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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想恋歌 〜時追い〜

□オープニング

 あなたと出会えてよかったと、思える自分がいる。
 空は青。
 風は凪。
 両手いっぱいの笑顔を、ずっと見ていたいと願う。
 それは自分だけじゃないと信じているから。


□時追い ――水鏡千剣破

 学校の隅。物理室や科学実験室などが並ぶ南棟には、眩しいほどの秋の太陽が当っていた。まだ放課後になったばかりで、暗幕で覆われた教室に差し込んでくる日差しも、夕方色を帯びてはいない。
「盾原部長、もう行ってもいいんですか?」
「ええ。そろそろ時間でしょ? 他の子も休みが多いから行っていいよ。今日はもう終了にするわ」
 私は委員会の会合があるという部員を送り出した。ペコリと頭を下げ、下級生が廊下へと出ていった。ひとりぼんやりと机に座る。目の前にはタロットカードがあった。私と彼をつなぐ唯一のモノ。占術部部長だからという訳でなく、私の生活そのものがカードに支配されているといっても良い。常に失った前世と、カードが示すこれから出会う未来に想いを馳せる。唯一、それだけが私の日常だった。
 現実から逸脱した世界を歩いているように、周囲には見えるかもしれない。でも、確かにそうなのだから否定する気にもならない。だから、私に親しく話しかけてくるのは数少ない部員くらいなものだ。
 閉まったドアの外。長い廊下を騒々しい足音が近づいて来るのに気づいた。

 そうだわ。彼女がいたわね……。一言めはそう――。

「柑奈! 面白いことない?」
 予想通りの台詞に苦笑しつつ、僅かに息を切らした千剣破を見つめた。同じクラスになって間がないのに、急速に仲良くなった友人。私にしては珍しいことだ。浮世離れし、協調性に欠ける人間に馴染もうとする人物は少ない。そんな状況に慣れ、人と関わることを忘れていた私に、彼女――水鏡千剣破はいつも声をかけてくれた。他人のように問いかけに対する答えを無理強いするでなく、さりげなく傍にいてくれる子だった。見目は際立って綺麗で、女性の私でも戸惑うほど。なのに屈託なく笑う姿は親しみを感じずにはいられない。そんな彼女だからこそ、私は安心して笑うことができるのだろう。
 長い黒髪。神秘的な青い瞳。家業として神社で姫巫女の修行をしてるせいか、神聖なオーラに包まれている。本人は気づいていないようだけれど。
「…何も変化なしよ。千剣破こそ、私に用事があったんでしょ?」
「やっぱり分かっちゃうか。もしかしてあたしのこと占ってた?」
「ええ。今日はもう私ひとりだしね。暇だったからね」
 白い歯を見せて笑う友人に、まだ冷たさの残るお茶を紙コップに入れ差し出した。大きなペットボトルを買っておいてよかった。自分の分も入れようとして、ふと小さな円の中に揺らぐ水面に目を落した。
 小波。
 波紋。
 どんなにささやかな器の中にも、海原と同じ姿を示す水。それは人の運命や行く道をも平等に映し出す。だからこそ、水は占術に非常に有効な手段。私は、千剣破が自分の名の通り、水を鏡に見立ててでなら占えるようになるのではないかと思った。
「ね…千剣破」
「ん? なに? お茶美味しいね♪」
「いつも言ってるけど、本格的に占術をやってみない? あなたにはその力があるはずだもの」
 私の提案に少し首を傾げ、
「うーん、水面で未来を占うような術なら使えるようになれるかもしれないけど、なんせ未熟者だからねー」
 と唸った。私は彼女も同じことを考えていたことが嬉しく、提案した。
「未熟と自覚しているなら尚更だわ。準備するから、やってみましょう」
「今するの? 家に帰っても修行ばかりなのに、ここでもするなんてなぁ……。だって、あたしは柑奈と話しに来たんだよ?」
 憮然とする千剣破。けれど、すぐににっこりと笑って私の提案を承諾してくれた。
「柑奈には、いつもありがたいと思ってるの」
「……感謝されるようなことは何もしてないつもりだけど?」
 私がガラスの器を用意している間に、彼女が言った言葉。心当りがなくて問い返した。千剣破は窓の外を見つめながら言った。
「だっていつも占ってくれるじゃない」
「私が好きでやっていることよ」
 千剣破はゆっくりとコチラを振り向き、微笑んだ。夕日を背にした顔はっきりした陰影が現われ、美しい容貌を際立たせていた。その双眸を細め、彼女は首を振った。
「柑奈はあたしが退魔の仕事をしてるから心配してくれてるんでしょ? 怪我しないように、無事に戻ってこれるようにって」
「…………千剣破…」
「本当に感謝してるの。あたしは、ほら、こんなだからさ、目の前のことしか見えなくて危ない目にも遭う。けどね、ああこれが終わったら柑奈に報告しよう。また心配してるかな…とか思うとね、あたしは転ばずにきちん歩けるの。ちゃんと仕事できるんだ」
 私は言葉に詰まった。次の台詞は用意していたつもりだったけれど、唇が動かない。こんなに真っ直ぐな言葉をもらったことがあっただろうか? 記憶にあるだけ全部のページを開いても、見当たらない。こんな幸せな言葉達を。

 千剣破は私の答えを待たずに「へへへ」と笑って、手にしていたガラス皿を奪った。コトリと机の上に置くと、椅子に座って私を見つめた。
「さぁ、準備完了。やってみるから、教えて」
「そう…ね……。じゃあ、何を占う?」
 何も言えないまま、彼女のペースに巻き込まれてしまった。千剣破はと言えば、そんなことなど気にもとめていない様子で、ガラスの器を指先で触っている。生ぬるい水に一瞬浸しては、すぐに引き上げる。しばし戯れ、私の問いに答えた。
「うーん、未来を今知っても嬉しいとは思わないしなぁ…。そうだ! 今夜の晩ご飯なんてどう?」
「え…そんな内容でいいの? もっとちゃんと知りたいって言う願望が強い方が――」
「だってすぐに上手くいくとは思えないし、あたしの今一番の関心事は晩ご飯のメニューだもの」
 キョトンとした顔で目を輝かせている。そんな千剣破を私は好きだった。何事にも迷いがなく、自分の力量と進む道をしっかりと理解している。私は肩の力を抜いて、溜息をついて見せた。
「いいわ。占う内容はそれにしましょう」

 洗面器ほどの大きさの器。水面は千剣破の指先が作った波紋が静かに消えようとしている。私は、机に出したままだったタロットカードを箱に仕舞うと、代わりに鞄から封筒を取り出した。
「それに何が入ってるの?」
「占いの道具。ま、道具と言ってもその辺りにいくらでもあるものだけれどね」
 季節は秋。花びらや枯葉を見つけるのは容易。薄茶色の封筒を開くと、少し萎れたコスモスの花びらを取り出した。色は――そう、赤紫。目を閉じた時に瞼の奥に色が残るほど、色濃いものの方がいい。
「私の占いは独特らしいの。あまり参考にならないかもしれないけど」
「ふうん…そう言えば、柑奈が水を使った占いするの見たことなかったな」
「得意とは言えないわね。…じゃ、やってみましょう。まずは、花びらを左手に乗せて」
 指先で摘み上げたコスモスの花びらを、千剣破はそっと手のひらに乗せた。息を乱すと飛んでいってしまいそうだとでも思っているのだろう。緊張気味に呼吸を浅く吐き出している。
「右手をその上に重ねて、そして頭に思い浮かべて、占いたいことを」
「声に出すの?」
「出さなくてもいいよ。でも、一人の時は言葉にする方がいいかもしれないわ。言葉は命を持つモノだから、唇から滑りでた瞬間から力を得ようとする」
 私の教えに頷きながら、彼女は口の中で呟いている。
「思い浮かべたら、両手に挟んだまま水の上に移動させて…そう、まだ離さないで」
 千剣破はもう喋ることも止め、真剣な眼差しで水面と自分の手を見つめた。
「もう一度、占いたいことを願ってから、花びらを水の上に落して」

 ハラリ…。

 花びらがゆっくりと回りながら、舞い落ちる。着水と同時に波紋が広がっていく。もう説明しなくても、千剣破は理解している。水面を見つめ、その奥に映る何かを読み取ろうとしていた。
 風がカーテンを揺らす。私は、彼女の答えを待った。
「……ふぅ…。ちょっとしか見えなかったわ」
「そう…」
「でも! すごく美味しそうに食べてるあたしがいたわ♪ それに、横には柑奈がいるの」
「私? どうして……今日の晩ご飯でしょう?」
 千剣破はいたずらっ子の目で笑った。
「だって、あたしが今日ここに来たのは、晩ご飯一緒に食べようって誘いにだもの! ねっ、食べにくるでしょ?」
 私は再び嬉しさが込上げた。こんなにも現実を生きる友人がいる。そして、私を現実に呼び戻してくれる。彼女は何も言わないけれど、きっと知っている。私が前世に囚われていることを。
 前世に失った彼。いつか出会えることを示すタロットカード。けれど、それはただの占い。どんなに的中率が高くたって、外れることもある。だから、自分の足で動かなければいけない。現実を生きなければ行けない。それをさりげなく教えてくれている気がした。
 千剣破は素敵な姫巫女になるだろう。私が信じてるから。

「もちろん行くわ。お手製でしょうね?」
「……むむ、それは秘密です」
 互いに目を合わせ、吹き出す。輪唱する笑い声が、水面に浮かんだままの花びらを揺らした。水を弾くその表面に、小さな雫。
 時を追うのは止めよう。過去を振り返っても、何も変わらないから。だったら、未来を知るのがいい。知っても自分のまま歩けばいい。時間が積み重なっていく度に、私と彼女の作った思い出は増えていくから。
 それだけは確かなこと。

 夕映えの街並に、ふたりの影が弾んでいた。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 3446 / 水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや) / 女 / 17 / 女子高生(巫女)

+ NPC / 盾原・柑奈(たてはら・かんな)   / 女 / 17 / 高校生(占術部部長)

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■         ライター通信                  ■
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 こんにちは♪ ライターの杜野天音です。
 「幻想恋歌」2作目は、女の子同士の友情物語でしたね♪
 ちょっと書くの手間取ってしまい、納品が遅くなってしまいました。けれど、柑奈の1人称だったので、気持ちの部分を表現しやすかったです。今回の物語は如何でしたでしょうか?
 互いに能力はあるけれど、それはふたりの間にはなんの意味もない。あるのは、思いやる心。柑奈が千剣破の言葉に喜びを感じるように、彼女にも柑奈といてよかったと思って欲しいですね。

 学生時代は心の成長が一番。その成長に必要なものは、大切な友人ですよね。柑奈を千剣破さんの友達に選んで下さってありがとうございました。また再会できることを祈っております。