|
かごめ かごめ
かごめ かごめ
かごのなかのとりは いつ いつ でやる……
幼い子供が々歌う。
子供には似つかわしくない、童歌。
幼い頃はこの歌を歌う度――……怖くて、怖くて、兄の腕にしがみついたものだけれど。
「今の子はさほど怖くないのかも知れないな……」
こうして、この場所に帰ってくるのも何年ぶりだろう……。
呼び寄せられた理由はひとつだけ。
そして。
まさか自分がこうして戻る事になるだろうとは予想しなかった出来事。
――兄が、死んだ。
兄が死ぬと自然と次男の自分が当主になるらしく、その為の、里帰り。
久々に踏む故郷の土は何処か余所余所しさを孕んでいて、歩く度、歩く度に、憂鬱で足が重く感じるのを、後少し、後少し…と誤魔化していたけれど。
童歌に引きずられるように、まるで、呼ばれているように架月静耶は、違う方向へと歩き出した。
ちんとんしゃん、ちんとんしゃん……
繰り返すように。
祭のお囃子が、耳に、響く。
+
空の色は、いつも青かった。
幼い頃の記憶は、いつでもそう。
ただ青い空。
それだけ。
『静耶。外に出てはいけませんよ』
『はい』
『貴方が外へ出るとお兄様のご迷惑になりますからね……』
『……はい』
母親の膝に乗り、頭を撫でられながらも静耶は、頷く事だけしか出来ず、その場所から見える空だけを見ていた。
庭へ出る事も許されず、在る事を許されたのは自分の部屋の中だけ。
歩き回る事さえ出来ず、萎えていく手足の感覚を。
日々、だるくなっていく頭と身体の重さを、不思議な感覚で受け止めてはいたけれど。
でも。
でも、母様。
(何故、お兄様の『ご迷惑』になるのか、僕には解りません――………)
+
ちんとんしゃん、ちんとんしゃん……
響き渡る音に、小さな頃を思い出し、静耶は苦笑する。
思い出しても詮無い事。兄は、もう居ない。
解っている。
解っているけれど――祭の日だけは別物だ。
庭へ出る事も許されなかった自分に手を差し出してくれた「兄」
『何だ、出ちゃダメだって言われてるって? そんなのはな、あとで口裏合わせればいいんだ』
だから、そんな、ひょろっこい手足になるんだよ。
そう言って兄は静耶の手を引き、祭へと連れて行く。
はぐれないように迷わないようにしっかり、手を繋いで様々なものをやらせてくれた。
的当て、金魚掬い、ヨーヨーつり……わた飴にヤキトウモロコシ、お面や花火。
歩き、楽しげな人々の群れ……
全ては部屋の中では見れない物であり、また、知りうるはずもなかった事。
嬉しくて静耶は、兄の浴衣の裾を引っ張り、懸命に話し掛ける。
『兄様、……兄様?』
『うん?』
『ありがとう、ございます。連れてきてくれて……』
『子供が礼なんか言うな』
『でも……』
『楽しければそれでいいんだ』
手を繋いで居ない方の手で頭を撫でられ、笑う。
すると、
『そうだ、笑ってるほうが余程良い。お前は人形ではないのだから』
と、言ってくれて。
だが、どうしてなのか――静耶はその言葉に何も言えず、ただ、ただ、困ったような笑顔を浮かべる事しか、出来なかった。
(……今にして思えば……)
多分、静耶自身も、まるで自分が母親の人形のようだと思っていたのだ。
自由は与えられず母の傍で、母の膝でしか甘える事が出来なかった自分。
あの広い家の中、手伝いの者さえも与えられずに、日々を過ごすだけで。
そうして、その様に生きている『弟』を兄も知っていた。
だからこそ、言わずにはいられなかったのだろう。
"お前は人形じゃない"
その一言を。
何時しか、疎遠になって行くだろう兄弟の間を知っていても、尚。
+
どうして人は変わっていってしまうのだろう。
変わると言う事が大人への道筋であると言う事なのか、それとも、変わるべくしての何かがあるのかは、静耶には解らない。
だが、変化があったからこそ、それが、さも当然であるかのように、兄との溝も深まっていく。
どのようなきっかけがあり、その溝が決定的になってしまったのかさえ、思い出せないまま、お互いがお互いを避け続けていた。
静耶自身は正確には、兄の手――優しく掴んでくれた、あの手を何時から離してしまったのか。……父親のように、優しかった兄なのに。
それだけは、変わらない事なのに。
(何故……)
何故、人は変わっていくのだろう。
何を以ってして、嫌だと思い、怖いと思い、手を離そうとまで思い至る?
(その全てが解っていたら、僕も兄も)
きっと、失うものなど、何一つ、なかったのに。
それは母親にも伝わったのだろう。
完全に逢わないように、彼女は家の一角、陽が余り射さない場所に静耶専用の離れを作り……兄弟関係の悪化は誰から見ても、確実になった。
『ごめんなさい……』
幾度、呟いたか、知れない言葉。
決して、兄には言えはしなかった――謝罪の、言葉。
+
祭囃子の音は鳴り続ける。
そして、子供たちが歌う童歌も、楽しげに響いていく。
手を繋いで歩く、仲の良さそうな兄妹――妹が転ばないようにとやはり、しっかりと手を繋いでいて、静耶は漸く口元の苦笑を解いて、屋台を見渡した。
昔と変わらない風景が其処にはある。
何時でも自分の心の中にあった風景と同じまま。
なのに、兄だけがもう居ない。
………居ない。
居なくなる。
――消えてしまう。
此処からも、どの場所からも、全て置き去りにして――消える。
ふと、片方の瞳から滲む涙をふき取ると、ああ、そう言えば……と静耶は、また一つ、ある事を思い出していた。
こんなに縁日が何時も楽しく懐かしいのは……兄弟関係が悪化してからも縁日の日だけは不思議と笑い合えたからだ。
どのような時であっても。
それこそ、逢えないと泣きたくなる様な時でさえ、手を差し出してくれた。
そうして、その時の兄の顔は。
静耶の幼い頃のまま、誰よりも優しい顔をして微笑んでいる。
―End―
+ライター通信+
初めまして、こんにちは。
今回、こちらのノベルを担当させて頂きました秋月 奏です。
切な目のノベルをご希望…との事でしたが、上手い具合ご希望に添えてるでしょうか?
少しでも、ご希望に添えていて、楽しめる部分があれば良いのですが……(><)
ですが、幼少の頃をどのようにするか、や、お兄さんの存在をどのようにするか、
色々楽しく、考える事が出来ました。
こうしてPCさんの過去に携われる事、とても嬉しく思います♪
それでは、今回は本当に有難うございました!
また何処かで、お会いできる事を祈りつつ……
|
|
|