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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想恋歌 〜死鏡妙〜

□オープニング

 あなたと出会えてよかったと、思える自分がいる。
 空は青。
 風は凪。
 両手いっぱいの笑顔を、ずっと見ていたいと願う。
 それは自分だけじゃないと信じているから。


□死鏡妙 ――水鏡千剣破

 いつも願っていた。無事であれと。なのに――――。

 それは変わらぬ日常の一場面。放課後、私は部室にいてそろそろ帰り支度をしようかと思っていた時のことだった。
「か・ん・な♪ やっほー!」
 開いたドアの影からピョコンと顔を出したのは、無二と言ってもいいほどの親友である千剣破。すでに下級生が帰宅した私ひとりの部室へと入ってくる。手には雫の光るジュースの缶がふたつ。その姿に、私は嫌な予感の幕が上がるのを感じた。
 こういう風にどこか私を気遣うように振舞う時、千剣破の台詞はいつも同じだった。それは退魔の仕事が決まったという知らせ。
「……また、なのね」
 私の呟きをすぐに聞き取り、千剣破が走り寄ってくる。そして、やはり私の予想通りにいつもと同じ台詞を口にするのだ。
「も〜、柑奈は勘がいいんだからな。大丈夫、無事に帰ってくるって!」
 ドンと胸を叩く。その仕草が無理をしてるようにどうしても見えてしまう。私の唇は自然に、千剣破の台詞に対を成す言葉を紡いだ。
「占わせて。無事かどうか……」
「うん、いいよ。…でも、別に占いの結果がなんであれ、あたしは行くよ?」
 知ってる。でも占わずにはいられない。私のタロット占いの的中率は高い。それで無事と判定できれば、少しは安堵できるから。

 カードをシャッフルする。神経を集中させ、ただひとつのことを思い浮かべる。
 ――千剣破の巫女姿。凛とした背中。黒と青色をした龍の隻眼。
 私は愛用のタロットを丁寧に配る。カバラの根幹を成す「生命の樹」を模して、カードは並んだ。
「世界の逆位置…審判、運命の輪――正位置…」
 ひとつひとつめくっていく。その度に呼吸を整えなければいけなかった。胸に手を当てると心臓の鼓動が速いことがはっきりと分かってしまう。世俗から精神を切り離す努力をしながら、それでも私の指先は震えていた。
 それに気づいて、千剣破が困ったように眉を寄せた。そして、微苦笑を浮かべ、私の手をそっと握り締めた。
「柑奈、ごめん…。あたしがこんなだから」
「…………そんなことない…。ちゃんと占うから、見ていて」
 私は神経を集中する。カードの上に手をかざした。すでにこの下には大切な親友の運命が記されている。今まで表になったカードを考えれば、否応なく私を悪夢が苛んだ。

 正義。
 剣の10。

 そして、最後の一番のキーとなるカードを手にした。めくる――――。
「死神……」
 私の呟きに千剣破は肩をすくめた。自分でも危険だと知っていたのかもしれない。私の顔はきっと真っ青だろう。血の気が引いていく音が耳に響いた。
「大丈夫」
 その一言がどんなに私の不安を刈り立てるのか、千剣破は知っているの?
 涙が流れた。その言葉ひとつで、もう千剣破の心を変えることが出来ないのだと分かってしまうから。それでも言わずにはいられない。こんな占いの結果を前にして、私に何ができるだろう。それは彼女を止めるとこだけ。
「――ないで…行かないで!! 危険過ぎるわ」
「じゃあ、誰が他に行くの!? あたしはどんな結果が出ても行くって言ったはずよ!」
「でも、こんな…こんな結果。私の占いの的中率が高いってことくらい知っているでしょ! 千剣破!」

 すべてのカードが死を意味している。自己の滅亡、貫かれる正義。破錠する約束。変えることの出来ぬ運命。どれもが千剣破の死を示していた。敵前逃亡することを士道不覚悟と考えている千剣破が、自分の死を見せつけられても退くことを了承するはずがない。
 そんなこと知っているけど。死んで欲しくないから。
 大切な絆。
 唯一の友。
 私と私の心を共有する、世界でひとりの人。

 私は繰り返し叫んでいた。涙を拭うことすらできずに、ただ千剣破にすがりついて懇願していた。
「行かないで…お願いよ――」
 そんな私の肩をそっと押し返し、千剣破が私を見つめた。先ほどまで荒げていた声のトーンは落ち、静かな決意を感じさせる声になった。
「……柑奈、ありがとね…。でもね、あたしが危険っていうことは、ならなおさら放置はできないでしょ。それに、あたしは退魔をすることで生き様を世に知らしめることのできる姫巫女だよ? 危険は覚悟の上の仕事なんだから」
 優しい慰めを含んだ言葉が私の胸を刺した。甘くて、痛い。
「ね、柑奈なら分かってくれるよね? 大丈夫、きっと戻ってくるから」
 立ち尽くす私を千剣破の暖かな体が包んだ。抱きしめられて伝わる体温。生きている証。私は彼女の豊かな黒髪に埋もれて、すすり泣いた。

 死地へと向かう彼女を止めることの出来なかった自分の未熟さを。
 無事でと祈るばかり心を。
 占いでしか千剣破を守ることの出来ない愚かな自分を。
 持ち合わせて。

「これを…これを持って行って、『太陽』のカードよ。私の代わりに…」
「――でも、これ柑奈の大切なモノでしょ? だめだよ! きっと汚してしまうもの」
「いいの…。持っていて欲しいから。…タロットカードは1枚なくなっても占いは成立しないわ。…千剣破がちゃんと返してくれないと私が…困るんだ…からね、だから――」
 私は掠れた声で囁いて、山から引き抜いた『太陽』のカードを千剣破の胸に押しつけた。
「うん…ちゃんと返しに戻ってくるから、絶対だよ♪」
 ウインクで約束をしてくれた千剣破を、私は強く抱き締めた。

                             +

 あれから同じ曜日が巡り来ようとしていた。仕事があるのは他県だと言っていたから、行き帰りに数日を要するとしてもあまりにも時間が経過し過ぎていた。私の中に不安が降り積もり、今や息も出来ぬほどに私を埋め尽くしている。
 恐怖と孤独。
 もしもの場合、第一報が入るとするなら学校だろうと、私はこの数日のほとんどを部室で過ごした。普段真面目に受けている授業さえ、真っ白なノートだけが聞いている状態。暗幕で仕切られた薄暗い部屋の中に、先生が帰宅を促すまで居続けた。もしかしたら、千剣破は食べていないのかもしれないと考えると、食事も喉を通らなかった。
「お願い…どうか、どうか無事で――」
 私は前世で死に別れた彼にまで祈った。私と彼が巡り会うのが運命ならば、千剣破との関係もまた運命。ここで終わらせたくはない。タロットカードに指を伸ばしては、それが表わす結果を見るのが恐くて取り上げることが出来なかった。

 絶対。
 絶対帰ってきて、千剣破!

 夜がきて、朝が来る。
 繰り返される日常のなかに、千剣破だけが足りない。あの屈託のない笑顔。感情がすぐに顔に出てしまって、私の笑いを誘ってくれる冗談。舌を出しておどけて見せる千剣破の姿が、至る所に出没しては消えた。
 食事の用意をすれば、つい先日一緒に食べた夕食を思い出す。苦手なものになんでも兆戦し、最後には自分のものにしてしまう千剣破。それが魅力であり、私が抱く不安でもあった。
「無茶しないで…自分のことだけ考えて…お願いだから」
 そんな彼女だから、一緒にいたい。なくしてしまいたくない。帰ってきて、また笑って欲しい。
 もう何度目かの夕暮れの中で、私は机に頭を預け一点を見つめていた。暗幕の隙間に沈む太陽の欠片。

 ガラッ!!

 突然、部室のドアが開いた。そして、切れ切れの呼吸音と衣擦れの音。
「――――ち、千剣破!!」
「えへへ♪ ただいま、柑奈……」
 立っていたのは満身創痍の親友だった。白かった袴は泥に塗れ破れている。顔や腕からには血が固まったようなドス黒い染みが残っていた。美しい長い黒髪も乱れ、疲労の濃さを如実に物語っていた。
「約束…守ったでしょ?」
「――――あ…、ああ…千剣破っ!!」
 声にならない。名前を呼ぶのがやっと。
 私は立ち上がった。座っていた椅子がひどく大きな音を立てて後ろに倒れた。が、今はそんなことを気にしていられる状態ではなかった。目の前に待ち侘びた人が立っているのだから。千剣破の手にはすこし汚れた『太陽』のカードが握られていた。
「これ、ちゃんと返したからね。ふふ、占術部の部長がカード不足で占えない――ってなことになったら、あたしの責任だもんね」
 苦笑しながら、千剣破は傍で震えるだけだった私の手にカードを握らせた。
「よかった…無事で、私…私――」
 涙が溢れる。暖かい雫。喜びの時流す涙は、どんな宝石よりも綺麗。千剣破の瞳も潤んで、キラキラと頬を涙が伝っていた。

 言いたかった。たったひとつの言葉。
 それを今言おう。
 まっすぐに見つめて、私は懸命に微笑んだ。
「お帰り…なさい……千剣破」
「うん♪ ただいま」
 私達は別れた時と同じように抱きあった。歓喜と安堵とを胸に刻んで、いつまでも抱き締めあった。

 運命は変化する。
 互いを思う絆の強さによって。
 床に落ちた『太陽』のカード。夕日を受けて淡い暖色に染まっていた。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 3446 / 水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや) / 女 / 17 / 女子高生(巫女)

+ NPC / 盾原・柑奈(たてはら・かんな)   / 女 / 17 / 高校生(占術部部長)

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■         ライター通信                  ■
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 こんにちは、ライターの杜野天音です!!
 カードは真実を映す鏡。でも、それを跳ね退けることができるのは、やはり互いを思いやる絆の深さですよね♪
 如何でしたでしょうか?
 柑奈が主人公なので、今回もまた書きやすかったです。タロットカードの知識がイマイチなので、色々と調べてはみたのですが、あまり詳しく書いても物語の支障になるだけかなぁと思って、ぼかして書いています。
 だって、話の軸はふたりの気持ちですからね。

 ということで、シングルよりもこちらを先に書かせて頂きました。『太陽』のカードはふたつを繋ぐ、鍵になってもらう予定です(*^-^*)
 では、今回も素敵な話を書かせてもらい嬉しかったです。ありがとうございました!!