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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


SWINGU&スウィング

「うわっち!」
突然悲鳴をあげたクラスメートを、同級生の少女が心配そうに見つめる。
「大丈夫? 羽角くん?」
「大丈夫、ちょっと指を打っただけだ。で、さっきの話本当なのか?」
羽角・悠宇は指を軽く吹きながら同級生に問いかけた。
学園祭の準備中に、他の事に気をとられて金槌で指を打ちかけたのは自分のせい。
だが、そんなことよりも、さっきの話のほうが気になる。
「フォークダンス? そんなもんがあるのか?」
「うん、そうだよ。後夜祭のフォークダンス。ステキだよねえ。篝火を囲んでよっぴいて踊るの」
うっとりと語る少女の言葉は、半分は悠宇の耳には入っていない。
(「フォークダンスってことは、男と女で手を繋いで踊るってことだよな‥日和が‥」)
ぶつぶつと、呟き続けている。あ、そうだ‥と言葉が続けられるまでは。
「後夜祭には伝説があってね。ファーストダンスを踊った相手に告ってOK貰うと末永く幸せになれるっていうの」
「何!」
「そう、だからね‥って羽角くん?」
明らかに目の色が変わった悠宇はさらに深く思考の海に没頭する。もう誰の声も聞こえない。
「‥だから‥、やっぱり‥ 日和に‥(ぶつぶつぶつぶつ)」
少女は悠宇の目の前で手を振るが、反応が無いのに気が付いて小さく、そして深い息をついた。
この分では、ファーストダンスの申し込みは無理そうだ。

そんなことがあったので、悠宇は内心ホッとしていた。
「あのね‥これ‥やってみたいの」
「へえ、いいんじゃない?」
日和が後夜祭の楽器演奏ボランティアに参加する。と言い出した時、もう無条件で賛成した。
自分も手伝うからと、後押しもした。
(「フォークダンスは嫌いじゃないが、日和がいるのに他の女の子と手をつなぐのはちょっと抵抗があるしな、なによりも日和が他の奴と手をつないで踊るかもなんて思ったら」)
「やっぱり面白くない。うん、だから、これはとてもいいことだ」
「何ぶつぶつ言ってるの? 悠宇」
先を歩いていた日和が止めなかったら、吹奏楽部の部室棟の扉に頭をぶつけていただろう。ハッと気が付いてなんでもない、と手を振る。
「ここか? 早く入ろうぜ?」
悠宇は先行して扉を開けてやる。そこにはもう、数人の生徒達が集まっていた。
既にマネージャーのように働いている少女もいた。
同じ気持ちを持って集まった仲間たちとあっという間に意気投合する日和に対して悠宇はやや手持ち無沙汰だった。
「結構人数少ないんだな‥」
(「しかも女ばっかり」)
「そうですね、やっぱり、皆さんもいろいろ御用がおありみたいですし‥申しわけありません」
「悠宇! ‥いいんですよ。お気持ち解りますもの」
すまなそうに頭を下げる吹奏楽部長の顔を見て、日和は悠宇をキッと睨みつける。
(「やばっ!」)
それさえも少女達には話題の肴になる。
「青春だねえ」
「まあまあ、人数の問題じゃなくて、気持ちの問題ですよ。こういうのは‥初瀬先輩と一緒に踊れなくて、残念なのかもしれませんけど」
「ちょっと待てよ。俺は日和とフォークダンスを踊りたいわけじゃ無くてなあ‥ こら、聞いてるのか?」
もちろん、彼女たちは聞いていない。楽しそうに歓談をする少女達を見て、悠宇は覚悟を決めた。
このままボーっとしていたら完全に遊ばれる。‥久しぶりにやるか、と。
「何です? 羽角先輩」
「楽譜! 俺にも貸せよ。俺も手伝ってやる」
日和も、仲間たちも目を見張った。まさか、演奏に参加すると言い出すとは誰も思わなかったのだろう。
自分でも思わなかった。
だが‥、やってみれば結構楽しい。
ブルースハープは、結構人なつっこい楽器だったのだろう。
喜ばれるのも嬉しかった。
嫉妬とか、嫌な気分を忘れられる演奏に悠宇も結構ハマっていた。
ただ、一つ、気がかりな事を残して‥

「ふう‥お疲れ様でした」
日和の声に、悠宇はハッと我に返る。いつの間にか演奏が終わっていたのだ。
「後は、また私たちにお任せください。後夜祭を皆さんにも楽しんで頂きたいですから」
そう言って部長も部員たちも持ち場に戻っていく。
日和も嬉しそうに、でもどことなく寂しそうな微妙な笑顔で楽器をしまうと頭を下げた。
「なら、後はよろしくお願いしますね。私たちも、フォークダンスに‥」
弾ける様に悠宇は席を立った。ハーモニカをポケットにしまい、日和の手首を掴む。それは目にも留まらぬ早業だった。
「‥って、ちょっと、悠宇? あ、あの‥失礼します。悠宇、待ってったら‥!」
挨拶もしないで出てきたのは失礼だったかもしれない、とちょっと思いが頭を掠める。
だが、どうでもいいことだった。投げられたペットボトルのドリンクを右手に、日和を左手に彼はどちらも放さず歩き続けていた。


悠宇は校舎前の広場で手を放した。
夜の校舎に人気は無く、誰もいない。
後夜祭の雑踏と音楽が遠くにかすかに聞こえる。そこで、やっと二人っきりになったのだ。
「どうしてこんなところに? フォークダンス、やりたかったのに」
日和は、少しだけ頬を膨らませる。悠宇は日和の言葉に、小さく胸が痛んだ。
背中を向けて呟く。今の顔は見せられない
「‥いいのか‥よ」
「え? 何? 悠宇?」
日和の聞き返しの言葉に、悠宇の身体は急に180度転換した。
「日和は俺以外と踊りたいのかって聞いたんだよ。俺はイヤだ! 日和以外の女の子と踊るのも、日和が俺以外の男と踊るのも!」
(「俺は、日和みたいに待ってられない。直ぐに日和と踊りたいし、ずっと一緒にいたい」)
これは、告白だ。今更だけど、最大級の勇気を出して、その言葉を口にした事を悠宇は噛み締めていた。
顔が熱い‥。
(「でも、こう思ってるのは俺だけなのかな‥」)
「日和‥怒ってるのか?」
悠宇の目線が日和を見る。。
下げた目線と、上げた目線が交差し、そしてお互いの頬を焼く。
「私も‥イヤ。悠宇が他の子と笑い合ってるの見るのも、他の誰かの為に楽器を弾くもの。もちろん、踊るのも‥」
こんなの、我が儘かもしれないけれど‥ そう続けた日和の言葉に、悠宇はぶんぶんと首を振った。
「そんなことない! 我が儘なんかじゃない! ただ、俺は‥日和が‥ !」
悠宇の口を一本指が塞いだ。
「言わなくて、大丈夫。私も、同じだから。ね?」
そう言って微笑んだ日和に、悠宇は小さく頷いた。
ふと、クラスメートから聞いた後夜祭の伝説が頭をよぎる。コートを投げ捨てると、黒い翼を出した。真実の姿で、思いっきり丁寧に気障っぽく、似合わないとは解っているけれど、悠宇は日和の手をとって膝を折った。
「俺と、踊っていただけませんか?」
まるで王子のようなエスコートに、日和はにっこりと微笑むとスカートのプリーツを持って軽くお辞儀をして答える。
「喜んで‥」
遠くから聞こえるオクラホマミキサー。
(「やっぱり踊るんなら二人っきりのほうがいいな‥」)
舞踏会のようにはいかないが、二人だけのダンスパーティは、パートナーチェンジ無しでいつまでも続いた。

そういえば、と悠宇は気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、日和?」
「なあに?」
「何か、悩んでなかったか?」
「? どうして?」
「なんか、いつもとチェロの音が違ってたからさ」
日和は小さく、でも本当に嬉しそうに微笑んだ。
気になっていたことなど忘れる。
とても嬉しく、とても‥幸せだった。

『や〜れ、やれ。青春してるねえ』
指がなる音がした、かもしれない。
少し、音が大きく、光が強くなったように二人は感じる。

心が踊る。SWING
身体が踊る。スィング
見つめているのは月と、そして音楽と夜色の羽。

ラストダンスが終わるまで、二人は躍り続けていた。

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■ 登場人物 ■
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【 3525/羽角・悠宇   /男性 /16歳  /高校生 /2−B】