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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想恋歌 〜枝の心得〜

□オープニング

 風が吹くように。
 水が流れるように。
 心はキミへと進んでいく。
 気づいた想いは、幻想の中で巡る。
 恋を歌うように。

 現の世。すべて幻。
 それでも人は愛しき人を求める。
 手を伸ばして――。


□枝の心得 ――結城ニ三矢

 忙しい。毎日が忙しい。帰国子女であるからだけじゃなく、忙殺されそうなほどニ三矢は用事を抱え込んでいた。私用、公用を問わず、多種多彩な物事をこなしながら日々を暮らしていた。
 ふと「いつも、こんなことをしていただろうか…?」と、疑問に思うこともあった。が、やはりそれすらも忙しなく過ぎる時間に追われて、深く考える暇さえなかった。ただひとつを除いて。
 そのひとつとはどんなに楽しいイベントに参加しようとも、友人の談話で笑っていても、胸にぽっかりと隙間が開いていることだった。一時も忘れることのできない空虚な胸の痛み。

 ――何か足りない…。何が足りないんだろう……。

 だからなのか、ニ三矢は毎日用事を作っては駆け回っていた。繰り返されるのは惰性の日々。自分でも可笑しいと感じながらも、容易には変えることのできない現実。
 ――彼は記憶を失っている。すべてでも断片的にでもなく、たったひとり大切な女性の存在に関する記憶だけを失っていた。けれど、それをニ三矢自身は知らない。医学的な判断でもあり、無理な負荷が掛かることで日常生活に影響するかもしれないと親が心配したに他ならない。
 その女性が涙を流し、自分の記憶に関するものを処分して、悲しみの底にいることすら、今のニ三矢には知るはずのないこと。もうすぐ始まる神聖都学園の寮祭の準備だけが、彼を動かしているもの。行動の意味を成すものだった。

                         +

「……なんでこんなに買い込む必要があるんだ? それになんなんだろう、この破魔矢ってのは」
 澄み切った青空。ニ三矢は買い出しメモを眺めつつ唸っていた。自分の担当とは違うものまで「ついでだから」と頼まれてしまい、まずは一番時間のかかりそうなものを選んでこの場所にいた。
 湯乃神社と書かれた鳥居をくぐる。長い石段がニ三矢の前に立ちはだかった。眩暈を起こしそうになりつつも、用事は済まさねばならない。季節外れの神社なんて来たことがない。初詣以外で用事がある人間なんてそうはいないのではないか、ニ三矢は溜息をついた。石段はまだ半分以上残っていた。
 学園から一番近い神社がここ。だから、石段が多いくらいでへばっていては買い出しが終わらない。最後の足を繰り出して石段を登り終えると、ニ三矢は大きく肩を下ろした。
「参った……。体力ないな、俺……破魔矢買って帰ろう」
 ひとりグチて、社の横にある販売所へと向かった。たくさんのお守りとお札。それにお目当ての破魔矢もちゃんと売っていた。安堵しガラス窓の前に立つと、凛とした美人が巫女姿で対応してくれた。

 ――へぇ…珍しいな。袴、赤じゃないんだ……。

 よく目にする赤い袴と白い着物。という取り合わせではなく、袴は若草色。それに合わせたように着物の色もほのかに緑を帯びていた。破魔矢を受け取って、ニ三矢は満足と同時に喉の渇きを覚えた。あれだけの階段を登れば当然か――。
「自販機ないか…な。って……あれ、あそこ飲めるのかな?」
 社の背後に緑の葉を大きく広げた巨木が植わっているのに気づいた。その下に、岩清水を汲めるような場所があった。柄杓が置いてあることから考えても飲める水が湧いているのだろう。ニ三矢は自分の財布を置いてきてしまったことを思い出し、買い出し用のお金に一時とはいえ、手を出すという罪悪感を感じることなく、喉の渇きを潤す方を必然的に選んだ。
 近づくと遠目で見たよりも大きな樹木であることに気づいた。うねった枝がかなり低い場所から枝分かれして、密に空へと広がっている。見上げれば隙間から太陽の光が僅かに零れているだけ。苔むしたその姿は万物を包み込むかの如く雄大。簡単な柵しか設けられていないが、それは紛れもなく湯乃神社のご神体。この辺りでは珍しい楡の巨木だった。
「こりゃすごいな……。へぇ、樹齢700年かぁ」

 ガサガサッ!!

「へっ!? な、なんだぁ!?」
 見上げた頭上。激しく枝が揺れて、何かがその間で揺れている――――――。
「ゲッ…お、女の子!?」
 目を閉じてまるで眠り姫。今にも折れそうな枝と枝の間。驚いている暇などなかった。あっと言う間に少女の体は擦り抜けた。ニ三矢は突然の展開に自分の能力を使うことも忘れ、落下地点に向かって飛び込んでいた。
「……うっ…いってぇ……」
 したたかに腰を打ったが、辛うじて落ちてくる少女の体を受けとめることが出来た。見ればさっき破魔矢を渡してくれた巫女さんと同じ袴姿。星を内包した黒い瞳がこちらをじっと見詰めていた。
「あ…あの、えっと大丈夫だった?」
 ニ三矢の膝の上で、きょとんとしている少女。中学生になったばかりくらいだろうか? 無垢――という言葉がぴったりくる表情でニ三矢を見ている。楡の根元へと差し込んだ光に透けた肩ほどの黒髪は、背後の生い茂る葉を映したかのように「緑色」に光って見えた。

 ――んん?? …見間違い……?

 染色した偽りの色ではなく、ごく自然な発色。ニ三矢は一瞬の煌きに目を疑った。――と、先ほどから少女の視線が自分へと固定されいることに、ようやく気がついた。
「…あの…どこか痛いとか……」
 返事はない。ニ三矢はだんまりを続ける少女を見て、何か悪いことをしたのかと思ってしまった。抱きとめたのが気に食わなかったのか、それとも怪我をしてしまったのか――。
「ご、ごめん! 大丈夫? あのさ、君が落ちてきたから受けとめたんだけど…その……」
 何度かの「ごめん」の後。突然、少女が声を上げて笑った。
「あはは! びっくりしただけだよ。あたしは湯乃青葉。ここの子だよ」
「……な、なんだ。俺はてっきり怒ってるのかと」
 ニンマリと口の端を上げて、青葉は目をキラキラさせた。無邪気に膝に乗っかったまま笑っている。そのことに気づいて、ニ三矢は慌てて青葉を膝から下ろした。
「どうしてあんなところから落ちてきたんだい?」
 疑問に思っていたことを、立ち上がった青葉に尋ねた。青葉は楡の巨木を見上げて、また笑った。
「笑ってたら分かんないよ。教えてくれないか?」
「名前教えてくれたら、教えてあげるよ♪ ね、お兄さんの名前は何?」
 そう言えば、名乗っていなかった。ニ三矢はジーンズの土を払うと、立ちあがって一礼した。
「俺は結城ニ三矢。この近くの高校に通ってるんだ……神聖都学園って知らないかな?」
「知ってる。よく、制服姿の人見るよ。……ふーん、ニ三矢クンは高校生なんだね」
「ニ三矢クン……あ〜、あのもう教えてくれるんだよね」
 初対面の少女に名前で呼ばれ、ニ三矢は少し面喰いつつも、青葉が頭上から降ってきた理由が知りたくて仕方なかった。偶然ニ三矢が通りかからなかったら、青葉の体は確実に地面に打ちつけられていたに違いない。結構な高さがあるし、何より地面には根が張り出し、優しく受けとめてくれるような土壌でもなかったのだから。
「ん? あたし、寝てたんだよ」
「――ね、寝てた!? だって、木の上でしょ? それに…これってご神体なんじゃ――」
「だってここ気持ちいいんだよ。上の方はね、空気が澄んでて幹の中を水が行き来してるの。子守り唄みたいに耳の中で繰り返すんだ」
 うっとりとした表情ではにかんでいる青葉。ニ三矢は目を回した。樹木の上で昼寝をする人なんて、映画か小説の中だけだと思っていたのに、現実に目の前に現れて驚くほかない。
 無邪気な微笑みを作って、青葉は楡の周囲をクルクルと廻り始めた。
「ニ三矢クンはどうしてここにいたの?」
「え? ああ、寮祭の買い出しなんだ。破魔矢をちょっとね」
「じゃあ、ちー姉ちゃんから買ったんだね!」

 ――「ちー」?
 
 胸が痛む。なぜ?
 一瞬「ちー」という語句に囚われてから、ニ三矢は青葉の言葉を理解した。
「ああ、あれは湯乃さんのお姉さんだったんだね」
「青葉でいいよ。みんなそう呼んでるもん」
 初対面の男性に構える様子もなく、いきなり名前を呼び捨てにしろという青葉に、ニ三矢は閉口した。どうしたものかと考えていると、青葉が手を握り締めて言った。その表情は、さっきまでの明るく無邪気なそれでなく、すこし陰った色を宿していた。
「…………ここ、空いてないんだね――」
「…え…?」
 青葉の視線の先には、ニ三矢の心臓がある。意味が分からず、ニ三矢は首を傾げ青葉の顔を覗き込んだ。
「樹はね、地面の養分をもらって大きくなるの。あたしは季節が変わるたびに姿を変えて、たくさんの人の目を楽しませてくれる樹が好きなんだ。空も水も風も必要。全部の力をもらって、樹もあたしも大きくなるの」
 突然の言葉の羅列について行けず、ニ三矢はただ青葉の声に耳を傾けていた。さっきの台詞の意味を聞くことを、まるで遮るように続く青葉の声だった。

「落っこちたあたしを拾ってくれてありがとう。でもね、この樹があたしを落すわけないんだよ」
「……どうして?」
「あたしのもうひとりのお母さんみたいな樹なんだもん」
 青葉は目を細めて、楡の巨木を見上げた。しっかりとした枝がニ三矢にもまるで大きな手のひらのように感じられた。

 ――この樹は、俺がいることを知っていて、青葉ちゃんを落としたんだろうか?
    だとしたら…なんの為に?

「そう…なんだ。じゃあ、これに懲りずにまた樹の上で昼寝するんだね?」
「うん! ニ三矢クンも昼寝したら、きっと気持ちいいよ」
 にっこりと笑う青葉。一瞬見せた陰りのある表情はもう欠片も見えない。どういう意味だったのか……ニ三矢には分からなかった。でも、時計をチラリと見た後、青葉に言った。
「ね? また…ここに来ても良いかな?」
「昼寝をしに?」
「んんーー、ど、どうかなぁ。とにかくまた遊びにくるよ」
 青葉が頷くのを確認して、ニ三矢は背を向けた。二度ほど振り向いたら、千切れんばかりに手を振っている青葉の姿が見えた。楡と、周囲に広がる森の緑に溶け込んだその姿は、ニ三矢の心に不思議な感覚を残した。
「まるで、樹の精だな……」
 長い階段を地上へと降りていく。ニ三矢は青葉の見詰めていた心臓に手を当てた。鼓動が何かを知らせるかの如く、不規則なリズムを刻んでいた。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1247 / 結城・ニ三矢(ゆうき・ふみや) / 男 / 15 / 神聖都学園高等部学生

+ NPC / 湯乃・青葉(ゆの・あおば)   / 女 / 13 / 中学生+巫女

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■         ライター通信                  ■
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 大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。
 ニ三矢くんの相手に青葉を選んで下さってありがとうございます! 彼女を書くのは初めてだったのでちょっと緊張してしまいました。自分のキャラなのに。
 さりげなく、ニ三矢くんが記憶を失った女の子のことも触れておきました。今後どうなる予定なのでしょう?
 青葉はまだ13歳ですから、色々経験しても大丈夫です。苦しいけど、分かってしまうものはしょうがないし、痛手を知ったらその分だけ優しくなれると思いますから。この出会いがニ三矢くんの転機になればいいなぁと思っています。

 では、ご参加ありがとうございました。
 次回楽しみにしております♪