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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


□■皇帝の獣■□

*Opening*
 東京の何処かに今はもう、機能していないはずの線路が一つ、ある。支線廃止となった筈のソレに、いまは時たま電車が走る。向かう先は時と世界の狭間に存在する彩色町。
 そこでは様々な住人が、己の世界を持って暮らしてる――。

 東京都西多摩郡彩色町萌葱町――そこに、サーカス団『ゼロ』という集団が住んでいる。興行に訪れたままあまりの居心地の良さに、そのまま居ついてしまった集団である。
 彼らの居住はテントと増築を繰り返され、今は屋敷と呼んでいい程に大きくなった、元は小屋であったもの。しかし興行を団長の独断で休止された今、団員達は己の生活の為に外へアルバイトに出る日々。萌葱町に絶えず住まうのは数人となってしまっている。
 今回は萌葱町住まいの団員、逆月・蒼と団長である皇帝が主人公となる。

 『ゼロ』の賄い兼雑用係の逆月には、常々不思議に思う事がある。謎ばかりの団員達の中で更に異質、素性性別年齢まで不確かな『ゼロ』の団長、それの飼っているらしいペットの事。
 例えば皇帝の部屋が、外から見て信じられないくらいに広い事だとか――謎は尽きないのだが。そんな事は慣れてしまえばどうでも良く、掃除も一身に引き受ける蒼とて皇帝の部屋は入り口付近しか掃除をした事が無い。皇帝曰く「出られなくなっても知らないよ?」。
 もう、そういった不思議には耐性がある。
 ただ問題なのは、皇帝の部屋の奥に居るらしい『謎の生物』。逆月は幽霊・妖怪といった類が全面的に駄目である。見た瞬間卒倒する自信もある。それについても多少耐性はあるものの、とにかく出来る事なら近づきたくない。
 そんな逆月にとって、皇帝のペットは恐ろしいモノ。その姿はただの一度も見た事が無いが、獣らしき鳴き声はいつも屋敷のどこかから聞こえてくるのだ。低く獰猛な鳴き声は、とにかく恐ろしい。
 それが本当に『猛獣』の類であるのならまだマシなものの、兎にも角にも今の現状じゃ恐くて夜も寝ていられない。
 皇帝に尋ねても
「大丈夫だよ、アレはね。心配しなくとも、私の部屋を出る事は無いからね?」
の一点張り。皇帝を信用していない訳ではけして無いのだが、出来るなら恐怖は少ない方がこの上なく幸せだ。
 そんな事ばかり気にして、逆月は上の空になる事が増えていた。
 そしてある日――。
 階段を踏み外して骨折という怪我を負った逆月は、流石に身の危険を感じたらしく
「誰でもいいので、皇帝の獣の正体を調査して下さい!!」
 と書かれた張り紙を、皇帝には見つからないような東京都内に貼り付ける事にしたのだった……。


*Secret work*
 その日【ゼロ】の居住である屋敷には、人の気配が無かった。元々、萌葱町に住まうのは五人。その内の二人は屋敷を留守にする事の方が多い。
 団長である皇帝は骨折を負った逆月・蒼の付き添いで買物に出、伯爵は事情を知るもう一人の団員に呼び出されていった。
 よって、計画性のある留守。
 逆月の張り紙に応えた、ローナ・カーツウェルは人の失せた屋敷に人知れず入り込んだ。
 住人が戻ると定めた時間は、夕の五時。それまでたっぷりと時間がある。
「……Why?」
屋敷に入るなり、小柄な少女は歩調を緩めた。どうみても小学生高学年。金色の緩やかなくせっ毛を持ち、青い瞳は大きくて勝気そう。それを可愛らしく映すソバカス。
 彼女の視界には外観からは想像がつかない程の、広いロビーが広がっていた。
 外装はどう見ても、木造建築。それも素人臭さの残る継ぎ接ぎだらけ。一見には古い古い学校の様で、雨漏りの心配をしそうな感じだ。
 が、内装はといえばどこぞの高級ホテルのそれ。天井に吊るされたシャンデリアに、赤い絨毯が敷き詰められ、大理石の柱に床。中央には二階へと続く階段があり、踊り場を有して左右へと円を描いていた。踊り場の壁には、どこかのお貴族さまが薔薇の花束に囲まれる油絵が飾られている。
 逆月に聞いてはいたが、流石に予想を超えた内部に驚きを禁じえない。
 だがローナは、しばらくの後すぐに目的を思い出した。こんな事をしている場合では無いのだ。今回は逆月の悩みを解決しようのコーナーもとい、皇帝の獣の調査。
 早速皇帝の部屋へと向かう。その途中で調理場へ寄る事も忘れない。
 階段を上り二階、更には三階へ。長い廊下の先、突き当りが目的の皇帝の部屋だと聞いた。
「Let's Missionネ!!」
 ローナは気合を入れる意で呟いて、目的の部屋の扉を開けた。
 そして……。
「………」
言葉を無くしてしまう。
「これが、皇帝のRoom……?」
 ローナは純然たる、日本住まいのアメリカ人。日本人も真っ青な素晴らしい日本語を話もし、流暢な英語を話もする。が、彼女の口調はその二つを混ぜたいわゆる『ニセアメリカ口調』と言われるようなもの。ローナ曰くお約束というやつなのだが、それはこの状況に至っても変わらない。
「何てCrazy!!」
 どう言い表して良いのか、わからない部屋。しいて上げれば、様々な民族・国の融合を試み、まったく調和の取れていない部屋といったところだろうか。
 壁を飾るタペストリーは南国の匂いを感じ、明るい光を撒き散らすダイヤのシャンデリアは高級感溢れている。王室を色取りそうなテーブルの中央には漆塗りの陶器があり、季節外れの向日葵が飾られている。
 部屋の持ち主である者の、趣味の悪さが窺える。
 もし自分がこの部屋の住人であったなら、一日も耐えられない。奥にまだ部屋が続くように見受けられるので、部屋ごとに統一するなど工夫すればいいと思うのだが。
 この部屋の住人も然る事ながら、問題の獣がここでどういった暮らしをしているのか、少々気になりもする。
 ローナは途中寄った調理場から見つけてきた、巨大な肉の塊を無造作に机の上に乗せてみた。逆月から、屋敷の物は自由に使って良いと言われているのだ。もちろん、形跡を残すのはまったくもって論外。あくまでも秘密に全てを終わらせるのだが。
 やはり、獣というからには好物は肉であろう。
 獣が餌につられて出てきたのなら、運が良い。
「come hereだヨ!!Beast!!」
 瞳を好奇心に輝かせて、ローナは獣の訪れを待った。


*Chimera?*
 ローナの予想では、皇帝の獣とはずばり『鵺』だと思う。何故かと問われれば、ここが日本だから。正しく言えば、鵺だったら良いなという所か。
 逆月の予想では猛獣。ただ皇帝という人間から考えて、『ただの』とか『普通の』とかと言われるモノを側に置く筈が無いという。猛獣であるならば猛獣であると、とにかく正体さえ分かれば逆月は安心なのだ。
「中々しぶといネ、Beast……」
 最初は好奇心に踊っていた心は、時間が経てば経つほど擦り切れ、ローナは部屋の扉を背に大きな欠伸を一つ。
 逆月の言では、皇帝の部屋はいわゆる異空間。屋敷全体の磁場が狂っているのも確かなのだが、特にこの皇帝の部屋は他とも明らかに異質。部屋の探索に出ようものなら、それは迷宮に彷徨い込むような自殺行為に他ならない。逆月からも厳重に注意しろと言われている。
 ローナにとって危険な行為は避けるというのが逆月との約束でもある。
 経過時間はおよそ三時間。お昼を過ぎて、ローナの腹も空腹を訴え始めていた。ただでさえ、机の上には香ばしい匂いを放つ巨大な肉。
 確か逆月が、冷蔵庫の中に昼食を用意してくれると言っていた筈。
 ローナは奥の部屋へと視線を向け、それから自身の腹を見下ろした。欲求を満たすべく、腹の虫が鳴いている。
 調理場とを往復するのにかかる時間は、大体五分。それくらいならば部屋を離れても大丈夫だろうと思う。その間に獣が現れない事を祈ろう。
 ローナは小さく頷くと、静やかに皇帝の部屋を後にした。

 廊下を駆ける少女の足音が遠ざかっていく。
 【獣】の聡い耳がそれを鮮明に感じ取っていた。彼女の目的や、彼女の行動が【獣】にはわかる。あと数分、その少女が戻らないであろう事も。
 そして彼女は【獣】にずっと観察されて居た事を知らない。
 【獣】はただ、天井に張り付いて少女を見下ろしていた。壁一つを隔てた空間の向こう、少女が知らぬだけですぐ近くに。
 皇帝の部屋は【獣】にとって、永の月日を過ごす家。あるいは、自分だけの広大な庭。この空間の事は、部屋の主より詳しい。隠れる事も逃げる事も容易い。
 自分の為に用意された巨大な肉の塊に食いつくと、【獣】は恭しくその場を離れた。
 その正体を――まだ、誰も知らない。

「……やられたヨ!!」
 ローナは部屋に戻るなり、憎憎しげにそう呟いた。
 テーブルの上に、餌である筈の肉は無い。綺麗さっぱり無い。
 それはつまり、皇帝の獣が持ち去ったという証拠。
 予想していなかったワケでは無いが、大丈夫だろうと鷹を括っていた結果が現状。
「ミーとした事が……Minimumネ……」
 どこから現れ、どこに消えたのかすら、痕跡は残って居ない。
「OK、Beast。必ず逢ってみせるヨ!!!!」
 叫んだ後、ローナは騒々しく部屋から飛び出した。


*Runs about*
 ソレは突然、鋭いブレーキ音を響かせて室内へ現れた。
 器用に調度類を避けて円を描くように止まったそれは、MTB。跨るはローナ・カーツウェル。
 ローナは舌先で唇を舐めると、皇帝の部屋のその奥へと、MTBを駆った。

 奥へ奥へと進入を果たす度、皇帝の部屋からは家具が減り、色が消えた。最初は色とりどりの装飾を飾っていた室内が、やがて淑やかになり、今はもうただ真白い空間が広がるだけ。MTBの障害になりそうな物も、獣の姿も何も無い。
 方向を転じて走り回っていた為か、自分がどちらから来たのかすらもわからない。
 だがローナにとって、それは然程重要では無かった。
「Hey,Beast!!何所にいるノ!?」
ローナは【獣】を呼ばわりながら、ただひたすらに疾走する。時間間隔はもう無く、窓も何も無いその空間では調べる事も出来ない。
 そうして、どれだけの時間が経ったのかはわからない。依然として獣は姿を現さず、半ばヤケになったローナの声だけが空間に響き続けていた。
 だが。
 突如として、底が抜けた。MTBに跨ったままのローナの体が、落ちていく。
「What!!?」
 天と地がひっくり返った様に、自分の下に青い空が広がっている。ローナはその空へ向かって落ちていく。
「ななな何ネ、何なの何があった――」
 そしてまた、視界が展開。オレンジに染まった空を上空に見つけ、そして――。
 眼下には澄んだ水を称えた湖。中々に深い。
 このままでは避けようが無いと悟っても、落下を止めるような術は何一つとして無い。
 ローナは覚悟を決めて、瞳を固く閉じた。
 
 
*Emperor's beast*
 だが予想に反して、ローナは冷たい湖をその身で感じる事は無かった。
 そろりと眼を開けてみれば、眼下には先程と変わらない湖が見える。落下が止まったのだろうかと視界を巡らせて、ローナはやっと気付いた。
「ぬ、な……あ、え?」
自分とMTBの落下を止めたのは、奇妙な生き物。ローナの服を銜え込んだソレは、太い枝から上半身を生やしていた。
 そのまま力に任せて、ローナを枝へと引きずり込み――。
 抜けた先は、皇帝の部屋の入り口だった。へたり込んだローナの傍らにはMTBが停めてあり、青い瞳が映す先には、先程の奇妙な生き物が座っていた。
 ソレの頭は猿の様で、長い毛に覆われた肢体から覗く手足は虎の様だった。長い尾先から赤い蛇のような舌が見える。
「ぬ、鵺!?」
驚きに声を上げたローナに応える様に、ソレは尻尾を二、三度振った。
 何時か本に見た【鵺】と呼ばれる不思議な生き物は、古来より日本に伝わる説話の中の創造物。猿の頭に虎の手足。尻尾は蛇。
 今眼の前に居るソレを【鵺】と呼ばず何と呼ぼうか。
 呆然と眼を見開くローナの前で、【鵺】は小さく鳴いた。それは逆月の言うような恐ろしいものではけして無く、猫が喉を鳴らすような可愛さを秘めていた。
 とにかく、この【鵺】が皇帝の獣である事は間違い無いだろう。
 しばしの思案の後、少女の頬が誇らしげに緩まる。
「ミーの思った通りネ!!」
 予想的中に、喜びのあまりローナは鵺の首に抱きついた。


*MissionComplete A *
「ふぅ。またこうして見ると、随分と買ったものだねぇ……」
 ダイニングソファーへと腰を落ち着けて、皇帝はまじまじと本日の戦利品を見つめた。女性の買物の凄まじさは知っていたが、しかしそれに付き合うのは骨が折れるもの。疲れ切った顔の皇帝に紅茶を運びながら、逆月は苦笑を漏らす。
「今日は有難うございました、団長。お礼に夕飯は腕を振るいますからね」
「それは良いね。とても楽しみだよ」
「副団長ももう少しで帰ってくるそうだし……着替えて、夕食の準備しますね」
「そうすると良い。私もシャワーを浴びてくるとしよう」
 そういって二人は、それぞれの部屋へと席を立った。

「……ローナさん、どうしただろう……」
 帰り着いた時、彼女の気配は何所にも無かった。何かが変わった様子も無く、唯一無くなったものがあるとすれば、冷蔵庫に用意していたサンドウィッチとお鍋の材料に使おうと思っていた冷凍庫の巨大な肉。ローナが何かした事は理解出来たのだが。
 そういえば、報告の方法を決めていなかったと今頃気付き、自分の浅はかさを呪う逆月。
 しかし部屋の電気をつけたて、逆月は気付いた。
 テーブルの上に置かれたメモ帳の切れ端は、家を出るときには無かった。
 逆月が目を落としたそこには、ローナの伝言が残っていた。
『MissionCompleteだヨ!!獣の正体は、ズバリ『鵺』ネ。忍者たるもの依頼主のSecretは守るカラ、安心するといいネ』
「ぬ、鵺………?」
 呟いて首を捻る。逆月は『鵺』の存在を知らなかった。


*MissionComplete B *
「――おや、珍しい事もあるものだね……」
 楽しそうに笑う声が、薄暗い室内に響いた。
「お前が私を待っているとは、さぞ機嫌が良いと見える」
 自分に擦り寄る生き物を、皇帝は愛しげに撫でた。白く長い体毛。その尾は蛇のようでもある。
「これは、一体何の生き物だね?――何やら、とてつもなく奇妙なのだけれど」
興味深げに、舐めるような視線を己の獣へと向けて、皇帝は今一度声を立てて笑う。
「そうかい、気に入ったのかい!!では、好きなだけその姿で居ると良いよ」
肯定するように、ソレは小さく鳴いた。
「その、愛らしい異国の少女に感謝する事だよ。それから――来訪者を招いてくれた、逆月ちゃんにもね」
 踵を返して再び室外へと出て行った主を見送ると、獣はゆっくりと闇の中へ姿を消した。



FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1936 / ローナ・カーツウェル / 女性 / 10歳 / 小学生】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、ライターのなちと申します。今回は「皇帝の獣」に発注頂きまして、ありがとうございました。そして、お待たせいたしまして申し訳ありませんでした。
ローナさん口調でプレイングを貰いつつも、微妙に間違った口調で申し訳ないです。
『鵺』については色々な説がある中、私が一番最初に知った鵺像で表現させて頂きました。想像するとあんまり気持ちのいい生き物では無いのですが……。
皇帝の獣については、謎を残しつつ、です。
このお話を少しでも楽しんでいただけましたら、幸いです。
また何か苦情等ございましたら、お寄せ頂けると喜びます。

それでは、またどこかでローナさんにお会いできる日を夢見つつ……。今回は本当に有難うございました。