コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


『キャンプ場の怪』


「馬鹿よ。あなた、大馬鹿よ。喜ぶと想った。あたしがそんな事をされて喜ぶと想った? 馬鹿よ、あなた、本当に大馬鹿よ」
 彼女は泣きながら、湖の中に足を踏み入れ、そのまま湖の真ん中へと歩いていった。
 ひとりの少女が入水自殺をし、そしてそれから長い時が流れた。
「おっ、何だよ?」
「どうした?」
「なんか変な祠があるんよ」
「お、マジで」
「何かすごいお宝が入ってるかもよ?」
「もしくは宝への地図とか?」
「きゃはははははは」
「壊してみようよ」
 湖の傍らに立てられた祠。
 その祠を取り囲んだ六人の大学生たちはおそらくは軽いノリでそれをやったのだろう。
 しかしそれがもたらした悲劇は………
「うわぁー」
「きゃぁー」
「だ、誰かぁー、助けてぇー」
 六人全員の命を奪う微塵の容赦も無い現実となった。
 それが因果応報と言うのであれば、それならばそれをやった者はどうなるのだろうか?
 それが因果という名の連鎖。悲しみは哀しみを、破滅は破滅を呼ぶ。
 そしてその連鎖に彼も足を踏み入れた。
 その現場を見ていたその彼は………
「おまえらが悪いんじゃ」
 己が想い故に連鎖の中に足を踏み入れて、それをやった。
 彼がした事とは………
 そしてそれをした彼に襲い掛かる因果とは………
 そうしてその因果の連鎖にセレスティ・カーニンガムが足を踏み入れる時、また新たな運命の輪舞が回り出す。



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


「運命。英語で言うならDESTINYでし」
「スノー、いきなりどうしたんですか?」
 突然、意味のわからぬ事を言い出した虫にセレスティは小首を傾げた。
「わ、わかんないでし。なんだか急にそれを言わなくっちゃいけないような気がして。なんか変でしねー」
 腕組みしながら小首を傾げるスノードロップにセレスティは肩を竦めた。
「まあ、よいでしょう。それよりもあと少しで着きますよ。目的地であるキャンプ場に」
「はいでし」
 スノードロップは勢い込んで頷いた。
 今回の依頼主は**県**村にあるキャンプ場の経営者からである。
 そのキャンプ場で事件が起こったのは今から半年前。
 被害者は**県**市にある北山大学の大学生男女六人。
 彼らは3泊4日の予定でキャンプ場に来ており、その日は平日ということもあってそのキャンプ場には彼ら以外は宿泊者はいなかった。
 そしてその翌日、新にそのキャンプ場に宿泊するために訪れた家族が、彼らの遺体を発見し、事件が発覚する。
 マスコミでもこの殺人事件は多くの人々の興味を引くとあって、様々な特集が組まれ、吸血生物のカバラチュラが実は日本にも生息していて、それで六人を襲ったのだとか、信仰集団が何かの儀式の為に六人を襲い、生き血を強奪したとか、そのような話ばかりが流れていた。
「まあ、警察がそのような事を言う訳にもいかないので、彼らが出した死因は喉を凶器によって破かれた事によるショック死。体内に血液が無かった理由というのは、傷口から血液がほとんど出血し、それで残っていなかったという物です。警察は信じたくなかったのでしょうね。自分たちが相手にするのが、儀式などのために血液を強奪するようなイカレタ集団や未知の生物などとは」
「なるほどでし。それでセレスティさんは今回の事件はどう考えてるんでしか?」
「そうですね。喉を食い破られて、と云いますと直ぐに思い浮かぶのは吸血鬼ですね。食い破るのは理性が無い生き物のような気がします。その理由はまだいささか不明ですが、しかしこれにはきっと何か奥深い物があると想うのです。やはり、キーとなるのは祠、でしょうね」
「祠でしか?」
「ええ、祠です。その祠に祭られていたモノ、それが気になります」
「なるほどでし。とにもかくにも行ってからでしよね」
「そうですね、スノー」
 にこりと笑いながら頷いたセレスティにスノードロップは景気よく胸をぽんと叩いてみせた。
「セレスティさんの役に立てるようにがんばるでし」



 +++


「半年前の大学生六人の殺害事件の記憶もようやく薄れて予約が入り始めた矢先にまた、殺人事件なんて起きちまって。本当に私はもう、悔しいの、なんのって」
 キャンプ場の管理者である男性は涙声で調査にやってきたセレスティの手を両手で取ると、そのセレスティの手をぎゅっと握り締めて何度も頭を下げた。
「本当によろしくお願いいたします、セレスティさん。なんとしてもこの事件を解決してください。じゃないと私はここで生活できなくなってしまう」
「ええ、任せておいてください」
 セレスティはにこりと頷いた。
 そして彼は杖をつきながらキャンプ場へと足を踏み入れた。
「変わってしまいましたね、随分とここも」
「ほへぇ。セレスティさん、ここへ来た事があるんでしか?」
「ええ、随分と昔………そうですね、70年ぐらい前でしょうか? ここにやって来た事があります。ずっと忘れていて、思い出しもしなかったのに、それなのにこうしてここにやって来ると、それでもここを懐かしいと感じてしまいます。わずか数ヶ月滞在しただけだと言うのに」
「それは、どうしてここに来たんでしか?」
 小首を傾げるスノードロップにセレスティはこくりと頷く。
「同胞の遺骸を取り戻すためでした。このキャンプ場のすぐ近くに村があるのですが、その村に住む庄屋は怪奇な品々を採集する事を趣味としていまして、そのコレクションの中に同胞の遺骸があると聞いて、私はそれを奪うためにこの地へと訪れたのです。しかし、私が訪れるよりも早く彼は新に採取した鬼の刀の魔力に囚われて、村人を次々と斬り殺す事件を起こしていましてね。それで私が彼を倒す事になったのですが、その時に私は少々刀に宿っていた鬼の邪気にあてられまして、体調を崩してしまったのです。それで、ね」
「なるほどでし、なるほどでし。それでその同胞さんの遺骸はちゃんと供養してあげられたんでしか?」
「ええ、それは無事にできました。ただ…」
「ただ、なんでしか?」
「あ、いえ、何でもありませんよ、スノー」
 セレスティは首を横に振った。
 そして彼らは、事件のあった場所へと到着する。
「ふむ、何の変哲も無い、ただのキャンプ場ですね」
「でしね」
 山に囲まれたごく平凡なキャンプ場だ。細めの木が並ぶ林。大きな湖。そしてテントを張るための敷地。
 閑散としたその光景はだけどどこか墓地を想像させた。
「現場百回って言いますでしけど、何か情報があるとは思えないでしね」
 ぶんぶんと周りを飛び回っていたスノードロップは、そこで何かを思いついたようでぽんと手を叩いた。
「そうでし、そうでし。セレスティさん、じぇいそん、って何でしか?」
「ジェイソン?」
 聞いた途端にセレスティは口元に軽く握った拳を当てる。
「はいでし。まあやさんに今度調査に行く場所は、湖のあるキャンプ場なんでしよ、って言ったら、そしたらまあやさんがじぇいそんには気をつけるのよ、って言ったんでし。でも、わたしはじぇいそん、って何だか知らないんでしよ」
 小首を傾げるスノードロップにセレスティはたまらずにくすくすと笑った。
 この妖精と一緒ならば、シリアスな雰囲気に包まれるはずのこの殺人現場となった場所の調査も、笑いのある緩んだシーンとなってしまう。まあ、それをセレスティは嫌だとは想わないけど。
「何が面白いんでしか?」
「いえいえ、何でもありませんよ、スノー。それでですね、ジェイソンとは、クマですよ、スノー」
「クマ、でしか?」
「そう、クマです」
 本当はアメリカの映画の殺人鬼であるが、セレスティはそう言った。
 ただの軽い冗談、ユーモアーというのが半分。もう半分はスノードロップが勝手にうろちょろと飛んで、迷子にならないように。
「ほら、今は各地でクマが出ているでしょう? ジェイソン、っていうのはここら一帯の山々に住む、湖をテリトリーとするクマの種類なのです。ですから、あまりうろちょろとしていてはダメですよ」
「はい、わかったでし、セレスティさん」
 ちょっと不安そうに周りを見回しているスノードロップにセレスティはくすっと笑って、作業に移った。
 彼の作業とは、祠の調査だ。
「今回の事件は必ずこの祠がキーとなっているはずです」
 そう、ここら一帯は50年前とだいぶ変わってしまっている。それは何も森が切り開かれてキャンプ場となっているだけではなかった。
「確かに50年前にはここには祠は無かったし、それに…」
 ――――それにこの湖もこんなにも冷気を放ってはいなかった。
 そう、墓地と言うのであれば、それはこのキャンプ場が、ではなく、この湖が、である。
 もはやセレスティは今回の事件がこの祠におそらくは最初の犠牲者となった六人が何かをして、それでああなったのだ、という推測を信じて疑ってはいなかった。
 それに彼は50年前のことについて確かに気がかりがあるのである。
「この祠、誰かの名前が刻んであるようですね」
 セレスティは倒されて、砕かれた祠の残骸に手を触れた。しかしそこから彼が何かをリーディングする事は無かった。
「情報が無い訳ではない。でも誰かの意思がそれを奥深くにまで隠しこんで、故に私にはそれを読む事ができないのか」
 小さくセレスティは溜息を吐いた。
「いや、まだすべてが終わる訳ではない」
 彼はスノードロップを呼んだ。
「何でしか、セレスティさん」
「ええ、スノー。これからキミにはちょっとした作業をしていただきます」
「作業でしか?」
「ええ。最初に事件にあった六人も、先日、被害にあった者たちも同時に全員が血を吸われた訳ではないはずです。でしたら、ひとりが犠牲になっている間に他の人間が何か行動を起こしていてもおかしくはありません。ですから、それを探します」
「はいでし」
 しゅたぁ、と敬礼の恰好をするスノードロップにセレスティはにこりと頷き、
「それでは私は湖周辺とキャンプ場を。スノーは林の中などを探してください」
 と、言い終わった瞬間にスノードロップは顔を曇らせて、もじもじと林を見る。その様子にセレスティには彼女が何を考えているのかがわかって、また小さく吹きだしてしまった。
 頬をぷぅーっと膨らませる彼女に肩を竦めたセレスティはこくりと頷いてみせる。
「大丈夫、ジェイソンは出ませんよ。ほら、林は湖から離れているでしょう? だから出ないのです」
 右手の人差し指一本立てて小学校一年生の優しい教師のようにセレスティがそう説明すると、単純な妖精はにぱぁっと顔を輝かせた。
「ではでは、わたしは林を捜索してきますでしね。セレスティさん、じぇいそんには充分に気をつけてくださいでしね」
 一息にそう言って、飛んでいった虫にセレスティは小さく肩を竦めると、すべての神経を鋭く集中させた。
 この場にあるどのような事件の痕跡も逃さぬように。
 ――――しかし、彼が聞いたのは犠牲者たちが残したメッセージではなかった。
「うわぁー、じぇいそんでしぃー!!!」
「ジェイソン?」
 セレスティはスノードロップの声がした方へと視線を向ける。
 空中を飛びながら固まっているスノードロップ、そしてそのスノードロップめがけて振り上げていた鎌を投げつけた老人。
 だが、
「スノー」
 鎌の餌食となったのはスノードロップではなく、彼女の背後にあった木にいた蛇であった。それは今にもスノードロップに襲い掛かろうとしていたのだ。
 老人はその蛇を見つけたので、鎌を振り上げたのだった。
「すみません、助かりました。それとスノードロップが失礼な事を言ってすみませんでしたね」
「本当にクマさんと間違ってすみませんでしたでし」
 頭を掻いたスノードロップに老人は片眉の端を上げた。
 セレスティは苦笑する。
 そして彼は老人を見て、
 老人もセレスティを見た。老人は眉音を寄せて、セレスティを睨んでいたが、しかしふいにその鋭く細めていた目を大きく見開いた。
「ま、まさか、あんたは…旦那…か」
「お久しぶりですね、盛友」
 懐かしそうにセレスティはにこりと微笑んだ。



 ――――――――――――――――――
 50年前………


「ぎゃぁーーーー」
 またひとつ、夜の村に悲鳴があがった。
 草木も寝静まる丑三つ時、夜の闇に人々の悲鳴がいくつもあがっている。
 風が彼の元まで運んできた香りは血の臭気を帯びていた。
「どうやら、村で大量に人が死んでいるようですね」
「ど、どどどどどどどうするんですか、旦那?」
「無論、突っこみます」
「突っこむ、って? だって村では人が死んでいるんでしょう???」
「ふぅ、のようですね。しかしそれがどうしました?」
「どうしました、って…」
「キミは、私が助けなければ、死んでいた身。ならばその魂、私の物です」
「うわぁ。すごい暴言。ったく、セレスティの旦那には敵いやしませんよ」
「わかったのなら、車を出しなさい。このまま真っ直ぐ」
「了解。掴まっていてくださいよ、旦那。飛ばします」
 車は乱暴なエンジン音を発して、発進した。
 夜の闇を走る車は四輪駆動のバギーだ。
 夜の闇を陵辱する車のライト。その光が闇を切り裂いて照らし出したのはひとりの少女であった。おかっぱの髪を揺らして車の前に飛び出した彼女を運転手は器用に避けて、ブレーキを踏んだ。
 乱暴な運転だがセレスティは涼しげな表情。
 荒っぽいワルツを踊った車はぎりぎり家にぶつかる寸前で止まり、そしてセレスティと彼女は見つめあう。
 その彼女に日本刀を振り上げて、踊りかかる男。ご大層に鎧まで着こんで。
 ライトに照らし出された少女の横顔には絶望と恐怖が、男の横顔には歪んだ喜びに歪む下卑た表情が浮かんでいる。
 少女は口を開けたが、声は出ない。
 セレスティは無造作に男へと指を開け広げた右手を伸ばし、そしてその指を躊躇い無くぎゅっと握った。
 転瞬、
「ぎゃぁーーーーー」
 男の大きく開けられた口からは少女とは違って、喉の奥から搾り出したようなしゃがれた悲鳴が迸った。明らかに内臓に損傷があった事を示すどす黒い大量の血を迸らせるのと一緒に。血流操作によって、彼の心臓をセレスティが破裂させたのだ。
「やりましたね、旦那」
「いえ、まだです。どうやらあれはもうとうに人間である事をやめていたようですね」
 セレスティがそう言い終わった瞬間、男が涎を拭うように左腕で口の周りを汚す血を拭って、ぺろりと血に濡れた刃を舐めた。
「もはやあれは怪異です」
 そしてセレスティは井戸へと手を向ける。
 転瞬、井戸から水が真っ直ぐに天に向かって昇って、それは巨大な水球となってセレスティの方へと飛んでいったかと思えば、それは大量の水を凝縮して作り上げた一振りの水の刃となった。
 それをセレスティは静かに構える。片手上段。
 怪異はそのセレスティに怯む。
「怖れてるんだ、あの化け物も。セレスティの旦那を」
 だが、その声に反応するように怪異は座席シートの上に立つセレスティから、その隣の男に視線を移す。
 その視線に男は体を強張らせた。
 セレスティは表情を変えぬままに水の刃を長棒へと変えて、棒高跳びのような感じで棒を使って車から飛び降りた。
 しかし怪異が男を睨んだのはフェイクだ。そうすればセレスティが必ずや体勢を崩すとわかっていた。怪異はしてやったりとほくそ笑む。
 だがそれを見下ろすセレスティが零したのは失笑だ。
 足の不自由なセレスティが地に降りたと同時に踊りかかる怪異。
 ――――たたでさえ地に降りた瞬間は無防備になるというのに、それに付け加えてあいつは足が悪いようだ!!! この勝負、もらった。貴様もこの刀の錆びとなれ!!!
「何をそんなに誇らしげに笑っているのですか?」
 冷ややかにセレスティがそう訊いた瞬間、大地から昇った水の柱が今しもセレスティを斬り殺さんとしていた怪異を串刺しにした。
 そう、セレスティの方が上手であっただけだ。大地に下ろした長棒。その長棒がしかし、実は大地を貫いて地中においてUの字で曲がって、また天に向かい伸びて、怪異を串刺しにした事を果たしてその怪異はわかっているのであろうか?
 それは生命力だけは強い下等生物のように股の下から脳天まで串刺しにされながらもわしゃわしゃと動いていた。
「なるほど、ならば、これならばどうですか?」
 セレスティはUの字に曲がった長棒から分離させた水の刃で怪異の首をはねたが、
「うへぇ、まだ、動きやがる。旦那ぁ」
「ふん、なるほど、どうやら私は少し想い違いをしていたようだ」
 そうセレスティが口にした瞬間、怪異は強引に動いた。そしてそれは頭部と体の後ろ半分を破損するという状態となっても、セレスティに襲い掛かる。
 だがセレスティは動じない。その瞳は刀へと向けられていた。
 横薙ぎに繰り出される怪異の一撃をしかし、セレスティは打ち流し、そして返す刀で怪異の刀を持つ右腕を斬り落とした。
 と、同時に怪異はそこでようやくただの肉の塊となって、
 しかしもはやセレスティはそれには見向きもせずに宙に舞ったかと想うと、真っ直ぐに投じられたかのように自分に向かってくる刀の切っ先に視線を向け、そしてセレスティは水の剣の切っ先をそれに叩き込んだ。
 きぃーんと、奥歯にまでくるような金属を打ち鳴らした金属音がすると同時に刀身はそれでようやく砕け散った。
 しかし、刀身が砕け散ると同時に現れた人影がセレスティへと抱きついて、そしてセレスティはわずかに「くぅ」と声を漏らすと、その場に崩れ倒れてしまった。
「旦那ぁー」
 遠くなる意識の中で男、竹内盛友の声を聞いたセレスティはわずかに口元だけで自嘲するような笑みを浮かべた。
「まだまだですね、私も…」
 そしてセレスティの意識は暗い闇の底へと落ちていった。



 +++


「すみませんね」
 布団から起き上がるとセレスティは微笑を浮かべながら、少女、柏木多恵からお茶を受け取った。
 多恵は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら頷くと、逃げるように部屋から出て行った。
「おやおや、旦那も罪作りなお方で。ありゃあ、完璧に旦那に恋をしていますぜ」
 いひっひっひっひと下卑た笑みを浮かべながら肘で脇腹を突いてくる盛友にセレスティは小さく溜息を吐いた。
「期待する人間を間違えていますね。私は恋愛感情に対しては不信を抱いているのでね。だから例え多恵が私に恋愛感情を持っていたとしても、私は彼女とどうこうするつもりはありませんよ」
「おやおや。据え膳喰わぬは男の恥ですぜ?」
「ふん、言ってなさい。まあ、私にとって利益があるのであれば、私は彼女を相手しますがね。そう、それでも彼女は私を本当にどうこうできる事はありませんが。私は私だけの物なのであるから」
「やれやれ。あんないい娘なら、誰でもお願いするもんでやすがね」
 ぺらぺらとセレスティに対してもったいない、と溜息混じりに言う盛友にセレスティは小さく溜息を吐くと、指をぱちんと鳴らした。そうすれば湯飲みの中に入っていたお茶が支え棒となって、盛友の口を開け広げた形で固定する。
「キミは少し黙ってなさい。本当に、声を失うと言うのであれば、彼女よりもキミが声を失った方が世のためかもしれませんね。キミの声は必要以上に大きいですから」
 わずかに寝乱れた銀色の髪を指で弄いながらセレスティはまた小さく溜息を吐いた。
 多恵は目の前で両親を怪異に斬り殺された事で声を失ったのだ。
 そして両親の仇を取ると同時に多恵を守ったセレスティに、彼女は恋をしていたようだった。
 しかしセレスティは恋愛感情には不審を抱いている。相手にするのは自分に利害関係がある相手だけだ。
 そして多恵はセレスティに対して利益を得るに値する人物ではなかった。
 セレスティはいつの時でも自分でいたいと望む。自分の心は自分だけの物。
 ――――――誰にも見せず、誰にも触れさせない。心を。
「そろそろ刀の邪気にやられた体も回復した事ですし、ここから去っても良いかもしれませんね」
 セレスティは小さく呟いた。



 +++


「そして旦那、あんたはその日の晩に誰にも何も告げずに消え去った」
「そうですね。そんな事もあった。それで盛友、キミはあれからどうしたのですか?」
 小首を傾げ、さらりと揺れた前髪の下で微笑を浮かべたセレスティを盛友は睨んだ。
「どうして俺も連れて行ってくれなかったんですか、旦那?」
 恨めしそうに訊かれた事にも答えずに、逆に訊き返してきた盛友にセレスティは肩を竦める。
「キミは多恵に心底惚れていたし、それに医者であったキミは村の人間たちに必要とされていた。だからですよ。それがキミの幸せになると想いましたから」
 しかし盛友は溜息を吐いた。
「それはどうだったんでしょうかね。少なくともあの時にこの村に残らなかったら、俺はあんなモノを見ずとも済んだ」
「あんなモノですか」
 セレスティは真っ直ぐに盛友を見、盛友は目を逸らす。悪戯をして、親の前に出された子どものように。
「キャンプの管理人が言っていました。近くの村にあのキャンプ場を快く想っていない男がいると。それがキミなのですね。そして湖周辺の掃除をしていたキミならば何かを見たのではありませんか?」
 しばし重いだけの時が流れる。
 そうして盛友は溜息を吐いた。
「旦那がいなくなって、多恵はとても寂しがっていた。その隙を突くような真似は俺にはできなくって、俺はただ医者として彼女と接した。
 そう、俺には多恵が他の村の男に惚れるのを、
 そして治らぬ病にかかって、だんだん弱っていくのをただ見ている事しかできなかったんですよ」
「多恵が治らぬ病に?」
「ええ、多恵は治らぬ病にかかり、そして俺は医者なのに彼女を見ている事しかできなかった。
 だけどあいつは違った。
 あいつ、多恵が好きになった男は、多恵のために命を捨てた。
 この村には大量の血と共に己の命を分け与えれば、その者を助ける事ができるという伝承があった。
 それをあいつは実行して、多恵を救って死んだが、でも多恵は…自分の親や旦那に置いていかれて、そして今度もまた好きになった男に置いていかれて、それで後を追うように湖に身を投じて死んでしまったんでさ。
 俺は多恵が死ぬ前に、多恵と喋ったんです。ええ、多恵は声を取り戻していました。ずっと聞きたかった多恵の声は、涙に濡れた声だったんですよ、旦那。そん時ほど、俺はあんたを恨んだ事はなかった。もう少し、あんたがあの時に多恵に優しくしてくれていたら…」
 盛友はセレスティに背を向けた。そして部屋の片隅に置かれた棚を指差した。そこにビデオカメラが置かれている。
「そのビデオカメラに旦那が欲しがっている答えがありますよ」



 ――――――――――――――――――


『おっ、何だよ?』
『どうした?』
『なんか変な祠があるんよ』
『お、マジで』
『何かすごいお宝が入ってるかもよ?』
『もしくは宝への地図とか?』
『きゃはははははは』
『壊してみようよ』
 ビデオカメラに映る五人の顔にはどれも悪びれのない笑みが浮かんでいた。
 ビデオカメラに入っている六人の声はどれも楽しそうだった。
『あんだよ、やっぱし、何も入ってねーじゃん』
『誰だよ、宝か宝の地図が入ってるって言ったのは』
『あんただよ』
『きゃははは』
『って、あれ、何?』
『おい、あんまりつまらねー事を言ってんじゃねーよ』
 カメラが湖の方に向く。
 ぼこぼこと湖に気泡が浮かび、そして霧が立ち込めていく。
 画面を覆う、霧。
 その霧の中から現れ出た、全身ずぶ濡れの少女。
 ―――――怨念に塗れた表情をした。
 あがる悲鳴。
『うわぁー』
『きゃぁー』
『だ、誰かぁー、助けてぇー』
 次々と人が殺されていく。
 やっているのは少女だ。
 彼女は獣のように大学生たちに襲いかかり、首に犬歯と呼ぶには鋭すぎる八重歯を剥き出しにして噛み付いていく。
 悲鳴、牙が喉を貫き、血を啜る音、細くなって…途切れる声。
 それを5回繰り返し、
 そして…
『うわぁ、や、やだ、助けて』
『ダメよ。あなたは死ぬの。ここで』
『ど、どうして?』
『あなたが祠を壊したからよ』
 少女は冷たく言い放ち、そして最後の一人を殺した。
 ビデオカメラは地に落ちて、そして少女は湖の中にまた入っていく。
『おまえらが悪いんじゃ』
 そして盛友の声。
 ビデオカメラは最後に盛友の泣いている顔を映して、ぷつんと切れた。

 

 ――――――――――――――――――


「やれやれ。冗談ではありませんね。これが縁という奴ですか、まったく」
 セレスティは重い溜息を吐いた。
「どうしたんでしか、セレスティさん?」
 小首を傾げるスノードロップにはどこか寂しげな微笑を見せて、そしてセレスティは盛友を見る。
「多恵がまさかこんな事になってしまうとは。まったく」
 盛友はこちらを見ずに、ただ言った。
「つい最近のも多恵がやった。彼女は次々と人を殺し、血を啜っていった。一回目は祠を壊したから。だが、二回目は、わからなかった。どうして、多恵がそれをやったのか。でも、あいつは泣いていた。一回目は確かに悪霊だった。鬼のような形相で人々を殺していった。だけど二回目は泣いていた………ごめんなさいと謝りながら、人の血を啜っていた」
「そうですか」
 セレスティは立ち上がる。
 そして、盛友も、弾かれたように立ち上がって、鎌を振り上げた。
 ―――――セレスティを睨みつけて。
「多恵を、また殺しにいくというのか? だったら俺は旦那を」
「ええ、私はそのために来たのでね。それに多恵が蘇ったのもまた、私に無関係の話では無いし」
 盛友は訝しむように眉根を寄せた。
 だが、セレスティはそれ以上、彼には取り合わなかった。
 鎌を持つ盛友に背を向けて、彼はその家をスノードロップと後にする。追いかけてきたのは悲鳴のような盛友の泣き声だった。



 +++


「セレスティさん、どうするんでしか?」
 セレスティは湖の縁に立っていた。
「私が50年前にこの村に来た理由は話しましたよね、スノー」
「はいでし」
「あの時に得た同胞の遺骸は、所々切り取られていた。スノーも聞いた事はありませんか? 人魚の肉を口にした者は不老長寿になると」
「あ、はい、あるでし」
「同胞の遺骸はこの村では薬として用いられていたのでしょう。そしておそらく多恵を蘇らせようとした男の先祖に人魚の肉を口にした者が居たのでしょうね。故に血と共に伝えられてきた人魚の力で多恵は蘇った」
「………そうだとどうなるんでしか?」
「ですから、多恵はここに居るのです。さあ、50年ぶりの再会と行きましょうか。多恵」
 セレスティは湖の中に足を踏み入れ、そしてそのまま湖の中へと潜っていった。
 果たして、そこに………
 ―――――――――――多恵は居た。
「セレスティさん」
「それがキミの声ですか、多恵。50年前には聞くことのできなかった声」
「そうよ、セレスティさん。あたしは喋れるようになったの。あいつがあたしを助けてくれたから。だからあたしはまた死なずに生き残って、そして置いてけぼりにされたの」
「それが哀しかった?」
「そうよ!!! だから死んでやったのよ。死んで……そして、あたしはあなたも殺すの!!!!」
 多恵は凄まじいスピードでセレスティの前まで移動して、そして犬歯と呼ぶには鋭すぎる八重歯で、セレスティの首に噛み付いた。
 ぷつり、と八重歯がセレスティの首の皮膚を貫く感触、そして口の中にじわりと広がるセレスティの血の味。
 多恵は涙を流した。
 そして彼の首から口を離そうとするが、しかしセレスティは優しく多恵の後頭部を手で撫でた。
「大丈夫。私は真性の人魚。少しぐらいあなたに血を吸われた程度では死にません。一度目は怒りだった。祠を壊された事に対する。でもそれ以降も自分と同じ年頃の人間を襲い、血を啜ったのは、理由があったからなのでしょう? 理不尽に何の罪もなく命を奪われる恐怖、悲しみ、怒り、それをキミは知っている。たとえ悪霊となっても、それは変わらない。もしも悪霊という存在のままに人を殺し、血を啜るだけの存在となっていたのなら、私はとうにキミを殺している。だけどキミは私の首に噛み付いた瞬間に泣いていた。ごめんなさい、と呟いた。それだけでキミが何かの理由でこれをやっているのは明らかだ。ならば私はキミにこの己の血を捧げよう。さあ、吸いなさい」
 セレスティは優しく囁き、多恵は泣きながらセレスティの血を吸って、
そして気がつくとセレスティは湖に浮いていた。
「スノー?」
 セレスティの胸で泣いていたスノードロップの泣き声が途切れ、そして涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚した顔でスノードロップがセレスティの顔を覗き込んでくる。
「し、死んでないんでしか?」
「ええ、ちゃんと生きてますよ。いささか貧血気味ではありますけどね」
 ウインクしたセレスティにスノードロップはまた大声で泣き出した。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 湖から上がったセレスティは濡れて額に貼り付く前髪を指で掻きあげた。
 夕暮れ時の世界はただ静かだったが、しかしおもむろに大声が上がった。それは泣き声だった。
「子ども…赤ちゃんの泣き声でし」
「ええ、そうですね」
 静かに呟いたセレスティは湖に目をやった。
 そのセレスティの視線の先でこぽこぽと気泡が浮かんで、それで多恵が現れる。多恵は両手を水をすくうように合わせていた。
「セレスティさん、お願いがあります」
「何ですか?」
「どうか、あたしの子どもを、同胞の元へと送り届けて上げてください」
 そう、多恵の手には稚魚がいた。人魚の稚魚だ。おそらくはそれもまた人魚の肉を食べた者の子孫である彼の血によって彼女が蘇った事と関係があるのであろう。
 しかし、セレスティは首を横に振った。
「その子はキミが育てるべきです」
 だが、そう言われた多恵は泣きそうな顔をした。
「ダメです。あたしはたくさんの人を殺した。この子を産むために…。
 この湖に入水自殺した時は知らなかった。
 だけど祠を壊されて、目覚めた時、あの人間たちを殺した後であたしは自分が身ごもっている事に気がついた。あたしと彼の子を。
 悪霊となったあたしがこの子を産むには人間の生き血を啜るしかなかった。
 自分の子どもを産むために、人を殺す。
 それにあたしの心は耐えられなかった。
 だけどこの子には罪は無い。罪深いのはあたし。だからあたしはァ」
 泣き叫んだ彼女に、しかしセレスティは言う。
「その子を見捨てるのですか?」
 そう言われた彼女は大きく口を開けた。そしてぼろぼろと瞳から涙を零した。
「だってしょうがないじゃない…」
「それがキミの言い分ですか? しかしキミはそうする事で、その子を見捨てるという罪を犯すのですよ? ならば生きなさい。生きて、キミが殺した人間たちの事を悔やみ続けなさい。それがキミの贖罪の方法です。生きて、悔やんで、そして悔やむ分、その子に愛をあげなさい。母親の愛を。キミが救われる事は無いでしょう。でも少なくともキミは、キミの子どもをそうする事で幸せにできる。違いますか?」
 セレスティにとても優しい声でそう言われた彼女は大声で泣いた。
 ――――そして彼女はセレスティの水霊によって、かつて彼が住んでいた人魚の集落へと身を寄せる事となり、
 すべてを聞いた盛友はセレスティに頭を下げて、多恵の祠と、そして犠牲となった人のための慰霊碑を建てたのだった。



 ― fin ―


 ++ライターより++


 こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回もありがとうございました。
 今回のお話がどうしてこのような色になったかと申しますと、ひとえに草摩がセレスティさんのコミックにやられたからです。(><
 や、本当にあのコミックのお話はとても綺麗で、セレスティさんの心理描写とかも僕が書きたいと想っていても想うばかりで書けないモノでしたので、本当にただただすごいとばかり想っていました。(><
 そしてこのようなお話の色に。


 50年前の盛友は26歳で、もぐりの医者です。金持ちからは多額の金を取り、貧乏人からは報酬無しで診察をする医者だったのですが、やくざに目を付けられて、殺されそうだったのを村に向かう途中だったセレスティさんに助けられ、以後、行動を共にしていたのです。^^


 でも、今回のテーマは色々と難しい所だな、と想います。
 多恵がした事はとても酷い事で、その理由は子どもを産むためで、でも彼女に殺された人にも未来はあったのだし…。
 でも本当に救いがあるのだとすれば、多恵の子どもがいつか多恵に愛されて真っ直ぐに成長し、そして誰かを幸せにできるようになること。それが本当に救いなのかなー、と。
 ここら辺は本当に人の立ち居地、思想などによって意見はものすごく変わっていくと想いますが。


 話はがらりと変わりまして。
 やっぱり、人魚の子どもも稚魚という事になるのでしょうか?
 なんとなく面白いなーと想ってしまいました。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。