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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


SWINGU&スウィング

『おやおや‥』
月影から覗く好奇心。
小さく優しい恋心があそこで歌っている。

あの時、ほんの少しだけ感じたもやもや‥
私の醜い‥心
誰が知らなくても、心が知ってる。そして、音が‥知ってる。

『‥っと! どうだ』
『参りました。頑張ってください』

「ん? どうかしたのか? 日和?」
「ううん、何でもない‥」
後夜祭のフォークダンス、その演奏の手伝いをすることになった月島・日和は、そう言って首を振ると譜面を捲った。
(「どうしたのかしら‥何かしら? このもやもや‥」)
特に何かがあったわけではない、ただ、羽角・悠宇が後輩の女の子と笑い合っただけ。
それだけなのに‥
(何で私‥こんなに変な気分になってるの? 何でもないのに‥)
何でもない、日和はずっと自分にそう言い聞かせ続けていた。
実際、何でもない。
目の前の楽譜、耳元の音。
それに夢中になっているうちにいつの間にかもやもやは、どこかに行ってしまった。
この事は、もう終わり。そう‥信じて。

後夜祭の会場は人の海だった。
人の多いところがあまり得意ではないが、プロの演奏家を目指すものとしてこれくらいで緊張してもいられない。
ピアノを担当するみあおの指が鍵盤を軽く叩く。
「と、とにかく演奏しましょ。1・2・3〜〜♪」
日和も愛用のチェロの弦を合わせた。もう身体の一部のような、手足のようなものなのに‥
「♪〜 あ、いけない‥」
ほんの少し、音が揺れた。でも、大丈夫。
誰も気が付いてない無いはず。
でも、たった一人だけ、気が付いたものがいる。
プロでもわからないかもしれない、かすかな音に‥気付いたたった一人が‥。

拍手と、賛辞はいつの時代でも演奏家の心を振るわせる。
溢れる拍手が臨時バンド『すうぃんぐボーイズ&ガールズ』の演奏が終わった時、日和の心にあったのは充実感だけだった。
「ステキな演奏をありがとうございました。本当にステキでした」
「「「ありがとうございました!」」」
吹奏楽部部長のお辞儀と、部員達からも感謝の言葉。日和は慌てて弓を置いて立ち上がる。
「こちらこそ、ありがとうございました。です。ステキな経験をさせて頂きました」
「後は、また私たちにお任せください。後夜祭を皆さんにも楽しんで頂きたいですから」
彼女達は演奏の用意を始める。なら、自分の仕事は終わり。
日和は弓をチェロのケースへとしまった。思いの他楽しかった時間にほんの少しの後ろ髪を感じながら微笑む。
「なら、後はよろしくお願いしますね。私たちも、フォークダンスに‥?」
それは、チェロのケースを閉じたとほぼ同時だったろうか‥?
ぐいっ!
自分の手を引く力に日和は顔を上げた。
「って、ちょっと‥悠宇?」
「お疲れ様でしたあ? 羽角先輩、どこにいくんですかあ?」
日和の声にも、後輩の質問にも彼は答えなかった。ただ、手を引く力は痛くもなければ、不快でもない。
「あ、あの‥失礼します。悠宇、待ってったら!」
抵抗する気も無かった日和はそれでも礼儀正しく引きずられていく前に、小さくお辞儀をする。それが精一杯。
だから。そんな二人の様子を見守った仲間たちが
「青春だねえ」
小さく呟いたのを、彼も、彼女も知る由も無かった。

彼が、その手を離したのは小さな広場だった。
昼間は露天や出し物で活気に溢れていたが、今は誰もいない。
後夜祭の雑踏と音楽が遠くにかすかに聞こえる場所で、やっと二人は、二人きりで向かい合った。
「どうしてこんなところに? フォークダンス、やりたかったのに」
日和は、少しだけ拗ねたフリをしていた。だが、悠宇は制服のポケットに手を入れたまま答えない。
くるり、背を向けると顔を見せないまま、音楽よりも小さな声で呟いた。
「‥いいのか‥よ」
「え? 何? 悠宇?」
素で聞こえなかった日和の聞き返しの言葉に、悠宇の身体は急に180度転換した。
「日和は俺以外と踊りたいのかって聞いたんだよ。俺はイヤだ! 日和以外の女の子と踊るのも、日和が俺以外の男と踊るのも!」
目の前の少年が、最大級の勇気を出して、その言葉を口にした事を日和は感じた。
たった一つの街路灯以外ない場所なのに彼の顔が、真っ赤に染まっているのが解る。
そして‥もう一つ、解ったことがあった。
さっきの、もやもやの正体だ。
(「同じだったのね。私たち‥」)
日和は、前に立つ身体に手を伸ばした。そして、細いがしっかりとした胸に自分の顔を、そっと、埋めたのだった。
「日和‥怒ってるのか?」
悠宇の顔が、自分を見つめている事を知り日和は顔を上げた。
下げた目線と、上げた目線が交差し、そしてお互いの頬を焼く。
「私も‥イヤ。悠宇が他の子と笑い合ってるの見るのも、他の誰かの為に楽器を弾くもの。もちろん、踊るのも‥」
こんなの、我が儘かもしれないけれど‥ そう続けた日和の言葉に、悠宇はぶんぶんと首を振った。
「そんなことない! 我が儘なんかじゃない! ただ、俺は‥日和が‥ !」
振られた首を押さえた手が、悠宇の口を一本指で塞ぐ。
「言わなくて、大丈夫。私も、同じだから。ね?」
そう言って微笑んだ顔に、否定の言葉は返らなかった。良かった。と微笑む日和の手をまた強い手が掴むとくるりと回らせた。
360度回って、もう一度向かい合った日和に、悠宇は恭しく右手を胸に当ててお辞儀をした。
「俺と、踊っていただけませんか?」
彼には珍しい、まるで王子のようなエスコートに、日和はにっこりと微笑むとスカートのプリーツを持って軽くお辞儀をして答える。
遠くから聞こえるオクラホマミキサー。
あこがれのあの人と、手を繋いで踊るドキドキ。そんなのとは少し違うけれど、それよりもずっと幸せ。
舞踏会のようにはいかないが、二人だけのダンスパーティは、パートナーチェンジ無しでいつまでも続いた。

「なあ、日和?」
「なあに?」
「何か、悩んでなかったか?」
「? どうして?」
「なんか、いつもとチェロの音が違ってたからさ」

(「音楽って、不思議ね。自分が気が付かない心さえも、紡ぎだしてしまうんですもの。だから‥大好き♪」)

『や〜れ、やれ。青春してるねえ』
小さく指がなる。
少し、音が大きく、光が強くなったように二人は感じる。

心が踊る。SWING
身体が踊る。スィング
見つめているのは、月? それとも‥

ラストダンスが終わるまで、二人は躍り続けていた。

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■ 登場人物 ■
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【 3524/初瀬・日和   /女性 /16歳  /高校生 /2−A】