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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


□■□■ 音霊探索記 ■□■□


「……わーい」

 ドロドロ系昼ドラは心の和みだ、笑い飛ばせて。だからその時間帯を愛している、まあ適度に。
 だがそれも平穏な日常でのみ出来る事であって、現在は平穏な日常ではないわけで。患者達が動き回り血みどろの世界を形成する、ちょっと前に流行ったゾンビ撲滅ゲームを彷彿とさせる光景を見ながら――鬼丸鵺は、小さく溜息を吐いていた。
 このところ妙に入院患者たちが起こす暴力事件が多発しているのには気付いていたが、それにしたってイキナリだろう。臨界点を突破したら一気に溢れた、とでも言うような状況。医師は白衣を血に染めているし、看護婦の泣き声が響いている。

 鬼丸精神病院内は、バイオハザードの世界だった。

 義父はどうしているだろうと様子を伺えば、素手で元気に患者と戦っている。流石はヤクザのせがれだ、暫く放置していても良いだろう。す、と眼を閉じて、鵺は耳を澄ます。
 ごく、低音。それでも確かに聞こえる、音。殴り掛かって来た患者をひらりと避ければ勝手に相手は壁に激突した、勿論放置。自爆の始末をしてやる義理はない。

 聞こえる音。
 それは声。
 促している。
 何かを促している。
 何を促している?
 解放を、解放を、解放を。
 ここから出せ。
 さあ殺そう。

 ぱち、と鵺は紅い双眸を開いた。

「パパりーん、ヌエちょっとお出掛けしてくるよ」
「夕飯までには帰るんだぞ、今日はカレーだ」
「わーい、じゃあそれまで生き延びてねぃ☆」

■□■□■

 同じ病院でも、そこは廃院だった。ボロボロの瓦礫がレゴブロックになって積み上げられている、というほどのレベルではないながらも、あまり綺麗ではない。むしろ全然綺麗ではない。都会の真ん中にあると言うのに、どうしようもなく異端で異様だというのに、それは馴染んでいた。空間と時間に溶け込んでいた。
 鵺はぼんやりと、それを見上げる。病院の名前は罅割れて読めないし、塀の上には赤く錆びた鉄条網が張り巡らされている。多分、精神病患者の世話をしていた施設なのだろう。どうもこんな場所に縁がある気がする、と、彼女は浮いた石畳を渡った。べこべこと傾くそれを抜けて、ガラス戸の割れた玄関を潜る。古びた外観とそぐう、壊れた中身。汚れた漆喰の壁。

「なんかね――変な感じかなー?」

 何も居ないはずなのに、何かがいる。
 ここには気配がある。
 ここには誰かがいる。
 少なくとも、人でないものがたむろしている。

「これはこれは、いらっしゃいませ。初めてのお客様ですね?」
「んに?」
「こちらです、こちら――初めましてお嬢様、お名前を伺えますか?」
「ヌエはヌエだよ、鬼丸鵺。キミは? 薄闇色のカラスさんー」
「私は玄夜――ここの案内人です」
「それで、ここはどこなの?」
「ここは、言霊監獄と言います」

 口の端に上っては現世に作用する力を持つ言葉――言霊を閉じ込める、『言霊監獄』。それが現在のこの廃院の役割らしい。出迎えた蒼羽の鴉、玄夜の言葉に生返事をしながら鵺は院長室に脚を進めていた。言霊の元となる音霊の看守、玄夜の主。彼に会わなければならないのだという。時々ちらちらと見てくる玄夜に向けて、鵺は軽く腕を差し出した。

「乗るー?」
「あ、いいえ、平気ですが――鵺さまは何故、こんな所へ?」
「気配辿ってやってきた気分の予感かな? んー、ちょっと迷惑しててねー」
「と仰いますと?」
「多分音霊って言うのかな、それが逃げてきたんだと思うんだよね。うん。繋がってるのかどーか怪しいんだけど、電話線かモジュラージャックに乗ってここから逃げ出したのが、ヌエのお家で暴れてるんだ」
「気配は確かにこちらに繋がっていたのですか? それは何者でしたか?」
「音、だったよ? なんかね、うん。ここから出せ――みたいな」
「『解放』の音霊……だねー?」

 開いたドアの内側には、黒いコートの青年が立っていた。

「初めまして――鵺、ちゃんー?」
「初めまして、えっと……誰?」
「ああ、僕は志戯だよ古殻志戯……一応ここの看守、っぽいー?」
「ふーん? しぃちゃんとぎっちゃん、どっちが良い? ヌエはしぃちゃんをオススメするよー」
「んー、懐かしい響きだから採用……」
「ッて何の話してるんですか、方向性が最初から間違ってるじゃ有りませんか!?」
「ゲンさん落ち着いて、血圧上がっちゃうよー?」
「そうそう、心筋梗塞起こすー……」
「誰ですかゲンさんって!? って言うか心筋梗塞!? じゃなくて志戯、聞いていたのならさっさと説明してください! この方にご迷惑掛けているのはあんたなんですよ、まったく昔から人に迷惑掛けてばっかりで、だから四百年前も」
「はいはいー……玄夜、うるさいー」

 玄夜が志戯の肩に降り、小言を繰り返す。あうー、と眉を顰めてみせる志戯を横目に見ながらも鵺は適当に寛ぐ為、ソファーに腰掛けた。埃を被ってはいるがスプリングが効いていて中々に座り心地が良い。手を伸ばすとテレビのリモコンが触れたので、取り敢えず電源を点けた。

『やめて、モリオさん!』
『マチちゃん、僕は!』

「ってそこで昼ドラ見始めない!!」

 玄夜の突っ込みが決まった。

■□■□■

「あー……なるるー、分かった気分、だねぇー。うん、確かにウチの音霊の仕業っぽいよ……」

 ドラマのエンディングが流れる中、煎餅と茶を交互に口にしながらゆったりと説明を終えた鵺に、志戯もまたゆっくりと頷いた。んー、と首が傾げられると、髪の中に隠れているピアスがシャランと立てる音がする。塩煎餅を一口齧ってから、鵺は再び顔を上げた。

「そんでー、うちの病院は現在バイオハザードなんだよー。おちおち昼ドラ見てられないんだよ? 今日も前半見逃しちゃったし」
「あぁ、僕……DVD出たら買う予定だからー、良かったら貸そう……かー?」
「わ、ほんと? しぃちゃん中々の通だね、奥様だね! こんな薄暗い病院にヒッキーしてるのにセレブってるね!」
「んー、まあ色々支給される、からねー……ああ、今日の分も……ビデオ、撮ってるよー?」
「話がずれてますから」

 さくーっ。
 玄夜の嘴が志戯の頭に刺さる。この場に突っ込みとして彼しかいない状態なので、その疲労度合いは激しかった。ああもうお願いだから私の疲労を取り払ってくれる素晴らしい突っ込みを関西から連れて来て下さい誰か誰か、まあそんな嘆きを聞き流し、鵺は茶を啜る。志戯も煎餅を手に取り、んー、と軽く唸って見せた。

 なんでも、独房入りになっていた音霊が一人逃げ出しているのに丁度気付いた所だったらしいというのだから暢気な話である。ボケと突っ込みの主従は目の前であーでもないこーでもないと繰り広げて――否、主に玄夜だけが捲くし立てているのだが、一向に進む気配は無い。
 そろそろパパが死んでるかなー、と、鵺は煎餅を割った。それは困る。って言うか悲しいだろう、普通に。塩煎餅を後一枚食べたら、本題に入らせてもらおう。その前に茶をもう一杯。

「で、結局どーすれば良いわけかなー、しぃちゃん?」
「んー……電話線、だもんねぇ……結構狡猾になったもんだよね……面倒臭い、なー」
「ヌエだって面倒臭いよー。でも片付けなきゃ色々大変なんだから、ちゃんとして欲しいんだもん。ヌエが手伝えるトコがあったら手伝うかもしれないよ?」
「思いっきり不確定臭いです、鵺さま」
「僕もなんか楽な所があればやるかも……」
「あんたは絶対やらなきゃいけないんですよ志戯!」
「ぶー……男女、差別ー」

 ぷ、と頬を膨らませ、志戯がソファーから腰を上げる。鵺はキョトン、と首を傾げて見せた。巨大なオーク材のデスク、ただしやはり天板に埃が溜まっている院長室の備品――上に置かれた白い電話の線を、彼は引っこ抜く。そしてそのまま。鵺に向ってにこりと笑いかけた。

 何も感情の入っていない目、何も感情の入っていない声、何も感情の入っていない仕種。空っぽ。何も入っていない。何も無い。それは虚。

 ほんの少しだけぞっとしたのは、自分と正反対な気配が見えるから?
 それともの笑顔を崩さずに、きっとひどい残酷をするだろうことが分かるから?
 もしかしたら同じく、音を司るが故の同属感が危険信号を鈍らせるから?
 それとも。
 これから彼が何をするのか、期待しているから?

「鵺ちゃんー……封じ物、お願い出来るー?」
「んー? んー、まあなんとなく頑張る気分かもね」
「じゃ、お願いー。僕は呼び出すまでしかしないから……必要でないなら力なんか使いたくない気分だからね……」

 しゅるり、志戯が喉に撒いた包帯を解く。
 鵺は能面を取り出し、その顔に触れさせた。

 空気が変わる気配。

「言霊は世に散り言葉は宙に舞い、可能性を構成し、確率を確立させ、現に返る――在るべき場所へ戻れ、音」

 志戯が手にしていた電話のコードから、不定形の何かが逆流するように広がってきた。音霊に形は無い、感知する物のイメージに従うのだという。鵺の中にはなんのイメージも、空想も妄想も無かった。だからそれには形がなく、まるで細かな蟲の集合のように――もしくは霧のようにも見えた。
 そこにあると、視界が捕らえているのならば、そこに居るのだろう。
 鵺はヌエを失い、違う自身を覚醒する。面の下では理知的な瞳を煌かせるものがあった。ゆらりと揺れる音は、彼女に向ってくる。志戯ではなく彼女に――見縊っての事だったのかもしれないが、どちらにしても何も賢いことは無かった。

 向かうのが志戯であろうと鵺であろうと、結末に変わりは無い。

「文車妖妃――」



 歌に、古しへの文見し人のたまなれやおもへばあかぬ白魚となりけり

 かしこき聖のふみに心をとめしさへかくのごとし
 ましてや執着のおもひをこめし千束の玉章には、
 かゝるあやしきかたちをもあらはしぬべしと、
 夢の中におもひぬ


 文車に乗る美女は、いっそ緩慢に見えるほどに優美な動作で箸を取る。割られていない割り箸を突き出し、くるくると音の具現を巻き取った。書物に宿るあやかしは、取り出した筆でそっと手に文字を綴る。箸に掛けた音霊は、それに吸い寄せられるように彼女の手に集まった。墨の中に宿るそれ、鵺はまだ乾かない手を冷たい漆喰の白壁に叩きつける。

 鏡文字が『閉塞』と移った。


「――解放の言霊――何故、閉じ込めておいたのです?」

 鵺の中、文車妖妃が訊ねる。志戯は自分の喉に包帯を巻きつけ、綺麗なリボン結びにしてから彼女を見た。能面の奥の眼は、何の感情も無く彼を見ている。そして志戯も同様の視線を、彼女に向けていた。

「ここは監獄だから――ねー。君も多分判るはずだよー……閉じ込められているならば、自由など考えては……いけないー。だから異端、あってはならない、閉じ込めなくてはならない……解放は革命に転ずるから、ねー」
「…………」
「しかし、面白い……ねー? 書物を操るあやかし……繰った字に対象を閉ざし無効化する……鏡文字になれば、もう出られないー。ありがとう、だねー」
「あなたは――」
「何も無いよ」

 すぅ、と。
 志戯は鵺の仮面を外し、ヌエに笑い掛けた。

「そんなわけで……今日の分のビデオ、見るー?」
「ん? ああうん、じゃー見ていくー」





■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

2414 / 鬼丸鵺 / 十三歳 / 女性 / 中学生

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは初めまして、ライターの哉色と申します。この度は発注頂きありがとうございました、早速納品させていただきますっ。プレイングにありました昼ドラというのが妙にツボに嵌まり、随分しつこくなりましたが……如何だったでしょうか? キャラクターや人格交代の要領が掴めていない所もあるかと思いますが、少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。それでは失礼致しますっ。