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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


□■□■ 道分け木の願い ■□■□


「道分け木?」

 影沼ヒミコの言葉に、首を傾げる。彼女はうんうんそうそう、と頷いて、ポケットからデジカメを取り出した。流行の薄くてコンパクトなタイプのそれの中、一枚の画像を示す。
 そこには一本の木と、一本の道路が写っていた。奇妙なのはその木が道路の真ん中に生えていることである。アスファルトもそこだけは敷かれず土が露出され、縁石で囲まれてすらいる。木が生えている部分だけ道路の幅が膨らみ、分かれていた。なんとも奇妙な様子である。

「ね、変でしょう? それで、道路を作る時、もちろん業者の人はこの木を倒そうとしたらしんです。でもそうしようとすると必ず怪我人が出たり、急病になったり――なんでも、チェーンソー持った途端に盲腸が痛くなった人もいるとかで、結局道路の幅を変えることになってしまったとか」
「ふぅん……」
「面白そうですよね、調べてみたいですよね? ね、手伝って下さいよ〜、一人じゃ寂しいんです! 雫ちゃんは違う事件やってるって言うから、手伝ってもらえないんです〜!!」

■□■□■

 両手を合わせてお願いポーズを見せてきたヒミコの様子を思い出しながら、初瀬日和は苦笑を漏らして見せた。最寄の区立図書館の中、分厚い資料と睨めっこしていて疲れた頭の奥に浮かんだのは先日の遣り取りである。
 なんでも、集めていた街の怪奇現象の中で見付けた一枚の写真だったらしい。プリントしてもらったものを眺めながら、日和は思い返す。

 学校の壁新聞で面白い怪奇現象を募集した所、気になった一枚。この土地不足の都心で、道幅を変えるほどの理由。確かに興味深いものもあるし、まあ、ヒミコも困っていたのだし――日和は分厚い資料を捲った。古い紙はところどころページがくっ付いてしまっていたから、気を付けなければ飛ばしてしまいそうだった。
 調べるとはいっても、どこまで遡って調べたものか。思案しながら一番古いものを選んだは良いものの、少し地形が違い過ぎてどこがあの路地なのだか判別が付かなかった。苦笑しながら、探す――樹齢は相当古いものだった。枯死しているのではないかと思えるほどだったが、意思が働いているのだからそれは無いだろう。
 樹齢は、百年と言った所だろうか――植物と触れ合う機会は多いので、それはなんとなく判った。残っているのは精々が大正時代のものである。戦中にそれ以前のものは焼失してしまったらしい。ゆっくりと捲るページ、地図の中に現在の地域を当てはめていく。路地、坂。多分、この時代にはもうある――

「……はず、なんですけれど」

 そこには。
 一つの家が、記されていた。

■□■□■

「ああ、憶えてるよぅ、あそこのお家なら」

 道分け木の路地の近く。
 民家の並ぶそこにぽつんと一つだけ佇んでいた煙草屋に座していた老婆の言葉に、日和はパッと顔をほころばせた。皺だらけの顔で笑い、老婆はその視線を少し高く上げる。何かを懐古しているような仕種に、彼女は次の言葉を待つ。

「あの頃はこの辺りも家ばっかりでねぇ。あそこには、おっきなお屋敷があったんだよ。戦争の時、大空襲でぶっ飛ばされちゃったんだけどねぇ……女の子が一人、生き残ってたんだったかね。まあ、あたしもその頃は女の子だったんだけどねぇ」
「あの木は、その頃からあそこに?」
「ああ、ほら、言うだろう? 女の子が生まれたら桐を植えて、その子が嫁に行く時になったらその木を切って箪笥を作って持たせてやるんだよぅ。でもそのの家の大奥さんがね、ずっと一緒に育ってきたんだしまだ若いんだから、孫の代に箪笥をこしらえようってねぇ」
「それからずっとあそこにあるんですか?」
「そうだねぇ、今は邪魔だ邪魔だ言われてるけど、戦火にも負けずに残った立派な木だと思うんだけれどねぇ……」

 戦火、空襲。
 雨のように降り注いだ弾頭。
 崩れ落ちる家の中には、見守り続けた人々が。
 残った少女。

「その女の子は、今、どうして?」
「さてねぇ……疎開先から戻ったって話は聞かなかったし、あの頃は本当に物が無かったから……」
「そう――ですか」

■□■□■

 日和は、木の肌に手を触れていた。
 写真では判らなかったが、そこにはたくさんの傷がある。戦火の中で負ったものか、それとも、刻み付けられたものか。背比べの記録のような横一文字もいくつか見られた。それは、まだ平和にこの木が暮らしていた頃の名残なのだろう。大切な、思い出。記憶。時の、記憶。

「嫌だぞ」

 頭上からの声に顔を上げれば、まだ細い枝の上に少年が座っていた。
 白いだぼっとした服を纏っている。じっと、警戒心の篭った眼差しで日和を見下ろしていた。日和はそれを受けながらも、にこりと、笑って見せる。相手は――木魂は、笑わない。むすっとした顔のままに、彼女を見下ろしている。

「嫌だ。絶対退かない。約束したんだ、絹江の孫まで見守るって」
「切りに来たんじゃ、ありませんよ」
「説得も嫌だぞ。ここで待ってなきゃ、わかんないじゃないか。絶対帰ってくるんだ。そしたら俺は黙って切られる。道でもなんでも作れば良い。でもあいつが来るまでは、絶対退かない」
「…………」
「わかんないじゃ、ないか」

 木魂は、ぽつりと呟く。

「わかんないじゃないか。確かにあの頃は厳しい時代だったけど、生きてないなんて判らないじゃないか。まだ五十年だ、充分生きてる歳だ。生きてる。だから俺は待ってる。もう結婚しちまってるかもしれないけど、そしたら今度はその子供の、孫のものになれば良い。約束したんだ」
「……大奥様と、ですね」
「したんだ。まだまだひょろ長いだけだった俺の事、切るのは可哀想だからって。あと五十年ぐらいかなって。俺はこんな大きくなったんだ、だから、だから――」

 もしもを、信じたくなくて。
 もしかしたらを、考えたくなくて。
 ここに立っていることで、繋いで。
 何よりも、ここに立っている事を望んで。
 だけど、本当は、諦めかけているから。
 それを自覚するのが嫌で、頑なにここに居続ける。

 探しては、いけない。
 事実を確定させては、いけない。
 待ち続けることが、繋ぐことならば。

「それじゃあ――私が、貴方とお約束します」

 木魂に笑い掛け、日和は指を立ててみせる。右手の小指。その様子に、木魂は初めてその表情から険を抜いた。キョトンとした顔に声を漏らし、日和は提案する。

「一つ、もしも貴方を訪ねてここにやってくる方がいたら、私が責任持って貴方が移動した場所までお連れします。もう一つ、私は貴方のお話を広めてみます――学校や、他にもお友達はたくさん居ますしね。インターネットに詳しいお友達もいますから、彼女に頼めばきっとあなたのことが広まると思います。それを眼にしたら、きっと、彼女も訪ねてくれる」
「……来なかった、ら」
「まだ届いてないんでしょうね。もっと頑張って、広めてみれば良いだけです」

 否定はしない。
 現実なんて提示しない。
 ただ、提案する。

 するりと、日和の指先に枝が伸びた。それに眼を移した一瞬で、木魂は枝の上から消える。言葉にしない、それはきっと暗黙の了解。約束の成立。笑みを漏らし、彼女は木の肌を数度優しく撫でる。労わるように、宥めるように。そして、慰めるように。

「公園か何処かに移植してもらえるよう、頼んでみますね。出来たら、私も会いに行きます。退屈だったら歌か何かが気を紛らわして――のんびり、待ちましょう?」

 後日、道分け木は自然公園に移植された。だが道幅は変わることなくその部分だけがぽっかりと広いままだった。道幅や家の位置は、そう簡単に変えられるものではないらしい。人がどうしたのかと尋ねるたびに、煙草屋の老婆が事の顛末を語って聞かせている。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

3524 / 初瀬日和 / 十六歳 / 女性 / 高校生

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、この度は学園にてご依頼頂きありがとうございました、ライターの哉色です。早速納品させて頂きましたが、如何でしたでしょうか……今回は(今回も?)怪談らしくない、ほのぼのとしたお話になりました。日和さんはお名前の通り陽光のように柔らかい感じなので、こういうお話は書き易く楽しかったです。それでは少しでもお楽しみ頂けることを願いつつ、失礼をば。