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眠るなら蒼い月の下で
中天に浮かぶ月。
気付いてみれば、常にある姿。
…この『神聖都学園』に。
今が昼間でない事はつい最近、知った事。
それでも、構わないとごくごく自然に思えているから今もまだここに居る。
淡い月明かりに照らされて、今日もまた『登校』する。
そこに至る薄い闇は、誰もが通る道。
■
「…で、こうなる、訳ですか」
ふむ、と頷いて見せるセレスティ・カーニンガム。場所は風紀委員詰所のひとつ、今は学園祭の真っ最中。昨日の恐怖など忘れたかのような賑々しい空気が溢れている。時折――でもなくちょくちょく助けを求める人が来る中、セレスティもついでに応援がてら助力を請う人々に応対していた。
そして、来訪者が途絶え、やっと一息吐けた頃の事。
セレスティは詰所で待機中だった――つまりずっと一緒に、助けを請う人々を事件の程度や性質によって適確に捌いていた――繭神陽一郎と話している。
「…こんなところでわざわざ我々に付き合う事もないんですよ。時間は残り少ないのですから」
あの状況を知りながら、今日もまたこの場に現れる事が叶う…その時点で貴方は、この場で楽しめる資格を有しているんですから。
「君の事など放っておいて最後の学園祭を楽しめと?」
「…ええ」
「私は君を見ているのも楽しいと思っているんですが」
「…わたしが面白い人間に見えますか」
やや呆れたように繭神はセレスティを見る。
セレスティは柔らかく首肯した。その優雅な仕草は先程から同様で、繭神は調子を狂わされっぱなしになっている。…そもそも、事が起きなければ避けられるのが普通だろう風紀委員の詰所にわざわざ入り浸るような輩は全然想定していない。どうも上手く追い払えない。
否、応対の手伝いまで手際良くしてもらっている以上別に邪魔でもないので――特に追い払う必要も無い事は無いのだが。
ただ、繭神にしてみると、どうもセレスティがこの場に居る事に困惑を覚えてしまう事は確かである。
「…好きにして下さい」
「では、お言葉に甘えて、ここに居させて頂きますね」
「…」
「ところで…」
「はい」
「昨日エマ君が君に訊いた事、私なりに思うところがあるのですが…お話しても構いませんか」
「…何です」
「まずは仮定の話からしましょう。…もし君の『役目』が無かったとしたら、君は詠子嬢の事をどう思うでしょうか」
「…カーニンガム、先輩?」
「的を得ていたように思えるんですよ。エマ君が言っていたお話がね」
どうしてそれ程詠子嬢に譲歩しているのか――何の事はない、端から君は詠子嬢の人格を認めていたんですね。…詠子嬢当人はそうは思っていなかったようですが。それと、すぐに再封印をしなかった理由――それは君自身が今の詠子嬢を見ていたかったから…なんじゃないですか。
…けれど立場上、そんな事は有り得ないだろうと自分で思い込んでいた。
だから今まで、自身で気付けないその思いの狭間で――あれ程に張り詰めた辛そうな態度を取っていたのかと思うのですが。…事実今の君は、昨日起きたあの件以前よりも、幾分穏やかになっているように思えるのですけれど。
…それに、憎しみは愛情の裏返しとも言われますしね。
セレスティは悪戯っぽくそう付け加える。
と、繭神は嫌そうに顔を顰めた。
「…妙な分析をしないで下さい。そもそもわたしは彼女を憎んでもいない。そんな『感情』とは無縁の、必然があるだけの間柄に過ぎません」
「そうですか? でも今私が話した事を前提にするなら、誰が『死にたかった』のか、わかる気がするんですけども」
続けられた言葉に、いよいよ訝しげにセレスティを見る繭神。
「…どう言う意味ですか」
「以前小耳に挟みました誠名君の比喩です。月の光を不用意に浴びて眠ると死ぬ、と言う俗説を引き合いに出していました。『その話を借りて言うなら、『あいつ』は本心では『死にたい』のかもしれないな』。誠名君がそう言っていた事があるんです」
「…らしいですね」
「月の光を不用意に浴びて眠ると、と言う俗説は…狂気に至ったり妊娠したりと色々ありますが、特に『死ぬ』、と言う事を持ち出したのにも意味があると思えました。死ぬ…狂気とは逆に、静の方向になりますね。勿論そのままの意味、と言う事もありますが、『借りて言うなら』…とも言っていたんですよ。即ちそのままの意味を聞かせたかったとも限らない…そのままで無い場合は…死ぬ…と言う言葉は…眠る…穏やかなまま捕らわれていたい…とでも言う事にでもなるでしょうか。月の光を浴びて…この場所は月の光の妙なる力で出来ている…ああ、難しく考えなくても月の光の時点で詠子嬢が連想出来ますね? …となると詠子嬢は捕らえる方になる…では、『それ』に捕らわれていたいのは…」
「…ちょっと待って下さいよ」
平然と――だが、何処かほんの僅かだけ――慌てた様子で話を遮り、俯く繭神。
そんな姿を見、セレスティは微笑み掛けた。
「やはり、素直に感情を表す事を、知らないようですね」
「…確かに、わたしは並の人よりも物を知らないでしょう。幼い頃から役目を果たす事だけを教え込まれ、その為だけに生きてきたのですから」
そこまで言うと、繭神は逃げるように椅子から立つ。
「繭神君、どちらへ?」
「…巡回ですよ」
それだけを言い置き、繭神は詰所を後にする。振り返りもしない――セレスティの顔を見ない。
セレスティは去る背中を目で追ってから、すぐ側で、自分と同じ状況で繭神を見ていた筈の近場に居た風紀委員に問うてみる。
「今、顔が赤くなってらっしゃいませんでしたか? ひょっとして」
「…会長がですか?」
意外通り越して有り得ないとでも言いたげな顔で風紀委員の彼は返す。…その風紀委員、昨日1−C前で『殺され』ていたのを目撃したあの風紀委員と同じ顔。即ち、繭神の使い魔――式神の風紀委員。どうやらこの彼は、本当にこの場で風紀委員として活動するだけの能力のみを与えられているらしく、それ以上は繭神の足りない手、それだけの利用価値らしい。…式神とは言え異能は特に持ち合わせていない様子だ。
ともあれ、同席しているのが色々と隠す必要のない相手と言うのは、気遣わずに済むので有難い。
そこに。
詰所の外から、中を確かめようと言うのかひょっこりと顔が覗いた。
「よー、繭神が今妙に小難しい顔して出てったけどどうした――ってありゃ、セレスの兄さん」
「…あ」
気軽に顔を覗かせた真咲誠名の後ろ、偶然か、連れ立って居たのは月神詠子。
セレスティの存在を認めるなり、少し気まずげに、遠慮がちに声を上げている。
が、セレスティは気にしない。
「御二人とも、ようこそいらっしゃいました。…って私もここの者じゃないんですけど」
小さく笑いつつ、そう告げる。
「お茶でも一服如何です?」
「お、貰うか。…な、月神?」
「…え、」
あっさり受ける誠名に、途惑う詠子。
「でも…」
「まま、お気になさらず。詠子嬢にとっては私では足りないかもしれませんが、埋め合わせはしてあげないとと思っていたところなんですよ」
「埋め合わせって」
「昨日の『彼』が君の事などどうでもいいと思っている、と言った事のですよ」
君に流されないで欲しくてああ言ったんですが…あれっきり放っておくのも酷ですもんね。
まぁ、繭神君がいらっしゃる以上、もう構わない事なのかもしれませんが。
「と、言う訳で取り敢えずこれだけはお伝えしておきますね。…私は君の事が怖いとは思いませんよ? 今でも」
「…セレスティ」
呟くように儚い声が返る。
と、そこにわざとらしい咳払い。
一拍置いて注目を集める。咳払いをしたのは件の風紀委員。
「…他ならぬ風紀委員の前で何晒すつもりですかカーニンガムさん誠名さん月神さん」
お茶でも一服ってのはなんですか。まったく。…そもそも生徒の規範にならねばならない風紀委員の詰所でのんびり羽を伸ばそうって考えはどうかと。
「んなカタい事言うなって。お前らは究極的には月神が大人しくしてりゃ文句はねェんだろ」
「…きっちりと学園の体裁を取っている事も言わば彼女の意向なんですけどね?」
「となるとまずは詠子嬢に伺うべきでしょうか。ここでお茶を飲んでいてはまずいでしょうかね?」
言葉尻を取り上げセレスティは詠子に問う。にこやかに微笑む彼のその手には既に紙コップが装備され。
…結局、負けたのは風紀委員の彼の方。
…詰所の片隅が俄かにティータイム中になる。
渋い顔の風紀委員も一応、納得済みの事。
「実は繭神――つかお前らにも伝えとかなきゃって事があったんで来たんだが。つー訳でお前も聞いてろよ?」
と、セレスティに詠子だけで無く、渋い顔の風紀委員にも呼ばわる誠名。
「何ですか」
「『破壊者』は完全に手を引いたから安心しろ、ってな。それだけ伝えりゃわかるかなってね」
「――それは」
訝しげに眉を顰める風紀委員。
「やはり『彼』だったんですね」
すぅと目を細めるセレスティ。
「…気付いてたか」
「途中から、薄々でしたがね。神山君に第三者の存在が示唆されたんですよ。それに…誠名君と詠子嬢の両方と近しい感じがある闇に近いもの…と言われた上に、今君の口から『破壊者』と伺ったなら確実でしょう」
有り得なくも無いかと思ってましたよ。
と、セレスティが言った途端。
「…って、『彼』って…『あいつ』の事!?」
詠子が弾かれたように誠名を見る。
誠名は静かに頷いた。
「お前は一番近寄っちゃマズい相手だよ。そりゃ、お前にゃ優しかったかもしれないがね。…俺は月神を『向こう側』に送りたくねえしあの野郎当人以外はきっと皆そう思ってる事忘れんなよ? 勿論、繭神もな」
「…『向こう側』」
「詠子嬢」
ぽつりと呟く詠子に、セレスティは呼び掛ける。
「人を殺したくは無いんでしょう?」
「当たり前っ! だって、殺したら…殺すなんて、やったら…みんな怖がる…遊べない…仲良く出来ない…」
「でしたら、『向こう側』に興味を抱く必要はありませんよ」
「そうなの?」
「ええ」
安心させるよう、詠子に微笑み掛けるセレスティ。そうなんだ、ともう一度受け答え、詠子は渡されていた紙コップに口を付けた。そんな中でもまた、ちら、とセレスティを窺っている。
誠名は豪快に紙コップの中身を呷っていた。
「ま、そう言うこった。つまりこっちの用は済んだんでね。もう、お前さんたちの事に横槍は入れねえよ」
気懸かりだった繭神の事も、昨日、こっちが上でばたついてる時に何とかなったみたいだしな。
「…誠名君、『あの中』に居たんですか」
「あー、そこんとこァ企業秘密って事にしてくれ。ま、そりゃどっちでも良いんだ。それより…」
「…残っているのは、九月三十日の件だけになりますか」
「そゆこと。今となっちゃァ、俺が口出しする筋合いのこっちゃねえがな」
「私はひとつ言っておきたい事が出来ました。余計な事なのかもしれませんがね」
「?」
「感情が…人格が芽生えた、その時点で…兵器でも何でもない、何者にも変えられない君自身がそこに居ると言う事を、忘れないで欲しいんですよ」
詠子嬢に。
「…言えてるな」
誠名もその科白に、にやりと笑う。
ふたりのその態度に、詠子は途惑う。
自分の事――月詠の事。
彼らは『知っている』のに、本当に、詠子を認めている。
…それが、嬉しくて。
すぐに、素直な微笑みを返す事も、できないくらい。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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■整理番号/PC名/性別/神聖都学園在籍クラス
■1883/セレスティ・カーニンガム/男子/3−A
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ライター通信
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いつもお世話になっております。
今回も発注有難う御座いました。
…相変わらずお渡しが遅かったりノベルが長かったり…特に今回は難解?だったりもしております。
ちなみに穣太郎の行動は日常茶飯事でした。とは言え頭っからこの異界と言う特殊な環境に居るのは確かな訳ですので…気に留まられた点は当たらずとも遠からずと言ったところです。
また、提示された欠片に関する考えの中に当たりがありました☆
それと…食べ物絡みな話になるのは…皆さん基本技なんでしょうかね(笑)
今回、あまり積極的な方がいらっしゃらなかったので、野生児の捕獲に関してはかなりのほほんな展開になりました。
…お食事中に至っては…そこに居るのに捕まえる事を忘れているような感さえあります(おい)
とかやってはみたんですが…結局、何だかノベルの半分(以上?)がプレイング無関係っぽくなってますね…(汗)。いえ、オープニングや発注窓口に置いた幻影学園奇譚用NPC設定でひっそり撒いた伏線を消化しようとしたらこんな感じになりまして…。
その場合はPC様のデータや過去あった出来事から考えて、こんな時はこう立ち回るだろうとか、やりそうな事柄、気付きそうな話…を書かせて頂いたつもりなのですが…如何だったでしょうか。
ちなみに、個別ノベルは共通ノベルの続きと言うか後日談です。
皆さんそれぞれに様々な見解をしてもらってますので、他の方のも是非どうぞ。
最低でも対価分は楽しんで頂ければ幸いです。
では。
深海残月 拝
(…現在、最近異様に肥大気味になりつつあるライター通信のダイエット努力中)
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