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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想恋歌 〜綴られる文字〜

□オープニング

 風が吹くように。
 水が流れるように。
 心はキミへと進んでいく。
 気づいた想いは、幻想の中で巡る。
 恋を歌うように。

 現の世。すべて幻。
 それでも人は愛しき人を求める。
 手を伸ばして――。


□綴られる名前 ――宮小路皇騎

「そうですか…。やはりそこにならあると思いました。……ええ、すぐに伺います。フフッ、そんなに時間はかかりませんよ。実は近くまで来ているんです。では、後ほど」
 左耳に付けた小型ネット端末を小さく収納した。混み始めた夕方の道。心労の元になっていた物が見つかり、一応の安堵を得て運転に集中することにした。電話の相手は東京神田にある、本なら何でも揃うと名高い「いにしえ屋」の女性店員。以前、同様の件で協力してもらったことのある人だ。今回もまた、家業である陰陽師としての仕事。所謂「いわくつき本」の発見のためだった。
 現実に足が棒になるのではないかと思うほど、様々な書店、古書店を巡った。しかし、なかなか発見できずにいた。実家からは当初、栃木辺りの店に流れたとの情報があり、そちらばかり探していた。しかも、力ある人物が名を口にすると「呪本」の封印が解かれるため、本の所在を確認するのに筆談せねばならないのも、発見に時間がかかってしまった要因のひとつだった。
 両肩で『御隠居』と『和尚』が羽ばたいて、そろそろ到着だと知らせた。

「宮小路さん、いらっしゃいませ♪ 梟さんもこんにちは。お待ちしていました。生憎、店長は外出中なんですけれど」
 『いにしえ屋』の前まで来ると、店用エプロンとスパッツ姿の女性が出向かえてくれた。それは電話の相手だった添野律さんだった。
「こんにちは。添野さん。いえ、店長さんよりは貴方がいて下さる方がこちらとしては嬉しいですよ」
「わたし…ですか? まぁ、誉め言葉がお上手なんですね…ふふふ。では、早速倉庫へご案内しますわ」
 彼女は自分を指差して微笑んだ後、腰まで届く黒髪を少し邪魔そうに跳ねて背を向けた。ゆっくりと歩く後ろ姿。彼女との記憶を思い出し苦笑してしまった。

 ――そう言えば、あの時は随分長い時間、添野さんの話を聴いていたんでしたね。
    私にして見ればよく我慢できたものだ。
    愉しいと思ってしまった自分が今でも不思議で仕方ない。

 彼女が本のこととなると時間を忘れ話込んでしまうのだと知ったのは、他の店員の心配そうな言葉からだった。柔らかい物腰、日向の温かさを持つ微笑み。それに反して強い光を放つ金の瞳。気づくとその視界に入ろうとしている自分に気づく。後ろを歩いている今も、なぜか「振り向かないだろうか」と想見してしまうのだ。
 おそらくはその金の瞳が力を持っている。それは式神である2羽の梟が労なく見えることでも明白。なのに本人は全くその事実を知らない様子だ。前回の封印成功も彼女の助力の程が大きい。

 地下へと続く階段。そこを降り切ると、灯りも乏しい廊下が続く。その一番奥。
「ここです。書庫の鍵はわたしが開けた方がいいですか?」
「もちろんですよ。貴方しか開錠できないことは、すでに存じてますよ」
 私の言葉に彼女は不思議そうに首を傾げ、思い当った様子でポンと手を叩いた。
「部外者の方が鍵を開けたら、店長が怒るって思われたんですね。担当者は確かにわたしですが、そんなことありませんのに」
 否定しようかと一瞬唇が動いたが止めた。本人は力がある――ということを知りたくないかもしれない。力は万物に与えられれば利点多き物だろう。けれど、特異な力を持つ者の苦労を己自身よく知っている。私は黙って相槌を打つだけに留めた。
 紺色のエプロンの下から首に掛けた鍵が引き抜かれる。真鍮色のそれは古めかしく、鉄製の扉を頑丈に閉ざしている大きな錠前に相応しい。事もなげに、鍵が差し込まれた。ほんの刹那、朱色の光が鍵穴から零れた。
「鍵を開閉する瞬間に封印している…そのことに気づいていないんですね…」
 口の中だけの独白。只の人が呪法を使わずにできるものでは決してない。発動時間があまりにも短く、その力が何に起因するのか知ることは出来なかった。本人は無意識に行なっているようだが、もしかしたら店長は気づいているのかもしれない。だからこそ、添野さんをここの担当にしたのだろう。

 ――狸だな…。あの店長。

 飄々とした中年顔を思い出し毒づいた。
 ドアが開いた。彼女が電灯のスイッチを入れながら、ふいに口を開いた。
「宮小路さん。探してらっしゃるのは、東洋呪蟲――」
「わっちょっと待っ! 言わないで!」
 思わず背後から口を両手で覆ってしまった。密着した体。想像以上に華奢な肩に驚く。手のひらに濡れた唇が当っている。かかる吐息が熱い。彼女の頬が上気していくのに気づいて、慌てて手を離した。
「いや、あの…お、お願いしていた通り、呪本の名を呼んではいけないんですよ…すみません。驚かせてしまって」
「……あ…いえ。わたしが忘れていたのが悪いんですもの……」
 まだ赤い頬を両手で隠し、彼女は申し訳なさそうに眉根を寄せた。心臓が緊張とは違うリズムで鼓動している。気づかないフリをするには威烈過ぎる。今まで経験したことのない感覚。それはどんなに魅力的な女性を前にしても、あまりなかったことだ。
 財閥の御曹司という絹を着せてしか、私を見ることが出来ない女性を数多く目にしていたからだろうか?
 それとも純粋に気恥ずかしかっただけか?
 どんな理由づけも彼女の微笑の前では意味を成さない。媚惑的なそれでなく、無垢な光を灯す瞳。力の有無に関係なく、彼女自身に砕心している自分がいることを、収束の目途すら立たない鼓動の早さで知った。

 ――ぎこちない時間の経過。
 打ち破ったのは、重厚なドアの締まる音だった。
「なっ! 誰かいるのですか!?」
「…ちゃんと閉まらないようにしていたはずです……。それにこの場所へは皆怖がって来ない…のに。――あ! 何か…います。変な感じが」
「さっきので解けたかっ! くそっ!!」
 ドアに走り寄った。ノブが回らない。蹴り上げた足が痺れる。通常の施錠ではない。僅かだった邪まな力が一気に増大する。叩きつけた呪符が一瞬で焼け焦げた。間髪入れずに、背後で風が逆巻いた。
 荒れ狂う室内。棚という棚から、積み上げられた本が舞い落ちた。渦の中心には蓋の開いた箱。朱の紐がほどけて、蛇さながらに鎌首を上げている。
「――何が…何が、封印されているんで…す、か…?」
 呼吸すらままならない中で、添野さんが声を上げた。轟音が凄まじい。私は精一杯の大声で答えた。
「雲です。…く、……本来、虫であるはずの蜘蛛が、転じて黒雲となった妖魔です!!」
「あの空の…ですか?」
 強く頷いた。彼女の目が驚きに見開かれた。渦の中心で煙が立ち昇った。螺旋を描き、天井一面に姿を象っていく。
「本当に雲なんですね……」
 本心から感心している様子で彼女が見上げている。黒雲が蜘蛛の形のまま蠢く。実体のないものは扱いにくい。北辰一刀流を皆伝している身とはいえ、狙いの定めが難しいのだ。
 風が一層強くなった。立っていられない。すぐ横に立っていたはずの添野さんが風に押され、どんどんと部屋の奥へと追いやられて行く。近づこうとしたが、空気の壁が邪魔をして思うようにいかない。
 ここにいるのだと、存在しうる者なのだと鼓舞するように吹き荒れる風。私は風圧に体を揺さぶられながら、周囲を四顧した。封印すべき元凶を見定める。電灯は消え光はない。薄暗かった室内の闇が密度を増す。辛うじて通風口から外光が差し込んでいるだけだ。
「…く……これ程とは」
 呟いた先で、華奢な肢体がよろめくのを見留めた。咄嗟に床を蹴っていた。届く距離ではないかもしれない――けれど、拱手傍観は罪。それが心を砕く女性なら尚更のこと。
 一心に届けと祈った。
「添野さん!!」
「やっ…きゃぁーーっ……」
 壁に激突する寸前で、彼女の体を掠め取った。咄嗟に体を反転させたが床で嫌というほど肩を打ちつけた。痛みからすれば脱臼くらいしているかもしれない。だが、今はそれどころではない。気を失ってしまった添野さんをそっと寝かせ、上着のポケットから呪符を取りだした。
 武器召還のを印を施す。呪符に気を込め、頭上に翳した。
「天蠅斫剣! ここに来れり!」
 呪符が光り、その瞬きの狭間から刀身が姿を現した。コンクリの床を割り、突き刺さったそれを手にして添野さんを庇うように立った。右手がダラリと下がっていた。確実に脱臼している。目を閉じ、邪気を祓う。集中し、妖魔の放つ念を追った。
「やはり、そこかっ!!」
 本を縛っていた朱の紐目掛け、一気に剣を振り下ろした。生き物の如く蠢いて、紐はだたの紐に戻った。
「添野さん! 添野さん! しっかりして下さい」
 気を失ったままの彼女の頬を優しく叩く。抱えようとして脱臼した痛みに思わず唸った。その時だった、意識を失っているはずの彼女の全身が、瞳と同じ金色に輝いた。私は広がっていく光の帯に包まれた。そして、すぐに光は失われた。
「――あれは一体…? ……えっ、痛みが!?…ない?」
「んん…。――宮小路さん? ……あら、もう黒雲は消えてしまったのですか?」
 痛みが消失し、腕が自由に動く。完治している。きょとんとした顔で目覚めた添野さんを支え立ち上がらせた。
「……ええ。呪本の封印が解けかけ、一部だけ抜け出た妖魔が縛っていた紐に入り込んだのでしょう」
 私は相槌を打ちつつ、服の埃を払う彼女をぼんやりと見ていた。傷を治したのは彼女の力。確かにそこにある力。仕事が終わったことをこんなにも残念に感じたことはなかった。

 本を携え、店を後にする。振り返れば彼女が手を振っていた。
 そうだ。
 どうしても振り返ってしまう自分は、きっとここへ来た時とは違う自分になってしまったのだろう。心の中に忘れえぬ名前が綴られたこと。
 そして、その名の心当たりは最初に出会った時からあったのかもしれない。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき) / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)

+ NPC / 添野・律(そえの・りつ)       / 女 / 23 / 古書店店員

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■         ライター通信                   ■
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 こんにちは♪ ライターの杜野天音です。
 初めて「幻想恋歌」を書かせてもらい、なんだかとても新鮮な気分で創作時間を楽しませて頂きました。展開のハッキリしている物語で、そこに感情を入れる作業の愉しいこと! 宮小路さんがいつか律のことを名前で呼ぶ日が来るのでしょうか?
 宮小路さんは律が弱いタイプだと想像します。きっと彼が帰った後も思い出しては、ドキドキしていることでしょう(笑)
 武器召喚シーンがイマイチ不安なのですが、イメージから外れていないことを祈ります。
 思えば、律は年上でしたね(笑) それっぽくないですけど。

 それでは本当に発注ありがとうございました♪ また二人が再会する日が来ることを願っております(*^-^*)