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<東京怪談・PCゲームノベル>


ケース・ザ・ボックス


 ジャス・ラックシータスは大量の金魚を片手に、途方に暮れていた。
 飢えた狼のような眼で帰って来た相棒の深町・加門が、お夕飯に用意したホットドックを蹴散らしたのがきっかけだった。そして加門は、ジャスを睨みつけてこう言ったのだ。
「金魚、金魚が食いたい」
 今の日本にこの台詞を言う人間がどれほどいるだろう。もっとも、真逆でも少ないだろう。
「え? どうしたのカモン」
「金魚だ、金魚を持ってこい」
 いつもは眠たそうな顔をしている加門の顔は、冴え渡っていた。こんな顔をした加門を外に出すのは危険だ、なにをしでかすかわからない。
 ジャスはともかく金魚をあちこちの縁日で入手して、キャンピングカーへ戻ってきた。

 そして、加門が大嫌いの筈の金魚を踊り食い(むしろ飲み込んでいる)をしているのを、ジャスは静かに見守っているのだ。
 たしか加門は多額の賞金のかけられた、作家子松・康郎の遺作を探していた筈だった。
 目を血走らせて金魚を食べている加門に、訊いてみる。
「仕事……どうだったの」
「最悪だ。どうして俺は金魚なんか食ってんだよ」
「へ?」
 加門はジャスの持ってきているビールで金魚を飲み下している。
「あの金庫は因縁つきだ。俺は金魚が食べたい」
「……どうぞ?」
 ジャスが言うと、加門は頭をぶんぶん振り、唇を噛みしめてから言った。
「食べたくなーい!」
「……どっちなの」
「俺は神も呪いも信じねえが、絶対俺は金魚が食べたくない!」
 だが加門は抗いきれぬなにかに囚われて、おそらく汚いであろう水に浸かった金魚をスプーンで器用にすくって口に運ぶ。
「なに? 呪いだっていうのかい」
 手元の金魚は焼いてやろうかと、ジャスは金魚を片手に立ち上がった。
「くそ、目の前の三百万」
「誰も傷つかないでその額ならおいしいよね」
 そう、子松・康郎の遺作には三百万の賞金がかかっているのだ。
 国民的な人気作家だけあって、最期の作品は出版社によってつりにつり上げられている。
「カモンがこの調子じゃ、誰が手に入れるんだろうね」
 そして加門はどうなるのだろう。

 ドンドンとドアがノックされてジャスがドアを開けると、そこには如月・麗子が立っていた。
「麗子、どうし」
「プリンよ、プリンを寄越しなさい」
 麗子は言いながらキャンプカーの中に入り、加門の前に腰を下ろすとおもむろに加門の足を踏んづけてからまた言った。
「プリン持ってこーい!」
「は、え? はーい」
 ジャスは近所のコンビニまで行って、麗子の大嫌いなプリンを大量に買い込むことになった。


 ――エピソード
 
 車がポンコツなのはわかっているのだが、人気のない公園の前でエンコした場合、どうしたらいいんだろう。ここは東京郊外、時間ももう九時を回っている。森林公園と銘打った公園のおかげで、人通りは少ない。というか、もはやない。
 保険会社の電話番号なんか持ってきていないし、もっともそんな面倒なことにはしたくなかった。森林公園の向こうは確か駅があったので、ちょっと助けてもらえないかどうか、交番でもいいから行ってみよう。
 そう考えて森林公園へ入った。
 すると……影から人が飛び出してきた。
「おお、ちょうどいい」
 雪森・雛太はその人影を捕まえる為に駆け出した。人影は意外と速く、途中で大声をあげることにした。
「ちょっとー、そこのあんた!」
 驚いたのは向こうだった。人影はビクリと立ち止まり、おずおずと雛太を振り返った。近付いて行くと、どうやら見覚えのある顔だと言うことに気付いた。雛太は脳内検索をかけながら、片手をあげて笑ってみせた。
「ジャスさん、だったっけ」
「えーとキミは」
 ジャスがサングラスを外して言うと、雛太はそれを片手で制した。
 そして、先に
「実は俺今困って……」と切り出そうと思ったのに
「僕今すごく困ってるんだ。キャンピングカーの中の二人、見張っててくれない?」
 ぽかんとしてしまっているところへ、キャンピングカーの方向を指でさされる。そしてジャスは困ったように苦笑した。
「ごめんね、お願いね」
 ぴゅうっと風のように駆け出して、呆気にとられている雛太を置いてジャスは行ってしまった。
 雛太はぽつんと残されて、「俺今困って」と口の中でつぶやいてみた。この時間帯のこの場所なら、まだ駐禁は取られないかもしれないが、あまりぐずぐずしてると危うい。これ以上の危機があるだろうか。いや、ないだろう。
 煩悶しながら、茂みに隠れるようにして停まっているキャンピングカーを見つけ出して覗いてみると、中には深町・加門と如月・麗子がいた。麗子と加門、一触触発の空気である。
 入りたくない……。関わり合いたくない。
 しかし頼まれてしまったのだから仕方がない。見なかった振りをして回れ右はできないだろう。
 雛太はそう考えて、深い深い溜め息をついたあと、思い切ってドアを開けた。
「プリンがないから悪いのよ」
「金魚を出せ」
 なにもそんなくだらないことでやり合わなくてもいいだろうに……。
 雛太が入ってきたことになど微塵も気付いていない二人は、不思議な押し問答を続けている。
「プリンなんか食べたくなあい」
「俺だって金魚なんか」
 という具合だ。
 こうなってくると、なにやらデジャブーが起こる。全く同じことを、最近見たような。しかもその原因は放置しっ放しだったような。
 雛太はコソコソとテーブルの上の加門の携帯を手に入れて、知っている連中に電話をかけることにした。
 一人はCASLL・TOもう一人は黒・冥月である。
 そして雛太は、金魚を食べ続ける加門に切々と説教をはじめた。
「おっさんなあ、金魚っつうもんはそもそも食い物じゃねえの。……どの辺りが食べ物にみえるのか俺には疑問なんだが。あんた何考えて金魚が食べ物の中で嫌いな物になるんだ? 普通変だろそれ。ありえねえだろ。おい、少しは聞け!」
 雛太の説教は完璧に加門にスルーされている。
 
 
 縁日でえらいことねばって金魚を取っている男がいる、営業妨害だからなんとかしてくれ。とまるで街のお巡りさんのような指令を受けて行ってみると、そこにはジャス・ラックシータスがしゃがんでいた。サングラスが屋台の光を浴びて光っている。今日の頭はドレッドヘアーだった。彼は真剣な顔でもう残り少なくなった金魚を睨んでいる。さすがというべきか、金魚を入れた袋が山ほど足元に積まれていた。
「……ちょっと」
 神宮寺・夕日は頭をコツコツと指を叩きながら、茶色い髪をかきあげた。
「ジャスさん、なにしてるんですか」
「え? 金魚すくいだよ。ああ、キミは警察の!」
「……それにしたって、そんなに取ってどうするんです?」
「カモンに食べさせるの」
 夕日の顔がぽかんとする。ジャスは腰をやおらあげて、最後の碗の分の金魚を袋に入れてもらって大量の袋を両手に立ち上がった。
「帰りにプリンも買わなくちゃなのに」
 夕日にはお構いなしにジャスは大慌てで道を歩き出した。夕日もジャスを追いかけながら、質問を投げる。
「プリン? どういうこと」
「麗子が食べるの」
 大量の嫌いな物を食べる。どこかで聞いたような話である。
 ジャスはその足でコンビニへ寄り、一番安いプリンをあるだけ買った。心配そうにコンビニの袋を見つめつつ
「足りるかなあ」
 レジの横でそう呟く。
 夕日は半分物語の予想がついたので、同じコンビニで温泉タマゴを四つほど購入した。
 近くに停めたバイクへ戻ったジャスに温泉タマゴを手渡して
「私も行くわ、連れてって」
「ええ、キミも何か食べたいの?」
「……そうではなくて。解決できるから、その食べ物の事件は」
 ジャスはよくわからない顔で夕日を凝視して、それでもぱっと顔を明るくさせてから夕日の頭にヘルメットをかぶせた。
「オッケイ、カモンと麗子が暴れてないといいけど」
 その可能性は大いにある。
 夕日は少し薄ら寒い気がしてきていた。
 
 
 CASLLは雛太からの連絡を受け、早急に近くのお店でおいしいプリンを片っ端から買い揃えた。クリームプリンから焼きプリンプッチンプリンからゴマプリンまで幅広い。一々強盗扱いされるので、非常に根気のいる作業だった。最後のケーキ屋を出たところで、向かいの道を歩いている知人を見つける。CASLLはつい声をかけた。
「シュラインさーん」
 ブルーのストライプのシャツにグレーのスカートを履いた彼女は、CASLLの呼ぶ声にすぐに反応した。CASLLを見て、微笑みそして手を振ってくれる。CASLLは大抵の人間から逃げられるので、こういった反応が嬉しくて仕方がない。世の中捨てたもんじゃないのだなあ、と実感する瞬間である。
「こんばんは」
「こんばんは……って、すごい買い物ねなにをそんなに買ったの」
「プリンです」
 シュラインの顔が少し硬直した。それからゆっくり確かめるように言う。
「プリン」
「ええ。さっき雛太くんから電話がありましてね、麗子さんがプリンを山ほど食べたいとおっしゃってるそうなので、早く買ってきて欲しいと。でもおかしいんですよ、たしか麗子さんはプリン嫌いだと私は加門さんからうかがっていたのですが」
 シュラインは上目遣いでCASLLを見上げ、微苦笑をしてみせて首をかたむけた。
 それからトントンとコメカミを叩いてゆっくり言う。
「私も連れてってもらえる?」
「え? もちろんよろしいですが」
「じゃあ……」
 五十メートル先に出ているコンビニの看板を指差して、シュラインは言った。
「あそこで温泉タマゴを買って、それからでいいかしら」
「ええ」
 CASLLとシュラインはまずCASLLが強盗ではないということを店員に納得させてから、コンビニでの買い物をすませ、大量のプリンと温泉タマゴを持って、CASLLのバイクにまたがった。
「出ますよ」
「オッケイ」
 ドドドドドと重低音が鳴り、バイクが発進する。
 
 
 黒・冥月はイライラしている加門と麗子の前で、困っていた。呼ばれた当初は例の呪いのことだろうから、加門からその金魚を取り上げて遊べばよいと思っていたのだが、生憎金魚は品切れ状態らしい。本格的に二人は心ここにあらずといった様子だった。雛太と共に居心地の悪い雰囲気に耐え兼ねているところへ、キャンピングカーの近くに人影が現れた。
「帰ってきたか」
 呟いてドアを開けると、少し先にバイクを停めたジャスが駆けて来ているところだった。神宮寺・夕日も一緒である。二人は大きな袋をたくさんさげていた。
 ジャスは冥月や雛太への挨拶もそこそこに、すぐに金魚をどんぶりにあけた。そしてプリンにはスプーンを添えて麗子に差し出す。
 そしてガツガツと二人は食べ始めた。
 冥月が他人事だからか面白そうに笑って、加門のどんぶりを取り上げる。加門は珍しいほど至極真面目な顔つきで冥月の腕を俊敏に掴み、片手でどんぶりを掴んで取り戻した。どうやら遊びも許さないほどのことらしい。
 らしい……というか、冥月も我がことを振り返ればわかることだった。
 
 
 そこへもう一台のバイクがやってきた。ジャスがキャンピングカーのドアを開けると、そこにはCASLLとシュラインが立っていた。シュラインは冥月の姿に笑顔を浮かべ、そして手元にあるコンビニの袋をかざしてみせた。
「買ってきたわよ」
 中へ入っていうシュラインに夕日も手荷物をかかげてみせる。
「私も」
 二人は笑い合ってから、夕日が加門にシュラインが麗子に温泉タマゴを差し出した。二人は見向きもしなかったが、ともかく一応殻を向いて、加門には強引に口に押し込み、麗子にはスプーンで中身を唇の中へ流し込んだ。
 二人とも、ピタリと行動をやめる。
 そして動いたのは同時だった。だが、スタートダッシュで加門に勝るものはいない。加門はトイレへ直行した。CASLLがトイレを後ろから覗き込むと、便器の中に元気の良い金魚達が泳いでいた。加門が流そうとするので、慌てて止める。
「まだ金魚さんは生きてるじゃないですか」
「うるせえ、俺の腹の中から出たもんだ、俺の自由だろうが」
 CASLLはがっつり加門を後ろから羽交い絞めにしてトイレから加門を取り出した。しかし次に麗子が入ってしまったので、加門の胃袋から救出された筈の金魚は、おそらくプリンまみれになり、ジョゴーっという音と共に流されてしまった。
「あああ、金魚さん」
 雛太はジャスの取ってきた大量の金魚を愛着のある眼差しで見つめながら、ほっと息をついた。
「お前等は食われなくてよかったな」
 そこへ麗子が口許をタオルで拭いながらトイレから出てくる。
「あんた達」
 麗子は力強く言った。
「目の前の三百万を、これっぽっちの徒労で諦めるなんてまだ早いわよ」
 ……、加門の顔が本気で嫌そうに歪む。ジャス以外の面々の顔はきょとんとしていた。
「あの呪いの金庫の中身の遺作には、三百万円の賞金がかかってるの」
 麗子は冷蔵庫までフラフラと歩いて行って、中からエビアンを取り出しながら続ける。
「発信機は加門ちゃんが命がけでつけたわけ。よくわかんないけど移動速度が速いから、あっちこっちにしょっちゅう現れるのよ。今度こそ、ゲットよ」
 麗子は金髪をかきあげて、据わった目で言った。
 
 
 リオン・ベルティーニはとある金庫を追っている。理由は簡単だ。子松・康郎の遺作がなんとしても読みたいのだ。リオンという男は金だけは持っているので、金で仕事をすることは少ない。探し物、人殺しとやる仕事は様々だが、探し物に関してはいつも自分の趣味が反映される。
 双眼鏡で現れた金庫を見つめながら、リオンは考えていた。
 たしかあの金庫には呪いがかけられていると聞く。触った物は嫌いな物を食べなくてはならないのだ。しかも、食べ続けなくてはならないらしい。
 それは困る。リオンにだって嫌いな物はあるのだから。
 例えば機械のような物を使って開けてみてはどうだろうか。
 リオンは金庫の上に貼りつけられて入る発信機に気が付いて手元の受信機と波長を合わせた。それから玩具屋へ行ってラジコンや電気オモチャの類を買ってきて、白衣のポケットからマイナスドライバーから半田こてまで出してきて、自動車のバッテリーにつなぎ、なにやら作業を始めた。
 細かい作業はさほど時間がかからず終わったが、金庫はもう次の場所へ消えていた。
 
 
 金庫の移動先についた加門達は、道々聞いていた話しを思い返し、つまり痛い目に遭っていないのは雛太とシュラインとCASLLそして夕日らしいという考えに至っていた。次に身体を張るのはお前等だ、と言いたいらしい。残念ながら、ジャスはキャンピングカーで留守番をしている。
 そこでまず、金庫の前でなるべく後ろに立っていた雛太をグイグイ後ろから押して金庫の前まで連れてきて、加門と麗子は無慈悲に押した。
「おい、やめろ」
 うわあ、と金庫に被さった雛太は逃げるように金庫から飛び退いて、そして加門と麗子を見上げ
「このヒトデナシ」
 言った後に
「うおー、ワサビがたっぷりのった寿司が食いてえ!」
 そう叫んだ。
 加門が面白くなさそうに言う。
「ちっ、高い嫌いな物だな」
「お寿司なんかおいしいじゃないの」
 二人とも言うことが酷い。酷いが、雛太の場合食べるに至る前に温泉タマゴがあるのだから、食べた側としては面白くないわけだ。しかも二人とも金魚とプリンという低価格な代物であったから尚更面白くない。
「さあ、金庫が移動する前にシュラインちゃんも!」
 麗子が声高に叫ぶと同時に、金庫は消えて行った。
「ちっ、面白みのない金庫ね」
 シュラインがほっと胸を撫で下ろす。しかし、受信機はやがて光りはじめた。
 
 
 リオンは遠隔操作で金庫を開けるラジコンを作り終え、受信機の光を追ってビートルを走らせていた。鼻唄交じりで辿り着くと、そこには車が二台止まっており、見たことのある顔がそこにはいた。
「加門さーん」
 リオンは発信機はあの人がつけたわけだと考えつつ、加門に手を振って車を降りた。金庫は砂浜に置いてある。
「なんだ、随分久し振りじゃねえか?」
 加門はリオンに片手をあげてみせた。
 その横で、麗子がジリジリとシュラインへ忍び寄っている。
「わ、私は、あ、そうだわ、麗子さん、温泉タマゴを金庫にかけてみたら開くかも」
「この際開くのは最後でもいいの。私は、全員の醜態がみたいだけ」
 えらく悪趣味である。
 さすがの加門ももう飽きたのか、口を尖らせ金庫の前に座ったまま言った。
「開けちまおうぜ、三百万」
 遠くの方の電柱で雛太がドボドボとなにやら吐き出している。どうやら移動時間中に、苦手な物を食わされたらしい。
「雛ちゃんは面白かったわね、まさか泣きながら食べるとは思わなかったわ」
 麗子は存外にすっきりした顔で言った。
「悪趣味」
 加門がつい呟いたところを麗子がすかさず足を踏む。
「オーライわかったわ、じゃあ開けましょ。まず、夕日ちゃんが開けてみて」
「言ってること変わってねえよ」
 加門は疲れ切った様子で煙草を吸っていた。
 麗子は心外そうに加門を見て、人差し指を突き出して言う。
「温泉タマゴを食べながら開けるのよ」
 夕日はいっせいに全員の視線を受け、引いた腰になっている。
「え? 嘘、真面目に私がやるわけ?」
 麗子さんのご命令は絶対である。しかし、そこへ男CASLLが名乗りを上げた。
「女の方にそんなことさせられません、私がやります!」
 CASLLは夕日の手から温泉タマゴを取り、ガリガリと殻のまま齧りながら金庫に組み付いた。しかし、吐きもしなければ叫びもしないが、金庫は開かない。開け方は普通の金庫と同じ上、ナンバーは合っている筈だった。
「……どうしてかしら?」
 麗子が眉根を寄せると、シュラインも腕組をしながら言った。
「呪いの多重化かしら。例えば――見てもらいたくないとか。開けて欲しい相手がいるとか」
 CASLLが退くと、今度はリオンがラジコンを操作して参戦した。
 しかし、ラジコン操作もあえなく失敗。
「おかしいなあ、これで開くと思ったんだけどなあ」
 リオンはバンダナの上から頭をかいている。
 そして金庫は消えた。
 
 
 砂浜で全員が途方に暮れる中、シュラインの携帯電話が鳴った。
「え? 本当のお父さんが子松・康郎だった?」
 全員がシュラインを見る。シュラインは渋い顔で電話を聞いている。そして問答の末電話を切ると、彼女は言った。
「うちの興信所――えっと知らない人もいるか。私興信所の事務員もやってるんだけど、ちょうどね津根・蘭さんという女性が依頼をしてきた父親探しの依頼があってね。片親で育ってお父さんがわからないっていう依頼だったんだけど……。どうやら、その父親、子松さんだったみたいなの」
 麗子が口を歪めて言う。
「奇遇……ねえ?」
「それでね、うちの探偵が子安さんの資料を徹底的に洗った結果、温泉タマゴが嫌いだったのは婚約三ヶ月前まで付き合っていた女性で、婚約までした仲だったそう。つまり、その子供が津根・蘭さんっていうことになるわね」
 麗子と加門が車の中で聞いた詳細を思い出す。
「ああ……、もしかして彼女しか開けられない、とかそういうこと?」
「そうね、しかも……所有権は彼女にあるかも」
 金魚とプリンそして寿司そして温泉タマゴを食べ続けた人間達は、はあっと深いため息をついた。


 ――エピローグ

 津根・蘭という女性を連れ出して金庫の元へ連れて行ったところ、その通りのオチが待っていた。つまり、食べ損である。
 シュラインは大量の金魚から三匹、雛太も三匹、夕日も三匹、冥月も三匹持ち帰ったが、キャンピングカーには食べられもしない金魚が残された。
「金魚ってかわいいわよね」
 シュラインが袋越しにつつきながら微笑む。
 雛太は当たり前だとばかりに大きくうなずいた。
「っとに、こんなもん食おうって神経が理解できねえ」
「まったくだ」
 黒・冥月が同意をした。
「それにしても、あの後の金魚どうするのかしら」
 夕日がキャンピングカーを振り返って言う。
 リオンは名残惜しそうに口を開いた。
「子松・康郎の原稿、欲しかったんだけどなあ」
 なんとなく是非ともこいつに嫌いな物を食べさせたかったと、その場にいた全員が思った。


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3359/リオン・ベルティーニ/24/男性/喫茶店店主兼国連配下暗殺者】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】

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■         ライター通信          ■
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「ケース・ザ・ボックス」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。
今回はギャグというギャグもなく、なんの変哲もないお話をお届けしてしまいました。
では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。

 文ふやか