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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


もみじの決意

 朝目が覚めると、山の精から招待状が届いていた。
「何月何日最後の紅葉狩り。どうぞお出で下さいませ」
最後という言葉がひっかかった。そういえば彼女の守る山は昨今の行楽ブームで、マナー知らずの無粋者に踏み荒らされていると風の便りに聞いていた。静寂を好む彼女にとっては地獄のような日々に違いない。ひょっとすると耐え切れず、ついに自ら枯れる道を選ぶつもりだろうか。
 山の精が枯れればそこに生きる全ての生命も枯れる。植物も、昆虫も、動物も。自然界のバランスは崩れ、天変地異を引き起こすかもしれなかった。
 彼女を止めなければ。

 誂えたジャケットにパンツ、スゥエードの黒手袋にスマートな革靴と、凡そ登山にふさわしくない格好でシオン・レ・ハイは山を登っていた。見上げる木々には紅葉の気配もなかったが、いい天気だった。いい天気ということにばかり気をとられ、シオンは自分が招待状の日付を間違えたことに全く気づいていなかった。
「おや」
それよりも、違うことに気づいた。歩いている山道に、見覚えがないのだ。もしかすると道を間違えてしまったのだろうか。
 普段から、正しい道を歩いていても迷子になるシオンである。自分自身で間違えたかもしれないと思うのならばそれは完璧に道を誤っていることになる。
「しかし、まあ」
空気はおいしかった。空は青く、周囲は穏やかである。まだ時期が早いので観光客の姿もない。ここは目的地ではないけれど、一人でのんびり編物をするのにもってこいの場所ではないか。
「動かずに待っていれば、誰か見つけてくれるでしょう」
のんきなシオンはそんな言葉を呟いて、クヌギの根方に足を投げ出して座った。しかし、そんなシオンが第二の訪問客に発見されたのは実際問題、一週間も経った後の話である。
「君、ここでなにをしているんだ?」
ひたすら、延々と編物を続けていたシオンに声をかけたのは梅海鷹という、東京で獣医として働いている男だった。
「こんにちは」
シオンが編み針を動かす手を止めて道に迷った経緯を説明すると海鷹は豪快に腹を抱えて笑い、それから山の精の住む小さな滝のほとりまで案内してくれたのだった。
 山の精、もみじは苦笑にも見える微笑でシオンを迎えてくれた。そしてもみじのそばでは小柄な少年がほうじ茶と一緒に抹茶キナコおはぎを頬張っていおり、ほっそりとした木の幹にもたれて、黒髪の女性がじっとこっちを見つめていた。少年の名前は鈴森鎮、女性の名前は我宝ヶ峰沙霧といった。
「こんにちは」
シオンは礼儀正しく挨拶したが、二人が彼に向かって投げつけている視線には明らかに不審の色が混じっている。けれどシオンのよいところは、そういう視線に込められた悪意さえ気づかない、生粋の鈍感さなのだろう。

 沙霧、鎮、海鷹、シオン。四対の目がもみじを見つめていた。まるで目を離したその瞬間に彼女が消えてしまうとでも言わんばかりだった。
「紅葉は、まだなんですねえ」
ふっと、緊張を断ち切るかのごとくシオンが空を仰ぎ見て呟いた。最後の紅葉狩りと言われて招待されたのに、肝心の紅葉はどこにも見当たらなかったのだ。
「ええ、それは」
「私たちだけを招待しておいて、一日だけ山を紅葉に変えてその後でいなくなるつもりだったんでしょう」
おっとりした口調のもみじに代わって沙霧がさばさばと説明する。
「もっとも、私たちがここにいる以上はそんなこと許さないけど」
「・・・・・・それでは、どうすればいいんですか?」
毎年好き勝手に振舞う観光客の大群に悩まされ、思いつめた挙句選んだ道は阻まれて。自分にできることはなにもないのかと、もみじは細い肩を震わせた。
 集まった顔ぶれの中にはもみじと同じように、本質が人でない者が多かった。だから、もみじの気持ちがわからなくもなかった。今の世界は人以外の者には住みにくくなっている。みんな、もみじと同じ境遇だ。ただ違っているのは皆もみじほどには心弱くなかったり、苦しみに気づく感覚を鈍くしていたりするだけなのだ。
「でも本当は俺たち、あの人くらい苦しくなかったのかもしれない」
鎮にはわからなかった。山がなくなってしまうのは嫌だけれど、もみじが本当に苦しいなら仕方ないのかもと思ってしまう。
「そうかもしれない。でも、それでも、彼女がいなくなることは許されない。どれだけ辛くとも、彼女はこの山を守るべきなのだよ」
海鷹には家族がいるから、なにかを守るという大切さをよく知っていた。柔和な表情で、しかし瞳に強い意志を込めて、もみじに語りかける。山の精がいなくなるということは、単に山一つが失われるということだけではない。同じくここで暮らす動物、植物、ひいては近隣の山にまで影響を及ぼす深刻な問題なのである。

「ですが、どうやって守るのですか?」
自分の手ではせいぜい木の一本程度しか抱きかかええられないと、シオンが両手の指を広げてみせた。
「ずうずうしい連中は、脅かしてやればいいんじゃないか?」
たとえば地すべりを起こしてみたりとかさ、と鎮が提案するがこれはもちろん却下される。そんなことをすればかえって山に重機が入り込み、人の入り込む場所はアスファルトで埋め立てられるだろう。
「しかし、まずはマナーの悪い観光客をなんとかすべきだな」
今現在山は国有地となっている。たとえば、国に頼んで侵入制限をかけてもらえるならばとりあえずのごみは減るはずだ。
「・・・・・・そうね」
海鷹の提案に、沙霧が頷いた。
「少し時間をちょうだい。私がなんとかするわ」
「なんとかできるのか?」
頬にキナコの粉をつけたまま鎮が沙霧を見上げる。甘く見ないでちょうだいと沙霧はその幼い額を指で弾く。
「だからあなたたちは、あなたたちにできることをやってなさい」
「俺たちにできること?」
鎮はやや中空を見上げ、少し考えた。すると、今日山を登ってくる途中に見た看板のことを思い出した。
「そうだ。俺、ごみをすてるなって看板を見たよ」
山を守ろうとしているのはなにも、自分たちだけではないのだ。人間たちの中にも、自然を荒らす者と守る者がいる。彼らだってもみじにいなくなってほしいとは、山を枯らしたいとは願っていないはずだ。
「そういう活動団体と協力して、地道な形で山の保護に努めることも大切だな」
「ゴミ拾いなら私にもできますよ」
腕組みをしながら頷く海鷹の横で、シオンがほっと胸を撫で下ろす。それから吹いてくる風に髪の毛を弄ばれながら
「ここはとても気持ちのいいところです。みんながここを大好きになれば、山はなくならなくてもいいと思います」
と、温かいほうじ茶をすすった。その通りかもしれない、ともみじは思った。シオンののんきな顔を見ていると、今までどれだけ悩んでも解決できなかったことが、なんでもないように思えてくるのだった。
「・・・・・・よろしく、お願いいたします」

 もみじの滝のところで沙霧と別れ、シオン・鎮・海鷹は看板の作成者の元を訪れた。それはふもとの土産屋の一人娘で、まだ小学生だというのにたった一人で死んだ父の遺志を継いで山を守ろうとしていたのだった。三人が彼女と協力して保護活動を始めたのは、もう一週間も前のことだった。
 初日からずっと、シオンは土産屋の隅っこで大きな体を丸めこむようにしてごみ捨て防止のチラシを制作していた。コピー用紙にマジックで書いただけの代物だが、文字を何色にも書き分けたりイラストを混ぜたりして、なかなかの自信作だ。ただ、うっかり油性ペンを滲ませたおかげでテーブルを汚して女主人に叱られてしまった。
「新しいチラシできた?俺、配ってくるよ」
朝から晩まで、山の駅と土産屋を何度も往復しているのは鎮。愛嬌で駅の職員に頼み込み、二駅先の大きな駅までただで往復させてもらっている。人の集まるところでチラシを配ったほうが効果は上がるだろうと踏んだのは海鷹だ。海鷹は、山の中を歩き回ってゴミ拾いとマナーの悪い観光客に厳しい注意を与えていた。
「さてチラシ作りも終わりましたし、私もゴミ拾いに行きましょうかね」
テーブルに残ったマジックを消し終わると、シオンは立ち上がった。と、天井から下がった電灯の傘に頭をごんとぶつけた。
「またやってる」
ちょうど学校から帰ってきたみやげ屋の少女が、シオンを見て笑った。子供の笑顔を見るとシオンも心が和むので、笑顔を返した。少女がランドセルを置いてくるのを待って、二人で一緒に山に入った。
「少し、赤くなってきましたね」
シオンは紅葉の進み具合に目を細めた。精霊であるもみじが、山の色を変え始めたのだった。それが観光客を増やしている理由にもなるのだが、日々赤く身を転じつつある山は、明日はどんな色になるのだろうとわくわくさせる。
「去年もきっと、きれいだったんでしょうね」
「比べたいならまた来年来てよ。その次の年も、その次の年もずっと」
そうですねと答えながらシオンは捨てられたペットボトルを拾い上げてゴミ袋へ入れる。明日は、今日よりもごみが少ないといいなと願いながら。

 鎮・海鷹・シオンの三人が自然保護活動を始めてから二週間経った日の朝、沙霧が帰ってきた。鄙びた駅前で茶色い封筒を小脇に抱えて歩いているのを鎮が見つけたのだった。
「ただいま。山、なんとかなったわよ」
「それは良かった。しかし国は迅速な対応を見せてくれたものだね。あれだけ観光名所になる山へ進入制限をかけるのは、随分非難の声が上がりそうなものだが」
「ううん、全然聞いてくれなかった。嫌になるほど頑固」
「それではどう、なんとかなったのですか?」
海鷹は腕を組みながら顎鬚を撫で、シオンは首を傾げる。鎮もよくわからないといった表情を浮かべていた。
「買った」
「・・・・・・は?」
一拍置いて、二人の声が重なった。海鷹と鎮のもので、そのときシオンは乗り遅れてしまった。
「向こうさんは私がなにか言うたびにまずは閣議に提案してから、ってそればっかりなのよ。うじうじ面倒くさくって、だから私が買ってやったの」
私有地になったんだからもう好き放題できるわよと沙霧。確かに手っ取り早い方法だが、大胆というか強引というか。海鷹と鎮のため息は再び重なり、そしてやっぱりシオンはまた乗り遅れたのだった。
 ともかく、ことの始末を報告するために四人は再度もみじの暮らす滝を訪れた。以前に揃って来たときと違っているのは、視界に入る葉っぱ全てが赤や黄色に躍っていることだった。そしてもみじの着ている紬も、以前よりは鮮やかな色彩に変わっていた。
「皆様、ありがとうございます」
沙霧が山の持ち主となり観光客の数を制限するということ、これからも四人が時折山を訪れては清掃活動に働いたり新しい苗木を植樹するつもりだということを報告すると、もみじはその細い首を折って深々と頭を下げた。
「皆様には随分と骨を折っていただき、また、励ましてもいただきました。これからは多少のことに挫けず、四季の彩りを以って皆様の目を楽しませられるよう、恩返ししてゆきたいと考えております」
「じゃあもう枯れるなんて思わないんだな」
鎮が嬉しそうに訊ねると、紅葉は微笑んで頷いた。
「では来年も、この美しい紅葉が見られるんですね」
今年の紅葉を見ながら来年の話をする気の早いシオンに、皆が笑い声を上げた。中でも一層朗らかだったのは、もみじの声であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3935/ 梅海鷹/男性/44歳/獣医
3356/ シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん
3994/ 我宝ヶ峰沙霧/女性/22歳/"滅ぼす者"

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は一・四段落目の展開がPCさまごとに異なっています。
他の方の作品も併読していただければストーリーが深まります。
その際時間の流れは
「(一段落)シオンさま→沙霧さま→鎮さま→海鷹さま」
「(四段落)鎮さま→シオンさま→海鷹さま→沙霧さま」
となっています。
今回シオンさまはうっかりでもあるんですが、なんとなく
いいことを言うキャラとして書かせていただきました。
驚きやため息に乗り遅れるような性格、大好きです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。