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PRESENCE ―存在―
●ラグビー部に挑戦してみました【12】
「うふふっ、賞品もらっちゃった〜☆」
白い紙でラッピングされた小箱を手に、ほくほく顔の圭織。場所は校庭、圭織はラグビー部主催の『ラグビー部に挑戦!』という出し物の1つに参加してきた直後であった。
参加したのはキャッチングゲーム。これで好成績を上げて、賞品を手に入れたのである。
「ん?」
と、圭織が校庭から立ち去ろうとした時、少し離れた所でシュラインが仰向けに倒れている所を見付けた。
「シュラインさん、本当に大丈夫ですか?」
裾の部分を結んだラグビーシャツを着ていた深雪が、心配そうにシュラインの顔を覗き込んでいた。手にはしっかり、魔法のやかんを握り締めている。
「はふぅ……ごめん……もうちょっとこのまま……」
力尽きた様子のシュライン。きっと起き上がる気力も今はないのだろう。
「あー……タッチフットって運動量激しいんだ」
ぼそっとつぶやく圭織。確かにそういう面はあるのだが、シュラインの場合はちと事情が違うかもしれない。
「……あうぅ……」
お腹に手をあてるシュライン。未だに腹痛は治っていないようである……。
●立場は異なるはずなのだが【19】
「いらっしゃいま……あ」
深雪の出迎えの挨拶が途中で止まった。学園祭最終日のサークル棟、『ロシアンたこ焼き』のスペースに突然陽一郎が現れたのである。
「おおッと会長。うちは真ッ当な商売だぜ?」
反射的になのか冗談なのか、陽一郎にそう言う十三。
「何を言ってるんですか。1つ下さい」
財布からお札を出し、陽一郎が十三に言った。ただ単に、客として買いに来ただけらしい。
「何だか評判だと聞いたんで、食べてみようかと」
「ついに評判が生徒会まで届いたんですか……」
陽一郎の言葉に、軽く感動する深雪。だが忘れてはいけない。『評判』という言葉には、いいことだけでなく悪いことも含まれている可能性があるということを。この場合どちらの意味なのか、ちと定かではないが。
「ほォ……ならいいモンを見繕ッてやらにャなァ」
ニヤニヤ笑いながら、容器へたこ焼きを入れてゆく十三。よく見れば、たこ焼き器のあちこちからランダムに入れているではないか。
「ほい、お待ち!」
「お釣りはこちらです」
陽一郎が十三からたこ焼きの容器を、深雪からお釣りを受け取る。
「ありがとう。この味……せっかくだから、覚えておかないとな」
そう言い残し、立ち去る陽一郎。直後、今度は詠子が姿を現した。ここには2度目の来訪である。
「やあ。今日はお金を持ってきたよ」
硬貨を2人へ見せる詠子。ちゃんと1人前の代金分あった。
「へッ、律儀だぜ。ほンとにまた来るたァよ」
「約束したからね、ボク」
十三の言葉に、くすっと笑って詠子が答えた。
「ほい、お待ち! 1つおまけしといたぜ」
「ありがとう。じゃ、これ……」
詠子は十三からたこ焼きの容器を受け取ると、硬貨を深雪へ手渡した。
「ここのたこ焼き、忘れないからね」
2人に手を振り、詠子が立ち去ってゆく。詠子の姿が見えなくなって、十三が訝し気につぶやいた。
「ン……何だァ? どッちも辛気くせェ言葉残していきやがッて。ま、最終日だから今日逃すと食えなくなるッちャなるけどよォ」
「……渡橋先輩」
「オウ、何だ?」
「2人とも……何かを決意したように感じられたのは……ただ、私の考え過ぎなんでしょうか?」
深雪が真剣な顔をして、十三に尋ねた。
「さあなァ……。ただ、決意したンなら、それなりの覚悟はあるてェこッたろ」
十三は坊主頭をボリボリと掻き、溜息とともにその質問へ答えた。
●悲しいね【23B】
「えへ……フィナーレさぼって、1人たこ焼きを食べる幸せ……」
校庭で後夜祭が始まっていた頃、深雪は女子ラクロス部の部室に1人で居た。他に誰も居ない。皆、校庭に居るのだろう。
膝の上にはたこ焼きの入った容器。十三から送り出される時に、もらった物だ。
「あーん」
軽くおどけながら、たこ焼きを1個口の中へ放り込む深雪。しばし、ほふほふと口の中でたこ焼きを転がしていたが――。
「これ、ビターチョコ入りなんだ。じゃあ、これは……?」
口の中のたこ焼きを飲み込んでから、また新たに1個放り込む。またしても、ほふほふと口の中でたこ焼きを転がしていたが――。
「あっ、辛っ! うわ……これハバネロ入ってる! 渡橋先輩、6個全部アタリにしちゃったんだ……」
あまりの辛さにだろうか、ほろほろと涙を流し始める深雪。頬を伝う涙もあれば、ぽとりぽとりと粒になって落ちてくる涙もあった。
「……あ」
その涙に、深雪も気が付いた。
(私の涙……夢の世界では……氷の粒ではないんだ……)
涙1粒で、そうだと気付く深雪。奇妙ではあるが、自分としては何だか不思議な光景でもある。
「……ふふ。へんなの」
涙を流しながらも、何故かくすりと深雪は微笑んだ。
(泣きたくてたまらない、心臓の内側に涙が溜まっててどうしようもなく辛くて……なのに、おっかしいの。嬉しく思ったりするのね、私)
その時、不意に部室の扉が開かれた。
「あれ、誰か残ってる?」
「!」
他の女子部員の声が聞こえてきて、深雪の身体がびくっとなった。
「あ、寒河江さん居たんだ。後夜祭始まってるけど、行かないの?」
「…………」
深雪に話しかけてくる女子部員。だが深雪は無言で、食べかけのたこ焼きの入った容器を頭上に抱え上げた。
「何だ、お腹空いてるのね」
くすくすと女子部員の笑い声が聞こえてくる。
「出てゆく時は戸締まりと明かりの管理よろしくね。それじゃ寒河江さん、喉に詰まらせないようにねー」
「…………」
そう言って出てゆく女子部員に対し、深雪は後ろ向きで無言のまま手を振ってみせた。両方の瞳から流れている涙を見せぬように。
部室の扉が閉まり、1人だけの静寂がまた戻ってきた。すると深雪の脳裏に、送り出してくれた時の十三の言葉がよみがえってきた。
(『涙を溜め込む場所も吐き出す場所も誰かの中に求めるな。あくまでも自分で探せ』……って、渡橋先輩言ってたよね)
たこ焼きの容器を抱えたまま、考え込む深雪。
(結局……私は自分に都合のいい『泣き場所』を探していただけなんだろうな……)
十三が何を言わんとしていたのか、おぼろげながら分かったような気がする深雪。もっともそれが正しいのかどうか、分かるにはもっと時間が必要なのかもしれない。
「今だけ……いいよね……」
ぽつりつぶやく深雪。手の甲にぽつり、またぽつりと涙の粒が落ちてゆく。
「誰も居ないもの……思い切り泣いても構わないよね……。お父さんが死んだ時も、1度も人前で……泣いたりしたこと……なっ……なかっ……たっ……私だもっ……だものね……」
しゃくり上げ、深雪は次第に言葉が詰まり始めていた。
「だっ……だからっ……これ……はっ……ご褒……」
そしてついに、深雪は言葉を口に出来なくなってしまった。
「……う……あぁ……。うああぁっ……!」
涙の水滴をいくつも手の甲に落としながら、泣きじゃくる深雪。その姿は、誰も見てはいない。思い切り泣いても、誰も知ることはないのだ――。
【PRESENCE ―存在―・個別ノベル 了】
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■ 登場人物 ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / クラス / 石の数 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
/ 女 / 2−B / ☆00 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談・幻影学園奇譚ダブルノベル』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全31場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・OMCイラストのPC学生証やPC学生全身図などをイメージの参考とさせていただいています。
・『幻影学園奇譚』の本文において、高原は意図的に表現をおかしくしている場合があります。
・大変お待たせし、申し訳ありませんでした。ここにようやく、学園祭5日間の模様をお届けすることが出来ました。
・今回……といいますか、『幻影学園奇譚』における高原のスタンスは、流れに身を任せつつ『存在』についてをテーマとさせていただきました。ここで言う『存在』は詠子だけに限りません。全員の存在です。高原自身も執筆しながら、『存在』について色々と考えさせていただきました。
・余裕があればもう少し色々と依頼なども出していたかと思いますが、残念ながら時間切れ。『石』についても中途半端で終わってしまったのは非常に残念に思います。ですが、高原の『幻影学園奇譚』はこれで終了です。この約半月後、エピローグに繋がってゆく訳です。
・なお今回のタイトルの元ネタは、今年デビュー20周年を迎えた某3人組ユニットの曲名となります。今回の執筆もその曲を聞きながら行いました。
・寒河江深雪さん、ご参加ありがとうございます。色々と考えることはあるかと思いますが、深雪さんという『存在』は確かにここに居ます。今回の学園祭、楽しんでいただけたのであれば幸いです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またお会いできることを願って。
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