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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


蜘蛛

■ 三上事務所 ■

「いやいやいやいや、お忙しいところ申し訳ない」
 目の前の男は、そう言いながら忙しなく頭を掻いている。
嘉神 真輝は曖昧な返事を口にして、通された事務所の隅々までを見渡した。

 決して広くはない事務所の中には、応接用だろうと思われるソファーとテーブルが一式。
事務所らしい机が二つ。書類や、何やら怪しげなタイトルの本が並べられた書棚が二つ。
お世辞にも流行っているとは思い難い事務所を眺め、嘉神は小さな笑みを浮かべた。
「いや、構いませんよ。というか、学園が絡む問題なら、俺にも他人事ではないし」
 嘉神はそう答えて満面の笑みを作り、目の前の男に視線を向ける。
男はいやいやいやと口にしながら、ハンカチで忙しく額の汗を拭いとっている。
「うちはオカルト事件なんかに関わる情報や仲介をやってるんですがね、神聖都学園にはいまいち繋がりが薄いんですよ」
 男はそう口にして、テーブルに置かれた湯のみを手に取った。
「俺でよければ」
 返し、にこりと笑えば、男は「ありがたいお言葉です」と頭をさげた。

 事の発端は昨日の放課後。
帰宅の途についた嘉神は、校門の近くをウロついている、怪しげな中年男を目にとめた。
生徒の保護者かもしれないが、不審者であるという可能性も否めない。
嘉神は迷う事無く男に近付き、その肩を掴んだ。
しかし男は自分は不審者ではないとの弁明を懸命にした後で、名刺を一枚差し伸べた。
『三上事務所』と記された簡素な名刺には、中田 清太郎という名前が印字されていた。
怪異な事件に関わる調査をしているのだと説明し始めた中田に、嘉神は興味を向けたのだった。

「実は嘉神さんの他にもう一方、お手伝いしてくださると申し出てくださった方がいまして」
 湯のみをテーブルに戻すと、中田はソファーから腰を持ち上げて事務所のドアに目を向ける。
「へえ。どういった方なんです?」
 その視線につられて嘉神もドアに目を向けた。
「ハァ、学園の生徒さんでして、お名前は――――」
「生徒?」
 返事を返し、中田に顔を向け直す。
中田は素っ頓狂な顔をして嘉神を見据え、かくかくと首を傾げてみせた。
「ええ、高等部に在学中の」

 ガチャリとドアノブが回り、勢いよく開け放たれたドアの向こう、一人の少女が姿を見せた。
「こんにちはぁー! 中田さんいますかー?」
 元気そのものといった声音でそう言い放ち、少女は躊躇することなく事務所に足を踏み入れる。
「ああ、いらっしゃった。いらっしゃいましたよ、嘉神さん。ええと、こちら、お名前が霧杜 ひびきさんと仰る方で」
「あ、嘉神先生!」
 ひびきはそう言って朗らかに笑い、丁寧な動作でぺこりと頭をさげた。
「それじゃあ、嘉神先生と一緒に調査をするんですね。頑張りますので、よろしくお願いします!」
 そう続けて頭をあげ、嘉神と中田の顔を交互に見つめて無邪気に笑う。
「――――ああ、よろしく頼むよ」
 嘉神も笑みを浮かべた。

「ええと、それでは今回の依頼を、改めてご説明いたしますね」
 嘉神とひびきがソファーに腰を据えたのを確かめて、中田は手元にあったメモ帳をぱらぱらとめくった。

■ 女生徒からの依頼 ■

 依頼主は神聖都学園高等部に通う、とある一人の女生徒。
彼女はどういった流れでか、オカルト事件の調査や、それを解決してくれるという能力者とのパイプを担っているという、三上事務所を知ったらしい。
事務所を訪ねた少女は俯きがちに、事のしだいを説明し始めた。
いわく、彼女の知人――交際中だとか、そういった事情はさておき――の様子がおかしい、とのこと。

「つまり、最近産休を取られた先生の代理として赴任された方が怪しいと、こういうわけですか」
 ほうほうと頷きながら、メモ帳に依頼事を記していく。
客人――依頼人は、中田の言葉に無言で首を動かすと、言いにくそうに首を傾げた。
「あたしは学校があんまり好きじゃなくて、ずっとサボってたんです。でも彼はすごく真面目で。よっぽど具合を悪くしたりとかでない限り、彼がこんなに長く学校を休むなんてこと、あり得ないんです」
「ははあ、なるほど。それで、その彼はお家のほうにも帰っていらっしゃらないんで?」
 メモ帳に少女の言葉を書きとめながらも、自分も茶をすすってそう問うと、少女は苦々しい顔をして俯いた。
「それが、普通に帰っているみたいなんです。普通に朝登校して、夕方に帰ってくるって、おばさんが」
「それなら、やっぱりサボりってやつじゃないんですかネェ? 真面目な方でも、不意にちょっと道をそれてしまうことだって、ありがちですしねぇ」
 湯のみをテーブルに戻してそう中田が言うと、その背後から現れた三上が中田の頭を軽く叩いた。
三上は事務所の経営者で、中田の上司にあたる。
見た目はほんの少女にすぎないが、実際は齢100を超える妖狐だ。
「結論をだすのは調査が終わった後でよかろう。して、その男子が家に戻っているというのは、おまえがその目で確かめたことではないのか?」
 ご自慢の頭髪が少しズレてしまったことに気をとられ、あたふたとしている中田に代わり、三上が少女に訊ねる。
少女は俯きながらも首を縦に動かし、呟いた。
「あたしが行っても、彼、会ってくれなくて」
 その返事に、三上はふうむと唸って首を傾げ、冷えた茶に目を落とす。
「なるほど、わかった。それで、今回のその件が怪異なのではないかと思った、その理由は?」
 さらに問う。少女は伏せていた睫毛を持ち上げて三上を見つめ、答えた。
「彼の他にも数人、同じような状態の人がいるんです。どれも生徒ばっかりで、どれも真面目に学校に通う男子生徒ばっかりで」
「男子ばかりとな? 女子はそうなっていないのか?」
「はい」
 答え、少女は再び睫毛を伏せた。


■ 調査開始 ■
 
「新しく入った教師――――? ああ、なんだか得体のしれないあの女」
 中田が話し終えると、嘉神はそう口にしてぽんと手を打った。
「確か美術を担当してたっけか」
「美術部の顧問もしてます」
 ひびきが嘉神の後についてそう続ける。
「私、実は昨日と今日の二日間、体験入部って事で美術部に行ってきたんです」
 屈託なく笑いながらそう口にするひびきに、嘉神が驚愕の色を浮かべた。
「で、どうだった? 依頼主の言い分だと、男子生徒が何人か同じような状況らしいけど。全員美術部員だったとか、そういう繋がりは?」
 嘉神が身を乗り出してそう問うと、ひびきは首を横に振る。
「美術部はあんまり流行ってないみたいで、女子が二人と男子が一人しかいませんでした。件の先生も、顧問とはいってもたまに顔を見せるくらいで」
「あ、そうなのか」
 ひびきの返答に、嘉神は首を捻ってうぅんと唸り声をあげた。
「謎の女教師。謎の行動を見せる男子生徒にある共通点は、女教師がとりもつクラブの所属部員という点だった! ……なんてオチはないってわけか」
 一人ごちて腕を組み、ソファーに座り直して考える。
そんな嘉神を見つめて、ひびきが「あのぅ」と言葉を続けた。
「彼らが授業に顔を出していないというのは確かなんです。成績は優秀な人ばかりで、だから授業に顔を出していなくても、先生方は多少目を瞑っているみたいです。通学・下校の様子はあっても、学園内での目撃例はゼロでした」
 ひびきの言葉に、嘉神は組んでいた腕をほどいてニヤリと笑う。
「授業日数が単位取得に響かなければ問題なしってか。職務怠慢だな。……まあいいや、それならその生徒を尾行するか。朝早くから自宅前で張ってたら、通学時の姿を拝めるだろうし」
「私も一緒していいですか」
 嘉神の言葉に、ひびきはそう言って銀色の瞳を揺らした。
しかし嘉神はそれを拒み、頭を掻いた。
「同じ学園の教師と生徒がこそこそ一緒に歩くわけにもいかないでしょ。変な噂をバラまかれてもなんだし」
 そう言ってふわりと微笑み、ひびきの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「尾行は俺が受け持つから、おまえは引き続き、生徒間の情報集め担当な」


 翌朝。
 前の晩あまり眠れなかったということもあって、嘉神は予定していた時間よりも早めに、件の男子生徒の自宅前に到着していた。
二本目のKOOLを吸い終えて携帯用の灰皿に押し込む。ついでに腕時計を確かめると、時刻は六時少し回ったところを示していた。
「……こりゃいくらなんでも早朝すぎだよな」
 独り言を口にしつつ、小さな欠伸を一つ。

 男子生徒の自宅に視線をやる。ごく普通の家庭を連想させる、ごく普通の一軒家。
台所だろうと思われる辺りからは、朝食を想像させる香りが漂ってきている。
「あぁ、俺、コーヒー一杯しか飲んでねぇや」
 何となく小腹が空いたような気がして苦笑いを浮かべた。
――と、家のドアが開き、中から神聖都学園の制服に身を包んだ少年が姿を見せた。
その姿に気付いて、嘉神は電柱の影に身を潜ませる。
確かめてみれば、それは確かに依頼主である少女が言っていた男子生徒のようだった。
 だが、
「……変だな」
 嘉神は呟いて目を細ませた。
 男子生徒の姿からは、生気というものが感じられない。
あまり人影のない通学路を行く生徒の背中を見つめ、嘉神は小さなため息をついた。
「もしかしたらヒトガタとかか何か、か? ……うわー、面倒ごとになりそうな予感」

 一方ひびきは、朝練に励む運動部員達を横目に学園内に踏み入り、階段に足をかけた。
美術部の部室は3階。部室の横には、美術準備室がある。

 あれから友人間などから得た情報によると、問題の女教師は、やたらと美術準備室に足を運んでいるという。
そういわれてみれば、ひびきが体験入部していた時も、彼女はやたらと準備室に出入りしていた。
しかも、出入りするたび、いちいち鍵をかけ、他の誰かが準備室を覗き見ることは不可能のようだった。
「準備室が、怪しいと思うんだよね」
 呟き、手にしている鞄の持ち手を握り直す。
使い慣れた鞄はひびきの手にちょうど良く収まり、その中で出番を待っている道具達が、カタカタと楽しげな音を立てていた。

 ほどなく着いた美術準備室のドアを前にして、ひびきは呼吸を整え、鞄の中身をチェックするために、その中に片手を突っ込んでみた。
鞄の中には、前もって念じて用意しておいた道具がいくつか揃ってある。
それは例えば折りたたまれたナイフであったりだとか、ロープであったりとか。
中にはカードや、コンパクトに折りたたまれたシルクハットなんかも入ってある。
その中から一本のナイフを取り出して、ひびきは満足そうに微笑んだ。
「よし。今回はちゃんと調子良く取り出せるみたい。――ピンチな時にハトとか取り出してるんじゃ、マズいもんね」
 うんうんと数回頷いてから、意を決したように前を見据える。
ドアには、当然鍵がかけられているはずだ。
しかし、ひびきはポケットから一本の針金を取り出して、それをおもむろに鍵穴に回し入れた。

 カチャ カチャ カチャ
 ガチャリ

 鍵は難なく開かれ、ひびきは再び満足そうに頷いて笑った。
それからドアに手をかけようとした時、不意に背後から人の気配を感じ、勢いよく振り向いた。
振り向いて見たそこに立っていたのは、どこか不機嫌そうな表情の嘉神。
「霧杜。おまえが今やったそれは、ピッキングっつってな、犯罪だぞ。どこで覚えたんだ?」
 不機嫌そうな表情でそう問う嘉神に、ひびきは笑みをもって返す。
「以前テレビでピッキングとか特集してて、それを見てラーニングしたんです。――もちろん、犯罪とかには使いません」
 そう答えてにこりと笑うひびきに、嘉神は毒気を抜かれたような顔でため息を一つ。
「――――なるほどな。まあ、こういう時には便利な力ではあるよな」
「先生、尾行はどうなりました?」
 訊ねるひびきに、嘉神は声を潜めて頷いた。
「それがな。玄関に踏み入った瞬間、消えたんだよ」
「消えた?」

 そう。
嘉神が尾行してきた男子生徒は、生徒用の玄関に足を踏み入れた瞬間、まるで空気に吸いこまれていくかのように、消えたのだ。
念のためにと周囲をまんべんなく探したが、やはり男子生徒はどこにもいない。

「あの女教師が怪しいとしたら、もしかしたらここに来てるんじゃないかと思ってな。……霧杜も同じ考えだったみたいだな」
 にやりと笑みを浮かべる。
ひびきは嘉神の目を見つめてふと微笑み、改めてドアに手をかけた。


■ 絡新婦蜘蛛 ■

 ドアを開けて中を見回すと、中はひやりと湿っていて、授業やクラブで使う道具やキャンパスが乱雑に置かれてあった。
カーテンが引かれているせいか、やけに暗く感じられる。
何より目を引くのは、
「すごい蜘蛛の巣。……いっぱいですね」
 言い、ひびきは手近な場所にある蜘蛛の巣を払いのけた。
ドアを開けたひびきを追い越して中に踏み込んだ嘉神は、ひびきの言葉に同意を示して唸り声をあげる。
「これはちょっとひどいなあ。……清掃係とかサボってんだな」
 眉根を寄せてそう言い放つと、嘉神は手前にあったキャンパスを押しのけて、開かれた前方に目を向けた。
途端に言葉を止め、しばしの沈黙を守る。
その嘉神を後ろから確かめて、ひびきがこそりと声をかけた。
「どうしたんですか? 何か」
 何かありましたかと訊ねようとした言葉を飲みこむ。

 キャンパスの向こう、まるで木の枝か何かのように転がる、数人の男子生徒の姿があった。
いや、彼らは転がっているのではなく、張り巡らされた大きな蜘蛛の巣の中にいた。
馬蹄形の巣は、カーテンの隙間をぬって入りこんでくる朝日に、黄金色の光を放っている。
彼らは多少痩せこけてはいるが、身につけている制服は、確かに神聖都学園のそれだ。
 嘉神はその中の一人に近寄って膝を折り曲げ、脈をとって生存を確かめる。
「……大丈夫、呼吸もしてる」
 生徒達の無事を確かめて安堵したのか、嘉神はそう言って小さく微笑むと、ふとひびきの方を振り向いた。
そこには同じように安堵の色を浮かべるひびきがいて、さらにその向こうには――――
「霧杜、マズい!」
 考えるよりも早く、そう口にしていた。
ひびきもまた、嘉神の言葉に瞬時に身をひるがえし、背後に立っていた女の手から逃れた。
女は女優のように美しい身なりをしてはいたが、ひびきを掴み損ねた事に腹を立て、チィと大きな舌打ちを一つついた。
「――――代理教師!」
 叫び、体を動かした嘉神に、女はその容貌からは想像し難いような哄笑をあげて飛び跳ねた。
ガツリと鈍い音を立てて、女は教室の天井に張りつき、首をぐるりと回して二人を見下ろす。
口はすでに耳まで裂けている。
血糊を塗ったような赤い唇が、下卑た笑みを浮かべてしゅるしゅると息をしている。
(食事の時間を邪魔するんじゃないよ)
女はそう言って唾液をこぼし、それが一本の糸を形成すると、大きく振りかぶり、ひびきを目掛けて放り投げた。
ひびきは咄嗟に鞄に手を突っ込み、中から小さな盾を取り出した。
戦闘ともなればあまり用途を成さないかもしれない大きさだが、それでも護身にはなる。
盾は女が放った糸から見事にひびきを護り、女は再び口惜しそうに舌打ちを一つついた。
しゅるしゅると糸を巻き戻す。強力な粘着を誇るその糸は、ひびきの手から盾を奪っていった。
手にした盾をそのまま口へと放りこみ、ぼりぼりと噛みしだきながら、女は今度は嘉神に視線を向ける。

 秀麗であった女の美貌は、今はすでに化物のものでしかない。
顔は蜘蛛そのもの。かろうじて流れている黒髪が、人間の姿を取っていたのだと証明している。
膨れ上がった腹が覗かせているのは、青黒色と黄色の横帯。

「女郎蜘蛛の特長だな……」
 嘉神が低く呟いた。
「女郎蜘蛛」
 ひびきが呟いた。
応じるかのように、蜘蛛が咆哮をあげる。
教室はびりびりと震えた。
「クソッ。ほとんどの生徒が通学してくる前で良かったって事だな」
 嘉神が歯噛みする。
ひびきは鞄に手を突っ込み、中からナイフを二本、取り出した。
蜘蛛は再び飛び跳ねて、今度は嘉神の横の壁に張りついた。
ガツリと鈍い音を立てて壁に小さな穴が開く。
その音を合図にしたように、ひびきの手から二本のナイフが投げられた。
鋭利な刃先は蜘蛛の足二本を確実に捕え、それを壁に固定した。
蜘蛛が地鳴りのような声を放つ。
書棚のガラスがびしりと割れ、中から数冊の美術本が滑り落ちた。
 ひびきは再び鞄に手を突っ込み、そして手に触れたものを取り出して揚々と告げる。
「これで残り全部の足を封じる!」
 ぴしゃりと言い放ち、それを蜘蛛に目掛けて投げつけた。
次の瞬間、蜘蛛の足にぼとりと当たったのは、三本のナイフと、二本のバナナ。
そして一羽のハトがばさばさと教室を飛び交う。
「……おぉい、霧杜」
 嘉神が片手をばたばたと揺らしてツッコミの体勢を取った。
「あああぁー! もう、失敗!」
 冷や汗を一筋流しつつ、ひびきは頭を抱えた。
嘉神は苦笑いを浮かべ、壁に張りつけられた蜘蛛を見やる。
「……しかし、つくづく便利な力だな。……俺は制御出来てないからなぁ」
 かつかつと蜘蛛に近寄りつつ、大きな嘆息を一つ。
蜘蛛は、突き立てられた五本のナイフで動きを封じられているせいか、その場からびくりとも動かない。
代わりに威嚇するかのように、新しい糸を吹き出している。
投げつけられる糸をすり抜けて蜘蛛の腹に手をかざす。
そして後ろにいるひびきの顔を見て、ため息まじりに口にした。
「出来ればもう少し大きな刃物を、こいつの腹めがけて投げてくれー」
 
 ひびきは呆然と嘉神の背中を見ていた。
自分を呼ぶ嘉神の声に気付きながらも、目の前の男が嘉神であるのかどうかと、目を疑った。
なぜならそこにいるのは、四枚の翼を背に持った、一人の天使なのだから。
声や言葉は確かに嘉神。しかし――――
「せ、んせい?」
 ひびきが言葉を詰まらせているのに気付き、嘉神は自分の背中を確かめてから、大袈裟な嘆息をもう一つ。
「やれやれ、制御不能っつうのも面倒だな。……説明は後だ、霧杜。援護頼む」


■ 救出 そして解決 ■

「ははぁ、なるほど。それでは、その女の先生は妖怪の変化であった、と」
 
 三上事務所に、事の経緯を報告するために立ち寄った嘉神とひびきを、中田と三上の二人が迎えた。
中田は嘉神の説明を聞きながら、忙しなく頷いて、経緯をメモ帳に記している。

「はい。要約すると、蜘蛛の妖怪が教師に化けて学園に立ち入り、食事のために男子生徒を囲っていたというとこです」
「いや、囲うっていう言い方は」
 ひびきが中田に説明するのに、嘉神が慌てて付け足した。
「まあ、見かけだけは良い女だったし。それに引っかかった男子生徒が、ちょっと命がけの火遊びを体験したっていうところかな」
「そんな、先生。火遊びだなんて」
 今度はひびきがツッコミを入れた。
嘉神はにやにやと笑って、ゲフンと咳ごみ、中田の後ろにいる三上を見据えて言葉を続ける。
「俺が尾行してたあれは、女が糸から作り出したヒトガタだったみたいだ。だから消えたように見えたんだよな」
 うんうんと頷きそう口にする嘉神を、中田と三上は黙したままで眺めていた。
「親御さんもおかしいなとは思ってたみたいです」
 ひびきが告げる。
中田はそれを黙々とメモしていき、時折三上と何かを話したりしながら、ふうむと唸り声をあげた。

「生徒さん達は全員無事保護されたとの事ですし。あとはこの結果を、依頼主さんにお伝えするだけです。いやいやいや、助かりました」
 メモ帳を閉じてソファーから立ちあがり、中田は何度も丁寧に頭をさげる。
「そんな、いいんですって。それよりも中田さん。あんまりそうやって動くと、落ちますよ」
 中田を制しながら嘉神が笑う。
ひびきは不思議そうな表情を浮かべて嘉神を見やり、それから中田の顔をまじまじと眺めた。
「落ちるって、何がですか?」
 中田は慌てて頭を押さえ、考えこむひびきに笑みを見せて首を横に振る。
「なんのことやら、あたしにもさっぱり」
 中田が焦ってそう言ったのがおかしかったのか、嘉神が派手に吹き出した。
つられて三上も小さく笑う。
「ちょ、ちょっとお二人とも、よしてくださいよ、本当に」
 中田は焦って嘉神を制したが、嘉神はといえば、中田の頭をぽんぽんと叩きつつにやにやと笑い続けた。
「こうやれば、ズレるんですかね、やっぱり」
「い、いやいやいやいや、何のことやらさっぱり」
 中田はすでに卒倒しそうな顔色になっている。

 ひびきは中田と嘉神が遊ぶ様を見守りながら、ふと頭を傾げてみせた。

 蜘蛛を倒し、男子生徒達を救出したのは覚えているが、どうやって蜘蛛にとどめをさしたのか、覚えていない。
自分がナイフやらバナナやらを蜘蛛に投げつけたのも覚えている。
だが――――?

 不意に考えこんでしまったひびきを横目に、嘉神は飽きもせずに中田の頭をぽんぽんと叩き続けていた。   


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2227/嘉神・真輝/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

【3022/霧杜・ひびき/女/17/高校生】


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■         ライター通信          ■
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この度は神聖都学園での初依頼「蜘蛛」に参加いただき、まことにありがとうございました。
このノベルを書かせていただきました、高遠一馬と申します。

今回はお二人ともに初めましての方でしたので、ひどく緊張しました。
ですがお二人ともにプレイングがすごく親切で、構成などがとても組みたてやすかったです。
ありがとうございました。
またお目にとめていただけるような機会がありましたら、お声などいただければと思います。

>嘉神様
初めまして。妹様にはいつもお世話になっております。
終盤、天使としての姿を露見していますが、これは広く一般の目に触れてもいいものかと悩み、
今回はこのような終わり方をしてみました。
問題などございましたら、なんなりと申しつけくださいませ。

>霧杜様
初めまして。今回はとても親切なプレイング、ありがとうございました。
ひびき様は成績優秀ながらも、どこか弾けた性格であるようにお見受けいたしましたので、
今回はちょっと色々動いていただきました。
問題などございましたら、なんなりと申しつけくださいませ。