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<PCシナリオノベル(シングル)>


『鬼社』


 白、雪の色……
 赤、血の色……


「はあはあはあ」
 その少女は真っ白な雪が降る中を走っていた。
 雪の上についた少女の足跡、それを雪がまた埋めていく。それは雪もまた少女を応援しているからであろうか?
 彼女の愛の逃避を。
 もう誰も彼女を追ってこられないようにと。
「はあはあはあはあ」
 雪のように白い頬を薄っすらと桜色に紅潮させて彼女は彼との逢瀬の場所を目指している。
 いつも彼と逢瀬を重ねていた場所。
 そして今日、ついに二人一緒にこの村を出て行くための待ち合わせの場所。
 大きな御神木の下で彼女は小さく開けた口から白い氷の結晶かのような息を吐きながら、きゅっと健気に着物の胸元を握り締めながら愛しい彼を待っていた。
 しんしんと、しんしんと、雪が降っている。
 真っ白い雪が。
「まだかしら、彼は?」
 彼女はかじかんだ手に息を吹きかけると、その手で胸元に入れておいた櫛を取り出した。とても綺麗な細工が施された上物の櫛だ。その櫛を見つめる彼女の顔はとても優しく、そして綺麗な表情が浮かんでいた。
 と、彼女がその表情をまたより綺麗で、かわいらしいモノに変える。
 彼女の視線の先には、青年がいた。少女よりも少し年上の男。
 少女は両手で櫛を握り締めて、彼の元へと走り寄って、
 そして彼も彼女の方へと近寄っていって、


 ぐしゅぅ


 しんしんと、しんしんと、しんしんと降る雪の音だけが聞こえてきそうな世界に刃物が肉を貫く湿った嫌な音がした。
 それは酷く残酷に世界に響き渡った。
 神社を取り囲む竹林が一斉に鳴る。
 さぁさぁさぁさぁ。
 さぁさぁさぁさぁ。
 泣いているように。
 ばさぁ、と彼女は両膝をついて、
 それで彼女は両手で腹を押さえながら顔を上げる。
 ぐしゃぐしゃに涙と鼻水と、口から吐瀉した血で顔を歪めながら。
「どう、してぇ…?」
 彼は彼女を刺した刃物を落とし、後ろに後ずさりながら、意味の無い声を漏らして、そして一目散にその場から走り出した。
 彼女は、その彼を追おうとして、最後の力を振り絞って立ち上がって、前に行こうとして、


 ばきぃ。


 だけど彼女の足下でその音がして、
 ぐしゃぐしゃな表情をしていた彼女は大きく目を見開いて、
 その目で足下を見て。
 その窪んだ雪の上には、真ん中で折れた櫛があった。
 それが彼女の心にもたらした衝撃はいかほどのモノであったのだろう?
「うぅぅああぁあぁああああぁぁぁぁぁぁぁ」
 彼女はその場に跪いて、そして延々と真っ白い雪を降らせる灰色の空を見上げて、声にならない…悲鳴のような泣き声をあげた。
 そうして彼女はその場で力尽きて死んで、真っ赤な血に染まった雪の上で死んでいる彼女を雪が無慈悲に覆い隠して、
 その彼女の骸のすぐ近くにある御神木に刻まれた彼女と彼の名前からどくどくと赤い血が溢れかえった。
 そうして白い雪に覆われた大地から幾本もの手が生えて、その手たちは彼女の骸を掴むと地中奥深くへとその彼女の骸を引きずり込んで、そしてしばらく辺りには何かが死体を喰らう湿った嫌な音が響き渡っていた。



 とうに誰からも忘れられた、かつてあったひとりの女と男の物語………。



 白、雪の色。
 ―――シロ、死に装束の色。
 赤、血の色。
 ―――アカ、恨みの色。
  


 ――――――――――――――――――
【Begin Story】
【T】


「神社に立ち入り禁止といっても、まだ幼い子どもですから、致し方ないと想います」
 私は草間氏に笑いを含んだ声でそう告げた。私自身、想うからだ。禁止されると何かスリルを感じるのも否定できはしないと。
 ――――――まあ、禁止を破りなさいと勧める訳ではないが。
 私は肩を竦めて、零嬢が渡してくれたメモに目を落とした。
 メモされているのは郊外の神社の住所。
「それと、その鬼についての事も少し聞きたいのですが、大丈夫ですか?」
 私はずっと草間氏の隣でソファーに座って俯きながら泣いている少年に声をかけた。
 彼はびくりと肩を震わせたが、それでも顔をあげて、途切れ途切れに話し出した。鬼の容姿を。
「なるほど、わかりました」
 私はこくりと頷く。
「セレスティ?」
「いえ、まずは敵の事を知るのが事件を解決するための一番最初のやるべき事ですから。ええ、ですから大丈夫。キミが勇気を振り絞って私に鬼の容姿を教えてくれたから、だからまた一歩、事件は解決へと近づきました」
 にこりと私が微笑むと、彼はまた大声で泣き出した。
 草間氏は彼の肩をぽんと叩き、零嬢もそっと彼の頭を胸に抱き抱える。
 彼の事はこの二人に任せておけば大丈夫だろう。
「さてと、それでは動きましょうか、私は」
「ああ。気をつけてな」
「ええ。また事件が終わったら、零嬢が淹れてくれた美味しい珈琲を飲みに来させていただきますよ」
 私が悪戯っぽい声でそう言うと、草間氏はわずかに目を見開いて、その後に苦笑し、零嬢はくすくすと笑いながら「美味しい珈琲にあうお菓子を用意しておきます」と言ってくれた。
 皆に私はにこりと笑い、そして草間興信所を後にする。
 世界は殺伐として、どこか私は世界にひとりで立っているかのようだった。そう感じられるのは、あの被害者であるはずの少年が言った言葉のせいかもしれない………


『白い肌で、紅い唇、それに銀髪の髪をしていて、2本の角があって、あと裾近くまで紅く染まった着物を着ていて…、
 だけど、なんかあの鬼、僕がこういうのもあれなんだけど………なんか泣いているような感じがしたんです。泣いているような…」


「これはひょっとしたら、ただの被疑者という事ではないのかもしれません、ね?」



 ――――――――――――――――――


 東京の郊外にその神社はあった。
 竹林にまぎれるようにして朽ちた鳥居があり、
 鬱蒼と竹が生い茂るそこは昼間でも薄暗く、社も非常に荒んでいた。
 奥に連ね鳥居があり、
 そのさらに奥に大木があって、
 その大木が御神木。
 ―――――――その御神木の周りにはいくつもの手が生えていて、その手がひとりの子どもの顔を、肩を、腕を、胴体を、腰を、足を掴んでいた。
 子どもは枯れた声で泣き喚いているが、しかしその声は生白いいくつもの手が、その手に捕らえられた子どもが、行方不明になった子どもを捜すべくその神社にやってきた警察官には見えないように聞こえはしなかった。
 さぁさぁさぁと笹の音が鳴っている。
 そしてその笹の音とデュエットを成すように、女のくすくすと笑う声。
「美味しそうな男だ。想った通りにおまえは新たな美味い血を持つ人間の呼び水になるよう。嬉しいな。嬉しいな。嬉しいな。大好きな人間の美味しい血。さあ、その美味い人間の血を堪能させてちょうだい」
 ふわぁっとその御神木から少女が抜け出る。
 ――――白い肌、紅い唇、銀髪、2本の角、そして裾近くまで紅く染まった着物。
 少女は警察官の前に現れ出て、にこりと微笑んで、
 警察官は、その少女の笑みに心を奪われて………
 さぁさぁさぁっと風が渡る竹林が奏でる静かな音色に重なって断末魔の叫び声が響き渡る。
 全身の血を啜られて死んでしまった男を足下に転がして少女は口の片端から滴らせる血を手の甲で拭いながら、にんまりと微笑んだ。
 薄暗い社の奥の、御神木の下で女は空を見上げて、声をあげる。
「うあぁぁぁぁぁーーーーーー」



 ――――――――――――――――――
【U】


「泣いているような、ですか?」
 私の説明を聞いた綾瀬まあやも小首を傾げた。
「ええ。彼はそう言っていました」
「被害者であるはずの彼に、恐怖に打ち震えているはずの彼にそう思わせるだけの何かをその鬼が持っているのだとしたら、それは性質の悪い敵かもしれませんね」
「そうですね。性質の悪い、敵だ」
 ―――性質の悪い敵、彼女はそう言いきった。
 その性質の悪い、というのがどこにかかっているのかは不明だが、しかし私はやるだけだ。己が心情のままに。
「大丈夫。その鬼にどのような背景があろうが、あたしもそれを滅しますよ。その鬼が人に危害を及ぼすのならば。あたしの正義に反するのなら」
「そうですね」
 ―――頑なにそう言う彼女の横顔を見据えながら私は小さく溜息を吐いた。
 自分の正義、信念、それに素直に順じ貫き通すのは素晴らしい事だが、だがこの世から争い事が無くならないのは、人の数だけ正義があるからだ。
 ならばいつか、彼女が私の敵となる事もあるのかもしれない。
 では、その時、私は………
「セレスティさん、そこを左です」
「ええ」
「しかし、ありますでしょうか、今から向う宮司の家に、情報が?」
「ある事を願っていますよ。それによって鬼への対処の方法も変わってきます。かつてその鬼を封じた文献があれば、その手を使ってまた鬼を封じればいい。しかしそれが無ければかわいそうですが、滅する方向で動かざるおえませんね」
「ええ」
 ブレーキレバーを少し上にあげて車のスピードを落とすと同時に私はハンドルを左にきる。
 その私の目に入ったのは一軒の伝統的な日本家屋であった。
 しかしそれを視界に映した瞬間に、私のうなじの産毛がざわりと逆立った。
 ―――殺気だ。それと妖気。そして死と血の香り。
「ちぃぃぃ。遅かった」
「どうやらあちらの方がほんの少し行動が早かったようですね。まあや嬢、車を家の前につけます。あなたは先に」
「はい」
 車のスピードをあげて、そしてぎりぎり宮司の家の前でサイドブレーキを上げると同時に私はハンドルにカウンターを入れるようにハンドルを切った。
 乱暴に宮司の家の前で停車した車から飛び出したまあや嬢は、宮司の家のぶち割られた玄関から家の中へと。
 こういう時は不自由な足が疎ましく思える。
 ―――いや、
「どうやら災い転じて福となすですか」
 車から出ると同時に、宮司の家の二階の窓が部屋の中から割れて、中から人影が飛び出してくる。
 私はそれに向かい右手を伸ばし、そして開け広げていた手をぎゅっと握り締めた。
 その瞬間、
「うぎゃぁー」
 それは断末魔のような悲鳴をあげて、地に落ちる。
 落ちたそれは硬いアスファルトの上でうつ伏せで倒れて、私はその彼女に肩を竦め、説明をしてやる事にした。
「キミの体に流れる血を少し操らせていただきました。血液の流れるスピードをあげて、心臓に負荷をかける。たとえキミが鬼でも、この攻撃は効くはずだ。さあ、どうしますか? ここで死ぬか、それとも大人しくまた封じられるか?」
「くぅ」
 鬼はうめき声とも舌打ちとも取れない声を出しながら顔をあげた。そして乱れて顔にかかる銀髪の隙間から私を睨んでいたその鋭い切れ長な目をしかし、大きく見開かせた。その眼光には確かに困惑があった。
 そしてその彼女の困惑が私に感染した訳でもないのだが、
「セレスティさん!!!」
 私の血流操作が弱まり、その隙をついて彼女は逃げ出していった。
「やれやれですね」
 私は顔を横に振りながら溜息を吐くと、
 視線をまあや嬢に向けた。
「それでどうでしたか?」
 彼女は静かにその私の問いに顔を横に振った。
「そうですか」
 もはや鬼は滅する方向でしかその対処法は無く、しかしあの鬼が私の顔を見て、見せた困惑には多少なりとも気がかりを私は感じた。
 ―――どうにも今回の敵は本当に性質が悪いようだ。
 だがしかし、すべてが失われたかと想ったその時、
「遅かったか…」
 後ろからした声に私はまあや嬢と共に振り返った。そこには、ひとりの老人がいた。



 ――――――――――――――――――
【V】


 馬鹿な。
 馬鹿な。
 馬鹿な。
 そんな馬鹿な。
 どうしてあの人が今ここに、この現世にいるのだ?
 輪廻の輪を経て、今再びあの人は私の前に現れたというのか?
 何故に?
 私を今一度、殺すためか?
 ――――かつてあの人が私を殺し、
 そして私があの人を殺し、
 そうしてまたあの人が私を殺すために。
 終わらぬ螺旋。
 憎しみの連鎖。
 ならばそれもいい。
 私が今一度………
 そう、今度こそ、あの人を殺そうぞ。
 きっとあの人は、またここに私を殺しにくるはずだから。
 ――――その時に、今度こそ。


 あはははははははははははは。



 +++


「さあ、お茶だ。飲みなさい」
 老人、竹之内正幸は私たちに湯気が上る熱いお茶を勧めてきた。
「いただきます」
 私は熱い湯飲みを手に取り、その中身を一口、口にした。不思議なもので、喉から胸へと落ちた温かみがざわついた私の心を静かに鎮めてくれるようであった。
 それはこの部屋に焚かれた香の匂いのせいもあるかもしれない。
「警察が来る前に退散して正解だったようだ。現場は蜂の巣をつついたようになっているよ」
「ええ、でしょうね。昨日から起こっている小学生の行方不明事件と関連付ける考えを持つ者もいるでしょうし」
「それは正しいのですけど、でも警察に処理できる事じゃない。できるのはそれに対抗しうる力を持つ者だけ。でも、どうして鬼は宮司の家を? 再び封印される事を恐れている?」
 まあや嬢の言葉にしかし、彼は首を横に振った。
「いや、あの宮司の家には然したる力はありはしない。あの鬼は、自分を裏切った基信の居た場所に住まう者をただ殺しただけだ」
 私はわずかに双眸を細め、そして真っ直ぐに彼に視線を送った。それはまあや嬢も一緒だ。
 彼は私たち二人の視線に、こくりと頷き、唇をお茶で湿らせると、話して聞かせてくれた。かつてあった…今では彼以外はもう誰も知らないある男と女の物語を。


「街が、まだ統合される前の小さな村々であった頃、この地には二人の若い男女がいた。男は村の神社の宮司の息子で、女は貧しい農家の娘であった。
 男は利発で顔が良く、
 女も美しい娘で、病気がちな母を抱えながらひとりで田畑を耕して、懸命にがんばっていたという。
 だが、女の家は貧しく、女はその貧しさ故に風邪をこじらせた母親に精をつけさせたい一心で、村の名主の家のにわとり小屋から卵をひとつ盗み出した。
 そう、たったひとつの卵だ。
 それが女の運命を変えた。男の運命も。
 女の母親は結局は死んだ。
 そしてその当時、村では原因不明の病気が襲っていて、
 村の者は卵を盗んだ罪として、女をこの村を領地とする山神に生贄として供える事を取り決めた。
 男は宮司の家の者だからいち早く父親と村の名主とで決めたそれを知り、夜の闇に紛れて一緒にこの村を出ようと彼女に告げた。
 そして雪の降る晩、女はいつも男と逢瀬をかわしていた場所で男を待ち続け、
 そうしてその場所で男に殺された」


「それは何故?」
 まあや嬢は抑揚の無い声でそう聞いた。
 彼はこくりと頷くと、その続きを口にする。


「男の家は宮司の家。これまで多くの娘たちを人身御供として神へと生贄にしてきた家。だからそれは許されるはずが無かった。もしも自分が娘を連れて村から逃げ出せば、残された男の家の者は村八分とされてしまうから。
 人身御供として心を殺して家族をこれまで差し出してきた人々がそれをどうして許せようか?
 だから男は女を殺した。
 人身御供にする事も、連れて逃げる事もできないから。
 だがこれは話の序章でしかない。
 流行り病は他の人身御供を捧げる事でぴたりとおさまったが、しかし宮司の家の者たち…男以外の者が全員死んだ。
 殺したのは女が変化した鬼であった。
 鬼はその怨念のままに宮司の家の者を残虐非道に殺し、男は次々と死んでいく家族や名主の家族の姿に心を壊し、狂い死にした。
 そして村も百日の日照りに、一ヶ月の長雨と異常気象で人々は苦しめられ、
 村人もひとり、またひとりと鬼に殺されて、村人の恐怖も最高潮に達して、もう村を捨てるしかないと人々が想い始めた時、そこに俺の先祖が来た。
 先祖は十日間、不眠不休で鬼と戦いこれを封じた。
 おまえらは封じの方を探して宮司の家に行ったそうだが、それは無駄だよ。先祖が鬼を封じた方法は力だ。力で封じ込んだ。方法といえば修験道の技と言うべきか。
 そういう事だ。それで先祖はこの土地に住み着いて、土着信仰の開祖となり、俺の一族は代々鬼の封印を守り続けた。
 そして俺にはあの鬼を封じる力は、無い」


「なるほど。では、やはり私たちが力で封じ込めるしかありませんか」
 私は立ち上がり、まあや嬢も続く。
「滅するのか?」
 彼はそう訊き、私はそれに頷く。
「ええ。それしか方法が無いのでね」
 ――――そう、同情だけなら誰にでもできる。
 しかし彼女をその哀しき憎しみの連鎖から救い出せるのは私しかいない。
「行きますよ、まあや嬢」
「はい、セレスティさん」
 だがそう言った彼女は私にその顔に浮かぶ表情を見せようとはしなかった。



 ――――――――――――――――――
【W】


 郊外の場所にあるその神社は荒れきっていて、まったく手入れはされてはいないようだった。
 やはり宮司の家の者にはこの神社の歴史は不吉すぎるのであろう。
 竹等が生い茂り、その竹林にまぎれるようにして朽ちた鳥居が存在する。
 昼間でも暗い境内。さらに奥にある連ね鳥居をくぐって、そのさらに奥にある御神木。
 そこに奇怪きわまる光景があった。
 いくつもの生白い手が大地から生えて、それらの間には人骨がいくつも転がっている。
 確かにそこは人あらざる者の世界。
 そしてその子どもは手に囚われながら泣いて、私とまあや嬢に助けを求めて来た。
「助けてぇ。お兄ちゃん、お姉ちゃん、助けてぇー」
 嗄れた声で泣き叫ぶ子ども。
 そしてそれを嘲笑うかのように生えた手が揺れる。
「悪趣味な花園ですね。まったく」
 私は無造作に手を振った。
 転瞬、大地が含んでいた水が噴き出し、それは水のヘビとなって、手を食い千切っていく。
「まあや嬢」
「はい」
 そしてまあや嬢はそう言うが早いか、子どもへとダッシュし、その子を抱き上げて、素早く大地を蹴って、身を翻し、
「後は任せます、セレスティさん」
「ええ。その子を頼みますよ」
「はい」
 彼女はこの場から離脱した。
 そしてただ竹林を渡る風が奏でる静かな音色だけが響くこの場で私と彼女の二人だけが残される。
 御神木からぬぅーっと現れた彼女の顔にかかる銀髪の隙間から私を睨む瞳は、やはり凄まじい敵意に塗れていた。
 私は肩を竦めざるおえない。
「やれやれ。知らず知らずのうちに人の恨みをかうことはやはり生きている限りはどうしようもない事ですが、しかしキミに私が恨まれる筋合いは無いと想うのですがね?」
 そう明らかにこの彼女は私が彼女を殺しに来たという理由以外の理由で私に敵意を持っている。
「教えていただけますかね? 私はキミに何をしましたか?」
「ァァァアアアアアーーーー」
 しかし彼女は甲高い声にならない叫び声をあげて、私に襲い掛かって来た。その湾曲状に伸びた爪が私の脳天目指して振り下ろされる。
 だが私は慌てない。
「質問しているのですがね?」
 私が小首を傾げると同時に、水のヘビはオートで彼女の私の脳天目指して振り下ろしていた手を食い千切る。
 彼女は悲鳴をあげて、後ずさろうとするが、しかし私はそれを許さない。
 指を鳴らし、
 そしてその転瞬に彼女は悲鳴をあげる。
「うぎゃぁぁぁぁーーーー」
 鼻を鳴らす私。
「もう先ほどのような事はありません。あなたの血流は私がもう一度指を鳴らさない限り、そのスピードを緩める事は無い。あなたの心臓はいずれ、破裂する。それを拒むのなら私の質問に答え、大人しく封じられなさい」
 宣告する私にしかし彼女は笑い、そして残りの手で、懐に入れられていた懐剣を手に取り、口で鞘をくわえて、刃を抜くと、それを振りかざして私に襲い掛かって来た。
「あなたは学習しないのですか?」
 そう、しかしその手も刃を私に振り下ろす前に水のヘビによって、食い千切られるだけだ。
 だが両手を失った彼女は…
「そうですか。それがあなたの答えですか?」
 それでも口を大きく開け広げて、犬歯と呼ぶには鋭すぎる刃を剥き出して、私の頚椎めがけて噛み付いてきた。
「ならば死になさい」
 故に私は、水の剣を、彼女の大きく開け広げられた口に叩き込んで、彼女を、
 ――――――――――殺した。



 ――――――――――――――――――
【X】


 足下に鬼の白骨を転がしながらひとりその場に佇む私の背後にまあや嬢が立った。
 私は溜息を吐き、後ろを振り返る。
「あの子どもは?」
「はい、無事に逃がしました。何かできないかと急いで帰ってきたのですが、遅かったようですね」
 肩を竦めながらくすっと笑った彼女に、私も肩を竦める。
「敵ではありませんでしたね」
「セレスティさんを相手に敵う者はいやしませんよ」
 彼女は先ほどの水のヘビによって食い千切られた鬼の手の白骨の傍らに立つと、しゃがんで、そして懐剣を手に取り、それを弄びながら、私に声だけをかける。
「それにしても本当にあの彼女はかわいそうだとは想いませんか、セレスティさん? 信じていた男に裏切られて、殺されて」
「そうですね。確かに哀れに思いますよ。信じていた男に殺された事も、そしてその恨みの情念が強すぎるあまりに鬼となった事も。でもだからと言って彼女の存在を見過ごす事はできない。そう、できません。彼女は人の生き血を啜る存在なのですから」
「そうですか。だからあたし………私を二度も殺したのね」
 そしてまあや嬢は唇の片端を歪に吊り上げると、両手で懐剣を握り締めて、私へと突っこんできた。
 だが私が何かをする間でもなく、彼女はその動きを懐剣の刃の切っ先が私に触れる前に止めた。
「まあや嬢、それがあなたの選択ですか? あなたは彼女に同情していた。それは私もわかる。先ほども言ったように私も彼女を哀れんでいる。しかし人の生き血を啜る彼女の存在は許されないのですよ。ですから、私が彼女を殺します。今一度、今度は完全に」
 紫暗の瞳から零れ落ちる涙。
 ―――まあや嬢が泣いているのか、
 それとも………
「セレ、スティさん」
 呟く彼女の足が大地を叩いてリズムを刻む。
 そのリズムが私の耳朶を叩き、【闇の調律師】という音の魔女である彼女のその力が私にある光景を見せる。
 その光景とは………
「これは彼女が死ぬ間際の光景?」
 真っ白な雪が降る中で、宮司の息子に殺される彼女。
 そして真っ白な雪に覆われて、
 大地から生える手に大地に沈められた彼女は、
 その大地から現れ出た時には、
 その身を鬼へと変えていた。
「なるほど、そういう事ですか」
 私は溜息を吐いた。
 すべての理由を悟ったから。
「セレスティさん、逃げて」
 まあや嬢は、その口から声を振り絞る。
 そしてぼろぼろと涙を流しながら彼女は、私にその刃を振りかざし、
「まあや嬢、拒絶なさい。あなたが拒絶すれば、鬼を…彼女を……人身御供とされてきた者たちを追い出せるはずです。それとも同情の気持ちゆえに私を殺しますか? 今度はあなたが鬼となりますか?」
 だがそう言う間にも刃が私に向かい振り下ろされる。
 煌く白刃は私の髪に………
「まさしく間一髪でしたね」
 触れる間際に止められた。
 そして私はその場に脱力してくずおれる彼女を片腕で抱き止めた。
 そうしてその私の前にまたいくつもの手が現れる。そう、それこそが鬼の正体。
 鬼とは彼女だけの怨念の結晶ではなかった。
 かつてあった村を守るこの神社の神に人身御供とされてきた人々の怨念が寄り集まってできたモノ。
 彼女はその中のひとつでしかなかったのだ。
 まあや嬢は己が存在の為に家族を殺した過去を持つ。その罪悪感が、この地に人身御供として捧げられた人々の想いと同調してしまった。故に彼女は体を乗っ取られた。
「これは確かに、封印するしかなかったかもしれませんね」
 かつて村のために、村に生きる者たちが生き残るために犠牲にされた者の想いが、人の魂を闇色に染めて、人を襲わせる。
 ――――もしくは神が新たなる生き血を求め、人身御供を求めたのか?
 幾本もの手は一斉に私に襲い掛かる。
 私はそれらを水の刃で斬り落とすが、しかしそれはすぐさま再生して、私を襲ってくるのだ。
「きりが無いですね、本当に」
 しかしだからと言ってもはやここで引き下がる事はできはしない。
 だったら、
「水よ、我に力を与えよ」
 私は空に手を伸ばす。
 そこにある水を操ろうというのだ。それは確かに楽な作業ではない。だが、やらなければこの戦いは終わらない。
「ならばやるしかありませんよね」
 にこりとクールに笑う私。転瞬、振り出した雨。
 その雨は大地に水溜りを作り、
「「「「「「「「「「ぎゃぁーーーーーー」」」」」」」」」」
 その水溜りは手を飲み込んでいく。
 そう、私は封印しようというのだ。
 私の力が尽きるのが先か、それとも怨念が尽きるのが先か。
「大丈夫。及ばずながらあたしもお手伝いさせていただきます」
 下でくすりと漏らされた声。
 そして彼女はぐったりと私に預けていた体を起こし、その手にリュートを出現させる。奏でられる音色に手たちの動きは緩慢となり、
 水溜りは貪欲にその手たちを喰らっていく。
 そうして最後の一本の手。それは折れた櫛を握り締めて、そこにあった。
「キミを残す事はできません。キミは人に害を成す。でも、キミという存在は私が生きている限り、私の心に生きます。それでは嫌ですか? キミを殺し、そしてキミが憎しみ続けよう…憎もうとしながらも、とうとう憎めなかった男に私が瓜二つというのも何かの縁だと想いますからね」
 私はそう言いながらその手の前で片膝を折り、両手でその手を握り締めた。
「さあ、もうお眠りなさい。そろそろキミは悪い夢から覚めても良い頃なのですから」
 そして私がそう囁いた瞬間、その手は光り輝き、
「おやすみ」
 その手が消えると同時に私の前に現れた彼女は金色の輝きに包まれて、天へと昇っていった。
 そして私はまあや嬢に顔を向ける。彼女は私に頭を下げた。
「すみませんでした」
「いえ。それよりもやはりあの子どもは鬼だったようですね」
「セレスティさん、知っていて?」
 わずかに目を見開き、驚いた声を出す彼女に私は肩を竦める。
「鬼への同情故に心の目が曇っていたまあや嬢は気付いていなかったようですね。おそらくはあの鬼は憑依型の怪異だと想っていました。憑依した者の体を己の器に相応しい怪異へと変化させるね。つまりは彼女もそうやって鬼へと変えられたのです。しかしまあや嬢ならば、怪異へと変化させられる前に鬼を自力で追い出せると想ったし、それにあなたが鬼を受け入れればそこから見えなかったモノも見えると想いましたから。事実、あなたのおかげで私は足りなかったピースを得て、パズルを完成させる事ができた」
 私はひょいっと肩を竦める。
「敵を欺くにはまずは味方からですか」
「そういう事です」
 溜息を吐く彼女に私はにこりと微笑み、そして折れた櫛をスーツの胸ポケットに入れた。
「さあ、では、帰りましょうか。彼を病院に送り届けて」
 ぱちんと指を鳴らすと同時にすべての手を飲み込んだ水溜りは蒸発し、それと同時に御神木は砕け散って、その中から幼い子どもが転がり出てきた。
 事件はこれで解決したのだ。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 私はブザーを鳴らす。
 そしてそれからわずか数秒で開けられた草間興信所の玄関の扉。
 開いた扉の隙間から姿を見せた零嬢はそのかわいらしい顔に満面の笑みを浮かべ、
 事務所のデスクに座る草間氏はニヒルな笑みを浮かべながら温かそうな湯気を立ち上らせるカップをわずかに上にあげた。
 私は彼にこくりと頷き、そうして零嬢に微笑みかけながら、それを口にする。
「それでは零嬢、約束通り美味しい珈琲をいただけますか?」
「はい。セレスティさん」



 ― fin ―



 ++ライターより++


 こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 草摩にとって2回目のシナリオノベルです。^^
 やっぱり、シナリオノベルは面白いと想います。
 要するにこれは三人でひとつのノベルを書き上げるということですものね。^^
 元となるシナリオはもちろん、僕が考えた事のないお話ですから、それに触れるというのも面白いですし、読んでいるとわくわくするのですね。
 そしてその依頼をどのように解決に導くのかをセレスティPLさまが書いてくれたプレイング。それもなるほど、という感じで読んでいて面白くって、プレイングを読みながら話を構築していく作業がものすごくわくわくして。^^
 それでお二人が紡ぎ出したお話のピースを組み合わせて、ノベルを紡いでいく。その作業が本当に楽しいのです。^^
 依頼、シチュノベも、僕が思いつきもしないようなプレイングがいただけて、それをノベルにするというのは大変に楽しい作業なのですが、でもこのシナリオノベルはまたそれとは違った楽しみがあって良いなーと想います。^^


 それで今回のお話ですが、ちょっと書きたいこととか上手に状況説明ができていないかもしれないので、説明させていただきますね。
 鬼は人身御供にされた者たちの魂の集合体です。冒頭に女の骸が手たちに喰われていたのは、その女の骸を喰らう事で、その喰らった体を繋ぎとして鬼という一個の存在になるためだったからです。
 セレスティさんとまあやが神社に行った時に手に捕らえられていたのは子どもに化けていた鬼の魂です。エネルギー体のようなモノが具現化していたと考えてください。
 そしてセレスティさんが相手をしていたのは、鬼の魂が抜けた抜け殻で、残留思念のみで鬼の体は動いていました。
 鬼は宮司の家の前での戦闘でセレスティさんとの力の差を感じ、それでその隙をつくために子どもに化けていたのです。
 そしてまんまと鬼に同情する(人を生贄にして生きる事に罪悪感を感じる)ばかりにまあやはその心の隙をつかれて、子どもに化けていた鬼の魂に体を乗っ取られたのです。
 そしてセレスティさんは最初に子どもを見た時にそれに気付きましたが、まあやなら大丈夫と信頼して騙されたふりをしました。そうして見事に事はセレスティさんがそれを見抜いた瞬間に組み立てた作戦通りに進んだのです。
 他にもどこか上手く説明できていない部位がありましたら言って下さいませね。^^


 結構、折れた櫛をさりげなくポケットに入れるセレスティさんと、ラストが自分で気にいっていたりします。^^
 やっぱりセレスティさんの優しい部分とクールで知的な部分とを描写できるのは楽しいと想います。^^

 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。