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百鬼夜行〜光〜
◆光の先 繋がる糸◆
百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、アトラス編集部と草間興信所の間に協力体制が敷かれる事となった。
「――情報、感謝する」
草間・武彦がやや不機嫌そうに言った。
それに微笑みを返しながら碇・麗香は、アトラス編集部の協力者達を振り返る。
「お互いに、です。早期の解決がアトラスと興信所の名を広める事は間違い無いですし……」
それから二冊の分厚い本を持った男を前に出す。
「それでは、この本は草間さんにお渡しするわ。アトラス側は情報収集に尽力させて頂くけど……何人か空市へ入るのでよろしくお願いしますね？」
「……ああ」
「得た情報は、お互いに隠す事なく交換し合う……それで宜しいかしら？」
「問題ない」
草間が言葉少なに頷いて、それからはたと何かを思い出したように再び口を開いた。
「あんた方がどんな情報を記事にしようが勝手だが、くれぐれも、コチラの人間を撮影したり名前を出したりする事だけはしてくれるなよ」
剣呑な瞳に睨まれながら、碇は肩を竦める。
「アトラスは信用頂けないかしら？少なくとも私は、口約束だからといって破ったりしません。これでも事情は察しているつもりですよ？」
興信所側には闇で動く存在も多い。能力者と言えど、まだ年若い者も。そんな彼らにとって危険だからこそ、報道が規制されていると言っても過言ではないのだ。それはもちろん、こちらも同じ。その様なモノが無くても、百鬼夜行に関わった時点で得る情報は大きいだろう。
物言わぬ草間から何かを感じ取って、碇は美麗なる顔貌に笑みを乗せた。
「では、改めて交渉成立ですね？私は一度編集部に戻りますが、お互いにもう少し情報の交換が必要でしょう。後は能力者達にお任せするので、よろしくお願いしますね」
そういって碇は、振り返る事なく去っていった――。
後に残された草間は、深い溜息を漏らした後にやっと協力者達を振り返った。
「って事だ。後は任せる」
そうして少し離れたソファーへと腰を落ち着けてしまった。
◆二つの道 二つの心◆
セレスティ・カーニンガムがその事件の詳細を知ったのは、事件発生から四日後の事だった。
何時もの如く屋敷の書斎でネットや蔵書を読む生活を送っていたセレスティの元に、綾和泉・匡乃から電話があった事で、知るに至る。それまでも今は『空市の百鬼夜行』の話題で持ち切り、ネットを開けばまず一番に目に飛び込んでくる事象ではあったが、報道が規制されている事も手伝って、一般的にその内容は知られていない。よってセレスティも特に気にせずにいたのだが。
現状が思わしく無いという匡乃の言葉に、セレスティはアトラス編集部・碇編集長に向けて出来る限り協力する旨を伝えた。
碇の話では草間興信所と協力体制を取る事で、何とか規制の対象から外して貰う手筈ではあるという事なのだが、どうやら行政機関が渋っているようで、あまり話が進んでいないらしい。
そこでセレスティがまずした事と言えば、それに関与する人間との接触だった。世に名高いリンスター財閥、その総帥の名を持ってすれば容易い。アトラス編集部調査員達の行動の自由を勝ち取ると、空市近隣のホテルを１フロア貸切り、活動拠点として提供する。
これによってアトラスの調査員と興信所の協力者が、ホテルにて情報交換を行っている最中。
アトラスが得た前後二冊の古本を手に、様々な意見が飛び交っている。セレスティはそれを遠目に見据え、黙していた。時と場合によって、物事は遠くから見た方が判じ易い事がある。今はまさにソレ。話の中心に入る事で混乱させかねない。
第一陣のメンバーが得た情報を纏めると、こういう事になる。
まず、百鬼夜行の起こる理由。時は鎌倉の世、異世界とを繋ぐ門から人を喰らい世を支配するという目的を持った異形の集団が現れた。その最初の餌食となった小国――今で言う空市のある場所だが、そこには稀代の術師と呼ばれた者が存在した。故に異形の夢は泡と消え、己等の世界へと封じられる事になる。そして今、弱まった封印から異形共は子供を攫っていった。
子供を攫ったのは、異形の『探し人』が転生していると知った為と思われる。この探し人は稀代の術師である『古河切斗』その人で無いかという意見がチラホラと上がり、仮説としてだが一番近いのではという結論に至った。
次に生まれ変わりを探す理由。これは異形達が、古河切斗に不殺なる呪いをかけられているといった事情が背景にある為だという。つまり異形は、人を殺す事が出来ない。攫われた子供達の無事は、少なくとも殺されたという選択肢からは除かれる。
後は異形の世界の女王が、狼が苦手だという事か。大きく取り上げるとこんなところだろう。
と、何者かの気配を感じ、セレスティは思案に伏せていた瞳を持ち上げた。
そこには鮮やかな赤髪を持った女性が立っていた。古田・緋赤と名乗ったアトラスの調査員である。
彼女は躊躇いがちに
「邪魔してごめんね」
と言った後、セレスティに分厚いファイルを手渡して来た。セレスティは小首を傾げる事で、そのファイルの説明を求む。
「草間所長と碇編集長が纏めた、百鬼夜行の資料だって。攫われた子供のリストとか家系図とかが入ってるよ。一応目を通しておけってさ」
緋赤が振り返った先に、ソファーに寝転がっているらしい、草間武彦のはみ出た足が見える。忙しい中どうやりくりしたのか分からないが、詳しく調べた内容がファイルしてある。
セレスティはそれに軽く目を通すと、緋赤に向かってその美しい顔貌に笑みを乗せた。
「有難うございます」
「どういたしまして」
返す緋赤も屈託なく笑って、セレスティから離れた。
そうこうしている内に、どうやら情報の交換は滞りなく済んだようだ。
それから、編集部の面々は情報収集へと、興信所の面々は今一度空市へと、それぞれ行動を別った。
◆優美なる男 言葉の中◆
「じゃあ、三下くんの護衛といった形で、龍ヶ崎くん、古田さんには空市に行って頂いて、私達はそれぞれ情報収集といった感じで良いかしら？」
シュライン・エマの言葉に、皆が是と答える。
碇から三下には空市の写真を『今度こそ』撮るよう命が下ったので、万が一百鬼夜行に遭遇した場合の事を考えて二人の護衛がついた。シュラインと匡乃は百鬼夜行や術、それから異形について詳しく調べるといい、火宮・ケンジという青年は異形の探す『誰か』――古河切斗の生まれ変わりだと暫定して調査するらしい。
セレスティも気になる事があるので、独自に調査へと入る。
「では私は、行政機関――事件が起こった際に素早く動いた機関から話を聞いてくる事に致しましょう。何か知っていらっしゃる事は間違い無いでしょうしね」
とにかく、子供の命がかかっているからには時間が無い。それぞれの動きを把握した後、セレスティは車に乗ってホテルを離れた。
車は、鬱蒼と木々の生い茂る道を行く。道という程に整然としたものではなく、所々で車が跳ねる。
「――まったく、何て所を指定して下さるのでしょう……」
誰に聞かせるでも無く、セレスティは広い車内の中で呟いた。
総理大臣官邸に連絡した所、今度の事に関わる人物を紹介された。その者が内容の厳守を条件に応じた為、セレスティはその者の用意した、他の関与が無い場所へと向かっている最中なのだが。
リンスター財閥総帥であるセレスティに、条件を口にする程の人物。それは一体誰なのか。
しばらくの後、車は指定の場所へと辿り着く。
木々に囲まれた、小さなコテージ。鳥の囀りが響き、サワサワと凪ぐ風は気持ちがいいくらいに爽やか。車を降りて感じた空気に、セレスティは少し和らいだ気分になる。
運転手をその場に残し室内に入ると、部屋に設置されたスピーカーから、思いの他若い男の声が降って来た。
【お待ちしておりました】
セレスティの眉根が、瞬間ピクリと小さく震えた。
【リンスター財閥総帥にお会い出来るとは、大変光栄に思います。また、失礼ではありますが、この様な形でお話をさせて頂きたくお願い申し上げます】
「失礼極まりないですね。確かその様な条件は無かったかと思いますが？」
苦笑。
【これは手厳しい。確かにその通り、返す言葉もございません】
「近くで聞いていらっしゃるのでしょう？出て参りなさい」
戸惑う気配を沈黙の中に感じ、今度は言葉を強くして言う。
「私が命じているのです。出ていらっしゃい」
【――わかりました】
頭上でギィっとドアが開く音がし、階段を下りてくる足音。そして現れた男は、セレスティの予想通りまだ若かった。だいたい三十代半ば。
そして相手も、セレスティを見て驚いた様子だった。セレスティもセレスティで男より若い外見を持つ。
だが男はセレスティの手のステッキを見て、我に返った。
「どうぞ、おかけ下さい」
椅子を引き、セレスティに座るよう促す彼にセレスティは会釈して腰掛ける。
「何かお飲み物を――」
「いえ、結構。キミもかけて、早速お話頂きましょう」
男の言葉を遮って言うと、男も席につき、一息の後に話し出した。
「私は、真柴喜一と申します。幼少の頃より天皇陛下には良くして頂き、今はお付としてお側に置いて頂いております」
「では、今回の件は天皇陛下の指示だと？」
「そうです。けれどそれだけでは早急な動きは得られない。様々な機関で要職に着く我等一族が、以前から予防しておりました」
「キミ達の一族……？」
セレスティの瞳がスッと細まる。儚げな空の色の瞳が、男を見据えて次の言葉を待つ。
「直系の姓を古河と申します」
古河。その名を聞いた途端、セレスティの中で符号が弾けた。
古河切斗。
異形に苦しめられた鎌倉の世、異形を封印した稀代の術師。空市にかかる術を成した者。その古河切斗の一族が、今回の事件を規制している。
男は更に、続けた。
古河一族の子孫には、能力者は露程も生まれなかった。元々古河切斗自身が、先の古河一族からただ一人の術者だった事もある。そういった力の片鱗が元々無い。だが切斗は【封印を守れ】と遺言を残し、アトラスが手に入れた書物にも記してあった通り、いずれ結界は弱まり、異形が這い出て世を襲うだろうという事は間違いなかった。しかし能力の無い彼等一族には、結界の弱まる時期も、異形を廃する術も無い。能力者を雇って術の更新を試みても、古河切斗の特性故か、そこにかかる術を認識すら出来ない有様。古河切斗の術はこの世で唯一つ、複雑でいて単純でいて、そして誰にも侵せない――これでは、手は無いと悟るにはそう時間はかからなったという。
しかし待てども待てども一族に能力者は生まれない。けれど一族は、己等の無力を嘆くと同時に別なる手段を求め、やがて答えに辿り着く。
それは百鬼夜行が起こった時に、素早く対処を行う事。そうした結果が今の現状なわけだが、そうするに当たって古河一族は、行政・裏社会――様々な分野で、己等の目的を施行する際の発言権を得ようと、その要職を目指す事となる。
「そうして、百鬼夜行は起こったのです」
一瞬間に合わず九人もの子供が攫われてしまったが、それでも何の対処も無かったとすれば、これ以上の悲劇が待っていただろう。
「古河切斗の子孫は全てを知っていたと解釈して良いのですね？」
彼等がした事は間違いでは無い。その、対処においては。
セレスティは静やかに問いながら、ただ男を見据えた。男も、静かに頷いた。
責めは、しない。
しないけれど。
「それだけの事を知っていながら、私共には何の話も入っていなかった様ですね。既にある事実を、私共は躍起になって探しました。一体キミ達は何を意図しているのです」
もしこの事実を最初から知っていたのなら、子供を攫われた事を嘆いていた興信所の面々は、みすみす十人目を攫われたりはしなかっただろう。百鬼夜行の理由と目的、そして過去にあった事実を知っていたのなら。
もしかしたら、今頃全ては解決していたかもしれない。そう思うと、フツフツと湧き上がる感情。
「キミ達の行為が、攫われた子供の命をも危うくしているというのに……」
責めているわけでは、けして無い。けれどそれでも。
「何故、キミ達の持つ情報を私共に手渡して頂けなかったのでしょう」
「……貴方達の能力を見極める為です」
「見極める？」
「そうです。全てをお教えする事は何時だって出来る。けれどそれで、本当に全てが解決したでしょうか？封印の解き方を教えましょう。百鬼夜行の理由を教えましょう。けれど古河切斗の封印は、結び直す事が出来ない。壊すしか無いと知れる。そして壊す。解けた封印は異形達にこの世へ渡る事を許可したも同様です。その化け物を、貴方達は殲滅出来ますか」
封印を解くという事は、異形を全て滅するという事だと男は言う。異界をカラにする事なのだという。何故かと問われれば、二度と結ぶ事が出来ないから、だと。
「貴方達が失敗すれば、この世は異形の床となるでしょう。――かつて鎌倉の世、異形の禍爪に襲われた小国を救いに多くの術師が遣わされました。……古河切斗を含めた、百人を越す術師。それが古河切斗を残して、全て異形に殺された過去があります。その時の被害は甚大な物だったと記録されております。もし全てを教えて封印を解いた後、興信所の強力な術者が斃れたらそれは世界の終わりを示していたかもしれない」
だから、試したのだと。ここまで来る事が出来るのか。知る事が出来るのか。そうして、異形に勝ち得るだけの能力を保持しているのか。
「そして我々のトップは、貴方方に全てをお教えするようにと命じられました」
「キミ達の成した行動の是非を問うのはやめましょう。それは無意味でしかないでしょうから」
そこに微かな憤りを感じようと、もう過ぎた事でしかない。セレスティは長い吐息を漏らした後、膝の上の握りこぶしを解いた。
「全てを、話しなさい」
◆空市の鳥居 異界への門◆
「セレスティさ〜ん！！」
三下が、嬉しそうに名を呼んだ。
空市の坂を上っている黒塗りのベンツの中、セレスティが窓を開ける。
半ベソをかいた三下と緋赤、そしてもう一人の護衛である龍ヶ崎・常澄の姿が目に映る。
三下の表情から、セレスティを自分の迎えだと勘違いしている事は容易に知れた。苦笑を漏らしながら、セレスティは言う。
「お疲れ様です。大変でしょうが、頑張って下さいね」
瞬間的に項垂れる三下を無視して、緋赤が割り込んできた。
「そういうセレスティさんは何しに来たの？あたし等に用？」
「いえ。一度空市の鳥居や結界というモノを見てみようと思いまして」
「ふ〜ん。そっか。結界はね、一応、この家にも張ってあるよ」
緋赤が親指を立てて背後を示す。よくある一軒屋。特に変わった感触は受けないが。
「まったく何も感じないけど。興信所の人が言ってたけど、古河切斗の術の性質らしい」
常澄が三下に呆れた視線を投げかけながら、家を見上げている。
「そうですか……。では、鳥居の方も行って見る事にしましょう」
失礼、と微笑を浮かべた後、車は発進した。
「お疲れ様です」
鳥居へと辿り着くと、そこには草間興信所の面々が居た。表情が固いのは、あまり状況が芳しくないのか。
セレスティに匡乃の妹である、綾和泉・汐耶が応えた。
「術の解き方が、どうやら鳥居を壊すしか無いようなんです。この鳥居が封印の媒介なので……」
頷きながら、鳥居に触れてみる。――が、家々に施されている結界と同じように全く何の力を感じる事も出来ない。
鳥居自体はただの鳥居でしか無いようだが。何百年も経っているとされる割には傷一つ無い。
多少の違和感のみで、だが通常なら【不思議】という一言で済ませてしまいそうなもの。
場所を移動して俯瞰的に見ようと、その印象は変わらなかった。
だが内側から異形が開閉を行えるのだ。こちらもそう出来ない筈は無い。
それでも子供の安否を思うと、これ以上の時間は待っていられないと興信所の面々は口にする。
セレスティにも今の現状で、彼等に答えを導く事は出来ない。結局の所判断は彼等に任せる他なかった。
セレスティは得た情報を胸に、一度ホテルへ戻ろうと車に乗り込んだ。
◆幕間〜草間興信所〜◆
空はオレンジから紺のグラデーションに染まり、太陽が西へ沈もうとしていた。
冷気を伴った風が緩やかに吹き過ぎ、どこにでもある町並みを曝していた。
だがその静寂は、破壊音に破られる。
ガラガラと何かが崩れ落ち、風に砂塵が混じる。
空市の象徴とも言える四本の鳥居の姿が消失していた。崩れた残骸が、それが鳥居であったと告げる。
鳥居の中心にあった筈の金色の大鐘に成り代わり、黒い穴が存在した。次第に大きくなるソレは異界を繋ぐ門。そこだけ世界をくり抜いた様な深い闇が、恐ろしい口を開ける様。
その近くに幾つもの人間の気配。
風が渦を巻き、穴の中から生まれ出る。人物達の髪を悪戯に遊び、衣服をはためかせていく風。
穴は全てを飲み込むが如く大きさを増す。
それは、見た者がこの世の終わりを想像するほど、奇異な風景だった。
◆異なる者 探し人◆
セレスティがホテルへ戻った時、ホテルには匡乃の姿だけがあった。草間武彦は疲労の為睡眠を必要とし、室内へと篭った。フロアで仲間の帰りを待ちながら、ネットでの調査を行っていたという匡乃が、セレスティを見て問うて来た。
「その分だと、何か分かられましたか？」
それに、得た情報を伝える。古河切斗の一族の事。試されていたという事実は、黙す事にした。言っても無意味であるし、怒りを伝染させるだけだろう。
「そう言えばその方、これからアトラスの方とお会いするご予定があるとの事でしたが……？」
セレスティは去り際男が言っていた事を思い出した。
「あ、それは火宮君だと思いますよ」
ケンジが『古河切斗の生まれ変わり』と名乗る青年に話を聞きに行ったと匡乃が言い、碇と草間が編集したという百鬼夜行の資料ファイルを手渡してきた。その最後に、自分を古河切斗の生まれ変わりだと名乗る青年の記事と、彼の情報が載っていた。
「僕の方も一段落付きましたので、彼の後を追ってみようと思っています。代表と名乗る方に、話を聞ければ一番いいのでしょうが。さて、どの方がそれなのか……」
中性的な匡乃の顔が苦笑を浮かべ、次いで真面目な顔を模る。
「気をつけて行かれて下さい。何か、嫌な気配も希望と共に感じます……」
セレスティの言葉に頷いて、匡乃はパソコンが切った。
匡乃を送り出したすぐ後、今度はシュラインが戻った。
草間興信所の方で前回異界に乗り込み、異形の女王と名乗る存在に会った者達が居たが、その女王はどうやら狼が苦手らしく、シュラインは狼が苦手な妖怪が居なかったかなど、色々な面に重点を置いて調べていたらしい。
幾つか書物を持って戻った所を見ると、まだ分かっていないのだろうか。
「狼が駄目だというのだから、例えば戌とか…想像が出来るのだけど……。ただその女王の外見というのが、人と変わりないという事だし」
漆黒の髪は足元まで伸び、大きな瞳は美しい黒真珠。肌の色は死人めいた白――。黒いスリットドレスを着込み、その上からファー使いの黒いコートを羽織っていたとか。他の異形達とは明らかに違う。美しい面と、丸みを帯びた肢体。尖った耳も突き出た牙も、特異な所は何も無い。
ただ、人狼族の少年を目にした途端、その美しい顔が溶け出し、異臭を放ち出したとの事だ。
「人の姿を模しているだけかもしれませんよ」
セレスティとて、人の姿をしているけれど、本性は人魚だ。
「ええ、そうなんですけど……。でも、何というか……この女王だけは、他の異形の中でも明らかに異質だと感じてしまうわ」
実際に見たわけでは無いけれどと続けるシュライン。曇った表情にセレスティは小首を傾げる。
「ごめんなさい。何となくそんな気がするだけなんですけど」
「いいえ。気になる事は調べましょう。私もお手伝いしますよ」
申し訳無さそうに瞳を伏せてしまったシュラインに、優しく微笑んで、セレスティも書物を開いた。
◆光の先 始まりと終わり◆
気がつけば夜が明けていた。シュラインと二人書物に没頭していたセレスティは起きてきた草間に声をかけられて、我に返る。
「寝てないのか？」
「ええ。……それに、皆さんも戻られなかったですし……」
はっきり言って時間間隔は無い。もう朝か――と窓から覗く空を見つめて思う。薄い青と眩しい光。
「まあ、いい。とにかく、今から興信所の奴らと……そっちの三下とかが戻ってくるぞ。怪我人が居る」
「武彦さん、どういう事！？」
「……あぁ、知らなかったのか」
草間が煙草に火をつけながら、声音を落とす。
「封印を無理矢理解いたんでな、奴ら昨日の夕方から朝まで、異界の連中と戦闘の繰り返しだよ。最後に強敵が現れやがったとかで――無事で良かった」
なるほど。驚愕に目を見開くシュラインの横で、セレスティは合点がいくとばかりに頷いた。封印を解く方法がそれしかなかったのだ。遅かれ早かれそうなったであろう。
とにかくは草間の言葉通り、無事で良かった。
異形は朝に弱いとアトラスの得た書物にあった事だし、また夕焼けが始まるまで、太陽が昇っている間は休息が取れるだろう。太陽の強く照らす間は、まだ。
「それから、碇さんからも連絡があったぞ。【古河切斗】確保、だと」
「……え？」
「いや、詳細は良くわからん。碇さんにも良くわからないらしくてな。調査員二人が言う所には――って事だ。戻ったら詳しく説明してくれるだろうよ」
――古河切斗の生まれ変わりを確保という事だろうか。ファイルに書いてあった「安部孝太」という青年に会いにいった筈なのだから、事実、記事通り彼が古河切斗の生まれ変わりであったのだろう。
「まあ、それまで少し休んでた方がいいんじゃないのか？」
草間の言葉に
「そうですね……」
と返しながらも、眠気など一握も感じない。
今、一つの夜が終わって、一つの朝が来る。
光は明るく世界を照らし、一時闇を退ける。
けれどまた、夜が始まってまた、長い長い闇の時間が訪れることだろう。
そう思うと、眠れる気分ではなかった。
だけど。
草間の口から吐き出される白い煙を見上げながら、セレスティは思った。
次が最後――。
【to be continue…】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3462 / 火宮・ケンジ(ひのみや) / 男性 / 20歳 / 大学生】
【1537 / 綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの) / 男性 / 27歳 / 予備校講師】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
【4047 / 古田・緋赤(ふるた・ひあか) / 女性 / 19歳 / 古田グループ会長専属の何でも屋】
【4017 / 龍ヶ崎・常澄(りゅうがさき・つねずみ) / 男性 / 21歳 / 悪魔召喚士、悪魔の館館長】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターのなちと申します。この度は大変長らくお待たせ致しまして、本当に申し訳ございませんでした。遅くなりましたが、「百鬼夜行〜光〜」を納品させて頂きます。
三部の二作目、一番重要な場面だったのでは無いかと思っております。
長い上にほぼ個別になりますので、内容が判り難い事が多いかと思います。が、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。
それでは、またセレスティさんにお会い出来る日を祈って！有難うございました。
ご意見・苦情等ありましたらぜひご一報下さいませ…。
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