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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


調査日記のススメ

大人はなんもわかっとらん、と門屋将紀は呟く。子供にとってお金がどんだけ価値あるもんか、ちっともわかっとらん。
元々、子供が日常触れる金銭の額は大人と桁が違う。子供の百円は大人の千円にも、一万円にも匹敵する。言うなれば銀色のフクザワさんである。そして百円が一万円なら、それに伴い十円は千円、一円は百円の価値を持つ。だから将紀は一円たりとも無駄にはしないのだ。
毎回のおこづかいに加え、家事の最中に見つけた小銭は抜け目なく拾得物として貯金している。落し物だらけのこの家の中では「拾ったもの勝ち」という言葉が暗黙の上に成立している。洗濯のとき、掃除のとき、気をつけていれば結構見つかるものだ。よれよれになった白衣のポケットから百円玉が三枚、五十円玉が一枚出てきたときは、ずぼらな叔父で本当によかったと思う。
一日の終わり、お風呂上りに今日拾ったお金をピンク色をしたブタの貯金箱へ入れる。このブタには「ふくざわさんX」という名前がある。「ふくざわさんX」のお腹が膨れている、と思うと将紀は幸せな気持ちになる。
「お父ちゃんも今、ご飯食べとるかな」
両親が離婚して今の将紀は東京の叔父の家、父親は大阪に別れて暮らしている。その父親から買ってもらった「ふくざわさんX」が一杯になれば、お父ちゃんに会いに行けるやろうか、なんて将紀は考える。

そんなある日、学校から帰ってきて机の上にある「ふくざわさんX」を見ると、朝と顔の向きが違っていた。普段は将紀のほうを見ているのに、今は壁を向いている。将紀はなにか妙な感じを受けた。
「ふくざわさん?」
なにか機嫌でも損ねただろうかと「ふくざわさんX」を持ち上げてみる。と、昨日まで感じていたずしりとした重みがなくなっていた。重いことには違いないのだが、わずかに減っているような気がした。
「ふくざわさんX」が勝手に痩せるはずはない。誰かが減らしたに違いない。この家に住んでいる人間は二人しかいないので、犯人は自然消去法となる。
 今は後見人という立場で将紀を預かっている叔父の門屋将太郎。浪費癖がひどく、掃除のできない男である。仕事のない日は家でごろごろするか、目立つ和服で東京の街を放浪している。今日は幸い、家にいた。
「おっちゃん」
将太郎の部屋を開けると、昨日掃除したばかりなのにもう床には読み捨てた雑誌が積まれていたし、ごみの入ったスーパーの袋も転がっていた。本人はベッドに寝転がって新しい雑誌を読んでいた。
「おう、どうした」
「・・・・・・これ、どないしたん?」
将紀はまず冷静に、三本の空になったビール缶を指さした。昨日掃除したときには絶対になかった。冷蔵庫の中にも見当たらなかった。そしてなにより、将太郎がこんなもの買える金を持っているはずはないのだ。
「ボクのふくざわさん、軽なっとるんやけど」
「そりゃあ不思議だな」
「おっちゃん、ぱくったろ」
「ぱくる」とは、盗むという意味である。しかし将太郎はなんのことだかさっぱりわからない、と眼鏡の奥のよく見れば将紀と似ている目をきょとんとさせている。これは真実か、演技なのか。

* * *
○月○日 (あめ)
おっちゃんがおかしい。ふくざわさんXもおかしい。きっと、ふくざわさんXがやせたんはおっちゃんのせいや。ボクは絶対に正体あばいたる。これからこっそりおっちゃんを調べて、べんかいでけへん証拠をつかんだる。

将紀はまず、基本的な自己防衛を図ることにした。ブタの貯金箱「ふくざわさんX」は腹の下に穴が空いていて、そこに黒いゴムの蓋が取りつけられている。そこをセロハンテープで封印した。証拠を見つけることも大切だが、まずは盗まれないことが先決である。
しかし数日後「ふくざわさんX」の体重はまた軽くなっていた。今では振ってみると明らかに音まで違っている。かといってセロハンテープは剥がされていない。どうやったのか、不思議で仕方なかった。
「魔法やろか」
一瞬信じかけたのだが、冷静に考えてみるとやはり将太郎の仕業としか思えなかった。なにしろ今月、金の入る日はまだ先なのに将太郎の飲んだビール缶の数は日々増えつづけているのだから。本人は
「患者からもらったんだよ」
と主張しているが明らかに嘘で、第一「付け届け」は法律に違反している。臨床心理士がそんなものもらえるのかどうかも怪しい。
絶対に将太郎の仕業だと、将紀は隙を窺っているのだが自分のいるときに将太郎は決して将紀の部屋に入らない。わざと隙を作るために「ふくざわさんX」を居間に放置してソファの陰に潜んでみても、そんな子供だましにひっかかる将太郎ではなかった。
「お前、こんなところに貯金箱放り出してると盗まれるぞ」
そんな皮肉を返されるのが関の山である。
今回将紀はつくづく感じた。人を疑うことは簡単だが、疑いが間違いないことを証明することはなにより困難だということを。

* * *
○月×日 (くもり)
わからんことが多すぎて、どうすればええんかまでわからんごとなってきた。おっちゃんが、ボクの学校行っとるときぱくっとるんはわかるんやけど、それをどうやって見つけたらええんや?ボク、学校休めへんし休んだらおっちゃんに知れるし。
第一、おっちゃんはどうやってふくざわさんからお金出しとるんやろう?

さらに三日が経過した後も、将紀の抱える謎は一つも解けなかった。むしろ、謎と謎が絡み合って苛立ちばかり募っていく。いっそのこと将太郎を犯人と決めつけ文句を言えればいいのだが、証拠がなくてはできなかった。こうやって大人はストレスを溜めてゆくのだなと将紀は知らなくてもいいことを学んだ気がした。
「おい、将紀。ちょっとカップ麺買ってきてくれ」
さらに元凶からお使いを頼まれてしまう。そんなもの自分で行けと拒否できないのが幼さと、居候という立場の辛さだ。黙ったまま将紀は靴をはき、将太郎から受け取った千円札をポケットに入れて家を出た。
カップ麺を買うところといえば大抵近所のコンビニか少し離れたスーパーだが、どちらへ行こうか少しだけ迷った。行くところで値段も並んでいる品揃えも違ってくる。
「やっぱり安いほうがええなあ・・・・・・あ、でもなに買うたらええんやろ?」
ラーメン、うどん、そば、焼きそば。味も各種様々である。なにを買って来いとも言われなかった。そのくせ将太郎は、自分が食べたいものと違うものを買ってくると文句を垂れるのだ。
「文句言われるくらいなら聞いてこ」
一旦はスーパーへ向かいかけた踵を返して、家に戻った。
将太郎は家に一人でいるときはテレビをつけない。だから、将紀が鍵のかかっていない玄関に入ると家の中はしんとしていた。しんとしているところへ、いきなりじゃらりという音が響いた。玄関を入ってすぐのところにある、将紀の部屋からだった。閉めたはずのドアが少しだけ開いている。
「まさか」
靴も脱がず膝立ちのまま将紀はこっそりと忍び寄り、ドアの隙間から室内の様子を窺う。と、まさに将太郎が「ふくざわさんX」を取り上げている現場に直面した。
「あ・・・・・・!」
叫び出しそうになるのを抑え、将紀は経過を見守った。今はまだ現行犯ではない、スーパーだって品物を盗んで店を出なければ現行犯とは認められないのだ。将太郎が「ふくざわさんX」から金を引き出すところを目撃しなければ。

将太郎は「ふくざわさんX」を左手に持つと、右手でお金を入れるために開いた背中の穴に細い定規を差し込んでいる。どちらも将紀の机の上にあるものだった。
「ま、給料入ってから返しゃいいよな」
そんなひとりごとも聞こえる。怒りを堪えながら、なおも将紀は息を潜めた。将太郎は定規を差し込んだまま「ふくざわさんX」を何度か縦にじゃらじゃらと振り回した。すると、定規の上を滑るようにして貯金箱の中から十円玉と五円玉が何枚か転がり出てきたではないか。
「どろぼう!」
ついに現行犯を捕えたという気持ちと、「ふくざわさん」からお金が出てきたという驚きが入り混じって、将紀は必要以上の大声を張り上げた。将太郎だけでなく近所の住人まで驚かせる勢いの音量だった。
「お、おまえいたのかよ?」
「おっちゃん、人のもんぱくるんは犯罪やで!せっとうざい言うんやで!」
「いや、家族の金を借りるのは犯罪じゃ・・・・・・」
確かに同居親族の間ではそういう特例が認められているのだが、今の将紀には通用しない。黙って「ふくざわさんX」から金をくすねられていたということが問題なのだ。
「金が入ったら返すつもりだったんだから、いいだろう」
さらに将太郎が言い逃れしようとしたので、将紀はとうとう奥の手を使うことにした。低い声で一言、呟く。
「泣くで」
子供と女の涙は凶器である。さすがの将太郎も二の句が次げない。
「泣きながら、お母ちゃんに言いつけたる」
将紀の母親は将太郎の実の姉でもある。今は中近東あたりでジャーナリストとして取材しているはずだが、もしも将紀の電話を聞けばコレクトコールで怒鳴り散らすに違いない。ただでさえ姉には弱いのに、たまらない。
結局将太郎は給料日の後、引き出した金に利子をつけて返す羽目になった。

* * *
○月□日 (はれ)
全くおっちゃんは油断ならん。ボクは怒ったから、しばらく口きいたらんことにした。少し反省すればええんや。
けど、今回のおかげでふくざわさんのお腹、また少し重なった気するわ。金貸しさんて、ええんやなあってちょっとだけ、思た。
これはおっちゃんには内緒や。内緒やから、隠しとくんや・・・・・・。