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眠るなら蒼い月の下で
中天に浮かぶ月。
気付いてみれば、常にある姿。
…この『神聖都学園』に。
今が昼間でない事はつい最近、知った事。
それでも、構わないとごくごく自然に思えているから今もまだここに居る。
淡い月明かりに照らされて、今日もまた『登校』する。
そこに至る薄い闇は、誰もが通る道。
■
…見上げれば夜。冴えた青白い月が在るのに何故気付かなかったのだろう。
屋上から見るなら、屋外であるならすぐにわかる事だった筈なのに。
学園祭の賑々しい空気は、今はもう戻っている。一度消され無くなったのが嘘のよう。この屋上にも、休憩がてらベンチの周りに来ている人が多々居る。
そんな中シュライン・エマは、つい昨日、草間武彦が寄り掛かっていたフェンスの辺り――つまりはあまり人が集まらない辺り――に佇んでいた。
彼女の側には、何故か繭神陽一郎の姿がある。
直接生徒会長を屋上に呼び付けた――訳では無いが、巡回の途中らしく歩いていたのを偶然見付けたそこで、捕まえて話している事は確か。
昨日の事が、気になって。
「『あいつ』…詠子ちゃんの事かしら、って思ってたんだけど」
「何の話です?」
「誠名先輩が言ってた話。月の光を不用意に浴びて眠ると死ぬ、って俗説を引き合いに出して、その話を借りて言うなら、『あいつ』は本心では『死にたい』のかも知れないな、って言ってたの」
…でも考えてみれば、誠名先輩は会長の事をいたく心配していたものね。
あれは、あんたの事だったのかもしれない。
「ああ、あの人の事か」
ふ、と笑い繭神は目を伏せる。
「…確かに…その『あいつ』と言うのは…わたしでもあり――同時に、月詠でもあったのかもしれないな」
月詠自身も、そしてわたしも――共に、月の光からは逃れられない。
ずっと、囚われ続けているのだからな。
このまま、時が延々と続くなら――拘束でしかない生を捨てたくもなるだろう。
繭神はあっさりと認める。
「誠名先輩…あの人も『月』とは縁が深いと聞いた事があるからな、そんな比喩も思い付くのだろう」
思えば…あの人の無駄口には、かなり救われていたのかもしれないな。
常々、鬱陶しいとは思っていたが…他愛も無い話を無理矢理こちらに振ってくるあの人に意地で抵抗しようとしている時だけは、一族としての自分の役目を忘れていられた気がするからな。
「…元々そのつもりでわたしの側に来たと言う事も、考えられなくはない…か」
もしそうなら、大した人だが。
「誠名先輩だったら、その可能性もありそうな気がするけどね」
何処まで先を読んでいるか、知っているのか…全然わからない人だから。
「エマ君までそう言うか」
「色々と上手な人だもの」
そう告げると、シュラインは改まって繭神を見た。
受けて繭神もシュラインを見返す。微妙な空気の変化。それだけで違うとわかる。今繭神を捕まえ、話をしようとした本題が出される。そうだとわかった。
繭神は無言のまま、それとなく促す。
促されるまま、シュラインも口を開いた。
「私が訊く筋合いじゃないかもしれないけど」
「…それは訊かれてみなければ何とも言えない」
「――三十日、どうするの」
詠子ちゃんの、事。
聞かれた途端の、沈黙。
けれど、その沈黙は――思ったよりも重くはなかった。
シュラインが近頃繭神に対し感じていた妙な緊張感、それが何処となく薄らいでいる気がする。
それは昨日の、あの件がきっかけだったのかもしれない。…今はもう頬の傷も手の傷も跡形も無く消えていて、身体に残る名残は何も無いけれど、立ち合った記憶だけは確かにある。詠子ちゃんに殺されようとした姿。傷付く事も厭わず、要石の欠片を握り締めていた姿。虚ろな声。
けれど。
あの時に何かを悟ったのか、今の繭神には、微かに笑っているような雰囲気さえ口許に見えた。それは実際に笑顔な訳では無いが、今までと比べると、何となく余裕があるような雰囲気。
「………………それは、この夢から醒めた時に知れる事」
今は、言えない。
静かにそう残すと、繭神はシュラインを置いて屋上の出入り口へと向かう。それ以上声を掛けられない、立ち入れない背中――何かを決意している背中に見えた。何を決めたのだろう。わからない。
何を決めたのか。気にはなる。けれど、シュラインはその背を追う事はしなかった。
…何故なら。
本当に糸が切れてしまう前に、彼はある程度の――本来の自分を取り戻しているようにも見えたから。
…繭神と殆ど入れ代わりで、ツンツンに立てられた金髪の前髪がふと見える。
彼らは屋上の出入り口付近でひとことふたこと言葉を交わしているようだったが、シュラインのところまでは聞こえない。
やがて、ツンツン頭――草間武彦が、シュラインのところまで歩いてきた。
「ここは俺の特等席だぞ?」
「そんな事いつ決めたのよ」
「ここが出来た時からさ」
「それもあながち出任せじゃないみたいよね」
「…シュライン」
「これが夢なら、出来た時からあんたの場所って事も有り得るものね」
「…そう来るか?」
「ねぇ」
「何だよ」
「…チョコは会長、どうすると思う」
「月神の件か?」
「他にある?」
「…放っといてやれよ」
「でも」
「繭神には、お前の言いたい事は、疾うに伝わってるさ」
昨日の、あの時点で。
「それ以上は…部外者には首を突っ込める世界じゃない」
「部外者って」
「…部外者だろ、俺も、お前も。他の連中だって同じだ。あのふたり以外はな」
幾ら学生として、友人として付き合いがあったって、実情を、知らされてしまったからと言ったって。
踏み込めない領域は、確実にある。
「だから、首の突っ込めない部外者は、信じてやる事しかできないだろう?」
「…」
「お前に今の繭神はどう見えた?」
少しは楽になったように見えたんじゃないのか?
「…それは」
言葉を濁しつつも、認めるシュライン。
「だったら…お前の話した事や俺たちのした事も、繭神の役には立ったんだと思うがな」
そう諭してくる武彦に、シュラインは何か言い返そうとするが――実際口に出す前に止め、諦めたように儚く笑う。武彦の言う事ももっとも。それで納得が行かなくても、確かに…自分たちにはそれしか出来ないのかもしれないから。彼に――どう取られたのかはわからない、けれどとにかく、何らかの――幾分でも楽になってもらえるだけの、影響を与える事が出来た。
それだけが、自分たちが出来る事のすべてなのかもしれないと。
「…あんたに諭されるとは思わなかった」
シュラインは武彦を見、小さく息を吐く。
「…いや、そうでもないだろう?」
笑みを含んだ顔で、窺うようにシュラインを見る武彦。
…チョコ――じゃなく、武彦さん。
そう呼ぶ自分が居たような気がする。
隣に佇んでいるシガレットチョコレート銜えた一匹狼。
そのシガレットチョコレートがチョコレートじゃなくて本物の煙草であるのが普通だったなら…私もそれで納得しているのなら…取り敢えず成人はしている…のよね。
それが現実なのかもしれない。
そして実際のチョコの方も――時を追うごとに、妙に理性的に、大人びて見える時が多くなっている。
格好だけは、時代錯誤なくらいいかにもな不良なのに。
微妙な違和感はあるけれど。
あるけれど、その違和感は――逆に、自分の中では、妙にしっくり来るような気もして。
流されてしまっても良いかもしれないとも、思う。
だから。
「…そうかも、しれないわね?」
シュラインは結局そう答える。
納得が行かない事もある。
けど。
………………今はまだ、誤魔化されてあげる事にするから。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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■整理番号/PC名/性別/神聖都学園在籍クラス
■0086/シュライン・エマ/女子/2−A
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ライター通信
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いつもお世話になっております。
今回も発注有難う御座いました。
…相変わらずお渡しが遅かったりノベルが長かったり…特に今回は難解?だったりもしております。
何やら穣太郎に和んで頂き有難う御座います。…途中見えないところで大怪我してましたが(汗)、ともあれ学園祭…何も起きない時点では思いっ切り楽しんでいた事は確かです…邪魔するのも躊躇われるとは、そのお気遣いにはきっと穣太郎も喜んでいる事でしょう(笑)
ちなみに、誠名の言ってました『あいつ』は確かに、彼女の事も含まれておりました。ですがひとりではなかったんですね。会長曰く。
それと…食べ物絡みな話になるのは…皆さん基本技なんでしょうかね(笑)
今回、あまり積極的な方がいらっしゃらなかったので、野生児の捕獲に関してはかなりのほほんな展開になりました。
…お食事中に至っては…そこに居るのに捕まえる事を忘れているような感さえあります(おい)
とかやってはみたんですが…結局、何だかノベルの半分(以上?)がプレイング無関係っぽくなってますね…(汗)。いえ、オープニングや発注窓口に置いた幻影学園奇譚用NPC設定でひっそり撒いた伏線を消化しようとしたらこんな感じになりまして…。
その場合はPC様のデータや過去あった出来事から考えて、こんな時はこう立ち回るだろうとか、やりそうな事柄、気付きそうな話…を書かせて頂いたつもりなのですが…如何だったでしょうか。
ちなみに、個別ノベルは共通ノベルの続きと言うか後日談です。
皆さんそれぞれに様々な見解をしてもらってますので、他の方のも是非どうぞ。
最低でも対価分は楽しんで頂ければ幸いです。
では。
深海残月 拝
(…現在、最近異様に肥大気味になりつつあるライター通信のダイエット努力中)
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