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百鬼夜行〜闇〜
◆闇の先 繋がる糸◆
百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、草間興信所とアトラス編集部の間に協力体制が敷かれる事となった。
「――情報、感謝する」
背中を興信所の協力者達に向け、草間・武彦がやや不機嫌そうに言った。
それに微笑みを返す碇・麗香は、アトラス編集部の協力者達を振り返る。
「お互いに、です。早期の解決がアトラスと興信所の名を広める事は間違い無いですし……」
怪奇探偵で有名になりたくなどない。そう呟いた草間の言葉は綺麗に無視。
「それでは、この本は草間さんにお渡しするわ。アトラス側は情報収集に尽力させて頂くけど……何人か空市へ入るのでよろしくお願いしますね?」
「……ああ」
「得た情報は、お互いに隠す事なく交換し合う……それで宜しいかしら?」
「問題ない」
草間は言葉少なに頷いて、それからはたと何かを思い出したように再び口を開いた。
「あんた方がどんな情報を記事にしようが勝手だが、くれぐれも、コチラの人間を撮影したり名前を出したりする事だけはしてくれるなよ」
剣呑な瞳に睨まれながら、碇は肩を竦めた。
「アトラスは信用頂けないかしら?少なくとも私は、口約束だからといって破ったりしません。これでも事情は察しているつもりですよ?」
興信所側には闇で動く存在も多い。能力者と言えど、まだ年若い者も。そんな彼らにとって危険だからこそ、報道が規制されていると言っても過言ではないのだ。
草間はしばらく思案に耽っていたが、やがて重々しく溜息をついた。
「では、改めて交渉成立ですね?私は一度編集部に戻りますが、お互いにもう少し情報の交換が必要でしょう。後は能力者達にお任せするので、よろしくお願いしますね」
そういって碇は、振り返る事なく去っていった――。
後に残された草間は、深い溜息を漏らした後にやっと協力者達を振り返った。
「って事だ。後は任せる」
そうして少し離れたソファーへと腰を落ち着けてしまった。
◆二つの道 二つの心◆
興信所とアトラスの面々は今、近隣の市に存在するホテルに居る。彼らはこれから各々の行動を取る為、活動拠点が必要になる。その為に、アトラス側の何たらという財閥の総帥がホテルの1フロアを貸し切ったのだ。
空市の市長は己の屋敷とも言える家を自由に使ってくれとは言ってくれたが、大所帯となった今だと動きが制限されてしまう。
そういった面から大変効率の良い状態だといえる。
興信所側の一人としてその場に立つ綾和泉・汐耶は、時間が惜しいとばかりに早速情報交換を始めた。アトラス側の協力者、兄である綾和泉・匡乃がアトラスで編集した資料ファイルを手渡してくれる。仲間達には、アトラス側が得た情報を匡乃が逐一報告してくれる旨を伝える。
「これが、例の書物なんですね……。見せて頂いても?」
水上・操が件の本を指して尋ねると、火宮・ケンジが快く是と答えた。
「術の解き方と言っても――俺、そういうのはカラキシなんで、それは興信所の方々で読み解いて頂いた方が確実かと思うんですけど」
「それが確実か。……やっぱり、陰陽術とも違うな」
本を覗き込みながら、桜塚・金蝉が面倒臭そうに唸った。
「では、本は置いておいて、情報交換と行きましょうか。まずは草間側から……でいいかしら?そちらには今回シュラインさんがいらっしゃるし、こちらで抜けている部分はシュラインさんに補足頂ければ、と思うのだけれど」
新たに加わった面々に顔を巡らせながら、汐耶が続ける。
「まず、攫われた子供について。子供の特徴に類似点は無く、共通する事は百鬼夜行の夜に外に出たという事だけ。子供を攫う理由は――」
「俺達、一回アッチに行ってみたけど、どうやら【誰か】の生まれ変わりって奴を探してるらしい。それが子供だって話だな」
「【誰か】っていうのは、術師の事じゃ無いかと思うのだけど……どうかしら」
伍宮・春華の言葉にシュライン・エマがそう続けると、一つ二つ賛同が上がった。確かに、その確立は高いだろう。
アッチというのは、異形の世界。異界入りを果たした春華とアールレイ・アドルファスの言では、異形の女王が治める巨大な国だったとか。異界についての情報は、どうやら女王が【狼】を恐れているという事。相性が悪い、もしくわ天敵なのかも知れない。それから、異形達が自らの住む世界で『人を殺せない』事。攫われた子供達は、異界のどこかに捨てられたという事――微かな希望がそこにある。
「それから……『妖怪は家の中に手を出せない』という事……」
「あ、それは事実です。これにも書いてありますけど、俺と三下さんで実証済みですよ」
操が本のページを捲りながら呟けば、ケンジが後編の一冊を叩いてみせた。
「興信所の皆さんが仰る様に、認識出来ないというのも事実の様ですよ。実際見た所――彼らの瞳に、感覚に、結界内の事は感知出来ないのでは?門に掛かる術と同じく、僕達にも察知出来ませんしね」
穏やかに微笑みながら、匡乃が付け加える。
――前回からの考察は、以上だ。後は第二陣のみの問い掛けや、些細な修正を行う。
「……百鬼云々の前に、とにかく、子供の為には早急な行動が必要ですね。何の力も無い子供達が『捨て』られて、一体どんな状況に居るのか……」
「そうね。捕らえていて貰えた方が、まだマシなのだけど……。些か時間が経ち過ぎてしまったわ」
「アトラスの情報を待ってから行動じゃ、遅いかもだな」
そうなのだ。今回の事件は、百鬼夜行を排除すればいいわけではない。何よりも最重要・優先させねばならない事は攫われた子供達の救出であり、術師と異形達の関係や、術の特性等では無いのだ。無論術を解く為・子供を救う為の重要度としては高いのだが、封印も無理矢理に解こうと思えば解ける。ただそれには、かなりのリスクが伴うというだけで。
ただそのリスクを恐れて後手に回ってしまった前夜、子供が一人攫われたとあっては、もう、余裕など感じている場合ではない。
「管理する図書の九十九神の方に尋ねてみたのだけど、明瞭な答えは頂け無かったし……」
憂鬱そうに溜息を吐いた汐耶の肩に、匡乃が触れる。
「とにかく、汐耶は空市へ行ってらっしゃい。調べ物は僕達にまかせて――」
こうして、興信所の面々は今一度空市へと、編集部の面々は情報収集へと、それぞれ行動を別った。
◆空市の封印 危険の匂い◆
「この本があれば、奴らの世界には案外簡単に入り込めそうだな」
分厚い二冊の本を片腕のみで軽々と持ち上げ、足元までの長髪を持った男はあっけらかんと笑った。真柴・尚道という名のその青年に、眉間に皺を刻んだ法衣の金蝉が不機嫌に返す。
「どうだかな。俺はまず、その術を解く事すら容易だとは思えねぇが」
一昨日、目の前で攫われた少女の事を思い出したのか。第一陣のメンバーは、各々の思案の中表情が暗い。
「油断は出来ないわ。例え自分の能力に自信があったとしても」
「もう二度とあんな事態は引き起こしたくないです……」
足早に歩く彼らの後を駆けるように着いてくるのは、神父見習いの柊・秋杜と異形の女王の恐怖の対象らしい、人狼族のアールレイ。
「その本見てもなぁ、不可解な所は大分あるし……」
和装の少年、春華が頭の後ろで腕を組みながら、ぼやく。
「第一、術を解くのは何とかなりそうだけどさ、後からまた塞ぐのが無理っぽいし」
「そうですね。ただ解く際に、何か影響が出ては困りますから……やはり、本の解明は必要かと思います」
だがそれでももし、どうにもならない場合は。いっその事、汐耶が門を乗っ取ってしまった方が手っ取り早いかもしれない。汐耶の場合、『封じてある』と解釈できれば結界等を解く事は容易い。その後封印を施す事も可能ではある。
ただ古河切斗なる術師の結界がどの様な作用を持ち得るのか、封印を解く事でどんな影響を及ぼすのかが分からない。開閉を繰り返せば、磁場が狂う。確実に何かは壊れてしまう。それをどこで判断して止めればいいのか、わからない。
「誰か居るな、あそこ。市民か?」
先頭を歩く尚道の声に顔を上げると、汐耶の目に鳥居の下の人影が映った。
金色の髪が太陽を浴びて、光り輝いている。鳥居を見上げている人影の背は高く、細い。
とその人影が反転し、汐耶達の上に視線が止まった。きっとこちらに気付いたのだろう。
「遅かったな」
朗々と響き落ちてくる声は、少し高い。それに、金蝉が答えた。
「翼、何時来た?」
「今さっきだよ。空港から直行したのさ」
近づく程に人影の姿が露になる。思わず息を呑む程の美しい顔貌は、まだ幼さを残す少年のもの。どこか異国を思わせる雰囲気を醸し出しつつ、翼と呼ばれた人影は微笑を浮かべて、汐耶達を見た。
「興信所の協力者?僕は蒼王・翼。武彦から連絡を貰ったんで、応援に来た」
優雅に一礼した翼に、汐耶達も自己紹介を返した。
「本当に、何の力も感じねぇんだな」
尚道が四つの鳥居の中心に存在する大鐘に触れながら、興味深そうに言った。
能力者誰一人、ここに何の力も感じない。術がかかっている気配も、違和感も何も。百鬼夜行を告げる為に鳴り響いた、鐘のからくりも。こんな騒動でも無ければ、ちょっと変わった鳥居と古い鐘だけで話が済んでしまう所だ。
だから今まで、どんな能力者達が空市に訪れようと、調査の結果はいつも『異変無し』だったのだろうが。
「そーみたいねぇ……」
尚道の隣で厳しい顔の少年・アールレイが、鐘に爪を立てた。人狼族の鋭い爪は岩をも切るというのに――力一杯突き立てたソレには何の傷もつかない。二度・三度同じ行動を繰り返しても無意味。
唯一見つけたものといえば、鳥居の下方に彫られた【壱】【弐】【参】【四】の一文字のみで、それには然程意味は無いと見切りをつけた。
「この本でわかった事と言えば、鳥居が封印を施しているという事実と、この街全体にかけられた結界……そして、歴史の一部って所ね」
「アトラスの方で、古河切斗の血縁者を探して下さるとの事ですし……探し人の事が少しでもわかるといいのですけど……」
鳥居の数字を眺めていた操が言いながら立ち上がり、本の字面を辿り続ける汐耶に視線を向ける。
「結界は解けそうですか……?」
「えぇ。私の見解が正しければ、解くことは出来そうよ」
汐耶がだけど、と続ける。
「その代り、空市の結界全てが解けてしまうわ。元々この封印は、解く為には出来ていない様ね……」
「どういう事ですか……?」
「つまりね、古河切斗がこの封印を施した時、彼にはそこまで余裕が無かったのよ。門を閉じる事に精魂使い果たして、この後すぐに亡くなっているし……封印が破れた時の対処までは出来なかったんだわ」
けして破れない絶対の自信があったわけではないのだろう。ただ、封印をする事しか間に合わなかった。ただ厄介なのは、その術が一つのものとして成り立っているだけで。
「でも、私達が異界の門を開けるには結界を解くしか無いのですよね……」
操が苦渋に満ちた声音でそう告げる。天空には雲ひとつ無い蒼が広がっているというのに、その下の汐耶達の上には暗雲ばかり。
術を解けば、異形の集団を留める術は無い。百鬼と言わず、異形の全てが這い出て来るだろう。異界にどれだけの妖がいるのかは――想像がつかない。殲滅出来るだろうか。逃しはしないだろうか。それが不安でならない。
「異界を閉じるのに、どんだけの力が必要なんだ?俺達が異界入りした後、閉じれば問題無いんじゃね?」
あっけらかんとした春華の言葉。それに、アールレイが大きく首を振る。
「それって結構無理。この間アッチで見た青鬼――春華は思わなかった?アレ一人にでもこっちの誰かが勝てるとは、アールレイ思えないよ」
異界入りした春華とアールレイが、あっさりと弾き出されるような穴を作り出した青鬼が居たのだという。汐耶も味わった強い強い、何の動きも遮る強風。アレのような凄まじき吸引力を思い出したのか、春華が唇を噛み締めた。
「じゃあどうするんだよ!!」
「逃がさなきゃいいだけの事だ」
悲痛に叫んだ春華に、静やかなけれど決意を秘めた声が背後から返った。鳥居を背もたれに、金蝉が腕を組んで汐耶達を見ていた。
「中から女王をぶっ倒す。外からは出てきた奴らをぶっ殺す。簡単な話だろ」
……確かに、言ってのけるのは簡単だが。
「ってね、金蝉。そんなに殺意を露にする必要は無いだろう。僕は穏便に友好的に、事を進めたいと思うよ」
「俺も右に同じ。話し合いで解決するに越した事はねぇからな」
「僕も……お互いに痛い思いは少ない方が、いいかと思いますけど……」
翼、尚道、秋杜の言葉に、言葉が詰まる。この三人は先日の夜の事を知らない。汐耶にとって、それは甘い考えでしかなかった。そんなに単純な存在では無い。あの異形達に、そんな余裕を持って接する事は無理に近かった。
「それが出来れば、いいのだけど……」
曖昧に微笑んで、汐耶が声を潜めた。
「会えば、わかるわ……」
◆開いた穴 出でる異形◆
結局の所、八人に迷っている時間は無かった。アトラスからの情報を待っている時間も無い。最悪の事態を引き起こし兼ねないとしても――選択の余地は無いのだ。
攫われた子供達が生きているかもわからない現状。例え生きていたとしても無事なのかどうなのか。一分一秒でその危険も度合いも変わってしまう。
汐耶の指示で、四人の能力者が鳥居の前に立つ。黒い鳥居に操と金蝉、赤い鳥居に汐耶とアールレイ。翼・春華・尚道の三人が、歪み――つまり異界との門である鐘の側に控えている。彼ら三人が異界へと入り込むのだ。秋杜は残念ながら結界を解くには至らない為に、結界の外にて待機していた。
空市民は市民体育館に集めて、そこから出ないようにと義務づけた。
天空に輝く太陽が西へと傾き出し、東の空に濃い闇が迫り出す。
そして能力者達は、己の得意とする方法で、何百年と空市を守り続けていた鳥居を破壊した。
切斗の術を解くには、媒介となっているソレを無効化させる事。術として解く事が出来ないとわかった今、それが確実でいて最後の手段。そうして封印の媒介については、ご丁寧にもケンジが見つけ出した書物に描かれていた。
巨大な石柱が粉々に砕かれ、後には残骸となったモノが雨の様に降り注いで落ちた。
瞬間、鐘さえもが霧散し、其処には何も無かったかのように――否、小さな小さな黒い点が穿たれる。それが黒く黒く、遠めにも判るほどに大きくなる。ぐにゃりと景色が奇妙に歪み、悲鳴を上げるような大気が耳を劈く。
風がごうっと渦巻き、異界への門を広げて行く。それは全てを覆うように……。
最初にその穴に飛び込んだのは、小柄な体と細い茶毛。三人の内の誰でもない、アールレイ・アドルファス。異形の女王の恐れる狼族である為に、今回は異界入りから外された筈の――
「アールレイ!!お前、何で……!!」
しかし春華の問いに答える事なく、アールレイの身体はゆっくりと闇に没してしまう。それを追うように、春華・翼・尚道が宙を飛ぶ。
三人の姿が穴に消えたのを確かめて、金蝉が忌々しそうに吐き捨てる。
「――あっのガキ……!!」
ガキとは誰でもない、アールレイを指す。前回も前回とて見事に自分勝手に行動を起こしてくれた。今回は嫌に真面目に事に当たっていると思えば、これだ。
そんな事をやっている間にも、穴は巨大さを増していく。風は絶えず渦巻き、視界を鳥居の破片が舞う。
その中に。
小さな小さな異形が。
明るい日差しの中にその姿を曝した。
『嬉し、嬉や……』
キキキと割れ鐘のような歪な声が歓喜に笑う。
『感謝するぞ、愚かな生き物よ……!!我らは再び、女王の予言どおりに蘇る!!』
『楽し、楽し……!!』
穴から跳び出た異形に、ゾロリと続く子鬼の一団。
『我ら肉を喰らうよ』
『甘い……甘い血の酒が夜毎我らを潤すだろうの』
『断末魔は我が子等の甘美な子守唄……震えが走るじゃぁないか……』
『礼を言おうぞ、人間。まず最初にお前らを食してやろうの……!!』
ケケケと笑いながら瞳を細めた異形の額を、乾いた音と共に何かが貫通した。
『あ、ひ……?』
異形の額からドロリと黒い血が溢れ、その先から銀を帯びて冷え固まる。瞳が信じられない面持ちで見つめるのは、銃を片手に佇む、下等である筈の人間。
猛る風に立っている事さえ出来ず、汐耶には必死にその場に留まる事しか出来ない。金蝉を止めようと思っても、彼の不機嫌は絶頂。
「血ならてめぇのでも飲んでやがれ」
鋭い瞳が異形を射抜く。けれど凍り付くソレには、もう、何の声も届かなかった。
「これから広がる地獄はな、俺達じゃねえ。お前らのモンだ」
同時に穴の肥大が止まり、大気が落ち着きを取り戻す。
残骸の上から金蝉は狙いを定め、立て続けに銃を唸らせた。
◆幕間〜アトラス編集部〜◆
匡乃は碇女史の運転で高速を行く。
「火宮君と、連絡取れた?」
「いえ。それが携帯の電源が切れているようで……」
「あら。じゃ、今の電話は誰だったの?」
「妹です」
ミラー越しに見る訝しげな碇の言葉に、匡乃は携帯をしまい込みながら答えた。
「どうやら、待ち切れなった様です。まあ汐耶は子供の体を気にかけていましたし、確かに時間は無いのですが。封印を解くには少し早すぎたかもしれませんね……」
「――三下君って、確か今……」
「ええ、すみません。陽動作戦は失敗みたいですね。まあ、彼には二人の護衛がついているから、大丈夫かとは思うんですが」
西日が山裾に消えていく風景を見据えながら、碇が大きく溜息をつく。
「三下君はいいのよ、どうだって。ただ……またカメラは無駄になるのね……」
苦笑を浮かべながら、匡乃は手にした書物を開いた。空市に残った唯一の、百鬼夜行に関する文献は、空市在住の妖怪小説家が纏めたという、匡乃の手の一冊のみ。そこには調べられる限りの百鬼夜行の日付と、条件が並んでいた。かなり丁寧に仕上げられたソレだったが、残念ながら探す答えは無い。
「何事も無いと思うけれど、火宮君も大丈夫かしら?」
しかし碇の問い掛けは、思案に没した匡乃の耳には届かなかった。
◆長い夜 地獄絵図◆
地獄絵図とはこういうものなのか、と、ソレを創り出しながら汐耶は思った。道という道を埋め尽くす何百という異形の骸。ソレは自分達の作ったもの。
凄惨たる光景は、自分の腕が、操の刃が、そして金蝉の術が発動された結果。
再び封印を施そうとしても、それは一秒二秒の内に壊されてしまう。異形達は、一回りも二回りも上手――いや、術に対しての慣れがある。
仕方無しに汐耶達は這い出続ける以上を根滅する他道が無い。
天空に星々が煌く清廉な風景の中に、漂う異臭が鼻をつく。確実に同胞が滅殺されている現状にも、穴から這い出る異形に躊躇いはない。それが当然だと感じるのか、それともそんな事すら気にならない程、解けた結界が嬉しいのか――優勢が続く中なのに、汐耶の心に不安が募っていた。
質より数の異形共ではあるが、ソレ故に厄介だ。無尽蔵の体力があるわけでも無く、肩が疲労に弾む。銀縁の眼鏡の奥で、青い瞳が歪む。
何と攻撃的な異形なのだろう。
異形の飛び蹴りをかわしながら、汐耶は思う。
殺せぬ国――そこに捨てられた、いわば放置された子供達。不殺国故に、子供は死んでは居ないだろうと信じている。希望を持っている。衰弱はあったとしても。だが、殺せないとは言っても、逆にそれは殺さなければ何だって出来るという事だ。
人が死ぬのはどんな時?
死んでもおかしくない者が、それでも生きていられる現実はある。
衰弱だけならまだ良い。酷い拷問も、死にたくなる様な狂気も、何も知らないままならいい。ただ恐怖に泣き叫ぶだけなら、まだ救いようはある。
命があっても、抜け殻では意味が無い。無傷でなければ、それは本当の意味で救出にはならない。
だけど願う事しか出来なくて。
異形の肩の骨が、みしりと鳴って砕けた。背後から異形の腕を巻き込んで投げ落としただけだ。
「ギイキィ!!」
飛び掛る異形を身を低くする事で交し、跳躍して後方へと飛び退く。神速の拳が繰り出されるが、それすら避ける。そうして汐耶は異形の顔に己の肘をめり込ませた。
夜はまだまだ、明けない。
◆闇の先 始まりの音◆
異形達は朝に弱い。日の光は夜目に慣れた異形の目には眩し過ぎ、その熱に傷を負うのだと件の本にはあった。その訪れまでの時間は恐ろしく長く、汐耶は、今自分がこうして、身体を休められる現状に深く安堵した。
まさか、優位であった筈の自分たちが、死の危険に曝されようとは思っていなかったのだ。
異形と対峙する度感じていた小さな不安は、多分それだった。知らず知らずの内に、過信していた自分達への警告。
目を瞑ればまざまざと蘇る、赤い巨鬼。言語を介さぬと侮り、腕力自慢の木偶の坊と思いさえすれ。まさか己達を凌駕するスピードをも持つと、想像すらしなかった。どの攻撃も、操が巻き起こした局地的な猛吹雪でさえ、彼の鬼を怯ます事すら出来なかった。痛覚など微塵も感じさせぬ、鬼。――あの時、朝日が昇るのがもう少しでも遅かったら。
最悪の結末を迎える所だった。
「兄さん?――ええ、そう。残念ながらね」
携帯電話にそちらは?と返しす。
『もうすぐホテルに着きます。古河切斗も一緒ですよ。まだ何も聞いてはいないですけどね……重要な答えが得られるのは間違いないと』
「間違いないって……まだ聞いていないのに?」
『ええ、まあ事情がありまして』
苦笑する匡乃が軽く咳払いをした後、気遣わしげに声を緩める。
『そう、気を落とさないで下さい。子供達は無事だと信じましょう。だから、失敗だなんて思わない事です』
「……何でもお見通しですね…。気をつけて」
電話を切った汐耶が黒い艶やかな髪の毛を掻き揚げて、大きく溜息を零した。
ホテルのロビーには下界を一望できる大きな窓がある。夜には星空の様な夜景を映し、今は朝焼けの色を残す。
それを見つめながら、束の間の安息に浸かり切れない自分が居た。まだ全ては何も変わらず、闇は再びやって来る。百鬼夜行の夜は終わらない。だからこそ今の間に身体を休め、傷を癒す事。そう告げられても、悔しさは募る。
異界に入った仲間達が、見事に弾き出されて来た現実。子供の居場所はわからない。小さな小さなそれぞれの収穫を繋ぎ合わせて、次第に全貌は明らかになるが。そしてこれから戻る匡乃がもたらす情報が、決定打を放つだろうが。
始まりの音が今頃かき鳴らされる。
子供達の安否もわからぬままに。
――だから、もう終わりにしよう。終わらせよう。
窓の外の暁を見据えながら、汐耶は思った。
次で、最後――。
【to be continue…】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎ・あきと) / 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【2863 / 蒼王・翼(そうおう・つばさ) / 女性 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【1892 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【2158 / 真柴・尚道(ましば・なおみち) / 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
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■ ライター通信 ■
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ライターのなちです。大変お待たせした挙句、前回と大差ない様な内容で申し訳ありません!!百鬼夜行第二回「〜闇〜」は、この様な感じになっております。
場面としては一番盛り上がる、重要な場所であるはずなのですが……(汗)
今回も長い上に個人個人で内容の違う部分も多々ありますゆえ、内容が判り難い場合など、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。
それでは、また汐耶さんにお会い出来る日を祈って!有難うございました。
ご意見・苦情ありましたらぜひご一報下さいませ。
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