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<東京怪談・PCゲームノベル>


ジャック・ザ・リッパー


 ――プロローグ

トレンチコートのポケットに突っ込んだ煙草が、しけってしまうかと思っている。霧雨は静かに肩を濡らし、そして何事もなかったかのように彼のどこかを重たくさせる。深町・加門はゆっくりと雨の降る街を歩いていた。歩道橋を渡ってちらりと歩道を見下ろすと、色とりどりの傘が咲いていた。車のテールライトと信号機ばかりが目を引く夜だった。
 いっそのこと靴の中がぐっしゃりと濡れるほど降ればいいものを。歩道橋の階段を下りながら、加門は考える。霧雨は験が悪い。割り箸が巧く割れなかったとか、タコ焼きにタコが入っていなかったとか、その程度のことだ。とにかく、加門が考えるにこういう夜はまるでのらないのだ。
 たしかあの人は、こんな雨の日でも窓を全開にして能天気な声で「粉みたいにさらさらした雨」と霧雨を形容して一人で笑っていたけれど、そんなときでも加門は早く窓を閉めろと言った気がする。本当のところがどうだったのか、まるで記憶にはない。確かなことは、加門が今粉みたいなさらさらした雨をよく思っていないということだ。
 歩道橋を渡り終えて、歩道橋の下でコソコソ話しをしている若い男女を一瞥する。二人はこの陰鬱な雨の中、嬉しそうに声高に笑っていた。こんな風に笑えていた頃があっただろうか。傘を差していない加門を片方が指差したので、二人の視線は加門に向けられた。肩をすくめてやりすごす。
 こうやってなにもかもやりすごしてきたのだと、自覚した。
 ポケットから煙草を取り出して一本つけると、煙草は一応まだ乾いていて火はきちんとついた。路地を曲がった暗がりに、たった一つの小さな光が灯る。白い煙さえも、光がなければ見ることはできない。


 ――エピソード

 たぶん小学校ときに聴いた、重苦しいクラシックを思い出していた。
 本当はいつ聴いたのかなんて覚えていない。けれど、たしか退屈でプリントを紙飛行機にした思い出があったから、小学校の頃だと思う。音楽の教師は眼鏡をかけたつり目の女で、笛を忘れただけで廊下に立たせるような器量のない奴だった。いつも教室はざわついていて、誰かがふざけて笑い声をあげている。
 外は雨が降っていて、生徒達は退屈していた。
 あの頃、雨の校庭を眺めていたあの時、両手に時間と好奇心を抱えていた。
 咲いている傘を駅前のデパートのエレベーターの中で眺めていたら、急にそんなことを思い出した。雪森・雛太は突然のフラッシュバックに、自ら苦笑を浮かべた。特にどうという記憶ではないのに、懐かしいというよりも苦いような気がした。エレベーターには彼しか乗っていない。片手には透明のビニール傘を持っている。一昨日出したウィンドブレーカーを着て、ジーンズをはいていた。雨はまだひどくなっていない。穴の空いたスニーカーは秋雨前線と共に捨ててしまっていたので、今雛太が履いているのは幸い真新しい色をしている。
 エレベーターが減速して停まった。ドアが開いたのに、誰も乗り込んでこない。雛太は閉まるボタンへ腕を伸ばす。押した瞬間に、ツラツラとさっき思い出していた化石ばりに古めかしい音楽が、エレベーターの中に忍び込んできた。その音は想像したよりも華奢で、ずっと寂しかった。あの頃もたしかそう感じた気がする。バッハのピアノ変奏曲を聴きながら、雛太はそう思ったものだ。音楽は嫌いではなかったから、オーケストラの授業は楽しかった。放課後の吹奏楽部の練習を聴きながら転寝をするのが好きだった。
 もっと小さい頃から、ずっと音楽と一緒にいた気がする。あのオルゴールの音が耳元で聴こえると、あの人が現れる。あの人が誰だか小さな頃は知っていたのだ。
 誰のことだ?
 雛太は立ち戻って考える。あの人なんか、本当にいたのだろうか。
 ことの発端は母のよく唄っていた雨の歌だった。よくは知らない。雛太は母親を知らないし、父親も知らない。だから母親が唄っていた歌なんて、記憶にはない。たしか祖父に、「さっちゃんの歌声を思い出すな」とよく言われていた気がする。
 だからかもしれない。雨の日の夜、まるで天使が現れるように、不思議な女の錯覚を見るようになったのは。
 エレベーターから降りると、店内が眩しかった。
 つい目を細めて、気後れを感じながら足を踏み出す。
 そして暗い外を見ると、あの人が雨の中にぼんやりと浮かんでいた。
 いくつ以来だろう、いつのまにか会わなくなっていたその影に、雛太は驚く。オルゴールの音が静かに流れ出す。あの人にいざなわれるように、雛太は霧雨の降る街へ傘も差さずに駆け出した。
 もう、今を逃したら。
 もう、今を逃したらあの人には二度と会えない気がしていた。
 お前は誰だ、そしてどうしてこんなに懐かしいんだ。華奢な肩をしたあの人は、薄茶色の髪を雨に躍らせて去っていく。


 目を閉じると、そこに誰かの記憶の糸を見つけてしまう。
 誰も教えてくれなかったその理由を、CASLL・TOは見つけ出してきた後だった。この商売をはじめてから、こういった情報を集めるのは得意になっていたので、あまり驚きの結果ではない。賞金稼ぎは情報収集の仕事である。
 母親が頑なに隠していたCASLLの右目は、死刑囚の右目だった。
 それがわかったところで、何が解明されたわけでもない。ただ、事実が判明しただけだ。
 時折見る妙な高揚感と、その一人の死刑囚を結びつけるのには少々無理があるようだとCASLLは感じていた。右目をくれた男は、特にワケアリでもない。会社倒産の危機に瀕し、合併話を進めてなんとか切り抜けようとしていたところ、その合併先会社が詐欺を働いて会社は倒産。その復讐に、携わった詐欺師共を片っ端から殺して回った男だった。男は包丁や鉈を片手に、詐欺師たちを殺したのだそうだ。
 それを聞いたとき、知っていると思ったのはなぜだろう。
 一瞬、あたたかい返り血を思い出して、CASLLは驚いた。
 街は冷たい雨が降っている。傘を片手に持っていたCASLLは、無意識に右手で右目を押さえた。眼帯越しに、ピクリと痙攣が伝わってくる。ゆっくりと甦る誰かの記憶は、CASLLの小さな頃の記憶より鮮明だった。スローモーションで逃げ惑う男達、鈍く光る包丁。ふいに思いが込み上げてくる。お前たちさえいなければ、お前たちさえいなければ。家族も会社もなにもかも、きっと幸せでいられた筈なのに。娘は笑っていた筈なのに。妻は笑っていた筈なのに。なぜ俺から全てを奪っていくだ。
 と――涙が流れてきた。
 つうと伝った水滴を、右手ですくってCASLLは途方に暮れた。
 助けてくれ、そう感じたのはCASLLだろうか右目の男だろうか。
 たしかに彼もCASLLも同調していて、今まさに助けてくれと感じていた。
 誰か、彼の無念を晴らせないものだろうか。
 CASLLは考える。どうしてそんなことをしなければならなかったのか、もっと他に打開策があったのではないか。そんなこと、もう今更なのだけれど。
 雨に濡れた靴に目を落としていたCASLLが視線を上げると、ふっと過ぎるものがあった。
 小さく声をあげて、それを追いかける。
 あれが失くしたものだ。右目と共に失くしたものだ。
 その影のようなものは、CASLLをどこかへ誘うように消えたり浮かんだりする。足を速めて、誰も周りに近付かない雑踏の中をCASLLは小走りに影を追いかけた。CASLLが右目と共に失ったのは、誰かの記憶だった。
 朝の白いズボンに白い帽子を被った男が、右目と左目どちらにもちらついている。
 どうして危険な仕事に身を置くようになったのか、それはその掴み所のない影が知っている気がした。
 男は言う。男っていうのは、いつでも危険と隣り合わせでなくちゃならない。CASLLはその言葉を懐かしく思う。誰が言ったのだろう。そう、男はそうでなくちゃならない。だからきっと、CASLLは俳優だけではなく賞金稼ぎもやっているのだろう。
「……」
 父さん。麻の帽子は消えた。それでもCASLLは、記憶にない知らぬ筈の父親の影を探していた。


 鬱陶しい雨は肩を濡らしている。
 神宮寺・夕日は苛々と辺りを見回していた。雨の匂いが立ち込めた住宅街は、重苦しい空気に支配されていた。雨音は聞こえないものの、ずいぶん降っているようだ。
 目的の通り近くまで来たものの、人の気配はなかった。
 通り魔殺人犯はどこへ出るかわからない。だからこうして、あちこちを歩き回っていた。世間を騒がしているこの事件の被害者の一人に、重体で入院している大学の同期の女の子がいた。彼女はいつも明るくて、どこか抜けていて、おかしな子だった。二度刺された腹の傷と、倒れたときに頭を強く打ったせいで、ICUに入っている。剃られた頭と包帯は痛々しく、彼女の回復は無理なのではと思わされた。
 食堂へ行くと、彼女はいつも笑っていたものだ。たしか、「私カレー食べたいんだけど、ラーメンも食べたいの。あんた、どっちか食べて一口ちょうだい」そんなことを言って、おねだりをするように目を伏せる。しょうがないわね、と苦笑をして二人で昼ごはんを食べた覚えがあった。
 同郷だったので、よく京都の話をした気がする。
 街灯の少ない道を歩きながら、辺りを見回した。
 寒い、それに怖い。
 あの子を刺した犯人が憎い。どうしてあの子でなくちゃならなかったのか、と自分勝手に思う。誰が犠牲になったってよかったじゃないかと思う。もちろん本当にそうだなんて、思えないけれど。
 雨は霧のように夕日の視界を悪くしていた。
 カツリ、カツリと鳴る自分の足音に後ろを振り返った。誰もいない。雨の降る住宅街には、猫さえ歩いていなかった。
 独り置き去りにされた夕日は、下を向いて、マンホールを数えながら歩いた。カラカラと音を立てて空き缶が転がってくる。それを眉をひそめて見送ってから、夕日はまた前を向いた。暗闇に手を突き出してみる。握り拳を作って、脇を引き締めた。
 大丈夫、まだやれる。
 
 
 通り魔が出没する箇所をいくつかピックアップして、日付ごとに整理し今日あるであろう犯行に備えていた。そういった細々としたことは、如月・麗子に頼んであった。彼女は優秀なので、おそらく間違いなくその通りに通り魔は現れるだろう。深町・加門は雨に濡れたまま、煙草を吸っていた。
 狭い夜の公園には誰もいない。加門は煙草をくわえたままベンチへ近付いて、足跡の残っているベンチをちらりと横目にし、ブランコに座った。キイィと小さな金属のこすれる音がして、ゆらりとブランコが揺れる。公園は一本の街灯を灯しただけで、暗かった。照らされている滑り台の階段と鉄棒が、無機質に見える。子供たちの遊ぶ金属片は、夜になると少し不気味な色を帯びた。公園の砂は水を吸っていて、加門の革靴の底にかすかにまとわりつく。フィルター近くまで吸った煙草を下へ落とし、もう一本煙草をくわえた。もう随分外にいるので、湿った髪から水滴が落ちてきている。
 加門は髪を乱暴にかきあげた。
 火をつける前に不用意に息を吐き出すと、白く残っていた。今日は今年一番の冷え込みらしい。近付いてきた冬の気配に、加門は眉を上げる。もう冬かと思う。彼女がいなくなったのは何年前のことだっただろう。煙草をくわえたまま携帯の時計を見ると、もう九時を回っていた。公園に面している通りを、車が音を立てて走って行った。加門は百円ライターを取り出して、煙草に火をつけた。冷たい風を避けるように手で囲いを作り、火をつける。今は煙草よりも酒が飲みたいと、頭の端で考えた。まさか仕事中にしかも公園で飲むほどのことはないと思ってはいたけれど。
「……くそ寒ぃ」
 本当は寒いのではなく、寂しいのだとわかっていながら加門はそうつぶやいた。


 雨足が強くなってきたので、雛太は傘を差していた。
 鳴り止まぬオルゴールの音はか細く耳に残り、あの人は笑顔を雛太に向けた。雛太は霧ではなくなった雨の中で、消えていく母の姿を見ていた。オルゴールの音は彼女の鼻唄に代わり、やわらかい声が雛太の頭の中に響いている。
 雨の日の学校からみた校庭を、あの人は散歩していた。それから雛太に手を振った。聴こえるわけがないのに、重苦しいクラシックの狭間に彼女の歌声が鳴っていた。単純な旋律のその曲がなんという曲かわからなかったけれど、雛太はその唄が好きだった。
 こうして雨の中を歩いていると、またあの人に会えるのではないかと錯覚してしまう。
 今日のさっきの出来事は、すべて錯覚だったのだろう。小さな頃見た幻影が、なんの気まぐれか降りてきただけに違いない。
 そのせいで随分濡れてしまっていた。
 雛太は自分の格好を見て、はあと一つ溜め息をついた。
 靴の中は濡れていないものの、ウィンドブレーカーはぐっしょりと重たくなっている。だがなぜか、心のどこかが軽くなっていた。口をついて出たのは、あの人の口ずさんでいた口笛で、音程を間違わず口にできたものだから、本当に嬉しい気持ちになった。鼻につく雨の匂いを心地よく感じながら、憑き物が落ちたようだった。


 CASLLは眼帯を外し、両目で男を追っていた。
 男は歩いているでもないのに、CASLLは追いつけなかった。消えては現れ、そして消える。
 他人の物としか思えなかった右目が、はじめて自分と一体になっているような気がした。両目で捉えた父親の影は、不安定に消えるけれどたしかに右目でも左目でも見えていたのだ。
「どうして」
 どうして自分はこうしているのだろう。歩いてきた人生そのものが不思議に思えて、その男の影ならば答えてくれるような気がして、CASLLはつぶやいた。
 誰もいないと思っていた右から声がする。
「なにが」
 突然の声にびっくりして隣を見ると、すぐ脇の公園の木の影に雨に濡れた深町・加門が立っていた。
「……加門さん」
「どうした、ワケアリの右目なんかしまえよ」
 加門は相変わらず眠たそうな顔で、髪から水を滴らせている。それを見て、CASLLは自分の髪を片手で拭った。
「どうして加門さんは賞金稼ぎをしてるんです」
 消化し切れない気持ちで訊くと、加門は眠そうな目をしばたかせた。
 理由が知りたい。人の血を見ると興奮する理由が知りたい。危険に身を投じる理由が知りたい。怖さを乗り越える理由が知りたい。あの男の現れる理由が知りたい。全部、右目のせいにしてしまいたい。
「わかるかよ」
 加門はにべもなく言った。
「未来永劫の安定じゃねえはな」
 寒そうに肩をすくめる。
 ああそうか。この男も同じなのだ。
 たぶん、居るべき場所を見失ったのだ。見出したのが、生死の境だっただけなのだ。そこに付随した多くの要素が、CASLLを困惑させていたのだ。右目のせいなんかじゃない。ほとんどの原因はCASLLにあったのだ。
 CASLLは右目に眼帯を被せながら、加門を横目にした。
 加門は少しおかしそうに笑った。
「訊いたことがある」
「え?」
「同じことを、ジャスに訊いたことがある」
 答えは、なんだったのだろう。
 加門はそれ以上言うつもりはないのか、口を噤んでいる。しかし少し寂しそうに笑って、彼は続けた。
「守る為だ、あいつはそう言ったよ」
 ジャスと加門の二人は、まったく相容れなかったのだ。まるで違いすぎたのだろう。
 もしジャスのように思えれば、また違うかもしれない。苦戦を強いられた戦いで、守りたいと思わなかったことはないから。
 ジャスと加門の線引きの中間にCASLLは立っているのかもしれない。
「ジャスさんらしいですね」
 CASLLが言うとくすぐったそうに加門は笑った。強くなった雨は、容赦なく二人の身体を打っている。
「こっちに寄れ。道から見えないようにな」
「……?」
「お前も通り魔狙いじゃねえのか? まあいいや、ともかく隠れろ」
 加門に言われて同じ立ち位置に立った。
 カツリ、カツリと雨音の後ろに靴音が響いている。誰かがやってきたようだ。
 
 
 誰もいない道を歩いていた。ハンドバックを持つ手に力を入れる。いつ、通り魔が襲い掛かってきても、対応はできる。まず身体を引いて、凶器を持っている手を取り放り投げる。そういう順序だ。
 あの子は生きているだろうか。いつ死んでもおかしくないと言われている彼女は。
 気が急いて足が速まらないように気をつけながら、歩いていた。さっきまで差していた傘は閉じている。突然襲いかかられたとき、対応できない可能性があるからだ。
 路地はあちこち繋がっていて、そしてどこも暗かった。曲がり角を見る度に一瞬立ち止まりそうになる。しかし、そういうわけにはいかない。
 街灯の本数を倍に増やせば、通り魔事件ももっと減るだろう。夕日は本日三十四個目のマンホールの上を進みながら考えた。
 彼女がマンホールから左の路地へ注意を向けた瞬間、ギラリと刃物を鈍く光らせた男が突然突進してきた。
「……っ」
 夕日は順序どおり身を引いた。男の顔色が変わる。
 掴んだ右手を軸に通り魔を引っくり返すと、男の身体は宙を舞ってバシャンと音を立てて道路へ落ちた。
「観念なさい」
 素早く凶器を拾い、夕日はほっと溜め息をついた。
 しかしその途端、男は跳ね上がるように飛び起きて一目散に逃げ出した。
「ちょっ……!」
 そしてその方向から通行人が出てくる。通り魔と通行人がぶつかった。
「いてぇ」
 その声は雪森・雛太の声だった。
 通り魔がまた逃げ出そうとする。その肩を雛太が片手で掴んだ。通り魔が小さな身体の雛太に殴りかかった。雛太はひょいとその攻撃を避けて、通り魔の腹へ膝蹴りを放った。それから右手で頬を殴る。
「なんなんだてめぇは」
 その騒ぎを聞きつけた通行人が集まってきた。
「……あいつか」
 聞き覚えのある声に目を上げると、深町・加門が立っている。加門は夕日に目もくれず、雛太の元へ向かった。
「大丈夫ですか」
 今度はCASLLの声だった。夕日はCASLLを振り返って笑ってみせた。
「撃退したのよ、逃げられたけど」
「何事もなくてよかったですね」
 夕日は思い出したように傘を差した。CASLLを入れようと思ったのだが、CASLLは持っている傘を差して自分も広げた。雛太達へ近付くと、加門が通り魔を締め上げている。
「ったく、人がいい気分だつうのになんだよ、こいつ」
 雛太が加門に悪態をつく。
「連続通り魔殺人犯だ、殺されなくてよかったな」
 加門は男の尻を一度蹴って夕日を見た。
「お前のお手柄だろ、さっさと警察に連絡しろ」
「……見てたの」
「ああ、雪森の勇士もばっちりな」
 片手で通り魔を取り押さえたまま、加門はシャツのポケットから煙草の箱を取り出した。一本器用に抜いて、口にくわえる。
「それにしてもお前等、全員びしょ濡れだな」
 加門が呆れかえったように言う。
 雛太は落とした傘を拾って、一応また差した。
 
 
 ――エピローグ
 
 警察に解放された四人は、ぼんやりと雨を見ていた。
 雨足は強まるばかりで、足止めを食っている状態だった。
「忘れた唄ってあるか」
 漠然と雛太が訊いたので、全員なんとなくうなずいた。誰にも忘れてしまった唄はある。
「思い出すとすっきりするのな」
 雛太は言って、傘を開いた。
「そうかもしれませんね」
 CASLLは言って、同じように傘を広げた。
 それぞれじゃあなと手をあげて、雨の中に出て行く。加門は傘を持っていなかったので、トレンチコートの襟を立てて歩き出そうとした。
「思い出したくないもんだってあるだろ」
 独り言を呟いて、加門が歩き出す。
 後ろから夕日が止めた。
「加門……、傘」
 言われて加門が振り返る。夕日の手元には青い傘があった。
「お前が濡れるだろう」
「わ、私は折り畳みがあるから。使っていいよ、そんなに女の子っぽい傘じゃないし……」
 彼女は慌てて言葉を募らせる。
 加門は少し乾いた髪を片手で撫でてから、夕日の元へ戻り傘を受け取った。
「サンキュー」
 そしてその傘を広げ、夕日に後ろ手を振って黒々としたアスファルトを歩き出した。
 角を曲がったところで、傘は閉じてしまった。
 傘は自分に似合わない。


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】

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■         ライター通信          ■
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ジャック・ザ・リッパー にご参加いただきありがとうございました。
暗い内容、微妙な描写と不出来をさらしてしまいましたが、楽しんでいただけていれば幸いです。

ご意見ご感想、お気軽にお寄せください。

文ふやか