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お留守番なぼくら
この世界には、偶然と必然が溢れている。
そして、クマの森には不思議がたくさん詰まっている。
そこへと続く扉は、至る所に開いている。
小春日和の心地よい昼下がり、不思議の国はあらゆる物理法則を無視して、青年とわんことお子様と紳士と少年2人をいともあっさりと受け入れた。
*
「ああ!愛と夢とロマンの香りがするよぅ」
アヒルさんのスポンジとタオルを詰め込んだ温泉グッズを携えて意気揚々と歩く三春風太(おたふく風邪完治後)は、何かに釣られる様にふらふらと草間興信所に向かっていた。
「あれ?あのおにーさん、また走ってる?」
その目の前を、青年と仔犬が周囲に騒音を振りまきつつ全力疾走していく。
青年の方には見覚えがあった。以前、呪われた映画を作ってしまったせいで『秘密結社お焚き上げ会』に付け狙われ、捕虜となっていた映画会社のスタッフだ。
ということは……
「また、悪いヤツラに追われてるのかな?じゃあ助けなくっちゃね!」
なにより自分を引きつけるものは、楽しげなような、必死なような、なんとも形容しがたい雰囲気だった。
これには覚えがある。急にドキドキと心臓が高鳴った。
秘密結社に憧れて、現在年上の友人と共に水面下で計画進行中の青春真っ只中の少年は、ぐっと荷物を抱えなおす。
そして、
「待ってぇ!どこいくの〜?」
見事なスタートダッシュを切って、ウサギを追いかけるアリスをぶっちぎりで抜く勢いで1人と1匹の後を追いかけた。
好奇心は、人生を楽しむために必要なスパイスだ。
冒険心は、男が男であるための証となる。
ただし、時にソレらが諸刃の剣となりうることを、この少年はまだ知らない。
草間興信所の一角では、電話を受けた壮年の紳士と幼い少年が拳を握り締めていた。
「わんちゃんが可哀相です。ぜひとも助けて差し上げたいと思い参上しました」
シオン・レ・ハイは真剣な面持ちで草間に告げた。
彼が担いできたサンタクロースもかくやと言わんばかりの白い大きな袋は、興信所の一部を思い切り占拠していた。
「僕もがんばるなのー!クマさんたち、助けてあげるなの」
新緑色の小さなクマのぬいぐるみを頭に乗せて、藤井蘭はやる気に満ちた顔でぐっと拳を突き上げた。
「ああと……案内役のロドルフはクマの村で待機してるらしいから、そこまでは自力で行ってもらう事になるんだが……」
渋谷によって受けた激しい精神的疲労からいまだ立ち直りきれていない草間は、2人に圧倒されつつ、机からへろりと手を伸ばして手紙をハイに託す。
「おお、これが案内図ですか……実に芸術的です」
広げた白い紙面に描かれているのは、どうにも子供の落書きとしか思えない、ある意味芸術作品的と思しき簡略地図だった。
非常に残念ながら、普通の人間ではこれを元に目的地へ辿り着くのは相当困難である。
「ところでひとつ聞いてもいいか、シオン?」
「はい。なんでしょうか、草間さん」
「あんたは一体何をしたくて、そんな格好をしているんだ?」
「え?」
「すっごくもふもふしてて気持ちいいなのーカワイイなのー」
ぎゅっと横から腕に抱きつく蘭。
「蘭さんには大人気ですが……和樹さんにも大人気になることを祈りまして着てみました。カワイイと思いませんか?」
「…………」
返答に詰まる瞬間というのは、こういう状況を言うのかもしれない。
少年を腕にぶら下げた、ピンクでメルヘンな着ぐるみウサギさんを装着しているハイ。その姿を生温く見上げながら、草間は深く深く溜息をついた。
いかにも街頭や遊園地で風船を配っていそうな風体ではあるが、間違っても調査員とは思えない。いや、あの世界に行くなら、そしてあの男を捕獲するのなら、これくらいの方がいいのだろうか。
どんな手を使ってでもやり遂げろ、といったのは確かに自分の方だ。
そろそろ自分の『常識』に自信を失いそうになっている草間武彦、30歳の秋である。
「………目には目を、なのか……いやそれとも、毒を持って毒を制す、か?」
何となくハイからは、渋谷とはまた違う種類の危険を感じた。これがいわゆる『アイデンティティ崩壊の危機』というものなのかもしれない。
そんな思考のドツボに嵌り込んでいく草間をよそに、ハイと蘭は盛り上がりに盛り上がっていた。
「では、お弁当持ってわんこさんと和樹さんを救い出しに参りましょうか!」
「は〜いなの!」
元気なお子様の手を引いて、頭痛持ちになりつつある怪奇探偵に見送られながら、白い袋を担いだもっふり巨大なウサギさんは、興信所の白い冷蔵庫に手を掛けた。
「何が、じゃあよろしくね、だっ」
怒りのままに資料を足元に叩きつけて、来栖麻里はひとり取り残された『財団』の、とある応接間で舌打ちする。
位相は違えど、多少なりとも交流のある『クマの森』――そこから届いた窮状を知らせる報告書がぐしゃりと床に散らばった。
彼は現時点で最高潮にご機嫌が斜めだった。
本来の任務は、森を侵す危険のある人間たちを狩り、この神聖な場所を守護することだ。なのに、こんなふざけた依頼に出向いていけと言う。しかも、この手の命令は二度目だ。この間散々、もう二度とこんなおかしな連中と関わるのはゴメンだと訴えたはずだが、聞き入れられることはなかったらしい。
明らかに、あの上司は面白がっている。
だが、いわゆる組織の最下層たる自分が『上』からの命令に逆らえるはずもなく、同時に自分が守護すべき『森』ではないが、それでも『森』が荒らされる事には不快感を覚える。
これは守護者としての使命感だろうか。
ちっ、と呑みこんだ言葉の代わりに舌打ちをひとつ。
「とっととケリつけてくるか」
面倒な人間たちが関わってこなければいいと真剣に願いながら、来栖は地を蹴って、ふわりと空間を跳んだ。
*
そして、不思議の国の扉は開かれる。
*
蘭とハイが冷蔵庫の扉を抜けて、一瞬の浮遊感を味わった後に降り立ったのは、緑に囲まれた虹色の池の前だった。
見上げた空は、まるで水面のように揺らいでいる。
そして、辺り一帯からなんとも言いようのない柑橘系の甘い香りが漂ってきた。
「ロドルフさん達のいるクマ村はどちらになるのでしょう?」
「うんとね、うんとねぇ、クマさんたちの村はこっちなの」
張り切ってジャングルの向こう側を指差す蘭に、ハイ(INウサギさん)は首を傾げる。
「おや、蘭さんはこちらの地理にもお詳しいのですか?」
「大丈夫なの〜ばっちりなの〜この子が教えてくれるなの〜」
ちょっぴり自慢げに指差す頭の上には、ぴょこぴょこと手を振る小さなクマが乗っている。
「お土産でもらったなの」
にこにこにこ〜と和やかにかわされる会話に緊張感は欠片もなかった。
ぴこぴこと先頭切って歩く新緑クマの後ろに続く蘭とハイは、まるでほのぼのとした可愛い絵本の挿絵状態だった。
「そういえば……これ、食べられるんでしょうか」
木の実というには不可思議なものがたくさん枝に連なっている。
美味しそうな色合いだなぁと思うのと同時に、ぐぎゅるるぅうといい音がお腹から洩れてしまった。
「すごい音なのー」
「面目ないです。いつでもハラペコさんなもので……ああ、蘭さん。お弁当食べますか?」
「ふに?お弁当?」
「ええ、お弁当です」
ウサギさんは大きく頷いて、よっこいしょ、と肩に担いでいた袋を地面に降ろす。
「ささ、どうぞ」
ごそごそと中を掻き混ぜて、出てきたのは昔懐かしいアルミ製の大きな弁当箱だった。多分、今の若いヒトは知らない。
「しかも中はさらに懐かしいのです」
「まっかなウメボシさんなの〜」
「俗に日の丸弁当、と呼ぶのです」
みっしり詰められた白米の中心で燦然と輝くウメボシひとつ。
2人はちょこんと近くのクッションみたいな岩に腰掛けて、木の実を葉っぱの上に乗せ、ちょっとしたピクニック気分を味わった。
「カワイイなの〜おいしそうなの〜〜食べるのもったいないなの〜」
和気藹々と馴染みまくるウサギと少年とコクマ。
そんな3名の背後から、突然声が上がる。
「気をつけろ〜!ヤツラが来たぞ〜〜」
「ふに?ヤツラ?」
「おや、なにごとでしょう?」
振り返り、声のする方へと駆けつけた2人が見たものは―――
「あ、わんこさんと渋谷のお兄さんなの〜」
「おお、彼がわんこさんと和樹さんですか」
目の前を全速力で駆け抜けていく犬と青年。土煙を上げて暴走中。ありえないスピードなのは、どういうことだろう。
「ああ!」
薙ぎ倒されていくのは、やわらかなマシュマロ岩と公衆電話。
なるほど、これでは本当に危険極まりないなと納得する彼らの視界に飛び込む、別の姿。
「待って待って!僕もまぜて〜」
どこまでも好奇心の虜となった愛と夢とロマンの使者が、かなり引き離されつつも彼らの後に続いている。
「風太さん?」
「ふに?あのお兄さんはシオンさんのお友達さんなの?」
「ふむ、あれはお菓子友達の風太さんですねぇ。そして、今は秘密結社お炊き上げ会の創立者さんです」
「風太さんっていうお名前なの?」
「ええ、三春風太さんとおっしゃいます。ヒヨコさんのように手触りの良い頭が素敵な少年ですよ」
注目ポイントが微妙にずれたコメントと共に、ハイはにっこりと笑って頷きを返した。
「それにしても……このまま何の手立てもなく追いかけるべきでしょうか……大変迷うところです」
瞬く間に米粒サイズになっていく彼らの背中を見送りつつ、ピンクのウサギは真剣に悩んでしまった。
そんな2人の背後にひょこりと顔を覗かせるのは、
「おや?兄さん達、もしかして」
「ハイ。草間興信所から紹介をいただきまして、参上しました」
「こんにちはーなの〜」
「おお、これはこれは、いつぞやの救世主様」
クマたちに蘭とハイがまざり、森の警備隊の長い行列は森の中心へと向かうのだった。
*
ただいまの『追いかけっこ』状況。
わんこ、決死の形相でクマの森を爆走中。途中でちょっとだけ道草を文字通り食べて腹ごしらえ。
渋谷、カメラを構えているためやや視界不良にて、クッション状態の岩に顔面から突っ込んで埋まるも、辛うじて自力で脱出。再びわんこを追いかける。
現在の『クマの森』被害状況。
南側のハチミツ畑5割壊滅。混乱した花達が暴走し絡まりまくった結果、東の滝に向かう小道が通行不能。猛スピードで駆け回るわんこと渋谷を避けて、ピンク水玉クマが刈り入れ前の田んぼに落ちてシミを作った。
*
いつのまにか三春は森の真ん中で思い切り迷子になっていた。
「あれぇ?渋谷さんもあのわんこもどこ行っちゃったのかな〜見つけられないよ〜」
足を止めて、ぐるりと辺りを見渡す。そこでようやく、自分が一体どういう場所に来ているのかを認識した。
「……うわぁ〜すごい〜〜」
そこはまさしく絵本で見る世界そのものだった。
渋谷と仔犬を追いかけに追いかけて、どこかの扉をくぐったところまでは覚えている。だが、自分が一体どこに迷い込んでしまったのか、鬼ごっこに夢中で今の今まで気付いていなかったのだ。
我に返った時、視界いっぱいに広がっていたのは水面のような空と、そこからはらりはらりと降り注ぐ色とりどりの小さな花だった。
そして自分の周りには、独自の生態系を維持してきたのだろう見たことのない植物たちがジャングルを形成している。
緑の合間を縫って、道路交通標識や電話ボックスのようなものまで乱立していた。
「うわぁうわぁ〜ここってどこだろう?」
キラキラと三春の瞳が輝く。
とりあえず近くにあった電話ボックスを開けて受話器を取ってみた。
だが、押し当てた耳に届くのは、聞きなれた通信音ではない。
四方八方から一斉におかしな言葉が飛び込んでくる。
『ピンポンパンポーン!午前37時のお天気は花。ときどき羽毛。ところにより靴が降るでしょう』
『それでは一曲歌います。くま村くま中央南小学校校歌斉唱』
『☆pё:%#“*‘‘@$$☆%&!!』
「な、なんか新しい言語かも……」
むやみに立ち並ぶ電話ボックスの隣には、ディスクトップ型のパソコンだって転がっている。どこに繋がっているのか試しにスイッチを入れてみたが、ずぽっと指がめり込んで終わりだった。
ちょっとだけ木の実をつまみぐいしてみたり、こちらへ話しかけてくるヒマワリのようなものとお喋りしつつ、なかなか余裕のある『迷子』だ。
「あ」
不意に視界が暗くなったかと思うと、頭上をゆったりと大きな魚が漂い泳いでいくのが見えた。
「わあ、水族館のじんべい鮫みたい」
飛行船よりもずっと近くで空を泳いでみせる魚の影を追いかけて、海遊館を巡った楽しい想い出に浸りつつ、上を向いたままトコトコと歩き始める。
自分が迷い込んだのがどういう世界なのかは分からないけれど、絶対に楽しい場所だと直感が告げていた。
警戒心も疑問も抱かずにどんどん深みに嵌っていくけれど、ソレはソレ、コレはコレである。
冒険とはそういうものだ。多分。
とりあえずどこまでもどこまでも歩いていこう。
ひとりぼっちでも気にせず、景気付けに歌まで歌いながら進む三春の前に、今度は別のものが降り立った。
突然視界を埋める黒い影。
「うひゃぁっ!?」
思わず上げてしまう悲鳴。
だが、落ち着いて見れば、ソレはこの世界で初めて目にする、見知ったものの顔だった。
「あ!あさとん!」
三春の顔がぱぁっと輝く。その勢いで思い切りダッシュ。思う存分ぎゅぎゅっと抱きついて、再会の感動を全身で表す。
「また貴様か!人間!」
嫌そうに顔を歪めて、来栖は思い切り逃げ腰で噛み付いた。
「人間じゃなくて、三春風太だよ〜最近『みはるっち』って呼ばれてるんだ」
へにゃっと笑いつつも、きちんと訂正する三春。親からもらった名前は大事にしなくちゃね、という心意気である。
「それにしても久しぶりだねぇ〜〜元気だった?ね。元気だった?僕はねぇ、おたふく風邪になっちゃったけど、元気してたよぉ」
楽しげに近況報告もしてみる。
しかし、狼少年・来栖の態度は雪解け水が流れ込む川並に冷たい。
「まあ、いい。俺はお前に付き合うつもりはねえからな」
再びトンっと地を蹴った来栖の服を、三春は素晴らしい反射速度でハシッと掴む。
「!!」
「うわぁ?」
転移の瞬間を掴まれて、不本意ながら来栖は三春を連れて空間を跳ぶ羽目になった。
振り落とすことも一瞬考えたが、少なくともこの少年は『森』の驚異足りえる存在とは判断されていない――いわゆる一般人だ。
残念ながら命令に含まれていない行為をするわけにはいかない。
「せいぜい面倒なところで振り落とされねえようにしろよ」
「わ〜い。あさとん、やっさし〜」
「……舌噛むぞ」
「――っ………もう噛んじゃったよ、あさとん……」
「………………」
とりあえず盛大に溜息をひとつついて、来栖は何もない黒の世界でもう一度空間を蹴って跳んだ。
この世界のどこかに居るわんこの気配を追いかけて。
「ああ、お待ちしておりました」
「あ、ロドルフさんなの〜お久しぶりなの〜この前もらったタマゴかえったなの〜この子なの」
「いやはや、素敵なコクマに育てていただきましたねぇ」
ぎゅっと抱きしめて、蘭は子供らしい無邪気さで喜びを表現する。
「そちらの救世主さまも、どうぞよろしくお願いいたします」
もふもふと動いて、ぺこりとお辞儀する茶色いクマのぬいぐるみを前に、ハイの可愛いもの大好き心がズキュンと刺激される。
「あ、握手をしていただいても?」
「もちろんですとも」
「おう、兄ちゃん。俺らともアイサツだ、アイサツ」
ぺこぺこ、ぽよぽよ、ぽふぽふと変わった足音で、ピンクのハートやオレンジの縞模様、ギンガムチェックに水玉模様といった様々な柄のくまたちがあっという間に2人を取り囲んだ。
もふもふ心地よいパイル地やベルベットやフリースのような手触りの個性豊かなクマたち全員とお近づきのしるしに握手していくハイ。ちょっと幸せ。
それから2人は集会所と呼ばれる建物らしきところへ招かれ、現状の報告を受けた。
正座してロドルフたちの窮状を聞き入れる、蘭とハイ。
「巨大魚もやっぱりいるなの?」
「一応は」
コクリと頷くロドルフたちに、ふむむと腕を組んで首を横に傾げて考え込む蘭。頭の上でコクマがずり落ちそうになっている。
それをそっとウサギさんな右手でさりげなく支えてあげると、ハイはくるりとクマ達を振り返る。
「では作戦会議と行きましょう、蘭さん」
「はいなのー!いっぱい考えるなのー」
緑の少年とピンクウサギの紳士はまったく同じ『子供の真剣さ』で額を付き合わせ、計画を立てて士気を高める。
蘭とハイ2人の外見は限りなく遠いが、言動は限りなくシンクロしていた。
わんこの好きなもの、巨大魚の捕獲方法、鎮守の森をどうするか、いかに危険を回避しつつ1人と1匹を止めるのか。
考えるべき命題はいくつもあった。
うるうると自分達を見上げるクマたちの視線を一身に受けながら、ハイはしばし思案のポーズを決める。
「いま、鎮守の塚に向かったという連絡が入りました!」
「い、いけません!蘭様、シオン様、お願いいたします〜」
「任せてください!」
ハイはもふっとした手を握り締め、すっくと立ち上がった。
「実は、何を隠そう、私は幼い頃にジャングルでサバイバルをさせられた経験を持つものなのです」
「ふに?サバイバル?」
「つまり罠を張るのもお手の物ということです」
キランと笑うウサギ紳士。謎多き過去を持つオトナの男。
「ではさっそく、和樹さんとわんこさんを捕まえるとしましょう。危ない巨大魚の捕獲も、ですね。蘭さんがいてくださって本当に助かります」
「えへへ〜」
いそいそと工作を始めるハイと蘭。2人を取り囲むクマ。かまくらの様な外観からは想像もつかない広く暖かな部屋の中で、『わんこ救出&渋谷捕獲、できれば巨大魚の脅威も取り除こう大作戦』の準備は着々と進められていくのだった。
*
ただいまの追いかけっこ状況。
鎮守の塚に向かう途中で、わんこ、綿毛の花畑でしばし休憩。運動不足のせいか、やや息が切れているけれど、お布団のような心地よいふかふか感にしばし心奪われる。
渋谷、わんこを見失い、困りつつも花畑を掻き分け、探索。途中、おいしそうな実を発見してつまみ食い。
キュムキュムと不思議な食感が新しい。
だが、ごくりと飲み込んで十数秒後。突如湧き上がる『カケッコ』への衝動に突き動かされ、暴走再開。どうやら『ビュンビュンの実』を食してしまった模様。
綿毛を蹴散らしてやって来る渋谷の足音にわんこが跳ね起き、休戦はあっけなく終わる。
*
土色の曲がりくねった道の端には、シャキンシャキンと不吉な音を立てて、葉の先に刃物を仕込んだ花がずらりと並んで揺れていた。
来栖はその畦道を延々と無言で歩く。服の裾を後ろでしっかりと三春に掴まれてしまって、振り切りたくとも振り切れない。
仕方なく独自の進化を遂げた生態系を眺めながら、嗅覚を頼りにわんこと渋谷の動向を探る。
「あれ?何をしていたのかなぁ?ねえ、ねえ、どう思う?」
「………」
「ねえねえ?あさとん?」
「………」
「見知らぬ森で下手に動くな。触るな。興味を持つな」
「え〜?あさとん、それはあまりにも淋しいコメントだよ」
まるで聞き分けのない困った子供を見るような表情で、三春は来栖の肩にぽんっと手を置き、諭すように言う。
「若いんだから、ロマンを追求しようよ。全ては見て触れて味わって、五感全部で体験しなくちゃ。せっかくこんなスゴイ所に来たのに探険しないのは失礼だよ?」
ね、と首を傾げてにっこり。そうして有無を言わさず来栖を引き摺ってまっしぐら。
「すご〜い!」
「気安くさわんなや、兄ちゃん達」
じゃきん。
三春の代わりに来栖の前髪が少しばかり空に散った。
不意打ちの攻撃をとっさにかわした反射神経は、さすが神獣の血を引くものだ。
だが、避けた先々で花達がよってたかって刃物の葉を振り回すため、いい加減ふつりと怒りの炎が灯る。
こいつら根こそぎ引き抜いてやろうか。
凶悪な顔で真剣に殲滅を考える来栖の横では、相変わらず平和そうな三春がへにゃりと笑って道端に屈みこんでいる。
あまつさえ、花のひとつと交流をし始めているではないか。
「いやあ、ごめんなさい。あんまりキレイだから触りたくなっちゃって」
「おうおう。分かってるみてえだな、兄ちゃん。おうよ。しっかり触ってみろや」
「わ〜い、お花さん、有難う」
早くも不思議植物と打ち解けてしまった三春を、来栖は生温い視線で見やる。
一体自分はいつまで付き合わせれるのだろうか。
この森での殺生は禁じられている。ここは神聖な世界だ。人間の血で汚すわけにもいかないし、何より、そう、非常に不本意ながらも自分は彼を殺そうという気になれない。
こんなにも頭の痛い思いをしているのに。
子供だから、というわけではない。だが似たような匂いがする。
「あ、なんだかおいしそうな匂いがするよ?行こう、あさとん!」
「ふ〜ざ〜け〜る〜なぁああ!!」
動物的第六感が罠だと告げている。
だが、それは所詮むなしい抵抗だった。
信じられない力で三春に引き摺られ、道無き道を突き進む。
そして、
「――――!?」
獲物が掛かったことを知らせる鈴が鳴り響く。
「うわ〜い!罠にかかったなの――って、あれ?」
「おや?」
喜び勇んで茂みから駆け出してきたシオンと蘭たちの期待を大きく外して、植物性の網に掛かってブラブラと木に吊るされているのは見慣れた少年と見慣れない少年だった。
「すご〜い!」
「な、何だこれは!」
じたばたもがくせいで振り子状態となる、網と網に掛かった少年2人。
「風太さんではありませんか。ええと、実に楽しそうですが、一体何をなさっているんですか?」
トラップを仕掛けた本人は、思わぬ同志との再会に首を傾げて見上げる。
「シオンさん、こんにちはー!」
来栖と一緒になって手足が網に絡まって面白おかしい格好になりつつも、三春は朗らかな笑顔で手を振った。
「ええとねぇ……愛と夢とロマンの香りにつられて、で、渋谷さんを追いかけていたら途中で脇道に逸れちゃって……そしたらあさとんと会えてわーいって思ったら、ドサッて罠に掛かっちゃった。えへ」
そうして、にこにこと嬉しそうに説明してくれる。
「あさとん、さん……ですか?」
「うん。あさとん〜」
「あさとんさんも、わんこさんと渋谷さんを助けに来たなの?」
ふてくされた来栖をきょとんとした顔で見上げるのは、新緑クマを頭に乗せたままの蘭だった。
深い緑の匂いがする。
ここで純粋な人間は三春だけなのだと言う事実に、今更ながら妙な感覚に陥る来栖。
それでも、
「……いいからとっとと俺を下ろしやがれ……でなけりゃ引き裂くぞ」
テンポの合わないのほほん3人組とクマ達を脅し半分で睨みつけながら、ぐるると唸り声を洩らす。
「は〜いなの!」
「ラジャーです、あさとんさん。さくっと罠を解除いたしましょう」
しゃきんと、おもむろに懐からポップでキュートなウサギちゃん付きMYお箸を取り出すハイ。
お箸の達人は見事な技で、セーターをほどくがごとく巧みに複雑に入り組んだネットを解除していった。
1分と待たずに穴が開き、来栖は三春と共に地面へ転がり落ち、そして、2人揃って猫のように身体を捻り、体操選手さながらの見事な着地をみせた
歓声と拍手が沸きあがる。
渋谷たちを見つけるより先に捕獲されてしまったことで、いたくプライドの傷付いた来栖の前に、ぽてぽてと赤いギンガムチェックのクマがやってきた。
「おやおやおや。もしやあなた様は神獣の森の守護者様ではありませんか」
首を傾げ見上げるクマの声を合図に、
「あの森のお方でしたか」
「わざわざ出向いてくれて有難うよ、守護者様」
「騎士様や上位者の皆様はいかがお過ごしですかな」
わらわらとどこからともなくクマのぬいぐるみたちが湧いてきて、あっという間に取り囲まれてしまった。
身動きが取れない。
どこにどう助けを求めれば、ここから解放されるのだろうか。
「救世主様に、神獣の森の守護者様までご参加くださった!これで森は安泰だ!」
「ばんざーい!」
「ばんざーい!」
「お前ら……」
「4人とコクマとクマさんたち皆でチカラを合わせてガンバロウ〜なの〜」
蘭の言葉に合わせて『おお〜!』と元気に拳を突き上げる面々。何となく幼稚園か、日曜日のヒーローショーを髣髴とさせるノリに、ひとり乗り遅れている来栖。
頭痛を抑えられずに眉間に深い皺を刻む。
「あさとん、難しい顔しちゃダメだよ〜気合入れていこう!気合!」
「頑張りましょうね、あさとんさん」
「いっしょにガンバロウなのー」
「騎士様、救世主様、バンザーイ」
「「「バンザーイ!」」」
非常に不本意ながらもクマたちと調査員達のノリに押し流され、口を挟む余地もないままに来栖は、渋谷とわんこ捕獲作戦の一員として認識され、組み込まれてしまった。
何故ここに居ると自分の意思がひとつも通らないのだろうか。特に三春、彼に関わるとどうにも調子が狂って仕方がない。
自分は何をしに来たのだろうか。いや、目的は分かっているが、手段としてこれは本当に正しいのかどうか。
そんな根本的な疑問が浮上する。
悪夢は繰り返されるのか。
そんな思考を中断させるがごとき盛大な衝突音が、ゴウゥンと森全体に鳴り響いた。
「あ」
「ああ!」
音のした方へ走っていけば、巨大魚が大木に頭を打ち付け、公衆電話の網に絡まってぐるぐると目を回していた。
「作戦成功なの〜」
「蘭さん、見事な読みです!」
盛大な拍手と共に褒め称えるハイ。周囲からもわぁっと喝采が送られる。ひとしきり盛り上がる面々。
「ところでお聞きしたいのですが」
ハイは真顔でずいっと水玉クマに顔を迫り、とてつもない至近距離で問いかける。
「お?おう、なんでぃ」
思わずあとじさるクマ。
「この巨大魚は美味しく頂くことが出来るのでしょうか?」
「……喰う気かい?」
「出来るのなら」
力強く頷くハイ。
食べられる時に食べられるだけ食べる。
ソレが、ハラペコさんである貧乏人の掟だ。
ピンクウサギの紳士の横に並ぶみっつの顔。期待に満ちた三春。ワクワクと便乗する蘭。無言の来栖。
彼らを順に眺め、クマはなで肩を竦めて苦笑した。
「………まあ、いいけどな」
「よくねえだろ!?ったく、お前らには付き合ってられねえよ。俺はもう行くからな」
「まあまあまあ、あさとんさん」
「あさとん、あさとん、落ち着いて」
辞退しようとした来栖は、ハイと三春によって両脇からがっちりと抑えこまれ、『イライラするのはカルシウムが足りないからだよ〜』というコメント共に箸と茶碗を持たされ、座布団に座らされてしまった。
かくして、あまり時間はないはずなのに、うっかりご飯タイムに突入する救世主とクマたちだった。
彼らが本格的に渋谷とわんこ捕獲計画を再始動したのは、それから45分後である。
*
ただいまの追いかけっこ状況。
わんこ、かなり必死。変な植物に切り付けられたり、オバケみたいな変なものに話しかけられて怯えつつ、とにかく怖い人間からひたすら逃げ惑う。
渋谷、別の木の実を食してさらに暴れたい衝動に突き動かされ中。とりあえず走り続けて解消を試みる。
だが、なかなか体の奥から湧き上がるものを抑えきれず、無駄に大声で雄叫びなど上げてみたりもした。
わんこ、ますます怯える。
*
来栖の鋭敏な聴覚に届くのは、この世界で現在最も迷惑な存在の声だ。
ウサギ男もオリヅルランの子供も人間も、そしてクマたちすらまだどこかのん気に弁当談義に花を咲かせていた。
「仕方ねえな」
溜息と舌打ちの間でくしゃりと髪を掻き混ぜる。
「お前ら、そろそろ暴走したヤツラがこっちに突っ込んでくるぞ」
「え?」
「本当ですか、守護者様!?そ、それは大変だ」
「この奥には崖が」
「わさわさの滝つぼも。こ、このままもし滝つぼに落ちてしまったら、滝の主に美味しく食べられてしまうかも」
アワアワといろめきだつ彼らを一瞥し、
「とりあえず動くぞ」
来栖は空間を跳んだ。
「では我々もあさとんの後に続きましょう!作戦第2弾決行ですよ、皆さん!」
心もお腹も満たされた者たちが一斉に拳を突き上げ、うおおんと声を上げた。
ようやく傍迷惑な鬼ごっこにも終焉が訪れようとしていた。
今日何度目かの空間転移。そして、今日初めての目的遂行である。
「ようやく見つけたぜ」
木の上に降り立った来栖は、もう一度、今度は枝を蹴って跳ぶ。ただしほんの少しだけ。進行方向に先回りし、暴走する渋谷は無視してわんこの身体を拾い上げ、再び空間に消えた。
獲物が眼前から攫われた事にも気づかず暴走を続ける渋谷の視線が、ふと何かを捕える。
「うおう?あんなところにポップでキュートな桃色ウサギが!?」
木々の合間からクマたちが用意してくれたお立ち台にすっくと立って、腰に手を当て、堂々と胸を張っているハイ。
見事に渋谷の興味をひきつけることに成功。
うっかり余所見をしてしまった彼が踏み抜いたのは、至る所に設置された落とし穴だった。
「うぎゃお?」
「よし!」
「これで捕まえ――え?」
一瞬危機を回避できたかと喜ぶ面々の期待を見事に裏切り、渋谷、軽やかに跳躍――と見せかけて見事に転倒。そのまま、勢いづいてゴロゴロと崖へ。
「うわわわ!おにーさんが!」
「渋谷さんが主様に食べられちゃうなの〜!」
「だ、大ピンチですぞ!」
「では私が!」
すちゃっとどこか分からない所からぶら下がっている蔦を握りしめ、ハイがぐっと後ろに下がり、助走をつけて一気にジャンプ。
ぐいんっと弧を描いて宙に浮き、片手を差し伸べる。
そして。
危機一髪。ジタバタともがきながらも、映画青年・渋谷はもふっとしたピンクウサギの腕にカメラを構えたままぶら下げられていた。
うおおん。
着ぐるみウサギさんの華麗なるアクションに周囲からどよめきと歓声が巻き起こる。
「シオンさん、カッコイイですよ!僕はもうもうめっちゃドキドキときめいてしまいました」
「風太さんにそう言って頂けると、なんだかとても光栄ですねぇ」
「は〜な〜せ〜〜俺は!俺はこれから心温まる絵を撮らねばならんのだぁ〜!」
「か、和樹さん」
決死の抵抗に、腕からこぼしてしまう。
尚も暴れる青年。
「いい加減にしとけよ」
渋谷になら多少手荒い真似をしても許されると信じて疑わない来栖は、一瞬のためらいもなく背中にべったりと足跡をつける勢いで踏み倒した。
「うおう〜ご無体だ〜〜」
ジタバタともがく渋谷を踏みつけたまま、ちらりとクマたちの方へ視線を向ける。
「で、この人間をどうすればいいんだ?」
「どう、しましょうか」
「そこまで考えておりませんでした」
顔を見合わせるクマの森の住人達の間で、
「心温まる絵を撮りたいだけなんだよぅ!悪いことなんかしてないよぅ!俺は!俺は〜」
あうあうと訴える渋谷。
「わんこさん、大丈夫なの?このお兄さんに写真とってもらうの、ガンバルなの?」
ガクガクブルブルと震えつつも、わんこ、必死に瞳で訴えかける。
イヤダ。タスケテ。
ぬいぐるみではないけれど、本物が持つ独特の滑らかな毛皮で魅了してみるわんこ、3歳、独身。最近ダイエットに成功した留守番犬。
蘭に抱きとめられつつ、涙目で見上げる。
「わんこさん、嫌がってるなの。クマさんたちも困ってるなの。渋谷さん、めっ!なの〜」
「ぐが〜こんなちっちゃい可愛い子に叱られた〜」
ジタバタと、踏みつける来栖の足を撥ね退ける勢いで暴れる渋谷。
「うわ〜うわ〜!カワイイカワイイカワイイ〜〜犬欲しいよ、犬犬!猫も可愛いけど、わんこもいい!」
そんな彼を横に置いて、ニコニコと三春が笑顔全開で蘭ごとわんこをぎゅっと抱きしめる。
可愛いものに触れてご満悦な三春と、尚も転がる渋谷をぎゅっと捕獲しつつ、周囲の木の実に目移りしているハイ。そして、新緑クマを頭に乗せてご機嫌の蘭。
「……だから、捕まえた後はどうするんだって言う話をしてるんだろうが……」
来栖はただひたすら遠くを見つめていた。
フラストレーションはたまる一方だ。
「まあまあ。平和にのんびり行きましょう〜」
ポムッと、クマが彼の肩を叩く。
「そうだよ!このおにーさんも本当は悪くないんだよ!罪を憎んで人を憎まずだぁ!」
わんこをぎゅっとしたまま、唐突に三春が拳を握る。
心温まる絵は、もっと自然な雰囲気をかもし出してなくちゃいけないのだ。
必死の形相で逃げ回るわんこを見て、誰がほかほかの気持ちになれるだろう。
「おお、さすが風太さん。言うことが違います。そうですよね。人間、誰でも間違いはありますから。ね?」
着ぐるみの紳士も穏やかに同意し、そして諭すように腕の中の渋谷に微笑んで見せた。そんな彼の頬に食べかすがついているのは見て見ぬふりである。
彼らの間で起こる、心の交流。ふれあい。そして、
「では改めて……心温まる絵を撮らせてください!皆さんの!」
真剣このうえない渋谷の瞳に、燃えさかるAD魂を見るハイ。やはり情熱には情熱で応えなければ。そんな心意気で、力強く頷いた。
「分かりました。ではご協力いたしましょう」
「わ〜い!有難う、ピンクのウサギさん!アンタは本当にいい人だ!このご恩はたぶん一生忘れない!」
ガシッとハイの手を握って、上下にぶんぶん振る渋谷。
「さあ、風太さんも蘭さんもあさとんさんも、皆さん揃って渋谷さんの為に頑張りましょう!」
「ラジャー!」
「わかったなの〜」
「は?冗談じゃねえぞ、おい!?」
「わんこさんは一緒にお家帰るなの〜でも、いっぱい楽しいことするのはいいことなの〜」
「ではクマ村の皆さんにもご協力いただいて……その前に、復興作業、でしょうか」
「それを撮ればいいんだよ!皆でチカラを合わせて、壊れた村を再興!すごい!カッコイイ!ね?ね?」
「風太!アンタいい人だ!心の友よ!!」
「渋谷のおにーさんと心の友!うわ〜!じゃあ、ますます張り切っていこう!」
三春の提案に感極まる渋谷と、うおおんと拍手喝采を送るクマたち。
「僕もガンバルなの〜!せーの、植物さ〜んっ!お願いなのー」
にょにょにょっと森のあちこちから伸びてくる木の枝は、蘭のお願いに反応して四方八方に労働力を提供しだす。
「では私は幼い頃に鍛えたログハウス作りの技を披露と行きましょうか」
「シオンさん、そんなこともしてたの?」
尊敬の眼差しを向ける三春。
「若い頃の苦労は買ってでもしろと言いますからね。何事も経験です」
「すごいなの〜すごいなの〜!」
「兄さん、ウサギで優しいだけじゃなくて、実はすごい人なんだな」
キラキラ目の少年と青年と子供とクマたちに囲まれて、シオンは幸せを噛み締めつつ満面の笑みを浮かべた。
「じゃあな。依頼は達成したんだ。俺は帰らせてもらう」
「守護者様、もうお帰りになるんですか?」
「いかないでぇ!淋しいじゃないですか!もっとしっかりお礼をさせてくださいまし〜」
途端にわらわらとクマたちに取り囲まれて、見事に動きを封じられる来栖。
「あさとん、一緒に心温まろうよ!」
「ささ、あさとんさんも御一緒に」
「あさとんさん、一緒なのー」
「………………もう、好きにしてくれ……」
来栖は15年という歳月の中で初めて『諦める』ということを学び、そして少しだけオトナになった。
かくして、『クマの森・復興事業』が開始される。
途中で三春が植物の蔦に足を取られて逆さづりになったり、材木運びに思う存分来栖の転移能力を活用したせいで本人にお叱りを受けたり。シオンが脱いだピンクウサギの着ぐるみをめぐって誰が入るかでクマたちがちょっとだけもめ、結局蘭が最初に頭の部分を被ることで決着がついたりしつつ、時間は瞬く間に過ぎていった。
なお、わんこは土を掘るお手伝い。渋谷は一部始終をカメラに収めながら、時々復興に手を貸したのだった。
そうして、どたばた騒ぎでおおわらわだったクマの森に夜明けが訪れる。
といっても、夜はスイッチで切り替わるがごとく一瞬で朝になる。時間感覚があるようなないような不可思議な場所で、彼らはひたすら楽しく働いた。
復興の目処も立ち、そろそろ朝食でもという動きになった時、ロドルフがどこからか大きな卵を四つ抱えてやってきた。
「有難うございました、救世主様。宜しければこちらをお持ち帰りくださいませ」
彼から手渡されたのは、両の掌にすっぽりと収まる真珠色のタマゴだった。
「ふに?またクマさんが生まれるなの?」
首を傾げた蘭を真似て、頭の上で新緑クマも首を傾げた。
この子の兄弟が出来るのだろうか。
「何が生まれてくるのか、それはまだ分かりません。ですが、きっと面白いものですよ」
にっこりとロドルフは笑う。
つられて皆もにっこり笑う。来栖だけがなんとも言いようのない表情で深く深く溜息をついて、所在無げに遠くを眺めていた。
「皆様、本当に有難うございました。またいつかお会いしましょう」
「はい。是非またお邪魔させて下さい」
「わ〜いなの〜また会いにくるなの〜」
「僕も僕も!今度は温泉に入りに来るから!」
「……じゃあな」
クマたちと握手を交わし、タマゴを抱いて、彼らは今度はロドルフの案内で、クマ村の外れの冷蔵庫から元の世界へと戻っていった。
来栖だけが、自身の能力で空間を跳ぶ。
不思議の国は向こう側。再び扉は閉ざされる。
けれど、いつでも彼らの世界はこちら側と繋がって、素敵な時間と冒険を約束してくれる。
*
一週間後。
従兄が住む日本家屋の縁側は、今日も日向ぼっこに丁度いい。
三春はタマゴを抱きかかえて、遊びに来ていた近所の猫たちと一緒にごろりと転がっていた。
クマの森で過ごした素敵な時間が様々な色と一緒に夢の中で踊っている。
気持ちよくまどろむ中、不意に、腕の中のタマゴがぴしりと小さく音を立てて割れた。
「……ん?」
ぴちゃん、と頬に当たる水滴。
目をこすりながら起き上がってみれば、透明がかったお日様色の小鳥が雫を振りまいて舞い上がり、きらきらと光を反射していた。
「すごーい!」
三春ははしゃいだ声を上げ、小鳥を追いかけてくるくるとまわった。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1627/来栖・麻里(くるす・あさと)/男/15/『森』の守護者】
【2163/藤井・蘭(ふじい・らん)/男/1/藤井家の居候】
【2164/三春・風太(みはる・ふうた)/男/17/高校生】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42/びんぼーにん(食住)+α】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、こんにちは。街がクリスマス一色に染まる今日この頃、そろそろ本格的にプレゼントを探しに行かなくては……と焦るサンタ役のライター高槻ひかるです。
やっぱり25日の朝に枕元にプレゼントがあるのって浪漫だと思うのですよ。いくつになっても。
さて、この度は矢高あとり絵師とのコラボ企画第3弾にして、ぷちクマ祭りにご参加くださり、誠に有難うございます!
納品日を合わせる為、普段の依頼以上にお待たせしてしまったのですが、不思議な世界での不思議な1日、楽しんで頂ければ幸いです。
なお、このノベルはパラレル設定でもう一組別のお話が展開し、ラストは個別となっております。
こちらのチームのコンセプトは『楽しく元気にはじけていこう』でございます☆
ハイテンションなドタバタ感と掛け合いを重視させていただきました。
<三春風太PL様
コラボ企画初のご参加有難うございますv
そして、依頼やシチュノベなどでは大変お世話になっておりますv
今回もプレイングにて『遊んでOK』とのお言葉を受けまして、もうもう思う存分はしゃいで頂きました。
以前ご参加いただいた調査依頼のイメージで、今回もひそかに来栖様とコンビを組んでおります。そして、お2人の掛け合いと関係にほんの少し変化も訪れていたり。
それではまた、東京怪談のどこかでお会い出来ますように。
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