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<PCシナリオノベル(シングル)>


マインドコントロール〜赤い双満月〜

 連続行方不明事件…そう書きたて始められたのは、いつ頃からだっただろうか?
 間隔は3日に1度。律儀な『犯人』は、こうと決めたら必ず決行し続けているのか、昨日報道された話ではもう45日目になると言う。
「…騒ぎになったのは、5人目でしたっけ。それまでは確か、別々の事件と捉えられていたのですよね」
 先日も、とある調査機関から手助けを求められていたのだが、自分の仕事の方がひと段落着いた所でもあり、休暇を取ろうと思っていたセレスティ・カーニンガムはやんわりと断りを入れた。
 ――尤も、深く椅子に腰掛け、ゆったりと手を組み合わせている今も、頭の中にあるのはその話…行方不明になった人々の事だったのだが。
「…ん」
 煌々と灯るディスプレイから、メール着信のメロディが鳴る。断りを入れたと言うのに、再び仕事の依頼だろうか、そう思いながらメールを開いて…そして、少しその画面に見入った。
 『DEATH』と、メールの中一面にその文字が書き付けられていたためで、視覚に力を持たないセレスティの目にそれは、禍々しさを持つ斜めストライプの模様に見えていたからだ。
「これは、また…」
 じっくりとそこに描かれた文字を見ながらセレスティが呟く。通常、ウイルスやSPAMなどに代表されるいたずらメールは中途で弾かれるよう設定しているのだが、これはその網を潜り抜けてやって来たらしい。
 それならば、送信者のデータは残っているだろうと、送り主をを突き止めようと手を伸ばしたその時、
「――来客でございます」
 ほんのわずか、戸惑ったような声がセレスティを呼びに来た。

*****

「…それで…娘さんは、いつ頃行方不明に?」
 応接間に案内したセレスティの物柔らかな声に恐縮するように、夫婦らしき中年の2人が体を縮めつつ、
「今日で1週間になります。――昨日も誰かが行方不明になったようで、娘はその2つ前にいなくなったので…」
 眠れないのか、顔色も悪く目の下にくまも出来ている。そんな夫婦がすがるようにセレスティを見、
「お願いします」
 どうか娘を、と深々と頭を下げて来た。
 ぽつぽつと話すのを聞くと、まるで魔法か何かで消えたように、痕跡を一切残さず娘が消えてしまったのだという。
 その日、学校から帰る途中だった娘の姿を、友人も近所の者も確認しており、それらの視線から娘が消えたのはほんの数分に満たなかったとか。そしてその間に不審者や車の姿を見た者も無く、だが――母が待つ家へ娘が戻る事は無かった。
 そうなってしまうと、聞き込みをしていた警察や、セレスティに連絡を入れてきた機関も手の施しようが無い。また、何らかの事情により本人の意思で失踪したとなれば、これもまた警察にはお手上げになってしまう。
 何しろ、今回の連続行方不明事件、事件として週刊誌などで書きたてられているものの、どういった状況で失踪しているのか、その手がかりすら掴めていないのだから。
 昨日の時点で既に15人。
 そして、行方不明になった者達は誰1人として発見されていない。公開捜査に踏み切った者もいると言うのに、である。
 15人もが連続で行方不明になる、というのは只事ではない。
「失踪前に、様子がおかしいと思われた事はありませんか?」
「――メール」
 ぽつ、と呟いた母親がはっと顔を上げ、
「いたずらメールが届いて気味が悪い、と…ええ、そうです。確か、いなくなる3日前からそんな事を言い始めて、なんだかいらいらしているようでした」
「そのメールは?」
「いえ、どんなものかまでは…その、パソコンや携帯電話のやりかたが良く分からないものでして」
 …いたずらメール。
 セレスティのメールアドレスにも、見知らぬ人からのメールが届いていた。
「そのメールの他に、何か気がかりな事は?」
「他、ですか…」
 そういえば、と今度は父親がぽつりと呟くように言う。
「いなくなる前の日です。仕事で帰りが遅くなった時の事なんですが…」
 帰ってみると、玄関の外でじっと空を見上げている娘の姿があったのだと言う。何をしているのか声をかけたところ、
 ――月を見てるの
 そう言った声は、夢を見ているようだったとか。
「それほど月や星に感心がある子でもありませんし、十五夜でもありませんでしたから不思議に思いましたが」
 それは何かの予兆だったのだろうか?
「分かりました、お引き受けしましょう。彼女の部屋を拝見したいのですが、宜しいですか?」
 温かなお茶を振舞われ、少しは落ち着いたらしい夫婦に、セレスティはそっと微笑みつつそう打診した。

*****

『3日後、迎えに行く』
 そんな書き出しから始まったメールが、行方不明になるまでの間、日に10件近く届いていた。それも、毎回微妙に内容が違う。
「律儀な方なんでしょうかね」
 一緒に部屋へ来て、所在無げに後ろで見守っている両親に聞こえないよう小声で呟きつつ、メールひとつひとつ、それからパソコン自体から何らかのイメージが読み取れないかと画面へそっと手を伸ばす。
 ぱちぱち、と微かな静電気じみたものが指先へと伝わってきた。
 ごく僅かではあるが、いたずらメール、チェーンメールに良くあるような愉快犯的感情ではなく、ある種の目的を持った、悪意と言うよりも邪悪…そう言った、どこか薄ら寒いイメージが、指先からじわりとセレスティの中へ伝わってくる。
 今、ここに残っているものは単なる残滓だろう。
 そしてそれが、この行方不明事件が単なる事件とは異なるものだと言う認識を明らかにさせてくれた。
 他にも何か『見』えるものはあるだろうか。
 意識を凝らし、そこに残るモノを探る――

 一瞬で、世界が真赤に染まった。
 何かと辺りを見れば、赤い色を発しているのは自分ではなく、空と――煌々と地面を照らす月の光と分かる。
 その月が、不気味に赤く光り輝いて、世界を、セレスティを染め上げている。

 不思議な事に、その月は空にふたつ輝いていた。

 …あと すこし で

「―――」
 ふぅ、と息を整える。
 聞こえた声は人のものとも思えなかったが、拾い上げたイメージから、『月』が何らかの関わりを持っているだろうと言う事が予想出来た。
 そして、メールの送信者は、と見たところ、意外な事にごく一般的なプロバイダの、しかも送り主のフルネームらしいアルファベットの綴りがあり、それをゆっくりと読み上げてみる…と、後ろで息を呑む声が聞こえ。
「どうかしましたか?」
 くるりと振り返れば、わけがわからないと言った顔の夫婦が顔を見合わせており、
「その名前、――娘の前に行方不明になった方の名と同じなんです」
 偶然の一致か、それとも故意か。
 すっと目を細めたセレスティが、室内をぐるりと見渡した。
 年頃の娘に似合わず、非常にシンプルなつくりの室内。ベッド、本棚、それから箪笥――そして、パソコンデスクとは別の勉強机がひとつ。この辺りは今どきとも思える、個室についたエアコン…だが、それだけ。
 この部屋には、ぬいぐるみや人形らしきものはひとつも存在していなかった。
「殺風景でしょう?昔からなんですよ」
 セレスティの表情に気付いたか、母親がほんの少しだけ笑みを口元に浮かべ、
「小さい時は本当に何処から見ても男の子で、どんな子に育つか心配しましたけど…」
 せっかく女の子らしくなって来たのに、と言いかけて言葉に詰まったか、それとも口に出した事で一気に心配事が吹き出て来たか、母親は口元に手を当てて、何かを堪えるように体を震わせた。

*****

 一旦自宅へ戻り、今度は自分の元へと来ていたいたずらメールの発信先を調べてみる。
 やはり、知らないアドレス。そしてそれは、依頼者の娘のものでもなく、娘へ送られて来たアドレスとも違っていた。
 ただ、一般のプロバイダからと言うものと、フルネームらしき名前が気になりはしたが。
「もしかしたら、昨日行方不明になったと言う方のものかもしれませんね」
 何故だか、そんな事を思いつつ、今度は空に浮かんでいた2つの赤い月について調べ始める。
「もう少しで…」
 あの時、『声』は確かにそう言った。
 何が起こるのかは分からないが、あまり愉快なモノではないだろうと言う事だけは分かる。
 あの、赤い輝き。
 不意に思いついた事があって、セレスティはネットで情報を調べつつ、手元の電話へ手を伸ばした。
 国際電話を、イギリスの知り合いへとかける。
「久しぶりですね」
 やがて、流暢な言葉がセレスティの口から流れ出、
「ええ、頼みましたよ。なるべく急いでくださいね」
 インターネットだけでは手に入れる事の出来ない情報――不可思議な出来事を記した文献がもしかしたらあるかもしれないと、オカルトの本場でもあるイギリスに、赤い月、もしくは2つの月をキーワードに探ってもらう事にしたのだ。
 それに合わせ、今回の行方不明事件の全ての情報をセレスティの側からも探り出す事にする。
 イギリスからの連絡を待ちながら分かった事、それは、セレスティの予想通り。
 全ては1通のメールが、発端だった。
 ほとんどはいたずらメールと決め付けられていたが、今まで行方不明になった人は、全て見知らぬ他人からこうした予告ともとれるメールが送られて来、予告どおり3日で行方をくらましていたのだ。ただ、このメールは一部でチェーンメール化していたらしく、メールを受け取ったからと言って必ず行方不明になった訳ではない。
 逆に言えば、チェーンメールの存在が『本当の』行方不明予告をかき消してしまっている、とも言えるだろう。
 そのチェーンメールは、週刊誌が連続行方不明事件と銘打って大々的に報じた辺りから急激に広まったのだと言う。
「かく乱狙い、ですかね」
 そこまでの情報を集め上げ、まとめてこう結論付けたのは、それから2日経った日の事。休暇にもならないうちに日が過ぎてしまい、本業の方でも時間を取られてしまったため今朝まで全部に目を通しきれなかったのだ。
 おまけに、イギリスの方からはまだ連絡が来ていない。
 ――時間は一刻を争うと言うのに。
 ちらと時間を確認する。
 依頼を受けて、2日。今日はひょっとすると――
 そんな事を考えていた時に、セレスティの部屋の電話が鳴った。
 残念ながら、
 それは求めていた返事ではなく。

『――ついさっき連絡があった。また新たに行方不明者が出たそうだ』

 そんな、焦りを催させるような声――。

*****

 求めていた本が見つかったと連絡が入ったのは、まさにその直後の事だった。受話器を持つ手が知らず緊張する中、セレスティよりも更に尖った声が受話器の向こうから流れ出してくる。
 それによると、百年余も以前に書かれた古書に、それらのキーワードに合致した内容の事柄が書かれていたと言う。
 その本には、『赤い双子が光る時に贄がささげられる』と言う、怪談めいた、ある種の邪教の儀式に付いての事が簡単に記されていた。生贄として選ばれたものは、その組織の命に唯々諾々として従うのみになってしまう事…生贄となった後も、精神を支配され続け、組織の末端へと組み込まれてしまう事。
 …ただし、この邪教徒達はとうの昔に捕まり処分を受けている。
「この仕組みを受け継いだ者がいたのかもしれませんね」
 それも、メールを使い、本人達へ直接接触する事無く…いや、メールを通して『通じた』相手へ精神から呼びかけを行っていたとすれば…。
 行使する側は常に後ろに隠れているだけでいい。これだけの膨大なネットワークを通じ、無作為に獲物を選べばいいのだから。
「インターネットに通じている者…いえ、このネットそのものを蜘蛛の糸のように張り巡らせているのだとすれば」
 自らのパソコンを立ち上げ、メールを開く。それは、この間送りつけられてきたいたずらメール。
「――逆に、その糸を伝えば良いだけですね」
 犠牲者達には、その糸は通じ、通り過ぎてしまっている。
 だが…一方的に送られて来たこのメールは、セレスティで行き止まりとなり、それ故に、
「簡単には、逃がしませんよ」
 気配、と言うか、匂いとでも言えばいいのか。
 す、と目を閉じたセレスティは、細い糸をイメージしたそこを、的確に辿っていった。
 自分へと通じた場から、本当の送り主の気配を辿るのは、比較的容易だった。もしかしたら、相手はセレスティのような能力者を相手にすることを考えていなかったのかもしれない。あちこちに痕跡を残したその道は、辿る術を持たない者はともかく、多少の能力者であれば何とか辿り付く事は可能と思われる程のものだった。
 ――そして。
「ここですか」
 かつ、と杖を片手に車から降り立ったセレスティが、目の前にそびえるビルを眺める。
 住所から割り出したその会社は、表向きはインターネットコミュニティの、巨大な交流サイトを作り上げている企業で…行方不明になった者達は皆、そのサイトに登録されている事がその時になってようやく分かったのだった。
「………」
 黙ったまま、社内へ入っていく。
 ――しん、と静まり返った建物の中。平日でもあると言うのに、人の気配がごく僅かしか無いと言うのはどう言う事なのだろうか?
「困りますね、こんな所まで来られては」
 その時、セレスティの後ろからそんな声がかかった。
「ここは一般の方が立ち入っていい場所じゃありません。あなたがどなたか知りませんが、大人しく言う事を聞いた方が身のためですよ?」
 にこりと人当たりの良い笑みを浮かべる男。…だが、その目の中はセレスティを値踏みするように見つめ、そしてその者が発する気配は、敵意を通り越し殺気まで含んでいる。
「ああ、人を探しに来たんですよ。――と言う方をご存知ですね?」
「っ」
 ほんの一瞬だが、その顔が歪み、そして再び笑顔に戻る。
「何の事でしょう?」
「ええ、ですから彼女を探しに来たんですよ。会わせていただけませんか」
 セレスティの言葉は淀みなく、目の前の男が張本人であると『知っている』口ぶりで、真っ直ぐ見据えたその目にたじろぎを見せ、
「…言いがかりをつけないで戴きたい。どこに証拠があると言うんです?」
「そうですね。貴方がやった事と同じく、手がかりは皆無です。証拠などもありません、ですが…私は貴方を知っていますよ。その節は、大変興味深いメールをありがとうございました」
 セレスティが自宅で辿り続けた気配。
 それはまさに、目の前の男から発せられているものと全く同じだったのだ。
「――っ、能力者か!?」
「そう、証拠にならない痕跡ですが…私にはそれでも十分ですのでね。貴方の後を追ってここまで来たという訳です」
「余計な事を…それじゃあ、ここでお前を殺してしまわなければいけなくなったじゃないか」
 ばたん、男の声が奇妙な広がりを見せると同時に、社内にあった扉が次々と開き。
 虚ろな目と、表情の無い顔の者達がぞろぞろと出て来るのが見えた。…おそらくは、行方不明になった人々だろう。

 そして。

 セレスティの攻撃に、数秒経たず床に這い蹲る男の姿があった。
「それで終わりですか?…やはり、貴方自身は本格的にこの技を修得した訳では無かったんですね」
 だからこそ、一般の者ばかりを狙い、そして思慮の浅い事に自らの痕跡をあちこちに残してきていた。現実で証拠にならなければ問題無いと思っていたのだろうが。
 そして、精神を支配し、思うまま操っていたのだろう。だが…。
「無闇にこうした邪な技を使うと言う事の怖さを貴方は知らないのですね」
「――知って居るとも、だからこうして奴らを操ってみせただろうが…!」
 悔しげに叫ぶ男。その体から、ふ、と抜けたものがある。それは、ぱぁ…と散らばり、それと同時にその場に棒立ちになっていた人々がびくん、と1度痙攣し。
「――え?」
 さらさらと。
 支配から逃れ、安堵の表情さえ浮かべた人々が、砂のように流れ落ちて行く。――それは、床に落ちる前に宙に溶けるように消えていったが、
「な…何でだ!?精神を支配しただけだぞ、手順が間違っていたと言うのか!?」
 その事に、一番驚いているのは術をかけた当人で。
「言ったでしょう?貴方はこの術の本当の怖さを知らない。邪教の儀式に使われていた、本当の生贄の儀式だったのですよ」
 本には記されていなかった事がもうひとつ。
 ――術を途中で解除した場合の、術者への代償――。

「!?」
 ずぶり、と、倒れていた男の体が、床へ――その下へ、コールタールのような濃い闇に包まれ、沈んで行く。
「良かったですね」
 氷の如く冷え切った声が、上から男へ落ちる。
「貴方の場合は、魂だけでなく、その体ごと所望されたようですよ」
「―――――!!」
 黒い泥の中で、蒼白になり、目を引きつらせた男が必至でもがく。口はとうに黒い闇に覆われ、声を出す事も叶わないまま。
 必死に伸ばした指先は、だが――セレスティのスーツの裾へ届く事は無く。

 とぷん…

 そんな、ねっとりとした音を立てながら、指先はタールの海へ沈み、
「――――」
 残ったのは、2つの月。
 闇の中に輝く、2つの…月の如き瞳がちらとセレスティを一瞥し。
 生贄は今の男で事足りたか、ゆっくりとその双眸を閉じ――そして闇は、何事も無かったかのように消えていった。


-END-