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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズエンド〜迷子の迷子の?

 穏やかな午後。麗らかな日差し。
ううん、いい天気ね。こんな日はテラスでお茶でもしたいわ…

 カラン、カラン…

あら、いらっしゃいませ。お客様ね?
どうぞ、お気軽に見ていってくださいな。

何か相談事があるなら、私にどうぞ。
出来る限り…お力になってみます。


            ★


「ようこそ、いらっしゃいませ」
 私が椅子を立つ前に、颯爽と銀埜(ぎんや)がドアの前に立ち、来訪者を出迎えた。
銀埜は私のペット…いえ、使い魔の一人。最近ようやく近所の探索が終わり、堂々と店番の顔をして店内を闊歩している。
彼は銀色の髪と漆黒の瞳を持つ、背の高い好青年。人型が気に入っているらしく、ほぼ常にこの姿で生活している。
最も本性は人間でないので、ふとしたところでそれが現れてしまうんだけども…。
ちなみにもう一人の使い魔は、店の宣伝といいつつ近所を飛び回っている。
こちらは年がら年中落ち着きがない。まあ、今に始まった事じゃないけども。
 私は銀埜の仕事ぶりを、カウンターの奥の椅子に寄りかかりながら、微笑ましく見つめていた。
彼は元来誰かの世話をしたくて仕方がない性格だから、この仕事は何より楽しいんだろう。
そして久方ぶりの来訪者―…銀埜にとっては初めてのお客様―…なのだから、なおさらというものだ。
その珍しい来訪者は、どうやら若い女性のようだった。…更に銀埜のやる気も高まるわね。
銀埜に誘われ、店の奥へとやってくる。小柄で華奢な、若い…というよりも幼い雰囲気を持っている女の子だった。
長い金色の髪に青い目、なかなかの容姿を持っている。
遠目では身長の低さもあって、かなり幼く見えたものだけど、それでも19歳…いえ、20歳ぐらいはいっているだろう。
いくら顔立ちが幼くても雰囲気で何となくわかるものだ。
「あのう」
 私がぼんやり観察しているうちに、彼女がカウンターのすぐ前まで来てしまっていた。
カウンターの奥に座っている私を見下ろす形で、なにやらふんぞり返っている。
「あたし、ちょっとここに立ち寄っただけなんだけど?このおにーさんがさあ、妙に勧誘してくるのよね。
ここ、何かそっち系の店なわけ?あたし、アブナイのはごめんよ。生命保険もいらないわ」
 そっち系…とはどっちのことなんだろう?第一保険といわれても、うちの店にはそういうのは置いてないわ。
私はぺらぺらと回る彼女の口に見とれて、つい唖然としてしまった。
そしてハッと我に返ると、いつの間にか私の傍らに立っていた銀埜に耳打する。
「ねえ、何ていって連れて来たの?」
「…ですから、どうぞこちらに、と」
「………それだけ?」
「…はあ」
 何かおかしかったでしょうか、ときょとんとした顔を私に向けてくる。
私はその彼に苦笑を返しながら、目の前の彼女のほうを向いて、笑顔を浮かべた。
「どうも、初めまして。私はここの店主のルーリィといいます。立って話すのも何だから、どうぞ座って頂戴」
 そう言って、私は銀埜に目配せした。彼はささっと奥に引っ込み、
直ぐにお客様用のふかふかしたクッションがついている大きな椅子を持ってきた。
それをまだ困惑した表情の彼女の隣に置き、笑顔で「どうぞ」と手で示す。
…ここだけ見てると、まるでホテルマンのようね。
 彼女は椅子に腰掛けながら、
「…あの、歓迎してもらってるみたいで悪いんだけど。あたし本当にちょっと立ち寄っただけなのよ。
別に何を買う目的でもないし…」
「大丈夫、変な勧誘をするつもりはないわ。ただあなたとお話がしたいの。えっと…」
 いまだ不審な目で私を見てくるが、それでも素直に自己紹介をしてくれる。
「皆瀬綾(みなせ・あや)、ハタチよ。間違っても中学生だなんて言ってくれないでよね。容赦しないわよ」
 そう言って彼女―…綾は、フン、と鼻をならした。
どうやら背が低い事がかなりのコンプレックスになっているようだ。
…これで、綾っぺなどと言ったら間違いなく怒鳴られるだろうな。
仕方ない、自粛するとしますか。
「ありがとう、綾さん。これであなたのことを名前で呼べるわ」
 私はにっこりと微笑んで言った。
「…どうしたしまして。…えー…」
「ルーリィよ、よろしく」
「うん、ルーリィ。自己紹介までしといて何だけど、あたし本当に何の目的もないのよ。
正直に言うと、この店に用はないわ」
「あら、そんなことないわ」
 私は笑顔を浮かべたまま頭を振った。
「綾さん、この店はね。自分でそう自覚していなくても、自然と受け入れるようになっているのよ。
自分が望んでいる事を、己で自覚していなくても、ね。意思と関わらずに入ってしまうの。
つまり、この店に入ってきたということは、それはやはり私の『お客様』なのよ」
「…さっぱり意味が分かんないわ」
「えっと、つまり…私は綾さんが望む事を提供することができる。
そして綾さんはそうされることを望んでいる。だから、今日この店に入ってきたのよ」
「別にあたしは何も望んでないわ」
「言ったでしょ、望む望まずに関わらず、なのよ。
言っておくけど、別に変な宗教でもないのよ。ただ『そういうもの』なの」
 そこで私は言葉を切った。…上手く伝わったかしら?
でも彼女を見る限り、少々乱暴そうには見えるけど、馬鹿には見えなかった。
多分、彼女なら分かってくれるわ。
「…まあ、何となく分かったわ」
「そう?良かった」
 私が安心して肩を下ろすと、綾はにやりと笑って言った。
「あんたが胡散臭いってことはね」
「………はは…」
 もう、苦笑するしかないわ。
とにかく、今回のお客様は一筋縄では行かなさそうね…。
さてどうしようか、と内心唸っていたが、ふと綾の目線に気がついた。
私のほうではなく、私のすぐ左に向けられている。
おかしいな、と思うとそれもそのはず、綾の目線は未だに私の隣に突っ立っている銀埜に注がれていた。
「ねえ…」
「は、はい?」
 きっと何か突っ込まれるんだろうなあ、そう思いながら、
「…これ、何かのオブジェ?」
 綾は、銀埜を親指でさして呆れたように言った。
「失敬な、オブジェではありません」
 銀埜は綾を見下ろしながら、憮然とした顔になった。
「じゃあ何よ。おにーさん、いつまでそうやって突っ立ってるつもり?はっきり言って変よ」
「変ではありません。護衛です」
「……はあ?」
「ちょっ、銀埜!」
 私は慌てて銀埜の服の袖をくいくいっと掴み、
「話を聞きたいんなら、原型に戻って。不審に思われるわよ」
「原型…ですか?私は彼女に愛玩犬扱いされるのは好みません」
「心配しなくたって、あんたはどこからどう見ても愛玩犬には見えないわよ。良く言って番犬ってところでしょ」
「…番犬、ですか」
 それも良いですね、と呟いて、銀埜はそそくさと奥に引っ込んだ。
愛玩犬は嫌だけども番犬は良いらしい。犬の胸中も複雑なのね。
その様子を不審そうに見つめていた綾が呟く。
「あんたら、何をこそこそやってんのよ?」
「はは…まあ、気にしないで」
 私はカウンターの後ろのカーテンを引きながら、顔の端に苦笑を浮かべた。
そして間のなく、引いたカーテンの後ろから、てふてふと大きなシェパード犬がやってきた。
言わずもがな、銀埜だ。
「うわっ、犬じゃん!」
 驚くかと思ったが、これが意外なことに、綾は目を輝かせて飛び上がった。
「…もしかして、犬好き?」
「犬は大好きよ!」
 綾は興奮してしゃがみこみ、私の隣で行儀良くお座りしている銀埜に抱きついた。
「ふかふかする〜。お利巧なシェパードね。それに綺麗な毛並み!こんな毛色見たことないわ」
 銀埜は人型になったときと同様に、銀色の毛並みを持っている。
つやつやと輝く銀の毛皮はとても綺麗だけども、やはり珍しいようで、会う人皆が口を揃えて言う。もう決まり文句のようだ。
彼自身はこの毛皮のせいで、自分がまるで見世物のように思えるので、あまり原型は好まないらしい。
だがそれでもやはり本性は犬、自分に向けられる感情には鋭い。
綾のそれが珍しいものを見る好奇の目ではないことに、早々と気付いたようで、
「わ、わっ。尻尾振ってる〜。かわいいっ」
 綾に抱きしめられながら、思わずふさふさの尻尾が左右に揺れていた。
…ふ、身体は正直ね、銀埜。
 私は心の中でまるで時代劇のお代官さまのように呟きながらほくそえんでいた。
そしてハッと我に返ると、
「そうそう、綾さん。この子は逃げないから、少し話でもしない?」
 放っておいたらいつまでも撫でくりまわさないか、と不安になるほど興奮している綾に話し掛けた。
綾もハッと我に返り、少々顔を赤くしながら椅子に座りなおした。
「え、えーっと…それで、何だっけ?」
 といいながらも目線は私の隣にお座りしている銀埜に注がれている。
私は内心にやにやしながら、話を切り出した。








「…それでね。綾さんが今困っていることを知りたいの」
「困ってる事なんかないわ。人生順風満帆よ」
「…そう?ホントにそうかしら?さっきも言ったとおり、ここは望みを持っている人が来る場所なのよ。
だから綾さんが気がついていないだけで、本当は…」
「…望み、ねえ…」
 ううん、と綾が唸り始めた。そして、ハッと顔をあげる。
「…そういえば。あたしはそんな重症だと思ってないんだけど、
周りの人たちがよくあたしのことを、方向音痴だって言うのよね。
待ち合わせ時間にはその場所にたどり着けなかったり、いつも大抵目的の場所とは違うところに着いたり、
近所のスーパーに出かけたはずが2時間ほどかかっちゃったりするんだけど」
「それはもう立派な重度の…」
「シッ!」
 思わずツッコミを入れかけた銀埜を黙らせ、私は苦笑しながら言った。
「それが…綾さんの悩みなのね?」
「そーね。悩みらしい悩みていってもこれぐらいしか思いつかないわ」
「なるほど。よく分かったわ」
 私は頷きながら、心の中で考え始めた。要は、ナビゲーターが必要なのよね。
綾さんが間違った道を選ばない為の。…そういえば、少し前につくったあれがあったじゃない。
同じく方向音痴の友達のために作ったやつなんだけど、
渡す前に私が日本に来ちゃったんだっけ。懐かしいわ、リースは元気かな…。
「ちょ…」
「あの子は流れるような黒髪で、とても綺麗な子だったわ。まるで水の妖精、ニンフのような…」
「ちょっと、ルーリィ!?」
「ワウッ!」
 …ハッ!
 私は、綾の呼び声と銀埜の吼える声に思わず我に返った。
危ない危ない、また過去にトリップしちゃった。
「あはは、ごめんね…そう、方向音痴…いやいや、少し迷いやすいのよね。それならいい道具があるの」
「…道具って?あたしが車ならナビでもつけられるんだろうけど。生憎様、そんな簡単には…」
「それが簡単なのよ。まあ見ててね」
 私は、フフッと笑って、カウンターの下を覗き込んだ。
えっと、確かこのあたり…だったはずなんだけど。
店の準備をしているときに、この籠の中に放り込んだはずなのよ。…どこだっけ?
「ちょっとお、大丈夫?」
 眉をひそめて、綾が覗き込んでくる。
「大丈夫、大丈夫…ここに…あった!」
   ガツンッ!!
慌てて立ち上がった拍子に、机の角に思いっきり頭をぶつけてしまった。かなり痛い。
「う〜…いたた」
 思わず涙目になりながら、よろよろと立ち上がる。そして手に握ったものを、カウンターの上に広げた。
「…何、これ。ただの紙?」
「ふふ、ただの紙じゃないの。魔法の紙よ!!」
 私が胸を張って高らかに言うと、綾は唖然とした顔で私を見つめた。
「…あんた、大丈夫?打ち所悪かったんじゃない?」
 …そう冷静に返されると、こっちも虚しいわね…。
私は心の中に空虚な風がふいているのを感じながら、コホンと咳払いをした。
「信じられないと思うけど。本当なのよ。これがあなたを助けてくれるわ」
「これがぁ?」
 綾は眉をひそめながら、ついっとその紙を摘み上げた。
それは20センチ四方の正方形の形をした紙だった。古ぼけた羊皮紙で、表面にも裏にも何も書いていない。
「はい、これでどこか行きたい場所をこの紙に書いてみて。どこでもいいわ。でも半径5キロぐらいのところでお願いね」
 私は綾にボールペンを差し出して、机に広げた紙の上を指差した。
綾は不審そうな顔を浮かべながら、少し考えた後ペンを握り締めて紙に向かった。
綾の頭の上から覗き込んでみると、紙に大きく書かれた文字は、この近くにある駅名のようだった。
たしかここから2キロほどだったかしら。…それなら十分ね。
「…書いたわよ。それで?」
 綾が書き終わった紙を、私の目の前に突きつけた。私はにっこり笑って、その紙を綾の方につき返す。
「まあ、見てみて頂戴」
「何よ…?」
 私はまた文句が飛んできそうな綾の視線を紙の上に戻した。
そして人差し指で、ぽんと紙を軽く叩く。すると大きく書かれた駅名が、まるで紙にインクが溶けるようにゆっくりと消えた。
「……!?」
「驚くのはこれからよ?」
 私はクスリと笑う。その間にも紙は刻々と変化していた。
駅名が消えたかと思うと、インクが分裂したかのように、また紙の上に滲み出してきた。
インクはぼんやりと形を変え、直線や曲線を描いていく。
そしてみるみるうちに、紙の上には立派な地図が出来上がっていた。
もちろん、この店を出てからその駅に行くまでの道が、克明に記されている。
「……え?!何、これっ!手品!?」
「だから、魔法だって」
 私はくすくすと笑いながら言った。
「この紙に行きたい場所を書き込むと、現在場所からその目的地までの道があらわれるの。
随時確認していくと、もし間違った道を選んだら地図が警告してくれるわ。
これならそう簡単に道には迷わないでしょう?もう時間通りに着けなくて、怒られることもないわよ」
「別に、そんなに怒られたわけじゃないわよっ」
 綾は心外だ、というように頬を赤くしながら言った。
「うん…でも、これって結構役立ちそうね。もらっていいの?」
「いいわよ。前につくってたものだから、新しくつくったわけじゃないし。
リースのかわりに綾さんに役立ててもらえば道具も嬉しい筈」
「…リースって誰よ?」
 私はケラケラと笑いながら言った。
「私の友達。あなたと同じ、重度の方向音痴なの。私は何度あの子を探しに山に入ったものか!
3日3晩遭難して戻らなかった事もあるのよ」
「だから、あたしは重度じゃないってば!」
 あんたしつこいわよ、とキッと睨まれた。でもその頬がほんのり赤くなっていたので、私はくすくすと笑いながら、
「そう?ごめんなさい。じゃあその『見えない地図』も綾さんにはいらないかしら?」
「…………。」
 綾はうっ、と言葉につまったが、やがて開き直ったように胸を張って、
「いんや、これはもらっておくわ。せっかくくれるってもんを、わざわざ返す道理もないでしょ」
「あら、そう。じゃあどうぞ。綾さんのお役に立てますように」
 私はにっこりと笑って、紙を丸めて綾の手の中に収めた。
「うん、ありがと。悪いわね、初対面なのに」
 綾は手の中の紙を、自分のバッグに仕舞いながら言った。
「そんなことないわよ。私はそのために、この店を開いてるんだから」
「ふぅん…。やっぱり、ルーリィって変な人ね」
 そう言って、綾はニッと笑って椅子から立ち上がった。
「でも、なかなか面白かったわよ。また来るわね。
あのおにーさんにもよろしくっ。じゃあね、銀ちゃん。また遊びましょ!」
 そう言って手を振り、ぱたぱたと足音を立てながら、店のドアをあけて出て行った。
私はカラン、カランというドアにつけている鐘の音を聞きながら、ふと自分の足元にいる銀埜を見下ろした。
「…今、あの子…。銀って呼んだ?」
「…呼びましたね」
「もしかして、銀埜の正体…気付いたのかしら?」
 しかし銀埜は、特に何も思わない様子で、後ろ足でぽりぽりと耳の後ろを掻いていた。
「さあ。それは分かりませんが。大方、勝手に名前をつけて勝手に呼んだのでしょう。
人間にはよくあることです。黒い野良犬をクロと呼んだり、三毛猫をミケと呼んだり。
人間の手前勝手な部分がよく現れる一例です」
「………そうかしら」
 私は、そうは見えなかったけどな。

「そういえば、銀埜。あの子に可愛がられて、嬉しかった?」
「……いいえ。愛玩犬扱いは好ましくないと言ったでしょう。人懐こい人間、ただそれだけです」
「へえ?」
 抱きしめられて思わず尻尾振ってたのは誰だったかな?

私はそう言いかけて、口をつぐんだ。
ただ、ぽんぽん、と銀埜のなめらかな毛並みを撫でで、くすくすと笑った。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3660 / 皆瀬・綾  / 女 / 20歳 / 神聖都学園大学部・幽霊学生】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの瀬戸太一です。
この度はノベルの発注、誠にありがとうございました。
新NPCの初ノベルということもあり、少々長くなってしまいました。
ですが、お気に召して頂ければ大変光栄です。

それでは、またどこかでお会い出来る事を祈って。


追伸:私も結構な方向音痴なので、綾さんに近親感が沸いたり。