同人誌であるらしかった。
「なんて懐かしいんだ……!」
 騎士の鎧や、剣が紹介された頁、馬に騎乗し、ランスを構えて突撃する騎士たちの闘い方の図説を広げ、スイはいたく感動にひたっているようだった。
「どうかしました? ずいぶん盛り上がってますね」
 と、そこへモーリス。
「なんだか、雪森先輩がこの本をずいぶん気に入っちゃったみたい」
「ああ、それは“萌え”と言うのです」
 したり顔で頷くモーリスだった。これまたどこで覚えたのか知らない専門用語だった。
「ところで面白い本を見つけましたよ。やっぱり探せばあるものですね」
「えっ、これってまさか――」
「上から順に『土方×沖田』『竜馬×中岡』、三国志の『曹操×劉備』、それからこれはちょっと珍しくて『リチャード獅子心王×サラディン』です」

 そんなどさくさにまぎれて、草間武彦は守備よく、こっそりと逃げ出そうとしていた。
(つきあってらんねェよ)
 こそこそと、スペースのあいだを姿勢を低くして隠れ進む武彦の前に、しかし、電柱のような長身が立ちはだかる。
「草間クン!」
「……おわっと、CASLL先輩! あ、いや、えっと……もうだいぶ……混雑も落ち着いてきたかなーと……」
「そうだね」
「……え」
「ありがとう。もう手伝いはいいよ」
「ホントに?」
「うん。……で、せっかくだから、一緒にブースを見て回ろう」
「なんでそうなるんスかァ〜〜〜!?」
 襟首を掴まれ、ひきずられてゆく武彦。
「面白そうなんだけど、よくわからないんですよね、同人誌って」
 眼帯でふさがれていないほうの、CASLLの目は好奇心に輝いている。
「なんか、ためになるような物がいいなーと、思ってるんだけど。……そうだ、シュラインさんに聞いてみよう」

「私以外にもあの世界から来た人間がこの学園にいたとは驚きだ。こんなところで出会えるとは運命としか言えないな。申し遅れたが、私はスイ。エルフの精霊使いだ。時に、どちらからいらしたのかな。この鎧の様式からすると西方のようだが――」
「あ、あのぅ……」
 なにやら派手に勘違いしているらしいスイにどう言葉を返していいか困り果てている売り子の少女。そんなスイたちを横目に、モーリスから山ほど、密売されている同人誌を見せられたシュラインは、
「ちょっとこれはマズイんじゃないですか。こういうのって禁止されているんじゃ……」
「そこはそれ。さしあたり、風紀委員に見つかりさえしなければ――」
 言いかけて口をつぐむ。
 モーリスの視線を追ったシュラインは、風紀委員のCASLLがシュラインの肩ごしに彼女の手の中の本をのぞきこんでいるのに気づいた。
「きゃ、CASLL先輩」
「いやー、同人誌ってたくさんあって、なにが何だかわからなくって。それ、シュラインさんのおススメですか。ちょっと見せてください」
「あ、だ、だめ、これは――」
 ばさり、と、運悪く開いた頁は、沖田総司がそれはもう【検閲により削除】なありさまであった。
 シュラインは、固まったCASLLのこめかみのあたりで、ぶちん、と何かがキレる音を確かに聞いた、と思った。
 モーリスはいつのまにかさっさと姿を消している。
 スイは、西洋史研究会の女の子たちとまだ盛り上がっているようだった。そういえば、さっきの年表、綴り字間違いがあったのだけど言いそびれちゃったわ――と、シュラインは、目眩のする頭の片隅で思っているのだった。


 その後、同人誌即売会・歴史ブースで起きた惨事(18禁本を片手に、責任者出てこい、とCASLLが大暴れ。周辺の机を蹴倒したのを、スイがとがめて、結果、精霊の召喚をもともなったプチバトルに発展。一帯の生徒たちが避難する騒ぎになった)については、新聞部発行・神聖都学園ジャーナル10月号掲載の、ばっちり巻き込まれて負傷した2年A組・草間武彦君の談話を参照されたい。

(おしまい)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/2−A】
【2318/モーリス・ラジアル/男/3−A】
【3304/雪森・スイ/女/3−C】
【3453/CASLL・TO/男/3−C】

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■         ライター通信          ■
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このたびはご依頼、ありがとうございます。リッキー2号です。
同人誌即売会の経験は、まあ、ないわけでもないような(どっち)
ライターですが、いずれにせよ歴史ジャンルはやや未知の世界……。
なにか妙なことを書いていたらすいません……。

CASLLさま、ダブルノベルに続いてのご参加ありがとうございます。
雪森スイさまははじめまして。イメージが遠くないことを願っております。
シュラインさま、モーリスさま、いつもありがとうございます。
おふたりの互いの呼び方とか、会話のトーンは、一応、学園ヴァージョンと
いうことで意識して変えてみてあります。

また機会がございましたら、お会いできればうれしく思います。
どうもありがとうございました。