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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


戦場に賭ける男意気 −Gambler's High!−


[ ACT:0 ] 始まりはいつも……

 その日、緑林楼には暗く重い空気が漂っていた。正確に言うと、七番テーブルの古参常連組だけが暗い雰囲気に覆われている。
「……どうしてくれんの、貴臣さぁん……」
 煙草を咥え緩く煙を吐き出しながらじと目で正面の貴臣を睨みつけたのは、茶髪にピアスなのにかっちりと背広を着込んでいる、真面目なのかふざけているのか分からない風体の青年、真喜志要。
「俺のバイト代〜〜〜……この間出たばっかなのにぃ」
 自分の顔を両手で覆ってしくしくと咽び泣くのは、多分制服なのだろう白の開襟シャツと紺色のズボンの上に中華風の割烹着を着け、脇に空のおかもちを置いた西條晴己。緑林楼の隣『満貫全席』というラーメン屋の出前持ちである。
「分かってるよ。俺が悪かったよ!」
 恨みがましい視線を浴びて、思わず椅子ごと後ずさった黒髪長髪の柄の悪そうな男、遊佐貴臣はそのまま後ろの壁を横目で見た。
 薄いクリーム色の壁の一角に何やら亀裂が走っている。ただしそれは物理的なものではなく、現実と違う次元の空間が繋がっている証であった。
 つまり時空の歪み、異空間への入口というわけだ。
 緑林楼の入っているビルは元々いわくつきの場所なのか、はたまた賭け事で負けた人間の怨念に引き寄せられてなのか、いわゆる『出る』建物である。
 その中でもこの雀荘は殊更場所が悪く、特に鬼門に当たる七番テーブル付近にはしょっちゅうこのような歪みが見られ、そのたびにこの世ならざるモノが這い出てくる。
 そのようなモノを元いた場所に戻したり、はたまた封印、もしくは消滅させるのが、店に莫大なツケを未払いのまま残している貴臣の仕事になっている。もちろん借金を少しずつチャラにするためなので基本的には無報酬である。
 貴臣は普段こそ全くやる気のないダメ人間だが、きちんとこなそうと思えば実力は高く、この手の仕事を失敗する事はまずない。
 人間性はともかく、腕に関しては信用出来るはずの貴臣が、今回は失敗したのだ。しかも、故意に。
「でもさぁ、可哀想じゃねぇか。結局いい目を見ずに死んじまってさ。そりゃ同情もするだろ?」
「しないしない」
 その場にいた貴臣以外の全員が、綺麗に同じ動きで首と手を横に振った。

* * *

 さて、一体何があったのか。それは遡る事、一時間ほど前。
 鬼門の七番テーブル付近に霊道が開き、一人の浮遊霊らしきモノが迷い出てきた。
 それだけならばいつもの事である。さして驚く事もせず、それを成仏させてやろうとしたその時、
『待ってください! 俺の話を聞いてください!』
 サラリーマンと思しきスーツ姿の男の霊は、今まさに結界を張って成仏、というか消滅させる勢いの貴臣に向かって叫んだ。
「何だよ。こっちは時間がねぇんだよ。締め切りが二つ被ってて寝てねぇんだよ。大人しく元いたところに返れ」
「自業自得ですけどね。ちなみに締め切りはどちらも既に一週間ほど過ぎてますよ、貴臣」
 渋い顔で男の霊に言い放った貴臣の横で、銀髪の美青年・柳静流が表情も変えずスケジュール帳をめくった。
「……まあ、そういう事だ。お前なんぞに構ってる暇はとりあえずない」
『さっきまで麻雀やってたじゃないですか、アナタ』
「通りすがりの浮遊霊にツッコまれる筋合いはない! おら、さっさと消えろって!」
『ま、待ってください! やり残した事があるんです! それをやり遂げない事には死んでも死にきれません!』
「あん?」
『俺、俺……勝ちたいんです!』
 そして男は語りだした。
 その男の名を佐久間広和という。至極真面目なサラリーマンだった佐久間は、ある日同僚に誘われて行った初めての競馬で大穴を当てた。いわゆるビギナーズラックというやつである。少ない軍資金で大金を手にした佐久間はその日から賭け事の虜になった。競馬と言わず、競輪に競艇、パチンコパチスロ麻雀とあらゆる賭け事に手を出した。
 しかし悲しいかな、ビギナーズラックはビギナーにしか与えられない。最初の一回は勝つのだがその後が続かない。しかし、いつの日かまた勝つだろうと、給料をつぎ込み貯金を切り崩しサラ金に手を出し莫大な借金を抱えてしまった。その末に自殺したのだという。
『成仏する前に、気にする事無くお金を使ってあの勝利をもう一度味わいたいんです!』
「……分かる! 分かるぞ! その気持ち痛いほど分かる!」
 聞けば聞くほど自分の身の上と重なる佐久間の話に、貴臣は思わず大粒の涙を零したのだった。

* * *

 そしてそのまま逃がしてしまったというわけである。
「ま、俺らの損害賠償は貴臣さんに請求するとして、放置するわけにもいかんでしょ?」
「まあな。手当たり次第に取り憑いちゃあ、すっからかんになるまで使うからなぁ……。元々持ってない俺には何も被害はないがな。だから損害賠償請求されても一文も取れねぇぞ?」
「はいはい、分かってます。アンタに期待なんかしてないよ。言ってみただけ」
 最早他人事のような貴臣に、要が呆れたような溜息とともに紫煙を吐き出す。
「確かにわざと見逃したのは俺のせいだよ。ちゃんと捕まえて成仏させてやる気はあるよ? でもな……なぁ、時間あるかぁ?」
 貴臣は視線を入り口脇の喫茶スペースに移すと、今にも倒れそうな青い顔でこちらを凝視している二人の青年を見た。
 片方はご存知アトラス編集部の三下忠雄、もう片方は貴臣のもう一つの文筆業である少女小説の方の担当、有富俊介である。
 事の成り行きを見守っていた二人は貴臣に声をかけられ思い切り首を横に振った。
「ありませんよ! あるわけないでしょう!」
「一秒でも早く原稿持って帰らないと編集長に殺されますぅ!」
 二人とも貴臣の(締め切りを当に過ぎた)原稿待ちらしい。何が何でも今日貰わなければ、と悲壮な決意で痛む胃を押さえている。
「な? 俺は基本的に手が離せないわけよ。誰か代わりいねぇかなぁ」
 どこかのんきな貴臣の口調に、思わず殺意を覚えそうな一同なのであった。


[ ACT:1 ] 気まぐれは嵐の予感

「お、結構入ってる。今日はいい仕事だったな」
 手にした茶封筒の中を覗き込み、藍原・和馬は満足そうな笑みを口元に浮かべた。
 黒いスーツを着込み封筒を手ににこにこしている和馬の姿は、一見、やっと給料日が来て金欠の日々に別れを告げたサラリーマンに見えるかも知れないが、その実、犬の散歩にバナナの叩き売り、おばあちゃんの茶飲み友達から危機一髪だらけの危険な仕事まで、どんな仕事でも請け負う何でも屋であった。
 今日も朝から仕事をこなし日給を貰ってきたところである。銀行振込が多い中、現金手渡しは何かと有り難い。やはり財布にお金が入っているのはいい事だ。
「折角だし、何か美味いもん食って帰るかな」
 この後の予定は特にないので、食事の後は家に戻って、ゆっくり休みを満喫するのでもいいし、このところ忙しくて入れなかったネットゲームを久し振りに本腰入れてプレイするのもいいかもしれない。
 和馬は現金の入った封筒を大切そうにスーツの内ポケットに仕舞うと、いつもよりも少し豪華な食事のメニューと家での過ごし方を思い描きながら、繁華街の方へ足を向けた。

* * *

 ギャンブルに対しては、人並みの興味しか持っていなかった。嫌いとは言わないが、はまるほど好きというわけでもない。
 しかし、今日は何故か普段なら気にもしないはずの看板が目に付いた。
「雀荘か」
 目の前のビルの二階に掲げられた看板を見上げ、和馬はポツリと呟いた。食事場所を探している途中、何気なく気になり近くに来てみたのはいいのだが、はっきりいってこのビルに纏わり付く気配はあまり良いものではなかった。
 こういう場合、決していい事がないのは経験上良く知っている。当初の予定通り、食事をして大人しく帰る方が得策だ。しかし、
「ま、たまにはいいか」
 無難な選択を支持する理性より、何か事件の匂いをかぎ当てた好奇心の方が優ったようで、和馬はそのままビルの中に足を踏み入れた。

* * *

 二階に上がると『緑林楼』と彫られているガラスの扉があった。外の看板と同じ名前なのを確認すると、和馬は扉を押し開けた。
 店内は明るく、そこそこの広さがあった。何とはなしに店内を見回すと、不意に脇から声をかけられた。
「藍原さんじゃないですか」
「ん? なんだ三下か。お前も麻雀やるの?」
「違います。仕事なんですよ。あの人を待っているんですけど終わらなくて……」
 声をかけてきた相手、三下が力なく指差す方へ顔を向けると、雰囲気からして常連らしい集団が麻雀を打っていた。更に、その方向からは何とも言えない不穏な空気も漂っている。
「外で感じたのはアレかぁ……」
 予想通りいわくつきらしい店の様子に苦笑いしつつ、三下に軽くてを上げ挨拶すると和馬は受付カウンターに歩み寄った。
「おーい、誰もいないのかぁ?」
 カウンターのテーブルを指でトントンと叩きながら声を上げると、店員らしい一人の青年が駆け寄ってきた。
「初めてのお客様ですか?」
「そう。一人だけど大丈夫?」
「今丁度、面子待ちの卓がありますから、そちらへどうぞ」
 レートや基本料金の説明を受けながら店内中程の卓へ案内される。その卓には常連だという二人、若いサラリーマン風の眼鏡の男と商店街辺りに店を持っていそうな自営業らしき中年の他に、自分と同じく今日初めてこの店に来たと言う少々幼い顔立ちをした学生らしい青年がいた。青年というよりは少年と言った方が似合うかもしれない。
「やっと揃ったね。じゃ、始めようか」
 軽く会釈して和馬が席に着くと、それを合図に四人は雀牌を卓の上でかき混ぜ始めた。
 
* * *
 
 打ち始めて暫くすると、俄かに店内がざわつき始めた。手持ちの牌の並びを検討していた和馬はそこから顔を上げて何事かと店内を見回して、すぐに目が止まる。三下が終わるのを待っているという店内奥の卓の方から、先程よりも強い霊気を感じたのだ。よく見れば、奥の壁には何色もの絵の具が混ざったような妙な模様の空間が現れており、その前に体の半分透けた男が浮かんでいた。
 その半透明の男に向かって、先程まで座っていた長髪の男が何やら喋っている。
「……なんだあれ?」
「ホントに『出る』んだな……」
 和馬が呟くのとほぼ同時に横からも声がする。そちらに顔を向けると、童顔気味の学生がこちらを見ていた。。
「お兄さんらは見えるんだ?」
「まあ何となく……」
 それを見て、常連二人のうち自営業の方が和馬と学生を交互に見た。怪訝そうに返事をする学生に向かって、今度は若い方が続けて話し掛けた。
「ここはねー、いわくつきでしょっちゅう『出る』んだよ。その度にあそこにいる遊佐さんが浄霊っての? やってくれんの。緑林楼名物、退魔ショー」
「へぇ……」
 楽しそうに説明をしてくれる常連達に相槌を返しつつ、その学生が不要な牌を捨てるのをきっかけに和馬や他の面子もまたゲームへと戻っていった。

* * *

 それから更に数十分後。黙々と麻雀を打ち続ける和馬達の後ろを、店内奥にいた面子が入れ替わりでばたばたと通り過ぎてゆく。
「騒がしいなあ……いつもこうなんすか?」
 その度に気を散らされて苛々していたらしい学生が不機嫌そうな表情を隠す事無く呟いた。和馬とて気にならないわけではなかったが、ここで不用意に興味を示したら面倒なんじゃないかと直感が告げていた。何故なら先程から後ろを通り過ぎる連中に何かが『憑いて』いるのが気配で感じ取れたからだ。
(触らぬ神に祟りなし)
 そう決めて、和馬は他の三人の話をただ黙って聞いていた。
「いつもはもっと静かなんだけどなぁ」
「何かあったのかな?」
 サラリーマンと中年親父が首を捻っていると、一人の青年が和馬達の卓に近付いてきた。
「あの、すみません。こちらのお二人は『見えて』いた方ですよね?」
 その言葉に顔を上げると、銀色の髪をした細身の青年が穏やかな笑みを浮かべて自分と学生の方を見ていた。
「見えていたって……さっきのアレの事か?」
 話し掛けられて無視するわけにも行かず、和馬は仕方なく先程の退魔ショーの現場を指した。
「ええ、そうです。突然で申し訳ないのですけれど、手伝っていただけませんか?」
「は? 何が?」
 何の事か分からない様子で隣の学生が問い返すと、銀髪の青年は笑顔のまま答えた。
「浮遊霊を一人、探して欲しいんです」
 その言葉に、やっぱりこうなるのかと和馬は大きく溜息を吐いた。
 
 
[ ACT:2 ] 犯人は何処に行った

「気に入らねぇ」
 まず始めに口を開いたのは雪森・雛太だった。たまにはホームを変えて麻雀を、と思い偶然寄っただけなのに、有無を言わさぬ強引さで今回の事件に巻き込まれた雛太は、詳しい話を聞いて一言そう言い放った。
「賭け事で借金して自殺なんて自業自得だろ。しかも、死んでからもまだ他人に迷惑かけるのかよ。最低じゃん」
「他人に迷惑かけてるのはそいつのせいだけじゃねぇけどなー。これ、これのせいだから、半分」
 一部の人間には耳に痛い言葉を吐き出す雛太に、舜・蘇鼓が貴臣を指差しながら笑う。蘇鼓は貴臣らと同じく緑林楼の常連である。普段なら、誰が何をどうしようが気にしない性格なのだが、今回は知り合いのよしみという事で珍しく仏心を出している。中国の妖怪に『仏』心があるのかどうかは定かではないが、気にしてもいけない。
「そうそう。おっさん、アンタもだよ。人任せにしないで責任取れっつーの」
「いや、だからその気はあるって言ってんじゃん? でもさ、仕事がな……」
「それも自業自得だって言ってんだよ。とにかく!」
 あまり責任を感じていないような軽い口調の貴臣を睨みつけつつ、雛太はビシッと指差した。
「協力はするけど、あんたも手伝え」
「えー」
「えーっ!!」
 立場もわきまえず嫌そうな顔をする貴臣の横で、悲鳴のような声をあげながら三下が立ち上がった。ちなみに向こう側の俊介は既に関係各社へのお詫びの電話をかけまくるために外に出ていていない。
「遊佐さんを連れて行かれるのは困りますぅ! 編集長になんて言われるか……っ!」
「知るか」
 顔面蒼白な三下に冷たい一言を吐き捨てる雛太。そこへ割って入ったのは、雀荘などというかなり庶民の匂いが染み付いた場所に居るのが最も相応しくないと思える人物、セレスティ・カーニンガムだった。
「三下君が不幸になるのは確かに見ていて楽しいのですが、折角食事に誘ったのにその予定が台無しになるのも残念ですし、見逃してあげませんか?」
「有難うございます、セレスティさぁんっ!」
 よく聞けば、微妙に酷い事を言っている気がしなくもないのだが、それでも優雅な笑みを浮かべて自分を庇ってくれているセレスティに、三下はその分厚い眼鏡の奥の瞳を潤ませた。
「そちらのあなたはいかがですか?」
 三下に向かって極上の笑みを浮かべた後、セレスティは少し離れた壁に凭れかかってこちらを見ていた男へと声をかけた。
「あ? あぁ、俺は別に誰がどう手伝おうが構わん」
 黒いスーツをややラフに着こなした藍原・和馬はそう答えると軽く肩を竦めた。和馬は雛太と同じで、何だかわけが分からないうちに手伝う羽目になっていた。先程から他のメンバーのやりとりを黙って見ていた和馬は、三下に泣きつかれたり、やたらやる気のない貴臣を説得したりして時間使うより、居合わせた自分達でちゃっちゃとそのサラリーマンの霊を成仏させた方が早い、と考えていた。この日この場所に居合わせてしまった自分の不運を嘆くなど、今までの依頼で十分経験済みだ。
「そういうわけで、この件は私達で引き取りましょう。ね?」
「どうせヒマなんだからいいじゃんよぅ、なぁ」
「……ったく、みんな甘いんだよ」
 民主主義的に立場が悪いと悟った雛太が不満そうな表情で呟いた。

* * *

 貴臣の尻拭いに付き合わされる事となった四人は、まずは今も誰かに取り憑いて散財しては逃げているであろう佐久間の居場所を探るべく、この辺り一帯の地図を空いている卓に広げた。
「パチンコ屋が二件、スロット一件、雀荘は……ここだけか。意外と少ないな」
「でも相手は霊体だろ? 行こうと思えばもっと遠くまで行けるんじゃねぇの?」
「パチスロの類だけとも限りませんしね。競馬や競輪、オートレースなんかにも嵌っていたんでしょう、その佐久間さんとやらは」
 和馬と雛太が地図を見ながら佐久間の霊が立ち寄りそうな場所に印をつけていると、セレスティの冷静な一言が被る。そう言えばそうか、と二人は顔を見合わせる。
「片っ端から回るにしても、数が多すぎるな」
「探しに出るより、結界張っておびき寄せるとかした方が早かないか?」
「迷った時には、被害者に事情聴取がお約束〜」
 そこへ、蘇鼓が佐久間の最初の被害者である晴己と要を連れてきた。実際に取り憑かれた当人達ならば、佐久間がどこへ行こうとするのか、少しは情報が掴めるかも知れない。
「被害者一号でーす」
「被害者二号でーす」
「「二人合わせて十〇万五千円スッてきましたー!」」
 半ば自棄で明るく言う二人に思わず涙を誘われながら、取り憑かれた経緯を詳しく聞く事にした。

* * *

「えっとじゃあ、まず俺から」
 皆の前に押し出され、まず話し始めたのは晴己の方だった。
 緑林楼に出前に来て、いつもの如く麻雀の面子に引っ張り込まれた晴己は、やはりいつものように貴臣の退魔ショーを見物していた。そこで佐久間の霊に一番初めに取り憑かれ、先日入ったばかりのバイト代を使い果たしてきた。
「俺が行ったのはココのパチスロ屋ッス。っていうか聞いてくださいよぉ。俺、バイト代入ったばっかだったんですよ! 新しいCD買いたかったのに……」
 ここから一番近い店の場所を地図で指し示しつつ、すねかじりの高校生にとって小遣い以外の最も大切な収入源を使われた悲しみを語る晴己に、一同は思わず同情の視線を向けた。
「次、俺ね」
 短くなった煙草を灰皿に投げ捨て次に話を始めたのは、晴己の次に佐久間の犠牲者となった要だ。彼もまた晴己と同様にその場に居合わせた事で被害にあった。晴己が財布の中身を使い果たして戻ってきた後、入れ替わりで取り憑かれたという。
「俺はスロットだったな。この店ね」
 要の指した場所は、一件目のパチスロ屋から程近い店だった。さすがに二人のルートだけでは情報が少なすぎる。それでも強引に推測するならば、ここから近い順に回っている事になる。
「うーん……これだけじゃなぁ。同じ場所にいるとも限らないし」
 和馬がどうしようもない、という感じで天を仰いだ。
「あのさ、何でわざわざここまで戻ってきたんだ?」
 ふと感じた疑問を雛太が口にした。取り憑きながら移動している、というのでその場その場でひょいひょいと乗り換えているのかと思ったのだが、話を聞くと取り憑かれたままこの場所に戻ってきて新たな体に入って、という流れだ。何故わざわざ戻る必要があるのだろうか?
「あ、そういえば……。軍資金が尽きたところで何故かここに戻ろうと思ったんだよなあ」
 雛太の言葉を聞いて、思い出したかのように晴己がぽつりと呟いた。
「それはあなたに取り憑いた佐久間氏の霊が、という事ですか?」
「多分、そんな感じで」
「という事は」
 その場にいた全員が同じ方向に視線を向けた。七番テーブルの後ろの壁、即ち霊道の開く場所。どのような理由があるかは分からないが、とにかくこの霊道から出てきた霊はここに戻ってくるらしい。
「とりあえずここで待てばいいって事だな」
 溜息と共にやや拍子抜けした声で和馬が呟いた。戻ってくるならば、居場所の特定も何もする必要はない。果報は寝て待て、だ。この場合は、果報とは反対に貧乏神と同じなわけではあるが。
「なんだ、つまんねぇ。もっと派手に騒げるかと思ったのになぁ」
 その事実に蘇鼓はつまらなそうに大欠伸をした。他の面々も志気を削がれて溜息を吐く。しかし、
「まだ終わっていませんよ、皆さん。佐久間氏の霊を成仏させるまでがお仕事ですよ? 遠足はお家に帰るまで、です」
 セレスティが皆ににこりと笑いかけた。

* * *

「戻ってきた佐久間氏の霊をどうやって成仏させるか、それを考えない事には解決しないと思うのですが」
 セレスティの提案は尤もな話だった。一番重労働だと予想された佐久間の霊探しが思わぬ簡単さで解決してしまったせいで本来の目的をうっかり忘れるところだった一同は、あーそうか、と思わず手を打った。
「まー、結界張って逃げられないようにして、強制的に成仏させたらいいんじゃねぇのか? 囮の人形とかに閉じ込めてさ」
 一番初めにセレスティの提案に答えたのは和馬だった。話を聞いた当初は折角だから一度くらい勝たせてやってから、とも思ったがやはり他人の金で勝利を得ようとするその態度がどうにも気に入らず、またそんな事をしたら自分の稼ぎが被害にあうだろう事も予想はつく。人が汗水垂らして稼いだ大事な生活費を見ず知らずの霊に使ってやる義理はない。
「でもそれじゃ本人の為にならなくねぇ? やっぱりここはガツンと一発説教かまして、納得させてから成仏させないと。ああいうタイプは絶対また同じ事繰り返すって」
 空いた席に座り、頬杖をついた姿勢でそれを聞いていた雛太が言った。勝負事は自分の力で正々堂々と楽しむ物だという持論を持つ雛太は、運だけに頼った佐久間のやり方が気に入らないらしい。それは相手が生きた人間であろうが既に死んでいようが関係ない。とにかく一言説教してやろうと思っていた。
「要は大勝ちさせてスッキリさせりゃいいんだろ。派手にパーっと使わせてやれよ」
「だからそれじゃ意味ないって」
「大体、その『派手にパーっと』の元手はあるのかよ」
 楽観的な蘇鼓の意見に雛太と和馬が同時に反論する。すると、蘇鼓はニヤリと笑い、いつの間にやら手にしていた愛用のギターを掲げた。
「軍資金なんざぁ、俺が一曲歌ってここら辺一帯の人間どもの意識飛ばしてやっから、有り金全部さらってこいよ。勝った金で倍返ししてやりゃあ文句もねぇだろ」
 事も無げにそう言ってギターの弦を軽く爪弾く蘇鼓に、雛太が思わず手の甲で蘇鼓の胸倉を叩いた。
「いやいやいや、それヤバイだろ! ってか、ここにいる俺らもヤバイっつーの!」
「耳栓しとけや。あ、でも直接頭に響くから効果ねぇな。ケケッ」 
「だから笑い事じゃねっつーの!」
 一見楽しそうだが内容がやや殺伐としている二人の会話に呆れながら、和馬は隣のセレスティをちらりと見た。こちらはこちらで楽しそうに二人を見ている。
「……言い出しっぺのあんたの意見は?」
「私は雪森さんと同じですね。説教まではしませんけれども、楽しく勝ってから成仏させてあげたいと思いますよ」
 自分以外はやり方の差異はどうあれ、佐久間に勝たせてやるつもりらしい。三対一では多数決で負けだな、と和馬はこっそり溜息を吐いた。そんな和馬の肩にそっと手を乗せ、
「軍資金は出し合いましょうね?」
「いや、それはっ! 今日一日額に汗して手にした大事な生活費だし……!」
「ここまできたら一蓮托生ですよ」
 セレスティは優しい笑顔に似合わない冷たい一言を言い放った。


[ ACT:3 ] 努力+友情=勝利

 結論として<佐久間氏には真剣勝負で勝った上で成仏してもらおう>という方針に決まり、一同は次の犠牲者が緑林楼に現れるのを待った。 
 数分後、緑林楼の入り口の扉が開き、一人の男が頼りない足取りで入ってきた。見れば、外で印刷所やら編集部やらに謝罪の電話を入れていた筈の俊介だった。
 俊介は店内に入るなり、床にがくりと膝と手をついた。その背中からすぅ、と白い霧状のモノが離れ、次第に形を成してゆく。
 地味な背広に景気の悪そうな顔。佐久間広和の霊である。
 佐久間の霊は宙に浮かんだまま、しくしくと嘆き始めた。
『勝てない……どうしても勝てないぃ〜〜〜』
 聞いている方が暗くなりそうな声で泣く佐久間に、雛太がつかつかと近寄っていく。それに気付き、佐久間の霊が顔を上げると、気弱そうな霊に向かって雛太は、
「正座!」
 と、床を指差した。
『え……?』
 唐突に言われた一言にぽかんと口を開けて見ている佐久間に、雛太は憮然とした表情のままもう一度「正座!」と怒鳴りつけた。その何とも言えぬ迫力に佐久間は慌てて膝を折る。正確に言うと、霊体である佐久間の足の部分は空中に溶けてなくなっているので正座が出来ているかどうかは定かではないが、何となく一旦木綿の尻尾のような部分を折り曲げて床に座っているように見える。
「アンタさぁ、自分が今何やってるか分かってんの? 生きてる間も借金重ねて散々迷惑かけて、死んだ後もまた同じ事してさぁ、恥ずかしいと思わねぇ? 大人として」
『はぁ……』
「大体なぁ、その借金の原因のギャンブルのやり方がダメだ。勝つ為の努力もなしに儲けようなんざ甘いっつーの。賭博ってのは大抵胴元が勝つって決まってんの。パチスロ麻雀競馬に競輪、全部そう。そこから大金当てようとするならそれ相応の努力が必要なんだよ。分かる?」
『す、すみません……』
 流れるような雛太の説教文句に、床に正座させられた佐久間の霊は何も言えずにただ頭を下げて縮こまっていた。雛太の言う事は至極尤もで反論の余地はない。
「というわけで、勝ち方を教えてやるから、自力で勝って成仏しろ」
『え?』
 話の流れについていけなかったのか、佐久間は間抜けな顔で雛太を見上げていた。

* * *

『なるほど、そう言う事ですか!』
 自分を成仏させる計画を聞いた佐久間は、嬉しそうに目を輝かせながら一同を見回した。今の今まで何人かに取り憑いて夢を果たそうとしたが、結局惨敗でこれでは死んでも死にきれないと途方に暮れるところだった、と佐久間は語った。
「死にきれないって、もう死んでるけどな」
 当り前すぎるツッコミは必要ないかと思ったがそれでも一応言うだけ言って、話は進む。
『それで俺はどうすればいいんでしょうか?』
「まずは勝つコツを勉強する」
 勝てると聞いてやる気に満ちた表情の佐久間の前に、いつの間に用意したのかパチスロや麻雀の攻略雑誌が山と積み上げられた。
「運や他人を頼る前に努力しろ。勝利は自分の手で勝ち取るもんだ」
『はい、コーチ!』
 真面目な顔で諭す雛太に目を輝かせながら頷き、佐久間は早速本を手に取ろうとしたが、
『……幽霊なんで本が捲れません』
「…………じゃあ俺の話を聞いてろ」

* * *
 
 雛太の攻略講座が続くその脇では、軍資金の調達について話し合っていた。
「とりあえず、元手はこちらから『貸し』という形にしましょう。さ、出してください」
 にこやかに笑いながら手を出すセレスティを、和馬は渋い顔で見返した。
「……やっぱり出さなきゃダメか」
「人助けですから。勝たせて成仏させるんですから、戻ってきますしね?」
「そうだそうだ、ケチケチすんなー。勝って返してもらえばいいじゃねぇのよ」
 和馬の背中を豪快にバシバシと叩きながら蘇鼓が笑う。
「十三円しか出してない奴にケチなんて言われたくねぇ……」
「だから調達してくるっつったのに、止めたのてめぇらだろうが。なんなら今からでも集金してくるぞー」
「それは集金じゃなくて強奪だろ。もういいよ分かったよ。出せばいいんだろ」
 再びギターを手にして出て行こうとする蘇鼓を慌てて止め、和馬は諦めたようにがっくりと肩を落とすと、スーツの内ポケットから封筒を出した。

* * *

 そして佐久間は元手十四万五千とんで十三円を手に勝利を掴むべく緑林楼を後にしようとしたのだが、
『俺、霊体なんでこのままじゃ何も出来ないんですが……』
 卓に置かれた軍資金入りの封筒もそういえば掴めていない。
「…………誰か実体化してやってー」


[ ACT:4 ] 輝く勝利は君の手に

 数分後、これくらいなら短時間で終わるだろうからと貴臣に佐久間を実体化させると、佐久間は今度こそ勝利を求めて出て行った。……セレスティのリムジンに乗って。
 雛太のレクチャーは完璧だったが、それでも初心者一人では心許ない。結局、四人は佐久間に付いて行く事を決めたのだった。

* * *

 緑林楼周りのパチスロ屋計三件をはしごして、収支トータルはプラス三十万ほどになった。
『す、すごい……こんなに勝てるなんて!』
 初めて手にした勝利の札束に、佐久間は大粒の涙を零しながら四人に向かって深々と頭を下げた。
『ありがとうございますありがとうございます! 皆さんのおかげで心残りはなくなりました。これで成仏出来ます』
「良かったな。もう出てくるんじゃねぇぞ」
「向こうへ行ってもお元気で」
「面子足りなくなったらまた来いな」
「……呼んでどうする」
 天から降り注ぐ光に包まれ手を振る佐久間に、各々声をかけると、緑林楼へ帰るべく再びリムジンに乗り込んだ。

* * *

「だからなんでいるんだよ!」
 緑林楼の扉を開けた途端、雛太が思わずツッコミを入れた。
 先程成仏したはずの佐久間が何故か目の前にいるからだ。
『いやぁ、ここからじゃないと帰れない事を思い出しまして』
 頭を掻きながら佐久間が指したその先は、開きっぱなしの霊道だった。
「そういやここから出たらここに帰ってくるんだったよな……」
「やっぱりいつでも来れるじゃん」
 脱力する和馬の横でケラケラと蘇鼓が笑った。
『それじゃ皆さん、お騒がせしましたー』
 明るい笑顔で今度こそ、佐久間が霊道の中へと吸い込まれた。佐久間の姿が溶けて消えるのと同時に、霊道も幅を狭め、暫くすると単なる壁が目の前に現れた。
「さて、これにて一件落着ですね。配当金も増えましたし。さて、後は」
 去り際に渡された現金を、まず本人達の出した額を返してから残りを均等に分けて手渡しつつ、セレスティは三下達の方へと視線を向けた。
「いやー、悪いね。助かったわー」
 ノートパソコンから顔を上げてのんきに声をかけてくる貴臣に、セレスティはにこやかに尋ねた。
「原稿は上がりましたか?」
「…………いやぁ?」
 僅かに強張った笑顔でこちらを見返す貴臣に、呆れたような溜息が投げられる。
「アンタさぁ、もっとこうなんてーの? 大人としてっつーか社会人としてさぁ……」
「まーまーまーまー。しょーがねぇのよ−。貴臣の売りはこの遅筆にあるわけで。な?」
「お前な……」
 再び説教モードに入りかけた雛太の前に、庇うように蘇鼓が入り貴臣の頭をガシガシと叩く。全くフォローになってない蘇鼓の言葉に不満げな顔をする貴臣をさっさと無視すると、蘇鼓は皆に向かって先程渡された現金をひらひらと振って見せた。
「暇なら一局どうよ? 軍資金も増えた事だし」
「……そうですねぇ。遊佐さんが終わらない事には三下君も連れ出しませんしね」
 苦笑いを浮かべセレスティが同意すると、他の二人もまあいいかと卓につく。
「あー、いいなぁ。俺もやりてぇなあ」
「仕事しろ!」
 懲りもせず呟く貴臣に、いっそこいつを成仏させた方が良かったんじゃないのかと共通の思いを抱きながら、牌は卓上に並べられるていくのであった。


[ 戦場に賭ける男意気 −Gambler's High!− / 終 ]
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3678/舜・蘇鼓/男性/999歳/道端の弾き語り・中国妖怪
2254/雪森・雛太/男性/23歳/大学生
1533/藍原・和馬/男性/920歳/フリーター(何でも屋)

※以上、受注順に表記いたしました。


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■         ライター通信          ■
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初めましてまたはこんにちは、佐神スケロクと申します。

まずは納品が遅れてしまった事を深くお詫び致します。すーみーまーせーんー(土下座)。
自分の至らなさに猛省しております……。

さて、本編に関してですが、プレイングが活かしきれていない部分が多くて申し訳ないです。
……これもまた毎度と言えば毎度の事ですね。あああ(汗)。
とりあえず、皆様のおかげで報われぬギャンブラーの霊は最後にいい夢を見て旅立っていきました。
今後も緑林楼に来るたびに何かしら巻き込まれるかもしれませんが、それでも良ければまたお立ち寄りください。

今回はご参加本当にありがとうございました。
ご意見ご感想ご要望クレーム等々、何かありましたら何でもお気軽にお声をかけてくださいませ。
それでは、またの機会にお会いできるのを楽しみにしております。

佐神 拝


>藍原・和馬様
初めまして。ご参加有難うございます。
額に汗したバイト代を半ば強引な形で使わせて頂いて申し訳ありません(笑)。
一応プラスしてお返しした形にはなっていると思いますので、何か美味しい物でも食べてくださいませ。
また気が向いたら、遊びに来てくださいませ。