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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


Let's go! 同人イベント!


 高い天井! 狭いスペース! そして無数の人間の熱気! これぞ、同人誌即売会の空気っ!

 神聖都学園の学園祭で行われる企画はすべてにおいてスケールが大きい。そのイベントの内容に関して詳しく知ろうが知るまいが、とにかく全校生徒を巻き込んでしまうそのパワフルさがスゴいのだ。それは同人誌即売会という特殊な企画もまた例外ではなかった。体育館狭しと設置された長机の上に同人誌を並べる参加者たち。同人やってもうウン年のベテランから、イベントのチラシを見て同人誌という存在を知り、とりあえずチャレンジしてみた初心者まで、みんなが顔を揃えて今か今かとお客さんを待つ。体育館の外で開催を待つお客さんも同様だ。本の内容を表紙で見切るプロから、同人誌という不思議な言葉につられてやってきた野次馬感覚の客まで目的はそれぞれである。生徒会執行部によって会場を隔てる扉が開かれる時こそ、静寂と熱気が微妙に混ざり合う独特の空気が生み出される時なのだ。そして同人誌即売会が始まるのである……!


 「えっと、小銭は用意したし……本もきれいに飾ったしっと。あっ、しまった。まだ値札つけてない!」

 スペースの一角で何度も自分の机の上の商品を確認するのは藤井 葛だ。同人誌即売会だというのに、学園のブラウスにベストを着ての参加している。彼女が他の参加者を見た時、思わずビックリしてしまった。彼ら彼女らのほとんどが『コスプレ』というものをしているからだ。確かに今思えば、案内の冊子にそういう単語が書いてあったような気はする。だが葛はそれが何を意味するのかあまりよくわからなかった。実物を見てビックリというのが彼女の素直な感想だ。

 「隣の人たち、スゴいなぁ。いつ、どうやってあんなの作ったんだろ?」

 何枚もの布、そして素材から作られた精密なコスプレを見ていると、自然と値札をつける手が止まる。両脇にいる売り子を見ながら首を傾げる葛。そんなことをしていると、さっそくお客さんが彼女の丁寧に作ったコピー本を手に取って声をかけた。

 「あの〜、ちょっと中身見てもいいですか?」
 「は、はいっ! どうぞ!」

 葛が慌ててそう答えると、急にお客さんのいる前を向いて直立不動になった。自分の作った本を見知らぬ他人が読むというのはなかなかできない経験だ。自分が妙に緊張しているのを感じながら、相手の反応をじっと待つ葛。ちなみに本の内容は最近流行っているネットゲームである。

 「一冊もらえますか? 僕もこのゲームやってるんですよ〜。」
 「ありがとうございます! ええ、そうなんですか?!」

 さっそく葛の本が売れた。自分の作ったものが売れるというのはこんなに嬉しいものなのか……彼女は自然と嬉しくなった。しかも目の前にいるお客さんは同じゲームのプレイヤーだったとは。彼女の不安は初めてのお客さんのおかげで吹き飛んだ。そしてしばらくの間、机を挟んでゲームの話に花を咲かせるのだった。


 葛のようにオンラインゲームの同人誌というのは比較的メジャーなジャンルに入る。しかしここは混沌を極めた同人誌即売会、しかも神聖都学園である。今回も個性的な同人誌ブースがなぜか数多く並んでいた。
 その中でもひときわ目立つのが、ものすごくヘタクソな黒装束に身を包んだ忍者らしき男がサークルだった。その名も『隠れ里・藤崎』。主催は三春 風太という。置いてある本は『ひみつ結社マニュアル』という、タイトルからして妖しげな本だ。ブースの名前とかなりかけ離れているのも気になるところだが、さらに気になるのはその本はなぜかバカ売れしているということだろうか。人間、やはり秘密のひとつやふたつは作り貯めしておきたいものなのだろうか……この売れ行きには風太もニンマリ。

 「やっぱり実体験に勝るものはないよね。」

 どうやらこの風太という男、実生活の中でひみつ結社を作っているようだ。本が売れている原因はここにあるらしい。黒塗りの表紙に白抜きの文字で書かれたタイトルがなぜか誇らしく見える。しかしさっき開場したばかりだというのに、テーブルの上にはもう数部しかないのだ。
 そんな時、彼の友達が近くを通りかかる……

 「シーくん、シーくん。ここ、ここ!」
 「おっと、風太さんが黒くてよくわからなかった。ここか、風太さんのブースは……って、もうほとんど本ないじゃないか!」
 「結構な勢いで売れたよ。やっぱりみんな、ひみつ結社が好きなんだよ。」
 「なんとかマニュアルってタイトルの本が売れてるのは知ってたけど、まさかここまでとは……」

 シーくんと呼ばれたのは神聖都学園3年のシオン・レ・ハイである。やり取りを聞いていると、シオンと風太は友達らしい。シオンは学園で行われる同人誌即売会のことをまったく知らなかったが、風太が学園祭の時に出店すると聞いたので生まれて初めてイベントにやってきた。だから友人の同人誌を見ても、つい一般の書店で売っている本と同じ感覚で考えてしまうのだ。シオンは感心した様子で話す。

 「この調子だと全部売れるのも時間の問題だね。」
 「約束、思ったよりも早く守れそうだよー。お菓子の本とか探すんだったね。ボク、その他にもご飯の本とカレーの本を探すけど。」
 「食事系は全部同じところに並んでるもんじゃないの? できれば先に会場に来てる千影さんと一緒に遊びたいんだけどな。」
 「食事系ならカタログ調べたけど、全部一緒みたい。あっと、おにーさんいらっしゃーい。」

 シオンが風太と雑談をしていると、続々と妖しげな本を手に取るお客さんがやってくる。彼らが本の中を見るとひとしきり笑った後、それを友人に見せながら「買う買う、買います!」とすぐに財布を取り出すではないか。よほど面白いことが書いてあるのだろうと、シオンも残り少ない本を手にしてパラパラと開いて読んでみた。

 「えーっと、なになに……『人に見つからないひみつ基地の作り方』に『ひみつ結社へのさりげない勧誘』、『とっさの一言に動揺せず、ひみつ結社の存在をバラさない喋り方』だって? そりゃみんな買うよ、こんなこと真剣に書いてあったら。」
 「買ってくれたみんなは『一度、ひみつ結社作ってみる』って言ってたよ。シーくんもどう、やってみない?」
 「でもさ、もう風太さんと一緒にお食事同好会やってるも同然だよ。」
 「あ、そっか。ってそれをバラしちゃダメなんだよ、ひみつ結社は。」

 風太のツッコミにシオンが唸った。なるほど、ひみつ結社の基本はそれか……納得の表情のまま盛んに頷く。風太はそんな未熟な友達にその本を譲るのだった。


 同じ頃、長身と美貌を活かし黒服ゴシックビジュアル系のコスプレをした生徒が自分の気になる同人誌を手に取って熱心に読みふけっていた。彼は今回、客として参加しているデリク・オーロフだ。彼のいるこの一角はマンガやアニメの中でもオリジナリティーあふれる作品が並んでいる。メジャーな作品とはまた違った、深い愛情のこもった同人誌が数多くあるのだ。

 「違った価値観に触れるというのは面白いし、勉強になりますネ。」

 手に取る本を読んでは感心するが、デリクは絶対に本を買おうとしない。見方によれば『冷やかし』というやつである。しかし相手に不快な思いをさせずに立ち去るところはさすが。そんな調子で自分の気に入った同人誌を読み歩いているのだった。
 そんなことをしていると、デリクはある青年に呼び止められる。青年は学園の制服を着てそこに立っていた。

 「あなたは……どうかされましたカ?」
 「キミ、さっきから見ててこの手のイベントに参加するの慣れてる感じがするから声かけたんだけど、ちょっといいかな?」
 「その前に名前を聞かせてくだサイ。私はデリクでス。」
 「僕は壇成 限。さっそく本題なんだが……同人誌というのは一般的にこういうものなのか?」

 限と名乗った男はイベント会場のど真ん中でずいぶんとんちんかんな質問をした。相手がデリクでなくとも、彼がイベント参加の素人であることは一目瞭然である。ちょっとかじった程度の人間だったら冗談でも言ってやろうかと考えていたデリクだが、限の言葉を聞いてそんな気はすっかり失せてしまった。

 「同人誌というと、昭和初期に文壇を目指した若き作家たちが作ったものとばかり思っていたが……今日、この場に来て驚いた。ずいぶん華やかだな。」
 「……失礼な言い方ですが、あなたみたいな人を見る方が驚きですヨ。」
 「どうやら僕の感覚がズレてるらしいな。ぜひキミにレクチャーしてもらいたい。この調子では俳句や短歌の同人誌もなさそうだからな。」
 「あなたみたいな人を放っておくのは少々どころか、かなり気の毒ですネ。いいでショウ。ご一緒しますカ。」

 ふたりは悠然と歩きながら、人気のない場所を選んで歩いた。


 同人誌即売会といえば、穏やかな場所もあれば修羅場のような場所もある。特に有名どころのサークルや人気ジャンルを扱うサークルでそれが起きやすい。そんな場所を行き来する時は、人をかき分けて進まなければならないのだ。手にいくつもの紙袋を持った猛者たちが懸命になる中、ひとりの少女がそのど真ん中を気合いで駆け抜けていく。そんなパワフルな彼女だが、着ているのは最近流行りのおてんば王女のコスプレだったりする……周囲からは『ピッタリだ』とか『ハマり過ぎててツッコめない』など賞賛のような言葉を囁いていた。
 彼女は2年生の赤星 壬生。普段は熱血スポ根娘だが、この容姿を見てもその面影はまったくない。つまり彼女もこの手のイベントに縁がないのだが、今日はなぜかここにいた。実は彼女、クラスメイトにあるお願いを聞いたのだ。その彼女は同人に興味があり、学園のイベントに大手のサークルが参加するのをチェックし、その同人誌を買ってきてくれるよう壬生にお願いした。購入リストに書かれたサークル名のほとんどが人気のところで、全部の場所で買うのはほぼ困難。クラスメイトは買えるものだけでいいよと壬生に伝えた後、こんなことを囁いた。

 『壬生〜、人の波をかきわけながら早歩きで本をたくさん持って動くのって、とってもいいトレーニングになると思わない?』

 壬生の性格をよく知った友達だ。彼女はそれを聞くと二つ返事でそれを引き受け、クラスメイトから財布を預かった。その時、壬生はおかしなことを口にするのだった。

 『ねぇ、そういうイベントってコスプレ必須なんでしょ? ちゃんと買い物するから衣装はそっちで用意してよ。』

 やっぱり壬生は肝心なところをわかっていなかった。彼女はイベントをしっかりと把握していなかったのだ。しかし相手は敢えてそれを訂正せず、笑いながらそれを引き受けたのだ。そして今日になってその衣装を壬生に着させ、更衣室で背中を強く叩いて彼女を送り出した。そして今、彼女は半分以上の本を購入して人の波に揉まれながら歩いているという訳だ。壬生も努力してほとんどの本を買ったのだが、それでもまだ2冊足りない。しかもそのふたつのサークルはお互いに遠く離れている上に相当混雑している。もしかしたら間に合わないかもしれない……そんな思いがよぎった瞬間、それを振り払うかのように壬生はつぶやいた。

 「あたしは……あたしは絶対に挫けないわ!」

 紙袋はどんどんその重みを増し、前へ進む障害になる。しかし彼女は持てる力を発揮してそれを持ち、前へ前へと進む。その姿とセリフを聞くたびに周囲の人間は『キャラ、そっくりじゃん』と感心するのだった。


 イベント初参加ながら全力で荒波と戦う力強い王女がいるかと思うと、独特の雰囲気に飲まれたのかきょとんとした顔をして会場をウロウロする少女もいる。彼女こそシオンの話に出てきた千影だった。今日は黒のゴスロリドレスでかわいく着飾っている。こちらも壬生や限と同じく、『同人誌ってなぁに?』という種類の人だ。それを証拠にどこに行けばいいのかわからず、ひとりでトタトタとその辺と歩いていた。

 「男の子たちのお顔が怖いの。もしかしてチカのお洋服、変なのかな?」

 千影はブースで売り子をしている男たちの視線を盛んに気にしていた。しかし相手にいわせればそれは当然の行為だったりする。ここは男性向けのちょっぴりお色気同人誌が並ぶ通りなのだ。周囲には女性はほとんどいない。それを男どもは懸命に目で訴えているのだが、千影はまったくそれを理解していないらしい。それどころかおもむろに商品を手に取って、それをパラパラと開いて上手に感想を述べ始めるではないか。

 「わぁ〜、いっぱいきれいなお姉さんの絵が載ってる〜。」
 「ちょ、ちょっと待ったぁ! お嬢ちゃん、君がこの本を見ちゃダメなんだ。ゴメンね。」
 「なんで〜、なんで〜?」

 せっかく読んでいた本を売り子にいきなり取り上げられた千影は不思議そうな顔をして質問を繰り返す。だが何回問いかけても明確な答えが返ってこない。千影は自分が男性向けの本を興味深げに読んでいたことに気づくのはいったいいつのことだろうか……


 風太の同人誌が売り切れ、早々の店じまいとなった。彼はずっと待っていたシオンとともに今度はお客としてイベントを楽しむことにした。シオンはさっそく目的のブースへ意気揚々と歩き出したが、ある売り子に声をかけられてふと立ち止まる。

 「あ、あの、よろしければ見ていって下さ〜い。」
 「風太さん、売り子さんに呼び止められちゃった。こういう時はどうするの?」
 「どうするもこうするも……それはシーちゃんの自由じゃない。」

 同人イベントでのお約束がいまいちわかっていないシーちゃんは戸惑いながらも売り子の女性の方を向いた。実はその娘は葛だ。彼女が売っているのは、風太と同様に在庫の少なくなったオンラインゲームの同人誌である。自他ともに認めるビンボーのシオンにはまったく縁のないジャンルで、彼が反応に困るのは当然だった。

 「おねーさん、シーちゃんはあんまりお金のかかるゲームのことしらないんだ。ペーパーがあったら、それもらえます?」
 「あ、わかりました。はい、どうぞ。」
 「なんだ、タダでもらえるものがあるんですね。だったら私でも楽しめる!」

 風太の助け船に救われたシオンはちゃっかり勉強していた。どうやら無料配布のペーパーという存在が気に入ったらしい。だがこの場はタダでもらっておいて『はい、それまで』ではばつが悪い。ペーパーの内容に目を通した後でシオンは葛にある提案をした。

 「あの……葛さん、ペーパーを頂いたお礼にあなたの似顔絵を描かせて下さい。」
 「ええっ、いいんですか! ペーパーくらいでそんなことしてもらっても……」
 「いいんですいいんです。風太さん、紙とペンを貸してください。」
 「はいはい。でもボク、シーちゃんが絵を描いてるところ見たことないなぁ。そんな特技があったなんて知らなかったや。」

 友人の風太も葛同様に驚きの声を上げる。それに応えるようにシオンは紙の上でさらさらと筆を走らせ、いやにあっさりと葛の似顔絵を描き終えた。その行動に不安を覚えた風太が誰よりも早く反応した。

 「シーちゃん、とっても描くの早かったね〜。とりあえず、ボクに見せてよ。」
 「いいですよ、ほら!」

 風太が見た紙に描かれていたのは、葛に似ても似つかぬ非常にびみょーな絵だった。目尻は似ているが、目の形そのものが似ていない。髪型はよく描けているが、顔の輪郭がまったく違う……これでは誉めていいのやらけなしていいのやらわからない。楽天家の風太もさすがに慌てる。

 「これ……もうちょっとなんとかなんないの……ヒソヒソ。」
 「ええっ、もしかして似てません……ヒソヒソ。」
 「だってこの手の形、タカビーなポーズしてるように見えるよ……ヒソヒソ。」
 「これはエレガントさを出そうとがんばって気を利かせて……ヒソヒソ。」
 「あ、あの……ヒソヒソされてますけど、どうかしました?」

 ふたりが絵を見せるかどうかを小声で話しているのを不安そうな表情で見守るしかない葛だった……


 デリクの同人イベント入門講座を聞きながら同人誌を見て歩く限はいろいろなことを吸収していた。例えば、さすがの限でもデリクのファッションであるビジュアルやゴシックは街中でもたびたび見ることがあるが、いったいどういった種類の人間が着るものなのかよく理解していなかった。そこはデリクが同人業界との関係などを交えて丁寧に説明した。ただし、自分が世間一般で言われる変な人物に思われるのが嫌だったので、ちゃっかり自分に都合のいいように解釈した論を披露していた。
 いろいろな話をしているうちに、ふたりはその通りに女性しかいない売り場へと歩を進めた。限が見てもこの売り場はなにかが特殊だった。デリクもなぜかここに置いてある本だけは無関心を装っている……やはり何かあるのだろう。そんなことを考えていた彼だが、売り子の女性に本を勧められるとそんな警戒心はどこへやら、本を手に取って中身を読み始めた。そしてデリクに向かって疑問をぶつける。

 「デリク、なぜ男と男が求めあ」
 「最近、一部の女性の間ではそういうジャンルが流行りなんですヨ。『やおい』とか『ボーイズラブ』とかいわれてマス。」
 「その、『やおい』というのは一応でも意味のある言葉なのか?」
 「まぁ、普通の読み物やマンガとして『やまがない、オチがない、意味がない』の頭文字をとって『やおい』ということになってますネ。」
 「要するに突っつき合ってるだけということか。」
 「そんなにダイレクトな表現で言わないで下さいヨ。こっちが恥ずかしくなりマス。」

 真剣に意味を理解しながら、それでもやおいの本をじっくり読む限。デリクは素知らぬ顔をして彼の後ろに立っていた。普通、限くらいの男性がやおいの本に手を伸ばしたら売り子に止められそうなものだが、ここはそんな心配りは見せなかった。ある意味で心の広い女性とも言える。だがふたりの顔を見ながらにやけているところを見ると、どうやら彼女は脳内で何かを生成しているらしい。本当のところは『妄想のためには手段を選ばなかった』というのが正解なのだろう。デリクは同人誌と同じく、恍惚とした表情でぼーっとする彼女の顔も見ないように心がけた。
 そのブースの向かいも同じジャンルだったが、そこで本を読もうとした少女はしっかり売り子のお姉さんに止められていた。その少女とは、またまた千影だった。幼く見える容姿が災い……いや、幸いしたのだろう。危険な本に手を伸ばすとみんなが『ダメだから』と読むことを止めていた。千影も男性向けコーナーから女性向けコーナーへと歩くところがある意味で天才的だ。

 「あたしだと表紙も見せてもらえないよ〜。なんでご本を読んじゃダメなの〜?」

 売り子に疑問をぶつける千影の姿の方がまだ見れると、デリクはそちらに目を向けていた。その時、遠くから千影の名を呼ぶ声がした。どうやらようやくシオンが千影を見つけたようだ。手を振る彼の後ろには風太と葛もいる。葛はふたりに出会ったのも何かの縁と思い、さっきまでお食事系同人誌をみんなで一緒に読み漁っていたのだ。

 「千影さん、何してるんですか?」
 「シオンちゃん〜。お姉さんがこのご本を読んじゃダメだって……」
 「この本? なにやらカッコよくて線の細そうな男性のイラストが描いてあるだけじゃないですか。これに何の問題が?」
 「そうよね。別に何の変哲もないじゃない……」

 どうやらシオンも葛も、このブースがどのジャンルの場所なのかまでは理解してなかったらしい。パラパラと本を開いたかと思うと、ふたりは同時にそれを勢いよく閉じた。葛は顔が噴火したように真っ赤になり、シオンは一気に血の気が引いてしまいその場に売り物である本を落としてしまう……

 「んが。」
 「ええーーーーーっ、これって何? えっ、えっ?!」

 一部始終を見聞きしていたデリクがシオンに近づき、その目の前で手を振るがまったく反応がない。騒ぎに反応した限も本を手にしたままその様子を見守っていた。

 「ご臨終デス。」
 「今、彼は死にたがっているな。理由は見たままでひどく安直だが。」
 「シーちゃん……? かずっち? おーーーい。」

 「きゃーーー、きゃーーー! どうなってるのこれ、どうなってるのこの同人誌!」
 「んがんが。」
 「チカ、読まなくてよかった?」
 「この反応は大げさかと思いますけどネ。しかし関係ない話ですが、あなたはなかなかいいセンスした服を着てマス。すばらしいデス。」

 千影の服を誉めたのはデリクが初めてだった。彼女は友人の大混乱そっちのけで喜び、デリクの前でくるりと回ってポーズを取る。

 「えへへ〜、あたしうれしいです〜。そういえばあなたと同じ服着てますね。似合ってますよ〜。」
 「それはどうもありがとうございマス。」
 「ほう、ゴシックというのはなかなか流行ってるものなんだな。」
 「言った通りでショ?」

 デリクと千影、そして限が陽気に話しているところに、風太が割って入った。

 「あの〜〜〜、あのふたりをこの世に戻してほしいんですけど〜〜〜。」
 「そのうち治るでショ。放っておきましょうヨ。」
 「治るのかなぁ……ホントに。」

 「だらしないわ、みんなだらしないっ!!」
 「だっ、誰ですか? あなたは……」

 混乱をまとめたい風太の思惑を察知したのか、その場に風のように現れた熱血スポ根王女様こと壬生が大きな紙袋を下げてズカズカと乗りこんできた! 彼女の登場でその場の雰囲気はあっという間に変わってしまう。そして未知の世界を覗いてキャーキャー騒ぐ葛と完全に死んでるシオンの目の前で、問題のやおい同人誌をばっと開く!

 「お、王女様……やめといた方がいいんじゃ……」
 「あなたも同人というものがよくわかってないタイプの人でショ?」
 「これ以上騒がれると迷惑だ。止めておけ。」
 「気合いよ、みんな気合いが足らないのよっ! あんたたちもそんな頼りないこと言ってるから……とぉりあっ!」

 売り子に断りもせずむんずと同人誌を持ち、よくわからない掛け声とともに読み始める……周囲は心配そうな視線を壬生に送った。だが彼女はあっさりと最後まで読み切り、その感想をたった一言で発表する。

 「裸でっ! 柔道をしてる男の子ふたりだと思えば、ぜっんぜん大丈夫よっっっ!!」

 「「はっ。」」

 その言葉で我に返ったシオンと葛。どうやらあーんな妄想やこーんな妄想は全部吹き飛び、代わりに壬生のよくわからない感想に頭の中がすりかわったせいで落ちつきを取り戻したらしい。それでも葛は赤くなった顔を急には戻せず、恥じらったままそそくさと本を売り子に返す。シオンはせっかく作った本を落としてしまったことに今さら気づき、慌ててそれを拾って葛と同じように返すと、息を荒くしたまま千影の肩に両手を置いて喋り出した。

 「千影さん、大丈夫ですか。はぁはぁ……大丈夫、落ちついて。すっごく落ちついて。あの本は柔道家の描写からなる恐ろしい本だからもう安心。」
 「……まずシーちゃんから落ちつきなよ。ホントに大丈夫?」
 「そーなの? もうあたしがご本を読んでも大丈夫なの?」
 「ダメダメダメダメ! それはダメ!」

 風太のツッコミが冴え、千影の天然が炸裂する。シオンが冷静になるのはまだまだ先の話らしい。残った人間はとにかくシオンに落ちつくよう説得を始めた。


 いつのまにか大所帯になった一行は問題の女性向けコーナーを去り、机の設置されていない体育館の壁に移動した。シオンも壬生やみんなのおかげでなんとか正気を取り戻した。息も落ちついたところで、シオンがみんなに向かってある提案をした。

 「あのですね……これも何かの縁だから、皆さんで記念撮影しませんか。コスプレされてる方もいっぱいいるんで。ちなみに撮影に使うのは風太さんの持ってるカメラですけど。」
 「やっぱり。シーちゃんがカメラ準備してっていうから持ってきたけど、そういう理由だったのか。」
 「いいよー。あたしみんなと写るの!」

 その場でいやだという人間は誰ひとりいなかった。それを見てシオンはさっそく、近くにいたお客さんにカメラマンをお願いした。そして7人は同じ枠に収まる……学園祭の思い出として、その写真はネガに刻み込まれたのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 】

3356/シオン・レ・ハイ /男性
1312/藤井・葛     /女性
2164/三春・風太    /男性
2200/赤星・壬生    /女性
3171/壇成・限     /男性
3432/デリク・オーロフ /男性
3689/千影・ー     /女性

(※登場人物の紹介は、予約リストの順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回はパーティーノベルにご参加ありがとうございます!
同人誌即売会ということでしたが、意外にもたくさんイベント初めてさんがいましたね。
ということで、今回は色のうす〜〜〜いノベルにしてみました……なんちゃって(笑)。

最後は皆さん合流して頂きました。シオンさんのご希望が記念撮影だったんで。
そこまでの道筋をどうするかでかなり悩みましたが、最終的にはこういう形になりました。
最後のドタバタはいつもの市川っぽい感じがしますけどね(笑)。

今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!