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眠るなら蒼い月の下で
中天に浮かぶ月。
気付いてみれば、常にある姿。
…この『神聖都学園』に。
今が昼間でない事はつい最近、知った事。
それでも、構わないとごくごく自然に思えているから今もまだここに居る。
淡い月明かりに照らされて、今日もまた『登校』する。
そこに至る薄い闇は、誰もが通る道。
■
…柔らかな喧騒。1−C教室。廊下では人々が通り過ぎる。学園祭の喧騒は変わらない。昨日あった事など忘れたような顔で皆が皆そこに居る。お昼時。休憩時間。食事中、もしくはその後。
時代がかったカットの長い黒髪、私服の女子生徒とブレザー夏服の男子生徒がお弁当を前に戯れている。
月神詠子と真咲穣太郎。
…今の穣太郎の右腕に、昨日の怪我の痕跡は、無い。
「ずるいずるいずるいっ」
「へへーん、早い者勝ち♪」
「唐揚げ返せえーこっ」
「だーめだよっ。もう食べちゃったもんねー」
にしし、と得意げに笑い、詠子は別の物を口に運んでいる。
ぶー、と穣太郎はむくれていて。
…どうやら、穣太郎が後で食べようと別に取って置いた唐揚げを詠子がちゃっかり横取りした…と言う事らしい。
やや賑やかではあるが平和なお弁当タイム。
ふたりのやりとり、その様子を、綾和泉汐耶と真咲御言が黙って見守っている。
黙っている理由――それは、昨日の事があるから。
やがて、御言の方がぽつりと口を開く。
「…穣太郎は初めから気付いていた。あの欠片と月神が深く関係ある事はな」
「真咲先輩、穣太郎君が逃げ回ってる理由を知ってたんですね」
「いや、そこら中を飛び回ってたのは単にあいつの趣味だ。つまり学祭の準備の時から俺があいつを捜していたのは本当さ。…まぁ、事前に風紀委員のところにわざわざ捜索願を出して繭神に知らせたり、あいつが勝手に各所を飛び回るだろう行動を――利用していたところはあるがね」
繭神が欠片を集めている。だからこそ俺は欠片を渡さなかった。俺が把握出来る一番安全な欠片の保管場所――それが穣太郎の手許だったから。穣太郎が持っているなら――繭神も手を出せない。
わざと、繭神の手の届かないところに置いたんだ。
「…どうして、真咲先輩が」
そんな事を。
「あの時の繭神に、月神だけしか見えない状況にはさせたくなかった」
だから邪魔をした。
俺が邪魔をしていると知らせた上で、俺の姿はなるべく見せないようにしていただけだ。
その方が――思い通りにならない方が、苛立ちでも何でも、月神以外の別のところにも目が向くだろう?
「ずっと、兄貴が気にしていたからな」
自滅に向かいそうだったあいつを。
自分を、自分のものに出来ていない――自分など無くて良いと考えているあいつを。
「繭神の――あいつの一族の所有物であるなら、欠片は初めから全部渡すつもりではいた。でもな」
あの時点で、ただ渡す気にはなれなかった。
繭神も月神も精神的に相当追い詰められてたろ。あんな状況のままで欠片を全部渡して…誰かさんの余計な横槍に騙されて約束の期日を待たずに月詠の再封印とやらが早々にされてしまっていたとしたら――正直後味悪いだろ。
それに、誰の心も救われない。
「兄貴だけじゃない。俺も見ていて痛々しくってね」
こちらも勝手に兄貴の酔狂に便乗したって訳だ。
「…穣太郎も恐らく察してたさ」
特に穣太郎は、月神の事を気に入っていたし。
そう言いながら御言はお弁当を突付き合っているふたりをちらと見る。つい先程、唐揚げを巡って対立していたと思ったのにもう詠子と穣太郎は和気藹々と話をしている。声を上げ笑い合う姿まで見て、思わずと言ったような笑みが零れていた。御言の視線を追ってふたりを見ると汐耶もくすりと笑う。…期限付きの短い時間。月詠――本性は破壊と殺戮の為の力故に残虐。そう知らされても目の前の彼女の姿はやっぱり微笑ましい。…と言うかそもそも、月神さんのみならず穣太郎君もああ見えて結構危険な人間でもあるし、と汐耶は普段忘れがちな事を思い出す。
そこに、あそうだ忘れてた、とばかりに穣太郎がポケットから手製らしいペンダントを無造作に取り出す。尖った天然石のペンダントトップ――淡い、月の光を集めた結晶のような…。
「これ、えーこにあげる」
衒い無くはい、と差し出されたそれを見て、詠子は硬直している。
汐耶も瞠目した。
「! …それって」
穴を開けて紐を通してあり、首から下げられるような形に細工してあるその石は――紛う事無く要石の欠片。
昨日ので、すべて繭神に手渡したのでは無かったのか。
驚く詠子と汐耶に対し、この事は承知していたのか御言が静かに告げる。
「…月神に渡す気でいたからな、ずっと」
穣太郎は。
「――ボク、に?」
なんで?
困惑気味に御言を見る詠子。
と、その隙に穣太郎がひょいっと詠子の首にそれを掛けた。
「――っ」
詠子は思わず息を呑む。
…が、別にそれで何が起こるでもない。
封印される訳でもない。
詠子の自我が侵される訳でもない。
…要石の欠片。
詠子にとっては――凄く、こわいもの。
…なのだが。
勝手に詠子の首にそのペンダント――欠片を引っ掛けた穣太郎は、うん、と満足そうに頷く。
「おんなじひかり、すごくきれい」
えーこと。
停止していた詠子は、我に返るなり反射的にその欠片のペンダントを引き千切ろうとする。…が、ふとその手を止めると、こわごわとだが石の部分を手に取り、見る。
自分を封印する媒体。
だけど。
…『おんなじひかり』。
ボク、と?
縋るような月色の視線が穣太郎に移動する。
穣太郎は力付けるように、頷いた。
詠子はそんな穣太郎を見てから、再び欠片に目を落とす。
今度は、何か違うものを見出そうとしているようでもあって。
…そんな姿を見ていた汐耶は、漠然と考える。
確かに、穣太郎君の言う通りなのかも知れない。
ただ、そこに在るだけなら、要石の力も月詠の力も、同じ光――『同じ力』なのかもしれない。
要石と月詠の違いはただ、力の方向性が違っているだけ――人為的に変えてあるだけで。
そんな気もする。
…封印の力、それは私にもある。
だからこそ思う。
昨日知った話、それは本当に仕方の無い事なのか、と。
永い間封印を続け、考えが頑なになってしまっただけなのでは無いかと。
繭神先輩は月詠を封印する事だけしか出来ないと言っていた。でもならばこそ、何か別の道は無いのか。
例えば。
…月詠に対して、条件付きの封印は不可能なのか。
封じる、それだけでも強大な力。むしろただ対象を滅ぼすよりも、余程技術が要される事もある力。
私はそう知っている。
それは規模は全然違うのかもしれない。方法も、私なんかには及びも付かない物なのかもしれない。けれど私も――封印の能力が暴走し掛けた事があるから。その時は、色々な手を借りて、自分なりに覚悟して制約を付けて…今は、何とか出来ている。
違う形に、出来ている。
…あれ?
ふと気付く唐突な違和感。
それはいつの事だったか――どのくらい前の事だったか、はっきりしない。
と、そこまで考えたところで、これは夢の中だったんだっけ、と思い出す。
でも、この異界を壊したくは無いから。
居られる間はまだ居たいから――無視しておこう。
そう決めてから、汐耶は詠子に目をやる。頼り無さげな表情と目が合った。
安心させるつもりで、微笑んで見せる。
「穣太郎君もプレゼントなんてやるじゃない?」
「へへっ」
照れたように笑う穣太郎。
「ねぇ月神さん、そのやり方、繭神先輩に進言してみる価値あるんじゃないかしら」
「…そのやり方って」
「封印するものとされるものの元が同じ光だって言うなら、やり方によっては…それで中和出来ないかしら」
何らかの方法で…月神さんの封じておきたいところだけ封印しておく事とか、できないかしら?
無責任な思い付きだけど。
「…!」
詠子は驚き声を失う。
…封じておきたいところだけ。
それはつまり、ほんの僅かながらも――まだ、『続けられる』かもしれないと言う希望。
汐耶が告げたのは、そう言う事。
「俺や穣太郎の思惑も同じだよ」
「…真咲先輩」
「あんな話を聞かされて…あんな姿まで見せられるとな、逆に最後――ぎりぎりまで足掻いてみたくなる」
部外者だからこそ、な。
だからこそ、思い付く事だってある。
抜け道を――逃げ道を探してやりたくもなるだろう?
今ここに居る月神は、誰かに害を為している訳か? 違うだろう?
「…『要石のお守り』なら頼り甲斐あるとは思わないか?」
欠片がひとつだけ足りない事は繭神も気付いているだろう。その足りない残りのひとつを、月神が――月詠当人が持っていれば、すぐに気付かれるに違いない。
けれど。
その石で封印される筈の月神当人が、破壊しようともしないで、首に下げて持っている。
…その事で、繭神も何か別の道を考えられはしないだろうか。
難しい…と言うより、恐らく無理だろうとは思っても。
試してみる気にはならないだろうか。
「穣太郎は『同じ光』だとずっと言っている」
要石の欠片と、月神の事を。
…こいつの勘と言うか――この手の嗅覚は並じゃないんだが。
「最後には繭神に任せるしか無いんだろうが、それまでに…可能性の提示くらい幾らでもしてやって良い筈だ」
そう簡単に、潔くなんぞしなくて良い。
わざわざ、往生際と――諦めや逃げを取り違える事もないだろうよ。
「そうよね」
事実今、それは不安定な状態なのかも知れないけど…月神さん、こうやってられる訳だしね。
「…ん」
何処か茫然と頬を紅潮させ、詠子はこくりと頷く。
言われた事で、首に掛けられた石の意味が変わって来る。
穣太郎に掛けられたその欠片を、詠子は大切そうに、緩く握った。
認められない、その可能性が高くても。
でも。
こんな風に、考えてくれる人が居る。
どれだけ低くても可能性がある、って。
もしそうなら――ぎりぎりまで、縋ってみたい。
「…こんな事は甘い考えなのかもしれませんが。ですがたまには――そう言う甘さも通って欲しい時が、あるとは思えませんか」
唐突に。
今までとはがらりと違う、けれどひどくしっくり来る口調で発された、声。
汐耶はその事――そう思った事に驚いて、御言の顔を見る。
が。
それを言った筈の人は、今はもう何も言わずに、詠子と穣太郎の姿を、ただ、見守っていて。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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■整理番号/PC名/性別/神聖都学園在籍クラス
■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女子/1−C
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ライター通信
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いつもお世話になっております。
今回も発注有難う御座いました。
…相変わらずお渡しが遅かったりノベルが長かったり…特に今回は難解?だったりもしております。
はい。お察しの通りかも知れません(笑)
…穣太郎のクラスは狙いました(おい)
普段から餌付けとは…きっと穣太郎は大変御世話になっていたんでしょうね…(笑)。と言う訳でそんな感じになっちゃってます。お弁当も突付かせて頂きました。ところで今回は皆さん、何らかの形で食べ物絡みに持ち込まれておりました(笑)
今回、あまり積極的な方がいらっしゃらなかったので、野生児の捕獲に関してはかなりのほほんな展開になりました。
…お食事中に至っては…そこに居るのに捕まえる事を忘れているような感さえあります(おい)
とかやってはみたんですが…結局、何だかノベルの半分(以上?)がプレイング無関係っぽくなってますね…(汗)。いえ、オープニングや発注窓口に置いた幻影学園奇譚用NPC設定でひっそり撒いた伏線を消化しようとしたらこんな感じになりまして…。
その場合はPC様のデータや過去あった出来事から考えて、こんな時はこう立ち回るだろうとか、やりそうな事柄、気付きそうな話…を書かせて頂いたつもりなのですが…如何だったでしょうか。
ちなみに、個別ノベルは共通ノベルの続きと言うか後日談です。
皆さんそれぞれに様々な見解をしてもらってますので、他の方のも是非どうぞ。
最低でも対価分は楽しんで頂ければ幸いです。
では。
深海残月 拝
(…現在、最近異様に肥大気味になりつつあるライター通信のダイエット努力中)
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