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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF!〜狙いは零〜


 東京には多くの闇がある。その形は一定でなく、常に姿を変えながらどこかに潜んでいるのだ。今日もまた道行く人間をその闇に引き込み、知らない間に深い業を背負わせるために奴らは動き出す……


 「やっと来たか。ホント、待ちくたびれたよ。」

 ビルとビルの間にある路地で退屈そうにタバコを吸っているのは、異能力集団『アカデミー』の教師であるメビウスだった。彼は目の前に立つ女性に向かってニヒルな笑みを見せる。相手はすぐに不愉快な顔をした。二十歳にも満たない女性にとって、その表情は単に嫌悪感を煽るものなのかもしれない。
 彼女は自分のことをしのぶと名乗った。メビウスと同じく、未知なる能力をその身体に秘めている。数日前、この街を歩いていたメビウスは偶然彼女を見つけ、すぐに声をかけた。結果どうなったかは、今の状況を見ればわかるだろう。しのぶはあの時も今も軽い気持ちでメビウスと一緒にいるようだが、彼はアカデミーの行動方針に則って活動しているだけだ。それ以上の感情などない。だからこそ、いつも無愛想な微笑みを彼女に向けられるのだ。彼の後ろに広がる湿っぽい路地のような気味悪さが同居した笑みを。

 今日は珍しくメビウスが彼女を呼び出した。しのぶは短大の空き時間を利用してなんとか約束を守ったのに、彼の口から出てきたのはあのセリフである。その態度にカチンと来たらしく、彼女は誰もいない路地で声を荒げた。

 「何よ、その言い草。遅れるって先に伝えたじゃない! でもその時間よりも早くに来たのよ、それなのにそんな言い方ないでしょ!」
 「俺はしのぶを待たせるのは嫌いだが、しのぶに待たされるのは好きじゃない……早く会いたかったんだぜ?」
 「……ま、まぁ、そういうことなら仕方ない、よね。で、用件って何?」

 少し顔を赤らめつつも本題を聞き出そうとするしのぶ。するとメビウスはゆっくりとした動作で、自分の立っている場所を指差した。

 「あさって、この時間……ここに来れるか?」
 「う〜〜〜んっと、その日は暇だから大丈夫よ。」
 「よかった。なら、その日はお前を借りる。その時までに見返りを考えておいてくれ。なんでも用意する。」

 メビウスの言葉が引っかかったのか、しのぶは大きく首を横に曲げた。どうも彼の口にした言葉の意味がよくわからなかったらしい。だが、彼がそんなことを言うのは今に始まったことではない。万が一変なことをするようなら、彼女は自分の手を氷の刃に変える能力で切り刻むつもりでいた。
 しかし、話はそこで終わった。メビウスは携帯灰皿に吸殻を入れると、しのぶの肩を抱いて賑やかな路地に出ようとする。彼女は慌てた。

 「ちょ、ちょっとぉ、恥ずかしいよぉ……」
 「メシ、食いに行こう。何がいい?」

 彼はいつも表情を崩さない。いつも真面目な顔をして話す。しのぶはそれが魅力と感じる一方で、不思議だとも感じていた。まるで無理に別の誰かを演じているようにも思えるからだ。もしかしたら彼の心の中には深い闇があるのかもしれない。
 彼女はしばらくそんなことを考えていたが、お昼をおごってもらえると聞いた彼女の頭の中はいろんなお店でいっぱいになった。そして彼らは街の中へと消えていったのだ……


 オカルト探偵との呼び声高い草間 武彦が所長をする『草間興信所』のポストに怪しい手紙が投函されたのはすぐ後の出来事である。草間は妹の零から手渡されたいくつかの郵便物に混ざって入っていたそれを開いて中を読んだ瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。そしてすぐに零を呼んで指示を出した。

 「零、電話だ。あさってのこの時間に戦える人間を今すぐ集めるんだ。」
 「兄さん、それってどなたの依頼ですか?」
 「俺の……依頼だ。お前を守るための依頼だ。」

 草間は手紙を机の上に叩きつけるようにして置いた。その内容はいたってシンプルだった。ただ一言だけ、こう書かれていた。

 『異能力者の地位向上のため、我がアカデミーは明後日の正午、妹さんを頂きに上がります。』

 そして便箋の最後にはメビウスの名があった。これは予告状だ。草間は平穏な生活に慣れた零を悪用しようとする人間の存在が許せなかった。だからこそ即座にアカデミーに対抗できる人間を集めろと彼女に指示したのだ。もはや一刻の猶予もない。新たなる刺客・メビウスは零を狙ってきたのだ。


 まさかメビウスがそんなことを仕掛けているとは露知らず、しのぶは呑気に食事を堪能しそのまま彼と別れた。そこそこの値段のするパスタ屋の高級なものを食べた彼女は満足だったが、早くしないと短大の講義に間に合わない。早く歩くと自分の長い髪が目の前に来て邪魔になる……それを細く伸びた指で掻き分けながら、ハイヒールの音を甲高く奏でながら人通りの多い道を必死に歩いていた。その時、彼女はある男性と肩が当たってしまった。無愛想なメビウスとは違い、彼女はちゃんと相手に詫びを入れた。

 「あら、ごめんなさいね。」
 「いえいえ、お気になさらず……素敵な方だ。う、美しい……」

 彼女にぶつかったのは食事の買い出しに商店街に来ていた風宮 駿だった。だが彼が発した時代錯誤なセリフにしのぶは眉をひそめ、さっきの言葉とはまったく逆のセリフを吐いてさっさと立ち去る。

 「古い手ね〜。そんなんじゃ今時の女は振り向かないわよ。それにスーパーの袋抱えてるんじゃあね〜。ダサいもいいとこだわ。」
 「ああ、ちょっと待って下さいよ……あーあ、行っちゃったよ。ちぇっ……」

 しのぶにあっさりと振られてしまった駿はがっくり肩を落とした。そして振られる直接の原因となった袋を目の前に持っていき、恨めしそうにそれを睨みつける。しかし中に入っているのは愛しい食材ばかり。そう簡単に恨んだりすることなどできやしない。

 「ま、しょうがないよな。買い出しに来てたんだから。さ、帰ろ。」

 さっき振られたというのに……意外にも切り替えが早い駿。今度は買い物袋を揺らしながらスキップしながら街の中を通り抜けていくのだった。


 そして予告前日の夜……さっそく草間が依頼した能力者たちが零を守るために力を貸そうと興信所にやってきた。その中でも面倒な作業を行っているのが天薙 撫子だった。神鉄製の鋼糸である妖斬鋼糸を用いて興信所を中心にした探査結界と守護結界を兼ねたものを作っている。平面ならもう少し楽に作業ができるのだろうが、街中となるとなかなかそうもいかないようだ。撫子はそれでも黙々とその準備をこなしていた。
 その間、男どもは草間を前にして明日の相談をしていた。草間探偵の目の前には今までアカデミーとの戦闘を経験している藍原 和馬と偶然ここにやってきたシオン・レ・ハイが肩を並べて仲良く座っている。だが、アカデミーの事情を知るのと知らないのとではここまで違うものなのかというくらい、ふたりの間で話が噛み合わない。だいたいシオンに至っては『アカデミー』を知らないのだ。草間もその存在を伝え聞いたレベルだというので、和馬がそこから説明を始めた。

 「まぁなんだ。『アカデミー』って奴らは異能力者至上主義だ。その辺を歩いてる一般人に素質さえあれば、平気でさらったり教育して覚醒させていくってのが奴らのやり口なんだよ。そうやって人数を増やしていくことで今の社会への発言力が上がっていくと思ってるんだろうな。おおっぴらに悪事を働かない分、逆にやりにくくてしょうがないんだ。」
 「だが、零をさらうとなれば話は変わってくる。なぜそいつらは急にそんなことを……」
 「その『アカデミー』が誘拐予告するってことは、別の目的もあるんでしょうか。それとも草間さんが集めた護衛の人間がいてもさらっていく自信があるんでしょうか。」
 「おそらくは後者だろうな。メビウスの能力はすでに師匠から聞いてわかってる。相手の影に入り込んで、能力者の力を倍増させるんだ。おそらく今回もその手で来るんだろう。」
 「では、正午に指定した理由はどうなんですか?」
 「真っ昼間に影がないことはないからな。だからだろ。その気になったら誰の影でも入りこんで目的を達成しようとするはずだ。」
 「ということは、メビウスにはその能力を増幅させる力の他に……?」

 草間の問いにふたりは頷いた。そうでなくては話が繋がらない。おそらくメビウスは少なくともひとつ以上の能力を隠し持っているはずだ。彼の自信はおそらくそこから来ているのだろう。誰もが息を飲んだ。

 「草間さん……もしあればでいいんですが、使ってない部屋を貸してほしいんです。ちょっと準備したいことがあって。うまく行けばいいんですが……あと、大きな黒い布があったら欲しいですね。」
 「おそらくそんなものはないだろうから、近くの店で買ってくればいい。隣に希望に沿うような部屋があるから、後はシオンの好きにしてくれ。俺は能力者でもなんでもないからお前らに頼るしかないんだ。」
 「まぁ、そんなことはあんたが気にする必要ないよ。ただ今回は……ちょっと気が重いな。いろんな意味で。」

 シオンが現金の入った茶封筒を持って部屋を出る頃、和馬が苦笑いを浮かべていた。彼はすでにメビウスに関して何かを知っているようだった。おそらく師匠なる人物から情報を聞いたのだろう。彼のその表情はずっと晴れるなることはなかった。だが彼のその姿が草間をさらに落ちつきなくさせる。
 シオンと入れ違いに、今度は撫子が部屋の中に入ってきた。そして不安げな表情を浮かべる零の隣に座り、凛とした声を響かせる。

 「どんなことでも慌てると隙ができ、そこを突かれかねません。とにかく今は落ちつきましょう。」

 撫子は草間たちも安心させようとにっこりと笑う。隣にいる零もその言葉に頷き、いつもの穏やかな表情を見せた。草間もそれを見て安堵したようだ。今はともかく彼らに任せる以外に方法はない。腹を括った草間はタバコを一本取り出すと、それをゆっくり吹かした。

 「しかし正午か……お礼参りじゃあるまいし。」
 「いかに優れた異能力者であろうと、人を困らせるのであればそれは迷惑以外の何物でもありませんわ。」
 「まさに正論。だが相手はそれを迷惑と思ってないんだな。まったく、毎度のことながらこっちも頭が痛いぜ……」
 「今日はここに泊まるものもいるんだろう。毛布は部屋の隅に用意してあるからそれを使ってくれ。シオンにも伝えておいてくれないか。」

 和馬が「ああ」と答えると、とりあえず予告の時間までは全員ゆっくり休むことになった。撫子の結界はいつでも怪しい連中を感知する。それが彼らの安心を増幅させていると言っても過言ではだろう。
 和馬は暗くなった部屋からこっそり抜け出した。すると隣の部屋にいつのまにかシオンが戻っているではないか。しかも買ってきたのは予告通り、ただの黒い布。しかも今の時間からそれをチクチクやり始めていた。

 「おいおい、今から寝とかないと明日がしんどいぞ。」
 「大丈夫ですよ、このくらい。きっとアカデミーの人たちも私と同じようなことしてますよ。」
 「それにゃ〜、あんまり頷きたくないな。」
 「戦いになった時、私もお役に立てればいいのですが……私の力は何が出るかなって感じなんで。」
 「それで場を混乱させることになるのなら、使わない方がいいんじゃないのか?」
 「だから私にできることはこれしかないんですよ。まぁ、和馬さんも今日はお休みください。」

 どうやらシオン自身はこの作業が重要だと思っているようだ。何を企んでいるかはわからないが、とにかく零のためになることをしているのだろう。和馬はさっきの部屋に戻り、少し寝ることにした。シオンはそんな彼を見送ることなく、ただ熱心に裁縫を続けていた。


 その頃、妖斬鋼糸の結界のギリギリ外に立つふたりの男がいた。アカデミーの教師であるメビウスと風宮 紫苑だった。ふたりはいつもの服装で夜の闇に紛れていた。しばらくすると、彼らは小さな声で話し始める。

 「こんな結界を張る人物がいるとは……厄介ですね。」
 「なぁに。連中は皆、一般人には手が出せない。心配するな、必ず零を手に入れてやる。」
 「明日は私も出ましょう。超加速の力を増幅させれば、もし作戦に失敗しても必ず逃げられますからね。」
 「負けた時のことしか考えてない奴の協力なんて、お節介以外の何でもないな。」
 「まぁ、そう気にしないで下さい。私はただの保険ですから。」
 「……………」

 紫苑もメビウスも決して結界の中に入ろうとはしない。やはり決戦は明日の正午なのだろうか……


 そして翌日。ついに襲撃の時がやってきた。すでに正午前で、興信所の中の緊張も高まる。撫子は御神刀『神斬』を携えて零から決して離れないようにしていた。和馬とシオンは結界の外でそれぞれ見張りをしており、この部屋にはいない。外に出る際、シオンが何やら零に耳打ちしていたが、その内容を兄や撫子たちに話すことはなかった。

 「……はっ!」
 「どうした、来たか!」

 突然、撫子が異質な空気を読み取って声を上げる。異能力者を感知したのは誰の目にも明らかだった。張り詰めた空気の中、全員が手に物を持って構える。しかし興信所のドアを開けて入ってきたのは、なんとあの風宮 駿だった。撫子はすぐに龍晶眼で彼を見通すも、全身にいくつかの光煌くヴィジョンが見えるだけで他に怪しい所はない。期待ハズレだったのか、ふうっと息を吐く撫子。その様子を見て草間は一大事ではないことに気づくが、わざわざ邪魔しに来たこの男が許せない。少し太めの木の棒を持ったまま、つかつかと駿の目の前へと歩いていく……

 「あ、あの……実は今日ですね。俺の身元調査をお願いしようと思ってこの興信所に来」
 「……出ていけ。」
 「は、はい?」
 「出ていけっ! 今日は忙しいんだ! さっさと出ていけっ!」
 「ひ、ひゃ〜〜〜っ! いた、いたいたいたっ!」

 すっかり悪者にされてしまった駿はそのまま玄関から追い出され、転がり落ちるように階段を下りていく。そして近くの路地に駆けこむと荒くなった息を整えながら、今一度あの興信所をこっそりと見上げた。

 「なんで俺が邪魔者扱いされなきゃいけないんだ……ったくもう!」
 「今、あそこは大変なんだよ。犯人扱いされなかっただけマシだと思え。」
 「ってうわっ! あ、あなたも興信所の人?!」
 「俺はあそこに雇われてるだけ。藍原 和馬だ。お前は?」
 「お、俺は……風宮 駿です。身元調査をお願いしに行ったんですけど、追い出されちゃって……俺、記憶喪」
 「ちょっと待て、話は後だ……あれか、まさか。時間はちょうど正午か!」

 和馬が興信所前を見ると、若い女性がひとりぼーっと立っていた。彼女は何度も周囲を振り返って興信所の場所を確かめているようも見えた。そしてゆっくりとその中へと入ろうとする……彼はとっさにケータイを取り出し、興信所に連絡を入れる。電話には撫子が出た。

 「おい、結界に何か引っかからなかったか?」
 『誰かが中に入ってきたのは確認できましたわ。ただ、姿を現さないことにはわたくしの見通しも効かないので……』
 「あれ……しのぶさん?」
 「撫子、ちょっと待ってくれ。おい、駿とかいったな。お前、あの女のこと知ってるのか?!」
 「ただの女子大生ですよ。おかしいな、なんかあるのかなぁ……」
 「おーい、聞こえるか。ただの女子大生だとよ。おい、おいよぉ……!」

 和馬の声は電話の向こうには届いていなかった。彼は状況を察するとボタンを押し潰さん勢いで押し、通信を解除した。おそらく戦いは始まってしまっているのだろう。しかし今、この場を離れるわけにはいかない。得体の知れない男とアカデミーの援軍が何をするかわからないからだ。

 「まさか……始まったのか?!」

 彼の予想は当たっていた。


 「あなた、ひとりじゃない! 影にもうひとり……その娘さんが結界に入ると同時に影に入り込み、ひとりであると勘違いさせたのですわね!」
 『天薙……撫子、さすがだな。思わぬ収穫だ。神に最も近き巫女よ、アカデミーに来れ。お前の望む価値観がそこにある。』
 「声色こそその娘さんのものですが、話しているのはまったくの別人ですわ……」
 『影に入り込んで仲間の力を増幅させるだけでは教師になどなれはしない。俺の力はもうひとつあったのさ。入りこんだ影の対象を自在に動かす能力がな。さぁ、やってみろ。しのぶを殺せば、俺はこいつから出るしかないからな。』

 しのぶと名乗る女性の右手は徐々に氷の刃へと変化し、それは大刀ほどになった。能力の増幅もメビウスの能力のひとつである。彼はこのふたつを同時に使いこなすことができるのだ! 撫子はもはや手加減はできないと判断し、全力を出すために天位覚醒を行った!

 「あなたの悪行、許しません! はああぁぁぁぁっ!!」

 背中から三対の翼を生やした撫子の姿はまるで東洋の天女のようだ。だがその神々しき姿を前にしても、メビウスはしのぶを使って前に進む。撫子は後ろで震える零をなんとかして助けようとするが、瞳の光を失ったしのぶの顔を見るとどうしても攻撃をためらってしまう。そして怪しく光る右腕を振りかざしてしのぶが攻撃を繰り出した瞬間、撫子はとっさに手を一振りした。そのまましのぶの作り出した刃は彼女の身体に当たってしまう!

 「撫子!」
 「撫子さんっ!」

 草間兄妹が叫ぶ。しかしあの手の一振りは苦し紛れの行動かと思いきや、実はそうではなかった。しのぶの腕は力なく撫子の身体にペたっと当たっただけで何のダメージもない……そう、あの行動でしのぶの力は一瞬にして失われたのだった! これにはメビウスも驚きの声を上げる。

 『なんだと、貴様っ!』
 「許さないと言ったはずです!」
 「そうだ、メビウス! はっ!!」

 豪快にドアが開かれ、そこから和馬がやってきた。彼はややこしい文様の入った呪符をしのぶの影に投げつけると、それはまるでナイフのように地面に突き刺さるではないか! その瞬間から、しのぶはそこから動けなくなってしまった。もちろんメビウスもこれでは動くことができない。

 「藍原、和馬っ!」
 「昔から影は忌み嫌われる存在であることが多かったからな。それを封じる手段なんていくらでもあるんだよ。勉強不足だなぁ、メビウスよ?」

 明らかに有利な状況だった。だが突然、零がおかしな行動に出た。メビウスが動けなくなったことを知ると一番安全なはずの撫子の側を離れ、急に隣の部屋へと駆け出していく……これには草間も驚いた。

 「零っ、なぜそっちに部屋へ行くんだ! 戻れっ!」
 『チャンスだ、周囲の影を伝って零を支配してやる……そうすればすべては終わる!』
 「ま、待ちなさい……零さん、メビウス!」

 影同士が繋がっていればそこを自由に行き来できるメビウスは、慌てて逃げる零を姿を見せぬまま追う。そして零が逃げ込んだ隣の部屋に入ったのを見計らって、和馬もその部屋の中に入る。しかしその時、彼もおかしな行動をとった。部屋に入る時、なぜかしっかりと扉を閉めたのだ。それは呪符も何も貼られていないただの木の扉なのに。
 撫子も追おうとしたが、力なく崩れるしのぶに気づきその身体を支えた。そして最強の力を一時解除し、彼女の介抱を始める。一方の草間は閉じられた扉に向かって必死に叫んでいた。

 「零っ! 零、大丈夫か! 和馬、どうなっている! 今、中はどうなっている!!」
 「大丈夫ですよ、草間さん。ご安心下さい。メビウスを捕らえました。」
 「なっ、その声は……シオン! お前、外にいたんじゃなかったのか!!」

 なんと草間に返事をしたのはシオンだった。彼は外に出たと見せかけて、ずっとこの部屋に潜んでいたのだ。実はこのことは和馬しか知らされていない。草間が驚くのも当たり前だ。その部屋に入った零は黒い布に身体をすっぽり包み、完全に影に入り込めない状態にされていた。そして部屋の中も、彼が徹夜で作った暗幕のおかげで真っ暗になっている。どこからどこまでが影なのか、そしてどれがどの影なのかなどわかる状態ではなかった。メビウスはまんまとシオンの作った罠にかかってしまったのだ!

 『ぐっ、しまった……!』
 「影に入りこむのなら、影をなくしてしまえばいい。そう考えた時に思いついたのがこの作戦でした。光があるから闇がある。だったら、闇だけにしてしまえばいいって思ったんですよ。撫子さんや和馬さんのように動くのも戦いですが、これも立派な戦いです。」
 『言わせておけば……シオン・レ・ハイ!』
 「観念しろ、メビウス。いや、白樺 義経。」

 和馬の言葉が場を凍りつかせる。

 「もうお前の正体はわかってるんだ。獣人コミュニティー『絆』のメンバーだったお前がある事件をきっかけにアカデミーへと転身したことを。理由はなんだ、金か。それとも霧崎への恨みか?」
 『俺の名は……俺の名はメビウスだ!!』
 「白樺、裏切るのは簡単だ。だがな、信じるのはその何倍も難しい。霧崎はな、今もそれやってんだよ。」
 『敵に説教か。いい身分だな、お前に何がわかる……』
 「何にもわかっちゃいねぇのはお前だ! さぁ、影から出て来い! 俺が相手だ、思い知らせてやる!」

 怒りの表情をあらわにした和馬は暗闇の中でその権化とも言える黒い獣へと姿を変える! その鋭い爪は影をえぐり、メビウスを捕らえんとしていた。しかしその部屋の窓が豪快にぶち破られると、太陽のやわらかな光が差しこんできた……まだ明るさに慣れない目で窓を見ると、そこにはもうひとりの教師が髪を乱して立っている……彼はタキシードの麗人・風宮 紫苑だった!

 「メビウス、帰りましょう。今は戦う時ではない。」
 『ちっ……教頭にどやされるな。』
 「早くしなさい。そして私に力を与えてください。逃げるにはそれしかありません。」

 和馬が実体化した影を切ろうと腕を振るって走るが、紫苑のしなる髪が全身に絡みついてきてそれを阻止されてしまう。そしてメビウスは紫苑の影に潜み、その力を増幅させ始める……和馬は両腕を振るってその髪を切り刻むが、時すでに遅し。しかし再び最強形態になった撫子が中の状況を察して部屋の中に入ってきた。

 「撫子……あいつに気をつけろ。あいつは超加速の能力を持っている。」
 「……………和馬さん、後ろ!」

 とっさに神斬で和馬の背後を薙ごうとするが、いつのまにか紫苑は姿を消していた。紫苑はいつのまにか撫子の後ろに立っていたのだ!

 「撫子さま、和馬さま、そしてシオンさま。ごきげんよう。今の私を止めることはできません。」
 「そうは行くか! お前らのおかげで俺の身元調査を断られたんだからな! 逃げてもらったら困るんだよ、変身!」

 興信所に乱入した駿はすでに腰にベルトを出現させており、『世界』のカードをそれにかざす! 全身を光が覆い、即座にダンタリアンに変身した駿は紫苑に向かって戦いを挑む! その姿を見た紫苑は自在に動かすことのできる髪を使って、窓から逃げる……が、翼のある撫子や魔導強化服に身を包む駿、そして獣人へと変化した和馬には関係のない話だ。和馬は草間とシオンに向かって叫ぶ。

 「零ちゃんとしのぶさんをよろしくな!」
 「任せておいてください、和馬さん!」


 しばらくビルの屋上を超加速で移動していた紫苑だったが、広い屋上のある場所で止まった。どうやらここで彼らを待ち受けるようだ。ダンタリアンを先頭に、ふたりもその後ろに立った。

 「それほどまでに我々と戦いたいとおっしゃいますか。すでに目的は達成されたでしょうに……」
 「うるさいっ! 俺はお前らを捕まえないとこのまま犯人扱いにされてしまうんだ!」
 「それは申し訳ありません。アカデミーからそのようなことはないとお詫びの手紙を差し上げますから、それで許しては頂けませんでしょうか?」
 「お前みたいな人間がそんなことするはずないっ!!」
 「いや、駿とやら。こいつならたぶん本当にするぞ……」

 ダンタリアンの肩を叩きながら和馬は小さな声で耳打ちを始める。

 「さっき、撫子も俺も奴の早さについていけなかった。今度は気づいた頃にはやられているだろう。お前は超加速に対抗できないのか?」
 「たぶん……これでいけると思うけど……」

 そう言いながら、カードを取り出すとそれを左腰の宝玉・ネツァフに連続して読みこませる!

 『ホイールオブフォーチュン』『チャリオット』
 「行くぞ! とぉりゃあ!!」

 システムカバラの力で時の流れを加速させる、まさに紫苑と同じシステムで超加速を実現させた! これには紫苑も驚き、駿よりも早く加速することで繰り出したパンチを紙一重で避けた。

 「おっと……これは危ない。」
 『まさか同じ原理で動く奴が存在するとは……紫苑、今度は両脇からだ。』
 「わたくしはあなた方を許しませんわよ!」
 「超加速ができなくても、俺たちにできることはいくらでもあるんだ!!」

 風を切る鋭い爪と天を割る刀が紫苑に迫る。しかしこの攻撃自体はフェイクで、おそらく紫苑が逃げたところに駿が超加速で待ち構えておりそこでダメージを与えるつもりなのだろう。すべての流れを読んだ紫苑はメビウスに指示をする。

 「最大限の力を発揮してください。あれを使わなければ逃げられませんから。」
 『できて7秒だ……さっさとしてくれよ。』
 「ううう……はあぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」

 紫苑がふたつの力に抑え込まれようとしたその瞬間、なぜかその刃が動きを止めた。逃げるはずの場所に向かっているダンタリアンの動きも空中で止まってしまっている……
 きっと今は、興信所のシオンも零もその動きを止めてしまっているだろう。眼下を走る車も動きを止め、流れるはずの液体もその場で止まっているはずだ。すべては紫苑の増幅された能力のせいだった。風宮は「気が乗らないですね」と一言発すると、撫子と和馬の頬を一発ずつ殴ってからゆっくりと駿の元へと向かう。そしてその途中ですべてが動き出した!

 「きゃああぁぁぁぁっ、ううっ!!」
 「おわっ! く、くそ、何が起きた……駿、危ねぇ!!」
 「わ、わ、なんで超加速が超加速に負けるんだ!?」

 理由もなしに地面に叩きつけられたふたりの動揺は隠し切れない。そして段取りがうまくいかない駿も戸惑いの色を濃くする。しかし褐色の戦士の目の前には、すでに紫苑の髪が迫っていた!

 「うぐぐ……し、しまった、捕らえられた!!」
 「はぁ、はぁ、これしかなかったんです……あなたたちから逃げるためには、これしか。もう一度だけこの力を使えるようにしています。ですからお別れの言葉は、今しなくては……」
 「に、逃げる気か!?」
 「駿さま、はぁっはぁっ……あなたには、私の力を超えることはできない。はぁっ、また別の機会にお会いしましょう……とぉりゃあ!」

 能力で伸びた髪は駿を倒れているふたりの元へと放り投げた。が、またもやその途中で勢いが止まった。紫苑はもう一度、増幅した力で最強の力を発揮した。その力の名は『時間停止』……超加速の先にある究極の能力だった。そして最後に自分の身を隠した瞬間に時間が動き出し、ダンタリアンは豪快に地面に叩きつけられる!

 「おぐっ! ぐわぁ……」
 「紫苑は、紫苑はどこだ!!」
 「無理ですわ、和馬さま。あの力はおそらく時間停止ですわ。これでメビウスという存在が危険であることは十分に証明されましたわね。」
 「白樺め……無関係な立場の能力者ならまだしも、敵だとはな。迷惑な奴だ!」

 増幅した能力の前になす術なくやられてしまった3人はただその場にへたりこむので精一杯だった。だが、かろうじて目前の脅威は振り払った。今はそれで満足するしかない。零も一般人のしのぶも無事だ。十分な成果だった。だが、アカデミーに対する脅威だけは胸のどこかに残ってしまったようにも思えた。


 興信所に戻るとしのぶはすっかり元に戻っていた。草間から『アカデミー』という集団に利用されていたことを聞くと、やっぱりといった口調でさばさば話す。

 「最初から変だなとは思ってたんだ。だけど自分の能力があるから大丈夫だって、そう思ってた。そっか、ここに迷惑かけちゃったね。ごめん。」
 「年頃の女性が男性に向かうというのは仕方のないことですよ。今回はアカデミーが悪かったということで。」
 「シオン、とにかくまとめようというのはよくない。ま、でも今回は大事に至らなくてよかったな。」
 「そうですわ。零さんは災難でしたけど、そのおかげで無事に済んだのですから。」
 「俺はあんまり無事じゃないですけどね……ところで草間さん、身元調査はしてくれないんですか!」

 それぞれがそれぞれの感想を言う中で、まったく関係のない話を始める駿。思わず草間が本音を口にしてしまった。

 「あ、窓壊されたからそれどころじゃないんだ。事務所も荒らされたしな……また今度にしてくれるか?」
 「ウソでしょ! またそうやって俺のこと無視する気なんだ……草間さん、今すぐ窓直しますからなんとかして下さいよ〜!」
 「あら……意外なところに被害者さんがいましたわ。」
 「あんなもん、被害のうちに入らん。放っておけばいいさ。」

 駿の苦悩はいつのまにか物笑いの種になっていた。こうしてまた、草間興信所に平穏な時間が戻ってきたのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

1533/藍原・和馬    /男性/920歳/フリーター(何でも屋)
3356/シオン・レ・ハイ /男性/ 42歳/びんぼーにん
0328/天薙・撫子    /女性/ 18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
2980/風宮・駿     /男性/ 23歳/記憶喪失中の正義の味方?

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。「CHANGE MYSELF!」は第4回で草間兄妹がゲストです。
意外と導入部分がすんなりいかないことが多かったので、今回はこの形式にしてみました。
やっぱり慣れ親しんだ場所ですから、皆さんもプレイングが書きやすかったですか?(笑)

風宮 駿さんの登場も初めてですね〜。なんか真剣に興信所に来たのにごめんなさい(笑)。
今回はマトモに取り合ってもらえなかったですが、ぜひ次回はそんなことがないよう……
でもダンタリアンのおかげでアカデミーの底力がわかってよかったですね。立派立派!

今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!