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この異界における草間零とその他
飛行機雲が、青空に線を描いていく。
三年前にも、見られた風景だ。
草間零は、ツギハギだらけのぬいぐるみを何時も背負ってる彼女は、
夕食の、買い物を。魚屋さんへ、
「お、今日はいい鯵はいってるよー、十匹で１５０円、どうだい」
「小鯵でしたら、南蛮漬けとかでしょうか」
「あーそれだったら開きにしてやらぁ、ちょっと待ってな」
草間零は、正確には、草間興信所は、随分と知られている。そして、笑顔でオマケしてくれる。一つは兄が居なくなったから、
もう、一つは、
「……幸男」
魚屋の主人が魚をさばいてる手を止めて、草間零の後ろを見てる。振り返る。
そこには、
日常が有りました。
子供が、化け物に襲われる、日常です。
肉が、飛び散ってる。空は青い、血は赤い。
草間零は迅速――背に羽根を、手に剣を、全てを霊で作り出し、
その悪魔のような悪魔に向かって、力を、（魚屋さんがおまけしてくれる理由）
悲しいと思う、悲しさを教えた人は、今は何処に居るのだろうか。姿を思い浮かべながら、
殺し合いを、今日も始める。
飛行機雲が、青空に線を描いていく。
三年前にも、見られた風景だ。
◇◆◇
【異界の友峨谷涼香は流れた血と流した血によって変貌する】
◇◆◇
母が居た。
友峨谷涼香は母が居た、そして、子供はその温もりに生まれる前から、腹の中で付き合ってる訳で。彼女から来た命は、柔らかい羽毛に包まれるように。生誕の瞬間程、笑う母、泣く子、表情、笑みと悲しみの対比が極まる時があろうか。まるで勝者と敗者の構図？
生まれる事は負けじゃない。
だって貴方は、生まれてきたのだから。
泣けばいい、泣けばいい、私が代わりに笑ってあげよう。泣き声が止んだとしても、赤子のその涙の宿命から抜け出したとしても、これから貴方は、何度も涙するだろう、映画でとか、敗れたりだとか、生まれた君、だが私は貴方を喜びとしよう。
幸せにする、よろしくね。
そう、言ったのかどうか。生まれた瞬間を記憶しない動物は、知れない。
だけど、どれだけの感謝を彼女は母にしただろう。人生が出会いの連続なれば、母とのそれこそが、彼女が自身を持って祝福すべき事では無いか。大好きな母、大好きな。
だから彼女を失った瞬間、涼香は随分参ってしまった。世界の終わりを招きそうなくらいに参ってしまった。
だがそれでも――生きている、心臓が鼓動する限り、友峨谷涼香は呼吸を続けなければならず。他人を寄せ付けない時代、それが解される時、何時か居酒屋で笑い声、それでも夢を母の紅に染める時も有り、癒えない一生であり、
だけど、
子供が、出来ました。
守りたい物、かけがえの無い、命を、友峨谷涼香は生みました。
自分より来た子供を抱いた時、あの人になれたら良いと思いました。母のやうに、母のやうに、
幸せにする――一杯の笑顔で
「なれんかった」
無表情。
三年後、鋏より冷たい今現在の彼女の言葉。
◇◆◇
キズ入りの髭面、見るからに強面の男が、ぶっちゃけヤクザの風袋が、肩で風を切るように歩いている。東京は人込みの街なれど、彼の半径は２メートルが空。この男のヲーキングの常である、空から隕石が降らぬ限り、彼と激突するのは世間知らずの野良犬くらいだろう。
だが男の左肩に何かぶつかった。すると、まるでボタンを押したように、
「何処見てんだぁっ！」
決まり台詞を出しながら、「嬢ちゃん、あんたこの落としま」左肩の当たった左を向く、
男の強面が、瞬時、消えた。
「あーごめんごめんおっさん、怪我せんかった？」見た所十六か七かの小娘、何を恐れる必要がある？
否、である。……男が自覚して使用している恐ろしさは、顔のキズだ。わざわざ相手を威嚇する為に残している。
だからこそ、自分以上のそれには、あたかも喉にコルク、声が詰まってしまった。
「いやーきちんと気をつけて歩いてたんやったけど、ちょっと余所見して、それにな、解るやろほら、うち」
十七か八の小娘は、にんまりと笑って。
「左目利かんねん」
まるで抉られたかのような痕を、ヤクザの男に晒す。
キズ、じゃない、まるで、掻き毟ったような。無理矢理取り外したような。
「ん、ああごめんごめん、ちぃと肝冷えるわな。いやうちも鏡見るたび一人お化け屋敷ーて、あれ？」
別に隻眼の人間なんて、この世にはちらほら居る物で、そこまで肝を冷やす必要は無いのだけど、
キズは恐ろしいと自分勝手に思い込んでる男は、何も言わずに乱暴に足を動かし、内心は深く奮えながらその場を去っていた。残った片目で、それを見送る涼香。なんやったんやと思いつつ、
「……嬢ちゃん、か」
だけど、彼女の年齢は三十である。
若返り術をやってる訳でも、特殊なメイクを施してる訳じゃ無い、友峨谷涼香は年齢を重ねられぬ呪いにかかっている。不老。不死では無いが。
だがその若返られない事が、余計に過去に自分を戻す。「三十路になっても大人になれんか」そうあの時を、三年前を、
二年、前を。
まるで記憶の再生を拒むように、彼女は今を思い出す。友峨谷涼香がヤクザとぶつかった原因、右目での《余所見》だ。何も対象が無かった訳では無かった。視線の先は、路地裏。一見すると何も無い場所、なのに、涼香はまた笑いながら、猫でも無いのに入っていく。そして、「どないしたんやこないな所で」突然、独り言だろうか。
違う、そこは一見すると何も無い場所、だが涼香の右目は見えている。
半透明で足の無い、典型的な女子の幽霊を。
女の子の幽霊はめそめそと泣いていた。涼香の声は聞こえているようだが、見上げようとしない。「ちょっと、どないしたんや。成仏出来ひんのか？ ……まぁ最近、っちゅうか三年前からえろう物騒やし、あんたみたいな子はよう見かけるけどなぁ」
身振り手振りを加えながら言葉をとうとうと語る。
「せやけど、ここにほら」……ちょっと、寂しそうな顔をしてから、「あんたの親もな、浮かばれへんで、あー親死んでるんやったらはよおかんとおとんの所行きたいやろ？ まだ生きてたとしたら、あーそやそや、ねーちゃんが通訳なって最後のお別れさしたげるから、せやから」
「母さんが」
涙交じりの細い声。
続ける。
「私を殺した」
そう言った刹那、子供の幽霊は、
怨霊に変化し人の身では有りえない程口を開いて、
友峨谷涼香を丸呑みにした。
◇◆◇
この異界における友峨谷涼香。
三年経って、姿は左目を失った。
それ以外は。
◇◆◇
路地裏の奥に蓋をされたダンボールが有る。
その蓋が、ガタゴトと揺れた。そして、音が漏れる、声。「美味しいねぇ、美味しいわねぇ百合子ちゃぁん」幼稚園の先生みたいな口調、年おそらく三十くらいの女の声、今丸呑みした涼香で腹を大きくしてる悪霊は、まだ、泣いている。
「やだ、お母さん。もう、やだ、食べたく、な、食べた」
「――何言ってるの」
ダンボールの蓋が飛ぶように開いた。そして、中から収まっていた物が立ち上がった。女だ、白衣の女だ。「何を言ってるの百合子ちゃあんっ！」
狂っているのだろう。音程がおかしく絶叫しながら手に何かを持つ、ロボットを操るようなリモコンの造形、そして、それのつまみを右にやる。
途端、悪霊の女の子が電撃で痺れるように。「きやあああああああ」
そののたうち回る姿を直視しながら、「何を言ってるのッ！ 好き嫌いを言う子はおしおきよっ、ちゃんと残さず食べなさい――あんたを見る事が出来る霊能者なのよぉっ！ ご馳走なんだから残さず、骨まで、霊までっ！ しゃぶれ！」
「きやああ、きやあああ」「モリモリ食べて成長するのっ！ そしてとっても強くなって、ママの為に役に立ちなさい！ 貴方はその為に生んだのだからっ！」
貴方はその為に死んだのだからっ！
これだけの騒ぎが路地裏の外へ漏れない訳が無く、
「……ん？ ああ、今日は残飯も多いわねぇ」
路地裏を覗き込んだ人々が光景、肥大してる女の子の悪霊の奥、機械を持った白衣の女。
この異界の者達にとって、直感は早い。
殺される。
路地裏から一散する者達を、「残さず食べるっ！」暴飲暴食を我が娘に勧める母、嗚呼と鳴きながら、泣きながら、
涼香を腹に入れた霊は、路地裏から出ようとする、
が、
路地裏が塞がる。
ドアで締めた訳じゃない、石で塞がれた訳じゃない、違う、路地裏を構成する、二つの建物、
それが飴のように捻じ曲がって、
「……え」
想定外に、間抜けな反応、
更にその反応を零れさすように、声が聞こえる事になる。
悪霊の腹から。腹、
紅蓮、炎の赤じゃない、血のような赤の刃の切っ先で、穴が開いている。
そこから瞳が光ってる。
「霊を強制的に怨霊に変化させる」
友峨谷涼香の声だ。
だが、感情は無い、淡々とした、「怨霊を武器にする」（零やエヴァのような）「霊鬼兵の為に研究された道具やったな、おのれ、オカルティックサイエンティストか」
科学と非科学の融合による、IO2に多く関わる新職業。だが流れ者も多い。ダンボールに潜む、この女のように。
そしてこの女に、娘は利用された。
許さないという感情があった訳じゃない、涼香、
腹の中でも意識を保つ、過ぎた食料は、「よっと」
単調な掛け声をかけた瞬間、
幽霊の身を、お仕置きの電撃よりも激しい、雷を持って。
符術という方法を持って、跡形も無く塵に。
そして、消えてゆく女の子の怨霊の声が聞こえる。ありがとうと。
友峨谷涼香、
「仕事や」
そのセリフを呟きながら振り返る、彼女の右目みつめる先、娘を失った母、子を失った母、慌てて機械を弄ろうとした時、
彼女の右目は発動して、「ひぇ？ ……え、えけえぇぇぇっ！？」
絶叫が漏れる理由は壮絶な痛みにより、原因は、腕が有りえぬ方向に曲がったから。友峨谷涼香が曲げたから、路地裏のを閉じたように。
凶り眼。まがりめ。友峨谷涼香の右目はそれだ、対象と認識すれば捻じ曲げる事が出来るのだ。そう、三年前よりも一層に。もうあの時のように疲れたりはしない、
二年前。「―――ひぎゃあああああっ！」
機械を支えてた右手に続き、左腕も捻じ曲がる。痛む腕を押さえ、逃げ場の無くなった路地裏、それでも、足を使って逃げようと、
瞬間、白衣の女の足首が、その地に置かれた。
紅蓮によって切断された。「あ、あ、あ、……あああああああああっ！？」
四肢が完全に壊れた女に、友峨谷涼香は近寄っていく。泣き叫ぶ女に近づき、紅蓮の刀身で、急所を外して身を串刺しにした。
貫かれ、動け、無い、完全に、
絶叫じゃ足りない激痛が巡る。「痛いぃぃぃ！ いた、痛いぃぃぃぃい！」それは彼女の罪に、罰を与えてるつもりなのか？ 母は自分の母と同じように、子を幸せにしなければならない、そんな思い？
違う、
「逃げられたら困るからな」
まず一つ目にこれは彼女の仕事の範疇、退魔組織という身の置き場。
だが何よりも、
彼女には、聞きたい事があった。「答えろ」
この異界における友峨谷涼香、
戦闘において、彼女の感情は消える。
「スーパー三下の情報、有るか？」
そんなふざけた名前の男に、奪われたのだ。
人間の目と、
子と、一緒に。
「す、すーぱー、何、そ、れうぅぅ……」
呻く声、知らないらしい、友峨谷涼香を知らなかったのと一緒で。マーケットの方と勘違いしてしまいそうな名前、涼香とて、その名前が声帯を揺らす度に不愉快になる。そして同時に、ぶぐりと沸く衝動。
殺意という名の。「知らない、知らないです、けど、ああそうよ！ ね、ねぇ、貴方もっと強くなりたいで、しょっ！ だったら、怨霊になるの、怨霊になって食えば強い強い、この道具あげるから助け、ってねぇ何処行く、痛いぃ、痛いのぉ！ 痛い助け助けいやぁぁぁ！」
紅蓮が身から引き抜かれる痛みすら、麻痺させるような全身の痛みを抱えて、白衣の女は絶望のように叫んでいる。
だが、涼香は振り返らない。一度捻じ曲げた路地裏を、もう一度、自分の身が通れるスペースだけぐわりと曲げて、
血塗れで、
刀を下げて、
周囲との人間との距離を、海のように隔てさせて、
隻眼の退魔師はあの日を思い出す、二年前のあの日を、三年前よりも刻まれた変化を、
子を、子供を、子を、
、
◇◆◇
数ヶ月前に初めてこの異界に現れたスーパー三下が、何故二年前に現れたか。だが、やってきた、やってきた、あいつは、遊んでいた、彼女の子供……で、子供で、子供で、子供で、
サッカーをしていました。
片側から、一人で蹴って、反対まで飛んで、一人で受け止めて、そんな事の繰り返しを、
みるみるうちに我が子が血をしたたらせた肉となっていく様、
涼香は、片方の目で見ていました。泣きました、叫びました、世界に皹が入るくらい叫びました、うちの子、うちの子！ それに語る三下、
「素直なおガキ様ー、騒がず上品で偉いねぇ」
けらけら笑いながら、
涼香から、抉り出した目ん玉を舐めながら、「おお、怯えてる？ 怖い？ ああ違うな怒ってる！ ひゃあっはぁ、そうだ、そうだそうなんだよ、俺はなぁ、このスーパー三下はなぁっ」
三下忠雄とは違うんですよ、
不幸を与えるのが、俺なんですよ？
「弱い物いじめが大好きでー、いやー俺ってガキっぽい、ああでもそんな所がチャーミングッ！」
「お、のれ、おのれぇっ」「でも飽きた、帰る」
帰る、と言った一言と同時、
子供が、蹴られて、涼香の手が、必死で受け止めて、ズタボロの身体、恐怖で硬直している表情の侭、血まみれ、ああ、
抱きしめても名前を呼んでももう戻らない戻らない戻らない戻ら、
、
うちは、おかんになりたかった。
せやのに、
◇◆◇
「死んで子供を、護れんかった」
母親のやうに、
「何故うちは死なんかった？」
◇◆◇
夜が来る。
そして、ここは人気の無い。
霊の溜まり場だからと言う事で、誰もが避けているこの場所。
だが、もう霊は居ない。邪魔だから駆除した、
死闘の。
幾つかの言葉のやりとりは、済んでいた。得物を携えながら、それも終わりかけていた。
「すっかり変わってしまいましたね」
水上操、
「無駄口叩く余裕があるんか」
友峨谷涼香、
「姿は変わって無くても、心は」
組織を逃げ出した、
「鬼」
組織よりの追っ手、
「……やっぱり、変わってしまったんですね」
自嘲気味に笑う、
「始めるで」
闘いに感情は要らない、
さぁ。
何度目かの死闘が、始まる。おそらくは決着のつかない、殺し合い。
あの頃とは、違う二人、
◇◆◇
うちは、おかんになれんかった。
◇◆ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ◆◇
3014／友峨谷・涼香／女性／27歳／居酒屋の看板娘兼退魔師
3461／水上・操／女性／18歳／神社の巫女さん兼退魔師
◇◆ ライター通信 ◆◇
――方々のプレイングを見た結果、今回は基本的に全員個別で仕上げております。
三十路になるのか二十九になるのか悩みました。（そこか
どうもご贔屓してもらってます、PC封印したら居酒屋いけんやないかと今更気づいたエイひとです。最初に個別仕上げと断ってますが、涼香PL様と操PL様はちょっぴりリンクです。
おかん話を繋げて、なるたけプレイングを忠実に再現したつもりですが、いかがだったでございましょうか？； 普段とは違う残虐な涼香で、やりすぎたかと内心ビクビク（をい
スーパー三下との絡みは予想外で面白かったです。あと、敵さんが情報を持っていたら一思いにとどめとありましたが、……其の侭放置の方がこの異界における彼女を出せるかなぁと思い；
子の設定あたりはこちらでふんにゃかした感じでしたが、イメージと違っていたらすいまへん； てか、バツイチなんですよねぇ（えー
とにもかくにもおおきにでございました、またよろしければよろしゅうです。
[異界更新]
友峨谷涼香、異界の彼女として行動。涼香は子を（誰との子かは解らず、孤児を拾ったかも解らず）二年前スーパー三下に殺され、片目を奪われる。結果、凶り目が強化。退魔組織の一員として、同じ組織からの逃走者水上操を狩る者。
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