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<PCシナリオノベル(シングル)>


『現実(タナトス)と眠り(ヒュプノス)』


 東京郊外にある一軒の瀟洒なバー。
 そこで琥珀色の液体が入ったグラスを傾けている二人の男たちがいる。
 ひとりは銀色の髪に縁取られた美貌に涼しげな微笑を浮かべる男。
「たまにはこのような場所で飲むのも悪くはありませんね」
 もうひとりは20代後半の外見をした…しかしそのまとう雰囲気はそれよりも洗練された男の雰囲気を感じさせる男。
「ここは俺の馴染みの店でしてね、セレスティさん」
 セレスティ・カーニンガムはそこでにやりと悪戯めいた微笑を浮かべる。
「それで、この店に足を運ぶのはお店の雰囲気、マスターの腕をかってでの事でしょうか? それともあのピアノが弾きたいから?」
 セレスティにそう訊かれた彼は、苦笑めいた表情を浮かべながら空いたグラスをカウンターに置いて、店の隅に置かれたピアノに顔を向ける。
「あのピアノがこんな店にあるのは本当に世にも不思議な事ですね。あれは最高級のピアノですよ? 私としては少々不安ですね。あのピアノをこのような店に置いておくのは」
 口元に軽く握った拳をあてて、どうやらあのピアノを買う算段を立てているセレスティに彼は苦笑を浮かべた。
「あのピアノはおそらく誰も受け入れませんよ。彼女以外はね」
「ほぉう」
 興味深そうな顔をするセレスティに彼はまた苦笑めいた表情を顔に浮かべて、新に琥珀色の液体が注がれたグラスを傾けた。
「牧田香。あのピアノはその彼女のモノで、そして牧田香は俺が知る限り最高のジャズピアニストですよ」
「新進気鋭のジャズピアニスト、三柴朱鷺よりも?」
「ですね。俺よりも彼女の才能の方が上ですよ。若い時は彼女の才能を羨んだもんです。だからこそ、俺は彼女に目覚めてもらいたい」
「目覚める?」
 わずかに首を傾げたセレスティはさらりと揺れた前髪を人差し指で掻きあげながら目を細める。
「彼女は眠っているんですよ。そして彼女を眠らせたのは俺の師匠、綾瀬まあや」
「まあや嬢が? しかしそれは何故?」
「香が師匠に頼んだんですよ。自分からすべての記憶を消してくれと」
「そしてまあや嬢は彼女が言う通りにすべての記憶を消した」
「ええ。あいつは当時、ぼろぼろだったんですよ。ピアノを弾く意味を見失い、だけどあいつにとってピアノは全てだったから、その矛盾に苦しんだ彼女はだからすべてを忘れたい、消してしまいたいと望んだ。あいつは自分から死を望む真似だけは絶対にできなかったから」
 からーん、とセレスティの手にあるグラスの中で溶けた氷と氷とがぶつかり合って澄んだ音色を奏でた。
「だけどね、俺は望んでしまうんですよ、香のピアノが聴きたいと。俺はこの手で誰も幸せに出来ないけど、でもあいつのピアノは人を幸福にできる。かつて俺のピアノは美しいが、その旋律は聴く者の心を痛くさせて、とても聴いていられないモノだ、とそう評された事があった。俺はその通りだと想っていた。あの時の俺はこの世の全てを見下し、恨んで、生をゲームにしていたから。だけどそんな俺でも香の音色はとても綺麗だと想ったし、礼も彼女の音色をとても好きだったから」
 それを聴いたセレスティは三人の若者たちがいる風景が容易に想像できた。ひとりの青年と二人の女性。三人はとても仲の良い友人同士だったのだろう。
 ――――かつて綾瀬まあやにセレスティは聞いた事がある。三柴朱鷺は彼女の良い友人であり、不肖の弟子であり、そして最高の父親だと。だけど会った当時は三柴朱鷺は一切の感情を失い、ただ己が体を蝕む魔曲の呪いに苦しむよりも愛すべき女性を自分が面白半分で奏でた魔曲によって異なる存在へと変えてしまった罪に苦しんでいたと。
「なるほど。それで私がここに呼ばれたのですか」
 セレスティは苦笑する。
「彼女が望んで記憶を消したのであれば、おそらくはその彼女が記憶を取り戻したいと望まぬ限りは、記憶は蘇らないのでしょうね」
「ええ。だと師匠も言っていた」
「ならばつい先日、私が調査したあの小高い丘の事が役に立つのかもしれませんね。そう、持ちつ持たれつで。三柴氏の言う通りの音色を牧田香が奏でられるのであればあるいはその音色は………」



 哀れな【闇の調律師】たちは奏でられない、人の心を救う音色は。
 だけど悲しみを知り、それでも心を取り戻した牧田香であるならば、
 その彼女があの小高い丘でピアノを奏でればあるいは、あの小高い丘に住まう者たちを救えるかもしれない………



「まずは私がキミの師匠、綾瀬まあやと行った調査について語らねばなりませんかね?」
 セレスティはグラスの中にある琥珀色の液体で唇を湿らせると、それを語り始めた。




 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


 都内外れにある森が茂る、小高い丘。
 あるいはそこに見える風景に人はとても新鮮で興味深き感情を抱き、
 あるいは懐かしさを感じ、
 あるいは静かに涙を流すほどの想いを抱く。
 そこは見る者によって情景が変わり、抱く感情が変わる不思議な場所。
 草間興信所に依頼されたのは、その不思議な小高い丘の調査であった。
 そして私がこの依頼を引き受けたのは、純粋に興味があったから。
 ―――――果たしてこの私がその光景を見た時に、どのような感情を抱くのか? 
「さて、その小高い丘で見た共通の証言は、着物を着た少女、とだけですね」
「そうですね。草間さんが聞いた依頼者たちの証言を取りまとめるとそうなります。では、その少女が?」
「しかし少女が見せているのであれば、その少女はその様な事をして何を望んでいるのでしょうか? そこに今回のこの事件の答えがあるのか?」
 この事件は誰かを惑わし不幸にしている訳でもなく、また誰かを幸せにする訳でもない。それはただそこにあるだけだ。
 もしも誰かに喜びを感じさせて、その後に不幸に叩き落したとしてもそれは砂漠の陽炎と同じ。
 しかしそこに住まう少女とは何であろうか?
 砂漠の陽炎は罪の無い、現象。
 だが、もしもそれが食虫植物の花の香りであるならば?
 甘く芳しい香りを発する事で、無邪気に咲き乱れる花を装う事で人を誘い込み、
 その毒牙にかける…。
「まあ、百聞は一見に如かず。行ってみましょうか、現場に」
「そうですね」
 そして私たちは車で、現場となった場所へと移動した。
 そこは別に私たちに牙を剥いてくる事は無かった。
 大抵の場合、異常現象が起こっている場所は力在る者を拒もうとする。それはわかるのであろう。自分を廃する者が来る事を。故に自分の望みを叶える為に敵意を抱く。
 しかし、この小高い丘は私とまあや嬢を拒絶しなかった。では、やはりこの場所は…
「悪意はありませんね、ここには」
 まあや嬢は真っ直ぐにそこから見える風景を見据えながら呟いた。切れ長な紫暗の瞳からはとめどなく涙を溢れ零れさせながら。
「そうですね」
 そして私はその彼女に気遣う言葉も発しなかったし、またハンカチを手渡す事もしなかった。
 ただ私も真っ直ぐにそこから見える風景を見据えている。
 ――――まあや嬢は言葉をかけられる事も、ハンカチを手渡される事も望まないから。
 ただ時間は静かに流れていく。
「セレスティさん」
「はい?」
「そろそろと調査、というかいくつかある疑問点を正していきましょうか?」
 いつもと同じどこか斜に構えたような口調で言う彼女に私は肩を竦めながら頷いた。
「そうですね。では、まずはまあや嬢。件の着物を着た少女、というのは見えますか?」
「はい。見えますよ」
「ふむ。ではやはり、その共通項は不動の物なのですね」
 私はふむと頷く。
「彼女に対しては、そしてこの小高い丘に関してもいくつか疑問があった。ここに来る前までは疑問だったのですよ。丘には何か建物が有り、人の住む気配があるのか? と。しかしなるほど、実際にここからの風景を見れば、これは何とも美しい光景ではありますね」
 ―――――私が見た光景。
 薄く霧のかかった小高い丘。
 鬱蒼と森が茂り、その森の奥に開けた場所があって、
 そこに私もまあや嬢も情景を見ている。
 そしておそらくは依頼者も、これまでここを訪れた者も。
「まあや嬢、私に見えている情景は、森の奥の開けた場所の真ん中に古く小さな家があるのですが?」
「…………それは、あたしと一緒です」
「ふむ。では、着物を着た少女だけでなく、それ以外にも見えている光景は同じという事ですか」
「どうしますか? 乗り込みます?」
「いえ、今はやめておきましょうか」
 私は身を翻し、歩き出した。
 現場は見た。なら、次に気になる事を調べよう。現場に乗り込むのは完全にこの状況を把握してからだ。でなければ、もしもあれが食虫植物であった場合、冗談ではないのだから。
「まあや嬢、最初にこの場所を見つけた人物を洗い出します。何の目的でここをその人物が訪れたのか調べれば、この場所についての事もわかると想いますから」
「はい、セレスティさん」



 +++


 草間興信所に依頼を持ち込んだ少年と女性。
 その二人は一体どうしてその場所を訪れたのであろうか?
「僕がそこを訪れたのは偶然でした」
「あ、私も偶然です」
「僕は夏にカブト虫やクワガタを捕まえるためにそこへ行って、偶然」
「私はドライブの途中ですね」
「ふむ。では、あくまでそこを訪れたのは偶然だと?」
「「はい」」
 二人は頷いた。
「しかし、では、キミは広い森の中でどうしてそこへ? カブト虫やクワガタを捕まえに行ったと言いましたが、何故そこへ行ったのでしょう? どうしてそこにカブト虫やクワガタが居ると想ったのですか?」
 腕組みをしながら少年は小首を傾げた。
 私は女性の方にも訊く。
「キミもドライブの途中にと言いましたが、ドライブをしていたのにそこを訪れたのはどうしてですか?」
「それは…」
 二人は顔を見合わせあう。
「だから本当に僕は歩いていたら、偶然」
「私は、ドライブと言っても、自分でやっているHPのための写真を撮るために、車を走らせていたんです。綺麗な風景を写して、それに詩をつけて飾っているもので。だから本当に偶然なんですよ」
「ふむ、偶然ですか。しかしこの世に果たして偶然などというモノがあるのでしょうか? 私は想います。この世の全てが必然だと」
 あの場所は私たちを拒否しなかった。そして私たちに害を与えなかった。
 ならば何の悪意も、または善意も持たずに、ただそこにあるのか?
 では、何のためにそこにあるのか?
 いや、私はそれを調べるためにこの二人に訊いているのだ。
 この二人があの場所に導かれた事にも必ずや意味があるはずなのだから。もしくはこの二人が………
 ―――――引き寄せたのか?
「少しキミたち自身について質問をさせていただいてもよろしいですか?」
 私がそう言うと、二人はしゃちほこばった。
「何ですか?」
「答えられる事なら」
「キミたちは性別も年齢も、住む場所も、おそらくは育った環境もまるで違うのでしょうが、でも何か共通点はありませんか?」
「と、言われても…」
 二人は顔を見合わせあう。
「あそこにある光景は同じでした。誰が見ても同じ光景。おそらくは光景が違うのではなく、見た光景に抱く感情が違うのでしょうね」
 ――――――見た光景に抱く感情………。
「ですか。なるほどね。私とした事が。質問を変えます」
 私は軽く肩を竦める。
 確かに共通項はあった。私とまあや嬢には。
 ―――――何人も親しい人間を見送っている。
 私があの光景に抱いた感情とはそういうものだ………。


 そう、そういうものだ。


「あなた方は、過去に大切な誰かを亡くしていませんか?」



 +++


 二人の答えはイエスであった。
 少年は友人を。
 女性は高校時代に姉を。
 私は長生種。故に多くの人間を見送ってきたし、
 まあや嬢も家族を失っている。
 あの場所に抱く想いが違うのは、おそらくは亡くしてしまった人へ想いが故。
 ――――だからその光景に抱く想いが違うのは当たり前であったのだ。
 おそらくは誰か大切な者を失った悲しみとあそこにある何かが引き合って、今度の現象が生み出された。
 そしてその誰か大切な者を失った悲しみが抱かせるその光景への想い、その方面でネットで調べた所、そういう都市伝説のような物はいくらかあって、そしておそらくはあの丘の事を指しているのであろうその情報のひとつを辿りに辿って、一番最初にネットにその情報を載せた人物を私はつきとめた。
 彼女は事の詳細を話して聞かせてくれた。
「ええ、おそらくはセレスティさんが仰っている丘と、私がネットに載せた話とは同じだと想います。
 でも、そこに私は行った事はありませんし、それにこれは私が作り出した話だったんです。
 いえ、元ネタはあります。元ネタはちゃんと実在します。その元ネタがセレスティさんが仰る場所で。ええ。
 えっと、私は友人からその話を聞いたのです。その場所に行ったらその光景と、そして着物を着た少女を見たと。
 その友人は…えっと、A子とします。A子はA子の友人と一緒に行ったんです。A子の友人の姉がそこに住んでいるとかで。
 それでA子とその友人はそこに少女と懐かしい光景を見たって。
 そしたらその友人がぽつりと言ったそうなんです、少女を見て、お母さん、って。
 だから私はそこからお話を想像して書いたんですが……。事実は小説よりも奇なり、という事でしょうか…。
 えっと、A子は友人の付き添いです。介護用の寝具とか色々と運ぶのを手伝ったって。
 何でも友人の姉と、彼女たちの祖母がそこに住んでいるそうです。
 そう、はい。確かにA子は言ってました。友人が少女を見て、お母さん、と呟くのを。だから私はA子のその光景を見て、懐かしいと想った感想と、死んだはずの友人の母親がいたというのを組み合わせて、過去に亡くした人を見る事ができる丘がある、というお話を作ったのですから」



 +++


 喫茶店の中で私とまあや嬢は件のA子の友人、木下麻衣と出会った。
 ――――なるほど、彼女はあの着物の少女と似ていた。
「あの小高い丘について、話を聞きたいという事ですよね?」
「ええ、そうです」
 私は頷いた。
 麻衣嬢はきゅっと下唇を噛んで、俯くと、数分そのまま固まって、そして顔をあげた。
「私から説明をするよりも、多分、祖母とずっと一緒にいる姉に話を聞いた方がいいと思います。案内します」
 そう言う彼女に私は頷いた。
 そして私は、麻衣嬢に案内されて、彼女の姉、木下麻美と出会った。やはり着物の少女と似ている。
「セレスティさんは、この丘の事を調べているそうですね」
「はい」
「すみませんが、その調査はやめてくださいませんか? あたしが知ってる事はすべてをお話します。ですからそれで調査はやめてもらいたいんです」
 小高い丘にぽつんとある家。
 その家で眠り続ける老婆の事を彼女は話して聞かせてくれた。
「ここで見える光景はすべて祖母の夢です。祖母は病気で意識不明となって、それでこの家に引き取ったのですが、その頃からこの現象は起こるようになりました」
 彼女は自分もこの丘で見られる風景を見た時はすごく驚いたと言い、妹もそれに同意した。
「ここで見られる風景はあたしたち姉妹にとってとても懐かしい風景でした。そう、ここに広がる風景は幼い頃にあたしたち姉妹が母と一緒に見た風景だったんです。今はもう無くなってしまった、母が育った場所の光景なんです」
 そして彼女は老婆の枕元に飾られたひとつの写真立てを手に取って、私に渡してくれた。そこに映る着物を着た少女は、確かにあの風景の中に見た彼女であった。
「母です」
 彼女は泣きそうな声で言った。
「セレスティさん、この丘で見られる光景というのはだから、祖母が見ている母の夢なんです。きっと、この現象は祖母が亡くなるまで続くと想います。意識の無い祖母にとって、今だけは自分の夢の世界に浸れる唯一の時間。だからそっとしておいて欲しいんです。すみません。すみません………」
 そして私は彼女に頷いた。



 +++


「そこの風景なら、あいつの中で欠けてしまったモノを取り戻させてくれるかもしれない」
 三柴氏はピアノの調律をしながら、言葉を続ける。
「きっと俺は、このピアノと同じ事をしようとしているんだ。人間なんだ。変わらずにはいられない。時が経つのと一緒に。だけどそれでも俺はせめて礼がいない、という事以外は何も変えずにいたいのだと想う。香だけは変わらずにいつまでもそこにいてもらいたいと。香だけは本当に昔のようにただ笑って、幸せに過ごしてもらいたい」
「随分とわがままな事ですね。キミもまた、まあや嬢と同じぐらいに」
 キミにも、まあや嬢にも必ず笑ってもらいたいと望む人はいるだろうに。
「老婆が見る娘の夢。それは誰か大切な者を亡くした者の心に語りかけて、欠けたモノを埋めてくれる。ならば牧田香もまた。そして、ひょっとしたらその彼女が老婆を救うかもしれない。よろしい。では、行きましょうか、彼女を連れて、そこへ」
「ええ」
 そして私と三柴氏とで、牧田香を車椅子に乗せて、その丘へと連れて行った。
 牧田香はまあや嬢の力によって記憶をすべて消された。
 故に彼女は眠り続けている。
 それでも一日のうちにほんの数秒だけ瞼を開く事があるのだそうだ。
 ―――――私はそれを呼吸のようだと想った。溺れている人間が溺れながらも、口をあけて酸素を吸い込むように。
「香、見てごらん。おまえはこの光景を見て、何を想う?」
 三柴氏が彼女にそう言った瞬間、牧田香は涙を流した。
 とめどなく涙を。
 そして彼女はピアノが弾きたいと言った。
「だったら、これを使うといい」
 三柴氏もまたピアノを武器とする。彼は己が体に刻み込まれた魔曲の魔力によって、ピアノを手近にある少量の物で作り出せるのだそうだ。
 そうやって用意されたピアノで、牧田香はシューマンのトロイメライを弾いた。
 その音色はただ静かに静かにどこまでも吹く風によって響き渡った。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 そして今夜もまた私と三柴氏はあのバーでグラスを傾けている。
 ――――新進気鋭のジャズピアニスト、三柴朱鷺が自分よりも才能があると言ったピアニストのピアノを聴きながら。
 牧田香は知り合いであったこのバーのマスターにピアノを譲ったのだから、だからもう一度ピアノをやる事にしたのだけど、でもピアノは返さずともいいとマスターに言ったらしい。ただしその代わりにリハビリも兼ねてしばらくはこのバーで専属のピアニストとして雇ってもらったそうだ。
「さすがに彼女のピアノは耳に心地良いですね」
「でしょう」
 三柴氏はくすっと笑った。
「そうそう、あの丘の現象が止まったそうです」
 今朝、私の携帯に木下麻美から連絡があったのだ。
「そうですか。とすると、彼女の祖母は亡くなったのですね」
「ええ。でも、彼女は救われたと思います。彼女の見た夢が牧田香を救い、そして牧田香のピアノが彼女を救った」
 何でも祖母と母親とはちょっとした行き違いが生じ、そして行き違ったまま姉妹の母親は亡くなって、彼女はずっとそれを悔やんでいたそうなのだ。
 だが、牧田香のピアノを聴いた彼女は、涙を流し、「許してくれて、ありがとう」と呟いたという。
「さてと、三柴氏。最高の連弾というモノを聴かせてもらいましょうか」
 私はにこりと笑う。
「聴かせてもらいましょうか、ですか。セレスティさん、俺は一曲数百万の男ですよ?」
 そして彼もにこりと悪戯っぽく笑って、
「まあ、いいですけど。じゃあ、最高の連弾を感謝の証として、プレゼントいたしますよ」
 そうして彼はピアノの方へと歩いていって、牧田香と何かを打ち合わせして、連弾をし始めた。
 私は最高級の弾き手たちによる連弾を聴きながら、グラスを傾けた。



 ― fin ― 


 ++ライターより++


 こんにちは、セレスティ・カーニンガムさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回のお話はいかがでしたか?
 指定していただいたシナリオはとてもミステリアスで、でもほんの少し物悲しい雰囲気を漂わせた物で、シナリオを読んで、この眠り続ける老婆も救わなければ、と、想い、このようなお話に。

 書いてて想ったのはこのお話はセレスティさんの雰囲気にぴったりだ、と。
 そう想ったのはキャッチフレーズのイメージが強いからだと想うのですが。
 わずかな手がかりから物事を推理して、答えを導き出す、という流れを書いていて、それがセレスティさんにぴったりと来て、いい感じだなーと想ったのです。^^
 ですから、セレスティさんのノベルを書かせていただく時はいつもプレイングとセレスティ・カーニンガムというキャラクターに助けられて、すらすらと書けるのですが、今回はいつも以上にすらすらと書けたのです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にご依頼ありがとうございました。
 失礼します。