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偽りの独裁者、屍の宴
――プロローグ
ワイドショーは次世代の超能力者を映し出している。
特にどうということもない、ナポレオンズが出てくればきっとマジシャンと同列にされてしまうだろう男だ。
容貌はミスターマリックもびっくりなほど胡散臭い。頭はドレットヘアーで、平たいサングラスをかけているが、その他の格好はそろそろ冬だというのに夏のおっさんのままなのだ。白い麻のジャケットとズボンは薄汚れており、中の白い襟シャツもあちこちに染みがあった。見た目からしてもの凄い怪しい男なのだが、巷で噂の次世代超能力者として名を馳せている。
「このバラクーダって男がなにか?」
草間・武彦はワイドショーから顔を上げる。そこには困った顔の道頓堀・一と真剣な顔の葛城・理が座っていた。
「どうやらその男、死体を生き返らせるとか……」
神妙な口調で理が言った。草間は「ああ」と溜め息と共に吐き出して、天井を仰いだ。
「そういう話だな」
「ええっ! 知ってらっしゃるんですか。極秘事項なのに!」
理は勢いよく立ち上がり、手を湯呑みにぶつけて出されていたお茶を引っくり返した。
一が慣れた様子でハンカチを取り出して理の服の濡れた部分を拭う。
「だから言っただろう、世間ではそんなこと周知のことなんだよ」
「そんな! だって部長が直々にいらしたんですよ」
「だから、部長の勝手な思い込みで特務班にきたから、こんなどうしょーもない事件を捜査することになったんだろう」
キッチンから零が白いリボンを揺らしながら布巾を持ってやってくる。一が謝ると彼女はニコリと笑った。
「でも死体を生き返らせる、ゾンビを生成しているのなら私達がなんとかしなくては」
草間はメガネの位置を直してから、お茶を一口飲んだ。
「それで例のごとく手伝いを要請に来たというわけか」
理が動き出そうとしたので、一はそれを片手で捕まえた。
「申し訳ありませんが、そういうわけです。お手伝いいただけますか」
一が頭を深々と下げる。理もそれをみて倣って下げた。
「しかしまた……本当に死体を……ねえ?」
「バラクーダには熱狂的なファンがついていて、小さな組織が形成されているようです。そこで大金を寄付すると」
「生き返るわけか。死人が」
一の説明に草間がうむとうなる。
「詐欺紛いと考えれば、怪奇事件でもないか……。それならまあ、手伝わないこともないかな」
草間は一人うなずいて、外を見やった。十月は音も立てずにやってきて、音を立てずに去っていこうとしている。そんな秋の日のことだった。
――エピソード
鍋に穴が空いたので、三軒隣の金物屋さんでお鍋を選んでいた。
草間がラーメンを作る鍋だったので、軽くて小さい片手鍋がよい。シュライン・エマはあれこれ鍋を手に取りながら、考えていた。
年代ものの金ダライから圧力釜までなんでも揃っているこの店にいると、色々な料理が頭を過ぎる。簡単に茶碗蒸しを作れる蒸し器などいらないのだが、あったら便利のような気がする。そんなことにつらつら頭を取られていると、金ダワシを手に取ったお客と店主の会話が聞こえてきた。
「ずいぶん長いこと使ったからねえ、うちの自転車も寿命かねえ」
「あら、こないだ買ったばかりじゃありません?」
……なにやら身に覚えのある会話だった。そういえばこないだ、うちの草間・武彦がここの自転車を借りて長距離を走ったところだ。もしもその自転車にガタがきているのだとしたら、草間にも原因があるのではないか。
自転車のパンク程度ならば直す技術を持っていたので、シュラインはおずおずと名乗り出た。
「私、パンクくらいなら直せますから、見せてください」
店主は小さな目を丸くして驚いてみせる。
「そんな、悪いですよ、興信所の方に」
「いえ、この間自転車をお借りしましたし」
片手鍋を店主に手渡してお会計をすませ、シュラインはバケツに水を張って丸いパンク用のシールを用意して金物屋の前で自転車と格闘を始めた。
そこへ背の高い水色の髪をした人物が通りかかった。
「シュライン、何をやっているんだ」
雪森・スイは片手にビニール袋を持っている。
シュラインはタイヤの外枠を外したところで目を上げた。
「あら、ちょうどいいわ、ちょっとバケツ持ってて」
「なんだ、理科の実験か」
スイはビニール袋を置いて、バケツを持った。
「実験ってわけじゃないけど。穴が空いてるかどうか、こうやると空気が抜けてわかるのよ」
「ふむ、間が抜けているのもそうすればわかるのか」
スイは相変わらずの和装だった。和装と言っても、着流し姿である。
シュラインはチューブ状の物をエイエイと押しながらバケツの水の中に手を突っ込んでいる。
「間抜けはそうしなくてもわかるわね」
「この間家主に『間抜けな発言をいい加減にしねえと黒板を引っ掻くぞ』と言われたのだが、言葉として間が抜けるという言葉は、重複表現ではないか」
難しい顔でスイが首をかたむける。
「そもそも黒板とはなんだ?」
ブクブクと悲鳴を上げたタイヤにシュラインはガッツポーズを小さくとって、持ってきたシールを片手にスイを見上げた。
「……言われてみれば、間と抜けるを一つずつ捉えれば重複表現に見えなくもないわね」
「黒板、毎晩、看板、番頭」
スイは一人うなっている。
「よし。これで空気を入れればオッケイよ」
「最近の店には番頭が少なくてつまらん」
「……番頭がいる店なんかあったの?」
「いや、テンチョーというものはいたが」
シュラインがバケツを片手に立ち上がった。スイも持ってきたビニール袋を持つ。排水溝へ続く穴へ水を捨てていると、興信所の階段から草間が現れた。
「なにやってんだ、お前」
草間は撫でつけた髪を片手でいじりながら、シュラインとスイに訊いた。
「色々とあったのよ」
「昼飯、こいつらが経費で落としてくれるそうだ。ファミレスですませようぜ」
「小遣いで七味煎餅を買ってきたのだが」
「もうちょっとで終わるから、終わったら追いかけるわ。デニーズでしょう」
草間の後ろから一と理が顔を出す。
「経費で落ちるんでしょうか大阪先輩」
「僕に聞かないでよ……」
「落ちなかったら、大阪先輩のポケットマネーで」
二人はシュラインとスイに頭を下げて草間の後を追って行った。
シュラインはタイヤを元に戻しながら言った。
「さてと、はやくお昼にしましょう。どうせ彼女達の依頼ってことは、他に誰か呼ぶんでしょうし」
「またモンスターか。東京の治安も地に落ちたな」
わかった風に言うスイに、シュラインが苦笑をする。
東京の治安も地に落ちた、それは同感である。
冠城・琉人はいずこから取り出したのか急須でお茶をいれている。
注意をしておくが、ここはファミレスだ。
「お話をおうかがいしましょう」
彼はニコニコと微笑んで、並んでいる湯飲みにお茶を注いでいった。
「冠城さん、ここはファミレスですから」
シュラインが困った顔で言う。琉人は意に返さずといった表情で、四人にお茶を差し出した。
ファミレスは意外と混んでいて、メンバーは半分に分かれて座っていた。草間・武彦、シュライン・エマ、冠城・琉人、葛城・理と、雪森・スイ、シオン・レ・ハイ、黒・冥月、道頓堀・一の二手になっている。
「それで? インチキ超能力者の件はどうやって調べていくつもりなんだ」
草間が琉人の淹れたお茶を一口すすりながら訊く。
「一応警察サイドで生き返ったと言われている死人の調査はしてあります」
理が答える。
「生き返ってるの?」
眉間にシワを寄せてシュラインがメニューから顔をあげた。
「ええ、ご遺族には確認を取ってあります」
「死後から生き返るまでの時間はどれぐらいなのかしら」
「そうですね、半年から数十年まで幅広いのです」
理が言うと、シュラインは考え込むように黙ってしまった。
理は一の元へ行き、書類を持って戻って来た。
「これがそのリストです」
琉人が受け取って、ふむふむと内容を読む。
「高齢者が多いんですねえ」
そう言って彼が理を見たので、理は深くうなずいてみせた。
「バラクーダは慈善事業の一環として死者を甦らせているとのことです。生き返す際にも条件をもけていて、クリアーしなければ生き返してはもらえないとか」
道頓堀・一も理と同じく話をはじめたものの、ファミレスで盛り上がっている二人はまるで聞く耳を持っていなかった。
「すいません、チョコパ八つください」
「私はキノコ雑炊を……全員分」
シオンが両手をあげて注文すると、渋い顔のスイが率先して全員分の食事を注文する。
ウェイトレスは目を白黒させてオーダーを取っていった。
「あの、ですから、バラクーダの超能力は……」
「超能力? なにパワーですか」
「へ?」
シオンが耳をピクリと反応させて一に訊く。
「ハンドパワーですか、ハングリーパワーですか、バークリーパワーですか」
「……いや、わからないけど」
「そうですかあ、残念」
なにが残念なのかさっぱりわからない。
そこへ神宮寺・夕日がファミレスへ入ってきた。
「大阪くん大変よ」
そうでなくとも、今の一は大変である。
「この子、ゾンビの子なんですって」
「……はぁ? えーと」
夕日が連れている子供は、見るからに悪ガキそうだった。夕日に肩を捕まれて、嫌々ここにいるようだ。
「さっき、そうだって言ってたのを聞いたのよ。これは教えてあげなくちゃって思って」
「ええっと、ゾンビの子供なの、君」
一が困りきってそう訊くと、悪ガキは口を尖らせて答えた。
「んなことあるわけねーじゃん、バラクーダごっこしてたらこいつが勝手に俺を連れてきたんだぜ」
そりゃあそうだろう。ゾンビの子供がそこら辺にいるのなら、もっと話がオオゴトになっていてもおかしくない筈だ。
「そんな、あんた、自分でゾンビだって騒いでたんじゃないの」
夕日が狼狽して言うと、子供は鼻で笑った。
「バッカじゃねえの」
バカである。
夕日がムッキーと怒り出す前に、彼はそそくさとファミレスから出て行った。
テーブルには四人分のキノコ雑炊が並んでいる。スイがタバスコと七味を雑炊の中へ放り込んでいた。
「それで、私達はどうすればいいんだ」
チョコレートパフェの溢れかえったテーブルにゲンナリしている一へ、冥月が訊いた。
「集会に調査で入ってもらいます。あと、テレビ局にも数名……」
「む、テレビとな」
雑炊を口に運んでいたスイが眉を寄せて反応する。
「あの箱の中の調査か、面白いぜひやってみたい」
反応が若干ずれているような気はしたが、一はもう敢えて突っ込まなかった。
雪森・スイは移動する便利な車という箱の中でつぶやいた。
「ネクロマンサーとはけしからんな」
後部座席のシュラインと理が目を合わせる。ネクロマンサー? 二人の知らない単語だった。夕日が運転席から質問をすると、スイが簡潔に答えた。
「死霊使いのことだ、禁呪を破った者だ」
「実際に生き返らせてるかどうかは、怪しいけどね」
シュラインは理から受け取ったリストを眺めながら言った。
「この間のグールみたいに姿形が崩れるわけでもなく、本当に甦るみたいだし……」
理がわからない顔をする。
「だから違うんですか」
「ん――だって、肉体は朽ちてるのにどうして完全に甦れるのか不思議でしょう?」
そうこうしている間に問題のテレビ局へ着いた。
「バラクーダについてどれだけ情報があるかしら」
「アクダイカンを何人成敗できるか」
スイとシュラインはお互いチグハグなことをつぶやきながら車を降りた。理と夕日も慌てて後を追う。
「アクダイカンより、私は助三郎を成敗すべきだと思います」
鼻息荒く理が言う。
「む、そんなに悪い奴なのか」
「ええ、デレデレと女子に鼻の下を伸ばす侍の風上にも置けぬ奴です。それに比べて角さんの凛々しい姿ったらないです」
「もしや、それはご隠居一行のことか」
「今頃紀伊の国に入ったところですね」
理とスイの会話がニンジャに渡ったころ、シュライン達はプロデューサーからバラクーダのインチキについて聞き出していた。ワイドショーで扱われている他に目新しい情報はほとんどなく、バラクーダは昔一度超能力を売りにしてテレビに出ていたことと、インチキがばれて多くの反感を買ったことなどがわかった。その際、怒った野次馬が自宅へ火を放ち妻を亡くしている。
「奥さんを甦らせるために、蘇生術を?」
「気の毒だけど、ちょっと信じられないわね」
夕日とシュラインは眉根を寄せて話し合っていた。
その間も、理とスイは白熱する時代劇トークを繰り広げている。町奉行のあり方やめ組そして岡引や、ニンジャについて、語ることは広がるばかりだ。
「やはりニンジャとは人を欺く仕事。おそらく、一般人に紛れていることだろう」
そう言ってスイはシュラインを見た。
小さな声でつぶやく。
「くの一か……」
「私はくの一じゃないわよ」
「わかっている、公にはできぬことだ」
スイは一人うなずいて、寛容な笑みを浮かべた。シュラインがはあと一つ深い溜め息をついた。
集会はバラクーダ所有の会館で行われていた。
「腹黒ラクダさんはまだですかね」
シオンは片手にスプーンを握り締めている。隣にはスーツ姿の一がいた。
ハイネックのセーターを着て帽子を被った琉人と黒装束の冥月は離れた場所にいる。
「シオンさん、バラクーダですよ」
「リンボーダンスでパワーを集めるんですよね」
「何をあんた勝手に妄想してるんですか」
目をきらきらさせているシオンに、一はがっくりと肩をうなだれる。
そうこうしている間に、集会……というよりも、ショーははじまった。煌びやかなネオンが舞い、ステージにはナチスドイツの軍服を着たちょび髭の男と、インドの装束に身を包んだ男がいる。
「あああ、あれはヒットラーとサイババですよ!」
シオンが目を丸くして驚く。
一もマジマジと二人の顔を見つめてみた。言われてみれば、そう見えないこともないような気がする。だが、それ以上ではない。よくよく見れば、ヒットラーなど日系の顔立ちのようだ。ヒットラーのどこら辺が日系なのか……。
「サイババ! サイババ!」
シオンはすっかりサイババ盛り上がりをみせている。
その中バラクーダが空中浮遊をしながら現れた。真ん中へ座禅の格好のまま降り立ったバラクーダは、後ろに用意された焼けた炭の上をツラツラと歩いて行く。頭のドレッドが揺れる。
「どうやってるんだろうなあ」
一がつぶやくと、シオンは握り拳を作って答えた。
「超能力ですよ!」
「いや……それを暴きにきたんだけど、ね……」
ズンドコズンドコと音楽が切り替わって、シオンのご所望どおり火の付いた紐を振り回す民族装束の女性が現れる。
「おおお」
「いや、だからね」
中央にいるバラクーダはカードを取り出し、どこにでもいるような中年男の助手を使って手品をはじめた。派手なパフォーマンスの割りに、ショボイ手品だった。だが会場は凄い熱気で、誰もバラクーダのインチキに気付いている様子はない。
「なんとスペードのエースです」
ジャジャーンと音楽が鳴り、一通り手品が終わるとバラクーダはまたも空中浮遊で帰って行った。
あまりにも突っ込みどころ満載でどこから突っ込んでいいやら悩むショーだった。
琉人と冥月がやってきた。
「私達は直接囮交渉に出ようと思います」
「ええ? 平気ですか、そんなことして」
「ですから、大阪さん達はファン達の間の情報収集をお願いします」
琉人はニコリと笑って、庇に片手をかけた。冥月が無言でついていく。
まだ興奮冷めやらぬシオンに不安を覚えながら、一は聞き込みを開始した。
「すごーいですね、腹黒ラクダさん!」
シオンの声に数名のファンが反応する。
「バラクーダさまの凄さはあんなもんじゃねえんだ」
誰かが言った。
「死体を甦らせちまうんだ、俺は何度も見たが、あれは本当だ」
「ええっ凄いですね」
一はわざと驚いた顔を作った。が、隣でシオンがそれ以上に驚いていたので必要はなかった。
「あんなすげぇ術が使えるっていうのに、慈善事業にしか使わないてぇのが慎ましいじゃねえか」
「……慈善事業にしか?」
「ああ、一人身で寂しい老い先短い老人に光を与える為に、バラクーダさまは死人を甦らせるんだ」
一人身で寂しい老い先短い老人……。
「わ、私の祖父も祖母が亡くなってから元気がなくて、バラクーダさまはお願いを聞いてくださるでしょうか」
一が言うと、ファンの男は首を振った。
「天涯孤独な老人だけだよ、お願いを聞いてもらえるのは」
一はシオンを見やった。
シオンはファン達と見事に馴染んでおり、言った。
「ファンの集いお食事会がこの後あるそうですよ。行きましょうよ、大阪さん」
「行きません」
「ええ、お食事!」
ファンの男に次の甦りの儀式の日程を聞いた一は、シオンの首根っこを掴んで会場を出た。
「お、おしょくじがあ」
「さっきキノコ雑炊とチョコパ食ったでしょうが」
バラクーダの世話役と称する男が温和な表情で立っていた。
「バラクーダさまは慈善事業の一環として死者の蘇生を行っております。一人で生きていかなければならぬ、明るい未来のない多くの老人達を対称にしております。ですから、どんなに大金を詰まれましても、あなた様のお身内を蘇生させることはできません」
冥月が食い下がるように札束を上乗せしたが、その男の表情が崩れることはなかった。
「お金で解決できないことも世の中には多いのです。私達も一定の基準を持って、蘇生される方を選んでおります。申し訳ございませんが、お引取り願えるでしょうか」
琉人が悲しみ深い顔で言った。
「どうしても、ダメなのでしょうか」
「申し訳ございません。生けとし生きるもの皆死す運命でございます。あまりにも無慈悲です。バラクーダさまは、最期の幸せをまっとうさせようと蘇生を行うまでです。未来に光りのあるあなた方のようなお若いお方がいらっしゃるのならば、蘇生を必要となさるお方もご自分で道を切り開いていってくださいますよう、バラクーダさまは祈っていることと存じます」
深く頭を下げた男は、立ち去ろうときびすを返した。
冥月が鋭く訊ねる。
「本当に、生き返しているんだろうな」
「……特に信じていただくこともありませんが」
男は振り返った。
「もし気になるようでしたら、後日蘇生の儀式もございます。おいでくださればおわかりになりますよ」
男はまたお辞儀をして部屋から出て行った。
同じ会場に、草間達は集まっていた。
「……まさか蘇生をショーにしているとはな」
「ますます胡散臭いわね」
草間はシュラインとコソコソ声で話している。
「さすがくの一、鼻が利くな」
スイはシュラインがくの一だと確信したようだ。シュラインはがっくりと肩を落としながら、怪しげにライトアップされたステージを見上げていた。
「天涯孤独な老人しか救済しないっていう理由は、たしかに納得できるような、できないような」
夕日が腕組をして首をかしげている。
「ああ、はじまりますよ」
ステージの端には日系のヒットラーとサイババが並び、中央にはバーを持った外人がいる。そこへバラクーダが出てきて、そのバーをリンボーダンスをして潜った。わあ、と沸く観衆。げぇと引く草間一行……いや、シオンだけは盛り上がっていたが。
そこへ世話係と自称していた男が棺桶を運んできた。斜めにされた棺桶の中には、生気のない人間が入っている。生きているのか、死んでいるのかぱっと見ただけではわからない。
背の曲がった老人が一人、ステージにあげられた。祈るように両手を合わせている。
「遺族が見て本人だと言っているのだから、あの死体が他人という可能性は排除されるかしら」
シュラインが小声で言う。それに全員がうなずく。
場内にアナウンスが響いた。
「先月に亡くなられた舛田・馬子さんの夫一郎さんを現世に呼び戻します」
冥月がビデオを回しながら言う。
「仮死状態からの蘇生の線は消えたな」
「まさか長期戦で匿ってたわけじゃなさそうですね」
琉人がのんびりと言う。
「まさか」
一が同意する。
棺桶にサテン生地の黒い布がかけられた後、サングラスをかけたバラクーダがトントンと棺桶を叩いた。すると、中から男が起き上がった。
馬子が叫ぶ。
「あんた、本当にあんたなのかい」
「……あ、ああ、ただいま、馬子」
……どうやら、遺族は間違いなく棺桶から出てきた男を死んだ夫と認知しているようである。
「どういうことだ? 死霊使いということならば、この場で叩き斬ってやるが」
スイが物騒なことを言ったので、シュラインが止めた。
「それはちょっと待って」
「それにその線は薄そうですよ。もしそうなら、私だって鼻が利きますからね」
琉人はまばたきをして、じいっとバラクーダを見つめている。
「とんでもないインチキ野郎なことだけは、たしかです」
冥月は、ぼんやりと言った。
「だがインチキでも喜んでいる側がいるんだ。暴くべきか、悩むところだな」
暴いてしまえば、もしや生き返ったと思われた人間がまた地に戻ることになるのかもしれない。一人身の老人達には辛かろう。
「ともかく、もうちょっと調べてみましょう」
「リンボーダンスに嘘はなかったと思います」
シオンは怒ったように言った。誰もが「そんなことどうだっていいんだよ」という顔をしていた。
生き返ったリストの老人は十四人だった。あらかた身辺調査はしてしまっていたので、追記情報は少ない。この間生き返った舛田・一郎について調べていくと、馬子にはブラジルへ移住した娘があることがわかった。娘とコンタクトをとるのはさほど難しいことではなかった。
シュラインはパソコンの前に座ったまま奇声をあげた。
「ど、どうしたの」
「え? やだ、なんで気付かなかったのかしら」
画面を覗き込む夕日をそのままに、シュラインは草間の机の前まで歩いた。
「なんだ? どうした、エマ」
「あの、会場にいたじゃない、ヒットラーとかサイババとか」
「あ? ああ、生き返った」
「わけないでしょうが。もしできたとしたって、どうやったらヒットラーの躯が手に入るっていうのよ」
もっともな言い分である。
「サイババは、サイババはどうなるんですか」
煎餅の海苔を剥がして食べていたシオンが、不安そうに言う。
「サイババは……そもそも死んでないから生き返るわけないわ」
「ぬぉうっ、なんですとぉ」
シオンはソファーの上へぺしゃんとなだれ込んだ。
「偽者だったのよ、なにもかも、死体から生き返った人から、なにもかも!」
「でもー、遺族は本人だって言ってるじゃない」
パソコンを睨んでいた夕日が口を尖らせる。
「でも、ブラジルの娘さんは生き返った一郎さんを一郎さんだって認めてないわ。別人だって断言してる」
「と、いうことはだ」
草間が眼鏡の位置を直した。
「どういうことだ?」
「どういうことです?」
シオンもシュラインに訊く。
「暗示か催眠術よ」
彼女は言った。
「天涯孤独な老人に暗示をかければ、赤の他人を用意したってバレないわ」
ゾンビなどなかったのである。
仮説を証明する証拠は冥月が揃えることができたので、一行はバラクーダ本人に直訴することにした。バラクーダが蘇生術に執着しだしたのは、彼の妻が亡くなった直後からだったからだ。たとえ今、インチキ蘇生術で多くのファンを騙しているとはいえ、最初は違ったのだと思われた。 これ以上恥をさらすこともないだろう。
「……たとえそれが他人でも、身内と思えている老人達は幸せなのだろう」
冥月が寂しそうに言った。
草間一行はバラクーダ会館のロビーで待たされている。
「虚像の幸せも幸せと呼ぶならね」
夕日が難しい顔で言い返した。
それは嘘で塗り固められた幸せなのだ。土台が嘘である幸せに、なんの価値があるだろう。いや、そのことに気付きさえしなければ幸せなのだから、そこに価値は付随するのか。
やがていつも助手を務めている中年男がやってきた。
「なにか?」
「バラクーダさんにお会いしたいんですが」
草間が口火を切る。
「私はバラクーダさまの代行を務めます山林と申します。どのようなご用件でしょうか」
正直に用件を白状しては、バラクーダに会うことは難しいだろう。草間が隣のシュラインの顔色を見る。そして言い募ろうと口を開けた瞬間に、山林は言った。
「色々とご意見がおありのようですね。わかりました、すぐにご案内しましょう」
「え?」
全員が眉根を寄せる。
山林はロビーの椅子から立ち上がり、すすすっと廊下を進み出した。
「どういうことでしょうねえ」
琉人が首をかしげる。
「観念したのか」
スイが言うと、隣の理がむむむと口を尖らせた。
「こちらはまだ桜吹雪も印籠も見せてませんよ」
「きっと、改心したんですよ、腹黒ラクダさん」
口々にコソコソ話しながら山林の後をついていくと、一行はステージの裾に通された。そして温和そうな顔をにっこりと笑わせた山林に、
「さあ、どうぞバラクーダはここにいますよ」
そう言って突き出される。
熱狂的なファンが集う集会に、草間達は突如ゲストとして参加することになっていた。
「おい、エマこりゃ、どういうことだ……」
「わからないわよ!」
草間達は後退する。
「こうなったら仕方がない、成敗してくれるわ」
草間を追い抜いてスイが前に出る。慌てて夕日が止めに入った。
「待って! 話があべこべになるわ」
そうこうしている間に、山林の声でアナウンスが響いた。
「バラクーダさまに挑戦者です。蘇生術も全ての奇跡もインチキだと豪語した、草間興信所の皆さんが、それらを証明してくださるそうです」
パパーンと効果音が鳴って、草間達にライトがあたる。
ザワザワと会場がざわめき出す。中央に死体の入っているであろう棺桶が斜めに立たされて置いてあった。
「……山林って人よっぽど自信があるのかしら」
シュラインが口許をすぼめてつぶやいた。
「ともかく! 面白そうですから、私死体をくすぐってみます」
シオンがどこからか羽ペンを取り出して、死体へ向かった。会場から野次が飛ぶ。
バラクーダはリンボーダンスに入る前の姿勢のまま、固まってシオンを見ていた。
コショ、コショ、コショコショコショ……。
「くはっ、うはは、ははははは」
死体はこらえ性もなく笑い出した。
「そんな、バカな」
バラクーダがリンボーダンスのバーを引っ掴んで死体へ歩み寄る。
「死んどらん、死んどらんのか」
「ええい、白々しい悪人め!」
スイがずずいと歩み出たのを理が押し退けて前へ出た。
「菊の紋にかけて、成敗です」
「……! 山林、山林……。お前、お前等ももしかして……」
バラクーダの意識がヒットラーとサイババへ向けられる。二人はそそくさと草間達とは逆の袖へ逃げて行った。半狂乱になったファン達がバラクーダへ何かを投げつける。バラクーダは頭を庇いながら叫んだ。
「お前等も、偽者? 俺は誰も生き返していないのか」
夕日が警察手帳を見せる。
「バラクーダ、詐欺の容疑で逮捕よ」
バラクーダはずりずりと後退り、袖へと走って消えて行った。
「追うわよ」
威勢よく夕日が言うと、今日はいつもの黒装束姿の琉人がのほほんと言った。
「私の仕掛けた霊の声を聞くことになりますから、ゆっくりと追いかけても平気ですよ。それにしても、えらい騒ぎですねえ。さっきまで信じ込んでいたというのに……」
死体さえも逃げ出したステージは、ライトが消え、ハリボテだけになっている。
「バラクーダは本当に蘇生術ができていると思っていたのかしら」
シュラインはつぶやいた。
「まさか! だって全部嘘っぱちだったんですよ」
一が答えた。袖から中に入ると、迷路のように暗く長い廊下がどこまでも続いていた。
「俺は蘇生術の降りた特別な人間なんじゃなかったのか」
「特別な人間みたいだったでしょう」
二人の男の声がする。
「まるで奥さんが甦るような気さえしていたでしょうねえ」
「全部嘘だったのか? ヒットラーも?」
「日本語を話すヒットラーにお目にかかりたいものです」
「……そんな」
男は言う。
「いい催眠術の実験でした。今後あなたのことが明るみに出たあと、その後どうやって催眠術が解けていくのかそれとも解けないのか、今後の研究はそちらに重点を置いてみることにします。いやあ、あなたいい仕事でしたよ」
「……そんな」
「ああ、あの薬。あれは本物です、あなたがあれさえ飲めば特別な人間になれる。……そして愛しの奥さんにも会うことができるでしょうね」
バラクーダの頭の中では、誰の声とも知らぬ声が霧散しては消え霧散しては消えとぐろを巻き、叫んでいた。
山林の影に追いつけないのがわかった後、バラクーダはあの薬のある部屋へ入った。
薬を手に取る。
ステージの上で顔を合わせた連中がやってくる。薬をがりっと噛んだ。
「……っ、鬼の気配です」
理が全員を押し退けて刀を抜いた。鞘をカランと落とし、部屋の中へ入っていく。
中央にはバラクーダが立っていた。バラクーダは目をひん剥いて、理の姿を捉える。理が素早く立ち回る。
「鬼? バラクーダ」
「さっきの声よ、薬を飲んだんだわ」
シュラインと夕日がシオンを連れて後退する。代わりにスイと琉人と冥月が前に出た。
たっと刀を振って、理がバラクーダの片腕に刀を斬りつけた。スイの火の精霊が発動して、バラクーダの服を炎上させる。右腕を斬り落として引いた理の代わりに、琉人がバラクーダの懐へ入った。片手に霊を纏わせて、大きく一度腕を振る。拳がバラクーダの右のコメカミを強打した。火を消すように冥月が影を這わせ、その影の上から理がバラクーダを一刀両断した。
「鬼に容赦はいりません」
しかしバラクーダはまだ手足をばたつかせ、理の足首を掴んだ。ぐいと力を込める。理が苦痛な表情を浮かべた。
「ま、ま、りこ」
バラクーダの足首をスイが踏みつけた。
「観念するんだな」
一が廊下の影から出てきながら言った。
「鬼になる薬だってえ?」
「さっきの会話を鵜呑みにすれば、そういうことになるわね」
シュラインが額に手を当てながら、難しい顔をする。
「まりこ、はバラクーダの奥さんの名前ね。山林さんの言うとおり、バラクーダも死ねば奥さんに会えるって寸法なのかしら」
シオンが泣き出しそうな顔で言った。
「ラクダさん、騙されただけなのに可哀想です」
「黒幕が……いるのか」
草間はバラクーダの死体を見下ろしながら言った。
「こんな世の中ではご老公も旅をせねばならんな」
スイが鼻を鳴らす。
「まったくです」
理が突っ込みもせず同意を示した。
――エピローグ
「理さんと大阪さんとはこのお仕事ではじめましてですよね、ご挨拶代わりにこれを……」
後日の興信所。冠城・琉人は相変わらずの黒装束の中からお茶っ葉を二袋取り出して、理と一に手渡した。
「ありがとうございます。自分、何も用意してなくてすいません」
理の足元は片方包帯が巻いてある。
「シュラインさん、お茶は私がご用意しますからね」
琉人はそんなことを言いながら、キッチンへ顔を出した。キッチンでは、クッキーとお煎餅を載せた盆を持ったシュラインが、一つつまみ食いをしたところだった。
「よろひくはのむわ(よろしくたのむわ)」
草間は机でガーガーと眠っている。ソファーはシオンと冥月が座っていた。
玄関から雪森・スイと神宮寺・夕日が顔を出す。
「今日は茶会と聞いたからな、ケーキを持ってきた」
大きな箱を二人は掲げた。スイは片方の手に持つタバスコを見せる。
「ケーキにかけるとこれが美味い」
「それはあなた一人よ」
すかさず夕日が突っ込んだ。
「武彦さん、皆きてるんだから起きなさいよ」
お菓子をテーブルへ置いたシュラインが草間を起こしに向かう。
催眠術にかかっていた多くの人間は、その事実を知らされても未だ劇団あさがおから金で雇われ、妻や子供の役を演じていた役者達を本当の身内だと信じて疑っていないそうだ。
幸せはコワレモノだが、彼等の幸せほど泥でできたものはないだろう。
――end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3304/雪森・スイ(ゆきもり・すい)/女性/128/シャーマン/シーフ】
【3456/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】
【NPC/葛城・理(かつらぎ・まこと)/女性/23/警視庁一課特務係】
【NPC/道頓堀・一(どうとんぼり・はじめ)/男性/26/警視庁一課特務係】
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■ ライター通信 ■
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偽りの独裁者、屍の宴 にご参加ありがとうございます。
今回はコメディよりの理シリーズ、相変わらず陰謀編でお届けしました。
では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。
文ふやか
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