 |
SWINGU&スウィング
現実? それとも夢?
考えようとすると、心は揺れる。
でも‥今はそれいいと思える。
どんな時、どんな場所でも、自分は自分だから‥
廊下の張り紙にふと、綾和泉・汐耶は足を止めた。
「ふむ、演奏ボランティアですか?」
楽器を抱く少女の笑顔に、彼女は昔を思い出す。子供の頃自分もピアノをやっていたっけ。
その時はあんな顔をしていたのかもしれない。
得意とまでは行かなかったけれど、好きだったから。
「最近は、仕事が忙しくてピアノに触る暇も無かったですからね‥ってあれ? 私、高校生じゃないですか? 子供の頃? 仕事??」
たまにこういうことがある。最近とみに多い。
ただ、思い返してみれば夢の中で、自分は仕事を持つ社会人だったかもしれない。
夢の中で、自分は‥
頭をふって汐耶はその考えを振り切った。
今、自分はここにいる。そして、できることをするだけだ。どうであろうと、それは変わらない。
「いい思い出を作ってあげたいですしね」
微笑みながら、彼女は階段をゆっくりと降りていった。
「はい、こっちがオクラホマミキサーで、こっちはジェンカとマイムマイムです。これは頼まれた曲、ネットで捜してプリントアウトしてきました」
そう言うと彼女は仲間たちに、楽譜を配った。
すでに、一枚も欠けることなく人数分の楽譜が丁寧に閉じられている。
「ありがとうございます」
「ごくろうさま、仕事早いねえ」
演奏役のメンバーは褒めてくれるが、少人数なので直ぐに終わってしまう。
(「う〜ん、ボランティアとはいえ、人の集まり少ないですねえ、これでは‥」)
ピアノ希望の仲間がいたので、完全にマネージャーに徹することにしたものの、やはり、そこは少し寂しい。
だが、仲間たちはめげてはいない。ならば、自分はできることをするだけだ。
「結構人数少ないんだな」
そう呟いた少年の声にも暗さは無い。軽く、からかってみる。
「まあまあ、人数の問題じゃなくて、気持ちの問題ですよ。こういうのは‥初瀬先輩と一緒に踊れなくて、残念なのかもしれませんけど」
「ちょっと待てよ。俺は日和とフォークダンスを踊りたいわけじゃ無くてなあ‥ こら、聞いてるのか?」
顔を赤らめた少年は可愛い、と彼女は感じた。
年長者に可愛い、なんていうのも失礼かもしれないが、そう感じたのだ。
頭を掻きながら手を伸ばす仕草まで。
「楽譜!俺にも貸せよ。俺も手伝ってやる」
ブルースハープも加わって音楽は深みを増した。
差し入れ、手伝い、後片付け。
それら全てを一手に引き受け、ついでにちょっと演出なんかも考えて見たりして、汐耶は忙しく動き回っていた。
「あ、あと、これお願いしますね。バンドのタイトルと、放送原稿の方を決めていただきたいんですが‥」
「急ぎなんですか?」
「ええ、今すぐ‥」
「今、練習が佳境だから‥、勝手かもしれませんけど、‥ちょちょちょん、っと」
『では、ここで特別ゲストをご紹介しましょう。後夜祭の為に特別に組まれたスペシャルチーム『すうぃんぐボーイズ&ガールズ』。吹奏楽にはない楽しいセッションにご期待ください。では、どうぞ!!』
高らかに響き渡る声。キャンプファイアーを取り巻くみんなの視線と、どこから出てきたのか眩いスポットライトが彼らを照らし出す。
「うわぁ‥」
「な、なんか恥ずかしいです‥」
「と、とにかく演奏しましょ。1・2・3〜〜♪」
紡がれていく音楽。優しく甘い調べが人々を踊らせていく。
始まったら、後は彼女の仕事はない。
全てを仲間たちに託して、彼女はスッと光から遠ざかっっていった。
フォークダンスの輪からも、演奏の輪からも外れ、静かな場所で汐耶はそれを見つめていた。
月が照らし出す炎。そして音楽と人の輪。
まるで、幻か夢のようだ。
「ステキですね‥ 本当に夢かもしれないけれど‥」
「夢だったら‥どうする?」
背後からかけられた声に、汐耶はゆっくりと後ろを振り向いた。
そこには、一人の人物が立っている。
人の輪からも、音楽からも抜け出し、自分と同じように‥一人。
「生徒会長‥」
「夢だったら、どうする? この学校も、自分の人生さえも何者かの見る夢だったら、自分の意思のように思うことさえも、誰かに決められているとしたら‥」
彼は炎を黙って見つめていた。
‥彼は知っているのだろう。学園の真実も‥この学園が夢であることも。
汐耶にもなんとなく解っていた。
目を閉じればこの学園での生活がはっきりと見える。そして、思い出せる。
だがその向こう、まるで寝て起きた時に思い出す夢のように儚くおぼろげな記憶。
それこそが真の現実。真の自分なのではないか。と。
でも‥
「まあ、いいですよね。こういうのも」
少女の笑顔に、彼は目を瞬かせた。彼女は優しく微笑む。
「どこで何をしようと、私は私です。この人生は誰のものでもありません、私のものですから」
兄がいて、友がいて、そして自分がいる。それこそが現実。
きっと今しかない、この時を楽しもう。そして楽しませよう。汐耶はそう決めていた。
「どんな世界でも、どんな運命のなかででも‥」
「‥甘いな。世の中には抗えない運命というものもある。その前では自分の意思など、無力に過ぎない」
彼は、そういうと月を見た。いや、彼が見ているものは月ではないのかもしれない。
学校、人々、炎‥そして‥?
「でも‥」
「いや、いい。気にするな。お前達は楽しめばいい。最後の学園祭を‥それが、お前たちの使命だ‥」
炎に、賑やかな喧騒に、鮮やかな笑顔に彼は背を向けて去っていく。
汐耶はそれを止める事はできなかった。
まるで、彼がいたのも夢のように、フォークダンスは続いていく。楽しげに微笑む人々。
そして、仲間たち‥
「あ、そろそろ演奏終わりですね。これ持っていかないと」
脇においておいたスーパーの袋を持って汐耶は立ち上がった。
演奏に自分も混ざってみれば良かったな、そんな思いがふと頭をよぎる。
だが、自分には裏方の方が性に合ってる。これはきっと、いつ、どこの自分でも変わるまい。
それには自信があった。
「終わっちゃったね。でも‥楽しかった。最後に思いっきり皆と青春できたしね。‥最後の学園祭に‥最後のステキな思い出‥」
演奏が終わって、仲間たちはそれぞれに後夜祭の夜を楽しむことだろう。
炎を見つめ寂しげに呟くみあおに、汐耶はさっきの生徒会長の言葉を思い出していた。
『‥最後の‥学園祭‥』
(「みんな、感じてる。この夢の終わりを‥」)
この夢が終われば、何かが変わるだろう。でも‥
「まだ、終わってませんよ。最後まで、楽しみましょう!」
「汐耶さん‥」
それは、みあおにだけではない、闇の中で彼女達を見つめる月と、誰かへの言葉。
まだ、終わっていない。
まだまだ、これからだ。
「それに何かが終わっても、きっとまた新しい何かが始まります。生きている限り‥」
「生きている限り‥そうね。最後まで思いっきり楽しみましょう!」
二人は手を繋ぎあい、そして踊りの輪の中へ駆け出していった。
踊る少女たちを、闇色の青年は影から見つめている。
どこか、自分と似た力を持つ彼女に、彼は何かを感じたのかもしれない。惹かれたと言うにはあまりにも時間が短すぎたけれど‥
「私の人生は‥私のもの‥か」
その言葉を握り締め、彼は本当の夜に消えた。
「終わりは‥始まり。きっと‥また新しい何かが始まるね」
「ええ、また会いましょう。夢の向こうでも‥」
目が覚めれば、夢は消える。
夢は‥覚えていようとしても消え去る、留めていようとしても流れ去る風ようなもの。
だが、風は流れ消えても何かが残る。そこに確かにあったと、木々や水面を揺らして知らせる。
それと、同じように、どこかに何かは残る、そう汐耶は信じていた。
思い出は、きっと残る。と‥
夢の終わり、祭りの終わり。
そして幻影学園の最後‥ 彼女は友に告げた。
『また‥会いましょう。夢の向こうでも‥』
□■■■■■■□
■ 登場人物 ■
□■■■■■■□
【 1449/綾和泉・汐耶 /女性 /23歳 /都立図書館司書 /1−C】
|
|
 |