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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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『 猿の手 』
「やれやれ。わりかし我が店にはすごい物が来るけど、今回の商品はさらにすごい物ね」
アンティークショップ・レンの店長 碧摩蓮は件の商品を手に取って「ほおぅ」と、溜息を一つ吐いた。
何故なら彼女の手にあるモノは、とてつもなく誰もが心の奥底から欲しがり、そしてそれを手に入れた者は誰もが例外なく不幸な運命を辿るのモノだからだ。
そう、それとは………
「さてと、あなたがこの店に来たからには、あなたは必ず力在る者に引き取られる。その人はあなたを使って何をするのかしらね?」
蓮はそれを商品棚に置いた。
そしてまるでそれを待っていたかのようなタイミングで客が入ってくるのだ。しかもその客はそうする事がさも当たり前かのように蓮の隣に立ち、そうしてそれを手に持った。
そう、持ち主の願いを5つだけ叶えるという【猿の手】を。
しかしあなたは知っているであろうか?
その【猿の手】によって5つの願いを叶えた者は、最後には誰もが不幸になっている事を?
蓮は【猿の手】を手に取った客にそれを告げ、そしてその客はそれでも【猿の手】を買っていたが、数日後にはその【猿の手】はアンティークショップ・レンに戻ってきた。
――――新聞の三面記事にはその先代の持ち主が命を落とした記事が載っていた。
そしてあなたもこのアンティークショップ・レンを訪れて、やはりその【猿の手】を手に取ったのだった。
――――――――――――――――――
【Begin Story】
うららかな秋の昼下がり。
綺麗な花々が咲き誇る庭に置かれた白いテーブルの上に並べられたタロットカード。色白のすらりとした形の良い手が迷い無くその並べられたカードに伸びて、指がそれに触れ、カードがひっくり返される。番号2 女帝のカード。
心地良い穏やかな風にそよぐ銀糸のような前髪を人差し指で掻きあげながら、その出たカードの結果にセレスティは小首を傾げる。
「果て、このカードが我がリンスター財閥にどのような繁栄をもたらすというのでしょうか?」
しかしセレスティは自分の占いに疑問は持たない。このカードが出たのなら、何かしらの意味や運命があるはずだ。
ならば考えるのは自分がどのようにしてその運命に絡むのか…。
「セレスティさん、いい占いの結果が出ましたでしか?」
ぶんぶんと花々の上を飛び回っていたスノードロップの花の妖精が、セレスティの前に飛んでくる。
「ええ、まあ、良い結果なのではないのかな? という感じでしょうか」
「なるほどでし。なるほどでし」
本当に事がわかっているのかスノードロップはこくこくと頷いている。
「でも本当にすごいでしね。わたしも占いをやってみたいでし。教えてくださいでし、セレスティさん」
タロットカードを見ながらそう言うスノードロップに、セレスティはにこりと笑う。
「しかしタロットカードすべての意味を覚えられますか?」
と、セレスティに言われた途端に、興味深そうだった表情を苦虫を噛み潰したような表情に変えて、スノードロップは羽根をぱたつかせて後退る。まるでコントのような大仰な仕草をしながら。
「うぅ…」
その彼女の様子にセレスティはくすくすと笑い、スノードロップは頬を膨らませるが、セレスティがポケットから取り出した飴にしかし顔を綻ばせる。
その現金な彼女の様子にくすくすと笑っていたセレスティは、白のテーブルに頬杖をついて、美味しそうに飴を舐める彼女を眺めながら薄く形のいい唇を動かした。
「それではもっとスノーには簡単な占いを教えてあげましょうか」
「ほぇ? ほんとでしか???」
「ええ」
嬉しそうに身を前に乗り出して訊いてくるスノードロップにセレスティは頷き、
「辻占い、という占いです」
「辻占いでしか?」
「そう、辻占い。辻、というのは曲がり角の事。これは通りを行く人の会話から、掲示を受ける占いでしてね、本来は除夜にやるのですが、まあ、今日でも大丈夫でしょう。まずは神社に行き、神社の水場にある柄杓で、水をかき回し、何度かぐるぐると回した後で手を離す。柄杓がとまってその柄が差した方角へ、手鏡をもって歩く。そして歩きながら、密かに他人の話ことばを聴く。最初に耳にした言葉が、将来の吉凶を暗示している。それが辻占いです。もうひとつあるのですが、これは夜の十字路に立って、『行く人の、四辻のうらの言の葉に、うらかた知らせ、辻うらの神』と3回繰り返し唱え、十字路を行く会話をしている三人目の人の話が運命の暗示となるのです。でもスノーは今すぐにやれる前者の方がいいでしょう?」
「はいでし」
こくりと頷いたスノードロップにセレスティも頷き、そして彼は椅子から立ち上がった。
「それでは、神社に行きましょうか?」
そうしてセレスティとスノードロップは神社へと移動し、スノードロップは教えてもらった占いをした。
「さてと、では、行きましょうか?」
「はいでし♪」
杖をつきながら歩くセレスティの横をスノードロップも嬉しそうに飛んでいる。もちろん、セレスティの能力で作った手鏡を手にして。
そしてセレスティとスノードロップが顔を見合わせあって、にこりと微笑みあったのは、前方から何やら楽しそうにお喋りしあう女子高生たちがやってきたからだ。
セレスティとスノードロップは耳を澄ます。
「アンティークショップ・レンにあるんだってさ」
この場合は何があるのか? というのは問題ではない。
―――重要なのは、
「聞きましたか、スノー?」
「はいでし。アンティークショップ・レンに何かがあるんでしね」
「そう、アンティークショップ・レン。それが掲示のようですね」
セレスティはにこりと微笑んだ。
そして二人して、アンティークショップ・レンに行く。
中に入り、そしてセレスティは何か惹き付けられるかのようにそれの前に立った。
枯れ木のような細い何かに包帯が巻きつけられた物体の前に。
「これは…」
セレスティはそれを手に取った。
「それは【猿の手】よ、セレスティさん」
セレスティの傍らに立った碧摩蓮がにこりと微笑みながらそう言った。
「【猿の手】?」
「そう。この手はね、持ち主の願いを5つ、叶えるの」
「5つですか。それはすごいですね」
「ええ。だけどその代価、とおそらくいうのでしょうけど、それで願いを叶えた者は例外なく酷い目に遭うわ」
「なるほど」
セレスティはおどけたように肩を竦め、スノードロップは両手であわわわと口を覆った。
「それで、どうしますか?」
と、しかしそう訊く碧摩蓮の眼はどこか悪戯っぽく笑っている。
そしてセレスティもそんな彼女に悪戯めいた微笑を浮かべながら、カードを渡した。
「もちろん、この【猿の手】、私が引き取らせていただきましょう」
――――――――――――――――――
【ひとつ目の願い】
東京の都心からだいぶ離れた場所にあるその公園は自然との共存をテーマにしているだけあって、広大な森の大部分を残し、真ん中に大きな湖を置いて、その湖をぐるっと一周するようにアスレチック遊具が作られていて、そのアスレチックでは子どもらや親が楽しそうに遊んでいる。
また湖に沿って作られた遊歩道に置かれたベンチでは散歩途中の老人たちが日向ぼっこをしながら会話に花を咲かせているし、芝の上にビニールシートを敷いてその上でお弁当を食べている家族連れもいる。
遊歩道では犬を連れた人たちが散歩しているし、湖の真ん中を走る橋の真ん中では若い女性がトランペットを吹いている。
この公園は多くの人たちにとって憩いの場所であるのだ。
その憩いの場所である公園には3階建てぐらいの塔があって、その塔の頂上では、ひとりの女性がそのいくつもの笑い声が響きわたる公園を見つめていた。だがその公園を見つめる女性の目はとても寂しげで、悲しげなものだった。
明らかに彼女だけはその幸せそうな笑い声に包まれた公園と言う空間からは切り離されていた。
「どうしよう…。どうして、こんな…」
+++
「ほぉう、これは、よく出来た、ミイラだ」
セレスティは巻かれていた包帯を解き、その下にあった【猿の手】を視界に映した。
「な、ななななななな何だか、枯れ木みたいでしね」
セレスティの服の袖に両手でぎゅっとしがみつきながらそれを見ているスノードロップは引っくり返った声を出した。
「そうですね。なるほど、【猿の手】の姿形とは枯れ木のようなミイラですか」
「そ、それでお願いは何にするんでしか? なんだかすごく怖い事も言ってましたけど…」
ぶるっと小さな身体を震わせたスノードロップにセレスティはにこりと微笑む。
「スノー、何かお願いを言ってみますか?」
もちろん、スノードロップはぶるぶると顔を横に振った。
「い、嫌でし。不幸になるのは嫌でし」
顔をくしゃっとさせるスノードロップ。
「それに何かその【猿の手】の外見も怖いでし」
それにふむと頷くセレスティ。
そして彼はにこりと笑いながらまた頷くと、
「では、【猿の手】よ、私のひとつ目の願いを叶えて貰いましょうか。まずはその姿をピグミーモンキーに変えていただきましょうか」
セレスティがそう言った瞬間に、【猿の手】がしゅぱっと輝く。
そして奇怪な枯れ木のようなミイラの姿形をしていた【猿の手】は、かわいらしいピグミーモンキーの姿へと変わっていた。
「うわぁ、かわいいでし♪」
身を乗り出して、ピグミーモンキーへと姿を変えた【猿の手】を覗き込むスノードロップ。
セレスティも満足げに頷く。
「ええ、かわいいですね」
二人してほんわかとそのピグミーモンキーのかわいさに和んでいたが、ようやく虫…もとい、スノードロップはセレスティが何をしたのか気付いたようだ。
ほどなくして彼女は、はわぁ、と大きく驚いたような表情をした。
「セ、セセセセセセセレスティしゃん、いいいいいいい一体何をしているでしか???」
震える声を出すスノードロップ。
セレスティはそんな彼女を悪戯めいた楽しげな表情で眺める。
「ん、どうしました、スノー?」
ピグミーモンキーの頭を撫でながら落ち着いた声を出すセレスティに、スノードロップは何か大きなショックでも受けたかのように表情を数秒固まらせて、そしてその後に顔をくしゃくしゃにしながら両手を壊れた玩具のように振って、一息に言った。
「どうしましたじゃないでし!!! セレスティさん、【猿の手】にお願いをしてしまったんでしよ??? こ、これじゃあ、セレスティさんが不幸になっちゃうでしぃ!!!」
空中を飛びながら地団駄を踏むスノードロップにセレスティはくすくすと笑った。
「はわぁ、笑い事じゃないでしよ〜」
めそめそとするスノードロップはさらにセレスティのツボに入ったようで、ひとしきり彼はくすくすと笑うと、スノードロップにウインクをした。
そして彼は…
「まあ、そう心配しないで、スノー。大丈夫ですよ。ハサミと馬鹿は使いようと言いましてね。要はここの冴えている方が勝ちという事で。それに…」
それにこの【猿の手】と自分が占った【女帝】とが何らかの繋がりが在るのはずなのだ。ならば、この【猿の手】は恐れるべきものではない。まさしく女帝に相応しい女神というところであろうか。
そしてセレスティは知っている。この世には流れというモノがあり、その流れに乗らなければ、運命の女神は後ろ髪に触れる暇も無いほどに早く立ち去ってしまうという事を。
「ふぅー、やれやれですね」
ひょいっとおどけたように肩を竦めたセレスティはピグミーモンキーを眺めながらまたその薄く形のいい唇を動かした。
「では二つ目の願いを」
――――――――――――――――――
【二つ目の願い】
「では二つ目の願いを」
さらりとそれを口にしたセレスティにまたスノードロップが固まるが、セレスティはそれを笑顔でスルーして、続きを口にした。
「そうですね、ではピグミーモンキーの姿となった【猿の手】には命を持っていただきましょうか」
言い終えた転瞬、ぱしゅっと音がして光り輝く。
そして…
「わわ」
かわいらしい子どものような声がした。
セレスティとスノードロップが互いに顔を見合わせあって、
そしてきょろきょろと自分らを見るピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】を見る。
「今の声はあなたでしか?」
恐る恐る訊くスノードロップにピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】はこくりと頷いた。
「はい、ボクです」
「ほぉー、これは驚いた。喋れるのですか、ピグミーモンキーだというのに?」
セレスティは何か試験管の中身を興味深そうに観察する科学者のような目でピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】を見る。
「はい、そのようです」
「すごいでしね」
ぽむ、とピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】の肩にスノードロップは手を置いて、ピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】は照れたように頭を掻いた。
「命を持った事で喋れる能力を持ったという事ですか」
「あ、それであと3つ、お願いがありますが、どうしますか?」
自分を見上げながらそう言うピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】を見つめ、セレスティはにこりと微笑む。
「いえ、それがまだ考えてはいません」
「え、や、それは…」
「困りますか?」
「……はい」
穏やかに微笑むセレスティにピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】はほんの一瞬、躊躇ったようだがこくりと頷いた。
「でも、まだ考えてはいませんからね」
「はい」
スノードロップは穏やかに微笑むセレスティとピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】とを見比べて、小首を傾げる。
その彼女にセレスティはくすくすと笑い、
「では、他の願いを考えていますので、そこら辺で遊んでいてください」
「あ、はい、わかりました」
こくりと頷くピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】にスノードロップはぱあぁと顔を輝かせた。どうやらピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】と遊びたかったようだ。
スノードロップはピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】の背中に乗って、スノードロップを背に乗せたピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】ははしゃぐスノードロップがお願いする方向へとそれ自身も楽しみながら走り回っていた。
二人してアスレチックで子どもらと一緒に遊ぶスノードロップとピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】を眺めながらセレスティはにこにこと微笑んでいる。
「ふむ、【猿の手】にはこのままでいてもらうのもいいかもしれませんね。スノーの良い乗り物兼遊び相手になる」
うんうんとどこか微笑ましげにセレスティが頷いていると、彼の耳朶にぴちょん、という水の音が聞こえた。
そしてセレスティが視線を向けると、風も無いのに湖に小石を投げ入れたように波紋が浮かんだ。
「水霊ですか」
静かに呟いたセレスティは瞼を閉じる。
「どうしましたか?」
彼がそう訊くと、ぴちょん、とまた水の音がする。そしてその彼の脳裏に、映像が浮かぶ。
塔の上から哀しげな表情で湖を見つめている女性が。
「哀しそうな表情をしていますね。それで水霊よ、キミは彼女を私に助けろと?」
ぴちょん、とまた水の音。そしてセレスティの脳裏に浮かぶ湖の水面に浮かぶ波紋。その波紋が浮かぶ水面に映像が浮かぶ。
彼女は男性と一緒に居て楽しそうに笑っていて、どうやらここの水霊(湖の主のような存在)は彼女に恋をしていたようだ。
「やれやれ、こういう話にはいささか弱いですか、ね?」
――――好きな人の笑顔を見たい、そういう気持ちは理解できるから。
ぴちょん、という水の音。
「わかりましたよ。では、少し彼女の話を聞いてみましょうか。私もこんなにも綺麗に笑っている彼女が、今はとても悲しそうな表情をしている理由が知りたいですしね。それに…」
どうやら彼女は妊娠しているようで、
そして女帝のカードの意味には出産があるのだ。
そしてセレスティは杖にかけた手に力をこめて立ち上がった。
「どこに行くんでしか、セレスティさん?」
「ちょっと、お話をしに」
「誰とでしか?」
「さあ、誰でしょうか?」
くすりと笑いながら肩を竦めたセレスティにスノードロップは小首を傾げた。
「あの、そ、それでお願いの方は?」
ピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】がセレスティに控えめな声でそう言うが、彼は首を横に振る。
「それはまだです」
「そうですか」
そしてセレスティたちは移動した。
幸いにも塔はすぐ近くにあり、エレベーターもあったので、セレスティでも移動はできた。
「こんにちは」
肩にスノードロップを背中に乗せたピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】を乗せながらセレスティは女性に声をかけた。
振り向く彼女のソバージュが落ちかけた髪に縁取られた表情には色は無かった。水霊がセレスティに見せた水面に浮かんだ彼女の顔は咲き綻ぶ美しい花のような微笑が絶えず浮かんでいるような感じであったというのに。
「人の心と言うのは許容量があります。その許容量を超える悩みをひとりで抱えてしまうと、心は空気を入れすぎた紙風船のように破裂してしまう。だから時として発作的に自分で死んでしまう」
彼女はびくりとその細い体を哀れすぎるぐらいに震わせた。
「悩みの中にいるというのは光が届かない深い竪穴の中にいるようなものです。光が届かないから周りが見えず、その竪穴からも出る事はできない。だけどそれならその竪穴の上にいる者に手を差し伸ばしてもらえばいい。その手を取るのは決して恥ずかしい事ではないのですから。もしも私でよろしければ、話を聞きますよ。もちろん、それで私があなたの助けになれるという保証は無い。だけど誰かに話をすれば、少しは心が晴れるのでは?」
彼女は手が真っ白になるぐらいに服の胸元をぎゅっと握り締めると、訥々とその悩みを口にした。
「あたしは妊娠しました。だけど、それはきっとあたしの夫の子どもではありません。いいえ、あたしは不義はしていません。じゃあ、何でそんな事を言うかと………あたしは夢を見るようになったんです…ヘビがあたしの寝床に来て、そしてそのヘビが青年となってあたしを犯す夢を。その夢を見るようになってすぐにあたしは妊娠して…」
セレスティはただただ彼女が半泣きで言っている事を聞いている。
「絶対にあたしのお腹の中にいるのはあのヘビの子どもなんです。だってヘビがあたしの夢の中でそう言ったのだからァ。だからあたしはあぁ――――」
半狂乱で叫ぶ彼女をセレスティは抱きしめた。
そして彼は彼女に囁く。
それは言葉の魔力。
セレスティの言葉に彼女は意識を失い、深い眠りに落ちた。
「セレスティさん?」
スノードロップが不思議そうに小首を傾げる。その彼女にセレスティはこくりと頷いた。
「彼女が言っていたのは事実でしょう。彼女の子宮の中にいるのはヘビです。数週間前にかつて徳深い僧によって封印されていたヘビ神の塚が壊されたという報告がありました。どうやら車がぶつかって、塚を壊したらしいと。おそらくはこの彼女が壊したのでしょうね。この彼女には巫女の気質があります。ですからおそらくは彼女は封印が弱くなっていた塚の中からヘビ神によって操られて、そして塚を壊して、彼女はヘビ神に取り憑かれた」
ざわりと世界が震えた。
湖の水面に風が無いのに波紋が浮かぶ。
森の中にいた鳥たちが一斉に飛びだって行く。奇怪な鳴き声を一声あげて。
散歩途中の犬は、あるいは吠え、あるいは震え、あるいは飼い主を引き摺って、走り去る。
幼さ故の霊感を持つ子どもらも何かを感じているのか泣き出して。
公園は異様な気に包まれる。
「どうするんでしか、セレスティさん?」
がくがくと震えながらスノードロップが訊く。
「では、次の願いはこの彼女からヘビ神を除霊するのに使いますか?」
ピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】がそう訊くが、しかしセレスティは首を横に振る。
「いいえ、残り3つは有効に使いたいので、自分でやれる事は自分でやる事にします」
にこりとセレスティ。
両腕で抱きとめていた彼女をゆっくりと塔のベンチに寝かせると、右手の人差し指を噛み切り、己が血を口に含むと、その血を彼女の口の中に口移しで飲ませる。
「あわわわ」
両手で自分の目とピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】の目を隠して照れた声をあげるスノードロップにセレスティは軽く肩を竦め、そしてハンカチで自分の唇を拭うと、彼女の子宮のある部位に右手を添えて、詩のような言葉を口にしていく。
我は踊る天上の楼閣で。
汝は見る、深い闇の中から。
我が踊るは汝を空より高き世界に送らんが為に。
還そう、還ろう、汝があるが場所に。
セレスティが言い終えた瞬間、彼女の口から血が吹き出した。ただしそれは彼女の血ではない。
先ほどセレスティが飲ませた彼の血だ。
そう、そしてその血は生きているかのように流動していく。
まるで生きているかのように…いや、生きている…?
「セレスティさん、これは?」
セレスティの服の袖にぎゅっと抱きつくスノードロップに彼は静かに説明する。
「ヘビ神ですよ。ヘビ神の魂を私の血に憑依させたのです。あとはこれを…」
囁くセレスティに向かい血のヘビが襲いくる。
猛り荒ぶる神はセレスティを許さないのだ。
ようやくこの世に復活せんとしていたのをセレスティに邪魔されたのだから。
しかし…
「片付ければいいだけです」
と、事も無さげに言ってのけて、指をぱちんと鳴らした。
すると湖の水が、竜の姿を取り、血のヘビ神を一口で飲み込んで、そのまま湖に沈んだ。
それはまさしくほんの一瞬の出来事であった。
そして驚くスノードロップとピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】をよそにセレスティは軽く肩を竦めた。
「さてと、では、三つ目、四つ目の願いを言いましょうか」
――――――――――――――――――
【三つ目・四つ目の願い】
「はい、セレスティさん」
ピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】はこくりと頷いた。
「それでは、ピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】よ、キミは彼女の子宮の中にて赤ちゃん(胎児)となってください。それが三つ目です。できますか?」
「で、できますが、でもどうして?」
ピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】は小首を傾げた。
「それはですね、彼女には、そしてキミにも幸せになる権利が在るからですよ。彼女は充分に苦しんだ。だから当然その権利はあるし、それにキミにもその権利は充分にある。今まで数多の人の願いを叶えてきたのでしょう? そういうキミだからこそ、私はもうキミは解放されてもいいと想うのです。【猿の手】という存在からね」
「・・・」
少しスノードロップは寂しそうな顔をしながらピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】にこくりと頷き、そしてセレスティを見上げながら言う。
「それで四つ目は何にするんでしか?」
「四つ目はだからピグミーモンキーの姿をした命を持った【猿の手】よ、キミには今までのすべてを忘れてもらいます。それが願いです。私の最後のね」
――――――――――――――――――
【ラスト】
「あら、あたし…」
「こんにちは、お目覚めになられましたか?」
彼女は小首を傾げた。
自分はいつの間にか眠ってしまったのだろうか? と。
「おかしいわ。あたしは、確かこの塔から風景を見ていて、それでお腹の赤ちゃんに…」
「お腹の赤ちゃんにお外のお様子を教えてあげていたんでしか?」
にへらーと笑うスノードロップに照れ隠し半分、身繕い半分で手で髪を梳きながら彼女は微笑みながら頷いた。
「ええ、そうよ」
そしてセレスティとスノードロップ、彼女は和やかにお腹の中の赤ちゃんの性別は生まれるまでの楽しみにしているとか、名前を旦那と生命判断のサイトで調べまくっているとか、色々とお喋りしあった。
そうして三人でお喋りしあっていると、ちーん、とベルが鳴って、エレベーターの扉が開いて、ケージからひとりの男性が出てきた。
「おや、お知り合いかい?」
彼は人の良さそうな穏やかな顔にほやっとした笑みを浮かべて、セレスティに頭を下げた。
「ええ。ところで研究の方はどう、あなた?」
「ああ、まあ、その、ね…」
ごまかすような表情を浮かべた旦那に彼女は溜息を吐いた。しかしそれは呆れたような表情ではなく、どこかお小遣いをもらうためにお手伝いする事はある? と訊いてくる子どもに優しい母親が浮かべる余裕のあるモノに思えた。
「研究とは?」
もちろん、それにセレスティは興味を持った。
「ええ、実は私は、研究者で、自分の研究室を持って、新薬の開発をしているのですが、その研究があと今一歩なのですが、どうも…あはははは」
セレスティは肩を竦める。
そして彼は懐から一枚の名刺を取り出した。もちろん、自分の名刺だ。
「リンスター財閥とは、あの?」
「ええ、そうでし。あの、リンスター財閥でし!!!」
なぜか自分が偉い気張るスノードロップ。
セレスティは苦笑しながら、明日にでも一度、リンスター財閥総帥として、彼の研究所に赴く約束を取り付け、そして夫婦と別れた。
そうして塔の頂上に二人きりとなったスノードロップはセレスティに訊く。
「ところで、セレスティさん。どうして彼女はヘビ神の事は忘れていたんでしか?」
「それはもちろん、私が彼女の記憶を消去したからです」
「では、どうして五つ全部お願いをしなかったんでし?」
そう訊かれたセレスティは、しかし唇の前に右手の人差し指一本立てた。
「それは内緒です」
「でし…」
顔をくしゃっとさせるスノードロップにセレスティは口元に軽く握った手をあてて、くすくすと笑った。
これはスノードロップには内緒だ。
五つ目の願いをしなかったのはいつか【猿の手】が成長して、それから考えるという事で。そう、いつか【猿の手】が成長して、それでその時にもしも何か危機に陥った時、その時にその【猿の手】が使えばいいと、そう想ったからセレスティは五つ目の願いを口にしなかったのだ。いや、彼は五つ目の願いとして、そう願っていたのかもしれない。
「おや、風が吹いてきましたね」
風にそよそよとなびく髪をセレスティは掻きあげながら、穏やかに微笑んだ。
― fin ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【NPC / スノードロップ】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
ご依頼ありがとうございました。
【猿の手】へのお願い、楽しく書かせていただきました。
三つ目・四つ目の願いに関しては、こちらでお願いに合うと想われる物語を添えさせていただいたのですが、
いかがでしたか?^^
お気に召していただけますと、幸いでございます。
今回はセレスティさんの神秘的なシーンが書けたり、悪戯めいた感じが書けたりと、大変楽しかったです。
辻占いはちゃんとした占いで、あのような方法で占えます。^^
あとは狐の嫁入りの時に懐に手鏡を忍ばせて、通りを歩き、人の会話を聞く事でしょうか。
僕も一度面白そうだからやってみたいと想っているのです。^^
そしてピグミーモンキーの事もすごく面白かったです。^^
スノーとのコンビで色々と書いてみたい、などと想いました。
小動物たちと戯れるセレスティさんも、すごく優しい雰囲気がして素敵だと思えますし。^^
【猿の手】を赤ちゃんに、その願いに込められたセレスティさんの想いはきっとあの夫婦ならば成就するだろうなー、と想います。
お母さんはとても優しい人のようですから。^^
そして五つ目の願いも素敵だなーと想います。^^
でもきっとセレスティさんはその五つ目の願いが唱えられる事の無い事を祈っているのでしょうね。
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。
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