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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


消えた煎餅(他)を探せ!


「……はぁあー……もう、嬉璃さんも人使いが荒いですよぅ……」

 へにゃり、心なしかその耳を垂れ下げるのは、来栖琥珀だった。うーん、と眼鏡の奥の目を閉じ、難しそうな声を発する。その様子に恵美は、申し訳無さそうに眉根を寄せた。

「すみません、琥珀さん……私もまさか、嬉璃さんが銀月堂まで行くとは思っていなくて」
「恵美さんは悪くないですし、まあ、嬉璃さんも悪くないとは思うんですけれど……それにしたって犬扱いは無いじゃないですかー、私でも凹んじゃいますよ」
「ご、ごめんなさい、本当にごめんなさいっ」
「良いんですって、でもちょっとはぼやいておきたいなーっと言うだけですから」

 半刻ほど前。
 琥珀はいつものように、自らが営む古書店・銀月堂のカウンターで読書に耽っていた。先日仕入れた新しい古書――矛盾した響きだが――に没頭し、知的好奇心を満たしている真っ最中、突然『それ』は来襲した。

「たーのもぉーっ!!」

 がらがらがらっ!!

 満ちていた心地よい静寂が破られる気配に、琥珀も本達もビクッとその身体を震わせた。きしきしと本棚も鳴る、そして、その書架の影からちょこんっと身体を見せたのは、あやかし荘の座敷わらし――嬉璃だった。
 座敷わらしとは一種地縛の物の怪だが、嬉璃のように長じると、家屋から出歩くことも自由なのだという。てこてこと辺りを徘徊しているのを何度か見掛けた事もあり、世間話をすることもあった。だがこうして訪ねて来られたのは初めてだ――ぱちくり、琥珀は蒼い眼をめいっぱいに開き、カウンターに駆け寄って来た嬉璃を見下ろす。

「ど、どうしたんです、嬉璃さん? と言うか、たのもーって何ですかたのもーって。一昔前の道場破りみたいじゃないですか」
「えぇい、そんな些細なことなど気にするところではないぞえ琥珀、早うせんかい!」
「な、何をですか何を?」
「良いから嬉璃に付いて来るのぢゃ! おんしの力が入用の一大事が起こったのぢゃ!」
「一大事? ちょ、ちょっと待って下さい、店を閉めてから――」
「そんな時間も惜しいわ、早うせいっ!!」
「ま、待って下さいよぅ、嬉璃さぁんー!!」

 そうして引き摺って来られた先のあやかし荘で恵美に事情を聞けば、何の事は無い、煎餅を摘まみ食いした犯人を捜せとそれだけの事なのだという。何でそれで私の力が入用なんですかと訊ねれば、嬉璃は小さな身体を反らせて当たり前のように言い放った。
 曰く、失せ物探しに犬は基本。

 はぁあ、と思い出し溜息を吐き、琥珀は自身の前肢を見下ろした。現在の彼女は狼に姿を変え、恵美と連れ立ってあやかし荘の内部を探索している。すんすん、と鼻を鳴らしながら板張りの廊下を歩き、住人達の部屋を覗くが、一向に煎餅の気配はなかった。ちなみに嬉璃は居間でテレビショッピングを見ている。世の中の不公平が小さなあやかし荘の中でさえ見られるという世知辛さに、琥珀は苦笑した。
 部屋や廊下を一巡し、台所に戻る。姿を人型にし、背伸びをして起き上がった琥珀を見上げて恵美は尋ねた。

「それで、それらしい気配は――」
「いいえ、全然ありませんでした。色々なニオイが混じってしまってはいるんですけれど――柚葉ちゃんのニオイとか綾さんの香水とか――でも、そのぐらいの嗅ぎ分けは出来るつもりですから。怪しい気配もありませんでしたね」
「そうですか……うーん、どうしましょうか、琥珀さん」
「そうですねぇ……」

 んー、と首を傾げ合う二人。隣の居間からは高枝切りばさみのインフォメーションが流れている。

「聞き込み、してしましょうか。誰か怪しい人や物を見ているかもしれませんし……三下さんは今、いらっしゃらないんですよね? と言う事は、あやかし荘に居るのは柚葉ちゃん、綾さん、歌姫さん――」
「そして、侵入者さん、ですね」
「いるんなら、ですけれどね」

 苦笑して、琥珀はまず綾の部屋――桔梗の間に足を向けた。

「えー、怪しい人影かいな? さぁ、見てへんねや思うけどなー……何時ごろの事なん、それ」
「この二、三日ぐらいの事みたいですね。ちょっと時間が曖昧なんですけれど、例えば夜中に何か物音を聞いたとか、無いですか?」
「んー、夜はぐっすりやからなー。ここはやっぱり、さんしたに罪を被ってもろてエエんと違う? 最悪追い出されても今まで通り、編集部の住人になってればええんやし」
「ひ、酷いですよそれは! それにさんしたさん、いえいえ三下さんはここの所留守だったらしくて、容疑者の圏外なんですよね。御札とかネズミ捕りとか置いていたらしいですから……本当、誰が取れたのか……」
「誰が、っちゅーよりは、どうやって、を突き詰めて考えた方が良さそうな感じやなー……ま、ええわ。お茶でもしていかひん? 今日の茶菓子は金箔使用につき時価五千万円の宇治金時やでー」
「え、遠慮します恐れ多いッ!」

 続いて椿の間。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり〜♪」
「……それは歌じゃありませんよぅ」
「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す〜♪」
「いえ、ですから、この三日以内で変な気配をですね……歌姫さん、聞いてますか?」
「奢れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し〜♪」
「もう……良いです」

 へにゃり、耳を垂れて椿の間を出た琥珀の前に、たたたたたっと柚葉が駆け寄ってきた。

「やっほ、琥珀!」
「こんにちは、柚葉さん……今日も元気ですねー」
「うん、元気元気っ! 琥珀は何か疲れてるけどどーしたの? ボク、なんか手伝えることがあったらするよ?」

 明るい笑みで見上げる柚葉の言葉に、琥珀は微笑した。素直で真摯な心配、純粋な様子は、疲れた心に優しい。なでなで、ショートカットの髪を軽く撫でながら、琥珀は彼女に尋ねた。

「ちょっと人探しをしているんですけれど、柚葉さんにも聞いて良いですか?」
「うん、ボクが知ってる人だったらすぐに教えるよっ!」
「それじゃ……この二、三日の間に、誰か知らない人をあやかし荘の中で見掛けませんでしたか? もしくは、台所から誰かが出て来るのを見ませんでしたか?」

 殆ど期待はしていなかったが、柚葉はうーん、と腕を組んで考え込んで見せた。尻尾がふわふわと揺れる様子を眺めながら、琥珀は返事を待つ。念のため、と少し嗅覚を意識したが、やはり柚葉からも煎餅のニオイはしなかった。勿論綾と歌姫のニオイもそれとなく確認したが、同様だった。
 住人でないのなら、やはり何者かが侵入しているということになる。誰にもその気配を悟られずにいるという芸当を成し遂げているのならば、自分の手には余るのかもしれない。と、柚葉が顔を上げた。

「んと、知らない人が来てるのは見てないよ。麗香さんが来て、もしかしたらさんしたは生きて帰って来ないかもしれないから荷物片付けて始末しといても良いー、とか言ってたかな? 台所もね、やっぱり恵美が入ったり出たりするのしか見てない……あ、たまに嬉璃がお菓子取りに入ってたかなっ? テレビ見てるとお菓子食べたくなるからーって!」
「そうですか……まさか碇さんって線は無いでしょうからね、いくらなんでもそんなどんでん返しがあったら読者は本を投げます、いや私は投げませんけれど、本が可哀想ですから」
「??? えっと、とりあえず、何にもわかんなくてごめんね、琥珀っ」
「いいえ、ご協力有難うございました」

 にっこり笑えば、柚葉も嬉しそうに笑う。ぎゅ、と琥珀の腰に一つ抱きついてから、またパタパタと駆けて行った。
 行き詰まってしまった感はあるが、まあ、また新しく策を練れば良いだろう。新しい策。それを考えるのが、また、少し億劫なのではあるが。
 溜息を吐きつつ琥珀が台所に脚を進めると、板の間の真ん中に――恵美が丸くなっていた。

「……恵美さん、なんでそんなところに丸くなって……」

 今日は団子の日なのかそうなのか? 丸くなって過ごす日だったのか? 一瞬ずれた思考を慌てて戻しながら、琥珀は恵美に尋ねる。あ、と恵美は顔を上げ、ニコリと微笑んだ。
 その身体の向こう側には、ザルが見えた。
 そして、お盆の上に置かれた煎餅も。
 これは――あれですか? 古典的なあれでしょうか、ほら、パン粉を撒いてスズメを誘き出したり。いやあまさかそんな楽しいことは考えないでしょう流石に流石に――琥珀が嫌な予感に捕らわれていると、ぴょんっと立ち上がった恵美が自慢げにそのザルを指差した。

「見て下さい琥珀さん! ほらほら、こーやってザルを棒で支えてですね、その下にお煎餅を置いておくんですっ! 犯人が来たら、棒に付いた紐を引っ張って――」
「ザルの中に閉じ込めて、ヤッホー捕まえた文字通り犯人はこの中に居る! じゃないですよね?」
「わぁ、その通りです! どうして判ったんですか、琥珀さん!?」

 溺れるものは藁をも掴む。正しくこれは藁、なのかもしれなかった。

 勿論藁なんか掴んだって溺れるのだけれど。

 結局、夕刻まで待ち続けたが、犯人が引っかかる事はなかった。当たり前の結果である。
 縁側で張り込んでいた琥珀と恵美は、日もとっぷり暮れたところで諦めた。溜息を吐いて琥珀は背伸びをする、そんな自分が少し猫のようだと思う。と、襖の開く音がした。視線を投じれば、居間から嬉璃が出て来る。

「ん? おんしら、そんなところで何をしておるのぢゃ?」
「泥棒さんを待ってるんですよ……今日はもうお開きですけれどね。嬉璃さんはずっとテレビ見ていたんですか?」
「うむ、テレビを見ておるとどーも小腹が空いてなー、おお、煎餅が落ちておる」

 と、嬉璃が罠に置いてあった煎餅の袋を拾う。
 すん、と琥珀は鼻を鳴らした。
 …………あれ?

「ちょ、嬉璃さんタンマです!」
「な、なんぢゃ!?」

 すん。すんすんすんすん。
 だっ、と駆け寄って、琥珀はしゃがんだ。小柄な嬉璃と高さを合わせるためである。すん。すんすん。香ばしいニオイ。手に持たれた煎餅は、まだ袋を開けられていない。だが、嬉璃の身体からは確かに煎餅のニオイがする。白い着物の襟元には、茶色いカス。
 それは煎餅の欠片だった。

「……嬉璃、さん。つかぬ事をお伺いしますが、お菓子を取りにちょこちょこ台所に出入りするんですよね。柚葉ちゃんが言ってましたけれど」
「うむ、よく行くぞ。CMの間にちゃちゃっと取って来るのぢゃ」
「更にお伺いしますけれど、嬉璃さんレベルの妖怪には、御札って効くものなんでしょうかね?」
「そんなはずが無かろう、嬉璃にはそんなもん効かーんっ。貼っておっても、気付かんぐらいぢゃ……と、あ?」

 ……。
 …………。
 ………………。

 つまり、そういうことだった。

「勘弁して下さいよ……」

 その日、彼女はふらふらと自宅に戻った後、風呂に入る気力も無く布団にダイブをかましたらしい。
 後日恵美から詫びの品として煎餅が届いたが、見ると悪夢の一日を思い出すため、客に一枚ずつ配ることにしたとのこと。
 いやあ、世の中は不公平なもんです……(脱力)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3962 / 来栖琥珀 / 女性 / 二十一歳 / 古書店経営者】


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■         ライター通信          ■
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 初めましてこんにちは、ライターの哉色と申します。この度は発注頂き有難うございました、早速納品させて頂きますっ。
 あやかし荘総出になりながら(三下さんは例外ですが/笑)ひたすら嬉璃最強伝説に走ってしまった気もするのですが、お気に召して頂けていれば幸いと思います。琥珀さんのキャラは活字中毒という設定に親近感が沸いた所為か、とても楽しく書くことが出来ました。
 またご縁がありましたらどうぞご依頼下さいませ。少しでもお楽しみ頂ける事を願いつつ、失礼致しました。