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<PCシナリオノベル(シングル)>


刀、妖。欲しいのは?

●Monochrome
 曇天。
 そう呼ぶに相応しい空は、鈍色の雲で覆われていた。
 窓の外の景色に視線を向けていた草間武彦は、自分の前に座る依頼人の方に顔を向ける。
「それで…その刀を探して欲しいということですか?」
 セレスティ・カーニンガムは言った。
「えぇ、そうです。『楔神刀・龍』…そう言う名だと兄から聞いています。兄は伝承に関する研究をしていたのです」
 男は答える。
 グレーのスーツをきっちりと着こなした姿は凛々しく見える。デザイナーズブランドのものを着ているのだろうが、掛けた眼鏡の印象と眉一つ動かさぬ様相は生真面目そうに見えた。三十代になったかならないかぐらいであろう。
 というのも、草間武彦の隣にはセレスティがいるからだ。男も女も魅了してやまない美貌を前にして、現実を忘れぬものなどいない。だが、この高倉比紗也と名乗った男の表情は硬いままだった。
 武彦は『金には糸目をつけないという』理由だけで受けることにしたのだが、一向に情報が集まらない。仕方なく、多くの情報網を持つセレスティに応援を頼んだのだった。
「では、少々お時間をいただけますか? ちょっと調べてみましょう」
 そう言ってセレスティは笑うと、隣に立っている執事から携帯電話を受け取る。暫くすると相手と繋がったのか、少しの間話し込んでいた。五分ほどして電話を切り、携帯電話を執事に渡す。
「どうでしたか?」
 さすがに気になるようで、高倉はセレスティに言った。
「こう言ったものは表に出ていなければ『裏』にしか無いでしょう」
 謎掛けのように言ってセレスティは笑う。
「『裏』?」
「つまり、地下競売です」
「なるほど」
 合点がいったか、高倉は頷く。
「出品となりますと、盗品である場合も多く、又その物が真贋かどうか見分けるのに不安が有りますね」
「そうですね…でも行ってみる価値は充分にあると思いますが」
「えぇ…しかし、私一人で大丈夫でしょうか?」
「そんな危険な所に貴方一人で行かせたりはしませんし、私もその刀には興味があります。どうですか、一緒に行きませんか?」
 そう言ってセレスティは小首を傾げるような仕草をした。セレスティの優しげな笑顔に高倉は首を振った。
「いいえ…仕事が忙しくて。私無しでは他のものが迷惑してしまいます。でも…貴方の仕事の方は大丈夫ですか? その…貴方は財閥の総帥なのでしょう?」
 どうもそのことが気になっていたようで、高倉は言いよどみつつも訊ねてきた。
「えぇ、そうですけれども。私には優秀なスタッフがおりますから、多少の時間はあるのですよ」
「随分と優雅ですね」
「そうですか? 時間にすべてを支配されていると大切なものまで無くしてしまう。私はそんな人生を勿体無いと思いますよ?」
 それは自分が永いときを生きる人種だから言えることなのだが、人間にもその考えを持つものは多くいた。それを知っているからこそ、セレスティは言ったのだ。
 大概、億万長者と呼ばれる人間達…財閥のトップ、芸術家、映画監督、政治家、起業家の殆どはそういう考えを持っている。
 金をコントロールするのではなく、価値と時間をコントロールするものが、人生と富を支配できるのだ。
「近々、『地下オークション』の競売があるようですからその後にでも…」
「はい、お願いいたします」
 高倉は頭を下げた。
 ふと微笑むと、セレスティは草間興信所を出て行こうとした。
「では、またお会いいたしましょう」
 セレスティはゆっくりと杖をついて歩いていき、重い扉を開けて廊下に出て行った。
 カツン…と甲高い音が廊下に響く。
 海の青とも空の蒼ともつかぬ瞳の貴人が、鈍色の空の下に解き放たれるまでその音は続いた。

●淀んだ空気
「一千万で」
 流暢な日本語でその人は言った。
 無論、言わずと知れたセレスティ・カーニンガム氏である。
 その姿を目にしたとき、この部屋にいたものは目を見張った。名工の手で作られた彫像が歩いていると誰もが思ったのだ。
 魔法も何時しか解けてしまうのならば、このまま自分という時間を止めて欲しいと願った者もいる。淀んだ空気の中で鮮麗な白い花が咲いているような錯覚に囚われた。
「他には?」
 進行係が平坦な声で言う。
 答えるものは誰もいない。
 それはそうだろう。物は悪くないとしても、銘も無い刀に一千万円以上も払おうと思うものはいない。それに、ここにくる商品は曰くつきの品々ばかりで、リスクも同時に背負う事になる。
 高い金払って銘柄無しの刀を買うなぞ、本当の道楽者だ。
 前から競売に出されていたそれは、買い手がいないためにずっとここのオークションに残っていたのだ。
「では、この刀は落札されました。次は清朝の壷で…」
 進行係は木槌をトントンと叩いて、次の競売に移行する旨を告げた。
 セレスティは同行させていた執事に札束の入った鞄を持って行かせる。会計係がその場で金を確認すると、その刀を執事に渡した。
 別室にて金品の受け取りをすると、ヤクザの組員が金目的でやってくることがある。オークションの係員の安全の為にそういう措置を取っていた。
 セレスティは執事を連れて部屋を出た。
 あまり、こういうところに出入りしたと噂を流されるのは、善いこととは言えない。それで無くともセレスティは目立つのだ。
 早々に退散し、情報の揉み消しをすべく、執事はてきぱきと帰宅準備に取り掛かる。待たせていたロールスロイスに主人を乗せると、邸宅の方へと走り去っていった。

●悪戯
 運転手はずっと前を向いたままだ。今日は庭師は教理人と市場に出かけていていない。そのために会社に行く時の運転手を使っていた。
 今日は五十日(ごとうび)の所為か、何時になく道は混んでいる。
「この刀はどう言うものなのでしょうね?」
 かすかに笑ってセレスティは言った。
「何か悪戯でも思いつきましたか…セレスティ様」
 執事は楽しげにいう主人の様子に肩を竦めている。
 セレスティは書籍や情報保有物の無機物に触れる事で読み取る事が出来るのだが、執事はそんなことまで主人ができるのを知らない。つい最近不思議な能力があることは知ったのだが、如何せん、一般人である執事には詳しくはわからないでいた。
 どう見ても普通の脇差にしか見えないそれに手を伸ばすと触れてみる。意識を集中すると、刀を持った手が冷たくなっていった。
(え? 刀が…)
 刀はセレスティからありとあらゆる力を奪おうとしているかのようだ。不意にセレスティは刀から手を離す。
「クッ…」
「どうなさいました?」
「刀が…」
「え?」
 執事が聞き返そうとしたが、運転手の叫び声にそれはかき消えた。
「うわぁぁぁッ!!」
「な、何??」
「セレスティ様!」
 執事はセレスティを庇う。
 襲撃者に襲われた運転手は血だらけになっていた。頚動脈でも噛み切られたのだろうか。渋滞に巻き込まれ、窓を開けてボーっとしていた運転手は避ける事も出来なかったようだ。
 襲った輩は息絶えたそれを引き摺り下ろすと、刀に手を伸ばしてくる。
「あ!」
 執事がいて手を伸ばし損ねたセレスティの元から刀が奪われていった。
「待ちなさい!」
 その声も虚しく響く。
 トレンチコートに身を包んだ男は超人的な跳躍力で後方に飛び、そしてその場から走り去る。周囲からは叫び声が聞こえてきた。他の車に乗った人々が血だらけの運転手に気がついたのだ。
 かくしてセレスティはその場に残され、警察などの事情聴取を後々に受けねばいけなくなってしまった。

●再び、興信所
「災難だったな」
 僅かに笑って、武彦は言った。
「えぇ、本当に」
 笑ってこちらも返した。
「すみません…貴方がこんな目に」
 頭を下げていう高倉にセレスティは首を振った。
「いいえ、こういうことは良くある事です。渋滞に巻き込まれていたのだから仕方ありませんよ。人を使って情報は操作しておきましたから、私のほうは大丈夫ですし」
「でも…」
「心配なさらなくとも大丈夫。それより、一体何者なのでしょうね」
「さぁ…」
 思い当たる節がなかった高倉は首を傾げるばかりだ。
 警察からの連絡を待って行動に移すしかないが、あの刀にどんな価値があるのかはわからない。暫く待つしかないだろう。
 FAXも無い興信所だと連絡も大変だ。暫くすると警察から電話がかかってきた。どうやらセレスティが見た相手の人相描きを持って来てくれるとのことだった。
 十分後、警官が一通の封書を持ってくる。その中にあった人相描きを見て高倉は目を瞬いた。
「どうなさいました?」
「こ…これは、兄です」
「お兄さん…ですか?」
「はい…兄は伝承に関する研究をしていたと前に放したと思いますが」
「えぇ、憶えています」
「兄は頻繁にいなくなったり、研究室に戻ったりしていたのですが…最近は連絡も寄越さなかったんです」
 何があったのかは分からないが、この兄がこの刀のことを研究していたことだけはわかっていた。都内にある神社と郊外に出て一時間ほどのところの神社に関わるらしい。
「では、その場所に行ってみることにします。奪われた私の落ち度でもありますし」
 そう言うと、セレスティは高倉からその場所を聞き出して現場へと向かった。

 すぐに都内の神社が破壊されているという情報が手に入り、まだ破壊されていない神社に向かう事にした。
 車を降りてセレスティは奥へと歩いていった。
 古ぼけた社の前には、でこぼこになった石畳が続いている。転ばないように社に歩いて行くと穂ビラは開け放たれている。
 暗い気が充満して眩暈がしそうだ。この中に何かがいるのをセレスティは確信した。
 そして、その中に高倉とほぼ変わらぬ背丈の男が立っていた。
 ふと、それが振り返る。
「ぁ…」
 セレスティは声を失った。
 その男の眼窩は落ち窪んでいた。いや、あるはずの目玉は無かった。変わりに無数の蛇がにゅるりとこちらに鎌首を持ち上げて睨んでいる。
(遅かった…)
 後悔しても仕方ない。
 相手の手には刀がある。
 『楔神刀・龍』というのも、多分、神憑り的な祭具のようなものだったのかもしれない。しかし、『楔神刀・龍』は刃がついていた。気を抜くとやられてしまうだろう。
 セレスティは身構えると相手を見た。
 僅かに高倉の兄は笑ったようだった。
 さっきまでのゆっくりした動作も忘れたかのように、それはこちらに走りこんでくる。避けつつポケットに入った小瓶を取り出せば、キャップを外して相手に投げた。
 セレスティは能力を解き放ってその水を細いワイヤ状に変える。
「行かせませんよ…」
 高速で動くそれで相手の腕を切り落とせば、刀を持たぬ方の腕が落ちる。食い荒らされた男はなおも追ってきた。生きていれば相手の血を凝固させて殺すことも出来ようが、死人化したものには通じない。
 セレスティは水のワイヤーで相手の四肢を切り落とすことにした。
 足さえ切ってしまえば動く事は出来ない。
 除霊の道具は持って来てはいないため、後で人を呼んでこなければならないだろう。相手の動きを見切って、動けない自分が有利になるようにしながら相手の動きを封じた。
「がぁッ!」
「えいっ!!」
 ワイヤーの一閃が決まると男は地面へと崩れ落ちる。
 セレスティは溜息をついて男を見た。もう動いてはいない。彼を動かしていた何かがその身から離れたのだろう。
 しかし、封印を外してしまったそれに触れるのは危険だ。
 セレスティは執事を呼ぶと、草間興信所に電話をかけさせ、除霊できるものを呼ぶように頼ませたのだった。

 ■END■

※五十日(ごとうび)=5か10のつく日のこと。
           金融関係(給料締め、請求締日)の締め日になる事が多いために、銀行や道が混む。