コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


百鬼夜行〜光〜

◆光の先 繋がる糸◆
 百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
 枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、アトラス編集部と草間興信所の間に協力体制が敷かれる事となった。

「――情報、感謝する」
 草間・武彦がやや不機嫌そうに言った。
 それに微笑みを返しながら碇・麗香は、アトラス編集部の協力者達を振り返る。
「お互いに、です。早期の解決がアトラスと興信所の名を広める事は間違い無いですし……」
 それから二冊の分厚い本を持った男を前に出す。
「それでは、この本は草間さんにお渡しするわ。アトラス側は情報収集に尽力させて頂くけど……何人か空市へ入るのでよろしくお願いしますね?」
「……ああ」
「得た情報は、お互いに隠す事なく交換し合う……それで宜しいかしら?」
「問題ない」
 草間が言葉少なに頷いて、それからはたと何かを思い出したように再び口を開いた。
「あんた方がどんな情報を記事にしようが勝手だが、くれぐれも、コチラの人間を撮影したり名前を出したりする事だけはしてくれるなよ」
剣呑な瞳に睨まれながら、碇は肩を竦める。
「アトラスは信用頂けないかしら?少なくとも私は、口約束だからといって破ったりしません。これでも事情は察しているつもりですよ?」
 興信所側には闇で動く存在も多い。能力者と言えど、まだ年若い者も。そんな彼らにとって危険だからこそ、報道が規制されていると言っても過言ではないのだ。それはもちろん、こちらも同じ。その様なモノが無くても、百鬼夜行に関わった時点で得る情報は大きいだろう。
 物言わぬ草間から何かを感じ取って、碇は美麗なる顔貌に笑みを乗せた。
「では、改めて交渉成立ですね?私は一度編集部に戻りますが、お互いにもう少し情報の交換が必要でしょう。後は能力者達にお任せするので、よろしくお願いしますね」
 そういって碇は、振り返る事なく去っていった――。

 後に残された草間は、深い溜息を漏らした後にやっと協力者達を振り返った。
「って事だ。後は任せる」
 そうして少し離れたソファーへと腰を落ち着けてしまった。


◆二つの道 二つの心◆
 アトラスと興信所の面々は今、近隣の市に存在するホテルに居る。彼らはこれから各々の行動を取る為、活動拠点が必要になる。その為に、アトラス側のセレスティ・カーニンガムが財閥総帥の地位を活かしてホテルの1フロアを貸し切ったのだ。
 色々な面から大変効率の良い状態だといえる。

 龍ヶ崎・常澄はアトラス側の一人として、その場に立っていた。前夜、彼を知り己を知れば百戦危うからず――と考えて独自に空市に潜入していた彼だが、何か役に立てばとアトラスの面々と合流する事にした。
 先程碇女史に「写真撮れなかったって聞いたけど?カメラも壊してしまってまあ……今回こそ、撮ってきてくれるわよね?」等と言われていた、哀れ三下を目にしたので、彼の護衛として空市に入るのがいいだろう。異形の実力は前夜に何となくだが知れているし、そうそう大変な事では無いと思えた。
 だがとにかくはまず、どういった経緯が百鬼夜行の裏にあるかなど、情報を聞く事にする。何か気付く点があるかもしれない。
 件の書物を受け取って、興信所の面々が術の図について見解を語り出した。が、どうやら簡単には解けそうにないらしい。
「では、本は置いておいて、情報交換と行きましょうか。まずは草間側から……でいいかしら?そちらには今回シュラインさんがいらっしゃるし、こちらで抜けている部分はシュラインさんに補足頂ければ、と思うのだけれど」
 新たに加わった面々に顔を巡らせながら、眼鏡の女性が続ける。興信所の調査員だ。
 子供の特徴から入って、興信所が得た異形の情報へと進む。それから異界入りした興信所の協力者――彼等が見た、異形の女王の事。どうやら狼に恐怖を覚えるらしいのだ。異形達は古河切斗に不殺なる呪いをかけられている、という事は本にもあった。そして、異形達が【誰か】の生まれ変わりを探しているという事。それから、攫われた子供は、異形がその世界で人を殺せぬ事が手伝って、異界に捨て置かれているはずだ、と。
「【誰か】っていうのは、術師の事じゃ無いかと思うのだけど……どうかしら」
 空市で実際百鬼夜行を体験したシュライン・エマがそう言い、同じく空市に潜り込んで百鬼夜行と対峙した綾和泉・匡乃、火宮・ケンジが同感の意で頷いた。
「それから……『妖怪は家の中に手を出せない』という事……」
「あ、それは事実です。これにも書いてありますけど、俺と三下さんで実証済みですよ」
 本のページを捲りながら興信所の調査員が呟けば、ケンジが後編の一冊を叩いてみせた。
「興信所の皆さんが仰る様に、認識出来ないというのも事実の様ですよ。実際見た所――彼らの瞳に、感覚に、結界内の事は感知出来ないのでは?門に掛かる術と同じく、僕達にも察知出来ませんしね」
穏やかに微笑みながら、匡乃が付け加えた。
 おおまかな情報はそんな所だろうか。異形に出会ってしまった場合、否それが目的なのだからもちろん出会うだろうが、三下を家々の結界内に留めてしまえば、異形は手出しが出来ないのだし三下も少しは安心だろうなと思う。
 常澄は前夜、結界の中にありながらも泣き叫び動転していた三下を知らない。
 それから碇と草間が纏めたという、ファイルを手渡された。中々に分厚いそれには、攫われた子供の情報などが細かく記されている。
 適当に目を通していると、どうやら情報の交換は滞りなく済んだ様だ。

 こうして、編集部の面々は情報収集へと、興信所の面々は今一度空市へと、それぞれ行動を別った。

 興信所の面々がホテルを出て行った後、残ったアトラス側で匡乃が口を開いた。
「情報の収集と一重に言っても、そう簡単なものでは無いですからね。僕は百鬼夜行について……詳しく調べようと思っているのですが」
「私は、異形について。それから術など細かく調べたいと思うわ」
 シュラインが続け、更にセレスティが言う。
「私は、規制をかけた機関などに取り合って頂く事があります。そう、多分何かを知っているであろう、素早く動いたある機関等……」
 背後で三下が何かを言っているが、これにはまるっきりの無視。空市に入るのがそんなに嫌なのだろうか。
 三下を横目で捉えながら常澄も応える。
「僕は三下の護衛でも。三下も、それなら少しは安心だろ?」
 一瞬ぱっと表情が綻び、すぐに消沈する三下。誰も変わってなどくれないのだから、そろそろ降参すればいいのに。
「あたしの場合、会長がこの事件に興味持っててさ。だから特に気になる事無いのよね〜」
 鮮やかな赤髪の頭を掻きながら、古田・緋赤が言う。
「担当者の指示に従えって命令されてるから、気軽に指示していいよ。何だってするし」
「そう……ですか…。えぇっとじゃあ、緋赤さんも三下さんの護衛、頼んでもいいでしょうか?」
「うん、オッケ〜」
 屈託無く微笑む彼女に、三下の表情が明るくなり、そしてまた肩を落とした。


◆悪魔召喚士の青年 車の中◆
 常澄の運転で、常澄・三下・緋赤は空市へと向かう事になった。
 助手席に、いつも連れ歩いている饕餮(トウテツ)が眠っている。中国神話の大食人面羊で、名前をめけめけさんという。柔らかい羊毛を持ったどこからどう見てもな羊だが、侮る事無かれだ。
 後部座席で三下はカメラを手に泣いている。緋赤が苦笑しながら、三下の頭を撫でてやる。これではどちらが年上なのか……。
「 いい加減泣きやみなよ、三下さんってぱ。ちゃんと守ってあげるから大丈夫だよ〜?」
そしてどこから取り出しのか、二挺拳銃を構えて見せる。しかしそれは逆効果。
「おい、三下怯えてるぞ」
 バックミラーに背後の二人を見ながら、常澄も呆れた声を上げてしまう。
「お前はこの仕事向いてないと思うんだけど?……自分でわかってるんだろ」
「わかってますよ〜……」
「分かってても止める気無いんだ?」
 緋赤が言いながら、拳銃を指で回し始めたのを見て、常澄はギョッと目を見開いた。
「おい、それ発砲しないだろうな?」
「あはは、しないしない。ロックかかってるよ〜」
 器用に緩急をつけて拳銃を回す緋赤。
「あぁ、そういえばあんた!!常澄って言ったっけ?あんたって、もしかして素手で戦う人?」
「僕は悪魔召喚士だ。悪魔を使役する」
「へえ!って事は二人だけじゃなくプラスな戦力になるわけだ!!……だってよ、三下さん!」
「それに、家屋の結界だってあるだろ?それで前夜は大丈夫だったって火宮が言ってた」
 言いながら、ハンドルを左に切る。道幅が狭くなり、本通から外れていく。近道と教わった道は所々コンクリートが割れてさえい、時々車が跳ねるはガタガタと五月蝿いは。
「補修して欲しいわ……!!」
「ま、ったくだ」
でも、本当に近い……ひぎゃっ……ですよ〜…」
 等と、事件にそぐわない穏やかな会話を成す三人は、この後の熾烈な状況を想像さえしていなかった。


◆幕間〜アトラス編集部〜◆
「はいはいはいはいはい!!」
 室内の電話が絶えず五月蝿くがなる。碇女史は仕事どころでは無く、その対応に追われていた。
『あ、「怪奇雑誌」編集部の志村と申しますが――』
「只今調査員の募集などはしておりません間に合っておりますのであしからずそれでは失礼します」
息継ぎ一つ無しで先手を打ち、相手に話す隙を与えず切る。かと思えばまた……。
『何時もお世話になっております。日本テレビ局の横井と申しますが、編集長様いらっしゃいますでしょうか?』
「申し訳ございません。編集長は只今席を外しておりまして、インタビューなどのお時間も取れない状況におります。また日を改めてお電話くださいますでしょうか?」
『それでは貴方でもよろしいんですが、ぜひ一言二言――』
「編集部各位それぞれ調査に勤しんでおりますので、申し訳ございません。解決の暁にはこちらからお願いしたいくらいなのですが……」
『そこを何とか……』
「申し訳ございません。お時間空きましたらこちらからご連絡させて頂きますので……」
『本当にお願いします!!』
「はい、確かに」
 等と言って切れば、また。
「ああもう!!何で知ってるのよ!」
 アトラスが興信所に協力する等極秘中の極秘だ。誰も外には通して無い。無論アトラス側でそんな事を口にする者は一人も居ないだろうし、居たとすればクビでは済まさない。また興信所の方ももちろん然り。
 草間武彦が興信所に戻らず、ホテルの一室で睡眠をとると言った理由がよくわかった。彼の方もこういった類の存在が多くて、とても仕事――果ては睡眠どころでは無いのだろう。
「はい、アトラス編集部!!」
 もう何十回目の電話。荒い対応に、しかし、電話の相手は予想に反したものだった。
『綾和泉・匡乃です。……何かあったんですか?』
「ああ、綾和泉さん。いえ、何も無いの。何かあった?」
『はあ。もしお誰か手が空いておいででしたら、車を出して頂けないかと思いまして……火宮君が古河切斗の生まれ変わりと接触しまして、大阪にいらっしゃるんです。それで何か掴めそうだと言われるので合流をしようと思います』
「大阪までね!?わかったわ、今迎えに行きます!」
『え?碇さんがですか?』
「もちろんよ!!」
 突然現れた救世主に、碇麗香は満面の笑みを浮かべていた。


◆空市の風景 穏やかな時間◆
 空には雲一つ無い青空が広がり、暖かな陽気が空市を包んでいた。カメラを手にした三下と護衛二人が空市の坂を上りながら、何の変哲もない写真を撮っている。実際、結界の張られた家屋を写真に撮った所で、それと分かるような物は何一つ無い。
 異形が出てこない限り、ただの風景写真で終わってしまいそうな感がある。
 唯一使えそうなものは、四本の鳥居と大鐘くらいで、それだけが他と変わった奇異な存在だ。空市の特徴的なそれが封印だと説明するにも、ありふれた所の無いこの写真なら効力が発揮されるだろうと思う。
「別に、護衛は必要無かったですね〜」
 等と安らぎを見出す三下だが、恐らくそんな事は無い。もし今日百鬼夜行に遭遇出来なかったとしても、出来るまで三下が派遣されるのは間違いが無いし、それ以前に興信所の面々が、百鬼夜行を起こすだろう。
 常澄と緋赤は顔を見合し、曖昧に笑った。
 写真を撮りに坂を下る三下を放って、二人は興信所の者に話しかけた。
「封印って、解けそう?」
「………解く」
 仏頂面の男に、苦笑を浮かべた見目麗しい少年が応えてくれる。
「無理矢理にでも壊すさ。詳しい所はあっちの、眼鏡の女性に聞けばいい。巧く説明してくれるだろう」
 言われた通りに、鐘の前に座す女性に近寄っていく。時々、三下の下手糞な歌が聞こえてくる。
「どうだ?」
 アトラスの手に入れた書物に目を落としていた面々が、顔を上げた。
「――ああ、封印ね。ええ、解くわ。大丈夫」
「確か、異形の写真も撮られるんでしたよね?」
 気遣わしげな質問の意図を感じ取って、常澄は頷きながら答える。
「ああ。僕達の事は気にしないでくれ。戦闘の際にも問題は無い」
「あたしら、三下さんの護衛として来てるし、それぐらい朝飯前だよ!だからあたし等は居ないものと思ってくれて大丈夫」
「助かるわ。ああ、それから……封印を解くと空市全体の術が消えてしまうから、気をつけて。住民には避難していただくし」
 つまりは、家屋の結界が消えるらしい。……という事は、三下を守るのは自分達のみ。まあ、常澄も一応簡単な結界は作れる事だし三下を守る程度なら支障無い。
「……問題はないだろう」
 しばしの思案の後、頷く。
「それとね。異形を空市から出さない為にも、異形が消える朝まで空市に結界を張るから……朝まで空市から出られないんだけど――」
 大丈夫?と問うてくる女性に、緋赤が問題ないよ!!と胸を叩いた。その後に、
「な、無いよね……?」
 心配げに振り向く彼女。常澄にとっても問題は無いと思う。
 あるとすれば、三下が泣き叫ぶくらいか。そう思いながら、常澄は首を縦に振った。


◆幕間〜草間興信所〜◆
 空はオレンジから紺のグラデーションに染まり、太陽が西へ沈もうとしていた。
 冷気を伴った風が緩やかに吹き過ぎ、どこにでもある町並みを曝していた。
 だがその静寂は、破壊音に破られる。
 ガラガラと何かが崩れ落ち、風に砂塵が混じる。
 空市の象徴とも言える四本の鳥居の姿が消失していた。崩れた残骸が、それが鳥居であったと告げる。
 鳥居の中心にあった筈の金色の大鐘に成り代わり、黒い穴が存在した。次第に大きくなるソレは異界を繋ぐ門。そこだけ世界をくり抜いた様な深い闇が、恐ろしい口を開ける様。
 その近くに幾つもの人間の気配。
 風が渦を巻き、穴の中から生まれ出る。人物達の髪を悪戯に遊び、衣服をはためかせていく風。
 穴は全てを飲み込むが如く大きさを増す。
 
 それは、見た者がこの世の終わりを想像するほど、奇異な風景だった。


◆空市の夜 異形の街◆
 空市を夕闇が襲う頃、突然凄まじい風に襲われ、三下が悲鳴を上げた。破壊音が響き風に砂塵が混ざっている。そして視界の先に鳥居の姿は消え、変わりに大きな穴が見て取れた。
 傍らの緋赤が拳銃を構えるのと同時に、穴の中から何かが飛び出た。
「何ですか、何ですか!!何なんですか〜!!!」
パニックを引き起こして自分の背中に縋る三下を引き剥がし、常澄も戦闘準備を始める。呪文を唱え、まず近くの家先に結界を張ってやる。もちろん、家屋の結界が解けている事実は三下には話していない。故あって、二重の結界等と言えばいいだろう。
「ホラ、三下!!カメラ忘れるなよ」
 既に放り出されていたカメラを拾い上げ三下に投げ渡す。その間も緋赤の瞳は絶えず穴に向けられていた。
「結界の中でカメラ構えて、適当にシャッター押してればいい。怖かったら目も閉じてな!!」
 それから懐の悪魔本を取り出し、開いたページに手を添える。描かれるは穏形鬼。ミソさんと名づけたそれが、呼び出される。
 既に坂の上方では戦闘が始まっているらしく、時々光を発したり、銃声、断末魔が聞こえてきていた。
「ぴぎゃ〜!!」
 結界の中に座り込み、言われた通りシャッターを押し捲る三下の姿。
「三下さん、フィルムなくなるからもちょっとペース落として!!」
 言いながら、緋赤の拳銃から銃弾が放たれた。二発、三発。まだ距離は遠いが、見事にヒットする。上方から逃れたらしい異形が次第に近づいてくる。
「めけめけさん、ミソさん、行け!!」
 めけめけさんが駆ける。
 穏形鬼であるミソさんの姿は見えない。姿を隠して戦うのが穏形鬼だ。
 だが確実に異形を殲滅せしめんと動いているのはわかる。異形の躯が積み重なっていく様がまさに穏形鬼の仕業だった。
 異形の鉤爪を避けためけめけさんが、異形の頭から食いつく。赤黒い血が跳ね、体毛を汚すが、姿に似つかわしくない獰猛さで異形の身体を食い尽くす。
「ぎゃ〜〜!!!!!」
がその情景さえ、三下にとっては恐怖。自分の身を守ってくれる存在にまで畏怖を覚え、とにかく叫びまくっている。
 とその体が背後へ傾ぎ、突然倒れ付して動かなくなってしまった。
「三下!!?」
走り寄った常澄の瞳に、白目を開く三下が映る。
「どうしたの!?」
振り返らず問うてくる緋赤に、失神した旨を伝える。手元のカメラはとっくにフィルムが無い。――が、そのレンズが映す方向は、何故か三下の方を向いている。
「……って三下!!」
 意識の無い相手に言っても仕方が無い事だが、それでも叫ばずには居られない。一体何所を撮っているのか!!と。思いながらも常澄は何かを感じ取り懐から唯一の武器を取り出し、振り返り様に撃った。
 すぐ背後に異形の頭が迫っていた。顔から下の無い、小さな一角を生やした子供のような顔。それが大きく口を開けてその中で違和感を覚える程の長く鋭い牙が、自分の首を狙っていた。
 しかし寸前の所でその動きが止まり、額に円形の穴が開いていた。そこから白い煙が出ている。
 常澄の手に握られるのはワルサーPPK/Sという拳銃。一部の悪魔対策に銀の弾丸を入れたものだったが、効いたようだ。瞬間霧散した異形がその絶命を告げていた。

 異形の姿は何度倒しても一向に消えない。街は異形で溢れ、闇が深まれば深まる程に数を増す。
 けれども常澄達の護衛能力に何ら問題は無く、三下に近づけさせる事もなく確実に倒していった。
 それなのにまともな写真を撮れもせず失神を繰り返す三下。いつまでもいつまでもその光景は変わらなかった。

 やがて東の空が微かに白み出した頃。
 朝独特の空気が血の匂いを一掃するかのようだった。それでもまだ戦闘は終わらない。
 長時間の結界の保持も辛いところ。めけめけさんはまだ元気に異形達を食べて回ってい、緋赤も衰え無く銃弾を放ち続けている。
 三下は幾度も失神したくせに舟を漕いでる。
【ゲァッ!!】
常澄も時々ワルサーを撃ちながら。
「やっと、朝だぞ……」
 疲れたように呟く。
「長――怒鳴りつかれた〜……」
 本当の所、異形を殲滅するよりも失神した三下を起こし写真を撮らせる事の方が大変だった。揺らし叩き、宥め、かなり心労を費やした。けして気の長い方じゃない自分が良くやったものだと思う。
 これでマトモな写真が無かったとしたら、やっていられない。
 太陽が昇り出すと、異形の数が次第に減り、やがて残らず失せた。

 後には、まだ物足りないと言いたげなめけめけさんが、小さく鳴いていた。


◆光の先 始まりと終わり◆
 涙の筋を幾つも貼り付けた三下をホテルまで連れ帰り、常澄はめけめけさんを抱き上げでソファーへと腰掛けた。アトラスの面々も、草間の人間も全てが揃っている。草間は怪我人続出の様だが、特に大きな傷というわけでは無いらしい。
 それから、見慣れぬ少女が一人。
 火宮・ケンジが少女の肩に手を乗せて言う。
「こちらが、【古河切斗】です」
 満面に笑みを浮かべた彼に、常澄の思考が一瞬止まった。
 古河切斗とは確か、何百年と前の術師だったはずでは?ああ、でも。
「ああ、生まれ変わり?」
 常澄の言葉を代弁した様な言だったが、しかしケンジは首を横に振った。
『は?』
 やはり誰も彼もが疑問に首を傾げる中、ケンジは続けてこう言った。
「古河切斗の子孫である、古河切斗と同じ力をもった少女の体と、古河切斗の魂です」
「――い、意味がわからないわ。どういう事?」
 シュラインの問いに賛同が上がり、眉間に皺を寄せた面々が口々に説明を求む。
 そうして紡がれた事実に、常澄は頭を押させた。
 まず、鎌倉の世を生きた古河切斗は双子だった事。そしてその双子を二人合わせて、【古河切斗】と呼んだ事。術者としては二人で一人。姉が居て弟が居て、二人が居て初めて【稀代の術師】と呼ばれるに至ったという事。
 異界の門を封じた時、死地に赴く姉が中から門を閉じ、そして数える程度の異形を残し倒した。そのまま姉は異界に残り死んだだろう。そして残った弟が、外から術を施し死んだ。こういった事実があったそうだ。
 その後、古河切斗の子孫に能力者は生まれず、35年前に手鞠という少女がはじめて、古河切斗の能力を持って生まれた。けれど病弱だった手鞠の魂は長くは持たず、12歳の若さで亡くなった。――のだが、その身体は朽ちず、瑞々しさを留めたまま。能力者ならわかるであろう迸る力はそのままに。この現象を魂が逝き、身体は生くとでも言えばいいのだろうか。
 そうして浮かばれず居残ってしまった古河切斗【弟】の魂が、今手鞠の身体に入っているのだと……。
「という事で、こちらが古河切斗というわけなんですが……」
 面々は眉間に皺を刻んだまま、微動だにしない。どう理解していいのか、分かるようで分からない。
「ええっと〜……とにかく、古河切斗って事なわけね!!」
 理解できなかったのか緋赤が拳を握り締めて、結論だけを繰り返す。古河切斗が二人居ようと、結局古河切斗が居ればいいと思えば単純なのだが。
 しかし、手鞠という少女の体からは、心音が聞こえない。確実に【生きているのがおかしい体】なのに、何故?
 疑問が頭の中を駆け巡る。
「そうだな。この子供が古河切斗っていう事は、とりあえず解った。で、彼女を連れてきてどうすんだ?異形の弱点でも教えてくれるわけ?」
「でも、という事はこの方が異形の探し人という事になるんですよね?では保護する為に連れてきた……んですよね?」
 縋るような視線がケンジに注がれる。ケンジは頬を掻いて、【古河切斗】を見下ろした。
 そうして常澄は、【古河切斗】がゆっくりと口を開くのを見た。
 
 それから語られた事は、信じられないような、けれど真実。
 何かの終わりと同時に何かが始まる気配が室内を満たしていた。
 膝の上のめけめけさんを撫でながら、常澄は思う。
 
 次が最後――。




【to be continue…】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4017 / 龍ヶ崎・常澄(りゅうがさき・つねずみ) / 男性 / 21歳 / 悪魔召喚士、悪魔の館館長】
【3462 / 火宮・ケンジ(ひのみや) / 男性 / 20歳 / 大学生】
【1537 / 綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの) / 男性 / 27歳 / 予備校講師】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4047 / 古田・緋赤(ふるた・ひあか) / 女性 / 19歳 / 古田グループ会長専属の何でも屋】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして、ライターのなちと申します。この度は大変お待たせ致しまして、本当に申し訳ございませんでした。何のトラブルでもなく原因は全て自分、お詫びしてもお詫びしても足りない位です。遅くなりましたが、「百鬼夜行〜光〜」を納品させて頂きます。
三部の二作目、一番重要な場面だったのでは無いかと思っております。
長い上にほぼ個別になりますので、内容が判り難い事が多いかと思います。が、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

また何所かで常澄さんにお会い出来れば幸いです。有難うございました。
ご意見・苦情等ありましたらぜひご一報下さいませ。