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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


□■□■ その靴高慢に付き。 ■□■□


「…………」

 うんざりした顔で、蓮はそれを見る。

 先日のオークションで接戦の末に競り落としたそれは、靴だった。ただの靴ではない、金糸銀糸の刺繍が施され、錦もあしらわれている。宝珠が幾つも連なった飾りが踵から垂れ下がり、水引きのように広がっていた。
 アジア風の、古い靴である。骨董的価値も、金銭的価値も高い。歴史的価値も。そして、おまけに気位も高い。
 いらないおまけだった。

「あのねぇ……あんたが誰の持ち物だったかは判ってる。だからちゃんと上等なケースに入れてるだろう? ビロードだって敷いてる。あたしはあんたを評価しているんだよ、そうすることで。だから――」

 毎朝毎朝、その靴は玄関に向かうのだ。
 ケースをどけて、外に出ようとするように。
 自分のあるべき場所へ、帰ろうとするように。

「西太后の靴、ねぇ――まったく、本人と一緒で気位が高いにもほどがあるよ。こんな場所にはいられないってかい? 失礼だねぇ。他の商品からも総スカン食らって孤立中ってとこまで、持ち主にそっくりだよ」

 蓮は毒づき、受話器を取った。

「もしもし、あたしだけれど。突然なんだけどさあ、あんた女王様って好きかい?」

■□■□■

「なるほど、噂には聞いたことがあるな――オークションにも流れてる西太后の靴の中、物憑きがあるってのは。まさか自分で拝めるとは思わなかったが」

 学生服の袖を撒くって靴を持ち上げ、不動修羅は嘆息してみせる。しゃらしゃらと鈴生りになった玉がその腕に触れるのを眺め、初瀬日和もまた息を吐いた。

「本当ですよ……歴史上の偉人に関するものなんて、蓮さんにしては珍しいですよね。そういう、なんて言うか、ミーハーなものって……蓮さんにとっては『無意味に高額なつまらないもの』でしょうに」
「まあ、同業者も迷惑していたんだろうな。しかし、中々にこいつは――別嬪だ」
「靴に美醜があるんですか?」
「何と無くだがな。『綺麗な薔薇には棘がある』タイプ――いや、この場合は、『綺麗な蘭は世話が面倒』ってタイプか」

 学校帰り、何気なく立ち寄ったレンで品物を眺めていた修羅は、丁度蓮が日和に掛けていた電話を聞いていたらしい。興味深いと依頼を引き受け、呼び出された日和も加わり、二人はレンの一室にいた。蓮がいつもこういった『特別の客人』に貸し与えるその一室には、店内に置ききれない雑多な骨董品が無造作に積まれている。
 ガラスケースの中に押し込められたビスクドール達が、二人を笑いながら見下ろしていた。長い睫毛の置くの眼が楽しそうに揺らめいている。あらあら、また厄介を押し付けられたの? 大変ね、あまり人が良いと搾り取られてしまうわよ。彼女、そういう人だから。
 そう言っちゃ駄目ですよ、と、日和は苦笑する。修羅もそんな言葉を聞きながらやはり苦い笑いを見せ、手の中の靴を軽く傾けた。シャラリと鳴る音――と、共に。

『えぇい気安く触れるでない、妾をなんと心得るかこの不埒物が! 先ほどからべたべたと、誰ぞ、この者を捕らえぬか! 誰ぞ!』
「――こう来たもんだ」
「ですね」

 肩を竦める修羅の腕から靴が降り立つ。傷むかと思ったがその心配は無く、床にしゃらしゃらと宝飾を落としながら、靴は軽く左右に開く。たん、と一つ足踏みをする――靴だけで足踏み。見ればその様子は、怒りに軽く脚を開き、地団駄を踏んでいるように見えないことも無い。だが靴だけの光景で見れば、些か滑稽だった。
 爪先を上げ、靴は再度空想の足を踏み鳴らす。その様子を部屋の骨董品達はどこか冷ややかな視線で眺めていた。蓮の言ったとおり、この様子では他の商品達には総スカン食らって然りだろう。やれやれと膝を曲げ、修羅は靴を見下ろす――と、靴は少し満足そうな息遣いを聞かせた。

『そうじゃ、跪いて然り。妾は二百余年を続く清王朝は咸豊帝の后にして同治帝の母、光緒帝の伯母と尊くも畏まれ誉れも高き西太后の足下にて王朝を見通したもの。このような黴臭いところに押し込められる道理などないこと、如何に細かなそち等にも判ろうぞ?』

「……こりゃ、総スカンだな」
「黴臭くありませんよ、私もたまに寄るとお掃除させられるんですから……雑巾で手が荒れるの嫌だって言うと、蓮さんにっこり笑って箒渡すんですから。最近はハンドワイパーを購入したそうですけれど」
「ああ、あれは役に立つなー、ササッと掃除できるし。こういう板張りの床だとやりやすい」
「掃除機なんかと違って排気ガスも出ないから、咳も起こしませんしね。私もあれにしようかと最近は思っているんですよ」
「手軽だしな、ちょこちょここまめに掃除するんならその方が――」

『思いっきり話が逸れておろうが――――――――――ッ!!』

 うぅん、ナイス突っ込み。中国人の癖に大阪の精神がある。
 行こうよヨシ○ト。天然女王突っ込み、ただし靴オンリィ。新たなブームで来年の業界を貰おう。裏業界だろうけど。

 なんとなく和みながら、日和と修羅は靴を微笑ましく見下ろしていた。靴はそれも気に入らないらしく、ダンダンと何度も床を打ち鳴らす。ひそひそと人形達の声がする、ああ見苦しい、煩いったらない。人の手を借りてこそ私達は輝けるもの。人を選んでどうしようと言うのかしら、場所を選んでどうしようと言うのかしら。蓮は私達を相応に扱ってくれてよ、高望みしなければ最高の環境よ。

 そう、高望みしなければ。日和も修羅の隣に膝をついた。と、修羅は立ち上がり、制服のポケットから紙に包まれたチョークを取り出す。それを尻目に、日和は小さく首を傾げて、靴に話し掛けた。

「まずは、お話させて頂けませんか? 大衆の言葉に耳を傾けるのも、上に立つ者の勤めと愚考致します」
『話? 下々が妾に何を俎上すると申すか』
「下々にも下々の感性というものがございますわ」

 おどけるように、しかし一応表面的な敬意を払う日和の態度が気に入ったのか、靴は少し満足げな息遣いを漏らして黙った。話を聞くつもりになってくれたのだろう、まずは説得が正攻法というもの。芸人に一般人の理屈が投じるかは判らないけれど。何か違うような気がするけれど。

「下々としては、太后陛下の雅やかな生活の様相など是非にお聞きしたい所でございますわ」
『陛下の生活? それはもう、筆舌し難き程の絢爛さを――』
「出来れば、晩年の」

 語りだそうとした靴が、黙る。
 日和は変わらぬ調子で言葉を続けた。

「たとえ死に瀕したところで、太后陛下ほどのお人ならば常に慕う人々に溢れ、病魔にも恐ろしさなど感じなかったことでございましょう。ただ、人々を置いて逝かねばならぬ我が身を呪いはしたでございましょうが」
『――――』
「まさか陛下ほどのお方が孤独など感じることはございませんでしたでしょう」
『――――』
「共に泣く人も笑う人も居られたでしょう」
『――――』

 人形達も黙る。

「……側に誰も居ないのは、とても悲しいことです」

 日和は、静かに、呟いた。

「誰かと一緒にいると、自分の失敗や何かも見られたりするでしょう。そうされる事が怖かったのかもしれませんね。でもそれを一緒に笑い合える相手を持たなかったご主人を、あなたは寂しくご覧になっていたんじゃありません? だから、いつも空威張り。自分を受け入れてもらえないからここは自分の居場所じゃないと思って、出て行こうとしていた。本当は、寂しかったのに」
『妾は――そのような、』
「お喋りしたでしょう、たくさん。だけどつい高慢な態度を取ってしまって、気付いたらやっぱり一人ぼっち。本当は、彼女を、ご主人を恨んで――羨んだのではありませんか? その性格は彼女譲り、だけど彼女は自由になる手足も、人々もいた。だから側に置けた、あなたは、違った」
「寂しい気持ちはあるだろう、それは人も物も妖物も同じだ。悪いことでも恥ずかしいことでも、ない。ただ苦しくて悲しいことだろうがな。それがちゃんと判ったんだろう? この百年現世を彷徨って、嫌と言うほどにそれは理解しただろう」

 修羅は呟き、カッと音を立てた。フローリングの床の一角には、白いチョークで描かれた陣が生まれている。

「なら、次のステップでは上手くやろうぜ?」

 く、っと笑い、彼は印を組む。

「と――ちっと厄介な階層にいる相手みたいだからな。補助して見付かるか――」
「修羅さん?」
「招来……咸豊帝!」

 唐突に生まれる力場、ビリビリと身体中を包む気配。人形達も悲鳴を上げる、日和は跳ねる髪を押さえた。修羅の身体に何かが入っていく気配がある、何かが――それは、人の魂。召喚されるのは、亡き者の意思。ゆっくりと靴を手に取り、修羅は、語り掛ける。

「玉蘭よ。そなたは朕の崩ぜし後、大清未曾有の国難に際し政を壟断し国を私する事比類なく、天意大道に反する所業也――」
『へ、陛下――ですが、ですが』
「されど朕は玉蘭を赦す」

 す、と修羅は――否、咸豊帝は眼を細める。その口元を綻ばせ、ゆっくりと妻の足下にあった靴を撫でた。鈴生りの装飾具が鳴る、彼の腕に触れる。靴は、黙る。

「時の彼方、東夷にてまみえたるも天の導くところ。朕と共に天上に還り魂魄の安息を得ようぞ」
『そこでは――妾も、居れますでしょうか』
「居れぬはずも無い。ここにあらんとすらば、それも良かろう。朕と昇るか否かはそなたに任そうが、朕は、共に帰りたく思う」

 靴の中から気配が抜ける、同時に、修羅も修羅にその身体を戻す。靴はもう黙り、語ることも無い。ふぅ―― 一つ息を吐いて汗を拭う修羅に、日和はハンカチを差し出して微笑みかけた。

「お疲れ様でした」
「ま、お互いだろう」
「ご謙遜を?」
「さてな」

 クス、と笑い合って、二人はドアを開ける。蓮はそれを見て、薄く笑みを浮かべた。

「で、密室の秘め事の首尾はどうだい?」
「おもっくそ響きが怪しいな!」
「むしろ如何わしいです蓮さん!」



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

2592 / 不動修羅 / 十七歳 / 男性 / 神聖都学園高等部2年生 降霊師
3524 / 初瀬日和 / 十六歳 / 女性 / 高校生

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、ライターの哉色です。この度は発注頂きましてありがとうございました、早速納品させていただきます。コメディに行こうと思いつつも自分の感覚の所為かどうも上手いこと行けませんでした……よ、ヨシ○トは遠すぎた。至らぬところも多々あるかと思いますが、少しでもお楽しみ頂けておりますれば幸いです。それでは、失礼致します。