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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


カレイドスコープ

「ちぃっと掴まされちまってねぇ……」
 呟いたのは店主の女性だった。キセルをフゥッとふかし、反対の手に持った円筒状の物体を忌々しげに眺める。
 それは和紙の貼られた、小奇麗な筒だった。色あせ、手垢の所為で茶色くなっているが、丹精込めて作られたのであろう――紙の剥げや傷みはない。くるくると指でそれを器用に回しながら女性、碧摩蓮はキセルの灰を灰皿に落とした。コン、と硬質的な音が店内に響く。東京都内、どこでも電車は走っているはずなのに、店の中は昼間でも静寂に包まれていた。
「ああ、うっさい」
 しかし蓮は呟く。紅を差した口元が歪む。髪を乱さない程度に頭を掻き、彼女は客を見据えた。彼女にしては珍しく、少し懇願するような様子で。
「何年か前に死んだ万華鏡作家の、師走芳雪って知ってるかい? 冬限定でしか作らなかった変わり者の作家でさ、だけど、その作品のどれもが秀逸で――色んな賞を総なめにしてた。その両腕、その眼、芸術のために生み出された天才とまで言われてたんだけどねぇ――夭逝しちまった。ま、ありがちな若死にだね。交通事故でぽっくり、人生ってな何があるか判らない、一寸先は正しく闇のお先真っ暗さ。で、これなんだけど」

 す、と。
 蓮は眼の高さに、手に持った円筒を掲げる。
 万華鏡を、掲げる。

「お察しの通り、その師走の作品でね。故障しちまってるのか覗いてもなーんにも見えやしないんだけど、すこぶる気位が高くて煩い。自分を元の姿に戻せの一点張りだよ。自分の中に持ってた美しい世界を、本気で誇りに思ってたんだろうけれどねぇ……生憎師走作品はその構造がえらく複雑で、その弟子にも修繕は出来ないんだ。って言っても、勿論聞きゃしない。憑喪神ってのは融通が利かないもんだからね」
 苦笑し、彼女はそれを目の前にいた『客』に投げ渡す。
 『客』は、それを受け取る。
 手に持った暗い万華鏡を眺める。
 蓮は、それを指差した。
「で、まあ、判っちゃいると思うんだけど――依頼ってのはソレ。その万華鏡を、どうにか元の状態に修復して欲しい。手段は問わないから、とにかくそいつを黙らせて欲しいんだよ。ぎゃーすかぴーすか煩くって堪らない、お陰であたしは寝不足さ……まったく、美容に悪いったらないね。キセルは別として」
 自分勝手な言葉である。
「ちなみにそいつは結構初期の作でね。つってもそんなに前でもないから、本来ならウチで取り扱うものじゃないんだけれど、まあ、最初に言ったとおり掴まされたんだよ。和紙の部分は紙雛の着物で作ったらしいね、何でも祖母の代から伝わるもので、傷んでいるけれど捨てるには忍びないからってことでリサイクルしたらしい。情報は以上、それじゃ頼んだよ。あたしは寝るからね」

 ふぁ、と欠伸をして蓮は店の奥に下がる。周りのビスクドールの視線が、『客』の手に残された万華鏡に注がれていた。
 さて――――

■□■□■

「そんな感じで、押し付けられちゃったんですよ。蓮さんったら強引なんです……」

 ふぅ、と仕方無さそうに溜息を吐いた初瀬日和に、苑上蜜生は煎餅を焼く手を止めず苦笑で返す。和装の袖口が焦げてしまわないように袂を押さえながら、その手は器用に煎餅を裏返していた。
 蜜生の営む煎餅屋の前に設置されたベンチに、日和は腰掛けていた。行儀良く揃えられた脚、その膝の上には手が置かれ、大事そうに風呂敷で包まれた円筒状のものを握っている。件の万華鏡なのだろう――最後の一枚をひっくり返して一段落着かせた蜜生は、軽く額の汗を拭った。緩く波打つ金髪を軽く手で撫で、日和の隣に腰掛ける。香ばしい煎餅の香りに、日和は小さく笑った。

「でも、蓮さん寝不足していらっしゃったんですよね? きっと御機嫌が悪かったんですよ、だからちょっと強引になっちゃったんですね」
「そうは思うのですけれど……うん、此処だけの話、ちょっと眼が据わってて怖かったんですけれどね。でも、だから引き受けたわけでもなくて、ちょっと興味が惹かれたんです」
「興味、ですか? もしかして日和さん、その作家さんをご存知だとか?」
「そう言う訳じゃないんです、名前ぐらいしか聞いたこと無かったですし。ただ――」

 そ、っと、日和は風呂敷の表面を撫でた。白い指には繊細なイメージがある。少し長いのは、彼女がピアノやチェロといった楽器に親しんでいる所為だろう。蜜生は小首を傾げ、言葉の続きを待つ。その姿は少しビクターの犬に似ていた。

「私、あまり身体が強い方ではなかったから、肝心な時に自分の身体が動かない時の辛さ――少し、判るんです。この万華鏡さんも、きっと自分の身体が上手く動かないこと、もどかしいと思いますし」
「なるほど……」
「もしかしたら自分が器物であること自体、もどかしかったんじゃないのかな――生みの親が消えてしまう瞬間も、微動だに出来ない。悲しむことも出来ない。それは、とても、寂しいですから」
「……そう、ですね。それは――とても、つらい。です」
「丹精込めて作られたものって悉皆、製作者よりも長生きしてしまうものですからね」
「憑喪神も、喪が憑くと書くものですから。喪った悲しみの表出としてそういった事象に繋がることもあるんですよ。もしかして、その悲しみが窓を塞いで光を拒否してしまっているのかも、しれませんね」

 ふ、と蜜生の表情が曇る。

「蜜生さん?」
「はい?」
「あ、えと……大丈夫ですか? 少し暗い顔、していたみたいですけれど」
「え? はい、大丈夫です、元気ですよ」

 ぐ、と身体を揺らし、蜜生は笑う。ふわふわとした髪が小さく跳ねて、笑顔をより華やかに見せた。日和はホッと息を吐き、安心したように微笑む。

「あの、それで、お願いがあって来たんですよ、私」
「はい? 何でしょう」
「私の家だと家族が多過ぎてあんまり集中できないですし、落ち着かないんです。だから蜜生さんにお部屋を一つお借りできないかと思って――私、この万華鏡さんとお話がしてみたいんです」
「ええ、構いませんよ。おばあさんのお部屋が空いていますから、そこを使って下さいな。他にも何か出来ることがあったら、何でも言って下さいね。私も少し、興味がありますから」

 立ち上がった蜜生の袂が空気を含んで僅かに揺れる、日和は彼女の後に付いて部屋に向った。

■□■□■

 丹精込めて作られたものって悉皆、製作者よりも長生きしてしまうものですから――

 ぱたぱたと煎餅を裏返しながら、蜜生は日和の言葉を頭の中に反芻していた。
 器物は人間よりも、時間の圧力に対して抵抗力がある。細かな手入れや修繕があれば、いくらでもその状態を保っていることが可能だ。それはある種の不老不死でもある。不老。不死。それは、とても残酷なことだ。それは、とても悲しいことだ。
 自分は『在る』のに、何も出来ない。主の死に目に駆けつけることも出来ない。それは悲しくて、辛すぎる。この煎餅屋を自分に託してくれたおばあさん。憶えていないけれど、確かに自分を生み出してくれた誰か。歩き続ける二本の足を放り出してブランコに揺れていた時にも、どこかで誰かが悲しい思いをしていた。

 一瞬蜜生の頭がくらくらと眩暈に襲われる。軽く手の甲で額を拭えば、ぺったりと汗の気配があった。熱気に当てられてしまったのかしら、まだまだ修行不足――ぱた、と煎餅を引っ繰り返し、蜜生は視線を巡らせる。

 店の奥、閉じられた襖の奥から話し声が聞こえた。日和のものだ。
 多分、あの万華鏡が気になって、気が散ってしまっているのだろう。蜜生は手早く煎餅を袋に詰め、ぱたぱたと些か急ぎ足で店の奥に進んだ。

■□■□■

「蜜生さん」

 開いた襖に、日和がきょとんとした顔を向ける。和室の中央に正座していた彼女の前には万華鏡が、畳んだ風呂敷の上に置いてあった。蜜生を伺うような気配を万華鏡が発し、結局、また黙り込む。どうやら日和が話し掛けていたことにも答えている様子が無いと悟った蜜生は、そっと自分も万華鏡の前に座した。
 沈黙が続く、数分。蜜生はじっと万華鏡を見詰めている。日和は、救いを求めるように蜜生を見た。

「殆どお話、して下さらないんです。早く直せの一点張りで」
「……そうですか」
「一応此方に伺う前に、お弟子さんや奥様にもお電話差し上げたんですよ。でも、初期の作品は自分達には修繕出来ないって……自己流の技術を開発している真っ最中だったから、本当に複雑で、ご本人にしか構造は判らないだろうって」
「つまり、師走さんに会いたいんですよね、万華鏡さん」

 万華鏡の気配が少しだけ揺らいだ。蜜生は真っ直ぐに万華鏡を見詰め、日和は視線を伏せる。

「そう、なんでしょうね……きっと」
「直せるのは師走さんだけだから、壊れれば、師走さんに会えると――思ったんですか?」

 答えはない。蜜生はそっと、万華鏡を手に取った。すぅ、と青い目を眇める――それは、自身の超的な視力を行使している時の特徴だった。千里眼、千里の先まで見通す力。彼女には、それがある。何を見ているのかと日和は首を傾げた、蜜生は――瞼を閉じる。

「貴方の中は真っ暗ですね。花が一つも見えません。沢山の世界を持っていたはずなのに、それは、師走さんを悲しませることだと思いますよ。……日和さん」
「え、はい?」
「師走さんは、どうして冬にしか万華鏡を作らなかったのでしょうか」
「それは――」

 日和は少し宙を見る。蓮に万華鏡を押し付けられてすぐに立ち寄った本屋、そこで彼女は作者である師走芳雪についての情報をある程度調べ、頭に入れていた。そう、確か、コラムの一つにその理由は書いていたはずだ――冬にだけ、製作をする、理由。

「冬は植物が枯れてしまって、花があまり見られないから。そんな時こそ万華鏡で綺麗な世界を見て欲しいからだと、彼は言っていたみたいです」

 万華鏡の気配が、動く。動揺している、さっきまでは見せなかったその様子に、日和はその心を感じ取る。

 悲しい――のだ。
 とても――悲しい。

 古い万華鏡、試行錯誤の真っ最中、思い出、思い入れは強く残されていた。包む和紙は紙雛、古い衣。そう、万華鏡は師走という人間をよく知っていた。ずっと見守っていた。そして、自分を新しい姿にしてくれた彼を敬愛していた。彼が自身の中に与えてくれた世界を、心から、誇っていた。
 なのに、それは突然。自分の与り知らないところで、彼は。
 突然絶えてしまった。無くなってしまった、亡くなってしまった。とても悲しい。実感が無い。きっと嘘だ。だから、だから、だから。
 壊れてしまえば、直しに来てくれる。
 闇は、その心の中にあった。
 すべての花を枯らしてしまう吹雪のような――冷たい、闇が。

 日和はそっと、眼を閉じる。意識を集中させ、大気中の水分をイメージした。周り中にそれは満ちている。満ち溢れている。それを操る、イメェジ。ゆっくりとゆっくりと、集め、そして、結晶化させれば――そこには――

 部屋に、雪が降った。
 ふわふわと、和室が白く染まる。
 蜜生は一瞬瞠目し、そして微笑した。
 手の中の万華鏡を、撫でる。

「雪でも枯らせないお花を――見せて、下さいな」

 そして覗き込めば、そこには――

■□■□■

「ごっくろーさぁん……おー、中々綺麗だねぇ、これは」

 くるくると万華鏡を回し、寝惚け眼で覗き込む蓮に、蜜生と日和は顔を見合わせて苦笑する。
 その世界を覗いた時、彼女達はひどく興奮した。その世界の美しさに、万華鏡を回してしまうのを躊躇うほどだった。一度見たものは、崩してしまえば二度と見られない。万華鏡のその性質を恨むほどに、その花は、鮮やかで――美しかった。
 カラコロ、ドアベルを鳴らして二人は店を出る。その間も蓮は万華鏡を覗き込んでいた。彼女なりに魅せられているのだろう、その様子はどこか微笑ましい。
 秋口の路地を、蜜生と日和は並んで歩いていた。二人の帰路は途中まで一緒である。

「あ、そうだ蜜生さん、すみませんでした」
「え? 何がです?」
「ほら、折角お借りしたお部屋――雪で濡らしてしまって。あそこ、亡くなったお婆さんのお部屋だったんですよね。申し訳なくて……」
「いいえ、お婆さんも許してくれますよ。でも凄いですね、雪を降らせてしまうなんて」
「なんとなく、だったのですけれど……ほら。雪の縁語、多かったですから。『師走』『芳雪』さん、でしたからね。冬の花にするためのものだったのなら、やっぱり雪があった方が心を開きやすいかと思ったんです」
「そうですね。それと、和紙も紙雛のものでしたから。雛人形って川に流して供養するものなんですよ、水で清めるんです、人形に肩代わりしてもらった色々な災厄――水も、雪の縁語ですね」
「あの万華鏡さん、もしかして、師走さんの事故……代わってあげられなかったことも、気にしていたのかもしれませんね」
「古いものでしたから、きっと許容量が足りなかったんでしょうね。悲しいですけれど――そういう、ものなのかもしれません」
「そうで……、ッくち!」

 日和のくしゃみに蜜生は彼女を見る。その顔は少し紅潮し、眼も潤んでいた。慌てて蜜生は日和の額に手を当てる、と、高い熱が伝わる。ふらり、と、日和の身体が傾いだ。

「ひ、日和さん!?」
「ちょ、っと、頑張り……過ぎちゃった、みたい……です」
「し、しっかりして下さい、日和さんー!!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4233 / 苑上蜜生 / 女性 / 十九歳 / 煎餅屋】
【3524 / 初瀬日和 / 女性 / 十六歳 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。ライターの哉色と申します。この度は発注頂き有難うございました、早速出来上がった品物をお届け致しますっ。上手くプレイングに添えていれば良いのですが、如何でしょうか……どきどき。
 まだゲームノベルには慣れが足りず手探り状態のところもあり、至らない所もあるかと思いますが……これからもまたご依頼頂ければ幸いと思います。
 少しでもお楽しみ頂けて居る事を願いつつ、失礼致しましたっ。