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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


咎人の指輪

●序

 思いは早鐘の如く駆け抜けていく。どうしてあんな事をしてしまったのかも思い出すことはできず、ただただ子どものように泣き叫ぶ事しか出来なかったから。
「止めて……」
 かすれた声で小さく呟く。誰かに助けて欲しくて。ただ誰かに助けて欲しくて。


 アンティークショップレンで、最近入荷したばかりの指輪が消え失せた。持ち主がどうしても触れることが出来なかったという、曰くつきの指輪である。
「どういう事かねぇ?」
 蓮は指輪を思い返す。透明な四角い石が埋め込まれた、シンプルな形の指輪。それは光の加減によって赤や青などの美しい色を見ることのできる、石であった。元の持ち主によると、遥か昔に偉大な精霊を閉じ込めたのだと言われているとの事であった。
 だが、蓮を以ってしても指輪に触れることは出来なかった。そっと手で触れようとすると、ビリッという静電気のようなものを感じてしまうのだ。お陰で、元の持ち主は指輪をケースから取り出すことすら出来た事が無かったのだと言っていた。
(あの時は、指輪が持ち主を選んでいるんだろうという見解しかなかったが……)
 物が持ち主を選ぶ事は珍しくない。どのようなものにでも相性というものは存在しているのだから。
『最近、相次いで起こっている神社のご神体である護り石が壊されるという事態について、少女の姿を目撃しているとの情報があり……』
 付けっ放しだったテレビから、ワイドショーのアナウンサーの声が聞こえてきた。蓮ははっとして地図を取り出し、護り石を壊された神社にバツ印をする。壊されたのは三つの神社であり、三点を線で繋ぐと綺麗な二等辺三角形が出来上がった。
「となると……この無事な希憂(きゆう)神社を繋げると……正方形が出来上がるね」
 蓮は希憂神社に丸をし、線で繋げる。地図上に正方形が描かれる。蓮は「次はここだね」と呟き、溜息をつく。
「そういえば……昨日女子高生の軍団がこの店に来たっけねぇ」
 五人の女子高生が、店内をわいわい言いながら見て回っていた。結局何も買っては行かなかったが、もしかしたらその時に指輪を盗られてしまったのかもしれない。
「うちの商品は、万引きできるような代物は何もないと思っていたんだけどねぇ」
 蓮は苦笑する。五人のうち四人は今風の女子高生だったので一応気にはしていたが、ただ一人真面目で大人しそうな少女がいた。彼女は大丈夫だろうと殆どノーマークだったのだが……。蓮は苦笑を残したまま、立ち上がった。
 これ以上、何も起きる事がないように。


●威智

 自分のやっている事が、正しいなどと思えない。神社の中にずかずかと踏み込み、中にある丸い石を真っ二つにしていくなど。
「私を、どうしたいの?」
 かすれる声で、少女は尋ねる。が、何も答えは無い。沈黙が、その場を支配する。少女は喉の奥にこみ上げてくる涙の気配を、ぐっと飲み込む。泣いたとしても何も変わらないだろうから。


 アンティークショップ・レンに集まったのは、6人の男女であった。
「このお店にある品物は所有されるべく、本来の持ち主へと手渡されるように……なんですけどね」
 事情を聞き、まず一番に口を開いたのはセレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)であった。ゆるいウェーブのかかった銀の髪からちらりと見える青の目は、店内をぐるりと見渡している。
「精霊が外に出たがっている……としても、しっくりこないのよねぇ」
 小さな溜息をともなって口を開いたのは、シュライン・エマ(しゅらいん えま)であった。黒髪の奥にある青の目で、皆を見回す。同意を求めるかのように。
「ビンの中に閉じ込められた悪魔っていうのは、護るふりをして解放されるきっかけをつくっていたという話を、昔聞いた事がある」
 シュラインに同意するように、緑の目を真っ直ぐに向けて守崎・啓斗(もりさき けいと)は言った。蓮に向かって「そういえば妹分が世話になった」と、茶色の髪の頭を下げつつ。
「久々に来たんですけど……不思議な話ですね」
 黒の髪の奥にある黒の目をじっと蓮に向け、榊・遠夜(さかき とおや)は言った。たまたま学校帰りだということで、いつもの着物ではなく制服である。
「しかも、店でも神社でも女の子を目撃っていうんだろ?どういう因果関係かは分かんないけど、同一人物くさいな」
 ふむ、と黒の目を皆に向けて呟きながら影崎・雅(かげさき みやび)は言った。後頭部をがしがしと掻き、黒髪を揺らす。
「……で、あんたは何をしているんだい?」
 蓮は苦笑しながら、店内を好奇心一杯のあの目で物珍しげに見ている守崎・北斗(もりさき ほくと)に話し掛けた。蓮に言われ、茶色の髪を揺らして振り返る。
「あーすまねぇ。いろんなもんがあるなーって。大丈夫、話は聞いてっから」
 にかっと笑いながら言う北斗に、啓斗はじろりと睨みつける。自分についてきたからには、ちゃんと仕事をしろと言わんばかりに。
「ともかく、分かれて捜査した方がいいかもしれないわね。神社と、女子高生と」
 シュラインがそう言うと、皆が頷く。その中でも、雅は履いていた草履をぺいと飛ばして、その行方を見つめる。草履は、ぱたりと裏になって落ちる。
「……俺、裏だから神社ね」
「そういう決め方も、面白いね」
 遠夜が雅の様子を見て感心する。
「俺も神社の方に行く。……石をぶっ壊してるっつーのが気になるし」
 北斗が挙手をする。
「私も神社の方に。壊されたという護り石を確認したいですから」
 セレスティも北斗を真似て手を挙げる。
「丁度三人か……。なら、護り石が壊されたとか言う神社って三つ合ったんだよな?それぞれで行くとかするか」
 雅が提案すると、蓮が「それなら」と言いながら地図を取り出す。
「今、護り石が壊された神社を教えようかね。北西にある威智(いち)神社、南西にある讃壺(さんこ)神社、それに南東にある護応(ごおう)神社だね」
「数字みたいな神社だな」
 北斗が妙に感心したように言う。
「それに、残った神社が北東だというのも気になりますしね」
 セレスティは考え込むように言う。
「ともかく、分かれるか。早いもん勝ちね。俺、威智神社取った」
 雅が言うと、北斗が「じゃあじゃあ……」と考え込みながら言う。
「俺、讃壺神社!」
「私は護応神社ですね。分かりました」
 セレスティはくすくす笑いながら言った。
「じゃあ、俺は女子高生を探すか」
 啓斗はそう言い、シュラインと遠夜を見る。
「僕も、女子高生を探すよ。丁度制服だし」
 遠夜はそう言った後に「……あまり、人と話すのは得意じゃないけど」とぼそりと呟く。
「蓮さん、女子高生の制服に覚えは無いのか?」
 啓斗が尋ねると、蓮は「そうだねぇ」と言ってからぽんと手を打つ。
「セーラー服だったから……この辺で言うと、栖鳳(せいほう)高校かねぇ」
「栖鳳高校なら、ここから近かったよね。つては残念ながらないけど」
 遠夜はそう言い、啓斗と頷きあう。
「私は元の持ち主の所に聞きに行こうと思って。その後、女子高生組に合流するわ」
 シュラインはそう言い、蓮の方を見る。
「勿論、教えてくれるわよね?蓮さん」
「本当はいけないんだけどねぇ……ま、いいよ。今は非常事態だし」
「そうそう。仕方ないわよ」
 シュラインがそう言うと、蓮は苦笑しながら「やれやれ」と呟く。
「元の持ち主は、中口・央(なかぐち よう)だよ。家は……おやおや」
 蓮は元の持ち主である中口の住所を地図で確認すると、皆に向かってにやりと笑う。
「この正方形の丁度ど真ん中だよ。……何の因果かねぇ」
 皆は顔を見合し、後に神社にて合流する事を約束して別れた。最終的に、希憂神社にいかねばならないだろうから。
「ちょーっと厄介かもしんねーな」
 北斗はぼそりと呟きながら、レンを後にするのだった。


●讃壺

 歩く。ただただ歩く。こうして歩き、何処に辿り着くのかなど分からない。ただただ、歩いているだけなのだ。
「どうすればいいの……?」
 少女は呟く。問いかけに答える声は無い。少女は泣き出しそうな表情のまま、突如くすりと笑った。何処から始まったのか分からない迷宮が、酷く滑稽に思えてきたのだった。


 讃壺神社は南西にある、二番目に壊された神社である。
「誰もいねぇな」
 ご神体である護り石が壊され、一時は話題になったのかもしれない。だが、ご神体が壊されるというのは妙な恐ろしさのようなものが感じられて、誰も近付かないのかもしれない。
「神主もいないだろうしなぁ」
 北斗は小さく呟き、大きな鳥居を三つくぐる。全ての鳥居が石で出来ており、年代ものだという雰囲気をかもしだしていた。鳥居をくぐり終わると、手水があり、身を清めるようになっていた。
「ここで兄貴なら、気にせずに突き進むんだろうな。何も信じてないし」
 小さく北斗は苦笑し、手を洗い、口を注いだ。水道水ではない、湧き水の味が口一杯に広がる。まさに、清められた感じだ。
「ええと、ご神体ってのはあそこか?」
 北斗はぬれた口元をぐいと腕で拭い、祠の方に向かって行く。護り石を見ようとそっと覗き込むが、中が暗くてよく見えなかった。
「見えねーな。……入っちゃうか」
 北斗は誰に言う事なくそう言い、そっと祠の戸を開く。特に鍵などかかっていない祠の戸は、ギイ、という音をさせながら開いた。戸は開けたもののやはり薄暗い中に入ると、大きな丸い石が置かれていた。サッカーボールほどもある大きな丸い石だ。だが、ぱっくりと二つに割れてしまっている。
「……よく割ったな、これ。しかも、何もねーし」
 その様子に、北斗は思わず眉間に皺を寄せた。ぱっくりと割られた石から、何も波動が感じられないのだ。ご神体というからには、何かしらの霊気が漂っていたはずだというのに。
「……ん?」
 北斗は何かに気付き、しゃがみ込んだ。だんだん暗闇に慣れてきた目で見ると、そこにいたのは女子高生であった。祠の奥で倒れている。北斗は少女の頬をぺちぺちと叩き、心臓と呼吸を確認する。
「眠ってるだけみてーだな」
 北斗は少女を抱き上げ、外へと連れ出す。神社の境内にそっと横にし、様子を探る。呼吸も正常、脈拍も正常。だが、意識だけが無い。
(これはきっと、蓮の言ってた女子高生の一人なんだろーな)
 確か、五人の女子高生がやってきたのだと蓮は言っていた。ならば、一人は指輪の保有者だとして、残りの四人がそれぞれの神社にいる……とは考えられないだろうか?
(まさかこいつが、指輪を持ってった奴じゃないだろーし)
 セレスティはそっと少女の指を見るが、指輪はやはりない。つまり、指輪の保有者である少女とは別人なのだ。
「だよなぁ。真面目でおとなしそうだって言ってたもんな。こいつは絶対違うって」
 寝ている少女は、元は黒いであろう髪をオレンジに近い茶色に染め、膝上何センチあろうかという短いスカートをはいている。
「目でも覚まして、話を聞きてーな」
 北斗はそう言うと、手水の水を汲んでそっと少女の口に運ぶ。ぺちぺちと外を叩いても意味がないのならば、内から目を覚まさせようというたくらみだ。冷たい水が彼女の中に入ると、彼女は咳き込み、げほげほと何かを吐き出した。それは先程北斗が口に含ませた水に混じった、黒い影のようなものだった。
「……何だ?」
 北斗はその影に身構えるが、空気に溶けていくように、すうと消えてしまった。清める役目を持つ手水が、彼女のうちにいたものを清めたのかもしれない。北斗がその様子に訝しんでいると、彼女の口から「ううん」という呻き声が漏れた。
「目、覚めたか?」
「……ここは」
「ここは、威智神社だよ。あんた、あの祠の中で倒れていたんだぜ」
「あたし、が……」
 少女はそう言い、急にはっとしたように表情を変えて口を抑えた。
「あたし……あたしの中に……何か変なものが入っているのよぉ……!」
「変なもの?なんだよ、それ」
「あいつが……和田・倫子(わだ りんこ)の奴があたしをここに呼びつけて!あいつってば何か変な力で丸い石を壊して!それが壊れたら変なのがあたしの中に入ってきて!」
 北斗は震えながら泣き叫ぶ少女に対し、溜息を一つ漏らす。少女はうっうっと嗚咽を繰り返す。がしがしと後頭部を掻きながら、北斗はふと考える。
(石を壊して出てきた何かにこいつは中に入られた。そしてさっき、こいつから黒い煙みたいなやつがでてきた。ってことは、石に黒いやつが入ってたってことだな。……あんましいいもんとは思えねーやつが)
「あんたさ、この神社の言い伝えとかしらねーか?」
 少女に問い掛けると、少女は黙って石碑を指差した。北斗が近付いてみてみると、そこにはこう書いてあった。
 悪鬼閉じ込めし石を護る為、悪鬼生み出す波動を吸収するが為に縁起する、と。


●護応

 いつ終わるのか、いつ終了するのか。終わりが見えてこないという事が、こんなにも苦しい事だったのか。色々な思いが渦のように頭の中を巡る。
「次は、どこ?」
 口元には笑みすら浮かんでいる。もう、笑っているのか泣いているのかすら分からなくなってきっていた。流されるままに、導かれるままに。ただ歩んでいく。
「もう、いい……」
 少女はくすりと笑う。笑いながら、頭の中が真っ白になっていくようだった。


 皆が再び、希憂神社へと集結した。年季を感じさせる古い石で作られた鳥居が九つもある。そこで、皆が互いの調査結果を言い合う事となった。
「指輪は、精霊を閉じ込めたという話だったわ。しかも、精霊の力が強いから逃げ出さないように結界を張ったのだとか」
 シュラインが言うと、神社に行った雅・セレスティ・北斗の三人が考え込む。
「それに似たような話が、神社の石碑にあったんだよな」
 雅が言うと、セレスティと北斗が頷く。
「あったあった。でもさ、精霊っていう話じゃなかったぜ?」
 北斗が言うと、セレスティは言葉を思い出すように目を閉じ、そっと口を開く。
「悪鬼閉じ込めし石を護る為、悪鬼生み出す波動を吸収するが為に縁起する……とありましたね」
「……この神社にもあるんじゃないのか?あれとか」
 雅が指差す方向に、確かに石碑があった。皆でそちらに移動し、確認する。
「確かに、そう書いてあるな……」
 啓斗が感心したように言うと、遠夜は少しの間考え込んでから口を開く。
「どちらが正しいのかな?言い伝えと、神社の縁起と」
 皆が顔を見合わせ、頷きあう。
「縁起だと思うわ。中口さんは、指輪があってもなくても変わらないと言っていたわ。つまりは、指輪があるからといって家が特に栄えた訳じゃないのよ」
 シュラインが言うと、雅とセレスティと北斗も頷きあう。
「讃壺神社でさ、女子高生がいたんだよな。多分さー、囲ってた奴だと思うんだけど。で、割られた石から出てきた黒い影みたいなのに入り込まれたらしくて、倒れてたんだ」
「俺の行った威智神社にもいたっけな。黒い影は出てったけど」
「私が行った護応神社にもいましたよ。……まるで、石に入っていた悪いものを入れ替えたかのように」
 三人の言葉に、啓斗は指を折って数える。
「一人、足りないな」
「この神社を入れれば、丁度いい数になるよ」
 遠夜はそう言い、辺りを見回す。
「いるとすれば祠の中だろうな」
 雅が言うと、セレスティが後を続ける。
「それか、指輪を持っているという少女と一緒にいるという可能性があります」
「和田・倫子って奴だろ?」
 北斗が言うと、啓斗と遠夜が顔を見合わせる。
「最近ずっと休んでいるっていう話だ。その、和田という女は」
「しかも、苛められていた可能性があるんだ」
 啓斗と遠夜の言葉に、シュラインは考え込む。
「まとめてみましょうか。つまり、指輪に入っているのは精霊ではなく、悪鬼という事ね」
「壊された護り石は、指輪に封じ込められた悪鬼から出てくる悪い波動をさらに封じ込めていたんだな」
 雅が続ける。
「で、石に封じ込められた悪い波動は、誰にも分からぬように一旦女子高生たちの中に移し変えたということですか」
 セレスティが、更に続けた。
「最後の石を壊すまでは、悪い波動が放出された事を誰にもばらせないもんな。変に霊障とか出て、封じられたら困るもんな」
 北斗は腕を後ろに回し、言う。
「さらに、和田・倫子にとってはいい復讐の機会だったのかもしれない」
 啓斗が言うと、遠夜は頷く。
「負の感情を持っていた彼女と、指輪に封じられた悪鬼の波動が合ってしまったのかもしれないね」
 わん。にゃあ。同時に、狼と猫の声が響く。颯爽と現れた黒い狼は雅の元に、すらりと現れた黒い猫は遠夜の元に行く。
「ぽち、どうした?」
「響。……来たの?」
 二人の言葉に、皆がさっと身構える。すると、鳥居の向こうからゆらりと揺れながらセーラー服の少女がやって来た。黒の髪をきっちりとした三つ編みをし、一見大人しそうな印象を受ける少女。その少女の後ろに、元は黒だったのだろう髪を緑に近い茶色に染めた少女がついてきている。恐らく、意識はない。
「あなたが、倫子さんね……?」
 シュラインの問いかけに、倫子は答えない。ただ、ふふふ、とだけ笑う。否、笑ったのではない。笑っているのは口元だけで、目は大きく見開いたまま虚ろだ。何も映してはいないだろう。
「指輪を、持っているんだろ?」
 雅の問いかけに、倫子は漸く目線を皆に移した。ゆっくりと手をあげ、指に収まっている指輪を見せる。
「それ、外した方がいいよ」
 遠夜が真顔で言う。だが、倫子はゆっくりと首を横に振る。
「それは危険な指輪です。あなたの精神でさえも、蝕むでしょう」
 セレスティの優しい声にも、倫子はただ首を横に振る。
「てかさ、おかしいじゃん?変じゃん?それ」
 北斗がストレートに言うが、倫子は何も答えない。指輪をしている手をゆっくりと北斗へ向ける。
「何をする気だ?」
 啓斗が身構えると、倫子は大きく手を振りかざした。途端、疾風が皆に襲い掛かってきた。
「邪魔を、しないで」
 倫子はそれだけ口にし、身構える皆をぐるりと見回してくすくすと笑った。目からは涙が流れ出していたが、全く気付いていないようだった。


●希憂

 助けて欲しいのに、声が出ない。信じて欲しいのに、声が出ない。喋る自由すら奪われてしまったのかと思うと、本当に情けなく哀しくなってきた。
(どうして私がこんな目に)
 自由になるのは既に意識しかなかった。それも、微かなものだけ。夢のような気分だった。悪夢の中に、放り込まれてしまったかのような。
(睨まないで……そんな目で見ないで……)
 薄れていく意識の中、自分を睨むその目だけが強く強く刻まれていくのだった。


 倫子の後ろにいた少女は、ばたりとその場に倒れた。恐らく、その少女を操っていた力を皆への攻撃へと使うためであろう。
「倫子さん、目を覚まして!」
 シュラインが叫ぶ。倫子は既に正気ではない。
「シュラインさん、不用意に近付くのはいけません」
 セレスティが近寄ろうとするシュラインを制する。
「そうだぜ、シュラ姐。近付くのは俺らに任せて、気をつけておいてよ」
 北斗が言うと、啓斗もこっくりと頷く。
「あの、後ろで倒れている奴を避難させるとか」
「そうだな、俺たちでひき付けておくからさ」
 雅が同意する。
「じゃあ、僕はシュラインさんを手伝いますから」
 遠夜はそう言い、符をすっと取り出す。皆は頷きあい、それぞれの行動に移す。四人は倫子をひきつけながら戦い、二人は倒れている女子高生を助ける。
「なあなあ、いっその事最後の石を壊しちゃうってどうよ?」
 北斗が言うと、他の三人が顔を見合わせる。
「それは果てしなく賭けに近いな。……あまりいい策だとは思わないが」
 啓斗は戒めるように北斗に言う。雅も苦笑しながら啓斗に同意する。
「だな。取り返しのつかないことが起こってからじゃ、対処できないし」
「それよりも……結界を張ってみませんか?倫子さんの動きを制限できるような」
 セレスティが提案し、皆が頷く。女子高生を無事に避難させた遠夜もそれに加わった。
「それはいいかもしれないね。……これ以上、何も起こさせない為にも」
「こっちは任せて。……大丈夫だから」
 シュラインが皆に向かって微笑む。そこで、遠夜が符で、セレスティが水で雅が結界を張る事となった。雅・啓斗・北斗の三人は、二人が結界を張り終えるまでのサポートをする。結界を張る途中で、倫子のはめている指輪に邪魔をされぬように。
「いやあああああ!」
 結界を張り終えた途端、倫子が叫びだした。
「閉じ込めないで閉じ込めないで閉じ込めないで!」
 倫子は……否、指輪が叫ぶ。今まで閉じ込められた記憶が、呼び覚まされたのだろう。
「ならば、その子から出ていってください!」
 セレスティが叫ぶが、指輪は何も聞きたくないといわんばかりに、耳を塞ぐ。
「耳を塞いでも、聞こえているんでしょう?倫子さん、聞こえているんでしょう?」
 シュラインが叫ぶ。指輪は目を鋭く光らせ、シュラインを睨む。
「そーゆーことやったって、仕方ないだろ?自分の力で、目覚めないとさ」
 雅が言うが、指輪は雅を睨みつけるだけだ。
「これ以上のことは、防がせて貰うよ。……在るべき所に、帰ってもらう」
 遠夜が言うと、指輪は手を大きく振りかざし、結界を抜け出そうと必死になる。
「お前を苛めていた奴らに復讐しようとしているのか?だとすれば、それは下らないことだぞ」
 啓斗が言うと、指輪はぽつりと「うるさい」と呟く。
「解放される事ばっか願ってさ。ばっかじゃねーの?」
 北斗が言うと、指輪は「煩い!」と叫ぶ。
「煩い煩い煩い!汝らに分かるか、この孤独が!汝らに分かるか、この憎しみが!」
『誰も助けてくれないの』
「見てみぬふりをし、無かった事にされるのだ!」
『声を出さないことで、全てはない出来事にされるの』
「我が何をしたというのだ!何故閉じ込められねばらぬ!我はただ、消されぬ為にしていただけなのだ!」
『私が何をしたというの?何が気に入らないというの?』
「それなのに、こんなに長い間閉じ込めよって!」
 皆は顔を見合わせる。倫子の持っていた、不条理への思いと孤独感が、指輪の波動と同調してしまったのだ。
「でも……今、後悔しているんでしょう?」
 シュラインがぽつりと呟く。指輪は強く「否」と答えたが、表情は戸惑っているかのようだ。
「私達は、あなたを助けに来たんですよ。倫子さん」
 セレスティの言葉を指輪は無視したが、表情は泣き出しそうになっていた。
「俺ら、あんたが抱えているその指輪をなんとかしにきたんだって」
 北斗が言うと、指輪は手を掲げて結界を壊そうとしたが、目には涙が溜まっていた。
「本当は嫌なんだろう?だったら、そんな奴の助けなんてする必要はないんだ」
 雅が言うと、目からぼろぼろと涙が溢れ出してきた。
「あんたは悪くないんだ。……悪いのは、あんたをそうさせた奴らなんだから」
「……私」
 啓斗の言葉に、声が返って来る。
「和田さん、大丈夫だよ。……もう、大丈夫なんだよ」
「私……!」
 遠夜の言葉に、倫子は叫ぶ。と同時に、倫子の指から指輪が外れて地に落ちた。倫子の体はその場に崩れ落ち、指輪はころころと地を転がっていく。
「……とりましょうか」
 セレスティはそう言い、水の玉を作って指輪をその中に封じた。
「そのまま、蓮さんの所に持っていくといいわね」
 シュラインが水の玉を指でつつきながら微笑む。
「便利だなー、それ。面白いし」
 雅も興味深そうに水の玉をつつく。
「……うん、二人とも気を失っているだけみたいだ」
 遠夜は倒れている二人を確認し、微笑んだ。
「ま、一方は別にどうだっていいんだが」
 啓斗はさらりと言ってのける。
「兄貴、そりゃ言い過ぎだって」
 北斗はそんな兄に対して苦笑する。
「おや、気付くともう夕方なんですね」
 セレスティはそう言い、空を見上げた。その仕種につられたように、皆も空を見上げた。赤く染まっていく空が、もうすぐ訪れようとする夜を出迎えているようだった。


●結

 再び蓮の店に戻った指輪は、普通の石に成り下がっていた。今までのように誰も手に触れ無いと言う事もなく、光の加減によって様々な色を見ることができるという事もなくなった。
「やれやれ。……まあ、これはこれでいいのかもしれないねぇ」
 蓮は苦笑しながらそう言い、煙管から煙を吸い込んだ。ふう、と白煙を吐き出すと、ギイという音を立てて戸が開いた。
「おや、これはこれは」
 中に入ってきたのは、倫子だった。恥ずかしそうに、だが何処かしら変わったかのように。もう既に、他の女子生徒たちはいない。一人で、堂々と店に入ってきたのだ。
「今回は、ご迷惑をおかけして」
「大丈夫だよ。あんたの所為だなんて、誰も思っちゃないから。……あんたも、もう大丈夫なのかい?」
「ええ。……その指輪」
 倫子は指輪を見つけ、呟く。蓮は苦笑し、再び煙管に口をつけた。
「もう、あんな変なのは入ってないよ。ちょっと、残念だけどね」
「私、何となく分かったんです。……その指輪をつけていたとき、私の抱いていた思いと同じものを感じていたから」
「あんたのいいところは、そういう優しい所かもしれないけど……あまり同調し無い方がいいよ?」
 蓮は悪戯っぽく目を光らせ、倫子に言う。倫子は最初きょとんとし、それからくすりと笑った。
「大丈夫です。……今日は、皆さんはいらっしゃらないんですね」
「ああ。……まあ、見てな。そのうちまた何かあれば、会う事なんて簡単に出来るよ」
 蓮はそう言い、店内を見渡した。曰くつきのものなど、山のようにある。いつ何時、何が起こるか分からないものたちが。
「ま、そのうちまた会えるさ」
 蓮の言葉に、倫子は「そうですね」と言って頭を下げた。そして店から出ていった。そうして一人残された蓮は、口に含んだ煙管の煙を、ふう、と吐き出す。吐き出された白煙は、ゆらゆらと天井へと昇っていくのだった。

<咎はいつしか煙の如く消え失せ・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0642 / 榊・遠夜 / 男  / 16 / 高校生/陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 1833 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。このたびは「咎人の指輪」に参加いただき、本当に有難う御座いました。
 守崎・北斗さん、いつも参加いただき有難う御座います。今回は全て壊してみるという方法をできなくてすいません。指輪は意外という事を聞かない奴でした。
 今回も、個別文章となっております。お暇な時にでも、他の方の文章も読んでいただけると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。