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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


平行線 −pass each other−


 ひややかな空気に身を震わせながら、神崎・こずえ(かんざき・こずえ)は夜道を歩いていた。こずえはセーラー服に身を包んでいる。今回の調査のための偽装――というよりも敵を誘き出すための作戦なのだ。
 今回、依頼を受けたのは、この近隣にある高校の学校関係者からだった。なんでもその学校の生徒が下校中、何者かに襲われるらしい。その何者かは当初、変質者と想定され、教師たちは生徒に注意を呼びかけていたらしいのだが、どうも相手は『人』ではないらしい。『人』ではないということは警察には手に負えない『人外』が相手ということになる。大方、妖魔の類だろうとこずえは思った。
「公園かぁ……」
 こずえは口元に指を当てて考え込んだ。今回の依頼は戦闘に発展する可能性が無きにしも非ずだ。もし、道端で敵と出くわした場合、路地裏などに逃げ込まれたら厄介だ。こずえは見通しの良いこの公園で敵の出現を待つことにした。
 公園には大きな噴水があってその周囲にいくつかベンチが設置されていた。周囲には鬱蒼と生茂る針葉樹。
「……ん?」
 その木々が微かに揺れた――と、思ったらガサガサと音を立てながら人影が浮かび上がってきた。
 まさか、早くも妖魔のお出ましなの?
 こずえは咄嗟にスカートをたくし上げ、足のベルトに差し込んである銃を引き抜いた。いつもならばスリットから楽々、引き抜くことができるのだが、今回はセーラー服だ。ちょっと勝手が悪い――それが災いしてか人影に遅れを取った。
「女の子がこんな夜道を一人で歩いてちゃいけないよ、ぐへへへ」
 と、現われた妖魔(?)は下衆な悪声を響かせながら『禁断の門』を開いた!(注意:禁断の門とは変質者がトレンチコートを解き放ち、全てをさらけ出すという意味である)。
「きゃああ! 変態! どっか行ってよ!」
 こずえはそう叫びつつ、プロの格闘家並の流麗なフォームで変質者を蹴り飛ばした。どこを蹴ったのかは目をつぶっていたので分からないが、妖魔あらため変質者は悲鳴を上げながら地べたを転げまわった。のたうちまわる変質者に目を向けたこずえは、
「……め、目が潰れる」
 何かいけない物でも見てしまったかのような蒼白な表情を浮べ、胸の前で十字を切った。
 アーメン。
 で、近くを通りかかったパトロール中の警官に引き渡した。

 仕切りなおしかな――
 そう思ったこずえは再び公園内を徘徊することにした。
 しばらく歩いていると今度は争う声が聞こえてきた。
 時折、耳を劈くような叫び声――それは人間の声とは違う異質な周波数を伴った奇声。
「今度はビンゴみたいね!」
 こずえは半ば確信しながら現場に向かって駆け出した。ひるがえるスカートを押さえもせずに夜の公園を疾走する。
「……え?」
 現場に到着――だが、目に飛び込んできたのは妖魔だけではなかった。
 争う声から学校関係者が襲われているものとばかり考えていたこずえだったが、そこにいた『人間』はこずえのよく知っている『男』だった。
 街灯の光が『男』の顔の輪郭を明確にし、目と眉と鼻と口を浮き彫りにしていく。さらに全身を――こずえはそれが誰なのかを悟り、思考が完全に停止してしまった。
 長身でがっしりとした体つき、それは以前と変わっていないが、表情はまるで別人のようだった。しかし、彼は普通の『人間』だったはずだ。妖魔に対抗できる『力』は持ち合わせていなかったはずなのだ――
 と、男が妖魔に飛び掛った。拳が妖魔の顔にめり込む。
 こずえは、そこでようやく悟った。明智・竜平(あけち・りゅうへい)が、もはやこずえの知っている以前の彼ではないということに。
「はああああっ!!」
 竜平がものすごい絶叫を響かせながら妖魔に拳を繰り出した。妖魔も絶叫を上げ、後方へ吹き飛ぶ。転がりながらも体勢を整えようと妖魔が長い足の爪をコンクリートの地面に突き立てるが――見えない力が妖魔を襲った。
「ククク……話にならないぜ」
 竜平が妖魔に右手を差し向けながら言った。
 念力の類だろうか、とこずえは思った。
 力の全てを使い果たした妖魔は醜態を晒しながら消滅していった。
 公園内に静寂が戻る。
 竜平が歩き出そうとするのでこずえは茂みから飛び出し、
「りゅ、竜平!」
 声を大にして呼び止めた。すると竜平はピタリと足を止め、こちらを振り返った。
「こずえか。久しぶりだな」
「一体……何があったの? 竜平、変だよ」
「変? ははは、違うだろ。俺は力を手に入れたんだよ。何者にも屈しないすごい力をな。もう、こずえの足手まといにはならないぜ? そうだ……今からそれを証明してやるよ」
 竜平が足を前に踏み出す。
 こずえは一歩、後ろに下がった。そして、身構える。
「力だ。俺には力があるんだ……」
 竜平は焦点の定まらない目でどこか中空を見上げたままこずえに歩み寄ってきた。
 その並々ならぬ霊力にこずえは背筋が凍るような思いだった。
 熱にうかされたように竜平は「俺には力がある」というようなことをうわ言のように繰り返していた。竜平が一番、欲していたモノ。それは『力』だった。
「うあああああ!!」
 竜平が攻撃を仕掛けてきた。こずえはその攻撃を受け流し――だが、あまりの威力に体のバランスが保てずに横転してしまった。なおも竜平が飛び掛ってくる。こずえは地面を転がりながらどうにか避けた。
 地鳴りがしたかと思えば、地面に穴が空いていた。竜平の力だ。絶大なる攻撃力。
 こずえは体を反転させ起き上がり、中腰の姿勢でスカートの中のベルトから銃を引き抜こうとしたが――それは躊躇われた。
 相手は他ならぬ竜平だ。ここは耐え抜くしか道はない。
「この世界は力こそ正義なんだ! 力がなければ意味がない!」
 竜平が叫びながら右手をこずえに向けた。
 まずい! と、思ったこずえは再び地面を転がった。
 後方にあった鉄製のゴミ箱がぐにゃりとスクラップのようにひしゃげた。
 竜平が口元をゆがめて微笑する。
「竜平! 目を覚まして!」
 こずえは必死になって呼びかけたが、竜平は正気を失っているらしくまったく聞く耳を持たない。そして、奇声を上げながら再度、攻撃を仕掛けてきた。
「――くっ!」
 今度は受け流せず組み合いになってしまう。竜平はこずえの首を両手で掴んだ。そのまま締め上げてくる。酸素の供給が断たれる。息が出来ない。
 苦しい、息が苦しい、酸素が欲しい、空気が欲しい、薄汚れた空気でも構わない、空気を……。
 意識が薄れていく――まずい、反撃しないと。なけなしの理性がそう判断する。
 こずえは手足を動かし、最後の抵抗を試みた。しかし、竜平の顔を見ているといろんなことが頭を過ぎってしまう。そして、諦めかけてしまう。
 そっか、あたし竜平に殺されるんだ――
 こずえが己の死を悟ったそのとき、
「きゃああああ!!」
 人間の声とは思えないような絶叫が轟き、近くのマンションにその声が木霊した。
 悲鳴に続いて犬の咆哮が聞こえた。何度も吠えている。どうやら、付近の住民が犬の散歩をしていたらしい。
 付近は住宅街だ。公園が散歩コースになっていたのかもしれない。
「……ちっ」
 竜平がこずえを解放した。我に返ったらしい。
「……はぁ……はぁ」
 肺に空気を流し込む。大量に。
 竜平と一瞬だけ目が合った。が、すぐに彼は踵を返した。
「……まって!」
 こずえは反射的に竜平の腕を掴もうとしたが、するりとかわされた。そして、そのまま竜平は駆け出してしまった。
 何がどうなっているのか、こずえにはわけが分からなかった。
 ただ、竜平を黙って見送った。
 後ろ姿だけは、以前と変わらないな――そう思いながら。



 −終−