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音霊探索記
「はわぁー……」
冷たいイメージの廃院を眺め、湊・リドハーストは声を上げた。
東京某所、癲狂院跡。古びたその場所は一種異様な空気を発し、取り壊しの手を逃れている。むしろそれは、そこに住む者の力なのかもしれないが――てこてこと敷地の中に脚を進めながら、湊は辺りを見回した。いつもならば出迎えるように声を掛けてくるはずの様々の気配が、まったくない。
口の端に上っては現世に作用する力を持つ言葉――言霊を閉じ込める、『言霊監獄』。それが現在のこの廃院の役割だった。
監獄の名前の通り、ここには常駐する看守がいる。案内人――もとい案内鴉、もいる。誰かが足を踏み入れればそのどちらかが出迎えてくれるはずなのだが、どうも、今日はそれが遅い。んー、と湊は唸り、脚を進めるのを少し躊躇った。
と同時に、廊下の奥からばさばさと羽音が響く。案内役である蒼羽の鴉、玄夜の姿だった。
「これはこれは湊さま」
「はわ、やっほーい玄夜さんっ! どしたの、心なしか顔色悪めじゃない? なんか蒼褪めている気配」
「いえいえ蒼いのは元々ですが、ってそんな突っ込みを入れている場合ではなくて! 湊さま、こちらで奇妙な音――と言うか、声や気配を感じてはございませんか?」
「ん? や、別に無いと思うんだけど……もしかして、なんかあったの?」
く、と首を傾げた湊に、玄夜は少し困ったような様子で答えた。
なんでも、独房に入れていた音霊が逃げ出したらしい。幸い音霊はすべて院内――監獄から出る事は出来ないらしいが、それでも野放しにしていては見学者にも害があるかもしれないのだと言う。そんな説明を受けながら湊は、院長室として使われていた一室のドアを開けた。
薄暗い部屋の中には、ぼけっと突っ立っている青年の姿がある。看守の古殻志戯だった。
「やっほーい志戯さん、今日も元気に辛気臭い?」
ぱっ、と腕を振り上げた湊に志戯はぼんやりとした視線を向け、微笑む。別に憔悴しているわけではなく、いつもの姿だ。
「やっほーい、湊ちゃん……今日も元気に――天然、してるー?」
「って元気に天然ってなんですかーッ!」
突っ込み炸裂、ハリセン一閃。景気の良い音で叩かれながらも、志戯はへらりと笑っていた。湊の肩に乗っていた玄夜は、どこか疲れたように遠い目をしている――ボケと突っ込み、そしてボケ時々突っ込み。どうも混戦だ、異種格闘技状態だ、ここは一つ笑うしかない程度に諦めが肝心だ。
ふぅ、と良い汗を掻いた状態で息を吐いた湊は、改めて志戯に向かい合う。志戯は机の上に置いてあった小瓶を取り、ぽん、と湊の手に渡した。
「……はわ?」
「んー、これが……独房、ねー。これを向けて、入れって言えば……どうにかなると、思うからー。僕は面倒臭いから、湊ちゃん……捕獲、お願いー?」
「って問答無用にやらせる気満々ですか志戯さんッ!?」
「まあ、こんな時に来ちゃったのが……運の、尽き――なんだよー、湊ちゃんー?」
「う、うーうーうー……って言っても情報少なすぎですから! もうちょっと詳しく教えてもらわないと判んないですからーッ!」
「はいはい……玄夜、説明……お願いー?」
すぅ、と志戯が腕を出すと、湊の肩から飛び上がった玄夜がそこに降り立った。蒼い鴉はじろりと主を一瞥したが、志戯はさらりとその気配を流す。一瞥も何も玄夜は盲目だが――と、顔が再び湊に向けられた。彼女は手に持たされた小瓶に一瞬視線を落としてから、玄夜に向き直る。
「司る意味は沈黙、です。とにかく敵対するものを黙らせようとするでしょう――その音に飲まれてしまえば、湊さまの声は封じられてしまいます。そうなれば独房に戻すことは出来なくなってしまいますので、くれぐれもお気をつけ下さいませ」
「沈黙、ってことは、えーと……『静かにしろ』とか『黙れ』とか言われちゃう、ってこと?」
「はい、そうです。耳に入ってしまえば捕らわれてしまいますので、ご留意下さい。それと――他の音霊達は既に、志戯が隔離してあります。何か声が聞こえたら、それがターゲットになります」
「はわー……あれれ、でも、他の音霊の確保はどうやったんですか?」
「それは、結構簡単……院内放送で、死にたくなかったら院長室集合――って、ねぇー」
にへら、と志戯が笑う。
来ない奴が居たらどうしてたんだ、こいつは。
「多分、広い場所……病室棟に、いると――思う、よー。それじゃ、行ってらっしゃい……玄夜は、案内してあげて――ねー? 僕は、捕獲した音霊達の見張り……してなきゃ、だからー」
ひらひらと志戯が手を振り、玄夜は湊の肩に降り立つ。拒否権も人権も無かった、湊は苦笑しながら、もう一度手の中の小瓶を見る。軽く掲げ、中を覗き込んでみた――それはまったく当たり前の、何の変哲も無い小瓶にしか見えなかった。
だが、きっと志戯の言霊が込められているのだろう。ボケボケしているがこの看守、ある程度仕事はしている。今回のようなこともあるのだから、決して完璧とは言えないが。
まあ良いだろう、中々に――
「面白そう、ですからねっ」
■□■□■
「うー、うーうー……玄夜さぁん、せめて明かり付けましょうよぉー……」
薄暗い病院棟を歩く湊は、心底弱ったような顔で前方を飛ぶ玄夜に声を掛けた。
院内はとにかく暗かった。時間帯関係なく、この院内は暗い――すべての窓が板で塞がれている所為である。廊下もまた例外ではない。何か理由があるのかと問えば、単に窓ガラスよりは丈夫だからと言うだけの事らしい。光の取り入れなど、志戯や音霊、玄夜にとって問題ではないのだ。玄夜は盲いているし、志戯は無駄に夜目が利く。普通の見学者の事は、まったく考慮されていない。
歩きにくいし、何より見通しが利かないのは不安感を育てた。玄夜は振り向き、申し訳なさそうに告げる。
「申し訳ございません、湊さま……何分、電球が軒並み切れておりまして」
「放送が出来るってことは電気通ってるんでしょう? せめて窓開けるとか、光は大事ですよー……少なくとも暗いよりは明るい方が便利ですっ」
「私もそれは常々言っているんですが……何せ、相手は志戯なもので」
「……ですよね」
はぁうー、と湊は溜息を吐き、手の中の小瓶を玩んだ。
瓶の口部分には、何やら複雑な文様が彫られていた。それは多分、志戯の喉を封じている包帯に描かれているものと同じなのだろう。言霊――音を封じる、小瓶。音、声、それを封じる――言霊。
もしも声を封じられてしまえば、それは致命的だ。どうしようもない。音霊は物理的な接触が出来ない、つまり、物理的な攻撃は通じないし――仕掛けても、来ない。だから肉体が死ぬことはないだろうが、何せ言霊の具現である。責め続けられれば精神が崩壊させられることも有り得るだろう、それは、御免だった。面倒臭いし。
自分の声にはどの程度の力があるのかな、と、湊き自分の喉を押さえた。指輪の感触が伝わる。はぁ、ともう一度溜息を――
「はわぁあッ!!」
「湊さま!?」
吐く寸前で、豪快にコケた。
「あ、あぁう……や、やっぱり暗いのは危ないですよぉッ!」
「湊さま、おデコが赤く……」
「い、痛いぃー……」
ぐす、と鼻を鳴らし、湊は立ち上がる。埃が制服を白く汚してしまっていたのでそれをぱたぱたと払い、落としてしまった小瓶を探す――が、いかんせん暗くて探しようが無い。はわはわ、と慌てていたところで、不意に彼女の指輪が薄く光った。
指が熱い、何かの気配を伝えている。玄夜が湊の肩に乗り、その盲いた眼を――前方に向けていた。
白い靄の塊。ひゅう、と音が聞こえる――それは息を吸い込むような。
来る、と思った瞬間、湊は叫んでいた。
「わ―――――――――――――――――――ッ!!」
音――声、と言うのは振動である。より大きな振動を加えてしまえば、それは呑まれ、粉砕される。つまり、大声を出していれば音霊の言霊にとらわれる事は無いのだ。とっさの事ではあったが彼女の策は成功した、ただし、この一度に限って。
肺活量の問題がある、ずっと声を上げ続けていることは出来ない。つまり、現状は時間を稼いでいる状態でしかないのだ。何か、今の内に考えて手を打たなければ。むしろ小瓶を探さなくては。湊は視線を巡らせるが、やはり明かりが足りない。仕方ない、と、彼女は軽く手を上げた。
「み、湊さま?」
「か……火事になったらごめん?」
「え、火事は困ります火事はーッ!」
「下手に飛び上がったら焼き鳥になっちゃうんだよ、玄夜さんッ!」
ご、ぉッ。
湊の手から巨大な炎が上がり、辺りを照らす。音霊は一瞬ひるみ、言葉を発っしなかった。その一瞬に湊は落ちていた小瓶の場所を補足し、蹴り上げる――軽やかな足技で、それは口を音霊に向けたままに飛んだ。
喋らせる間も無く、彼女は叫ぶように命令する。
「さっさとお家に帰んなさぁいッ!!」
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「……豪快に……やった、ねー……?」
煤だらけになった廊下の一角。
感心するように呟いた志戯に、あはは、と湊は笑って見せた。
幸い可燃物も少なく、建物自体も鉄筋製だったため延焼こそ無かったが――その一角は派手に焼け焦げていた。火事になっていたら、ごめんどころの騒ぎではすまなかっただろう。慌てていたとは言え、少し巨大すぎる炎を出してしまったかもしれない――はわぁ、と肩を落とす湊に、志戯はクスと笑う。
「別に、大丈夫……だよー。片付けは、玄夜が……して、くれる――からー。お疲れ様、だったよー……お陰で僕は、気持ち良く昼寝が出来た……」
「って……志戯さん、見張りしてたんじゃ」
「……ああ、そう、見張り――見張り、してたよ見張り……」
「し、視線が四次元を遊泳中ですからーッ!!」
スパァンッ!
気持ち良いハリセンの炸裂音に、解放された音霊達がクスクスと笑っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2332 / 湊・リドハースト / 女性 / 十七歳 / 高校生兼牧師助手(今のとこバイト)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、初めまして。ライターの哉色戯琴と申しますっ。この度はボケボケな異界へ発注頂き有難うございました、早速納品させて頂きます。
ボケ時々突っ込みと、NPC二人の丁度中間に来る感じの良いキャラだったので……割と好き勝手に使ってしまった感じでしたが; プレイングや設定を考慮に入れながら、こんなお話に仕上がりました。
少しでもお楽しみ頂けれていれば幸いと思います。それでは失礼致しました。
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