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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


しあわせはいつも


 ――プロローグ

 こうして草間興信所を訪れるのは久し振りのことだ。零への手土産に、先週の休日にシーパラダイスへ子供達を連れて行ったときに買った、アジの干物のストラップを片手に、足立・道満は立て付けの悪いドアの前に立っていた。
 ここのブザーは殺人的に大きな音がするので、常客は利用しない。軽くノックをしてドアを開けると、草間・武彦が机に突っ伏して眠っているのが見えた。相変わらず暇なようだ。道満はキッチンにいるだろう零に向けて挨拶をした。
「こんにちは」
 ぴょこん、と零が顔を出す。それから嬉しそうに笑って、彼女は道満へ近寄った。
「こんにちは、ドーマンさん」
「久し振り。これ、水族館のお土産。零ちゃん携帯とか持ってないから使わないかな」
「なんですか? これ」
「ストラップなんだけどね。使わないようなら君から草間にでもあげてよ」
 零はポカンと口を開けてストラップを見つめている。道満はきょろりと部屋を見回して、何も変わっていないことを確認してから、草間を親指で差した。
「何も変わりないようだね」
 少し足音を立てて草間に近付くと、草間はようやく少し頭を動かした。
「今日は僕の範囲外の問題を……なんとか……解決してもらいたいんだけどなあ」
 草間が顔を上げて、眠そうな目をこすりながら言った。
「おおドーマン。お前の話じゃ、怪奇だろうが……お前からの話しを断る俺じゃない」
 どうして草間は道満を親友だと思い込んでいるんだろう。傍迷惑な話だ。
 道満はもう面倒だったので敢えて突っ込むことはせず、草間の机の前に立ったまま話しをはじめた。

 話しを聞いた草間は、眼鏡をハンカチで拭きながら言った。
「お前の話によると、高梨・紗枝という幽霊が喫茶店に取り憑いていて、紗枝はそこの常連に恋をしてしまい、このままだとり殺すんじゃないかと心配している矢先、その男……斎藤・太志とそのフィアンセにイヤガラセ電話や脅迫状が届きはじめて、結婚を予定している太志の結婚がご破算になりそうだ……で、それで俺はどうすればいいんだ?」
 道満は零の淹れたお茶を飲み舌を湿らせてから言った。
「イタズラ電話や脅迫状は地縛霊はできないからね。いくらなんでも」
「……む? ということは」
「誰かがイヤガラセをしているっていうわけさ。こうなると僕の出る幕じゃない。それにその高梨さん、自分は除霊されてもかまわないから、そっちをどうにかしてほしい、彼が幸せになってほしいとこういうの。なんだか、切ない話だろ」
「ううん、確かになぁ。まあともかく、話の裏を取ってみないと」
「頼むよ」
 道満が言うと、草間は生真面目にコクリとうなずいた。
「お前の頼みなら怪奇でもやるさ」
「……その親友っていう思い込み何とかした方がいいと思うんだけど」
「そうだ、どうせ暇なんだろ。お前も調査に来い」
 草間が意気揚々と言った。道満は自分の腕時計に目を落として、はあと深い溜め息をつく。
「僕、今日も仕事の途中なんだから」
 道満は食品会社の営業の傍ら、陰陽師をやっている。今回は喫茶店の店主から除霊の依頼があったのだ。
「おーい、零ドーマンにもう一杯お茶淹れてあげなさい」
 草間は道満にはまるで構わず、キッチンに控えている零を呼んだ。 
 
 
 ――エピソード
 
 スロットで神宮寺・旭が大勝している。雪森・雛太を挟んだその隣のアフロも大勝している。雛太的には面白くない展開なのである。台を変えようにも、旭がちゃちゃを入れるので変えにくい。
 そんな雛太の心情を知ってか知らずか、旭はのんびりと言った。
「いやー、出ますねえ今日は」
 だから出ないと言っておろうに。心の中で突っ込むが、本当に出ていないので旭に悟られまいと口はつぐんでいた。いくらすっただろうか、などと考えて一瞬途方に暮れる。
 すると隣のアフロは立ち上がり、台車に大量のコインを乗せた。それはもう本当に大量だった。今まで雛太が見たこともないほどの数のコインだった。雛太がくわえた煙草を落としそうになっていると、アフロは一言
「ラッキーかい?」
 そう聞いてから、一箱コインを雛太に差し出した。
「ラッキー……」
 に見えるか、このボケがぁ! と思ったのはさておき、雛太はこのコインをありがたくいただいて勝負を再開した。するとどうだろう、嘘のように勝てる。さっきのアフロ男のごとく勝てる。そして隣の旭は、雛太に運を取られたように勝てない。
 勝っていたときは自慢の愛ザリガニ(茹でられ中)の話しを得意気にしていた旭だったが、負けが混みはじめるとさすがに口を閉じた。
 いい気味だ。
 雛太はようやくペースをあげ始め、あまりの勢いですっていく旭が独り言で
「殿、武田軍を攻めましょうぞ」
 などと意味不明なことを口走るころには、雛太は元を取り返し大幅に利益を出していた。そうなってくればルンルンである。隣で武田軍がどうなろうと知ったことではない。旭はそのままスロット台にへばりついて「殿ぉ」と嘆いているが、大まかに言えば当たりが出ないことに関して嘆いているのだろうと思われる。
「いやー、まったく勝ったなぁ」
 切り上げようと腰をあげた雛太の横で、旭がガクガク台を揺すっていた。
 
 
 シュライン・エマは通帳記帳の帰りだった。連載の話も入っていたし裏のお仕事の振込みもされていた。興信所からの振込みは……相変わらずだった。それでも今月もまた潤いがやってきたわけだ。興信所からは大していただいてないけれど、それこそお給料日には縁のない草間探偵達に、すき焼きでも作ってあげれば喜ぶだろう。毎月エビフライ、カキフライ、天ぷら、と予定を変えているシュラインは、時期的にみてもすき焼きがベストだと確信していた。そろそろお鍋の時期だ。鍋で豪勢な定番と言えば、すき焼きだろう。まさか自宅でフグ鍋などをやる機会はない。
 帰り道に買い物をしていこうと、公園を挟んだ向かいのスーパーへ行く途中、どう見ても食いっぱぐれてベンチに倒れているシオン・レ・ハイを見つけた。
「こんにちは? シオンさん」
 シオンの顔色は寒さと飢えで青ざめているように見える。
 シュラインが言ってもシオンはしばらく反応せず、十数秒間を開けてから眠り姫が目を覚ますようにおっさんは目を開けた。
「……」
 シュラインはその間の意味を考える。顎に手を当てて辺りを見てみるも、特に何かはない。それから黙ってシオンへ視線を戻すと、目に涙を溜めたシオンの目にぶつかった。
「シュラインさん!」
「はい?」
「私、めいいっぱいお腹が!」
 シュラインにしがみつくように飛び起きたシオンは、お腹がと言って腹を押さえその場に撃沈した。シュラインは知っていながらもついつい
「いっぱい?」
「背骨と背中がくっつきそうです」
「くっついてなかったら問題よね、それ」
 どうでもいいことを突っ込みながら、給料日であったシュラインは気軽に言った。
「ここのスーパーで買い物をするから、シオンさん荷物持ちをやってくれない?」
「ええ、どこの馬の骨とも知れない腹ペコの私がですか」
「謙遜してるんだか催促してるんだかイマイチわからないわ……」
「シュラインさんのポケットには飴玉とか親切とかありませんか」
 ベンチに打ちひしがれているシオンが言う。シュラインはこっそり笑って
「飴玉はないけれど。スーパーでお買い物した帰りに、向こうにおいしいケーキ屋さんがあるから一緒にどうかしら」
「私、見紛うことなくお金がありません」
「だから、荷物持ってくれたら、って言ってるのよ」
 シュラインは歩き出した。シオンが慌てて後に続く。
 
 
 雛太と旭は、珍しく連れ立って喫茶店にやってきていた。
 雛太はあのラッキーアフロのおかげかスロットをボロ勝ちしていたので、機嫌の良さが頂点を極めており、旭をお茶に誘うという奇行にでたのだ。旭は悔しそうにしながらも、本当に空になった財布を胸に、雛太とその喫茶店を訪れた。
 店構えは少し古びた喫茶店である。四人掛けのテーブル席が三つ窓に面して置いてある。お昼時を過ぎたからか、客はいない。
 雛太は常連というほどの常連ではないのか、入ってカウンターの中のオーナーに「二人、喫煙で」と言って指された席に腰をかけた。
「ありきたり且つ平凡なお店ですね」
「……褒め言葉じゃねえのかよ」
「いやですねえ、砂糖ポットの砂糖が固まってますよ」
「これは角砂糖だ!」
 旭はふうとわざわざ大きな溜め息をついてみせた。
「角という割りに尖っていません。心意気を感じません」
「誰もお前に心意気を感じさせたくて角砂糖作ってねえ」
 旭の腹いせとも思えるいちゃもんに耳を貸していると、メニューとお冷を持って店主がやってきた。
「ブレンド二つ」
「チョコパ一つ」
「ってぇ、お前さっき財布の中身空だったじゃねえか!」
 旭は明後日の方向を向いている。
「チョっとコらーげんたっぷりのパっくんまっくん」
「消えただろ、パックンマックン。……夕方のワイドショーにまだ出てるか?」
 店主が苦笑いで聞いてくる。
「ブレンド二つで、よろしいですか」
「ああ、ブレンド二つ」
「ブっくまーくしたレんたかー、ん、ドっとマジシャン?」
「お前それじゃあ、ブレンドマになるだろう」
 素で突っ込んでしまい、少々恥ずかしい気持ちになる。
 旭は雛太のそれにプププーと笑った。雛太の渾身の一撃が、旭のつむじに炸裂する。
 
 
 梅・黒龍は退屈な学校をふけて、図書館にいた。
 とりたてて読みたい本があるのではなかったが、どちらかというとインドア派なので図書館は落ち着く空間だった。
 読もうとした本に手を伸ばした瞬間に、大音量で自分の携帯電話が鳴る。外ではさほど大きくない音に聞こえるのに、こういったシンとした場所だと携帯電話の音量は異様に大きく聞こえるものだ。
 黒龍は慌てて本をしまい、着信を押して手で口許を押さえながら図書館の自動ドアを出た。
「もしもし?」
「ああ、黒龍か。俺だ、草間だ」
「ああ、何の用だ」
「珍しい幽霊がいるようなんでな、興味があればと思ってかけてみた」
「ほう、どこだ」
 黒龍に草間が喫茶店の位置を教える。土地勘があったので、すぐにどの場所を言われているのかわかった。
「俺達も向かってるところだ。あっちで、詳しい話はするよ」
 黒龍が了解すると、電話はすぐに切れた。
 少し本を読んでからでも遅くはならないか、と一度きびすを返してから、その珍しい幽霊について考えてみるのも悪くないと思い、喫茶店で一服することにした。
 探偵が中学生に怪奇の話しを振ってくるなんて、おかしな話だ。
 最近バス通学から自転車通学に切り替えていた黒龍は、マウンテンバイクに乗り込みながら少し笑った。


 黒・冥月に電話がかかってきたとき、彼女は朝風呂から出たばかりで濡れた髪をしていた。
 常備してあるウーロン茶を淹れながら携帯電話に向かって話す。
「幽霊なんて私の守備範囲外だろう」
 トポトポと音を立ててお茶が入り、彼女は椅子に腰掛けた。
「まあ、悪い話じゃなさそうなんでな。誘ってみただけだ」
 電話の先の草間はそう言う。
「悪い話じゃない? 幽霊なのにか」
 湯呑み茶碗を片手に冥月はくぐもった声を出した。
「そう、たぶんな」
「今日は一日フリーだ、暇つぶしに行ってやらないこともないが」
「特に来る気がないなら、別にいい」
「どこだ」
 お茶を一口飲んで、口を湿らせてから冥月は聞いた。草間は喫茶店の位置を彼女に教える。冥月はうなずいてから一言言った。
「わかった、気が向いたら行こう」
 あまりドライヤーで髪を乾かす習慣のない彼女だったが、今日ばかりはそうもいくまい、と考えていた。


 シュラインとシオンはケーキ屋の窓際の席に座り、シュラインは紅茶のシフォンケーキ、シオンはショートケーキを食べていた。
 風は冷たいけれどとてもいい天気だったので、オープンテラスにしようかと二人は迷ったが、北風に負けて店内に入っていた。
「幸せです」
 目をウルウルさせながら、シオンはケーキを食べている。
 シュラインも幸せそうにシフォンケーキに甘さを抑えた生クリームをつけて食べていた。
「今夜は冷えそうね」
「でも私にはすき焼きがあるから平気です」
 むんっとシオンが力瘤を作ってみせる。シュラインはふふふと笑った。
 鍋物は大勢でつついた方が楽しい。最近では零も物を食べ始めたが、鍋を二人だけで食べていると少し恥ずかしい気さえする。
 ポットで出てきた紅茶を注ぎながら、シュラインは窓の外に知っている顔を見つけた。
「あら? あのありえないコンビは」
「え? なんです?」
 シュラインは窓の外の向かいの喫茶店を指差した。シオンが指先を視線で追っていく。その先には、温和そうな顔をした神宮寺・旭とそれに切れているであろう雪森・雛太の姿があった。二人ともコーヒーを飲んでいる。
「あの二人、仲がいいのかしら」
「嫌い嫌いも好きのうちです」
「そもそも旭さんのボケレベルはそういう問題じゃないわ」
 紅茶に砂糖を入れながらシュラインは頭をひねった。
 すると道に草間・武彦と足立・道満がやってきた。道満が前を歩いていて、草間に喫茶店を指差してみせている。
「あ、ドーマンさん」
「え? ドーベルマンさんですか」
「その辺はどうでもいいけど。なにかしら、ドーマンさん経由で依頼……ということはタダ働きアンド怪奇の可能性大ね」
 シュラインははあと一つ嘆息をする。
「大変ですか、お手伝いしますから」
 シオンが心配そうに顔を覗き込んできたので、シュラインは微笑してみせた。
 するとシオンは
「すいません、紅茶シフォンケーキもう一個くださーい」
「……なにを勘違いしたらそういうオオボケかませるのかしら」
「シュ、シュラインさんのケーキおいしそうだったんですぅ」
「お茶飲んだら出るわよ」
「じゃ、じゃあ一口サイズのスウィートポテートで」
「出るわよ」
 シュラインは押し切る形でシオンを遮った。
 
 
 喫茶店には、草間・武彦、足立道満、雪森・雛太、神宮寺・旭、シュライン・エマ、シオン・レ・ハイ、梅・黒龍、黒・冥月の八人が集まっている。道満から探偵の知り合いがいるので、ちょっと手伝いを頼むとしか聞いていなかった店主は、続々と集まってくる人数に目を丸くしていた。
「おっちゃん、なにそれそのストラップ」
 アジの干物のストラップに雛太が目ざとく気が付いた。
「なにってどこかの土産だって話だ」
「チョイスがわからん。むしろセンスがわからん」
 道満は名刺を取り出して全員を見回した。誰と出会っていて誰と会っていないのか、ピンとこなかったのだろう。
「名刺いる人」
 面倒だったのか道満はそう声をかけた。
 手が挙がった数名に名刺を手渡す。
 シオンがきょとんとして訊いた。
「ドーベルマンさん?」
「ドーマンでもドーベルマンでもありません。ミチミツです」
「ミチミチさん」
 道満が少し眉毛をあげる。自分を落ち着かせるように彼は胸に手を当てて、シオンが名刺の代わりに差し出した紙を受け取った。
 手書きで書かれた名刺らしい。しかし、なにやらサイズがでかく、テカテカしている。引っくり返してみると、そこには謎のポーズをとったシオンが写っていた。
「一枚百円です」
「いりません」
「そ、そうおっしゃらず!」
 道満はブロマイドを突っ返して、泣いているシオンは見ないふりをすることにした。窓際の一番端の席に近づいて行って、人形に切った白い紙をソファーに置き、なにやら呪を唱える。するとそこに、すこしやつれた顔の女性が姿を現した。
「彼女が高梨・紗枝さん。今回の、依頼人ということになるのかな」
 紗枝はぎこちなく笑顔を作った。彼女の微笑みはとても寂しそうで、だが一般的な幽霊のイメージとは少し違った。きっと全員、彼女が幽霊だということを忘れていただろう。


「何からお話すればよいでしょう?」
 紗枝は道満に訊いた。会社員風の陰陽師は困った顔で、隣の席と紗枝の座っている席に座った全員を見回した。
「もしよければ、最初から」
 紗枝以外全員の前には香りたつコーヒーが置かれている。
「私がここにはじめて座ったのは、もう三年も前のことです。よくある痴情のもつれで、私は自殺をしました。以前から彼と待ち合わせをしていたこの席にずっと座ることになったのは、そのせいだと思います。もう思い出せないほど褪せてしまった記憶ですが……。それに関して私が悔やんでいることはないと思います。死ぬほど辛かったのだから、開放されて幸せかと聞かれるとそうでもありません。私はまだここにいて、私はまだ存在しているようなものですから。
 私は半年前からここに常連でいらっしゃるようになった、斎藤・太志さんという方を知りました。オーナーと楽しそうにお話をされているのを見ていて、なぜかとても心が弾んだのを覚えています。こんな姿になってまで、浅ましいとお思いになるかもしれませんが、どうやら身体はなくなったというのに、私にはまだ心があるようです。斎藤さんのお話から、フィアンセがいることや結婚が近いことは知っていましたから、諦めはついているつもりでした。
 それでも恋というものは哀しいもので、私はやはり諦められなかった。苛立ちました。なんとかできないものか、と考えている自分が恐ろしかったです。オーナーは私の存在をそれまで知りませんでしたから、その際起こしたポルターガイスト現象を悩んでか、この陰陽師の足立さんを呼ばれたそうです。
 それと前後するように、斎藤さんが疲れた顔で入って来られました。オーナー相手にお話をしているのに耳を傾けていると、どうやらイタズラ電話や脅迫状が自分とフィアンセに届き困っていると言います。私は、もしかしたら私の仕業ではないのかと、空恐ろしくなりました。
 でも足立さんにご相談したところ、そういったことはあり得ないとご返答いただきまして、斎藤さんの結婚がご破算になってしまう前に、探偵の方々にどうにかしてもらえないものかと、私は何もできない地縛霊ふぜいですが、お願いしたいと思っているのです」
 少し冷めてしまったコーヒーをすすって、黒龍はつぶやいた。
「珍しい幽霊……か。あまり珍しくは感じないが」
「ドーマンさん、斎藤さんの件はもちろんオーナーに?」
 シュラインはコーヒーに手を付けずに訊いた。
「ええ。斎藤さんが漏らしていたのは事実のようです」
「調査をしようにも、その斎藤の家やフィアンセの家がわからないことにはな」
 冥月がぽつりと言う。
「それを突き止めるのが探偵だが」
 草間が答える。
 道満はそれを受けて言った。
「斎藤さんの会社はわかってるんだ。B出版といって、ローカルな漫画雑誌を出しててね」
「ロールキャベツ」
 旭が一人思案に暮れたように言った。誰もが喫茶店の外に放り出したい欲求にかられたが、全員が無視することにしたらしかった。


 B出版には草間とシュライン黒龍と冥月が向かった。
「問題は、どうして探偵が出てきたのか斎藤さんに不審がられないかよね」
 シュラインは雑居ビルを見上げながら言った。
「まさか幽霊に依頼されましたとは、言えないな」
 冥月がふう、と嘆息をしてつぶやく。草間は両手をあげてお手上げのポーズをみせ
「喫茶店のオーナーの知人で、頼まれたとでも言うさ」
「まったく、面倒なことだ」
 黒龍も溜め息をついたので、草間はそれらを追い払うように手を振って一人で中へ入って行った。
 すぐに出てきた草間は、少し痩せすぎの感がある背の高い男と一緒に出てきた。
「斎藤・太志さんだよ」
「……こんなに大勢? 探偵さんが?」
 太志が訝る。
「研修生もいましてね」
 いけしゃあしゃあと草間は言って、近くの喫茶店のチェーン店に太志を案内した。
「原因に心当たりはまったくないんですか?」
 席についた途端、黒龍が訊いた。太志は一瞬困惑した顔をしてから、細い目をより細めてうーんと首をかたむけた。
「ありません。俺と彼女が結婚して困る人なんて、いないと思うんだけどなあ」
 太志は敵のいなさそうなタイプの男だ。
「イヤガラセが始まったタイミングはどんな具合でしたか」
 シュラインが訊くと太志はまた首をかたむけて、腕組をしてうなりながら目を瞬かせた。
「どんな……うーん。結婚のスケジュールを決めたりし始めてからかなあ」
「脅迫状はありますか」
 黒龍が短く訊く。太志は驚いた顔をした。
「今? ですか。ええと、家に帰らなくてはないです。本当に困ってしまっているので、いやあ探偵さんに頼むことなんて思いつかなくて、オーナーに感謝ですねえ」
「フィアンセの方、なんておっしゃるんでしたっけ」
 シュラインが知った顔のまま訊ねると、太志は微笑んで答えた。
「歌田・千夏です。あっちの脅迫状も調べますか? あいつ今日バイトないって言ってたなあ。家まで行くようなら、探偵さんなんかが突然行ったらびっくりしちゃうから、先に電話しておきますね。それと、俺んちの脅迫状。俺んちそんなに遠くないんですよ、よければ一緒に来てくれませんか」
 ええもちろん、とうなずいてフィアンセ歌田・千夏の自宅を聞いた草間達は、冥月のみが千夏の家に向かうことにした。
「襲うなよ、人の婚約者を」
 草間がいつもの調子で言ったので、冥月もいつもの調子で顔を蹴り飛ばした。
 
 
「紗枝さん、それでいいのかよ。結婚しちゃうんだろ、その斎藤さん」
 雛太は三杯目のコーヒーを飲みながら、紗枝の前に座っていた。紗枝の隣には道満が平然と座っている。彼も今日二杯目のコーヒーを飲んでいた。
「だって、私は幽霊です」
「……いーやー、たしかに元も子もねえけどさ」
「幽霊だって横恋慕はありです」
 やけに確信に満ちた声で旭が言う。しかし旭は相変わらず何も考えていなさそうなので、おそらく自分が楽しい方向に話が転がればいいとか悪趣味なことを考えているのだろう。
「なしですよ、おかしな方々ですね」
 紗枝はまた寂しげに笑って、道満を見た。
「私のように未練が曖昧になってしまった幽霊はどうすれば成仏できますか?」
「さて。紗枝さんは、今回のことにキリがつけば……と考えたらどうです?」
 道満が少し困った顔で笑う。紗枝はその顔をじいと見つめた。
「キリがつけばって! それは斎藤さんが結婚してしまえばということですか」
 シオンがパンケーキから顔を上げて言った。
「そんなのよくないです。斎藤さんが好きなのは紗枝さんも一緒です。紗枝さんずーっとここの席に座ってる気ですか? そりゃあ私は紗枝さんに会いにくるのは楽しみになりますけど、だってまた理由がわからなくなるぐらいずーっとまたここで斎藤さん待つんですか」
 道満が苦い顔をする。
「シオンさん、そこは僕がうまくやるから」
「うまくって、除霊しちゃうってことですか。そういうことなんですか」
 シオンの目に涙が溜まっている。シオンは目をぱちくりさせて、口を尖らせた。
「あんたさ、斎藤さんのどこに惚れたの」
 雛太がコホンと仕切りなおして訊いた。
「困った顔で照れ笑いをするところでしょうか。特に、彼女のことになると」
 雛太が眉根を寄せる。
「それって、……望みねえんじゃん。あんた、斎藤さんの恋人込みで好きになっちゃったの?」
「ええ、たぶん」
 シオンは立ち上がって手押しの喫茶店のドアまで言って振り返った。
「私、斎藤さん連れてきます。思いを告げるのです」


 草間達は新聞の切り抜きで作られた脅迫状を見ていた。
 黒龍が手元で小さく光る星を操作して、大雑把な形ができる。彼は猟犬座を作り、手紙の匂いを嗅がせた。
「これで、犯人は捕まる」
「ええ、もうですか。探偵さんってなんでもできちゃうんですねえ」
 太志が悠長に驚いている。
「犯人が千夏さんとかじゃなきゃいいけど……」
 シュラインが小声でつぶやいた。黒龍が作り出した半透明の犬は、もう駆け出そうとしている。
「違うと祈ろう」
 しかし無慈悲にも、猟犬座の犬の駆けて行く方向は、さっき冥月に教えた千夏の家の方向のように思えた。


 冥月がふらりと千夏の家の前を通り過ぎ、ブロック塀の影に隠れたとき、営業マン風の男がアパートの前にやってきた。彼はおもむろに千夏の家の郵便受けに封筒を突っ込んだ。それを確認する前に、冥月は静かに言った。
「待て、どうしてイヤガラセをする。お前は千夏のストーカーか?」
 逃げ出そうとした男を影の力で拘束し、冥月は男の首根っこを掴んだ。流行の背広を着た、いい男風の男だった。彼はしばらくもがいた後、諦めたように静かになったが、冥月が彼を連れて千夏の部屋をノックすると、また暴れ出した。
 押さえ込んで動けなくする。
「はーい、探偵さんですか」
 千夏が玄関へ出てくる。そして彼女は、冥月と男を見て言った。
「兄さん?」
 そこへ草間達がやってきた。
「おい、冥月その男は……」
「犯人兼、フィアンセの兄らしいな」
 一番後ろから追いついてきた太志が、千夏に声をかける。
「おい、千夏大丈夫か」
「え? 大丈夫もなにも……兄さんなにしてるの、こんなところで」
 兄と呼ばれている男は、居心地が悪そうに顔をそらしている。全員が玄関口に集まっても尚そうしているので、草間は仕方なく言った。
「今までのイヤガラセは、この人が元凶らしいですね」
 どうやら、シスコンの兄の異常行動が今回の顛末らしい。
 シュラインはなんだか少し安心した顔をしたが、同時に複雑そうに
「無事……結婚はできるのかしら」
「このカップルは能天気そうだ。平気なんじゃないか」
 冥月がふふりと笑った。
 
 
 B出版社でシオンは斎藤・太志の帰りを待っていた。
「遅くなりましたー!」
 そう言いながら帰って来た太志の手を掴んで、シオンは握手をする。
「こんにちは斎藤さん、私はシオンです。斎藤さんにはあの喫茶店に来てもらうのです」
「ええ? 探偵さんのお仲間ですか」
「そうです、私は愛のカスタード探偵!」
 意味のわからない台詞を言いつつ、シオンは太志の手を引いて喫茶店まで駆けて行った。
 喫茶店にはもう全員が揃っていて、なにやら少し重たい空気だった。シオンは太志を中に入れる。
「あら、斎藤さん」
 シュラインが驚いた声を出す。
「そういや、シオン連れてくるつってたなあ」
 雛太が言うと、シオンは胸を張った。
「そうです、愛のマスタード探偵!」
「意味がわからない」
 太志はふうふうと息を荒くしながら笑った。
「いやあ、こんなに走ったのは久し振りです。体力がなくていけないですね、あ、マスターお冷もらえますか。シオンさん足が速いですね」
 細い目をいっそう細めて、太志は困ったように笑った。
「斎藤さん、ご紹介します。こちらが高梨……」
 その瞬間に道満が呪を再び唱えたので、そこにいた筈の紗枝は消えてしまった。いや、シオンには見えてはいるのだが、半透明になったというか、そこにあった筈のものではなくなってしまった。
「え、どちらのことですか」
 太志は全員を見回している。
「ドーベルさん、どうして紗枝さん消しちゃうんですか」
「シオンさん。物事には知らなくていいことがあるんですよ」
 シオンはハテナマークを抱えている太志を道満が座っている席に座らせて、
「誰かカメラ貸してくださーい」
 シュラインが差し出した携帯で写真を撮った。そこには太志と道満、雛太と旭の後姿しか映っていない。
 太志は携帯に寄ってきて自分の姿をじっと見ている。
 道満は太志に言った。
「御髪を一本、いただけますか」
 太志は何を言われたのかわからない様子だったが、旭が髪の毛を指すと不思議そうに首をかたむけながら、一本道満に渡した。
 道満は再び紙の人形を取り出し、髪をそこへ結わくと紗枝の座っていた辺りにそれを置き、短く呪を唱えた。そこに居た半透明の紗枝は、幽霊に思いを告げられても困った顔で照れ笑いをしそうな太志の残像と共に、消えていった。
 太志が不思議そうに言う。
「これ、心霊写真ですかねえ……」
 全員が驚いて覗き込んだが、誰の目にも紗枝は見えなかった。
 たった一人、太志を除いては。
 
 
 ――エピローグ
 
「ただいまー」
 シュラインが台所で大立ち回りをやっていると、雛太とシオンが買い物から戻って来た。
 結局全員がすき焼きを食べて行くことになったので、材料が足りなくなったのだ。全員ソファーの辺りに集まってスタンバイはオッケイ。
「エマー、まだか」
 草間は催促をする始末だ。
 道満は鞄の中からスルメのストラップとカツオの叩きのストラップを出して、物欲しそうにしているシオンと旭に渡した。
「うわーい、おいしそうです」
「アジの叩きでないのが残念です」
 雛太がそれに気付き思いっきり突っ込む。
「うお、その土産もんドーマンさんからかよ!」
「あ、ごめんね、もうないんだけど」
「いらねえって!」
 シュラインは肉の量と値段にくらくらしながらも、すき焼き鍋をテーブルの中央に持って行った。シュラインが座る前に、あっという間に鍋の中身がなくなる。
「春菊はうまいな」
 黒龍がつぶやいたのを聞いて、苦笑をしつつシュラインはまたもすき焼き鍋を回収し第二便を作ることにした。その間には、この前に冷凍にしておいたカキフライとさっき茹で上がったばかりの枝豆を出しておく。
「エマービール」
「自分で取りに来なさい」
 草間にぴしゃりと言う。
 草間がのっそりと立ち上がって、ビール人口を確認してからキッチンへやってきた。
「紗枝さんは幸せだったかしら」
「さあな。あれは、幸せに恋をしたんだろうぜ、たぶん」
 草間が巧いことを言ったので褒めようと思い彼を見ると、彼は本当に幸せそうな顔でビールを冷蔵庫から取り出していた。


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/46/びんぼーにん 今日も元気?】
【3383/神宮寺・旭(じんぐうじ・あさひ)/男性/27/悪魔祓い師】
【3506/梅・黒龍(めい・へいろん)/男性/15/ひねくれた中学生】

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■         ライター通信          ■
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 しあわせはいつも にご参加いただきありがとうございます。
 ライターの文ふやかです。
 今回はギャグタッチというよりも、ちょっと色恋重視でお届けしました。相変わらずのプレイング軽視お許しください。
 お気に召せば幸いです。
 
 ご意見ご感想等お気軽にお寄せ下さい。
 
 文ふやか