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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


□■□■ 三下君を探さないで ■□■□


「さんしたぁ! 今日は休みなんだって、ボクと――あれ?」

 ガラッ! と柚葉が三下の部屋の襖を開けたのは、とある休日の朝だった。
 休みともなれば日頃の疲れが祟って、深い眠りの元に布団の住人となっているはずの三下なのだが、今日はどうしたことか布団にその姿が無い。もぬけの殻状態になっていることに、柚葉はきょとんっと首を傾げた。
 てててて、っと室内に脚を進めた柚葉は、空っぽの布団をばさりと捲る。やはり隠れている様子は無い。押入れ、箪笥、テーブルの下――くまなく探索したが、どこにも三下の姿は見付からなかった。

 不満そうにしていたはずの柚葉の表情が、段々と曇っていく。

「あ……綾、綾ぁー! 恵美、嬉璃、歌姫ぇー!!」

 柚葉の絶叫に、あやかし荘の面々は次々三下の部屋に集まった。

「どないした?」
「柚葉ちゃん、どうしたの?」
「なんぢゃ、うるさいのぅ……」
「〜♪?……(寝惚け中)」

 えく、と、しゃくり上げて柚葉が訴える。

「さんしたが、さんしたがいないよぅ……どこにもいないよぅーっ!!」

「三下さんが? ゆ、柚葉ちゃん、泣かないで?」
「あーもう……人騒がせなやっちゃなぁ、どっかで神隠しにでも遭っとるんとちゃうのん? あんなん捨てといて、一緒遊ぼうや、柚葉ー? な?」
「やだぁあ、さんしたと遊ぶ、さんしたと遊ぶぅー! さんした探してよぉー!!」

 困り果てた面々は、仕方なく、休日を三下探索に当てることに決めた。
 さて――何処に行きやがった?

■□■□■

「ちぃー……す?」

 三下と遊ぼうと――ここで、三下『で』遊ぼうと、でないと言うのがまた素晴らしい響きだ――あやかし荘を訪ねてきた五代真は、なにやら異様な荘内の状態にその挨拶を尻切れにされた。
 ばたばたと走り回っては辺りを引っ掻き回す恵美、面倒臭そうに庭を歩き回る綾。着物の裾を地面に付けながら床下を覗く歌姫と、縁側でぐずぐず啜り泣く柚葉。おおかた嬉璃はいつものようにテレビでも見ているのだろう、姿が見えない。取り敢えず皆が忙しそうにしているので、彼はしゃくり上げる柚葉の頭を撫で、その顔を覗き込んだ。

「どーしたぃ、柚葉ちゃん。走り回っててコケたか?」
「ち、違うよぅ、そんなんじゃ泣いたりしないやいっ! ……ねぇ真、さんした知らない? 真、さんしたがどこにいるか知ってる?」

 縋るような眼で見詰められ、彼はぽりぽりと自分の頬を掻いた。
 三下を訪ねて来たのだから、ここに三下が居るとばかり思っていた。今日は休みだと聞いていたし、きっと布団の住人になっているだろうと。だからここにいないのならば、その居場所はそれ以上判らない――だがそれを告げればまた柚葉が泣き出してしまいそうだった。それは、いけない。

「三下さんが、どーかしたのか?」
「おらへんねよ、あいつ」

 答えたのは綾だった。実に憮然とした表情を浮かべ、その長い髪に指を突っ込んでいる。がしがしと乱暴に頭を掻いて苛立ちを現しながら、彼女は小さく肩を竦めた。

「なんや柚葉が朝っぱらの襲撃掛けよー思て障子開けたら、布団の中がもぬけの殻やってん。今日は一日休みやー、ちゅー素振りやったからな、柚葉が遊ぶ遊ぶ探して探しての大攻勢してんよ。うちらも探してんねやけど、どーもあやかし荘には居らん感じやなぁ……携帯もこの前の取材で十五台目が壊れたゆーてたし、連絡もつかひんねん。あーもー腹立つ、絶対ド突いたるで」
「や、まあ、お手柔らかになー……」
「探し物はなんですか〜♪」
「歌姫もそない陽気に皮肉なの歌わんと……もー諦めぇや柚葉、なぁ?」
「やぁあー、さんしたで遊ぶぅうー……」

 えぐ、と再びしゃくりあげる柚葉に、綾も歌姫もほとほと困った顔をしてみせた。それは面倒臭さ故ではなく、柚葉の泣き顔が苦手だからなのだろう。困る女性を放っておくわけにも行くまい――真は苦笑して、恵美を見遣った。

「恵美ちゃん、俺もちょっと探してくるや」
「え、えぇ?」
「もしかしたら碇さんに呼ばれたのかもしれないしな、休日に能動的に散歩に出掛けるタイプじゃないと思うから、多分誰かに呼び出されてんだと思うよ。行きそうなとこ、ちょっと当たってみるからさ」
「と言うか五代さん、何時の間にいらっしゃってたんですか? 私まだお茶も出してないですよ!」
「…………。そ、それは帰ってから頂きます……んじゃ、待ってな、柚葉ちゃん?」

 ぽむ、と柚葉の頭を撫で、真は二カッと歯を見せて笑う。
 その様子に柚葉は涙を拭い、うんっと元気に返事をしてみせた。

■□■□■

 一番いる確率が高いだろう職場、月刊アトラス編集部。エレベーターから降りてすぐのそのドアを開けたところで、丁度近くの机の社員の肩越しにパソコン画面を眺めていた碇を発見し、真は歩みを進めた。気配に気付いたのか碇は彼を見止め、背筋を伸ばす。長身にヒールの分がプラスされて、彼女の視線は随分高かった。それでも体格の良い真には及ばなかったが。
 眼鏡を片手で直しながら碇は首を傾げてみせる。

「どうしたの、何かあったかしら? 今回はまだアシスタント募集していないはずなのだけれど――」
「今回は、って……。ああ、三下さん探しに来たんだけど、来てないかな?」
「さんした君? 今日は休みよ、半年振りぐらいの」
「…………」

 お姉さん、労働基準法って知ってますか。
 そんな突っ込みを碇にしたりしない。したって無意味だ、無駄だ、無情だ。特に三下に関して、碇は一種過剰といえるほどの厳しさを持っている。それは有能ゆえの無能に対する仕打ちなのかもしれないが、そんな事は言葉にしなくても良いことだ。他人の主従関係など気にしてはならない、絶対ならない。
 首を傾げる彼女に、真はもう少し食い下がってみる。

「今、なんか抱えてる原稿とかないですかね? 休日返上でやらなきゃならないよーなのとか」
「そんなのあったら休暇なんてあげないわ。何、さんした君がどうかしたの?」
「あやかし荘に居ないってんで、柚葉ちゃんが泣いてて――あーもう、なんだっつの」
「相変わらず人騒がせねぇ……取り敢えずタイムカード見てみるけれど、多分出社して来てないと思うわよ。私の予想なら今頃死んだようにどこかで惰眠を貪ってるでしょうね、漫画喫茶とかの静かな所で」

 少し待ってみたが、やはり碇の言葉通り三下が出社した形跡は無いらしかった。
 その後、彼が立ち寄りそうな場所を、真は探し回ってみた。本屋、ネット喫茶、学園、興信所に公園まで――動物病院に幼稚園、演芸座。待て、どんなキャラだ。およそ近辺の公共施設すべてを回っても、陰も形も目撃談の悲鳴を聞いたとの情報すらない。
 すぐに見付かるだろうと高を括っていただけに、彼の中には苛立ちが募っていった。

「ったく……休日ぐらいゆっくりしてろっつーの、柚葉ちゃんなんて大泣きしてるってのに……綾さん達からの連絡無いってことはまだ帰ってないんだろーな……あーくそ、腹立つ!」

 毒づきながらも彼は空き地の土管まで調べた。
 あのじめっとした加湿機体質のこと、きっと狭くて暗くてじめじめした所でまたシクシクと泣いてでもいるのだろう。裏路地、繁華街、大量量販店から怪しいお店まで、彼はひたすらに探しつくしたが、やはり――結果は、同じだった。

 このまま手ぶらで帰ったら、柚葉はまた泣くのだろうか。正直子供に泣かれるのは勘弁してもらいたい、苦手なのだ。本当に。なんだか自分は関係ないはずなのに申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

 案の定、三下が発見できなかったと告げられた柚葉は、眼に一杯の涙を湛えた。
 だがそれを必死に堪えてる様子が、実に健気で痛々しい。
 胸が痛いような、キュンとするような。いや、怪しい意味じゃなく。

「そこじゃ」
「へ?」

 一同が集まっていた管理人室――もとい恵美の部屋、座卓を囲んでいながらもテレビショッピングに夢中になりながら煎餅を齧っていた嬉璃が、唐突にそう言って天井を指差した。つられるように全員が見上げる――紐が垂れた電灯と、板の天井。何の変哲も無いそこ。
 何が『そこ』なのか、真は立ち上がった。ふと、天井の割れ目から白い糸が垂れ下がっているのに気付く。長身のお陰で少しの背伸びで届いたそれを引っ張ると――










 がたぁんッ!!









「ッのわ!?」

 突如板が外れ、三下が降って来た。
 しかも、何やら白い糸でぐるぐるまきにされて。
 眠っているのか気を失っているのか、とにかく彼に意識は無い。何事かと板の外れた天井を再び見遣れば――
 そこからは、巨大な蜘蛛が顔を出していた。

「ッ、な、妖怪かッ!?」

 慌てて腕の包帯を取り剣を出そうとする真に、蜘蛛は腕の一本を振り上げた。攻撃を仕掛けるつもりか、恵美と綾を背中に庇い彼が後退すると、

「あー、ちゃいまんねんちゃいまんねん、そない警戒せんといてなお兄ちゃん!」

 …………。
 妙に親しげに腕をぶんぶん振りながら、蜘蛛が喋った。
 嬉璃は何事も起こっていないかのように、新しい煎餅を齧る。
 訪れた静寂に、その音だけが響いていた。

「いや、お騒がせしてもーて、えろうすんまへんなぁ。わて、化け蜘蛛の荒玖禰<アラクネ>言いまんねん。ここんとこ、ここの天井裏に住みつかせてもろてます」

 恵美が出した茶を器用に三本の腕で掴み、荒玖禰はそう自己紹介をした。かちかちと鳴る歯は肉食であることを示しているが、綾も歌姫も柚葉もまったく臆する気配が無い。こういった現象が大の苦手であるはずの恵美ですらも、この微妙なインパクトに飲まれてか、まったく驚いている素振りがなかった。何と言うか、喉元過ぎればなんとやらである。
 真はそれでも警戒を解かず、いつでも剣を出せるように包帯に指を掛けていた。ちなみに簀巻きの三下は部屋の隅に転がしてある。豪い扱いだった。

「実はお遍路言いまっか、諸国放浪みたいなことしとりまして。でも最近の寒さは堪えますやろー、どっか屋根のあるところで休もー思てましてん。そしたら丁度、こう、良い感じに古びたお宅があったんで、悪いなー思いながらも借りてましてんねや」
「……それと三下さんの簀巻きがどー繋がるんだよ」
「いや、いやいや、お兄さんそう睨まんといて下さいな。いや、やっぱり天井裏でも冷えますやろ? 昨日も随分に冷え込んで、正直辛かったんですわ。ここは何方か身体をお借りして暖でも取らな凍えてまう、言うことで――」
「つまり――三下さんを湯たんぽに?」
「そういうことですわ」

 …………。
 切っちゃおうかな。

「ね、その糸ってどーやって出してるの? ボクにも出せる?」
「あー、嬢ちゃんにはちょっと無理なんと違いますやろかなぁ、なんちゅーても蜘蛛の糸でおますから」
「なんでなんでー!? ボクもさんしたのこと縛り上げて吊るしたり石投げたりしてみたいーっ!」
「柚葉ちゃん! 弱いものいじめは駄目、ね?」
「ぶーぶー!」

 まあ良い、当の柚葉の機嫌も直って楽しんでいるようだし。ふっと、真は状態を完全に無視している嬉璃を見た。テレビショッピングに夢中の座敷わらしに、彼はそっと訊ねる。

「嬉璃さん、なんで今まで黙ってたんスか?」
「わしは男が嫌いじゃ」

 蜘蛛に男も何もあるかい。
 脱力した真は、すよすよと幸せそうに眠っている三下を眺め、さらに深く深く溜息を吐いた。
 ……あとで八つ当たり半分の説教でもくれてやろう……。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

1335 / 五代真 / 二十歳 / 男性 / 便利屋・怪異始末屋

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 初めましてこんにちは、ライターの哉色と申します。この度は発注頂きありがとうございました、早速納品させていただきますっ。あやかし荘では基本的にのほほんとした妖怪沙汰を、という方針なので、こんな感じになりました。の……のほほんとし過ぎてアレな感じですが; キャラクターの把握などが未熟なため、不自然な箇所などございましたらどうぞダメ出ししてやって下さいませ。

 それでは少しでも楽しんで頂けていることを願いつつ、失礼致します。