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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


■キューピッドの苗■

「宅配便でーす」
 蓮のところに、その不思議な苗が届いたのは、ある寒い日のことだった。
 宅配便などいつものことだから、他のものと同じく印鑑を押し、適当に開けていると、その苗が目に入った。
「なんだいこれは……差出人は……不明、か。嫌な感じはしないけどねぇ……」
 そして説明書を読んでみる。


『★キューピッドの苗★
     これは、キューピッドが育つ苗です。一日一時間おきに三回、欠かさず適量の水をやり、添付の肥料を同時に与えるとキューピッドが生まれます。キューピッドは育てた人の言うことを聞き、意中の人の心を文字通り射止めます。カワイイ悪戯程度なら可ですが、悪用はくれぐれも禁止してください。注:キューピッドの命は、日没までです』


「ふぅん……あたしはこんなものに興味はないけど、何個かあるし、ショーウィンドウに置いておこうかね」
 そして、そんなショーウィンドウに置かれた『キューピッドの苗』の小さな鉢植えを見て、後日、客がやってきたのだった。



■小さな天使■

「見た目は普通の鉢植えなのね、少し小さめだけれど」
 と、一番にやってきたシュライン・エマが、早速購入した鉢植えに一度目の水と肥料をやりながら、蓮に声をかける。
「そうだねぇ。ま、どんなものか分からないし値段も手ごろにしといたけどね」
 ショーウィンドウには確かに、『税込み150円』と書いてある。説明書の通りなら、安すぎもいいところなのだが。
「あっあのっローンはききますでしょうかっ!?」
 意を決した表情で、大事そうに財布を持って扉に立ったのは、二番目の客、シオン・レ・ハイである。
「150円でローンですか?」
 その背後からそそっと顔を出したのは、どこか温和な表情の柊・夕弥(ひいらぎ・ゆうや)だった。
「ええ、150円もあれば」
 あれとこれとそれが幾つ買えるだの再度計算し直しているシオンをとりあえず放っておき、夕弥は蓮に料金を払って、シュラインに「どうも」とにこやかに会釈して、彼女が借りているテーブルの上に彼のものとなったキューピッドの鉢植えを置いて一度目の水と肥料をやり始めた。
 そして決死の覚悟で「1円ローンで」と蓮に言い、蓮の苦笑の承諾を得てシオンも同じくテーブルについた。
「それにしても、本当に天使が生まれるのでしょうか。何かの花なのではとも思うのですが」
 夕弥は、双葉が早くも出始めたのを見てどこか嬉しそうに言う。
「うーん……だとしても、私としてはこれといって使い道はないのよね。使い道、っていう言い方もこの苗に失礼だけれど。意中の人は武彦さんなわけだし、何か他に役立たせてあげられないかって思うのよね」
 シュラインのほうは、こちらも遅れて出始めた双葉を見て二度目の水と肥料とをやる。
「やっぱりキューピーさんのような姿なのでしょうか」
 ぽつりと言ったシオンの言葉に、夕弥がにこやかに「それはないと思いますよ、なんとなくですけれど」と言ったのを見て、「言わなくてよかった」と内心自分も同じ事を思っていたシュラインは、そんな小さなことでホッとため息をつく。
「なんだか、夕弥さんの苗が一番早く成長してますね」
 シオンの言葉にシュラインも見ると、その通り、夕弥の鉢には双葉から成長した茎が美しいハート型の葉をつけ、全長20センチほどの天辺に緑色の丸い実が出来ていた。
「ああ……本当ですね。どうしてでしょう」
 実は夕弥自身は気付いていない能力なのだが、これは彼の「植物の活性・育成を促進させる力」によるものだった。
「苗にも個人差があるのでしょうか」
 シオンの言葉に、「植物も生き物だから、あるでしょうね」と頷くシュライン。

 そうして3時間半ほどして、三人の目の前に、緑色の丸い実がパックリと割れてまるでファンタジーに出てくる妖精のような美しく可愛いキューピッド───背中に柔らかな羽の生えた天使が生まれたのだった。



■シオンとキューピッド■

 昼下がりの、ぽかぽかしたいい天気である。
 他の二人と別行動してキューピッドと過ごすことにしたシオンは、どこかうきうきした足取りだった。
 キューピッドの大きさにも「個人差」があるようで、シオンのキューピッドは一番小さく、掌にすっぽりと収まってしまうほどだった。
「あっこの公園なんかいいショットが撮れそうですね」
 と、ふわふわと忠実にシオンの肩の辺りを飛んでいたキューピッドを「そのまま、そのまま」と宙に浮かせておき、予めアトラス編集部で借りてきていたカメラで花に囲まれた噴水をバックに写真を撮る。
 小首を傾げたところもすかさず撮ってから、
「さあさあ、次は兎さんと撮りましょうね。あ、マヨネーズとも撮りましょう」
 キューピッドは喋らなかったが、時折可愛らしく無邪気に、本物の子供のように微笑むことがあり、特に兎には興味を示したらしく、軽く触ったり乗っかったりしていた。無論、その場面もシオンがカメラに収めたのは言うまでもない。
 はたまた手近な老夫婦に頼んで一緒にツーショットを撮ったり、シオンは連れていける限りの様々な場所に連れて行った。
 歩きだったから限度はあったが、近くの山の川辺だったり、野原だったり。
 意を決してコンビニに入り、アイスやチロルチョコ、お煎餅などを買ってきてあげたりもした。これは、シオンにとっては大変な決意である。なにしろ、150円を1円ローンにした男。
 キューピッドが食べるかどうか心配だったが、その小さな身体のどこに収納されるのか、シオンと半分こしたそれらのアイスやお菓子を、キレイに平らげたのでシオンはこの上なく嬉しかった。
 アイスはちょっとだけ、季節柄寒かったらしい。キューピッドが、ぶるっと身体を震わせたので、シオンは慌てて持っていたハンカチを取り出してくるんでやった。
「大丈夫ですか? アイスはちょっとやめたほうが良かったかもしれませんね……とりあえず、少し休みましょう」
 言葉は分かるらしく、ハンカチにくるまってこくりと頷く姿は、やはり愛らしい。
 公園のベンチで和やかにしていた彼に、声をかけた者がいた。
「あの、えーっと……おじさ……んと、おにーいさん」
 如何にも取り繕うような猫なで声に、シオンは不審に思って顔を上げた。そこには、色黒白髪にピンク色の不思議な瞳の少女が立っている。年の頃は、10代後半辺りだろうか。
「何か?」
 尋ねると、「えーとね……」と言い難そうに彼女は言った。
「そのキューピッド、譲ってもらえないかな? 意中の彼がいて……」
 シオンは迷った。掌のハンカチの中には、すうすうと気持ちよさそうに寝ている愛らしいキューピッドの姿。
 時はもう、夕暮れに近い。
 シオンは、心を鬼にして言った。
「すみません。日没までしか一緒にいられないので───最期まで一緒にいてあげたいんです」
 すると少女は「やっぱり駄目か……」とため息をついたかと思うと、不意に空を見上げて「あっ」と言った。
「えっ?」
 思わず条件反射で同じく空を見上げてしまったシオンの手から、素早くキューピッドを奪い取る少女。
「あっ!」
「ごめんねー、わけありでさ。勘弁!」
 脱兎の如く走り出した少女を、
「待ってください!」
 と、追いかけるシオン。
 これは一体、どういうことなのだ?



■暖かな幸福を■

 意外と足の速い少女の姿を追って辿り着いた場所は、今時こんな場所があったのかと疑いたくなる空き地だった。
 既に夕弥が来ていたのを見て、シオンは驚く。更に間髪入れずに別の少女を追ってシュラインもやってきたのを見て、またまた驚いた。
 見ると、夕弥の前にも、夕弥のキューピッドを抱いた色黒黒髪ピンク色の瞳の少女。
「おや、シオンさんとシュラインさんもですか」
「え、ええ……」
「一体どういうことなの」
 皆の意見を代表して、シュラインが目を細めて少女三人を見つめた。
 少女三人は罰の悪そうな顔になり、すぐにまた取り繕うようにへらっと笑った。
「ええっと実はねー。配達間違いなんだ。この子達、試作品でさ」
「試作品?」
 少女の一人の言葉に、夕弥が眉をひそめる。別の少女が応えた。
「2月は地球ではバレンタインでしょ? ウチらの惑星でも似たような催し物があって、それ用の商品の試作品で送ったつもりが、何故か地球のあのお店に届いちゃって」
「あのお店、アンティークショップ・レンっていうでしょ? ウチらが届けようとしたのはアンティークショップ・エン(縁)なんだよね」
 最後の一人の少女の言葉に、シュラインはため息をつく。
「ローマ字の『R』を間違って入れてしまったというわけね……」
「そうそう。勝手にそれで変換されちゃって、配達間違いってワケ。でね、回収に回ったんだけど蓮ってヒト随分機嫌悪くしてて、『試作品で生き物を作るな』って。そんなこと言ったって、ね。それで、買っちゃったヒト───あなた達三人が生ませちゃった試作品キューピッドを探してたの。無事に探せてよかったぁ」
 これで無事に全部回収して処分できるよ、と安堵する少女達。恐らく、彼女達はそうしなければ何かの責任を取らされるのだろう。けれど。
 シュラインやシオン、夕弥が嫌な気分になるのは、当たり前だった。
「……すみませんね。荒っぽいことはしたくないので、最後まで私達に責任を取らせて頂けませんか?」
 夕弥がにこやかに、だが明らかに怒りを含んだ声で言うのを聞き、三人の少女はビクッとした。
「貴方達にも上司というものがいるでしょうから、そちらには私がお手紙を書かせて頂くわ」
 更に目を細めて、シュライン。
「私のキューピッドを、返してくださいっ!」
 悲痛な声で、シオンが追い討ちをかけた。
 少女達は見つめあい、渋々と三人に、其々のキューピッドを返したのだった。



「あ……」
 空き地から少女達が去った後、キューピッドを返してもらったシオンが、その彼の小さな天使が自分の指を握ったのを見て、声を上げた。
 シュラインの子供大の、子供服を着せてやっていたキューピッドも、とん、とシュラインの胸に顔を埋める。
 夕弥も、自分のキューピッドが手を上げたのを見て、両手で抱きかかえてやった。

 もう、日没だった。

 そしてキューピッド達は、初めて、其々の「主」達に微笑み声をかけたのだった。
 シオンのキューピッドはシオンに、
「ありがとう、おかし、あったかかった」
 と。
 夕弥のキューピッドは夕弥に、
「ありがとう、お茶、うれしかった」
 と。
 シュラインのキューピッドはシュラインに、
「ありがとう、服、買い物、たのしかった」
 と。
 シオンは潤んだ瞳で、次第に輪郭がおぼろげになっていくキューピッドに、言った。
「楽しい時間、こちらこそ。有り難うございました」
 夕弥はそっと消えていくキューピッドの額に自分の額を当て。
 シュラインは、本当の自分の子供にそうするかのように、抱きしめた。
 三人とも、同じ気持ちだった。

 暖かい時間を、ありがとう───

 そして、パァッと閃光の弾のようになったかと思うと、キューピッド達はそのままゆるやかに速度を落とし、瞬き始めた空の星に紛れていった。




 後日。
 シオンが撮った写真や、シュラインが親子に間違えられて撮られた写真、夕弥が偶然知り合いに撮られた写真を囲んで、アンティークショップ・レンでわいわいと楽しく話していた。
 そうして楽しく話すことが、暖かい時間をくれたキューピッド達への「本物」だと思った。
 そこへ、ひょいと草間武彦が顔を出した。
「ん……? 何でお前達がここにいるんだ?」
 それは、こっちの台詞である。
 聞くと、別件の依頼の流れでこの店に来たらしい。そして武彦はテーブルの上の写真を見やり、
「また不思議系のことやってたのか───」
 そこで言葉を区切り、ちらりとシュラインを見やる。
「お前……俺に黙っていつの間に子供を生ん」
 ゲシッ。
 続きの言葉は、シュラインの肘鉄が見事武彦の鳩尾に決まり、消えうせた。
「おやおや……あてられてしまいますね」
 夕弥が、微笑ましそうに言う。
「でも、欲しいですねえ……子供……」
 遠い目をしてはあっとため息をつくシオンに、暫くその場の全員が凍りついたのは、言うまでもない。





《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α
4033/柊・夕弥 (ひいらぎ・ゆうや)/男性/35歳/カトリック神父(吸血鬼ハンター)
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、意中の人間と両思いになれるものって何かあるだろうかと考えた末に思いついたものが、これでした。結果はちょっと淋しいものになってしまったかもしれませんが、次回があれば続きをバレンタインに向けてでも書いてみたいかな、と(笑)。でもやはり、意中の人は自力でなんとかすべきだなと今回書いていて思いました。バレンタインには何か別のネタでも───体調がこれ以上悪化しなければ、ですが(汗)。因みに今回は、一部個別となっておりますので、もしお暇がありましたら他の参加者様のノベルもご覧になると、より楽しいかもしれません。

■シオン・レ・ハイ様:連続のご参加、有難うございますv 自分に矢を打たせる、ということが出来なかったのが残念です。最後の台詞は勝手に付け加えてしまいましたが、かなりの爆弾発言かもしれないとちょっと色々な意味でドキドキしています(笑)。お気に召されませんでしたらすみません;
■柊・夕弥様:初のご参加、有り難うございますv 花という形でのものもいいな、とプレイングを拝見して思いました。ロマンチックですよね、確かに……どんなお花なのか、ちょっと考えながら書いていました。因みに、写真を撮った知り合いというのが誰かというのは、ご自由に設定なさってくださって構いません(笑)。
■シュライン・エマ様:連続のご参加、有難うございますv 一番大きなキューピッドが生まれたわけですが、やはり最後のオチはあんなもので───(笑)。もっと色々なところ、デパート等もいいなと思ったのですが、話の流れがおかしくなりそうだったのでやめてしまいました; 少しシュラインさんの将来像が見えた気がするのはわたしだけでしょうか(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」と「子供への愛情」を込めたものになったと思います。しかし、参加者様全員が、「意中の人に矢を当てる」や「軽い悪戯」のプレイングをなさらなかったのは、本当に予想外でした(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆