コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


蒼き心臓(第二話)

●裏側1
「な…無い…」
 アンティークショップ・レンの店長、碧摩蓮はそのファイルを見て愕然とした。
 この店にあるありとあらゆるものは誰かを呼んで店を出て行く。つまり、その品に呼ばれない限りは誰一人としてその品物に触れることも、見ることも、知ることすらできないのだ。
 しかし、勝手にそれらは交流する事は無い。必ずと言って蓮がその仲介役になるのだった。
 時として持ち主を貶め、運命を操る品々の行く末を見、手を貸すことができるなら、蓮は問題さえも解決する。その蓮が所有する、魂の込められたカードが数枚無くなっているのだった。
「無くなったカードはこの数枚だけかい? ま、まさか…虚無の境界の連中の仕業…」
 その無くなったカードがあった場所には入れてあったカードの名を書いたメモが張ってある。そこには【不死王】【カウンターカード】【不浄の血】【疫病の流行る都市】と書いてあった。
 それを連想すれば、かつて草間興信所であった事件を思い出す。何ヶ月か前に手に入れた製造年数の分からない小瓶をしまった部屋に行き、確認しようと金庫を開ければもぬけの殻だった。
「やっぱり…ここは連絡をとらなくちゃいけないねぇ…」
 仕方なく蓮は草間武彦に連絡をしておいた。無論、虚無の境界の絡むであろう事件として。
 しかし、ここで起きた事件は「ここで解決」しなくてはならない。いわくつきの品々が眠り、新しい主人を探す場所――アンティークショップ・レンなのだから。
 蓮は店の方に戻ると、丁度、そこにいた客人たちに言った。
「今、ここに来るってことは、あんたたちもいわくつきの…まあ、無関係ではないってことだねぇ。よかったら手伝っておくれよ。思う存分戦えるだけは…確かだけどね」
 そう言って、碧摩蓮は笑った。

●裏側2〜ショップ内
「戦い? まあ、それに値するなら戦ってもいいわ。それに、小瓶をわざわざ持ち出したのはあたし達へのアピールでじゃない?」
「アピール?」
「特殊で作り出すのが容易ではない器、これに新たなる麻薬を詰める気じゃないかしら。多分、なくなったカード『疫病の流行る街』で多くの魂を犠牲にしエネルギーに変換し、『不死王』を呼び出し、『不浄の血』を与え、精製を中断しようとする力に対して…そうね、もしくは精製の為の連鎖反応を起こすための『カウンターマジック』ではないかとあたしは読み解くけど?」
 魔術師見習にして助手のウラ・フレンツヒェンはにっこりと笑って言った。
 暗めのワインカラーのゴスロリ服に身を包んだ愛らしい姿は普通の中学生のように見えるが、瞳の輝きがそれを裏切っていた。強かな強さを感じさせるのも当然ながら、あらゆる事象を探求する瞳は知識欲満たしてくれるものへの輝きで満ちている。それは何処か理知的快楽犯的な何かを連想をさせた。
「そうだわ。聞いてなかったわね。おまえ、名前は?」
 ウラは傍にいた青年に言った。
 歳の頃は二十代後半ほどだろうか。綺麗な金髪を後ろで結んだ青年は、にっこりと、そして意地悪い笑みをその美貌に浮かべた。
「人に名を聞くなら自分から名乗るものですよ、お嬢さん? それとも言えないご身分かな?」
「まったくもってその通りだわ。でも、レディーから名乗らせる貴方もどうかと思うの」
「そうだね、まったくだ。私はモーリス。モーリス・ラジアル」
「あたしはウラよ。ウラ・フレンツヒェン…。お前はどう読み解く?」
「そうですね。多分、貴女と大差ないと思いますね」
 クスクスと笑ってモーリスは肩を竦めた。唯一、自分だけをよりどころとする少女の強さを、その瞳に見つけてモーリスは笑ったのだった。
「じゃぁ、無くなったカードの情報と小瓶のあった部屋を見せてくれないかな」
「あぁ、構わないよ…こっちへおいで」
 蓮は手招きすると部屋へ通した。そこには不思議な形をしたものや、一見、普通そうに見えてそうではない、いわくつきのものがたくさんあったが、その中で最も力の強いものばかりだ。
 その中に霊力の封印を何十にも施した金庫がある。その一つの扉は開いていた。
「もしかして、この金庫かしら?」
「そのとおりさ。その中にあったんだよ。さぁ、これが小瓶のデータとカードの情報さ。この店自慢のデータだからね、内密に。頼んだよ」
「勿論ですよ、レディー」
「レディーはおやめよ。あたしは蓮。そう呼んでおくれ」
「了解」
 にこやかに笑ってファイルを受け取る。そこにはカードとそのデータ、それに商品のデータファイルまであった。
 【不死王】のカードは銀色の髪をした男とも女ともつかない美貌の人物像だったという事である。詳しいカードの能力は不明とのことだった。…と言うのは使ったことのある人間がいないからだということだった。無論、カードにした時に立ち会った人物は今は死んでこの世にはいない。
 そして、小瓶の霊的分析データもその中にある。干渉率、魔法耐性ともにS級。骨董ランクはフルMAX、値段は天文学的値段であった。つまりは売らないと言いたいのだろう。属性は神聖魔法具扱いになっている。それ以外の情報は載っていなかった。蓮が言うには持ってきた人間がそれ以外の情報を言う訳にはいかないと言ったのだという。
 やはり、あの麻薬を入れるつもりなのだろうが、多分、これは『魔王の血』で作った純正品を入れるのは確実だった。
「へぇ…売っていたんですか?」
「まぁねぇ…でも、一般人にも買えないね」
 蓮は可笑しそうに言った。この男はリンスター財閥の人間だ。あの総帥の部下なら、必要であり、外に出さない方がいいものであるなら、きっと買うだろう。ただし、値段は法外だった。四千垓円。その値段を見たウラは呆れて言った。
「だったら、値段をつけなければいいと思うのは間違いかしら?」
「言うね…お嬢ちゃん。税務署が許しちゃくれないのさ。マルサより怖いよ、奴らは。あたしら骨董屋の尻の毛まで毟る気かってほど持っていくよ」
「商品を隠せばいいじゃないのよ」
「お国ってやつはね、金が欲しいわけじゃないのさ。金だって欲しいだろうけどね。どちらかと言えば、国が保有している霊的財産を把握したいのさ」
「なるほどね」
「まぁ、まけてくれる事にはかわりはないんだけどね…内緒だけど。それでも高いねぇ」
 ころころと笑っているが、一体、幾ら払っているのかは聞かないことにした。
 モーリスは小瓶が有った部屋内部を確認し、写真を見ると悪戯を思いついた。そのまま室内に対して元に戻し、小瓶を出現させてみようとしたのだ。
 だが、その部屋自体が不思議な力が働いているせいなのか小瓶は現れない。仕方なく、草間側では対処で手一杯だろうとふんで、虚無の境界に付いての動きを追うことにした。
「あたし、工場跡地に行ってみたいわ」
「そうだね。では、その前に情報を送ってもらうこととしよう。今までに起きた虚無の境界関連の事件をね。きっと全部は読めないから、特徴的なものか、今回の事件に関連のあるようなものがいいな」
「データ検証ってやつ?」
「何も考えず行動して時間を無駄にするよりは、幾つかのパターンを考えて行動したほうがいい」
「確かにね。でも、相手はテロリストでしょ」
「まあね…でも、テロにだって準備は必要だしね。だから、時間を与えなければいい」
「その通りだわ」
「ちょっと待っててくれるかな? 電話をするから」
「えぇ、いいわ。でも、レディーを怒らせないぐらいの長さでね」
「了解」
 モーリスはそう言うと、クスッと笑って衛星携帯電話を取り出してナンバーを押す。暫くして、電話は繋がった。
『もしもし?』
「セレスティ様、モーリスです」
『あぁ、モーリス。何か情報は手に入りましたか?』
「そうですねぇ…買い取り料金が四千垓円というところですか」
『…………結構な値段ですね』
 そんな値段を軽く言うモールスの様子に、セレスティは電話口で可笑しそうに言った。
「次元干渉率、魔法耐性ともにS級。骨董ランクはフルMAX、属性は神聖魔法具扱いですね」
『あぁ、やはりそう言う扱いなのですね。モーリス、それ以外の情報は?』
「いいえ、無いですね。あとはそれを持ってきた人間が、それ以外の情報を言うのを躊躇ったようですよ」
『おや、それは穏やかではないですねえ…。そうそう、ワクチンはもうすぐ出来るようですから』
「あぁ、成功したんですね」
『えぇ、モーリス。こちらの情報は以上ですね、虚無の境界に関してはプロに任せるべきなのかどうかと判断に悩みますね…』
「では、こちらで動きますよ。忙しいでしょう? そちらは」
「えぇ…それでは引き続き調査を頼みますよ』
「了解…では」
 そう言って電話を切り、モーリスは携帯電話をポケットにしまう。
 そんな姿をウラは好奇心いっぱいに見つめていた。
「なにか面白いものでも?」
「ふーん、お前雇われているのね? 意外だわ」
「それに相応しい相手だからですよ」
「言うわね。キヒヒッ…面白いわ。それで…何か情報は?」
「ワクチンが完成するってことぐらいですかね」
「そう」
 何と無しにウラは言った。誰が死のうとウラには関係が無い。動揺も感動も無い眼でいるばかりだ。
「じゃぁ、これからどうするのよ」
「あてはありますからね。君こそどうするつもりですか?」
 モーリスは片目を瞑って悪戯っぽく言った。
「あてはあるわ。じゃぁ、それぞれ何か情報を見つけたら連絡をするってことで」
「えぇ、わかりましたよ。じゃぁ、途中まで送っていってあげましょう」
「へぇ、紳士ね…と言いたいところだけれど、よく車でここまで来れたわね」
「え? 私は普通にここまで辿りつきましたけど? 車で」
 アンティークショップ・レンに来るまでに自分の車で来たモーリスは不思議そうに言った。
「あぁ、そう言う事ね…あたしは歩いてきたわ。ここに来るのに、別に何でやってきても、乗ってきても関係なくたどり着けるということ…そうね。わかったわ…クヒヒッ! 楽しみが増えたわ。探検するものが多いのは楽しいこと…『紳士的に』送ってくださるなら乗っていってもいいわ」
「言いますね…では、レディーこちらへ」
 大仰な身振りで言うと、モーリスはウラを連れてアンティークショップ・レンの外に出た。

●裏側3〜Have worn shoes
 外を出た時には東京の夜は真っ暗だった。
 店を出ればいつの間にか道は国道246号になっていた。銀座へ向かい、車を走らせる。
 モーリスの運転するジャガーXK8クーペ クラシックは渋滞の道をゆっくりと進んだ。ミッドナイトメタリックカラーのボディーは街の光を跳ね返している。スポーツインテリアテーマの室内はウォームチャコールに統一され、乗り心地は最高だ。シートに深く座って裏は街を眺めていた。
「ククッ…この街は裏側で何が起きているか知らずに、いつも暢気だわね」
 楽しげに笑って外を見ていたウラは運転席のモーリスを見た。
「おまえ、随分と良い車に乗ってるのね」
「えぇ、主人に合わせているんですよ。でも、私は機動性を重視されますから…燃料噴射を変える為に燃料供給装置も少々弄ってあるんですよ」
「そう? 綺麗なだけじゃダメってやつね…」
「294馬力だから、まあまあってとこだね…さぁ、もうすぐ銀座駅に着くけど、降りるんじゃなかったかな?」
「そうよ。…ここらへんでいいわ、降ろしてちょうだい」
「えぇ…」
 モーリスは頷くと、出光ビルの前で停め、ウラを降ろした。
 発車させるとモーリスはそのまま直進した。橋の手前で左に曲がり、更に数メートル先の道を左に曲がって銀座方向に車を走らせる。松屋横に出れば、警視庁第九十九課のオフィスに行くため、更に道を曲がっていった。

  * * * *
 市ヶ谷にある九十九課のオフィスについたモーリスは塔乃院・影盛を係員に言って呼び出した。データ不足を解消するため、情報提供の交渉だ。
 自分は教皇庁側でもなければ、吸血鬼側の人間でもない。ましてや、警察が如何のと言うわけでもなく、ただ、リンスターの人間として行動するのみだ。
 どうも、聞いた話では官僚社会にあって、それに操られない組織と噂されているようだが、その中でこの男は特殊な位置にいる。この男がNOと言えば、きっと情報は手に入らないだろう。ただ、賢明であるならば、情報の提供はあるはず。そうモーリスはふんでいた。
 通された会議室の椅子に座って入り口を見つめていれば、暫くして扉が開いた。待ち望んだ相手が来たようだ。
「はじめまして、ミスター塔乃院」
 現れた塔乃院にモーリスは笑いかけた。
 腰まである長く艶やかな黒髪に鋭い眦の美青年は自分より背が高い。と言っても自分も小さい方ではないのだが、彼は抜きん出ていた。二メートル近いかも知れない。
「あぁ、連絡があったから知っている。ミスター・ラジアルだな。俺が塔乃院・影盛だ」
 表情も変えずに物を見るような視線を向ける。感情を見せない様子からすると、警戒しているのだろうか。
「どう言う用件で?」
「虚無の境界についての情報が欲しいんだけどね」
「あぁ…あれは出回らん情報だからな。しかし、お前が本物のモーリス・ラジアルであるという証拠は?」
 塔乃院は相変わらずの表情。
「酷いなぁ。免許証を見せても信じてもらえないかな?」
 おどけた風に言うと、モーリスは免許証を見せる。ちらりと視線をやっただけで、塔乃院は手で制した。
「いや…免許証では役に立たないからな。ここのスタッフに化けて入ろうとした輩がいてな。無論、『喰って』やったが…」
「喰った?」
 食人鬼が警官というのはおかしい。いや、ここではそれは当てはまらないかもしれない。相手はどうもそう言う気がある性質には見えなかった。では、どう言う意味であろうか。モーリスは肩を竦めて見せる。
「意味が分からないですね」
 モーリスの言葉を聞くと
「俺の場合は三種類だ。俺はせんが…まず一つは文字通り喰うか、個性をもった最も根源的なエネルギーを喰うか、もしくは…お前みたいな奴を食うかのどれかだ」
「ぁ…」
 塔乃院はひょいとモーリスを抱き寄せると、後ろ髪を掴んで首を仰け反らせる。噛み付くようにキスをすると壁にモーリスを押し付けた。
「…ふ…う…ぅうッ!」
 苦しげに眉を顰め、モーリスは少し抵抗する。唇を離して、不思議そうな顔で塔乃院は言った。
「おや? 同じ性質の人間だと思ったんだがな」
「…っぅ…。嫌いでは…ないですけどね、もうちょっとロマンチックに出来ませんか?」
 そんなことを言いながら、そうまんざらではないモーリスは微かに笑っていた。
「あぁ、すまないな…。こうやってテストすれば、このオフィスは守れるんでな」
「キスで?」
「そうだ。それがどう言うことか知りたかったら、後で教えてやる」
「ご教授願えるとは嬉しい限り。お言葉に甘えて教えていただくとしますよ」
「おかしな奴だ…で、リンスターでは情報は集められなかったのか?」
「集められないわけではありませんよ、でも、得意な部署に来た方が何かと時間短縮ができるってもんです」
「その通りだ…では、どうやって情報を引き出すんだ?」
「そうですね。あぁ、今、良い言葉を思いつきましたよ。『こんな事をしているうちに時間が過ぎていってしまいますよ』と…忠告しておきしょうか」
「ほう、言うな。俺としては、打ち合わせでもしながらデータを渡すというのを勧めたい」
「それは誘っていると取って良いですかね。私と同じ趣味があるんでしょう?」
「…フッ…やっぱりな。お前の好きな方法と場所で交渉としようか」
「私に選ばせてくれるんですか? 親切なことですね。では、ホテルで食事からといきたいと思いますね。夕飯はまだなので」
 抱きしめるのはいつも自分の方で、抱きしめられるのは久しぶりだった。そう言う意味ではとんとごぶたさだったかもしれない。そんなことを思いつくと笑えて仕方が無かった。
「ここからなら、ホテル・ニューオオタニか…。ラウンジで軽く食うか、バーに行きたいところだな」
「えぇ、構いませんよ」
「決まりだ…欲しい情報を持って行ってやる」
 微かに笑みを浮かべて塔乃院が言った。

  * * * *
 二人はオフィスを出ると、ホテルまで向かった。距離にしてみればたいした事はない。ビル群が立ち並ぶ官庁街を抜け、坂を降りればホテルの前に出る。先頭を走る塔乃院の車の後にモーリスはついて並んで走る。
 ホテルの前の車止めの停車すると塔乃院は車から出た。ポーターに鍵を渡すと、振り向きもせずにホテル内に入っていく。モーリスも車を停車させると、同じようにポーターに鍵を渡し、中に入った。
 主人のお供について何処へでも向かう自分としては、ホテルごときで緊張する事など無い。エントランスを抜け、ブランドショップを通り越すと、ラウンジの前に出た。
 カフェの前で塔乃院が立ったままモーリスを待っている。何かファイルでも持っているかと思えば、塔乃院は何も持っていなかった。
「おや、待っていてくれたんですか?」
「お前が飯を食うって言ったんだろうが」
「えぇ、そうですけれどね。お勧めはどれですか?」
「ステーキサンドが美味かったのを憶えてるんだが…あとはパンナコッタ…らしいな」
 最後の方は言いよどむような不明瞭な言い方をした。
「へえ、意外ですね。甘いものはお好きですか?」
「いいや、前に連れてきた奴が美味い美味い言って食ってたんでな」
「そうなんですか。私は何処で食べても気になりませんし…」
「…ん? 何がだ」
「こんな人の目のあるところで言わせる気ですか? さっきのキスでオフィスを守る意味を教えていただきたいんですよ。好きな方法でいいと言ったじゃないですか。それに何処で食べても同じなので…」
「なるほど…ルームサービスにするか」
「えぇ、お願いします」
「わかった…じゃぁ、俺の部屋に行くか…」
 そう言うと、二人はエレベーターホールの方へと歩き出した。

●裏側4〜Heraldry of magic
 ウラは自分の師にして養い親のデリク・オーロフの元へと電話をかけたが、留守だったようで誰も出なかった。その代わり、誰とも知らぬ人物からの電話が携帯に届いた。
 電車を乗り継ぎ、一旦、家の方へと向かおうとした時の事だ。車を降りる時、モーリスが自分の主人から調査員の連絡用にと渡されたといって、ウラに渡したものだった。ただで衛星携帯をくれるとは随分とふっとぱらな人間だと思いながら、携帯を弄っていたときに電話は鳴った。
「もしもし、誰かしら」
 誰にもこの電話番号は言ってはいない。ならば、かけてくるのはモーリスの主人辺りであろうとウラは思った。
「ウラ・フレンツヒェン?」
 しわがれた声は言った。
「どなた様? あたしはおまえを知らないわ。モーリスの主人?」
『いや…わしはカーニンガム氏ではないよ』
「じゃあ誰? 電話を切るわよ」
『ふぉっふぉっふぉ…元気だのう。わしの名は、ジョシュア・ブラックウッド』
「では、おまえは何者? 関係者?」
『魔法少年養護育成センターの職員じゃ。虚無の境界と小瓶については興味無いかの?』
「あら、教えてくれるのね…信用していいのかしら?」
『ほうほう…言うのう。じゃぁ、信用したと思うたら一歩足を踏み出してみるが良いよ』
「一歩歩く? そんな簡単な事でいいのかしら。ククッ…なら、そうしてあげるわ」
 老人の言う意味は分からなかったが、ウラは言う通りにしてみた。
 途端、地下鉄のホームは消え、枯葉の舞い散る森の中にウラは居た。コンクリートであった地面は土の地面へと変化している。黄色と茶色の落ち葉で埋め尽くされ、柔らかい絨毯のようだった。
「キヒヒッ! まったく面白いわ! おまえ、私を何処に連れてきたの?」
 ウラは少し興奮してきたのか、引き攣ったような笑いを零す。瞳は好奇への光に満ちていた。
『少し歩いてみるんじゃな…』
「えぇ、お安い御用よ」
 ウラは言われたとおりに歩きはじめる。しばらく行くと、森の木々でふさがれていた視界が開け、湖が見えてきた。その中には大き目の浮島があり、城が建っていた。
「ここは何処なの? こんな古ぼけた城に一体何があるというのかしら」
『ここまで連れてこんとな…奴らが来るで、連れてきたんじゃよ。もう携帯は使わんでいいぞ。わしらの領域じゃて、奴らは来れん。奴らは何処で情報を掴むのか、何人もの人間が死んだ』
 そう言われてウラは携帯のボタンを押して切った。
「あら、心配ご無用よ。そんな奴らは切り裂いてやるわ」
 ポケットに携帯をしまうと同時に、緑色のフード付きローブを羽織った老人がゆっきりと歩いてくる。典型的な魔法使いのスタイルだ。しかも、相当クラシカルな。
 傍に来るまで、ウラは相手を待った。
「やっと姿が見れたわ…ところで、虚無の境界って何なのかしら?」
「虚無の境界か? 奴らは世界人類の滅亡をはかっておる。狂信的なテロ組織じゃな。人は一度滅び、新たなる霊的進化形態を目指さなければならないとかぬかしておる。何処に巣食っておるかは不明じゃ」
「へぇ、随分と凝ったことしてる奴らねえ。では、小瓶は? 大層な値段がついていたけど」
「何時だったか、遥か彼方の昔に狂った連中が現存する魔王の血を欲した。世を守るために、神に仕えるものが封じようと作った物じゃ。ただし、同じ物が二つあってのう。盗まれたのは二つ目のほうじゃ…この二つが壊れてしまっては二度と封印できん」
「あら、堕天使なぞたくさん居るじゃないの」
「実際、何人もおる…しかし、魔王(サタン)の名を冠する魔王は何人おるかな?」
「さあね」
「サタンは魔王の総称とも、個人名とも言われておる。無論、ルシファーだともな…封印されているのはどの血なのかは知らんが、どちらにせよ忌々しき問題じゃ。わしらは虚無に対抗する魔法使いと思ってくれて構わん」
 そう言うと、老人はにっこりと笑った。

●裏側4〜No respect
 モーリスは塔乃院と部屋に入るとドアを閉めた。部屋の中にはコンピューターが置かれている。ホテルのスイートルームを貸し切って住んでいるらしかった。
「一介の警官がホテルに住むなんてできることじゃないね…塔乃院さんは何者なんですかねぇ?」
「警官だ…それ以上でもないさ。ここに住んでるのは仮住まいとでも言っておこう。狙われると困るからな」
「狙われるような人がホテルに住んだら一般人に迷惑かけませんか?」
「その一般人がある意味、盾になる時がある」
 少々皮肉をこめたモーリスの言葉に、塔乃院は複雑な答えを返した。言わんとする事は分からないでもないがどうもしっくりこなかった。
「さて、さっきの答えを教えてもらってもいいころだと思いますが?」
「あぁ、俺も今、それを考えていたところだ」
 ニヤリと笑うと、塔乃院はモーリスの足を軽く払う。よろけたモーリスをドアに押し付け、塔乃院は微かに微笑んだ。
「油断大敵だな」
「おやおや、馬鹿言わないでほしいですねえ」
「ふん…生意気言うのはこの口か?」
 相手の行動はわかっていた。だから、モーリスは避ける事もしなかったのだ。
 塔乃院はモーリスをドアに押し付けたままで口付ける。
「…ぁっ…」
 きつく口付けられ、目を細めてモーリスは相手を見た。そして、余裕の表情でクスッと笑う。しかし、それも束の間、きつめに唇を据われた瞬間にモーリスの背は跳ねた。
「…ぅ…ぁっ…うぁ…ううッ!」
 体中のエネルギーというエネルギーが、生命と言う名の輝きと、存在と言う名の個性あるそれが…希望と言う名の何かさえも消え、抜き取られるような気がした。モーリスは相手を押し返そうとするが上手く力が入らない。
「ッ!?」
 塔乃院の目が蒼から金に変わっている。瞳に狂気が色濃く浮かんでいた。
「ぅ…ッ…んんッ!」
 全ての存在を調律・調和するモーリスの力が瞬時に発動し、奪われた力は元に戻っていった。そして、塔乃院は唇を離さないまま、モーリスに奪った力を還す。
 ゆっくりと唇を離して、塔乃院はうっすらと笑った。
「塔乃院さん…あなたは」
 今起きた事の整理を脳裏でしつつ、モーリスは塔乃院を見上げた。今、頭の中には見たことも無い情報が渦巻いている。名も無き殺戮者に殺された人々と、虚無の境界という言葉と、幾つもの事件と、外套を纏った神官らしき人物の輪郭のはっきりしない横顔と無くなった小瓶の映像。その中には紫祁音と、やはりはっきりしないが見知らぬ女の姿もあった。それらが一気に情報として頭に入ってきていた。
 そんなモーリスの様子に塔乃院は優しげに笑って頭を撫でる。
「あぁ、思ったとおりだったな」
「思ったとおり?」
「お前、調和に関する能力者だろう? 俺が『喰おう』として平気でいられるのはその能力のお陰だ」
 喰うとの言葉を聞いて、モーリスは呆れたような表情を浮かべる。
「喰う?」
「本気じゃなかったがな…お前のエネルギーとでも言えばいいのか、それをちょっと貰って、俺の持っている情報と一緒に還した」
「それで今の映像が…」
「そういう事だ…必要な情報は与えたぞ。さぁ、あとは楽しもうか」
「まだ終わりじゃないんですね?」
 ここまでしてくれた御礼をしてやろうと密やかに思いつつ、モーリスは意地悪く微笑み返した。
「終わりなわけないだろうが。美味そうな奴がいて、手を出さない方がどうかしている。足腰立たなくなるまで相手してやるから覚悟しろ」
 そう言うと、塔乃院は片目を瞑って笑ってみせた。
「えぇ、そうでしょうとも。では、私も楽しませていただきますよ」
「途中で許してくれって言っても許さんぞ」
「私がそう言うかどうかは塔乃院さん次第ですよ」
「違いない…」
 抱き寄せ、口付けようと近付いた途端、背を向けていた扉がカチャッと音を立てた。
「え?」
 そうモーリスが言ったのも瞬時のことで、不意に後方の扉は元気な声が聞こえたと同時にバーンと景気良く開いた。
「とーのいんさーん♪ クリーニングできたよー……ぅ……??」
 ニコニコと笑って入ってきたのは銀髪の少年。長い髪を三つ編みでまとめ、可愛らしい顔は透けるように白い。大きな赫い瞳が驚きに見開かれていた。
「あー…あうー…ごめ、ごめんなさ……」
 ドアを閉めて失礼しましたと言って出て行けばいいのだが、それが出来ない少年は、ただ呆然としたまま立っていることしか出来なかった。
 聞き覚えのある少年の声に、モーリスは振り返るとにっこりと笑いかける。
「おや、如神くん」
「わぁ、わぁ、わぁ〜〜〜〜、哥々だぁ! えー、何で塔乃院さんのお部屋にいるの〜?」
 最近、知り合ったばかりの青年が居ることに驚いた少年は慌てながら言った。
「えっと、えっと、お…お邪魔…いいいいた、いたしま……」
「言葉を噛んでるぞ」
「あうっ」
 クリーニングの終わったシャツを大量に手にした如神はおろおろするばかり。そんな姿を楽しそうにモーリスは見物していた。
「見たな…」
 ふと、何かを思いついた塔乃院は、殊のほか深刻そうに重い口調で言った。モーリスは何も言わず、おや?と言った風に片眉を上げる。塔乃院の声に反応した如神はビクッとしていた。
 そろそろと顔を上げる少年を少し睨んだように見つめ返したが、そんな塔乃院の表情は作り物だ。怒ってはいない。自分の部下をからかってやろうという魂胆なのであった。塔乃院の様子に気がついたモーリスは少し悲しそうな、困った顔をする。言わずもがな、それは嘘である。
「如神、中に入れ」
 塔乃院は不機嫌そうに言った。
「はい〜…」
 何か悪い事をしてしまったのではないかと焦り、しょんぼりとしながら如神は部屋に入った。
「こっちにこい」
 塔乃院は言った。それだけしか言われないと怖いもので、少々震えながら如神は部屋の中に入っていく。如神のそんな姿が憐れだったが、不意にこっちを見た塔乃院の瞳に悪戯な表情を見て取って、モーリスは笑いを堪えるのに必死だった。
(一人より二人、二人より三人ですよね?)
 そんな気持を込め、そっと塔乃院にウィンクした。
(当然だ)
 塔乃院もそう思っているのだろう、そっと親指を立てて「こっちへ来い」とやっていた。騙されている人間は憐れだとは思うが、やはり何でも楽しい方がいい。
 モーリスはそっと塔乃院に近付いて小声で言った。
「もう食べたんですか?」
「馬鹿言うな、まだだ」
「意外ですね…じゃぁ…」
「まぁ、そういう事だ」
 つまりは初物ということである。二ッとモーリスが笑った。これは期待できそうだ。塔乃院も薄い笑みを浮かべている。
 なにせ相手は何にも知らない13歳。上司と知り合いのお兄さんに囲まれて、しかも、鍵のかかったホテルの一室に所帯無げに佇む頼りない姿。ここはやはり、きっちりと仕込んであげるべきであろう。
 モーリスはそっと入り口へと戻ると鍵を掛ける。そして、自分の能力で部屋に結界の『鍵』を掛けた。これで逃げる事は叶わない。
 にっこりと笑うとモーリスは部屋の奥へと戻った。
「あのう…俺、何かわるいことしちゃったのかなぁ? えっとね、クリーニング持っていくようにって頼まれたから…持ってきた…だけなんだけどぉ」
 恐々と来た理由を述べる少年の姿に、吹き出すのを堪える大人二人組。お互いに顔を見合わせると如神に近付いていく。吃驚して如神は後ろに一歩下がった。その瞬間、塔乃院は少年を引き倒し、ベットに引き摺り込んでいる。床に洗濯物が落ちた。
「わぁああ! ごめ、ごめんなさい〜〜〜!」
「…く…くくくっ」
 何もしていないのに謝る少年の姿に耐え切れなくなり、モーリスはベットの端で笑っていた。コートを引き剥がし、シャツを割って入ってくる手に震える。力では敵う筈も無く、シャツも脱がされてしまった。そして、両腕を塔乃院が押さえた。
「やぁ〜〜〜だ! 哥々ッ! 助けてぇ」
「大人の密会を覗いた罰だよ、如神くん」
 言いながら近付いたモーリスは剥き出しになった少年の肌に手を這わす。肌が薄いせいなのか、その感覚を敏感に感じ取って小さな悲鳴を上げる。
「ひぁッ…」
「おや、敏感だねぇ。もう誘ってる…どういいのか言ってごらん?」
 モーリスは言ってから反応に口許を緩め、覗き込むようにして相手の耳を食む。尋ねて喋る息を耳元に吹きかけて笑った。
「ぁ、あう。ひっ…ぁ…やぁっ…。…哥々…ご、ごめんなさい〜」
「おやおや、まだ謝ってますよ。可愛いですねぇ」
 食むのを止めて舌を伸ばし、モーリスは耳腔を舐めるように挿し込んだ。耳に舌が忍び込めば声が漏れ、如神は耳元ではじける水音に身を竦ませ悲鳴を上げる。
「あぁ…ぅッ! やぁ〜〜〜だっ! くすぐったいーっ」
 いやいやをするのが妙に可愛くて、モーリスはにっこりと笑った。
「いやって言われるとしたくなるんですよねー。抵抗するなんて可愛いですね」
 ちっとも聞いていないモーリスであった。
 塔乃院は腕を押さえながら、ずると顔を下のほうへと移動していく。花を摘む楽しみというのはこれからが本番だ。百戦錬磨のモーリスと塔乃院を相手に何処までもつのか。楽しみな所である。
 恥ずかしいのか必死で抵抗する姿は小動物にも似て、モーリスはほくそえんだ。
(塔乃院さんの引き締まった体もいいですけど、未発達な少年もまた良しですね)
 花を摘む塔乃院と執拗に苛めながら耳を犯すモーリスの行為に、嬌声を上げて如神は暴れる。
「と、塔乃院さ…やめ…。やぁーだ、哥々。くすぐったいよぅ〜」
 そんな少年の抵抗を二人は脳内で『次のお願い』をしていると変換して、止めることなく続けていった。
「あ、やぁっ…あうっ」
 さて、こんなに反応しているが、彼は大丈夫なのだろうかとモーリスは思った。150センチそこそこしかない少年が、180センチの自分と、195センチ以上はありそうな塔乃院の相手をどこまでできるのであろう。最大45センチ差はありそうである。まあ、自分相手でも30センチ差はありそうだ。ふと疑問に思ったモーリスは塔乃院の方を見る。暫し沈黙。体に見合う標準強ですねぇと言う感想が脳裏を過ぎる。
(災難がやってきたと思って諦めてもらいましょう…)
 そんなことを考えながら、せめて楽になるようにと弱いポイントを見つけ出し、モーリスは少年の体に大人になった証を付けていくのであった。
「…………ッ!!!!!!!!」
 悲鳴。
「ぅぁっ、ひぃ…………ぁッ!!!!!!!!」
 悲鳴。
 大人になる似と楽しいことも、痛いことも、悲しいこともある。それを知るのは社会勉強だろうとモーリスは一人勝手に納得するのであった。

●裏側5〜CHILDREN
 数日後、モーリスはウラから地下鉄であった事件を聞き、自分の方の情報も教えた。その情報をセレスティに送ると、二人は工場跡に向かう事にした。
 車を晴海へと向かわせ、大通りから倉庫の方へと走る。工場跡から200mほど離れたといころに車を停めると、二人は車から降りた。モーリスは大き目の黒いアタッシュケースを持っている。
「多分、何も無いとは思うけどね」
「あら、何かあったらどうすると言うのかしら? 使える機械が残されていたり修理されている可能性があるわよ」
「それはそうだ」
 二人は工場の後に入っていく。ただの倉庫を改造したものだったのだろうが、外壁だけ残して何もかもが破壊されていた。相手の抵抗も凄まじかったのであろう。壁にも弾痕が無数に残っている。火事も起きていたのだろう、壁の一部は真っ黒になっていた。
「フンッ! ホント、何にも無いのね…つまらないわ」
「おや、何か期待していたのかい?」
「何て言うのかしら、胸が躍るような…そう言う感じに振舞うのは楽しいものなのよ」
「元気だねぇ…。…ん? …危ないッ!」
 そう言ってモーリスは飛んできたエネルギー弾からウラを守った。避けつつ、スーツの下につけたハーネスからP226を抜き、狙った方向に向かって引鉄を引いていた。銃声が響く。ウラは体勢を整えると相手を見定めようと睨む。
 そこには中学生ぐらいの少年が立っていた。
 弾は少年を避けて飛んでいく。少年はそんな様子を楽しげに笑って見ていた。モーリスはP226をしまうとケースからウージーSMGを出す。水や泥に対する耐性が高く、いつでもどんな時にでも使える為にモーリスは持って来ていたのだった。
 モーリスは迷うことなくウージーを撃ちまくった。相手が誰であろうと、たとえ子供であったとしても、迷いは禁物。しかし、弾は相手に当たることなくあらぬ方向に飛んでいった。
「なんだぁ、豆鉄砲? 僕、そんなのじゃ死なないよ?」
 少年の言葉を聞きながら、ウラは魔術的所作で雷撃を呼んだ。軽くステップを踏んで、相手に向けて放つ。雷撃は本体を狙わずに足元を狙った。同時にモーリスは撃ちまくったが魔力的な壁に阻まれて攻撃が通らない。
「まさか…虚無の境界かい?」
「そーともゆー。僕、あの女が嫌いだから、義理立てする必要も無いケドね〜…てか、あんた誰ぇ?」
「私の名前を聞く前に自分から名乗ったらどうかな?」
「あ、僕の名前? ディサローノだよ、ミスター」
 暢気に腕組みなどして少年は言った。
 そばかすだらけの顔をくしゃくしゃっとして笑う表情は歳相応に見えた。栗色の髪を指で弄っている。そして、ポケットからカードを取り出すと相手に見せた。
「ミスターが欲しいのはこれだよね〜。でも、あげないヨ…あの女が使っていいって言ったんだもん」
「あの女…紫祁音とかいう女ですか?」
「あぁ…あいつ〜ぅ? 違うよ、紫祁音もキライだけどね。コワーイ女がもう一人いるのさ」
 そう言って、ディサローノはおどけるように怯えるフリをした。
「カード集めるのが好きだから、あの店はサイコー! また欲しいのあったら遊びに行っちゃおうかなあ」
「何?」
「品の無い子供だこと」
 呆れてウラは言った。
「だってさぁ、入れるならコレクション見たいじゃん☆ さーて、宣戦布告は終わったし。帰ろーっと」
 言うや否や、少年は歩き始めた。
 モーリスは己が能力で作り上げた檻に閉じ込めようとしたがそれが出来なかった。じっと目をこらすとうっすらと次元の壁を感じることが出来た。
「ここに居ない? 一体何処に…」
「あぁ、僕ね。今、ロスキールのとこにいるからねー、届かないよ。吸血鬼ってハイテクだから? 僕ってば楽チンなんだよね」
 虚無の境界とロスキールが繋がっている。それが分かれば少しは納得できた。
「チャオ。僕、帰るね〜」
 バイバイと手を振った少年はその場から消えた。否、消えたように見えた。その場に本当に居なかったとしたらそう見えて当然だろう。
 モーリスは銃を下ろした。ウラは呆れたように腰に手を当て、肩を竦める。何も居なくなった工場跡を見つめ、二人はそれぞれの思いの中にいた。

 報告をするために携帯をかければ、主人は財閥が今回の事件に関する緊急医療用に設置した病院に居るということだった。今はヒルデガルドの一族のものが協力に来ているという。ゼメルヴァイス一族、教皇庁、警察の三者の間で調印式が行われた後のミニイベントみたいなものだ。実際、協力に来てくれているのだが、教皇庁側の石頭どもを納得させるチャンスでもあった。
「この工場跡をもう少し調査してから帰ります」
『そうですか…私の方は来て下さってるぜメルヴァイス家の方々とお付き合いせねばなりませんから、きっと帰るのは遅くなると思いますよ』
「調印式に、病院への訪問、お茶会に、イベント……呆れますね」
『まあまあ、モーリス。霊兵器拡散防止条約など日本政府に出されては、色々とこういった作業をしておかないと』
「まぁ、格好がつかないですよね…」
 頂点に立つものが揃いも揃って今回の事件に絡んでいるのであれば仕方ない。
『しかし、色々と面倒な事になってきていますね。私の方は出来うる限り情報を手に入れてみたいとも思いますが…』
「セレスティ様、無茶はしないで下さいよ」
『えぇ、ご心配などしなくても大丈夫ですよ。今日は遅くなりますが先に寝ていてくださいね』
 部下に優しい言葉を掛けると主人は電話を切る。モーリスはその後に主人の身に起きることなど知らずに電話を切った。
 茜色に染まる空と、金色に染まる街路樹を見ながら、モーリスはらしくない溜息をついた。
「クヒヒッ! あら、おまえも溜息つくのねぇ、色男」
「モーリスだよ」
「そう、そんな名前だったわね。モーリス、おまえ何を溜息ついてたのかしら? 主人に怒られたの?」
「そんなこと無いですよ」
「あらそう。つまらないわ。あぁ、こんな平和な夕暮れもつまらないわねぇ…胸のすくようなことは起こらないかしら」
「楽しそうだね」
「そうよ、何でもが楽しいの。キヒッ! あたしは深遠に何があるかみたいの…フフフ」
「へぇ…」
 そう返事を返すと、胸の奥で渦巻く重い気持を抱えて空を見上げた。全くもってらしくない感覚に、モーリスは眉を寄せて耐えるしかなかった。
 
 ■END■

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2318 /モーリス・ラジアル/男/527歳/ガードナー・医師・調和者
3427 /ウラ・フレンツヒェン/女/14歳/魔術師見習にして助手


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 お久しぶりですこんにちは、朧月幻尉です。
 皆さんお元気ですか? いきなり寒くなってひいこら言っております。

 ロスキールの大変な変態ぶりの裏側で、某PC様まで似たようなことをやっていたとゆーオチ_| ̄|○
 ブッ千切れてんこ盛の内容でしたがいかがでしたでしょうか。
 えー…苦手な方…いますでしょうか…いませんね(笑)<え;
  黒い蝶シリーズ第五弾、『蒼き心臓』第二話裏側をお送りいたしましたが、お気に召していただければ幸いです。
 依頼初参加のPCさんで照れながら書いておりました。ドキドキします。
 おまけに匙加減が難しい…
 某PCさんが居なくなる一歩手前までしか書いておりませんが、内容的にはズレはありませんのでご安心下さい。
結果としては異次元の壁に阻まれてカードを取り返すことは出来なかったという事になっています。
 某PCさんの行方不明については草間の同名依頼をご確認くださいませ。<解決しております;
 感想・希望・質問・苦情等、受け付けておりますので、ご一報下さい。
 これからも精進してまいります。
 でわ(笑)

 朧月幻尉 拝